モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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悪魔来たりて蛆を踏む

 

 

 

 天だか神だかは人が己のやろうとしていることが正しいかどうか自信が持てないとき、しばしば背中を押すようなことをする

 

                          ――――12(トゥウェルブ)

 

 

 

 把握しているドワーフ王国の情報は貧しい。アインズは未知なる敵がいる可能性を考慮し、使い勝手のいい衣装、いつもの黒いローブに着替えていた。エルフ国の例もあり、プレイヤー級の何かがいる可能性は低くても考慮していた。逃げ足の早い蛇は単身の方がより逃げおおせる公算が高いが、御付きの多い自分は難しい。目の前の光景がそれを物語っていた。

 

「ふー……お前たち、よく聞きなさい。私は二人を護衛として連れていくのではない。今日は日ごろの息抜きに連れ出したのだ、わかるな?」

 

 シャルティアとアウラは顔を上げた。シャルティアの真紅、アウラの紺青と新緑、三色の光彩鮮やかな瞳は視線で串刺しにしようとしていた。今日も瞳に曇りはなく、果てのない忠誠に相応しき返答が発せられた。

 

「至高の41人の総括であるアインズ様を、護衛しないなんて駄目です」

「御身に何かあれば、純白のお姿に穢れがつくでありんす! 護衛は多いに越したことはありんせん」

「だからと言って、これはやり過ぎだ……」

 

 配下は全て連れ出され、王宮の庭だけでは飽き足らず、正門からあふれ出ていた。彼らがいるこの場所は中庭の片隅、大勢の僕によって中庭を占拠され、絶対の支配者は肩身が狭く、片隅に追いやられた。勅命を受けたシャルティアとアウラは独自の盛り上がりを見せ、ドワーフ国を殲滅すると勘違いしたのだと補完できる。王宮に入りきれない魔獣と吸血鬼の大軍は、状況証拠として申し分ない。困るための状況は整っていたし、実際に早々と困っていた。

 

 髑髏はため息を吐かなかったが、疲労を感じる声で諭す。

 

「ドワーフ国までこの大軍を引き連れ、歩いていくつもりか?」

「転移ゲートはわたしが開けるでありんす」

「シャルティア、我々は戦争に向かうのではない。国政はデミウルゴスとパンドラに任せているので急ぐ必要もない。歩いて情報を集めながらドワーフ国を目指したいのだ」

 

 見慣れた通過儀礼だった。輝く瞳に浸透は滞る。互いの流儀は相容れるのに時間を要した。新たな解釈を導いたシャルティアの瞳はいっそう輝き、満面の笑みで応じた。

 

「わかりんした! 御身の仰せのままに、ドワーフを奴隷にするでありんす!」

「馬鹿! 支配するんでしょ!? ドワーフなんて、むさ苦しくてがさつで役に立たないって」

「そ、そうかしら? では、私が露払いをするでありんす!」

「駄目だ、分かってない……この馬鹿」

「馬鹿とは何よ!」

 

 守護者として最上級の力を持ちながら、政治面においてシャルティアの出番は少なかった。お(つむ)に知性をインストールされていない彼女は雑用をこなす役回りが多く、蘇生したエルフを従わせるに有益な結果を残したアウラを見て焦っていた。焦燥感は誤解を招き、誤解は暴走を生む。シャルティアが脳裏に描いた、ドワーフに恐怖政治を敷く未来予想図を解くのに、気が付けば一時間余りを要していた。

 

(ぶくぶく茶釜様、弟君のペロロンチーノ様がお創りになられたシャルティアが、失敗してアインズ様に怒られませんように……)

 

 祈りは天に届かない。ぼちぼち登り始めた星々は別の願いを聞いていた。

 

(どこで間違ったのだ……呼び出すのではなく、ナザリックへ行けばよかったか)

 

 デミウルゴスとパンドラは属国化を進めるよう命じられ、手にしていた作業を放り投げて執務室で打ち合わせをしている。人間を奴隷のように扱わないよう釘を刺すまでは順調だった。魔獣と吸血鬼の配下をナザリックに返して時間を取り、ゼンベルも城から溢れた僕で王宮に入れず、屋外を彷徨っていた。

 予定の時刻は半日ほど過ぎた。馬代わりの魔獣四体に騎乗し、出立した時には空の星辰が振るっていた。ゼンベルは無礼を働けば食い殺されそうな魔獣の上で畏まりつつ、皆を先導していく。アインズは美しい夜景に見惚れた。

 

(綺麗な配置だ……何かを暗示しているかのようだ。ゆっくり星を眺めながら歩くのも悪くないな)

 

 出立時刻こそ遅れたものの、順調に推移しているので機嫌が良かった。

 喧嘩するシャルティアとアウラに姉弟の仲間の面影を見ながら、星辰の揃いが正しき月夜の下、四名はドワーフ王国へ歩を進めた。

 

 

 

 

 たき火を眺めていた。

 

