__真なる魔王に覚醒を果たした者、およびそれに連なる者に、世界から
正義の代行者であり、魔王に対する抑止力以上の役割を背負う『勇者』にも、魔王と同等……否、同等以上の祝福が与えられてしかるべきだ。
魔王でも勇者でもない身で、ふと、こんなことを思った。
☆ ☆ ☆
安住の地はいまだ見つからず、ただ成り行きで人類の希望として立つ日々が続く。
すでに歩いた道を再び塗りつぶしていくような旅路。見知らぬ誰かを救ったことなんて数えきれないほどあって、名声は高まるばかり。
……『求望の聖女』とかいう不相応な称号で呼ばれることも、そのうち慣れてしまった。
何だかんだ言いつつも、客観的に見ればたしかに私は勇者に匹敵するほどの実力者だし、その力をもって人々を救い導いているというのも事実だから。
いい加減、そんな綺麗なものじゃないとか何とか言って、目を背けるのにも飽いたのだ。
__そうしてひとつ、認めたからだろうか。
きっかけはよく分からないが、私は聖人となった。
しかも、進化の際に
うん。究極能力を得られたのは嬉しいが『
私には大先生のようにスキルを好き勝手に弄くることは出来ないので進化の見込みもないし、だとしたら私が持っていてはいつかリムルが魔王になったとき大賢者先生がラファエル先生に進化できないかも知れない。いや、だとしたらまた別の究極能力に進化するだけなのだろうが、あんまり原作と剥離させるのはどうかと思うし。私の判断は間違っていないと思う。ウェルサには愁い顔をさせてしまったけど。その後別のスキルを解放出来たんだから許してほしい。
ともあれ、勇者でない人間としては、ここが最高峰。これで打ち止めだ。
感慨深さはそれなりにあるが……浸っている暇などない。
というのも、道連れが増えてしまったのだ。
……いや、道連れというより庇護するべき存在の方が正しいか?
いつか助けた人々。あるいはいつか私の力を見せつけた魔物、魔人。
そんな彼らが、私を慕ってか畏れてかは知らないが、配下に加わりたいと願い出てくるようになったのだ。
……正直に言うと「あの時のご恩を少しでも返したいのです!」とか「どうか貴方様の武器として存分にお使いください」とか言われても、あまりピンと来ないのだが……本人たちがそうしたいと言うのなら好きにすればいいと思った。
グラヴとノルドも年月が流れ、立派に育ったしね。少しくらい増えてもどうにかなると思ったんだ。
だから、仲間になりたそうにこっちを見てくる存在には「貴方の好きになさい。相手が何であろうと、私が守り救うためにこの力を使うというのは変わらないから」などと告げるようにしたら、まあ配下という名の信者の増えること増えること。
まさかこんなことになるだなんて思いもよらなかったものだから、表面上は正義の聖人さまらしく振る舞いつつも、内心では大いに驚いた。
どうやら私が思っているよりも、私の人望は厚いらしい。
最近牙狼族から青狼に進化を遂げ、おまけに『人化』を覚えたグラヴが「私はキキョウ様の第一の配下ですから。後輩たちのことはお任せください!」とやる気満々なので、ありがたく丸投げさせてもらっているが……早く安住の地を見つけて、私たちの町を作らないとね。
☆ ☆ ☆
そういえば、この大陸でひとつだけまだ訪れていない国があった。
もちろん、神聖法皇国ルべリオスや魔王フレイの領地なんかの、真っ当な手段では入ることの難しい場所を除いての話だが。
__東の帝国。
なんとなく近づき難くて、今までずっと避けてきた国。
こうやって思い至ったのも何かの縁だろうし、という訳で私は今、東の帝国領に程近い森を一人で歩いている。
そう、一人でだ。
グラヴやノルド、そして人間だったり魔人だったりする配下たちは、ミリムの領地の片隅に置かせてもらっている。あ、精霊ウェルサとはすでに一心同体の境地に至ったから今も一緒にいるけれど。
帝国から程よく離れているし、他所から攻め込まれる心配もないし、住まう人々もミリムを慕う人たちばかりだから、思い当たる場所の中で一番良いのがそこだった。
なんとミリムはあの邂逅の後一度領地に戻り、私と出会ったことを自慢(?)して行ったんだとか。
「あのミリム様が認める方の望みならば」と、快く土地を貸してもらえた。
ついでに開墾とか自給自足のやり方とかを習ってくれたらありがたいなー。なんて思ったり、思わなかったり。
こうして一人だけで歩くのはいつぶりかな? 数年か十数年かのはずだが、数千年も前のような気もする。……ああ、だいぶ時間の概念があやふやになってきたなぁ。別に困りはしないけど、こうしてふとしたときに「ずいぶん遠くまで来てしまった」だなんて思うのと、無関係ではない気がする。
ああそうだ、思えばずいぶん遠くまで来てしまった。
はじめはただの読者、傍観者であったのに、どういうわけだかこの世界へやって来てしまって。
それだけじゃなく、ただ
有名になってやろうとか、世界でも有数の実力を手に入れようとか、そういう野心は全然持っていなかった。ただ自分なりに生きていたらこうなってた。
その結果が『聖女』とか……うん、ちょっと、もにょもにょするんだけどさ。
でも、なってしまったからには仕方がないよね。元はただの少女だったのに異世界では聖女さまとか、ありがちななろう小説みたいで笑えてくるけど。傍目から見たら本当に聖女さまみたいなことしてるしね。仕方がないね。
……あれ? もしかしてこれってリムルと同じパターンじゃない? リムルだって、なりたいと思って魔物の盟主とか魔王とかになった訳じゃないし。ちょっと親近感わいてきたかも。リムルが生まれるのはまだまだ先の話だけどね。
とかなんとかごちゃごちゃと考えつつも、歩みは止めず。そろそろ国境が見えてくる……そんな時だ。
__誰もいないはずの真後ろにパッと気配が現れて、肩をポンっと叩かれたのは。
「よう、聖女サマ。こんなところで何をしてやがる?」
その声を聞いた瞬間。
真後ろに突然何者かが現れた驚きや、いきなり肩を叩かれた衝撃が、身体をびくりと揺らすとか目を見張るとかいう目に見える反応に現れるよりも先に、すぅっと無に還った。
たぶん、あんまり驚きすぎたので逆に反応できなかったのだろう。
ただ、静かに歩みを止めた。
時間としてはほんの数秒だけ、目を瞑る。
……どうして、よりによって今、こいつが出てきたのだろう。と。
もやもやと考えつつも、このまま無反応を貫き続けるなどできるはずもないので、私は深く息を吸って、一言告げた。
否、呼んだ。
「……魔王ギィ・クリムゾン」
ゆるりと振り返ると、そこには燃えるように赤い魔王が……まごうことなきこの世界の覇者がいた。
しかも、ひどく愉しげな表情をして。
12/2 加筆修正しました。