IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~   作:狐草つきみ

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序章
第0話 物語は始まりを告げる


 

 

 

 

 “もしも”この世に存在しない人物が居たら?

 

 

 

 “もしも”それで運命が変わるとしたなら?

 

 

 

 “もしも”この物語が違う道を歩むのなら、それはIFだ。本来あり得ない未来。本来起こり得ない未来。

 

 

 

 これは、たった一つの分岐点を作った“燕”が突き進んだ先の、異なる結末の一つを描いた物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本近海となる太平洋洋上の何処とも分からない海上にて、一隻のイージス艦が我が物顔で航行していた。しかし、その外見からしてあからさまに日本海上自衛隊が所有する船舶とも、米海軍が所有する艦船とも言い難い。

 軍艦色よりも暗いジャーマングレーに、喫水下の防汚塗料とはまた異なる赤い差し色の入った独特なカラーリングをしている。シールドバリアーを削り切ることに特化した対IS用近接防衛火器(CIWS)や連装化されたMk.45五インチ砲などの、比較的近年になって採用されたばかりの最新兵装を豊富に積み込んでいることからも、目に見えてISを警戒しているようにも見えた。

 およそ35ノットを越える快速で、何かを急くよう駆け抜けていたイージス艦だが、何を思ったのか突如として減速し、やがて機関を停止させた。

 一体何がイージス艦の足を止める理由となったのか。それはイージス艦の存在する地点から遥か数百メートルと離れた場所に、見慣れぬ島がただそこにポツリと存在していたからであった。偶然にも島を見付けた乗組員は即座に海図と照合するも、該当する島は存在しなかった。急ぎ上官に方向し、上官は突如として現れた島に不気味さを感じ、迂回するべきだと判断する。

 この艦船にある“積み荷”を一刻も早く運ばねばならないためであり、その判断はある種正しかったのであろうが、生憎と()()()()()()()が悪かった。

 しかし、彼らがこの判断を後悔するとは、夢にも思わなかったことだろう。尤も、それを知る頃には既にこの世には居ないが。

 

 

 

 

 

 

 ──そう、かの“天災”篠ノ之束(しののの たばね)の研究所とは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 “異物”の接近に気付いた束は、いつぶりかも分からない久々の来客に、鼻唄混じりに微笑んだ。しかし、その笑みはどう見ても自分に集ろうとする虫ケラを嘲笑う顔であることは、本人以外に知り得ない。尤も、相手はここから立ち去ろうとしているのだが、彼女にとってそんな些末事など関係ない。

 

「全くぅ、束さんは忙しいというのに、それを邪魔しようだなんて無粋な連中共にはほとほと呆れ果てるというものなのです。…………さてさて、お邪魔虫を相手のゴミ箱にシュゥゥゥーッ!! 超エキサイティンッ!! お掃除しなくっちゃ♪」

 

 既に一六八時間以上──日数にして役七日、実に一週間程である──キーボードを叩く彼女は、ややテンションがおかしくなっていた。目の下に浮かぶ深い隈がその証左。それはもう過去最高にハイな気分である。端から見れば、危ないお薬を服用した人にも見えなくもない。

 ルンルンと場違いな鼻唄を歌いながら、束はモニター越しに見える艦船を見つめる。艦影からしてイージス艦。しかし、カラーリングや装備は正規品とはまた違うものだ。恐らくは何処かの非正規組織が所有しているのだろう。……そんな組織は極々限られているのだが。

 だからと言って、そんなことにすら興味を抱こうとしない束にとっては、鬱陶しくも目障りなハエ──いや、水の上を走るのだからアメンボか──でしかない。そんな物に労力を割くのも馬鹿馬鹿しいと思える程だが、それで自分の周囲をウロチョロされるのも精神衛生上よろしくないわけで。

 手を伸ばすのも億劫になるが、束はホロキーボードのエンターキーをその細い人差し指で軽く、トンと叩いた。

 

「ポチッとな♪」

 