 木材の欠片が火の粉となってどこかに登っていく。魂はどこからきて、どこに行くのか、呆けている男は知らない。

 だが、考えることはできる。

 

「俺の魂は、死んだらリアルに帰るのか?」

 

 夜の草原は暗く寂しく、そして貪欲にヤトの呟きを呑み込んだ。手を伸ばせば変わらぬ静寂がそこにある。独りぼっちで野宿をしたのは初めてだった。シャドウ・デーモンは影に潜んでいるが、炎に照らされているのは一人だけだ。歩いてきた方角から誰かの視線を感じた。探知スキルで探るも、周辺に生命体の反応はない。

 

 再び炎に顔を戻す。

 

「アインズさんも、こんな気分だったのかな」

 

 独り言に返答はなく、夜は孤独を際立たせた。お湯に流しきれなかった話によれば、仲間が戻らない事実を知ってもアインズは変わらない。彼の希望は仲間の帰還だけだ。ならば、仲間が戻る可能性を追いながら、この世界を楽しむ選択肢もある。

 

「アインズさんを忘れてるような仲間が戻っても、今さら何の意味があるんだ」

 

 誰も戻らないと知れば、彼はとても悲しむ。戻っても忘れられていれば、それ以上に苦しむだろう。借り受けたヒュギエイアの杯は、炎に照らされて過去の栄光を思い出すように黄金に輝いていた。

 

 アインズが楽しんでいるのを見たかった。忘れているとしても、全員が集まれば楽しいのかもしれない。想像は際限なく膨らんでいく。

 

「ギルマスさん、経費精算してもらっていい?」

「モモンガさん、世界征――」

「モモンガさんは世界征服しませんって。それよりも自警団を作りましょう」

「チッ……たっちさん」

「何でしょうか、ウルベルトさん」

「あーらら……まーた始まったよ。それよりも、モモンガさんのロリ嫁、紹介してくださいよ」

「弟! お茶っ葉、買ってきてって頼んだのに忘れやがったな! 女子会ができないじゃんよ!」

「かぜっち、僕と買いにいかない? ちょうど欲しいものがあったから出掛けたいな」

「あ、それ私も行くね。どうせ暇だし。魔導国も飽きたから、人間化してお忍びで評議国いかない?」

「モモンガさん、ナーベラルと結婚していい? プレアデスが一人減ってしまいますけど」

「弐式炎雷さん、それはどうかと思いますが」

「私は人間なんか嫌いです。下界の連中と結婚なんてまっぴらごめんですね。建御雷さんもコキュートスと……同性でしたね」

「モモさん! 恐怖公の部屋のドアが壊れた! ナザリックの廊下が黒くなる前に修理を手伝って!」

 

 「パキッ」と木材の爆ぜる音が鳴り、現実に呼び戻す。意識はたき火の前に戻り、妄想の喧騒は闇に溶けていった。冷静に考えれば、誰かと誰かが仲違いするのは想像に難くない。

 自分とアインズが幾度となく本気で喧嘩しているように、灰汁(アク)の強いメンバーはいずれ分裂し、ナザリックは崩壊するだろう。短い栄光だとしても、彼が喜んでいる姿を見たかった。

 

《仲間に対して執着するのも、自分ではどうしようもないのだ》

 

 寂し気なアンデッドを思い出す。40人いた仲間の代役を自分一人で担うのは力不足だとわかっていた。

 ふと、己の全てを犠牲に、現実世界の仲間を呼べるアイテムが手に入ったら自分はどうするかと 物思いに耽る。呪われた生の終局には理想的だった。

 

「みんな異形種になるとわかっても、この世界に来てくれるかな……」

 

 異形種の化身は魅入られたように揺れる炎を朝まで眺めていた。

 

 

 

 

 竜王国のさほど広くはないが豪華な部屋。唯一の椅子、玉座に付き従う宰相は、小さな竜女王に不安の種を二つも植え込もうと、彼女のつむじを見ていた。渡された書類に目を通し、幼女は口をへの字にして大袈裟にもたれ掛かる。幼年の姿でこれをやると、下半身は椅子からはみ出てしまう。跪く者がいれば、未発達な少女が付ける下着が見えた。

 

「わからん。つまり何だというのだ」

 

 竜王国、”七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”の血を八分だけ引く竜王が治める国家は、ビーストマンの侵攻に怯えている。再三にわたりスレイン法国に届けられた援軍の要請に対し、送られた返事は手の施しようがない国の未来を暗示しているようだ。

 

「スレイン法国はアインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国となったそうです。勝手な真似はできないから、そちらに依頼してほしいと。そう書いてありましたよね? 陛下、目はガラス玉でございますか?」

「嫌みはいらん。魔導国とやらができたせいで、法国は援軍を送ってこんのか? 魔導国ってなに? 第三勢力か? そんなに神は竜王国が憎いのか」

 

 あれこれ聞く子供にするように、宰相は首を振ってため息を吐いた。

 

