IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~   作:狐草つきみ

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第2話 英国淑女

 千冬姉が教壇の前に立つと同時に、二時限目の授業が開始した。

 ドア付近には副担任である山田先生が立っていて、その手にはノートとペンシルが握られていた。まぁ見た感じからして新任っぽさそうだし、千冬姉を見て勉強してるのかな。社会人になっても勉強は大切だ。

 未だ少しざわつくクラスを見渡しながら、千冬姉は手を軽く数回叩いて注目を集めさせた。

 

「早速授業を……と行きたいところだが、早々にクラス代表を決めてしまいたい。クラス代表は、まあ有り体に言ってしまえば“学級委員長”だ。生徒会が取り仕切る会議のほか、委員会の出席、さらには『()()()()()()』と呼ばれるものにも出場してもらう」

 

 相変わらずクールな千冬姉は、その印象をブレさせることなくそう言った。

 しかし生徒会の会議や委員会の出席はまだ分かる。ほかの皆も同じようだ。……だが最後の『クラス対抗戦』って何だ?

 皆がまた少しざわつく中、出席番号一番の相川さんが真っ直ぐ腕を伸ばす。千冬姉もそれに気付いて、相川さんを当てると、遠慮なく相川さんはその場に立ち上がった。

 

「その、クラス対抗戦とは何なのか、説明してくれませんか?」

「……そうだな。いきなり不安要素を持ち出してもクラス代表は決まらないし、良いだろう。――クラス対抗戦とは、まぁ大体は大方の予想が付く筈だ。クラスから代表者一人を選出し、その代表者がその他クラスの代表者とシングルマッチを行う。ルールは単純、相手のシールドバリアーを消失させた方が勝ちだ。……これを踏まえた上で、クラス代表となりたい者は居るか? 自他推薦でも構わん」

 

 相川さんの質問に丁寧に答えた千冬姉は、その鋭い目付きで、クラス全体を見回した。それでも誰も手を挙げる人はいないようだった。……因みに俺は挙げるつもりは更々ない。面倒だから、と言うわけではないが、俺には向かない役職だからな。

 するとある女子が挙手したようで、千冬姉は切り返すように当てた。

 

「あ、あのっ! 織斑君が良いと思います!」

 

 織斑君ね、俺もそれに賛成だ。こういうのは適任に任せる方が吉だし。――で、織斑君って俺以外に誰か居たか? ……あ、俺か。

 

「……って俺ぇ!?」

 

 パァンッ!

 叫んだ直後に出席簿が飛んでくる。当然、投げたのは千冬姉。……なんて命中精度だよ。額に角がクリーンヒットしたぞ。

 

「織斑、授業中は静かにしろ。あと、指名された以上は文句を垂れるな。良いな?」

「……はい」

 

 千冬姉の言葉の圧力により、何も言えずに渋々俺は黙った。姉に勝る弟はいない、世知辛い世の中だよ全く。

 

「ほかに誰か居るか」

「――はい!」

 

 再びクラスへ尋ねると、間髪入れずして手が挙がった。千冬姉が当てると共に、彼女は意気揚々として指名する。

 

「私は、空ちゃんが良いと思います!」

「織斑に咲白、か。ほかには?」

 

 意外な推薦に俺は目を丸くするが、周囲はそこまで反応するような素振りを見せなかった。確かに物珍しさで言えば俺と似たようなものだろう。

 本人が反論するんじゃないか、と践んでいた俺は度肝を抜かされた。まさか何の反応もなく、本人がスルーするとは……。

 俺はそっと本人を見てみると、顔を伏せながら「すー、すー」と寝息を立てて寝ているのに気が付いた。これは起こすべきか、放っておくべきか。うーむ、ここままでも面白そうだが――。

 そう考えている内にもまた誰か挙手したみたいで、千冬姉の声が聞こえて我に返る。

 

 

 

「一足遅れながらも、このわたくし、セシリア・オルコットが立候補いたしますわ!」

 

 

 

 堂々とした出で立ちで自ら名乗り出た彼女は、優雅にその場へ座る。

 確かにこういう、自主性を持つ人が人の上に立つのが一番だよ。……いや、決して自分がなりたくないからってわけじゃないぞ、うん。

 

「織斑、咲白、オルコットの三人のほかには居るか? ………居ないようだな。なら候補はこの三人にする。では放課後、三人は私の下へ来るように。

 それでは授業を始める。今回は実践で使用する各種装備の特性を――」

 

 はぁ、損な役柄を背に乗せられたものだ。……立候補された以上はやるだけやってみるしかないか。

 俺は教科書を開いて、ノートに向き合いつつ千冬姉の話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の休み時間、やっぱり授業の内容が何もかも分からなかった俺は、ただただ机に向かって突っ伏している状態となっていた。

 すると突然、机を思いっきり叩く音がして、思わず驚いてがばっと体を起こしてしまった。何かと思ってその音の発生源を見ると、先程クラス代表へ立候補していた何某(なにがし)オルコットさんが音の正体らしい。

 見た感じオルコットさんは、如何にも苛立たしいといった様子で、周りの女子に向かって何か言い放っていた。

 

