当初のどんぶり勘定の見切り発車からずいぶんと設定が逸れてきたので、ここまでの全話を大幅に加筆修正しています。
以前から読んでいる方はすっかりストーリーも忘れた頃でしょうし、プロローグからざっと読み直してくることをおすすめします。
今回は配下たちのターン!
唐突だが、今私は無人島にいる。
「ここが、私たちが発見した無人島。暫定的に『シャングリ・ラ』と呼んでいる島です」
青狼のグラヴ(人化状態)が、仙人のアンナが空中に投影した簡易地図を指しつつ説明をしてくれる。
「大陸からかなり離れているのと、海に蔓延る凶暴な海獣が障害となっていて、船による上陸は不可能。そのため、十分な広さと豊かな環境がありながら住む人間はいないようです」
「優れた魔法使いでも、単独でここまで辿り着くことは難しいでしょう。もちろん、キキョウ様は例外ですわ。その弟子たるわたくしも、グラヴのサポートがあれば何とか行き来できます。問題は浮遊能力を持たない魔人、魔獣、人間たちの移動ですが……」
「私がまとめて転移させれば問題ないわね。けれど移住を考えるには気が早いでしょう」
私とウェルサが帝国に物見遊山に出ていた間、配下たちはミリムの支配領域に置かせてもらっていた。
そこでミリムを崇拝する竜の民たちから、様々な技術を学んでくれたら……と思っていたのだが、グラヴやノルドを初めとする幹部連中はもっと大きな目標を立てていた。
すなわち、私たちが住まうことの出来る安住の地の捜索、発見、調査。
魔人も人間も力を合わせてあちこちを捜索した結果、グラヴとアンナのペアが見つけたのがこの無人島。
大陸から遠く離れた孤島。広く、豊かな自然環境を持つ上に人間の住まない絶好の場所だ。
しかし私がギィと色々あった結果予定よりもずっと早く帰還してしまったため、現時点では『遠視』による簡単な調査しかできていないのだという。
しかもその調査で数体のユニークモンスターを発見したというのだから、端から移住を考えるのは早計だろう。
「アンナ、あなたが見たというユニークモンスターは島のどこにいたの?」
「はい、ユニークモンスターは私が確認できただけでも三体。一体は鳥型の海獣で、北端の氷河地帯に。もう二体は
氷河の鳥、そして
そして鳥は……もしかして、ペンギンだったりする?
「もしかしてその鳥、こんな姿じゃなかった?」
「はい! この通りです! 人に似たずんぐりとしたシルエットに、どうあがいても飛べそうにない翼、鋭い嘴……なるほど、これはペンギンという種族なのですね!」
「私の故郷ではそう呼ばれていたわね。基本的に寒冷な所に住んでいて、海を泳いで魚などを捕る飛べない鳥よ」
この世界にもいるんだ、ペンギン。
海獣って、web版には出てこなかったよな。クラーケンやシーサーペントなんかを想像してたけど、ペンギンも海獣の一種らしい。
アンナが『思念伝達』で見せてくれたペンギンのユニークモンスターは、藍色の体毛にトトロ並の体躯を持っていた。頭には王冠状の黄色いトサカみたいなものがあって、あからさまに上位個体っぽい。
一方二体の鬼人は、おそらく親子。現族長とその息子の若君のようだ。
……ふむ、老齢のオーガが研鑽の果てに鬼人に進化するのなら稀にあることだが、子供まで上位個体となるとネームドモンスターの可能性が高い。
つまり、この島には更に上位の魔物・魔人がいるかもしれない。
少し視てみるか。
弟子のアンナ同様、私も『遠視』でざっと島を見渡してみる。
とにかく広い。北端には氷河地帯、東には火山、その麓には森が広がり、西から南にかけては大きな湖や川の流れる肥沃な大地……うん、良いところだな。こういうところに住めたらいいんだろうけど……人間は住んでいなくても、先住の魔物はいるんだ。私たちがここに住まうには、彼らと交渉する必要があるだろう。
ま、それだけなら話はわりと簡単だ。魔物は強きものに従う。ようは彼らに認められる程の強さを示せばいい。
だからこうしてわざわざ出向いた、という訳だ。
さて、どこから行こうか。北か東か……と考えを巡らせていたら、杖の水晶の中で沈黙していたウェルサが声を上げた。
(……ん。キキョウ、お客さんみたい。ううん、客なのはこっちかな?)