 ボタンを押す時のお約束とも言える台詞と共に、画面の向こうの“異物”は突如として船体側面から爆発、炎上し始め、最終的には船体が三ブロックに割れて沈没した。

 その様子をまるでガラスケース越しの小動物を眺める子供のように見つめていた束は、実に愉快で楽しそうであった。

 だが、あっさりさっくりと一瞬で終わってしまったからか、すぐに意識を逸らしては興味が薄れたかのように、また別のホロディスプレイへと目を移す。数秒前まで腹を抱えて大爆笑していた姿からは、想像できない程の切り替えの早さであった。

 

「さてさて続き続き~っと、束さんは忙しいのだ~!」

 

 誰に言うでもなく一人空しく腕を振り上げ、いざホロキーボードを叩こうとするもその手が一瞬で止まる。ふと見た先程のディスプレイの向こうに、僅かに数ドット見える程度ではあるが、沈没した艦船から百メートル近い先で何かが浮かんでいるのが見えた。

 随分と小さなコンテナだった。ともすれば棺のようにも見える。そこから上半身を乗り出しているのは一人の少年。

 それを当然の如く見逃さなかった束は何を考えたのか、ふと興味を持ち始め、やがて衝動を抑えきれずにいつの間にやらその奇妙な形の椅子から腰を上げていた。

 気付けば外へと足を運び、ラボの目の前にある海岸の砂浜に立っており、束の目に見える範囲にコンテナと少年が見えた。水色の髪に白い肌が特徴な少年。それを見た途端、束はさらなる興味を加速させていた。

 

 

 

 やがてそう長くない時間が経って少年がコンテナと共に岸に流れ付くと、海水でずぶ濡れになっているにも拘らずに束はコンテナの中からひょいと抱え上げる。子供とは言えど、少年はとてつもなく軽い。どれくらい軽いかと言えば、BMI指数がちょっと心配になる程度。

 顔をそっと覗き込めば、男にしてはやや長めのまつ毛や線の細い顔立ちが何処か「女の子っぽさ」を演出しており、より中性的な──ともすれば女性的とも呼べる──雰囲気を醸している。肌も随分と色白で、傍目から見ても中々男の子とは気付き難いだろう。

 ISスーツのような薄手のインナーから覗く身体も、年頃の男子にしては幾分か華奢だ。体格こそらしくはないが、身長からして恐らく小学生高学年辺りだろうと推定する。成る程、それなら体重がちょっとばかし軽いのも納得である。……やや軽過ぎる気もするが。

 

 

 

 ──人を拾う。あまりにも前代未聞な己の行為に、本当は束自身が一番驚いているのだが、頭の片隅ではとっくに「ただの研究材料」として割り切ろうとしていた。他人など興味すら湧かないが故に「どうせ興味が無くなれば棄てるさ」と安易に思考しつつ。

 

 

 

 足早に研究所の中へと立ち入り、抱えた少年をいち早く特に何も考えず作ったまま放置していた空き部屋のベッドにそっと寝かせておく。

 ひとまずは濡れたままだが、少年は安堵したようにすやすやと眠っている。そんな彼を見ていると、それが伝播してしまったのか自分まで安堵してしまい、その時初めて自分の行動に大きく動揺してしまう。

 ──が、それを否定するように即座に首を横へと振った。

 

「(いやいや、研究材料が無事なことに安堵しているだけだってば)」

 

 しかし何故かそこには、空虚な空しさだけが残る。無言の重圧は、完璧だと言い張る束の心をも容易く蝕もうとしていた。

 

「……でも、流石に死んでたら目覚めが悪いよね……」

 

 一見すると無事に見えて酷く衰弱している様子の少年が、目を覚まさないまま永眠することがないように祈りつつ束は研究室へと戻る。自分は医者ではないが科学者だ。何か出来ることはないかと、急くようにして色んな部屋を漁る。

 この時に束は「自分は何をしているのだろう」という、堂々巡りかと言わんばかりの延々に尽きない疑問を頭の中で思考し、逡巡し続けていた。余りに目が回りそうな自問自答に、束はその場へ大の字で寝転がる。いくら天才科学者と言えど、自分が知り得ない答えなど到底知る筈がない。

 

「あ~、今日は変な日だなぁ~。あんな子供拾っちゃうなんて」

 