「神に嫌われるようでは若作りも考え物ですな」

「おい!」

「陛下、子供のようにあれこれ聞くのは止めたほうがよろしいかと。実年齢を考えてはいかがですか? 私が知るはずないでしょう」

「ぐぅぅ……」

「おや、ぐうの音は出ましたね」

 

 手慣れたやり取りではあったが、今日の棘が鋭かった。涼しげな顔の男は幼女を眺めている。反論もできず、深いため息で仕切り直した。

 

「日々、状況が悪くなっているじゃないか。前線はあとどれくらい持つんだ」

「報告書にありましたが、彼らの侵攻は止まっています」

「侵攻が止まったらしいが、なぜ奴らは動きを止めた」

「最前線の見張りによると、進軍した最前列のビーストマンが黒い影に覆われ、影が消えた後には骨だけが残されていたようです。竜王国側には何が起きたのかわかりませんが、彼らが引いたところをみると、あちらもわかっていないでしょうね」

 

 最前線の見張りは幸運だ。恐怖公の眷属は集団であっても一個体は小さく、砦からは見えない。ゴキブリが集団となって獣を食い殺し、彼らを追って草原に散ったのをみれば、国を捨てて逃げ出してもおかしくない。彼らがいつこちらに来るとも分からない状況で、最前線の見張りなど務まらない。

 

「何はともあれ、せっかく止まっているのですから、今のうちに軍事強化をなさってはいかがでしょう…………陛下、アンデッドのお友達ですか?」

「はぁ? 拾い食いでもしたのか?」

「では、あれは」

 

 宰相は口調に反して体を震わせ、空中を指さした。怪訝な目で指さされた場所へ顔を向けると、化け物がいた。いくつもの怨念を粘土のように捏ねまわして作ったようなそれは、玉座の間を優雅に漂っている。複数の口が同時に開き、カルテットを奏で始める。

 

《聞け。竜王国の王。我はアインズ・ウール・ゴウン魔導国の使い。これより数日後、偉大なる支配者の一柱、魔導公の蛇、ヤトノカミ様が訪れる》

 

 怨霊は聞いた者の魂を削るような声で話す。事態の把握も、疑問による反論も一切合切の配慮に欠けていた。恐怖の源泉を呼び起こす声色はさておき、内容だけ考えれば淡々と用件だけを伝えた。

 

《ビーストマンの侵攻に怯える汝らの救いとなるであろう。拒否をもって迎えるならば、偉大なる御方々の役に立つことなく、獣に食い殺されてしまえ。汝らには従属と死しか選択肢が存在しない。夢々忘れるな》

 

 言いたいことを全て言い終えた粘土の化け物は、液状化して空中に広がり窓の隙間から出ていった。玉座の間には静寂が訪れる。宰相は口を開いて固まり、女王の声は複数回にわたって弾き返された。

 

「おい!」

「あ、ああ、陛下、今日もご機嫌麗しゅう。魔導国の蛇とやらが助けにいらっしゃるようですね。無礼を働いたら国を滅ぼすと言っていましたっけ?」

「なんだこいつ……」

 

 宰相は体勢を立て直し、咳払いをしてから言葉の続きを促した。

 

「魔導国とやらはやっぱり第三勢力じゃないか。これ以上、無理難題を増やすな。ただでさえビーストマンだけでもこんなに頭が痛いんだぞ」

「そうですね。従わないとビーストマンに滅ぼされ、従ったところで奴隷にされ、この国を放棄すれば国民の過半数は野垂れ死ぬでしょうな」

 

「状況は最悪ですね」呟く彼の表情は冷ややかなままだった。女王は眉をひそめた。

 

「他人事だな……自分の身も危ういのに、焦りが感じられんぞ」

「ええ、継続は諦めが作ります」

「何のことだ?」

 

 それについての返答はなかった。

 

「その独特な魅力で魔導国の蛇を誘惑してはいかがでしょう。我ながら名案だと思いますが。庇護欲を刺激してください」

「蛇がロリコンとは限らんぞ。みんながみんな、未成熟で小さいものが好きではない……と、信じたい。だいたい、あんな化け物を使者に寄越す輩がまともなわけがない」

「だからこそロリコンの可能性も加味すべきでしょう。私は部下に魔導国の調査を頼んできます。小児愛好家という情報があればいうことないのですがね。ところでロリコンとは――」

「うむ! 頼んだ! さっさと出て行け!」

 

 やけっぱちになった竜女王は、「何の略語なのでしょうか」と続けようとした宰相を追い出した。魔法を使わずに済む手段を模索している宰相は、数時間後には捌かれて腸詰(ソーセージ)にされ、朝食へ彩りを添える豚を見る目で一瞥した。人間が家畜を見る目は生温かった。

 

 右は食料、左は奴隷、前後は滅亡と、進退を断たれた状況で左右の壁が迫る袋小路で少女は呟く。

 

「本当に体で済むなら、いかようにもするというのに……情けない。曾祖父様の名が泣くわ」

 

 

