島に住み着いてから数十年。
未来のことを考えつつ、配下たちをしごいたり交流を深めたりしている内に、原作の時間軸がだいぶ近づいてきているのに気がついた。
えっと、今は……リムルが転生してくるのより数十年前、シズさんが『爆炎の支配者』として大活躍している頃だろうか? たぶん合ってるはずだ。この間、勇者の供の噂話を聞いたし。
島に籠ると言いつつも、その実私は度々大陸をぶらついていた。聖女の名は広まりすぎてやや面倒なので、正体を隠して。
勇者がいるから大丈夫だとは分かってるんだけどね。ま、人助けは私の趣味だから。趣味に理由なんていらないでしょ。
シズさんの噂話を聞いたのは、この間イングラシア王国近くに行ったとき。
常に仮面をつけている謎多き女性。炎を自在に操る強力な
勇者が姿を隠した今では、その意志を継いで幅広い活躍を見せている。まさしく英雄と呼べる人物であると。
まあ、原作通りだ。
このまま行けば原作開始の十年ほど前にこちらへやって来るヒナタとユウキの二人を育て、自由組合を組織するユウキを支え、後進の育成をし、子供たちの教師になり……そして旅立つのだろう。
ああでも、レオンの周辺は原作とはわりと雰囲気が違ってるから、もしかするとこの世界のシズさんはあまりレオンのことを恨んでいないかもしれない。
それでも彼女は旅立つだろう。子供たちのために。かつて死にかけていた自分を助けた魔王のもとに。そして出会う。運命の出会いだ。いわばこの世界のターニングポイント。シズさんは重要人物なのだ。
うん。勇者も大概だけど、シズさんもかなり重要な役割を担っているよね。
だってほら、シズさんはリムルにとって『運命の人』だから。万が一二人が出会わなかったら転スラのストーリーは成り立たない。
……ちょっとシズさんの現状が気になってきたな。
原作通りに行かなきゃダメ、なんて考えはもちろんない。より良い未来があるならそちらへ舵取りしたいし、思い通りに行かないのが人生だから。
けど転スラのストーリー構成ってだいぶ予定調和的というか、タイムスリップとかパラレルワールドとかでごちゃごちゃしてるというか……ぶっちゃけ過去で勇者に会った時点でね。わりと未来は定まってるよね。
まあストーリーのことは置いといて。私は個人的にシズさんに会ってみたい。
なんせシズさんは私が転スラの中で一番好きな人間キャラ。ちなみに同率一位に勇者マサユキがいる。
悪人か善人かではなく、ただ真っ直ぐに生きた人。
良いよね、そういう人って。
リムルとヒナタの戦闘を止めたところとか、web本編の一番最後のところとか、大好きだ。
だから、うん。ちらっと顔を見に行くくらい良いよね!
「グラヴ! ちょっと大陸に行ってくるわ。何かあったら連絡して」
「はい、主様! このグラヴにお任せください!」
よし。優秀な配下を持てて嬉しい限り。
それじゃ、ちょっと行ってきますか。
☆ ☆ ☆
……いた。どうやら戦闘中のようだ。紅蓮の炎がごうごうと燃え盛っている。
人里を少し離れた辺境。戦う相手は自由組合の規定でいうB+ランクくらい? 一人で倒すにはわりと強敵……って、もう消し炭になっちゃった。
まあそれも当然か。普通の人間なら苦戦するだろうけど、彼女は異世界人な上に
けど、ちょっと怪我してるな。回復手段は……ないようだ。そうだね、たしか魔法は使えなかったはず。運悪くポーションの持ち合わせもないっぽい。
同行者はなく完全に一人。最寄りの村までは若干距離があり、それまでに魔物に襲われたらちょっと大変だろうな。
じゃあ……余計なお世話かもしれないけど、私の出番だね。
周囲に溶け込ませていた気配を尋常に戻すと、彼女は弾かれたようにこちらを向いた。
「! いつの間に……!」
「ごめんね。派手に火柱が上がってたから気になって見てたの。はじめまして、強く美しい人。私は秋月桔梗といいます」
「……アキヅキ・キキョウ? もしかして、貴方は……いいやそれよりも、キキョウという名は勇者が言っていた聖女のもの……!」
ああ、勇者が私のことを話してたのか。じゃあ話は早いな。
「いかにも、私は聖人です。ついでに言うと、日本人。勇者の供よ、あなたの名前は?」
「私は……井澤静江。シズといいます。聖女様は、何故ここに?」
「ん? あなたに会ってみたかった、それだけよ。街であなたの噂話を聞いたの。勇者の後を継ぐように、色々と頑張っているでしょう? だからまあ、労いのようなものね」
ぱちん。指を鳴らして回復魔法をかける。
それから……これとかどうだろう? わりと自信作なんだよね。
『空間収納』の中から自作のマジックアイテムを取り出して、きょとんとしている彼女に押し付ける。
「精霊を使役するだけでなく、剣術にも秀でていると聞いたわ。それは魔力を注ぐとビームの出る魔法の剣なの。切れ味は凡庸だけど、退魔の力を持っているから何かの役に立つかもしれない。良かったら貰ってほしいな」
「……私に? 良いのですか、こんな逸品……」
もちろん、と頷くと、彼女は素直に受け取って、元から持っていたものの横に差す。
見た目はごく普通の剣だけど、私が実験がてら色々と付与してたらビームが出るようになったんだよね。たぶん持ってるだけで抗魔の仮面と似た効果があるはずだ。
ま、等級としてはレア程度だから、適当に使い潰してくれて構わないし、お飾りでも良い。ただの記念品みたいなものだし。
その後は最寄りの村までの道すがら世間話などをしてから別れた。
抱いていた印象通り、意思の強い人だった。
流石に踏み込んだ事情までは聞けなかったけど……少なくとも、この世界を嫌っている様子はなかったように思われる。
未来はいったいどうなるのだろうね。
気になる答えは、もうすぐそこまで迫ってきている。
やっと主人公のフルネームが出た。
主人公が何となく渡した剣は、この後誰かの手に渡ります。たぶん。
とりあえず間を開けたくないがための更新なので、後々改稿するかもしれません。