転移したら300年前の世界でした   作:マルベリー

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初めましてとこんにちは

 

ぱちん。

 

軽く指を鳴らす。

その乾いた音を合図に、くるくると小さな風の渦が巻き起こる。

 

ぽんぽんと手際よくにんじんやらじゃがいもやらたまねぎやらを放り込むと、それらは風の刃によってしゅるしゅると皮が剥かれて細かくカットされる。

 

 

 

 

「おお……!」

 

 

 

 

……などと目を輝かせているお子さまのために、食材はすべて小さめにカットしている。

こういった細やかな気配りは大切だよね。

 

ぱちん。

 

再び指を鳴らす。

パッと虚空に現れた鍋の中に食材を誘導。発火。

指先をくるくる動かすと連動して具材も回る。均等に火が通るようにかき混ぜる。

いい感じに炒められたら水を投入。ぐつぐつ煮込んで、ルーを投下。再び煮込む。

 

 

くるる。と小さな音が聞こえた。

私のものではない。鍋の周囲をふわふわと飛び回る、一対の羽を持つ少女のものだ。

 

 

 

 

「ねえねえっ! これで出来上がり? 食べてもいいっ!?」

 

 

「今よそうので、もう少しだけ待っててね。あったかいパンもつけるから」

 

 

「やったー!」

 

 

 

うむ。実に微笑ましい。

思わずくすりと笑みをこぼしつつも、丁寧かつ迅速にお皿に盛りつけて、別にパンも用意する。

 

さあどうぞと差し出すと、少女はよりいっそう瞳を輝かせて「ありがとうっ!」とスプーンを手にした。

その後の反応は……おそらく、言うまでもないだろう。

こちらがついつい照れてしまうほどの大絶賛&大喜びの嵐。カレーは異世界のお子様すら魅了すると証明された瞬間である。

 

 

 

……さて。ここまで来れば、私が一体何をしているのか、ご理解いただけたことと思う。

いや、正確には現在進行形で、どこで誰と何をしているか? か。

 

 

 

カレー&パンをぺろりと平らげた少女は、飛ぶことすら億劫そうにだらーっとしている。

お腹いっぱいになって眠くなったのだろう。亜空間に仕舞っていた布を差し出してみると、その上でくたりと横になりそのまま眠ってしまった。

私の、掌の上で。

 

 

これは……流石に、無防備すぎると思うのだけど。

 

 

初対面の私を信頼してくれたのだろうか? ……食事をふるまっただけで?

ちょろいにもほどがある。こんなんで大丈夫なんだろうか、このひと。

……まあ、私なんかが心配したって仕方がないけどさ。なんせ後ろ楯があまりにも強力だ。

 

 

 

 

「……でも、少しは考えて行動してくださいね、ラミリスさま。私、心配です」

 

 

 

 

さて。

どうせだし、片付けたら私も一休みしよう。

 

 

 

__最近、どこから情報がもれたのか知らないけど、行く先々で『時の勇者と並び立つ正義の人』みたいな扱いを受けるようになった。

流石にあの最強の勇者さまと同列に見られるのはなぁ……私はただの仙人で、勇者の卵も持ってないのに。

正直、肩が凝る。

 

 

書籍版で言うところの閃光の勇者さまはいつもこんな気持ちなのだろうか? だったら、彼とは良い酒が飲めそうだ。

いつか彼が転移してきて、リムルと懇意になったくらいの時期に声を掛けてみたいな。

 

 

少しばかり遠い未来に思いを馳せつつも、魔法を操ることはやめない。

食器も鍋も水魔法で綺麗に洗って、火と風の魔法で丁寧に乾燥させてから、元通り亜空間に収納した。

 

魔法って本当に便利だよね。

慣れれば自分の手足みたいに扱えるから、私ほどの術者になれば、例えば炊事洗濯掃除などの家事を指一本動かすことなくこなすことだってできるのだ。便利すぎる。

 

ま、究極能力持ちには通じないんだけどね!

だから例えば今の私がミリムやギィなんかの究極能力持ちに出会って戦闘になったら、まず命はない。というか、瞬殺だ。この世は諸行無常である。

 

 

片付けを終え、野営の時に使う寝袋にもそもそ入る。

絶賛お昼寝中のちびっこ妖精さんは枕元に。寝返りをうって下敷きにしてしまう、なんてことのないように、場所にはきちんと気を配った。

 

 

 

 

「……おやすみなさい。ラミリスさま」

 

 

 

 

当然のごとく返事はなかったが、こてんと寝返りをうった妖精さんが可愛らしくて、再び笑みがこぼれた。

 

 

守りたい、この愛らしさ。

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「そういえば、キキョウって何しにアタシんちまで来たの?」

 

 

「ああ……やっと訊いてくれた……」

 