 人類に失望し、飽きが来た退屈なこの世界の中で、唐突に起こす()()()()()()()なのは分かってる。でも、なんとなく彼を“助けたくなった”。これは直感であり意思ではない。普段の自分がするような柄でもない。たった一人の大親友が聞けば真っ先に腹を抱えて大笑いするだろう、「一体何の冗談だ」と。

 

「はぁ」

 

 出るのはどうしてか溜め息ばかり。

 束は再びあの少年が心配になって、こそこそと部屋を覗きに行く。未だすやすやと眠る少年に再度安堵して、束はこっそり少年に近付いた。やってることは暗殺者か夜這いのソレだが、本人はそれに気付いていない。

 指を宙でスライドさせ、その場にホロディスプレイとホロキーボードを出現させては、それをおおよそ人間とは思えない精密機械の如き恐ろしいタイピング速度で指を滑らせていく。

 宙に浮いた二十もくだらない複数の画面を駆け巡るかのように次々と上から下へ流れる情報は、全てが現在の少年の健康状態を示している。それを流すように目で追い、どんな異常があるのかと気になって調べてみると、意外にも早く、そして多くの数を見付けられた。

 

「うわぁ、これで生きてられるのが不思議なくらいだよ。何だか束さん、楽しくなってきちゃった」

 

 クスクスと一頻り場違いに笑った彼女は、ディスプレイもキーボードも消して、ひんやりと冷たい少年の頬に触れる。

 何年ぶりだろうか、こうして人の肌に触れるのは。そう考えながら、この少年はどう扱われてきたのかを容易に想像していた。

 いや、少年の状態を見ればおおよそ誰でも想像できるのだろう。全身に数ヶ所の打撲、骨折、栄養失調、薬物投与、エトセトラエトセトラ……。聞いてるだけで気分を害するような内容のオンパレードに、束は反吐が出そうに感じた。いくつかは束でも対処は容易だが、またいくつかは個人の回復力に任せるしかないだろう。

 その場で束は今自分に出来うる限りのことを尽くしてから、既に日が落ち、水平線の向こう側に消え去ろうとする夕焼けの姿を視界に収めるべく、窓の外へと目を向けた。

 

「……はぁぁ。なーんでも出来る無神論者の束さんでも、まさか神頼みする日が来ようとはねぇー、情けない。でも、この子の生命力に任せる……しか……」

 

 夕日から視線を少年に移し、自然と言葉が途切れる。

 不思議と今の束の中には、もうこの子供をどうこうしようとする気はとうに失せていた。例えこの少年が何者だとしても。

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が経過した。だが、少年が起きる気配は欠片も無い。その間にも、束はこの少年について軽く調査していた。一口に「軽く」と言っても、それは彼女にとっての「軽く」であるためやや語弊がある。束はありとあらゆる方法を駆使して、少年の存在を()()調べ上げたのだ。

 そこから分かったことは幾つかあった。さして束の利益となるようなことではなかったが、しかしその情報を得て、束は自分の丁度良い手足にしようと考えた。

 

「束さんの手足になれるとは、君も中々運が良いんだねぇ」

 

 そう言っては先程苦労して洗ったばかりの少年の髪を撫でる。自ら作ったシャンプーとリンスーによって、海水で荒れかけていた髪の質感は今やサラサラの艶々である。自分でも唸る程中々の出来栄えに、我ながら鼻が高いと束は自己満足していた。

 これから忙しくなる筈なのに、自分は何をしているのだろう。そんな問答は嫌と言う程やった。

 だがそんな時か、ふと少年の指先が僅かにだが動く。それを寸分たりとも見逃す筈がない束は、思わず目を見張る。

 ──気の所為か? そうとも思ったが自分の目は至って正常だ。

 目覚めたのだ。当分はまだ目覚める見込みが無かった、少年が。もう二度と起きないんじゃないかと思っていた、少年が。

 

「…………ぁ」

「やぁやぁやぁ、目覚めたかい? ……あ、今は動かない方が良いよ。物凄ーく痛いだろうから」

 