 泣きっ面にジャックナイフを突き立てられ、いっそ本当に泣いてしまいたかった。

 

 

 

 

 竜王国の首都入口、高い城壁に囲まれた抜け穴(入口)で待たされた。受付の騎士は彼の名を聞いてどこかに引き下がった。すぐに済むかと思われた待機は延長を繰り返し、胃の収縮音が口より先に抗議した。他に国を訪れる者はおらず、ポツンと黒スーツのだるそうな男が残された。

 

「腹減ったな……」

 

 人間化すると途端に燃費が悪くなるのは、この世界に来てからの悩みの種だ。カッツェ平野でアンデッド相手に暴れ、日々の業務で体に生えた苔を落とそうかと迷ったが、MP消費による眠気を考えれば難しい。昏倒すれば行き倒れの旅人でしかない。誰が見ても顔には「怠い」と書いてあった。

 

「お待たせして申し訳ございません。魔導国の蛇様、ヤトノカミ様でお間違いないでしょうか」

「さっき言いましたけどねぇ……」

「も……申し訳ございません! 馬車の準備が整いましたのでこちらへどうぞ」

 

 理由は不明だが歓迎されているらしかった。アインズが気を使って差し向けた使者は十分に脅していたようだが、到着早々になすべき食事を邪魔され、黒髪黒目の男は眉間に皺を寄せていた。

 

 心地よい振動に身を預けること数十分、竜王国の宮殿前に馬車が止まる。門番の騎士は固い動作で案内し、宰相と名乗る男に引き継いだ。

 

「ようこそお越しくださいました。私がこの国の宰相(さいしょう)でございます。魔導国の蛇、ヤトノカミ様でお間違いありませんか?」

「最初?」

宰相(さいしょう)、総理大臣でございます」

 

 切れ目で涼やかな男だが、張り付いているのは愛想笑いだった。愛想笑いに案内され、早々に玉座の間へ向かう。空腹で話は耳をすり抜けたが、どうにか竜王国の王が女だとは理解できた。昼食の用意を頼むべきか、早々に切り上げて退去すべきかと迷っていると、気が付けば玉座の間に立っていた。宰相は玉座の隣に佇んでいる。

 

 若作りの婆さんと聞いていたので素直にカイレを想像していたが、玉座には偉そうに座る幼女がいた。

 

「遠路はるばるよく来てくれた、魔導国の蛇殿。私がこの国の――」

「お子様が紛れてますよ、宰相さん。竜女王の娘さんですか?」

 

 宰相の眉が上下に動いた。涼やかな笑顔のままで、勘違いを利用できないかと模索している。

 

「おかあさんを呼んでくれるか? 大人は大人の会話があるからな。お土産のお菓子は持ってきてないんだよ、子供がいると知ってたらなんか持ってきたんだけど、ごめんな」

 

 開口一番、無礼極まりない。そう思うのは竜王国側だけであり、人間の国家にて偉そうに玉座へ座る幼女を見れば自然である。思ったことが電磁(レーザー)砲のように射出され、竜女王の心臓を貫いた。馬鹿にされたと感じた彼女は赤くなっている。

 

 宰相は顔を背けて笑いを堪えていた。

 

「無礼者! 目の前にいる私こそがりゅうお――」

「しぃ……失礼しました! いつの間に入り込んだのでしょうか! ただちに竜女王をお連れ致しますので、この場で少々お待ちください!」

「んー!」

 

 宰相は幼女の口を塞ぎ、強引に室外へ引き摺っていった。

 

「王族なんだから遊び回って周りに迷惑を掛けるとお母さんの評判が落ちるだろ。遊んでほしいなら後で付き合ってやるから」

 

 どことなく優し気なヤトは、裏に引き摺られていくお子様へ手を振った。口は宰相に塞がれ、振り上げた手は掴まれている。扉脇の衣装室へ押し込まれた少女は、宰相の顔に引っかき傷を設けた。

 青筋を立てた少女は部下を怒鳴りつける。

 

「何するんじゃい!」

「いたた……陛下、これは好機です」

「なにがだ!」

「あの反応の悪さはお子様に興味が薄いご様子。年増の形態に変わり、彼をもてなすのです」

「年増形態言うな! 優しい私にも限度があるぞ!」

 

 声は徐々に大きくなっていく。涼しい顔の宰相も、声がヤトに届くのを心配して冷や汗をかいていた。

 

「あれほどの化け物を手足として使える御方です。アダマンタイト級の彼より強いのであれば懐柔し、国家の安泰に繋げるのも手ですよ。ちょっとかわいい子供の演技ではなく、色気ある淑女としてその身を捧げてください。こうしているあいだにも最前線で兵士たちは戦っています。陛下もこれくらい戦っても罰は当たりませんよ。性格……いえ、性的嗜好に付け込むのです」

「意味が分からんな。子供で反応が鈍いから、好みは逆に大きくなるのか? 短絡的すぎるだろう」

「早い話がそう言うことですね。今はあらゆる手段を試すべきです。滅亡してからでは遅いのですよ」

 

