最近、レオンが
「プラチナ、デビル……ふっ」
「……おい、笑うな」
いや、だってさぁ……上手く言語化できないけど、微妙にシュールな笑いが込み上げてくる。
たしかに人外レベルで整った容姿ではあるし、敵対者に対しては本物の悪魔のように冷徹だけれどさ。それにしたってこれは、その、うん……面白い、よね。
今更ながら、レオンの通り名がこれということは、ここはweb版の世界なのか。書籍では
なんて、とりとめもなく思考する様は、端から見るとからかっているように見えたらしい。
少しむっとしたレオンが持ち出してきたのは、他人事のようにニヤニヤする私にざっくりと突き刺さるブーメランだった。
「……キキョウ。お前、この頃は随分と魔王領を荒らし回っているそうじゃないか。そうしてついた通り名が“蒼黒の__」
「きゃー! やめて、それだけは本っ当にやめて!」
プラチナデビルの比じゃないレベルで恥ずかしいから!
ばしばしとテーブルを叩いて訴えると、呆れたような眼差しを向けられる。
「どちらも大して変わらないだろう」
「私の中では変わる。大いに変わる。……ああもう、あんなのが称号とかこの世界はどうなってるの……?」
『世界の言葉』さんにはいつもお世話になって(?)いるが、こればっかりは、ね……。
狼と熊を
具体的に言うと、魔王カリオンの支配する獣王国、及び
そこで二匹に経験を積ませつつ私自身も鍛練に励んでいたら、いつの間にか……そう、いつの間にか、おかしな通り名がつけられ……あまつさえそれが『称号』となってしまったのだ。
普段は長杖に宿っている精霊ウェルサは、久々に対面する私たちに気を使ってか、あるいはあの時のラミリスの反応を見ていて本気にしたのか……理由は分からないが、今はこの場にはいない。精霊の宿らないただの杖が、傍らの壁に立て掛けられているのみである。
おそらく、レオンの配下たちと手合わせするというグラヴとノルドについていったのだろう。……何かの拍子にレオンの配下を叩き潰したりしてなきゃいいんだけど。心配だな。
必要がなければあまり喋らない、意外と寡黙というか存在感の希薄なウェルサが「……あ、称号がつけられたみたい。やったね!」と言ってきたときは、ああそうなんだとしか思わなかったのだが……あとで確認してみてがくりと膝をついた。それくらいには不本意だった。
誰が『蒼黒の勇者』だよ……私はただの仙人だってば……勇者なんて、そんな柄じゃないっていうのに。
__うん。この話はやめにしよう。主に私への精神ダメージがキツい。まさにブーメランだった。もう言わない。
額に手を押し当て俯きがちにそっぽを向きつつ、あからさまに話題を逸らす。
「……しかし、あなたが配下と領地を持つなんて意外だった。どういう心境の変化?」
「別に、望んで手に入れた訳じゃない。が……考えてみれば、これくらいの甲斐性は男として持っているべきだろう?」
「ああ、やっぱりそういう……」
うん、そうだよね。こいつの行動の指針はただひとつ。聞くまでもなかったし、そもそも知っている。
ですよねーと受け流し、ぬるまったくなってきたカップに口をつけた。
はぁ、紅茶よりほうじ茶が飲みたいなぁ……。最近、とにかく和っぽいものを口にしたくてたまらないんだ。
もうどっかから原材料を調達してきて自分で作ってみようかな。たしか工程が違うだけで使う葉っぱは同じなんだよね?
