その後、私と勇者は共にA国内で召喚者の身体を乗っ取り猛威をふるっていた悪魔を退治した。
……まあ、私は情報収集をして悪魔の居場所を突き止めただけで、実際に悪魔を切り捨てたのは勇者だけど。一応は共同作業だろう。勇者も「キキョウがいてくれて助かったよ。私、考えるのはあまり得意じゃないから」と言ってくれたしね。
今は私たちが出会った国境付近に戻ってきたところだ。
道中、あまり会話はなかった。
私は下手に口を開いたらうっかり原作知識をこぼしてしまうかもしれないと口をつぐみ……勇者は勇者で何か思案しているようで、時たま物言いたげに聞き込み調査中の私を見つめてきた。
流石にこのまま別れるのもなんだし。というわけで、満を持して訳を聞いてみることにした。
「勇者。何か、私に言いたいことでもあるの?」
「……ええ。ひとつ、貴女に尋ねなければならないことがあるのよ」
そういえばこの勇者はクロエとヒナタどっちの意識なんだろう。たぶん初めて会ったときはクロエだったように思うんだけど、もしかしたら今はヒナタなのかも知れない。なんだかあのときとは雰囲気が違う気がする。
はて、勇者が私に尋ねごととは。なんだろう?
「貴方は“正義”とはなんだと思っている?」
「…………正義、ですか……?」
おうむ返しする私に、真面目な表情で頷く勇者。
ええと……え? なに、どういうこと? 私にそんなこと聞いてどうするの?
意図はよく分からないが、聞かれたからには答えよう。
といっても、なんて言えばいいのか……
……あれだよね。web版でクロノアが言ってたことが、私の考えに近いかな。
正義とは、主観が変われば変動するような不確かなもの、だったか。
あるいは……正義なき力は暴力で力なき正義は虚しいだけ、とか?
勝てば官軍、負ければ賊軍。悪にとっての悪を正義という。
結局は正義っていうのは物の見方による。一概にこれだなんて言えないよな。
かといって、そんなものはないって言い切ってしまうのも暴論が過ぎるし。
……なんなんだろうね、正義って?
困っているひとを助けたり、弱きひとびとを守ったりすることは正義だろう。じゃあ9を助けるために1を切り捨てるのは正義か? 救うのが正義なら、救われないものがひとりでもいる時点で、正義なんて……
ああもう、一人旅ってこういうとき面倒なんだよね。物事をはかる物差しがひとつしかないから、もし歪みがあったとしても気付くことが難しいんだ。これまでぼっち旅貫いてきたけど、いい加減旅仲間を見つけるべきなのかもな。
“正義とは何ぞや?”だなんて、私が勇者に問いたいくらいだ。
私はただの仙人で、一方彼女は長く旅をしてきた勇者なんだから。彼女なら、私よりよっぽど多くの事物を見聞きして、正しいことも知っていそうなものなのに。
__いや。逆転の発想だ。他人に答えを聞きたいのは勇者だからこそ、かもしれない。
いくら強くてすごい勇者でも、根は人間で、女の子だもんね。もしかして、メンタル面では私とそう変わりないのかも。
彼女の身心がこれ以上なく強かったら、シズやリムルを師としてあそこまで慕うこともないだろうし、クロノアが生まれることもなかっただろうから。……このクロエの中にクロノアがいるかどうかはさておき。
