内務の確認、念入りな身支度、アルベドの悪あがきなどで、アインズがエ・ランテルへ向かう予定時刻は大幅にずれ込んだ。朝になって早々に出掛けるはずだったが、ナーベラルを伴って出かける準備ができたのは正午だった。予定は実ることなく地に堕ちた。
大蛇の化身、黒髪黒目の男と、参謀と命じられた三名は、出発するアインズとナーベラルを見送ろうと地表まで出てくる。役に立つべく意気込んでいるナーベラルは荷物を掴んで離さない。冷や汗交じりのアインズは皆に挨拶をする。
「留守は任せたぞ。アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター」
「全てはアインズ様の御心のままに」
「ヤト、私は先に出る。王都の情報は細かく教えてくれ」
「はい、アインズさん。組合登録後、連絡をお待ちしてるッス」
二人は《
「アインズ様ぁぁぁ! アルベドは良妻として、御帰還をお待ちしておりますぅぅ!」
アルベドは体を震わす大声を上げ、白いハンカチを振る。デミウルゴスとパンドラはやれやれとため息を吐き、ヤトは危険物を見るかのように横目で彼女を見た。
(やだ、あの娘ヤバくない?)
デミウルゴスが話しかけてくる。
「ヤトノカミ様、出立のご準備で何かお手伝いは必要ありませんか?」
「デミウルゴス。死亡したスレイン法国の連中の装備を馬車に積むように指示を。売って宿代を稼ぐ。王都で得た情報の精査は、アインズ様が帰還するまでにまとめておくように」
「畏まりました。我がナザリックの先陣である、ヤトノカミ様っ!」
パンドラはデミウルゴスの返答場面を過剰演出で奪い去り、軍帽の鍔を摘んで下げ、右手を胸に当てて左手を空に掲げた。気のせいだろうが、卵頭に後光が差していた。
「ご報告はヤトノカミ様にしなくても本当によろしいのですか?」
ポーズを決めているパンドラは放置され、今度こそ返事をしようとデミウルゴスが聞いた。
「いいよ。俺はアインズさんみたいに叡智がないからね。後日アインズ様に要点だけ聞く」
「畏まりました。馬車の準備はこちらで指示を」
「ありがとう、デミウルゴス。先に戻っているから」
先に戻ったヤトと違い、アルベドが満足するまで、パンドラとデミウルゴスは地表でつき合わされた。
◆
翌日、ヤト、セバス、シャルティアはゴーレムの引く馬車の中に居た。シャルティアは宿の部屋に転移ゲートの紐を付けるべく、初日だけ同行をしてくれる。至高の41人の御供として外出する彼女は、遠足に出掛ける子供のように笑っていた。
揺れる馬車の中、自然に仲間の話になった。
「という訳で、たっち・みーさんに最強のライダースーツであるジャスティスセットを取るのに協力したんだよ。俺はブラックセットが欲しかったから、利害は一致してたし」
「なるほど。それでよくお二人は、連れ立って外の世界に出撃していらっしゃったのですね」
「変身するのが好きだからね、俺も、たっちさんも。だからセバスも竜人なんだろうね。俺は正義とか興味ないけど、あの人は正義の味方だし」
「はっ、私も同意見でございます」
馬車の中で昔話に花が咲く。主要な話題はセバスの創造主であり、かつての仲間であった”たっち・みー”のことだ。会話に混ざれないシャルティアは、控えめにチラチラとこちらを見ていた。自身の創造主である”ペロロンチーノ”の話も聞きたいのだろうと気を回し、話の切れ目で彼女に振った。
「そういえばペロロンチーノさんが――」
「はい! なんでしょうか!?」
言葉を遮る素早い返事に、黒髪で黒い瞳のヤトは少し引いた。
「シャルティア。廓言葉を忘れちゃ駄目じゃないか。ペロロンチーノさんが最も重視した設定なんだから」
「これは、失礼をしたでありんす。以後気を付けますぇ」
「シャルティアはペロロンチーノさんについてなにか聞きたい事は?」
「はい、わたしはペロロンチーノ様にお会いしたら、どうすればよろしいのでありんしょうか?」