 ぐぅの音もでない。

 

「さっさと着替えてください。あちらの形態で彼を籠絡するのです。まさにここが国家としての正念場でございますぞ、陛下」

「…………着替えるから出てけ」

「なりません。殿方の好みそうなドレスを私が選定いたしましょう。あ、誤解なさらないよう先に行っておきますが、陛下の体には興味がありません。性的に興奮はしませんのでお構いなく」

「さっさと出ていけ!」

 

 ドレスを選ぶ二人はとても騒がしく、喧騒はヤトへ届けられた。

 

「なんだ……? 騒がしいな。お腹が空いてたのかな……俺もか」

 

 当面の敵は胃袋である。国を統べる王に対し、国の支配者としての対峙しなければいけない。間の抜けた胃の収縮音で空気を壊さぬよう言い聞かせた。前歯の出た子リスのような女中に案内され、応接間らしき部屋に座らせられる。お茶を飲んでも空腹は癒せず、さっさと何か食べたかった。

 

「お待たせして申し訳ございません」

 

 誰かの入室を感じ、入口を軽く一瞥した視線はその場で釘付けとなる。

 選ばれた存在にのみ触れることを許された女神、現実世界で薄くて遠い液晶を隔てて微笑みかける大輪の花、狼の欲望を刺激して明日への活力を与える芸術。

 

 “女”がいた。

 

 性欲の名を持つ脈々と流れる源泉が目覚め、緊張で体が硬直した。ラキュースともレイナースとも違う大人の色気、初めて至近距離で見た扇情的な女に言葉は出てこないが、視線は釘づけにされた。

 

「お初にお目にかかります、魔導国の蛇と名高い、ヤトノカミ様。私が竜王国を統べる女王でございます。一般的には竜女王と呼ばれています。本日はお会いできて光栄ですわ」

「あ……」

「?」

 

 交渉前から微笑みに敗北した。

 繋がった視線に耐え切れずに目を逸らすも意識はそちらを向き、視界の端で彼女を見ていた。焼きたての食パンのようにふっくらした白い肌、質素なドレスは体の線がよく分かり、胸元が大きく開いていた。流線形が描くくびれが美しかった。

 豊穣な胸は自己主張が激しい。ふっくらした唇は僅かに濡れ、思わず触りたくなる。金髪でありながら光彩鮮やかな頭髪は光を浴びて虹色に輝いた。

 瑞々しい肌と対照的に表情は影を帯び、生活に疲れた主婦のような印象を与える。

 それが色気を際立たせた。

 

(隊長を笑えないな……)

 

 大きな瞳はこちらを探っていた。気の利いたことはもとより、本題へ繋がる言葉さえ出てこない。

 

「どうかなさいましたか? お話を始めても?」

「あ……はい」

「先ほどは私の妹が無礼を働き、お詫びを申し上げます。申し訳ありませんでした、どうかお許しください」

 

 すぼめられた唇がキュッと鳴った気がした。頭を下げていたが、柔らかそうな胸の谷間が眼前へ迫ったので露骨に目を逸らした。挙動不審となったヤトに、扉の影で見ている宰相は己が策略の成就をほくそ笑んだ。

 

「いえ……お構いなく。妹だったんですね。若作りの婆さんと、帝国の皇帝が言ってたんで、子供かと思いました」

「皇帝め……」

「はい?」

「あ、いいえ。おほほ、何でもありませんわ。妹もビーストマンに国を脅かされ、曾祖父様の名に恥じぬよう必死なのです」

「……曾祖父?」

竜王(ドラゴンロード)です。一般的には七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)と呼ばれています。私にも八分の一ですが、血が流れています」

「それは凄い」

 

 何が凄いなのか自分でもわからない。はっきりしたことは、彼女の胸に視線が吸着することだけである。いちいち胸に視線がいくのが恥ずかしかった。会話の集中力を欠き、記録しようと反芻したところで、目の前の扇情的な美女を前に無駄な抵抗だ。竜王が人型になれるという話も右から左へ流れていった。

 

「改めてお聞きいたします。今回、竜王国にいらっしゃったのは観光ですか? もしよろしければ私がつきっきりでご案内を致しますが、如何でしょう。あ、もちろんご迷惑でなければですが」

「……ゴッホン! んー、んん……はー」

 

 わざとらしい咳払いと深呼吸で乱れた頭をならした。これ以上、馬鹿蛇としての名を高めるわけにはいかない。魔導国を代表してここにいるのだ。全力で瞬きをし、蛇の視線は落ち着く。

 

「私は、魔導国を代表する使者としてきました。ビーストマンから国を助けますので、魔導国の属国になってください」

「属国とはなりません。曾祖父、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の名が泣きます。同盟国であれば、喜んでご協力いたします」

「同盟……」

 