 

 

良かった。あんまりにも自然にそこら辺をスルーされるものだから、用件を訊ねられるのは下手したら三年後くらいかな? と思ってた。良かった。

 

私の手作りミニチュアソファに腰かけた妖精さんが首を傾げる。

 

 

 

 

「もしかして、アタシの遊び相手になりに来てくれたとかっ?」

 

 

「残念だけどそうではなく……」

 

 

 

 

なんて言ったらいいのかな。

レオンから話を聞いてここに辿り着くまでに、ラミリスさまに会ったら何て言おうかちゃんと考えておいたのだけれど……いざ顔を合わせた途端「遊ぼうよっ!」とか先制されちゃって、そのままずるずるとだべったりご飯を食べたりしてたらド忘れしてしまった。不覚。

 

まあ、動機は至って簡単だ。

 

 

 

 

「覚えてるかな? 以前、レオンという金髪の少年がここに来たはずで、私は彼の友人なんだ」

 

 

「……あ。あー、あの子ね! 知識を司る精霊に会いたいって言うから呼んであげたよ。……そっか、レオンの言ってた『守らなくちゃいけないひと』っていうのはキキョウのことだったんだね!」

 

 

「え? ……いやそれはない。絶対ない。断固として人違いです」

 

 

 

レオンの『守らなくちゃいけない人』とは少女クロエのことであり、私ではない。

そりゃ、こっちに来てすぐのころは守ってもらってたし色々なことを教わったけど……今ではきちんと独り立ちしているのだし、決して庇護対象ではないはずだ。

 

そもそも私の方が一回りほど年上だから!

私の価値観で考えれば、私こそがレオンを守らなくちゃいけないでしょう。

実力差があるから無理というか、無駄というか、無意味だけどね。

 

淡々と弁解するが、対する妖精さんはニンマリと……こう、どこか生温かいような表情をする。おおっと?

 

 

 

 

「またまた~! ホントはあるんでしょ? 甘酸っぱい恋の話が!」

 

 

「いやいやいやいや」

 

 

 

……そういえば、このひと書籍の方で少女漫画とおぼしきものを嬉々として読んでいたような?

どうしてリムルの記憶のなかにそんな漫画があるんだ!? ってところばかり気にしていたが、このラミリスさまは他人の恋愛話に目がないらしい。

なんかもう、ノリがきゃぴきゃぴした女子高生のそれである。眩しすぎる。

 

このまま会話の主導権を握られたら、ありもしない恋愛話が爆誕してしまいかねない。

あわてて話を元に戻す。

 

 

 

 

「私のことは置いといて! あの時レオンのやつ、火の上位精霊を一体奪っていったでしょう? あいつは問題ないだろうとか言ってたけど、放置しておくのはどうかと思って! それが私の用事です!」

 

 

「えっ、それだけ?」

 

 

「えっ? ……はい」

 

 

「別に、アタシは気にしてないよ? そもそもこの場所に来る人間は上位精霊と契約したくて来るんだもん。イフリートもレオンになついてたし、何の問題もないよ! なんなら、キキョウも精霊をよんでみる? アンタならきっとスゴい精霊と契約できるはずだよ! このアタシが保証する!」

 

 

「え。……いいんですか?」

 

 

「もっちろん! じゃ、こっちに来て!」

 

 

 

なんという怒濤の展開。

……しかし、ここまで来たのなら、上位精霊との契約にチャレンジしてみるってのもいいか。

転スラのストーリーの中では、序盤の大ボス及び子供たちの救済手段程度の扱いの上位精霊だが、この世界の一般的な価値観からすると上位精霊との契約はメリットが多い。

 

 

まず、上位精霊と契約できる人間がごく一握りであるため、希少価値が高い。精霊使役者(エレメンタラー)は貴重なのだ。

 

レオンが奪っていった火の上位精霊(イフリート)はこの後シズさんと融合するわけだが、そうして魔人となったシズさんはあの『時の勇者』のお供として認められるレベルの実力者、そして英雄である。

たしか書籍の方の聖騎士にも、水の大精霊(ウィンディーネ)と契約した女騎士がいたっけ。

つまり。上位精霊と契約した者は、人間としては最高レベルの力を手に入れられる、ということなのだ。

 

 

あと、この世界の属性ってよくあるファンタジー世界とは少々異なり、精霊・悪魔・天使の間で三竦みの法則が成り立つ。

悪魔は天使に強く、天使は精霊に強く、精霊は悪魔に強い。

この前の下位悪魔(レッサーデーモン)ばら蒔き事件といい、のちの帝国で起こる事件といい、悪魔は脅威だ。ギィやディアブロレベルのやつには上位精霊程度じゃ何の意味もないだろうが、対抗策が何もないよりはマシだろう。