リムルなら……あの衣食住の中で食を最も重視するリムルなら、大先生のお力をかりてきっとこの世界の食事事情をどうにかしてくれると信じている。
でも、彼が転生してくるまであと二百年もあるんだよな……待ち遠しい。
そういえば、レオンにこんな通り名がつけられたということはそろそろカザリームが襲撃してくる頃か。
原作通りなら、土壇場で真なる勇者に覚醒し
うん、特に問題はないだろうけど……こいつ、先走って黒幕を取り逃しちゃうようなところもあるからなぁ……なんだか心配になってきた。
あまり慢心しないよう、さりげなく話を持っていって忠告しよう。
「私、近頃名前が知られ始めたからか、襲ってくる魔人が妙に増えたんだよね。そのうち魔王すらやって来るんじゃないか? って気すらする……」
まあ、レオンなら一介の上位魔人程度ことごとく討ち滅ぼし、ついでに知識を奪うだろうけれど。
けれど……いずれ、レオンの魔王呼称に反発した
原作通りなら、レオンは負けないが……どうなるのだろうか。
この、私という存在のある世界では。
万が一レオンが負けたりなんてしたら……そんなの、絶対に嫌だ。
好きな小説のキャラクターだからではなく。助けられた恩義からのみでもなく……なんだかんだ、百年も付き合ってきた友人だから。失うのは嫌だった。
そういう訳で、くれぐれも油断しないよう忠告するため、水を向けてみたのだが。
ちょっと、思わぬ方向に話が傾いた。
「レオンはどう?」
「此方も似たような状況だ。俺はわざわざ出向く手間が省けて都合が良いが……大丈夫なのか」
「え?」
「お前と精霊と魔獣の二匹程度、今の俺なら十分に養える。__あれから、すでに百年だ。居着けとは言わない。見聞を広めることを止めもしない。だが、そろそろ拠点を作ってもいいんじゃないか?」
「……!」
なんという……ことでしょう。
友人を心配して忠告するつもりが、逆に心配されていた。
いや……心配というより、心配りか。
たしかに、拠点もなにもない、行くあてすらほとんどない旅は、仙人……半精神生命体となった私でも、いささか堪えるんだ。だって、拠り所になるものが自分の身一つしかないのだから。
まさか、レオンにこんな風に心配されてるなんて、思いもよらなかったけど……そうだな、彼の言う通りだ。
そろそろ私も、どこか落ち着ける場所を作るべきなのかもね。
「……ありがとう、レオン。考えておくよ」
「ああ、そうしろ。……全く、百年経っても相変わらず危なっかしい奴め」
「あ、うん。……ええっと、キミも? 気を付けてね。並の魔人にキミが負けるとは思わないけど、つまり魔王クラスならどうなるか分からないんだから。くれぐれも油断や慢心はしないように!」
「フッ。肝に銘じておく」
……なんか、友人って立場を踏まえても、妙にレオンが優しい気がするんだが……配下を持って変わったのか? それとも……私?
よく分からないが、なんだか嬉しかった。
☆ ☆ ☆
というわけで。
百年来の友人にわざわざ心配りをされたんだし、私としても拠点は欲しい。
だから、どこかに勝手に私有地にしてもいいような未開の土地がないか探すことにした。
「そういう意味で言ったんじゃないのだが……」とかなんとかよく分からないことをぼやくレオンに感謝の気持ちを伝え、私たちは彼の住処を後にした。
できれば、あまり人間国家とも魔王領とも近くない、静かなところがいいな。ここ数年ほどは名前が知られ過ぎたのか、どっちにいても誰かしらが私を知っていて……なんというか、煩わしいというか微妙に居心地が悪いから。自分の家にいるときくらい、そういうのを忘れてゆっくりしたいのだ。
交通の便なんて、魔法を駆使すればなんともないし。環境だって、やろうと思えば変えられる。周囲に多大な影響を与えちゃうからしないけどさ。
……ぶっちゃけ、人間国家と魔王領の緩衝地帯であるジュラの大森林に居を構えられたら良いんだけどね。あそこはダメだ。まだいないけど、ジュラの大森林はリムルの領地になるのだし、それを知っていながら厚かましくも居座るなんて真似、私にはできない。
それに、リムルのことはとても魅力的な存在だと思っているけど、配下になりたいわけじゃないしね。
なるのなら、友達がいい。彼っておそらくドラ〇エやF○teシリーズのファンだろうし、こう、娯楽のために究極能力の無駄遣いをするところとか、小難しいことは大先生に任せてぐだーっとしてるところとか、気が合うと思うんだ。
そのうち、ヴェルドラやラミリス経由で仲良くなれないか頑張ってみるつもりだ。とりあえずテンペスト本国に自由に出入りできる程度にはなりたいな。
……そのためには、やっぱり早いところ聖人に進化しないとね。
さて。今まで旅してきた中で良さげな場所はあっただろうか? と頭の中に地図を広げて精霊ウェルサと相談する。
