__敵影を確認。
すっと腕を伸ばして指差す。そして告げる。
「__
瞬間、まばゆい光たちが弧を描くようにしてばらばらと翔んでゆく。まるで流れ星みたいに。
着弾する。確かな手応えがあった。
乾いた土煙がむくむくと立ち上るのを魔法で吹き消せば、この場に立っているのは私のみ。
「またつまらないものを滅してしまった……」
なんてね。
……さてと。くるりと振り返る。
まず見えるのは、あちらこちらに傷を負った複数の大人。その後ろには子供たち。さらに後ろには……見る影もなく破壊された村。
大人は誰もが武器を手にしている。私が駆けつけるまで、彼らは果敢に戦っていたのだ。村は壊れたが、せめて子供たちだけでも守るために、と。
しかし……残念なことに、
……うん。ついでに治しちゃおうか。
あんな怪我を負っていては、今現在生きていたって、この先生きていくことなんて出来ないだろうから。
先ほど伸ばしたのとは逆の手に握る長杖を、かつんと地面に打ち付ける。
乾いた大地を叩いているわりには、カーンと澄んだ音がして……それを合図に、身を寄せ合う彼らに粉雪のような淡い光が降り注ぐ。
ぽわんとした光に包まれ、大きな切り傷から転んだ際にできたらしい擦り傷まで、すべてが癒される。
その光景が、まるで神の御業のようにでも見えたのだろうか。
一番多くの傷を負っていた女性が、ふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで私のもとまでやってこようとする。ぼろぼろの剣を杖代わりにして。
しかし私は彼女を待たずに背を向ける。翻るマントが、私が旅人であると彼らに示す。
……そう、別れの時間だ。
「……っ待ってください! なぜ、私たちを救ってくださったのですか……? どうして、私たちを生かしたのです!」
? どうしてって……おかしなことを聞くひとだな。
困っているひとを見つけたら、出来ることなら助けたいって思わない?
どうしても何も、私の理由はただそれだけなのに、なぜ助けた人のほとんどが大なり小なり驚くのだろう。
いや……この世界においては私の方がおかしいのか?
……ふらりと旅をしている途中に、村が襲われているのに気がついて……放っておいたら絶対に村人たちが殺されるということを理解して、それが自分に倒せる相手だったら、助けるのは当然のことじゃない? って、私は思うんだけどね。
まあ、ここは私の生まれ育った現代日本ではないし。頼んでもないのに助けてくれるヒーローなんて、勇者くらいしかいないか。つまるがところ、滅多にあることではない。だから、彼らは驚いているのだろう。
なんて説明したら分かってもらえるのかな。
……いいや、別に理解してもらう必要はないんだ。
私はただ私の中の真実を述べさえすればいい。
きちんと身体ごと振り向いて、告げる。
「貴方たちを助けたい。助けられると思ったから、助けた。それ以上の理由が必要?」
「……!」
あ、目を見開いて固まった。
どうやらキャパオーバーしたみたいだ。
……脅威は滅した、傷も治した。家屋や畑なんかはボロボロだが、それらに関して行きずりの私がしてやれることはない。
そろそろ行こう。
再び背を向けて歩き出す。……と、今度は幼い子供の声が私を呼び止める。
「あ……あなたさまのお名前は……?」
名乗るほどの者ではありません……は、流石に格好つけすぎか。
うん。名前くらいなら答えてもいいでしょう。もう一度、今度は顔だけで振り返る。
「__私はキキョウ。縁があったらまた会いましょう」
「キキョウさま……!」とかいう陶酔したような声が背後から聞こえてくるが、今度こそ、私は振り返らない。また信者が増えてしまったか……だなんて思わない。ええ、決して。
村を復興するにしろ他の場所へ引っ越すにしろ、これからの彼らの日々は慌ただしいものになるだろうし、そんな日常を送っているうちに、私に関する記憶は薄れていくだろう。
そして私も、三日も経てば彼らひとりひとりの顔なんて忘れて、ただひとつの村を救ったという事実だけが残る。これはそれだけの話だ。
しっかし……あの
☆ ☆ ☆
どうにも気になるので色々と調べてみたところ、悪魔に襲われていたのはあの村だけではなかった。
ちょうど、とある小国……仮にA国としよう……を中心として、その周囲に被害が集中していた。
幸いにも現れた悪魔はどれも
まず間違いなく、原因はA国にあるだろう。
一体なぜ周囲に悪魔をばらまいているんだ……?