 同盟国と属国の差がわからなくなった。ナザリックの目的が維持費を稼ぐところにあると考えれば、エクスチェンジ・ボックスに放り込めるものを集められれば問題はない。

 支配者として相応しき結果と、最低限こなす結果の境が不明瞭となった。まとまらなくなったあたりで、機を見計らったように追い打ちがかかる。

 

「ただの同盟ではございません。私はあなたの命令に従います。公的な立場は同盟ですが、私はあなたの命令であればどんなことでも従います。国のため、民のため、誇りある竜王の名を守るため、わ……私の体を好きにしても……か、構いません」

 

 利き手を胸に当てて強調した。柔らかい双丘は押されて形を変える。しかし、どもった影響でヤトは冷静さを取り戻す。

 

「竜女王。我々、魔導国はあなたがたの存亡に興味はないんですよ。都合よく困っていたから、提案しにきただけです。竜王国が属国にならず、滅びるなら仕方ない。私だったら家族や部下、国民を守るためならどんなことでもしますけどね」

「ですから! 私が犠牲になります!」

「一晩、男に抱かれて国民を助けてもらおうなんて虫が良すぎませんかね」

「それなら、私は一生、あなたの奴隷にでもなりましょう!」

 

 この発言を引き出したかったような流れに、気まずい空気が流れた。ヤトは奴隷が欲しかったわけではない。言い切った淑女にもそんなつもりは毛頭ない。ついうっかり、余計な誘導と失言をした両者は、「しまった……」という顔で俯いた。

 

 誤解に誤解が重なっていく。竜女王は好色な笑みを浮かべているだろう黒髪黒目の男の顔を見られず、ヤトは抱かれるために目を輝かせてこちらを見ているだろう淑女の顔を見られない。そんなことは起きていないが、冷めたティーカップだけを見ている二人は相手の顔を確認できない。

 

「あ、あの……失礼しました。つい」

「いや、こちらこそすんません」

「私……国の行く末を気にし過ぎて暴……体調が悪くて」

「ああ、そうスか……じゃ、また今度にしましょう。今日は素直に帰りますね」

「はい……本日はお越しいただきありがとうございました。それでは、これで」

 

 淑女が退室していくのが衣擦れの音で分かる。それでも青年は顔を上げない。

 互いに失言を悔やむ男女は、見事にすれ違っていた。扉が閉まった音を聞いてから一呼吸吐き、天井を見上げて呟いた。

 

(おかしいな……すんなりいくと思ったのに上手くいかないな。俺は奴隷がほしいわけじゃないし、交渉相手を変えるか。女王は竜王を気にしてるのか? 会いに行って許可を貰えばいいんだな? ……いいのか? 本当に?)

 

 扉の向こうが何やら騒がしい。そちらを探る余裕もなく、ヤトは先ほどの記憶を反芻し、咀嚼する。執拗に同じ言葉だけが繰り返(ループ)された。

 

(私の体を好きに――)

 

 恐らく、選ばれた者にしか触れられない、健全な男性の欲しがるものを全て持った美女が浮かぶ。全力で振られた頭によからぬ妄想はかき消された。不意に声が掛けられる。

 

「いつまで悩んでいるんじゃい」

 

 時間を忘れて熟考していたらしく、両脚を丸出しにした先ほどの幼女がやさぐれた顔で足を組み、持参した茶菓子を齧っていた。ばりばりと断末魔の悲鳴を上げ、次から次へと小さな胃袋へ吸い込まれていく。体の造形も態度も、姉とは似ても似つかなかった。

 

「腹減ってるのか?」

「ふん、食わなきゃやってられんわ」

「姉ちゃんの体調、悪いのか?」

「知らん。悩み多き竜女王が元気はつらつじゃ困る。それより、さっさとビーストマンを倒してこい」

「あー、そうだな……いや、竜王国を属国にしたいんだよ。竜女王とはまともに話せなかったから、竜王に会ってくる。許可が下りれば属国になれよ……と、姉ちゃんに伝えといてくれ」

 

 眉毛は1時50分を指していた。咀嚼するペースが苛立ちにより早まった。旨そうに食べる少女に、空腹が指摘される。

 

「そのお菓子、一つ貰っていいか? 朝から何も食べてないんだよ」

「駄目じゃい」

「いいだろ、一個くらい。なあ、頼むよ。今度、美味しいもの持ってきてやるから」

「……ビーストマンを倒して、この国を助けてくれるならやるぞ」

「お菓子で国が救われるなら、全ての国がお菓子を差し出すだろうな」

 

 魔導国の蛇がけちだと知り、お菓子は背後に隠された。

 空腹も性欲も臨界に近づいていた。胃袋はいつ抗議デモを始めるとも限らない。

 

「隠すなよ、一個でいいから。頼むよ」

「うるさいな。一つだけだぞ」

 

 せんべいに似た茶菓子が放り投げられた。一時の清涼を得た胃袋は落ち着きを取り戻す。これで宿を取るまでは持つだろう。包み紙を破り、ばりばり言わせながら世間話を始めた。

 

