転移したら300年前の世界でした   作:マルベリー

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静かな始まり

 

暴風竜ヴェルドラの消滅が確認された。

冒険者として紛れ込ませている配下いわく、大陸は大騒ぎらしい。

魔物の増加が予想され、隣接する諸国は対応に追われていると。

 

 

 

「あのヴェルドラ様が消滅するなど……そんなことがありえるのですか……?」

 

 

 

ジュラの大森林出身のグラヴはショックを受けている様子。ノルドも態度には出さないが、普段より雰囲気が堅い。

……初めて会ったとき彼らが洞窟の入り口を塞ぐように決闘していたのは、おそらく偶然ではない。高位の魔物でなければあの場に近づくことすらできないのだから。

あの豊かな大森林を生み出したのはヴェルドラだ。大森林に住まう魔物は皆ヴェルドラに敬意を払う。畏れている。それだけの存在なのだ、竜種というのは。

 

私は暗い顔をしている二人の背中をばしっと叩いた。

二人は私を見てはっとする。特に隠す理由もないので、私とヴェルドラの関係は配下一同知っている。

友人が消滅してショックを受けるのは当然のことだ。けど私は普段通り笑っている。

だって、ねぇ?

 

 

 

「あいつはそう易々と消えるようなヤツじゃないわ。だって、竜種は消滅などしない。死んだとしてもまた新たに生まれてくる。それがないのだとしたら、今もどこかで生きてるんでしょう。簡単な話よ」

 

「そう……ですね。主様の言う通りです。ヴェルドラ様は消滅なんかしませんよね!」

 

「だが、星王竜は死んだぞ? 暴風竜が消滅したとしてもおかしくはないだろう」

 

 

 

出たな、空気の読めない放蕩息子め。

すらりと話に割り込んできた火竜ヒイロに、軽いデコピンを一発お見舞いして反論する。

 

 

 

「それとこれとは事情が違うでしょう。あの頃の彼はすでに力を失っていたのだから」

 

(ふふ、あの暴れん坊に恋愛なんて数百億年早いわ! ま、ヴェルドラは創造神ではないし、彼と同じ道を辿ることはないでしょうけど。どうせ姿を隠しただけよ。ねぇ?)

 

「ええ。一年ちょっと経てばひょっこり出てくるでしょうし、気にしないでいいよ」

 

「はい。お気遣い感謝します、主」

 

 

 

よーしゃよしゃよしゃ。三人まとめて撫でてくれるわ! あ、グラヴはともかくヒイロは人化を解いては駄目よ。せっかく造ったお城が倒壊してしまうから。

 

 

 

__さてと。

 

ああ、とうとう始まったか。

激動の時代が訪れる。人間も魔物も、この世界に生きるものは例外なく巻き込まれる大戦が起こる。

 

じゃあ、そのどちらとも距離を保っている私は? という疑問はひとまず置いといて。

この世界はweb版の世界だというのは分かってるけど、web版本編と同じ道筋を辿るかどうかはまだ分からない。ひょっとしたら、バッドエンドルートに入るかもしれない。

 

ターニングポイントは、約一年後。

全てはクロエの行動に掛かっていると言っても過言ではない。

引き留めるか、引き留めないか。その一点で、この世界の末路が変わる。

 

……ぶっちゃけ私がどう行動しようが、あまり関係ないんだよね。リムルさえ生きていればどうにかなるだろうから。

 

ま、だからと言って何もせずにいるなんて論外ですし? やれるだけやりますとも。

領内を整えて、戦力増強に努めてきたこの数十年間。徒労に終わるのはちょっとね。

いや、戦う必要がないのは結構なことだけれど。せっかく強くなったんだし、存分に活かせる場所が必要じゃない?

天魔大戦は絶好のチャンスなんだ。

 

とりあえず冒険者の子たちには、そのまま活動を継続しつつ情報を集めてもらう。根無し草を装って魔王領にいる一部の魔人たちも右に同じ。

情報は大切だって、リムルも言ってたしね。そこら辺は徹底してる。

 

あとは……やはり、ジュラの大森林を監視するのが手っ取り早いか。

精霊を利用した観測ならバレる危険性も少ないだろうし。これも真似させてもらう。よろしくね、相棒(ウェルサ)

 

 

現時点での大森林は、これまでと大きく変わった点はない。

リムルは今ごろ封印の洞窟で迷子になってるのだろうな。あそこ、広い上に結構入り組んでるからマッピング能力なしだと野垂れ死にまっしぐらなんだよね。

あの『大賢者』先生がいるから大丈夫だって分かってはいるけど、ちょっと心配。頑張れ。

 

 

……うん、あとはどうしようかな?