考えてみたが、ぶっちゃけ分からない。レオンなら……彼は天才だから、何かしら仮説を打ち立ててくれただろうけど。彼は今ごろ単身どこぞの魔王領を踏破しているはずだ。友人とはいえ頼りすぎは良くないし、ただでさえ拾ってもらった恩がある。迷惑はかけられない。
__私がこの世界に転移して数年が経った。
ぼっちの私を拾ってくれた少年レオンに魔法を習って、それなりに使いこなせるようになったら一人旅に出た。
とくにあてもなく……しいていうなら、ひとりでも生き抜ける強さを求めて。ときには、この間のようにひと助けをすることも珍しくはない。強力な魔物と戦ったことだって一度や二度じゃない。
気がついたときには、私は、人間を超えていた。
異世界人なため、元々身体能力等は高く身体の構造もこの世界に合ったものへと再構成されていたが、さらに上位の存在__仙人へと至ったのだ。
進化したのは……たしか、どこかで赤いドラゴンと戦ったときだったか。あーただでさえ竜って強いのに赤竜とか、これは死ぬな……と思ったけど、土壇場で進化してどうにか勝った。
……主人公補正でもかかってるんだろうか、私。
にしたって、この成長速度は異常なんじゃ……ああいや、リムル程じゃなかったな。あのひとたしかほんの1、2年で真なる魔王に進化したし。そもそも生まれたときからAランクのエリートだし、彼と比べたら私なんてまだまだだな。うん。
よーし、これからも頑張るぞー! もはや生きたいっていう転移当初の目的は十分果たせるくらいには強いけど! 上には上がいるし、強ければ強いほど生きていくのは楽だろう。
あと、この世界って努力がスキルという結果になって目に見えるから、正直鍛練するのがとっても楽しい。『世界の声』さんありがとう。何度も聞いているうちに段々あの声が好きになってきたくらいだ。
転スラのストーリーの最初期、まだリムルが洞窟で草をもしゃもしゃしたり魔鋼を食べたり湖で遊んだり倒した魔物を食べたりしていた頃、読んでいる私は「遊んでないで早く洞窟から出たら……?」とかちょっと思ったんだ。
でも、今の私ならあのときのリムルの気持ちを理解できてるんじゃないかな。
スキル習得は、癖になる!
……うん、話を元に戻そう。
このまま放置していても、悪魔による被害が絶えることはないだろう。
根本から絶たなければ。
というわけで……とりあえず偵察をしようと普通の人間の振りをしてA国に入ろうとしたのだけれど……
「え……」
「……!」
__こちらを見て無言で驚く、黒髪の少女。
可愛らしい顔立ちで、身長はそう高くない。華奢な体つきをしているが、腰には刀を差していて……長さ的におそらく打刀。
うん。なんというか、そこはかとなく覚えがあるね? 主に後ろ姿が。
顔立ちは記憶にあるものよりずっと大人びているけれど、気のせいと片付けるには似すぎている。
この少女って、もしかして……!
「時の、勇者……?」
少女は、小さく頷いた。
「そういう貴方は、最近噂のキキョウって人?」
「……ええと、たしかに私はキキョウという名前だけれど……その噂というのは?」
初めて聞いたぞそんなの……やだ……なんで勇者が私の名前知ってるの? ろくな噂じゃなかったら言い出しっぺ見つけて処すかもしれない。
内心恐々としつつ長杖を握りしめる私とは打って変わって、時の勇者は……勇者クロエは柔らかく微笑んだ。
「ここに来るまでのあちこちで、貴方の噂を聞いたよ。ふらりと現れては、人々を救って去っていく謎の女性魔導師だって。もしかして、貴方も覚醒した勇者なの?」
「いいえ! ……いいえ。私はただの仙人、覚醒勇者だなんてとても……」
「そう? 微かだけど、貴方から聖なる気配を感じるよ。資格は十分あると思う」
いやいや、そんなまさか。
勇者なんていうのは、ルドラみたいな自信過剰で幸運なやつや、今目の前にいるクロエみたいな底抜けのお人好し、あるいはマサユキみたいに圧倒的なカリスマを持つ、善人がなるものだ。属性で言うと秩序・善。
私は悪人ではないと思うが、正真正銘、混ざりっ気なしの善人かと問われればそんなことは断じてない。私は良くも悪くも普通の人間なのだ。種族的には仙人だが。善・中立がいいところ。
そんな私に勇者の資格なんて、冗談も大概にしてほしい。
今はこんな話をしている場合ではない。
話題を切り替える。
「__私の話はいい。勇者、貴方もこの国に何かがあると思ってるのね?」
「うん。キキョウも私と同じく、悪魔について追ってきたんだね。じゃあ、ちょっとここで待っててよ。すぐに解決してくるから、その後一緒に話でもしない?」
「一緒に、と言うのなら、今ここからにしましょうよ。私は勇者ではないけれど、足手まといにはならない程度の実力はある。だから一緒に解決しに行こう」
「え……気持ちは嬉しいけど、危険だよ?」
「だからです!」
いくら貴方が強くたって、女の子を一人で危険な場所に行かせられる訳ないでしょう。
と言うと、クロエはちょっと困ったような顔をしたが、結局は私の同行を許してくれた。優しい子なのだ。押しに弱いとも言う。
一方的にとはいえ、私はクロエのことを知っている。……この過去の世界で、彼女の命が奪われるような事態など起こり得ないということも。
たとえどのような脅威があったって、勇者クロエは乗り越えるだろう。生きて、数百年後まで活躍し続ける。何故なら、そのような結果がすでに未来にあるからだ。
つまり、今私が同行しようがしまいが、結末にさして変わりはない。
けどそんなことは関係ないんだ。
今ここにいる私は単なる読者ではなく、この世界で生きる、一人の人間だ。
彼女をひとりぼっちで行かせたくなかったから、同行を願い出た。理由はそれだけで十分でしょう。
あと……クロエは私の恩人の、妹的存在でもあるしね。
今ごろ知識を求めて魔人を滅ぼして回っている頃であろうレオンの代わりに、ほんの僅かな時間だが、私がこの子のことを見守ろう。
……きっと、それ以外に私にできることなんてないから。
そう、思ったのだ。
冒頭の魔法は原作にないオリジナルスペルです。
10/11 加筆修正しました。