 ゆっくりと目を開いた少年に、束は依然として平静を保ちながら話し掛ける。

 こうして人と言葉を交わすなど、少なくとも本人にとってはあの三人以来だった束は、表面上は平静を保っていても実際の内心は激流のような動揺と焦りを覚えていた。ましてや相手は初対面。自分のことを知ってる知らないに関わらず、変な印象を与えてしまえばそこで即座にゲームセットである。

 

「僕を……助けて…………貴女は…………?」

「もう喋れる程度にまで、か。中々の回復力だねぇ」

 

 掠れ声ではあるが「喋れる」ようになるまで回復するとは、天才と呼ばれる束でさえ目を丸くするしかない。少年のその異常さに惚れ込みつつも、束は少年の質問に優しく答えることにした。

 

「うんうん、そうだよ、君をあの沈没から助けてあげたのは何を隠そうこの私。

 

 

 

 

 

 

 ────フッフッフッ、聞いておののけ見て笑え! 『貴女は?』の声を聞き、答えてあげるが世の情け。箒ちゃんの平和を守るため、ちーちゃんの明日を守るため! この世の全てを平気で壊す(バスター)、ラブリーチャーミーな稀代の天災(てぇんさい)科学者、インフィニット・ストラトスの開発者こと篠ノ之束さんとは私のことよッ!

 

 

 

 

 

 

「IS…………貴女……が?」

「ふふふんっ! どおっ、サイン欲しくなった? 握手して欲しい?」

 

 声高々に名乗りを上げて、挙げ句両手でVサインしながら束は得意気かつ自慢気にドヤ顔で言い放つが、内心はほぼしどろもどろと言ったところか。何せこの自己紹介も初めてなのだから。これを親友が聞けば「真面目に自己紹介しろ!」と、迷いなく手套が振り下ろされること間違いない。

 ──失敗してない? 怖がってない? 大丈夫だよねこれ!?

 大きく動揺する束に対し、少年はそんな彼女の心境を知ってか知らずか、少女のようにクスリと柔らかく微笑む。束を見て優しく微笑んだ少年は、ゆっくりと口を開いた。

 

「えへへ……とんでもない人に……助けられちゃったなぁ…………」

 

 実年齢よりも幼く見える少年に対して、一瞬だけ心臓が大きく跳ねる感覚がした束はブンブンと勢いよく顔を横に振る。自分は一体何を考えているんだ、と。

 それも束の間、少年はコテンと首を傾げて不思議そうに尋ねてくる。

 

「どうしたん、ですか?」

「な、ななななっ、何でもないよ!? ……そう、そうだ! 無理して話さなくても良いんだよ! 安静にしてなきゃ、身体に障るから! ほら、ね!?」

 

 押し付けるかのように慌てて少年をベッドに戻し、自分は逃げ出す脱兎の如くそのまま部屋を後にする。後に残された彼は、さぞ目を丸くしていることだろう。

 きっとあのままだったら、自分はどうにかなっていたかもしれない。「ああ、間違いない、これは熱だな」と、そんな筈がない答えをコンマ数秒で割り出しては勝手に納得する。そうでなければ呆気なく潰れてしまいそうだ。この「稀代の天才」が子供に対してみっともなく。──要するに、面目が立たないようでは恥ずかしい。主に大人として。

 

「……ちーちゃん、私、犯罪に走りそうだよ……」

 

 誰に言うでもなく呟いた束は、窓から覗く真っ青な空を見上げて親友の名を口走る。

 しかしその先の空から、親友が大笑いしながら「警察へ行け」と口走る姿を想像した束は、仕方なしにトホホと研究室へ戻っていったのだった。

 

 

 




初めましての方は初めまして、リメイク前から読んで下さってた方はご無沙汰です、カミツです。

まず最初に、リメイク版、と言うことで始めて参りますが、タイトルに「リメイク」とは書かないので悪しからず。
今回こそ途中で止めないようには努力はしますが、ダメな時は恐らくダメですので、その時はご容赦下さい。
知識もガバガバで稚拙過ぎる文ではありますが、これからも何卒お付き合いしてくれれば、と思います。
ではまた次回。

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