できることなら仲良くなりたいんだ。個人的に気が合いそうだというのが一番の理由だけど、web版通りに進んだ場合テンペストと繋がりを持つのは非常に重要だというのもある。

だってほぼ世界征服完了してるからね本編後の世界。技術的にも経済的にも優位に立ってる上に、制空権や魔法まで手中に収めるんだ。

じゃあうちも海やら無人島やらを手中に収めてもいいよね? ちょうどアイリンを筆頭に海獣たちがいるし、開拓は慣れたものだ。避暑地にでもしようかなぁ。テンペストとはまた違った風に……アトラクション的な? ま、おいおい詰めていこう。

 

 

今はまだ静観のとき。そのうち……町ができた辺りで一度様子を見に行ってみるか、あるいは王都で生活してるときに偶然を装って出くわすか、いっそテンペストが開国したら迷宮に挑んでみる? たぶんモニタリングしてるラミリスがすっ飛んでくる。面白そうだな。

 

あの凶悪ダンジョンをソロアタックか……楽しそう!

戦闘特化じゃないから完全攻略は無理ゲーだし、そもそもよそで本気出すなんてできないから行けて半分くらいだけど!

ダンジョン攻略とか、やっぱ浪漫だよね! 変装して上手いこと潜り込めないかな? うちの子に挑戦させてもいいな。武闘会に参加というのもアリだ。

 

ああ、考えてるだけで楽しいな!

 

 

 

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 

 

 

グラヴはひっそりとため息をついた。

 

主様に気を使わせてしまった。ヴェルドラ様の消滅を聞いて一番堪えているのは友人である主様のはずなのに、私が沈んだ顔を見せたばっかりに、あの方は傷ついた様子ひとつ見せずに笑って励ましてくれた。

こんなの違う。立場が逆だ。むしろ、第一の配下である私が主様を支えなくてはいけなかったのに……

 

私は昔からこうだ。

念願の進化を果たし、幹部の座を与えられた。期待されているというのに、このように些細でつまらない失敗をよくしてしまう。

主様は気にしていない、むしろ可愛らしく思うと慰めてくださるが……私が目指すのは、主様に守られるだけの存在ではなく、常に傍らに寄り添い支える存在なのに。

なのに、この様はなんだ。情けない。

 

今のままでは、あのやたらとむにむにとした鳥女に主様の第一の配下という立ち位置すら奪われかねない。

いや、心優しい主様は絶対にそんなことはなさらないと断言できるが、今ですらアイツは素知らぬ顔をして私のブラッシングの時間に割り込んできて邪魔をする。時折主様と二人きりで遊びに出ているというのに、強欲が過ぎる。油断ならない相手だ。

 

主様の前では母を慕うひたむきな娘そのものだが、計算してやっていることなんてバレバレなのだからな……っ! くっ、私にもむにむにと触り心地の良い脂肪があれば! 狐や梟まで配下となった今では、もふもふの毛皮だけで主様の歓心を得るのは難しくなってきたと感じる。

 

やはり、直接対決しかないか……

魔王種級の戦闘能力に、海獣たちを取りまとめるカリスマは認めているが、それとこれとは話が別だ。

これはいわば誇りをかけた戦いであり、主様の第一の配下として、決して負けられない戦いなのだ。

 

さて、アイツは今ごろ魚を貪り食っている頃だろうか。食後すぐでは差し障りがあるだろうから、少し時間を置いたら……

思考しながら仕事用として与えられた一室を出たところ、用事があったらしい仙人のアンナと鉢合わせになった。

 

 

 

「まあ。どこへ行こうというのですか、グラヴ? 貴女のライバルでしたら食事を取った後腹ごなしに運動してくると言って飛んで行きました。決闘を申し込むのなら後日にした方が宜しくてよ」

 

「ん……そうか。いや、別にアイツと私はライバルなどではないし主様の許可なく私闘を行おうだなんて考えていなかったぞ? だがまあ、その親切には感謝する」

 

「はいはい。ではお仕事の時間です。妹から大陸の現状について追加報告が上がってるわ。まず聖教会が__」

 

 

 

グラヴはすぐさま思考を切り換え、アンナの報告に耳を傾ける。稀に周りが見えなくなるが、仕事は出来る女なのだ。

 

 

今はまだ、世界の情勢に大きな動きはない。

しかしそう遠くない未来、何かしらの事件が起こるとグラヴたち幹部は確信していた。

でなければ、基本的に穏やかな性格をしている我らの主が戦力拡充を急ぐ理由がない。

 

__何が起ころうと、全ては我らが主のために。

 

配下たちは心をひとつにして、今日も与えられた仕事をこなす。

 

 





どうやってリムルと出会うか考え中……
何か面白そうな案がありましたら感想欄かメッセージまで。参考にします。

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