転移したら300年前の世界でした   作:マルベリー

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氷河にて

 

 

「おお、貴女がかの聖女様……! お会いできて光栄の極みにございます!」

 

 

「そう畏まらなくていいわ、楽にして。私の名付け子が世話になっているようね。あの子、傍若無人の気があるから付き合うのは大変でしょう?」

 

 

「いえそんな……ヒイロ様には我等白狐族一同、大変良くしていただいております! ただ、時たま『稽古』と称して若者たちをこてんぱんにのしてゆかれるのは困りますが……」

 

 

「ああ、あなたたちもなの……。私の躾けが甘かったのかしら? あの子にはよく言い聞かせておくから安心してね」

 

 

 

 

島の方々に挨拶をして回っているが、予想以上に好意的に迎えられて少し驚く。

何でもヒイロはわりと自由奔放というか、気紛れに無茶振りを吹っ掛けているようで、命の危険はないものの頭を悩ませている種族が多かったらしい。

 

なんか、私の名付け子がすみませんね……これでも出会ったときよりはマシなんだ……。

所構わず力任せに暴れまわっていた若い火竜を、「そんなに遊びたいのなら相手になってあげるわ!」とぼっこぼこにしたときのことが懐かしく思い出される。

あの若いのが今じゃ傍若無人ながらもひとつの島を治めてるなんて、感無量だな。

 

しかし、ヒイロの庇護下にある魔物たちと話してみたところ、一番多い訴えが、唐突に現れては「喜べ! この私が直々に稽古をつけてやろう!」などと言い放ち、戦闘可能な者を一匹残らず叩きのめして帰ってゆくというものだった。

ねえ守るべき存在に何してんの? 私の説教ちゃんと聞いてた?

たしかに稽古は大事だ。強者との試合は何にも代えがたい良い経験となる。でも一人残らずのしてくのはいくらなんでもやりすぎでしょう! 誰も戦えない状態じゃ、何か大事が起こったら困るじゃない。

 

というわけで、同様の訴えを聞くたびにヒイロをデコピンの刑に処すことにした結果、彼の額は見事に赤くなった。軽くじんじんするようで時折擦っているが、悪いけど挨拶回りが終わるまでそのままでいてね。

 

 

といっても、挨拶すべき種族はあとひとつ。

この島の最北端、氷河地帯をテリトリーとしているペンギンたち。彼らが認めてくれれば、すぐにでも移住に移れるだろう。

 

白狐族の住処からペンギンたちのテリトリーまではそう遠くもないが、ぞろぞろと歩いていってうっかり足を滑らせでもしたら格好がつかないのでさくっと『転移』する。

 

雪原地帯から氷河地帯に。

硬く冷たい氷の地面。暑さ寒さに体調を左右されなくなって久しいが、震えそうなほどの寒さだ。

 

さて、件のペンギンたちはというと、一際大きな体躯を誇るユニークモンスターを筆頭にずらりと集まっていた。

普通の人間並のサイズのペンギンたちが、キングサイズのペンギンに向かって何やらケーケー鳴いている。がんばってくださいボス! 応援してますボス! とか何とか言っているっぽい。……ん? 何事?

それを聞いたボスはクワッ! と高い声で嘶いた。「静まれ! 全て妾に任せよ!」と言っている。あ、妾ってことは雌なのか。キングでなくクイーンだったようだ。

ともかくボスの一声で配下のペンギンたちは一斉に静まり、ボスから少し距離をとった。

 

おや? これは……最後の最後で来たのかな? 反抗してくる輩が。

若干わくわくしつつ、ボスペンギンに声を掛ける。

 

 

 

 

「初めまして、人鳥族の長よ。私は聖人のキキョウ。この島に根を張ることを望み、先住のものたちに挨拶をして回っているところです」

 

 

「__全て、存じておりますわ。彼の偉大なる聖女様。貴方様のことは、ヒイロ様より常々伺っておりました。お会いできて光栄です!」

 

 

 

 

あれ? 意外と普通だ。むしろ好意的だ。

てっきり「このような小娘が聖女など聞いて呆れる! その化けの皮を剥がしてくれるわ!」とか何とか言って襲いかかってくるのかな? と思ったんだけど。ユニークモンスターだけあって、そこまで馬鹿じゃなかったみたい。良かった。

 

ペンギンの表情はよく分からないが、なんとなく興奮しているらしい様子のボスペンギン。

凛とした鈴の音のような美しい声を少し上擦らせて、彼女は言った。

 

 

 

 

「妾は我らが人鳥族一の戦士! どうか妾の実力を、貴方様の英気をもって見定めていただきたい……!」

 

 

「!」

 

 

 

 

そうくるか!

 

……うん、いいね。やっぱり魔物はいい。

魔物の世界は強さこそ全て。魔物は本能的に強さを求め、強きものを崇める。

私は元人間の聖人で、魔物ではないけれど。彼らの考え方はよく分かる。

 

もっと、もっと強くなりたい。……だって、強ければ守れる。守るために戦える。力がなければ立ち上がることすら出来やしない。そんなの嫌だ。

だから祈る。意思を強く持つ。

心からの願いは、この世界では大いなる力へと変わる。

 

今の私は結構強い。『前』ならともかく、今なら全身全霊を掛ければあの原初の魔王と相討ちすることすら出来るかもね。友人だからしないけどさ。

この世界の大抵の存在は、最早私の敵ではない。思えばずいぶん遠くまで来たものだ。一人で生きていくことすら出来そうもなかった少女が、よくもここまで……いや、自分の話は置いておいて。

 