 

 

わざわざ断る理由もないし、チャレンジしてみるか。

 

 

 

 

「ほら、この先が託宣の間。あの円状の床の上で、精霊に対して呼びかけてみて!」

 

 

 

 

円状の広間。目の前には透明な床。

……ああ、リムルの言っていた通り、目には見えないが『魔力感知』には反応があるな。安心して足を踏み出す。

 

薄い光に覆われた静謐な空間は、ブーツの硬質な音がいやに響いた。

 

ラミリスに導かれるまま見えない床の上を歩き、中央まで行く。

 

 

さあ。と促す眼差しにひとつ頷いて、私は少し迷ってから両手を胸の前で組み、瞳を閉じた。

 

 

 

 

__祈る。

 

誰か、私と共に歩んでくれる精霊はいないか? と。

 

 

 

いい加減、一人旅にも飽きてきたんだ。

誰か道連れがいてくれたらって、あの勇者と出会ってからはずっと考えていて……だから、これは私にとってとても良い機会だ。

 

……あれこれと頭の中で理由をつけてはるばるここまでやって来たのも、もしかしたら心の奥底で「ラミリスに会ってみたい」とか「精霊と契約したい」って思っていたからなのかもね。

 

 

 

ひとりは寂しい。寄り添うことのできる相手がほしい。

仲良くしたい。楽しく在りたい。

お互いに信頼しあえるような、理解しあえるような仲間がほしい__!

 

 

 

 

__だったら、わたしが傍にいてあげる。

 

 

 

 

ぽたりと染み込むような、すとんと落ちていくような……そんなイメージを描かせる声がした。

光を感じて目蓋を押し上げると、そこにはとても『青い』オーラを纏った、大精霊がいた。

 

その姿を認識した途端、かちりと、欠けていた何かが補われたような……そんな心地がした。

 

 

 

 

「えっ。アンタ、どうして……!」

 

 

「こんにちは、キキョウ! わたしウェルサ!」

 

 

 

 

知り合いなのか? 何やら驚いた様子で飛び寄ったラミリスをずいと押し退けて、その精霊……ウェルサは私に笑いかける。

 

まず目につくのが、青い瞳。アニメキャラなんかでよくいる水色っぽい青ではなく、いっそ紺か藍色に近いような、美しい(そら)の青色。

きっと、竜種となったヴェルガイアは、ちょうどこのような色をしていそうだと思った。

それほどまでに神秘的だった。

 

風もないのにふわふわとなびく長髪も、同じく青色。

顔立ちは可愛らしく、人間でいうと12歳ほどの美少女。まるでSDみたいだ。

 

彼女はきょとんとしている私を見てくすりと笑い、ゆったりとした白い服の端をちょこんと摘まんで、深々と腰を折り頭を下げた。カーテシーというやつか。

 

 

 

 

「あなたのことを、ずーっとずっと待っていたの。……わたしを呼んでくれて、本当に嬉しい__!」

 

 

「そう……なの?」

 

 

「そうなの! もー、鈍いんだからー! でもいいよ、あなただし。許しちゃう!」

 

 

 

 

よく分からないが、ウェルサは私のことを待っていたらしい。

……なぜ? 尋ねたけど、くすくす笑うばかりで教えてくれなかった。ううん?

 

ウェルサに押し退けられたラミリスはというと、しばらくの間何事かをうんうん唸りながらぱたぱた飛び回っていたが、少しして飽きたのか「まあいっか」と呟いて止まった。

 

 

 

 

「というわけで! わたし、キキョウと一緒に行くから!」

 

 

「あっそ! ずーっと引きこもってたクセにいきなり出てくるからびっくりしたよっ! なんなのさ、もう……」

 

 

 

 

ああ、やっぱり知り合いなんだ。というよりも、腐れ縁っぽい? あの光の精霊ほど仲が悪そうには見えないけど、同程度の長さの付き合いがありそうだ。

 

 

とりあえず、召喚は成った。

契約はウェルサの方がさくっとやってくれた。

左手に浮かび上がった青い刻印を撫でる。

 

 

 

 

「よろしくね、ウェルサ」

 

 

「うんっ! よろしくね、キキョウ!」

 

 

 

 

ウェルサと名乗るちょっぴり不思議な精霊を仲間に加え、私は迷宮を後にした。

寂しそうなラミリスにちょくちょく遊びに来る約束を取り付けられたので、たぶんそう遠くないうちにまた来るだろうけどね。

 

 

目指すはジュラの大森林。

封印の洞窟にね、行ってみたいんだ。ドワーフ王国にも行ってみたいし、魔王領がどんなところかも知りたいな。

 

 

原作開始まであと二百年以上もあるし、のんびり気ままに行こう。




11/29 加筆修正しました。

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