だったら尚更、きちんと答えないと。
__そうだな。じゃあ、こういうのはどうだろう?
ここまで『思考加速』で考えた私は、しっかりと、勇者の顔を見据えて告げる。
「私は……正義とは、ひとを守ることだと思う。けれどその手段は個人によって異なる。だから争いが生まれる。誰が正しくて、誰が間違ってるとかいう次元の話ではない。__ならば私は、私が善いと感じた道を行く」
貴方はどうするの? と言外に尋ねる。
目と目が合った。真摯で、かつ透徹な眼差しだ。
……上手く言葉に表せないけど、私の想いのいくばくかは、伝えられた気がした。
私の台詞を聞いた勇者は、一度ぱちりとまばたきをしたあと、どこかホッとしたように笑った。
よかった。と微かに聞こえた呟きの意味は、今の私には理解できないが……その安堵の微笑みがあんまりにも可愛らしかったものだから、レオンが血眼になってクロエを探す気持ちが、少し理解できたような気がした。
あくまでも気がしただけ、だけどね。
「満足しましたか、勇者」
「ええ。ありがとう、聖人キキョウ。……貴方に会えて本当に良かった」
差し伸べられた彼女の右手に、私の右手を重ねる。
「こちらこそ。あなたに会えて嬉しかった。……また、会えるかしら?」
「会えるよ。きっと。それまでどうか元気でいてね」
「あなたこそ。武運長久を祈っています」
およそ300年あとの未来で会おう。
最低でも主人公たるリムルを一目見るまでは死ぬわけにはいかないんだ。私は生きる。
その先で、真に目覚めたこの勇者と再会することができたら……そのときはもっと色々な話をしよう。
もちろんレオンも一緒に、ね。
☆ ☆ ☆
……そういえば、勇者に会ったことを、レオンになんて話せばいいだろうか?
レオンは、自身が探す少女と時の勇者がイコールで結ばれることを知らない。彼がそれを知るのは、およそ300年ほど後のこと。
……私が『実はクロエは元の世界に戻ったのではなく、未来に召喚されたんだ。未来に召喚されたクロエは諸事情あって時を遡り、今を勇者として生きている』と、レオンに告げることは容易いだろう。ここら辺はかなり複雑だから、上手く伝えられるかは分からないけど。
彼が信じるかどうかも分からない。
私は彼のことを恩人と思い、ある種の友情を感じてすらいるけれど、彼が私のことをどう思っているかは分からないんだ。
もしかしたら彼も私のことを友人と思ってくれてるかもしれないけど……いや、ちょっとあやしいかな。アイツ、私が「それなりに修業できたしこれからは一人旅するね!」って言ったら「死ぬ気なのか?」とか言ったんだぜ……? そんな訳ないじゃん私は生きるよ、かなり生きる。というか私一応あなたの教え子なんですけど? 教え子の実力を信じて?
ぶっちゃけレオンは自分が天才すぎるせいで他者に要求するレベルも高すぎたんだよね。お陰さまで数年で仙人に進化して赤竜に勝ちましたよ! 本当にスパルタだった。流石いずれ魔王になる男だ。そんなんだからシズさんに恨まれるんだよ……。
おっと、話がずれた。
つまり私は、レオンに勇者クロエのことを話すか否かで迷っている。
いや迷っているというのは言い過ぎたな。実際は心の9割で言わない方がいいだろうと思ってる。けど残った1割……アイツには恩があるんだし、それを返せる機会なんてこれくらいしかないんじゃないか? っていう良心の囁きが邪魔をしてくるんだ。
たしかに、レオンは天才で私が仙人に進化しても全然追いつける気がしないくらい遠くにいるから、そんな彼に恩を返す方法なんて、彼がずっと探し求めているクロエについての情報を吐くくらいしか思い浮かばない。
けれど、真実を告げたところで何になる?
未来は確定している。今この時代で、レオンとクロエが再会することはない。そのような結果がすでに未来にあって、そこからクロエは来ているのだから。覆すことはできないし、許されない。確定した過去という前提条件が違ってしまったら、おそらく勇者の命の保証もなくなってしまうのだから。
これらは予定調和であり、一般的には運命と呼ばれるようなものなのだろうけど……私には、重く絡みつく鎖のようにすら思えた。
__結局、私はただ「勇者と共闘した」とだけ彼に告げた。
「……そうか。何か得るものはあったか?」
「ん? うーん……あ、友達がひとり増えたよ! ……次に会ったら色々と話をするって約束したんだ。そのときはレオンも一緒だから」
何故俺が? って顔をしてもこれはすでに私の中で決定されたんだ、撤回するつもりはない。一部変更して私は華麗にすっぽかし、レオンとクロエの二人きりの時間を作ることならあるかもしれないけど。
……もしかしたら、全てがつまびらかになったときには、どうして黙ってたんだって恨まれるかもしれないけど。
そのときは、私が悪いんだから、大人しく滅ぼされようと思う。
11/29 加筆修正しました。