「納得なりませんわ! 物珍しいとはいえ、男をクラス代表にするのは間違っています!」

 

 大声で周囲の女子に向かって言う彼女は、何故か先程俺を指名した子を睨んでいた。

 当然その威圧感でその子は畏縮しており、見るに堪えないとしか言いようがない。……かといって今飛び出していけば、余計な火種を撒くだけだろう。

 

「オルコットさん、少しは落ち着こうよ」

「ほら、ね?」

 

 ほかの女子もオルコットさんを宥めようと試みるも、当のオルコットさんは聞く耳も持たず、かなり怒り心頭のご様子。千冬姉ほど鋭くはないが、その怒りの形相はいつしか俺に向けられていた。

 

「これが落ち着いていられますか! 男などという下劣な下等生物にやらせては、いい恥晒し者ですわ! わざわざ極東の島国にやって来てまで、野蛮な猿を代表にするなど、わたくしは絶対に反対です!」

 

 周囲はオルコットさんの強気なその発言――俺にとって余りにも酷い言われようだが――に、怯んで反論できないみたいだ。それに対して俺はその様子を傍観、後ろのソラは遂に突っ伏して寝ていた。

 そんな時だろうか、一人の女子が素朴な疑問とばかりに呟いた。

 

「そう言えば織斑君はともかくさ、何で空ちゃんを代表に立候補したの?」

「えぇ? ……だ、だって噂じゃあ、空ちゃんだけ入試の時に、試験官は織斑先生が担当して合格をもらったって言うし……」

 

 しどろもどろにソラを立候補した子はそう言うが、オルコットさんはそんな理由では納得いかないみたいで、やっぱり反論に出ていた。

 

「噂程度では理由の内には入りませんわ。もしそれが本当なら、学年首席で入学したこのわたくしが試してさしあげますわ。……そこの咲白さんが、かの織斑先生に合格をもらうほどの人かを」

 

 言葉の通り試すような口振りで、オルコットさんが話すも、当のソラは熟睡中だ。だから親切心で俺はソラを揺さぶって起こす。

 でも、あの手厳しい千冬姉が合格を出すと言うことは、見た目に反してソラには実力はあるらしい。まぁ噂だから、嘘か真かはオルコットさんの言う通り、試した方が良いかもな。

 

「おいソラ、そろそろ起きろ。オルコットさんが大噴火するぞ」

「……ふんかするならバ○ーダかコー○スかグラ○ドンにして~……」

「何でポ○モンなんだよ、しかもよりにもよってホ○エン限定かよ。だから起きろってば、もう真ん前まで来てるぞ」

「五月蝿いなぁ……いっくん、せっかちはいけないよ~」

「お前には危機感っていうのが無いのか」

「うん」

 

 ダメだ、会話が噛み合わん。……あぁ、オルコットさんの顔が怒りに満ちた引き攣り気味の笑みになってらっしゃる。お陰でこちらも釣られて顔が引き攣ってしまう。綺麗なお顔が台無しですことよ。

 そしてソラも――普通は誰でも気が付く程の距離で――ようやくオルコットさんの存在に気が付いたのか、何の用かと首を傾げていた。

 

「あれれ、オルコットさんだっけ? どうしたの?」

「貴方に決闘を申し込みますわ!」

 

 それを聞いて俺とソラは同時に目を数回瞬きさせた。さっきから話は聞いてたが、よもや“決闘”という形で試すなんて驚きだ。

 

「決闘? ……僕、デュ○リストじゃないし、ディスクもないし、命も賭けないから出来ないよ?」

「……OCGの方ではありませんわ! 一対一の試合を所望しておりますの!」

 

 ナイスな突っ込みを見せたオルコットさんの台詞に、ソラは多少悩みつつも何処かをチラ見していて、何か決めたように頷いてはオルコットさんに答えを出した。……というか、オルコットさんも遊○王知ってたのかよ。

 

「それならいっくんもやらせようよ、その決闘。どうせなら、候補者の中で勝った人が代表をやれば良いと思うんだ」

「俺も巻き添え!?」

 

 ソラの発言に驚愕するものの、そんな暇もなくオルコットさんが口を開く。俺に拒否権は……無いか。

 

「良いでしょう。織斑さんもそれでよろしくて?」

「……立候補された以上はやるだけやってみるしかないだろ。乗ったよ、その話」

 

 オルコットさんの刺のある言葉に俺は渋々頷く。ヤケクソではあるが、こうなった以上は仕方ない。後戻り出来ないっていうデメリットが背後にあるけど、前向いてやるしかないな。

 

「――なら場所を用意する必要があるな」

「ちふ……織斑先生、聞いてたんですか?」

 

 気配も消せるって貴女は忍者か何かですか。

 

「別に面白そうだと思って傍観していただけだ。来週の月曜、放課後に第三アリーナを使えるように申請してやろう。それまでに三人は、各自で準備しておくように。では、授業を始める」

 

 千冬姉が教壇に立つと同時に丁度チャイムが鳴り、皆が慌てて席へと着く。

 その時、去り際のオルコットさんの顔が勝ちを確信した笑みを浮かべていたことに、俺は全く気付いていなかったのだった。

 


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