「姉さんと年が離れてんだな。顔は似てるけど、随分だるそうな顔だ」

「私だって頑張ってるんだ。ロリコンのアダマンタイト級野郎に一晩くらい、体を貸してやるべきか、とかな」

 

 改めてアダマンタイト級が変態なのだと理解した。強固な理解は二度と揺るがない地盤を手にした。変態が強いのか、強いから変態になるのか、どっちだろうと悩んだが彼女は待ってくれなかった。

 

「お前は見た目が人間だな。魔導国の蛇とは二つ名か?」

「あー、いや。俺は蛇だよ。人間の姿の方が話しやすいだろ」

 

 「ほう、恐ろしいな」言葉ほどおびえた様子は見られない。貪る口も止まっていなかった。

 

「人間を取って食ったりはせんのか?」

「肉は食うが人間じゃない。食べるのは人間と変わらないぞ。こうしてお菓子も食べてるだろ」

「曾祖父様と同じだな」

「竜王も人型になれるんだな。俺も子供作れるかもしれないな」

「お盛んなことだ。私だって子供くらい作れるぞ? 試し――」

 

 無垢な少女と思えぬ発言に拳骨が優しく落ちた。

 

「何をする! この無礼者!」

「子供が下品なこと言うな。まだ早いぞ、そういうのは。魔導国の学校で性教育でも受けるか?」

「ふん、竜王の曾孫だぞ。無知じゃないわい」

 

 沈黙の中、食い千切られる断末魔の悲鳴が流れる。ひとしきり食い尽くし、茶を啜った幼女は名乗った。

 

「ドラウディロン・オーリウクルス。親しみを込めてドラと呼ぶことを許そう。その代わり、ビーストマンを滅ぼしてくれ」

 

 口の中にあった茶菓子の残骸を飲み干し、空っぽの口からは曾祖父の自慢話が出てきた。機嫌が良くなった彼女は、もう一つ茶菓子を分けてくれた。

 

「どうだ凄いだろ、私の曾祖父様は」

「あー、そーだね。凄い凄い」

「もう少し興味を示せ……ところで人間に興味はあるのか?」

「俺の嫁は人間だよ。女も普通に抱けるし……すまん、何でもない。子供になに言ってるんだ、俺は」

「ほう、人間に興味はあるのか。お前は大きい方が好きか? 自分で言うのもなんだが、なかなかいい女だろう。国を助けてくれるなら好きにして構わんぞ。小さいものから大きなものまで手に入る、悪くない条件だと思うが……って、お前は、情欲の対象は人間でいいのか?」

 

 乗り出して縮まった距離は彼女の関心だろう。少女と黒髪黒目の男は緩んだままに話を続ける。

 

「……だからそんなことを聞くなよ。普通に人間だ」

「あれはいい女だっただろう。それだけでも教えろ」

「はぁ、仕方ないな、絶対に内緒だぞ……男の理想像だ。あんなこと言われて興味が湧かないのは男じゃないぞ。結婚してなかったら即答してたかもしれない。あんな女を抱ける機会なんて、選ばれた人間にしか許されないだろうな」

「ふっ……ふふん、そうだろうそうだろう。自分で言うのもなんだが、でかいから気持ちがいいぞ。試してみるか?」

 

 姉の話という(てい)にも拘らず、天国の場所を探す潜望鏡のように鼻が伸びていった。少女は両手で何かを持ち、上下左右に揺さぶる仕草をする。子どもとは思えぬ振る舞いにヤトは眉をひそめた。母親が恋しくてもおかしくない幼女に、中年親父のような口調を仕込んだのは誰なのだろうかと思う。

 

「おっさんみたいな奴だな、やさぐれてるぞ……そんなに国の行く末に悩んでんのか? 国民を引き連れて魔導国に避難してこいよ、異形種が治める国は想像以上に平和だぞ。帝国と法国からも人間が入ってきてるし、奴隷にされることなく、異形種たちと平和に暮らしてるんだからさ。一度見に来るか?」

「それは幸福の押し売りだろ」

 

 先ほどの彼女よろしく、今度はヤトがぐうの音も出ない。身につまされる言葉に、浮かんだのは白磁の頭骨を持った友人だった。

 

(もしかして、今まで全部余計なお世話だったのかな……)

 

 地雷は砂漠の地中深くに設置されたが、幼女は待ってくれない。国の安泰を欲するドラウディロンは非難がましい言葉を続けた。

 

「悪魔め……か弱き幼子が困っているんだぞ!? 優しく手を差し伸べるのが人情ってもんだ。強いなら人間を助けてくれんか。礼はする。体も好きにしていい」

「子供には興味がないんだけどな……仕方ない。数くらいは減らしといてやる。法国に払う予定だった金を魔導国に払えよ? 表向きは同盟国だが、魔導国の発展にも貢献しろよ? 姉ちゃんの体は考えとく」

 

 ヤトは立ち上がった。お茶菓子もなく、竜王女もいないこの場に長居すれば感情移入してしまい、ただ働きしてしまいそうだった。幼女は彼の後に続き、小さい足でトトトッと駆けてきた。