ああ。そりゃ、堂々と空飛んで上陸したらバレるよね。しかも私もグラヴもノルドもアンナも、誰一人として
いや、周囲の環境に影響を与えない程度には抑えているけど、『魔力感知』には容易に引っ掛かる。
つまるがところ、余所者の気配を察知した魔物が様子見に来たんだろう。
「ノルド! 露払いは任せた」
「承知」
グラヴと並び、この私と付き合いの長い大熊のノルド。
何かしらのきっかけが必要なのか、まだ進化はしていないけど、その戦闘能力は現時点では配下一だ。
寡黙で淡々と物事をこなす気質だが本質的に戦いが大好きなため、私の補佐やみんなをまとめたりするような細かな仕事は全てグラヴに丸投げして、ただ戦士として私に付き従うもの。
一時期は『小型化』して魔法少女のお付きのマスコットみたいになっていたが、ミリムと対峙したときあまりの威圧感に何も出来なかったことを恥じ、レオンの配下なんかと更なる研鑽に励んだ結果、なんと巨大化した。
出会ったときは二メートルくらいだったのに、今じゃちょっとした家屋並の大きさだ。もちろん子供が見たら泣くので集落では縮んでもらっている。
初っぱなから大将たる私が出張る訳にはいかないし、それはあちらも同じはず。
まずはお互いに小手調べを、ということだ。
いったいどんな魔物が来るのかな、とあえてサーチせずに期待して待っていたら、意外なことに現れたのは一体の鬼人だった。
若君ではなく、老齢の族長の方だ。周囲に同族の姿はなく、完全に単騎。背中には大剣を背負っている。
んん? 何故一人で……しかも、なんか覚悟を決めたような目をしているな。
これは……ちょっと不味いかもしれない。
いや、うちのノルドが負けるかもしれないという意味ではなく、勘違いをされてそうという意味で。
「ふむ。貴様一人か」
「いかにも。圧倒的な強者を前に、有象無象など無駄死にするだけ。犠牲になるのは死に損ないの俺だけで充分よ」
やっぱり! なんか勘違いされてる!! 別に侵略に来た訳じゃないの!
ノルド! やっぱ止め! これは話し合いで何とかしなくちゃいけないやつだ!
慌てて『思念伝達』で呼び掛けると、ノルドはこちらを振り向いて重々しく頷いたのち、老齢の鬼人に対してこう言った。
「喜べ、勇敢なる鬼人よ。貴様の剛気はしかと認められた。慈悲深き我らが主は貴様等に恩情をお与えになった。……そこな若人諸共、御前に出よ」
周囲に同族の姿はないと言ったが、姿が見えないだけで存在はしていた。
大方、親たる族長を心配してか、その死に様を見届けるためか……とにかくこっそりついて来ていた鬼人の若君も、ノルドによって族長と一緒に私の前に引きずり出された。
二体は跪いて頭を垂れている。まるで忠実な下僕のように。
……うん、どうしよっかな、この状況。
完全に私たちが侵略か蹂躙に来たって勘違いされてたみたいじゃん。必要最低限の面子だけ連れてきたつもりなんだけど、やっぱり妖気はきちんと仕舞っておくべきだったか。怖がらせてごめんね。やはり魔王だの竜種だのと友人付き合いしていると感覚が狂っていけないな。
とりあえず、誤解をとかないと。
「面をあげなさい。……いい? あなたたちは一つ勘違いをしています。私たちがこの島にやって来たのは、侵略のためでも蹂躙のためでもありません」
「! それは……申し訳ありませんでした。」
族長はより深々と頭を下げる。
本当にごめんね。勘違いさせて。
「まあ、こちらにも落ち度はあります。害意がないのなら、そちらを刺激しないよう配慮するべきでした。その点については謝罪します。ごめんなさい」
きちんと頭を下げると、若君は信じられない……!とでも言うかのように目を見張った。
「こんなにも強力な魔人、魔獣を従える圧倒的強者が我らごときに頭を下げるなど……! そんな、まさか貴方様は、火竜様の仰っていた尊き聖女様__!?」
え? 火竜?
……待て、火竜と言えば、『前』にそこらで暴れていた若い火竜に説教をして、あんまりせがむものだから名前をくれてやったことが__
遠い昔を思い出して思わぬ繋がりに驚いたとき。風を切る音、軽い着地音のあとに、懐かしい声が聞こえた。
「__その通りだ、若き鬼人よ。少しは見る目があるようだな。私が見込んだ男の息子なだけある。実に良い」
超高速で飛んできて何食わぬ顔で話に加わってきたのは、緋色の髪に紫の瞳の長身な男性。瞳孔は爬虫類のそれで、目元には若干の鱗っぽさがある。しかしイケメンだ。
あ。あなたは__!