ちなみに狼のグラウは影の中、熊のノルドは小型化して背負い袋の中にいる。初めのうちは小型ノルドは魔法少女のマスコットキャラクターのように肩に乗せていたのだが、グラウの嫉妬の眼差しでノルドに穴が開きそうだったのでこうなった。
さりげなく手間のかかる配下たちである。別に構わないけどね。もう長い付き合いなんだ、ここまで来たら一生面倒を見てやりますとも。
(人も魔人もいないところ。っていうとー……ルベリオスより西の不毛の大地とか? ああでも、あそこはダメだね。巨人共がいるから)
「そうだね。あの荒れ地を再生させるのは、流石の私でも難しいし……」
あれはヴェルドラだからできたことであって、私が真似しようとしても無理だろう。私に豊穣を翳す
あるのは……そうだな。
「蒼黒の勇者キキョウ!! 貴様を倒してオレは__ぐはっ!?」
こんな風に、ひとの邪魔をする無粋な輩を、地に沈める力……くらいか。
思いっきり地面に叩きつけられて意識を失ったどこぞの魔人に軽く呪を掛けてから、私は遅まきながら反論した。
「私は勇者じゃない。それを名乗っていいのは、この世全ての罪と咎を背負う覚悟のある者だけだ。……はぁ、一体どこからこんな勘違いが広まったのやら」
「なんだ、お前が自分から“勇者”を名乗りはじめた訳じゃないのか? ……まあ、そこら辺はどうでもいいのだ」
「__!?」
えっ、なっ__この喋り方と
ザッと振り返ると、そこには銀色のツインテールがさらりと揺れる、ゴスロリ姿の美少女が立っていた。
この容姿、そしてなによりこの
「勝手に“勇者”を名乗る馬鹿がいると聞いて来てみたが、お前の言う通り勘違いだったようだな! このワタシに嘘をついた奴はあとで消し飛ばすとして……せっかく来たのだ、挨拶くらいはしてやろう! 面を上げよ!」
いえあの、そもそも下げてない、です。すみません……
袋の中でノルドが、影の中ではグラヴが震えている。この強大な妖気に晒されても意識を保っていられるとは初めて会ったときと比べてずいぶん強くなったものだが、気を失っていた方が楽だろうにと不憫に思う。
長仗の中の精霊ウェルサは沈黙しているが、いつでも戦えるよう準備は万端だ。……ってこらこら、まだ戦闘になると決まったわけではないのだから大規模攻性魔法は仕舞おうね?
(大丈夫。安心して。きっと悪いようにはならない)
特に根拠はないが、二匹を安心させるために思ったことをそっと囁いて、私は幼い風貌の魔王さまに合わせて膝を折った。
目線が通る。
私の青い瞳をすっと見て、ミリムは「あれ?」というように首を傾げたあと、にこっと笑ってこう言った。
「ワタシはミリム・ナーヴァ! お前に逢えて嬉しいぞ!」
……その笑顔が、あまりに無邪気で、愛らしいものだったから、だろうか。
どういうわけだか私は、無意識のうちに彼女の頭を撫でていた。
手入れなんてろくにしていないだろうに、さらっさらで最高の手触りだった。癖になりそう……
数秒後に我に返って、死にたくなった。というか、これは死んだな。と思った。
仙人風情が気安くワタシに触るな! と殴り殺されても文句なんて言えない。
しかし、私の予想に反してミリムは怒りださず、むしろもっと撫でてほしそうな顔をしているように見えた。……ほんの一瞬だけだったから、確証はないが。
……ええと。不興を買ったのではないのなら、私も名乗り返すべきだよな。
「私はキキョウ。……こちらこそ、会えて嬉しい」
「キキョウ……キキョウか、覚えたぞ!」
なぜだか上機嫌なミリム。心なしか、こちらまで元気が出てくるような気がするから不思議だ。
ええっと……彼女の用件は、勝手に勇者を名乗る馬鹿への天誅。だったのだろう。
しかし寸前で勘違いに気がつき……だから私は生きている。
あっぶなかった……。ギリギリだった。名も知らない魔人よありがとう。お礼に生かして帰してあげるね。
生きてて良かったぁ……と幸せを噛みしめる。
そんな私を見て何を思ったのか、ミリムはくすりと笑いをこぼした後、たっと軽く地面を蹴った。
それだけで数メートルほど飛び上がり、そのまま宙に浮いている。重力を操っているのだろう。見れば分かる。
「……もう行ってしまうの?」
「ああ、話したいことは山ほどあるが、それはまた次の機会にする! じゃあ、またな!」
旋風を残し、小さくなっていく少女の背中を見送る。
なんだか、懐かしいような切ないような気持ちだ。まだ真昼間なのに、赤い赤い夕焼けの中にいるような心地がする。
元の世界でもこんなことがあったのか……記憶にはないが、きっとそんな感じの懐かしさだろう。あまり深く考えないことにする。
ともあれ、あの魔王ミリムと対峙して生き残るとは……もしかしたら私って、運が良いのかもしれないな。
そういうことにしておこう。
主人公の恥ずかしい称号、募集中です。作者には思い付きませんでした……
12/2 加筆修正しました。