 

「本当か!? 属国になると承諾してないんだぞ!?」

「わかったわかった。属国になる交渉は続けるけどな、とりあえずしばらく大丈夫なようにビーストマンは数を減らしておいてやるから。そっちも竜王がいいと言えば、魔導国の属国になるんだぞ」

「約束じゃ!」

「あーはいはい、わかったわかった。またな、ドラちゃん」

「待てい!」

「まだなにかあんのか?」

 

 低い位置から小指が差し出されていた。口を歪めて苦笑いしたヤトも小指を差し出し、二度と離れまいと固く絡み合う。情交を重ねた手は軽く振られてから離れた。

 

「な、なんなら、ほっぺたに口づけくらいしてやってもいいぞ」

「いらんいらん。腹減ったから帰る。じゃあな」

「つれないな。朴念仁か?」

 

 迷宮のミノタウロスは常に犠牲者を待っている。

 この日、一番の失言は最後に放たれた。幼い容姿の竜女王は、舞い上がってヤトの地雷を起爆する。

 

「人間に敵対する異形種だと思ってたぞ。人間を食べず、殺しもしないなら人間と変わらないな。曾祖父様のように人間が好きな珍しい異形種なのか? そのまま人間として生きたらどうだ?」

「……」

 

 それが地雷であると言われた彼だけが知っていた。彼女なりに褒めたつもりだったが、振り向いた黒い瞳には闇が映されていた。爆弾は心の奥深くで密かに起爆し、砂埃を心の中にだけ舞い上げていた。

 

「どうした? ふふん、やはり私の口づけが欲しくなったのか? 誇りに思え、竜女王の口づけだぞ」

「俺は……何のために生きているんだ」

「なに?」

 

 思考の迷宮はヤトを呑み込み、彼方へ連れ去った。この世界にきて間もない自分であれば、竜王国を助けていた。歪んだ容姿と心から目を背けて人間として振る舞えば、異形の姿から目を逸らし、自己否定に繋がる。現地人をいくら殺そうと興味が無いのは、ナザリックの者として正しくても、人間として正しくない。仮にいくら人間として振る舞っても、異形の事実は消せない。自分が人間と異形のどちらなのか分からなくなっていた。

 

 存在を自ら否定し、塗りつぶされた視界は盲目となる。

 

(このまま欲望のままに現地生物を殺し続けてもいいのか? 俺はリアルで死ぬべきだったんじゃないのか?)

 

 アインズの考えは想像できる。彼ならこう言うだろう。

 

《現地の生物などどうでもよい。我々に重要なのはナザリック地下大墳墓の維持費を賄うことだ。仲間が戻る可能性に賭け、悠久を生きなければならない》

 

 立ち位置に悩む自分より、最初から一貫しているアインズこそ人間臭かった。自発的に袋小路へ逃げ込んだ鼠を、ひと呑みにしようと近寄った蛇は逆に噛みつかれた。生意気な子供にその意思はないと知りつつ、無視してやり過ごすには手遅れだった。

 

 ヤトに複数の選択肢が存在する。

 異形種として従わない人間を皆殺しにするか、見殺しにして死体を奪う。

 人間としてビーストマンを滅ぼし、彼らの死体を持ち帰る。

 どちらも放っておき、必要な時に必要な量だけ採取する。

 求められるままに彼らを助け、竜王女を抱く。

 

 どれも決定打に欠けた。致命的な何かが足りないが、それが何かはわからない。この場を去ろうと幼女に背を向けた。

 

「じゃあな、ドラ公」

「うむ! また会いにくるのだぞ! 待っているからな!」

 

 元気な少女の声に押され、宮殿を出た。蛇は走る。風となって彼を訪ねるために。目指すは評議国の北の山。

 

(俺は、ここに居てはいけないんじゃないのか?)

 

 望む答えを持つかは不明だったが、他に尋ねる相手もいない。竜王国を出て大蛇の姿に変わり、止まることなく北の山を目指した。

 

 

 “真水の海”を調査中の漆黒聖典は、海域を荒らす怪龍を発見し、討伐した。

 甲殻に覆われた海を泳ぐ蛆は海の藻屑と消え、蟲の肉塊を前に彼らは油断する。未知なる砲撃に部隊が半壊し、蘇生・治療に手間取った彼らの帰還は大幅に遅れたが、新支配者たちの知ったことではなかった。

 

 

 依然として攻撃者の正体は知れていない。

 

 

 

 






「不細工な連中だ。品性の下劣さは疑うべくもない。神は静寂を尊ぶというのは君たちの世界の言の葉であろう」
「今ここで、竜王の数を減らしても構わないが?」
「喧嘩するなよ!」

 いつの時代も、無理解は混沌を生む

 次回、「四枚の皿に均等の臓腑を」

「人食い鮫は鮫らしくしていればいい。陸に上がって人間面するからややこしくなるのだ」


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