「久しいな、我が主、我が聖女。……む? 大精霊共々、少し縮んだか?」
「気のせいじゃないかしら。それか、あなたが大きくなっただけじゃない? ……ともかく、久しぶりねヒイロ。まさかこんなところで会うとは思わなかったわ」
本当に。まあどこかで生きているだろうなとは思ってたけど、まさかピンポイントで会うことになるなんて、ね。
懐かしい顔に釣られてか、普段は水晶に引きこもっているウェルサが実体化した。
(あらヒイロ、どこか辺境で暮らすとは言っていたけれど、こんなところにいたの。奇遇ね?)
「? なんだ、私に会いに来たのではなかったのか?」
(いいえ? ふふん、残念でしたー。構ってほしいならそう言えばいいじゃない! わたしは言わずとも常に一緒だけどね!)
「べ、別に構ってほしいなど言っておらんわ! 私は誇り高き
(変に意地っ張りなんだからー。恥ずかしいなら『念話』でいいじゃないの、莫迦ね)
「ウェルサ、貴様ぁ……!」
そのままじゃれあい始めた二人を見て、鬼人二人はぽかんとしている。
「ああ、気にしないでいいわ、ただのお遊びだから。よくあることだし」
「よくあること……?」
尊敬している名付け親が大精霊ときゃっきゃと遊び始めたらそりゃ戸惑うよね。元気出して?
よしよし。そっと肩を叩いてやると、若君は膝から崩れ落ちた。
おおっと? 大丈夫? あ、私の妖気に当てられちゃったのか。ごめんね。頑張って
「……して、聖女様。侵略でも蹂躙でもなく、ヒイロ様に会いに来たのでもないのなら、いったい何故この島に?」
あ、この状況で話を進めるんだ。結構やるな、この鬼人。仙人のアンナですらちょっと呆然としてるのに。
ちなみにグラヴとノルドは火竜ヒイロに「誰こいつ?」という視線を送りつつも今は沈黙している。賢い。
「簡単よ。私たち、この島に住みたいの。だから下見に来たというわけ。もちろん、先住民であるあなたたちの権利は尊重する。だから……」
「なんだ、聖女は我が島に住みたいのか! もちろん良いぞ、私のものは貴方のものだ。好きにするといい」
また他人の話に首を突っ込んでくる……まあいいけど。
「この島はあなたが支配しているの?」
「そうだとも。複種類の魔物が生息しているが、皆私には忠誠を誓っている。この島は私の名の下に平和が保たれているのだよ。ああ、街を作るなら西の高峰の麓にするといい。あそこはいい湧き水が出る。きっと貴方も気に入るだろう」
「……なるほど。生存するために水は重要です。そこな火竜の言う場所を調査してきても宜しいでしょうか、キキョウ様?」
「いいわ。三人で行って。私も後から合流するから」
「了解です。では行きましょうか、ノルド、アンナ」
グラヴたちが西に向かって消えた。
この場に残るは私、ウェルサ、火竜ヒイロ、そして鬼人二人(一人気絶中)だけとなった。
再びやんやとじゃれあい始めた二人を尻目に、鬼人の族長と話をつける。
「ヒイロはあの通りすっかりその気になっちゃってるけど……あなたはどう思う? 私と私の配下たちを、歓迎してくれるかしら?」
「ええ、構いません。我らは昔からヒイロ様を下したという聖女様には畏敬の念を抱いておりました故。ですが……他の種族がどう出るか」
「そりゃあそうよね……ま、そっちは私がなんとかするわ。出来るだけ穏便にね」
この島に住まう魔物は、さっき『遠視』したときに大体把握した。
ユニークモンスターを擁立する種族ならひょっとしたら反旗を翻してくるかもしれないけど、そうでない種族はヒイロに忠誠を誓うことで平穏に暮らしている訳だし、ヒイロの主たる私に表立って反抗してくる輩は少ないと思う。
……というか、アンナの報告よりもユニークモンスターの数が多いんだけど。彼女の『遠視』でも捉えられないレベルの手練れがいるようだ。わくわくするね。
ほらウェルサ、ヒイロ! お遊びは一旦やめて西に行こう。
ああ、鬼人の族長、どうせならあなたも一緒においでよ。そういえば名前はなんて言うの? へえ、ハナダか。いい名前ね。息子の方は? ……え? 彼はネームドじゃないの。そう。……ま、それはおいおいね。
じゃあヒイロ、私たちを乗せて飛んで。風圧で辺りを吹き飛ばさないよう気を付けて。着地するときもね?
わりとその場の思いつきでこの島までやって来たのだが、何とかなりそうで良かったよ。やっぱり持つものは良い配下だね。しみじみ思った。
キャラが増えてきたので、原作の時間軸に入る前にキャラ紹介を入れようと思います。もうしばらく先になりそうですが。