物語が本格的に動き出すまで若干暇があるし、軽い気持ちで正体を隠して冒険者をしていたらユウキに身バレした。
おかしいな……元は人間だったから人間のフリは得意だ。ここ最近は聖女として目立った活動はしてないし、大丈夫だと思ったんだけどな。どこから情報が漏れたんだろう。やっぱり一気にBランクまで上げたからかな? 心当たりはいくつかあるので後で探ってみよう。
自由組合本部の応接室にて、私とユウキはテーブル越しに向かい合っている。
「初めまして、僕が
「そう、シズが……。あなたはシズの教え子なのね。こちらこそ会えて嬉しいわ」
ユウキはにこにこと親しみやすい笑顔で頷いた。
「まさか、あの有名な聖女様が一般人に交じって冒険者をしているなんて思いもしませんでしたよ。どうして偽名で活動を?」
キキョウという名は有名になりすぎてしまったので、冒険者としての私はハルヒと名乗っている。名字の秋月をもじったものだ。物事は安直なくらいがちょうどいいんだよ。
私は伏し目がちに答えた。
「……誤解があるようだから正しておくけど、私は自分から聖女だとか救世主だとか名乗ったことは一度もないのよ?」
「そうなんですか?」
「そうなの。聖人になってしばらくして、気がついたらそんな風に呼ばれてた。私はただ、私が善いと感じることをそのときの自分にできる範囲でこなしていただけなのにね」
「……」
「だからね。私のことは"尊い聖女様"ではな
く、"ちょっと長生きしてる同郷のひと"くらいに思ってほしいな」
「分かりました、キキョウさん。……本当に、シズさんの言っていた通りの人だ」
「ん? 今なんて?」
「いえ、何でもありませんよ」
そう? まあいいけど。
一旦会話が途切れたそのとき、ちょうどいいタイミングで秘書さんがお茶を汲みに入ってきた。
エルフの血を引いているらしい、美しい女性だ。
……ああ、こいつが。
にこにこと愛想良くお茶を淹れてくれたので、こちらも笑顔を返す。
お茶は美味しかった。
一息ついたところで、再びユウキが喋り出す。
「さっきのはカガリ。僕の側近です。大魔導師で、自由組合の誇る最高戦力なんですよ! キキョウさんには敵わないと思いますが……」
「そう? やってみなければ分からないよ。負ける気はこれっぽっちもないけどね!」
戦闘特化じゃないと言ったな、あれは嘘だ。半分くらいは。なんやかんやで
ま、流石にギィや本編後半のリムルには太刀打ちできないけどね。古き魔王の一体二体は倒せるんじゃないかな?
そんなちょっとしたジャブは置いといて。
特にこれといった用件があるわけでもなしに、他愛ない世間話を綿々と続けていたら、ユウキが冗談半分でこんなことを言い出した。
「そうだ。シズさんには自作の魔剣を渡したんですよね。僕には何かくれないんですか? なんてね!」
「んー……今は良い持ちあわせがないな。これでいいかな? 君の役に立つかは分からないけど」
亜空間から引きずり出した本をぽいっと渡す。
うちの子用に魔法の教本を書いてたとき、気紛れに書いた秘術に関する本だ。万一のために複雑なセーフティロックを掛けているので読み解けるとは思わないが……もしかしたら。
「え、いいんですか!?」
「うん。むしろこんなのでごめんね? 適当に図書館にでも放り込んでおいて」
「ありがとうございます!」
シズに渡した魔剣は、今はヒナタが所持しているらしい。
ヒナタがシズのもとを去るとき、シズがお守り代わりにと持たせたのだという。
私の知らないあいだにちょっとしたドラマが生まれていた。良い話だなぁ。
気がつけばいい時間なので、その内また話せたら良いねと言葉を交わし合い別れた。
おそらく叶わないであろう、約束未満の儚い言葉だ。
(キキョウ様。今どちらにいらっしゃるのですか? 今日の夕食はこのわたくしが作ったのですよ!)
(すぐに帰るよ。楽しみにしてるね、アンナ)
(はい!)
冒険者ハルヒはもう廃業だな。後々敵に回る相手にこれ以上の情報は与えられない。それはあちらも分かってるだろう。
私の居場所に帰ろう。私は、私が善いと感じることを為すだけだ。
4/1中に書き上げるつもりがFGOGOのお陰で……四月馬鹿で泣いたのは始めてですよ。おのれ型月め……