いくら種族一の戦士だって、この私に敵う訳がないと、一番よく理解しているのは彼女自身の筈だ。これは勝つための戦いではない。

強者との試合は何にも代えがたい良い経験となる。

たぶん、人鳥族の長はヒイロとの一方的な『稽古』でそれを実感していて……そのヒイロを下したという聖女と戦ったのなら、自分は更なる高みを知ることが出来ると。そう考えたのだろう。

何よりも強さを求める魔物として、実に正しい思考じゃないか。流石、ユニークモンスターとして進化しただけのことはある。

 

 

つまり、何だ。

__その申し出、受けて立つ!

 

 

 

 

「いいでしょう。どうか存分に、あなたの全力を私に見せなさい!」

 

 

「はっ! ありがとうございます、聖女様! では……行きます!」

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

……で。

開戦からかれこれ一刻が経過したとき。

私と人鳥のユニークモンスターは、二人揃ってウェルサに叱られていた。

 

 

 

 

(あのね、キキョウ……わたし、これは流石にやりすぎだと思うの……)

 

 

「はい……返す言葉もありません……」

 

 

「その、大精霊様! 元はと言えば妾が熱中しすぎたせいでこのような事に……!」

 

 

(そうね、それもある。というか二人とも夢中になりすぎなの! 見てよこれ! つるつるだった氷河ががりっがりに削れてる!!! なんなの!?)

 

 

 

 

ウェルサの言う通り、最初来たときは冷たくも美しかった自然の氷河は、猛烈な戦いによって今では見るも無惨な様相になってしまっている。がりっがりのざっくざくだ。これではペンギンたちも滑れまい。

 

そう。私も彼女も、少しやりすぎてしまったのだ。つい戦いに熱中しすぎてしまった。周囲の環境に気を配ることも忘れるくらい。

 

これじゃあ、初めて会ったときのグラヴとノルドを叱れないな……まるっきり同じことをしてるじゃん、私たち。

 

ま、まあ木と違って氷河だったら魔法ですぐに直せるし! そーれ元に戻れ! 氷結(フリーズ)

 

 

 

 

「!! 氷河が……みるみるうちに元通りに!? これが……聖女の魔法……!」

 

 

 

 

なんて、素直に驚いてくれちゃってる族長ちゃんの傷もついでに治してあげる。

淡い光に包まれたのち、全快した彼女のもとに駆け寄る……いや、滑り込むペンギンたち。

「すごいですボス!」「やりましたねボス!」「流石ですボス!」とか何とか、聞こえるのは彼らの族長の健闘を讃えるものばかりだった。

 

……実のところ、それなりに強いやつと戦うのって、久し振りだったんだよね、私。あと、何だかんだで海洋生物と戦うのも初めてだった。しかもここは彼女のホームフィールドで、私にとってはアウェーそのものだったし。

だから、ただ現在の全力を出尽くさせるためにそこそこに相手をするつもりだったのに、つい夢中になってしまって……いやはや面目ない。穴があったら埋まりたいとはまさにこの事。戦いによって穿たれた穴はついさっき自分で塞いでしまったが。

でもまあ……うん。楽しかった!

 

 

 

 

「聖女よ。大精霊はああ言っているが私は責めないぞ。環境なぞ元に戻ったのだからそれで良い。むしろ、よくぞ私の庇護するものに更なる高みを目指すきっかけを与えてくれた。あれもさぞかし感謝していることだろう」

 

 

「はい! ヒイロ様の仰る通りです! ありがとうございます、聖女様! 貴方様のおかげで、妾は次なる段階へと至れそうです!」

 

 

 

 

おおっと、なんたる自信。

ユニークモンスターの更に上と言えば……いや待て。そういえば、このクイーンペンギンって、名持ちではないんだよな? ヒイロとは普通に仲良さげだが、魂の繋がりは感じられない。

だとしたら……

 

 

 

 

「人鳥の族長よ。あなたの実力は素晴らしい。この私をしても、大変楽しい戦いだったと思えるほどには。……その強さを評して、あなたに『名』を与えたいと思う。どうする?」

 

 

「えっ……え!? 聖女様が、妾に『名』を!? そんな、よろしいのですか!?」

 

 

「もちろん。異論はないわね?」

 

 

「はい! 喜んで!」

 

 

 

 

やったぁ。仲間が増えた。

じゃあ……藍色の体毛のユニークモンスターで、鈴の音のような美しい声をしているから、『アイリン』なんてどうだろう。

力が抜けていく心地がするが、きちんと制御しているので倒れるほどじゃない。

 

 

 

 

「アイリン……これが、妾の名前……」

 

 

「気に入ってもらえたかしら?」

 

 

「当然です、聖女様! ……いえ、我が名付け親にして我が主、キキョウ様! 我らが忠誠を、貴方様に捧げます。どうか末長くよろしくお願いいたします!」

 

 

 

 

周囲のペンギンたちもケーケー鳴いて同調する。まるで輪唱のようだ。

少し離れたところから見守っていたグラヴ、ノルド、アンナの三人も、新しい仲間の誕生に表情を柔らかくしている。ちなみにヒイロの名付け子にして鬼人の族長であるハナダは、三つ目の種族との挨拶が終わった後に息子を担いで森に帰って行ったのでここにはいない。

 

何はともあれ、これで挨拶回りは終了。特に問題は起きなかったし、レッツ移民だ!

 





テンペストの面々との種族被りは避けたいので、島にはゴブリンやオーク等はいませんでした、ということで。

次話からは徐々に(?)原作に近づいて行けたらいいな、と思ってます。お楽しみに。

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