「どうすればって、ペロロンチーノさんと結婚でもすればいいんじゃないの? あの人、まだ結婚してないし、多分」
割と適当な返答だったが、彼女はその気になって盛り上がっていた。アインズに聞いた話から予測した話なので、的を外れてもいなかった。恐れ多いと感じたが、一度でも頭に浮かび上がった妄想は消えない。シャルティアは結婚すべきかと、鼻息荒く悩んでいた。
「っ……そんな……わたしのようなものが、あの御方と結婚などと」
「したくないの?」
「いいえ! わたしの創造主たるペロロンチーノ様の妃になれるのであれば、これに勝る喜びはありんせん」
「ならば、更なる精進を遂げて、妃として相応しいような美しさを身につけると良い。ペロロンチーノさんが復帰したら、俺の方からも提案しておく」
「ありがとうございます! より一層の精進を遂げるでありんす!」
鼻息荒く目を輝かせるシャルティアに、どことなく阿呆さが見受けられた。知能設定は高くないようで、妙な仲間意識が生まれた。創造主に対する純白の敬意と愛情を目の当たりにして、なんとか彼と会わせてやりたいと思う。
(みんなが帰ってくる可能性は、早めに調べたいな)
望み薄だと分かっていても、一人でも多く、可能であれば全員、ナザリックに呼び戻せるのなら、それに越したことはない。何よりもアインズの喜ぶ姿が見たかった。蜘蛛の糸でも希望があるなら、どうにかしてそれを掴みたかった。
余談だが、シャルティアはその気になってしまい、ナザリックへ帰還後、アルベドに「ペロロンチーノ様のお嫁になるでありんす!」と鼻息荒く馬車内の会話を熱弁した。アルベドは好敵手が消えたことでアインズの第一妃へ少しだけ近づいた。
本当に、少しだけだ。
それを受け、アルベドは金色の瞳で怪しく笑う。
「なかなかやるじゃない。これで私とシャルティアは同じ殿方を愛するライバルではなく、至高の御方を女として愛する盟友ね。くふふふふ」
この日からシャルティアは、ペロロンチーノの花嫁になるべく、夜伽の鍛錬を初めた。鍛錬の意味はヤトの意向と食い違っていたが、誰も彼もが敢えて訂正しなかった。
◆
馬車は半日の時間を掛け、王都リ・エスティーゼに到着した。ゴーレムに休息の必要はなく、普通の馬よりも遥かに早い。付近の草むらで馬車を降りた一行は、改めて行動を確認する。
「事前情報だと、ゴーレムの馬なんて国宝級に価値のあるアイテムらしいからな。今は目立つことを避けよう」
「馬車は消してもよろしいのですか?」
「いいよ、スクロールはまだあるから。うし、じゃあ行くか。王都リ・エスティーゼへ」
入国審査は非常に緩く、門番は冒険者志望という嘘を容易く信じ、人間に見える異形種三名は、いともたやすく王国へ侵入した。犯罪組織に蝕まれ、治安も悪化の一途を辿る王都での入国審査はまさに
街に入ってすぐに見えた市場は活気に溢れ、治安の悪さを感じさせなかった。露店では怪しげな武器・防具・食べ物・お酒・骨董品など様々な品が並べられ、それらを値踏みする冒険者らしき者や、手に取って果物の品質を確認するメイドもいた。
活気の面でいえば、ユグドラシルの市場に比べて大きく見劣りした。並べられている商品も、品質の期待は難しく、手に入れても使い道がないように見える。しかし、これは現実だ。実際に手に取れば食べることができる。それだけでも見る価値は十分だ。
(おぉ、夢にまで見たリンゴが雑多に並べられている商店じゃないか、金が無いから買えないけどな)
スレイン法国の陽光聖典が所持していた通貨の類は、まとめてアインズに渡していたため、身なりこそいい一行は無一文の浪人だ。それでも楽しそうに物色しながら街を歩いていた。
「それにしても、セバスとシャルティアは目立つな」
「申し訳ございません」
「いや、責めたわけじゃなくて……」
シャルティアは赤と黒のゴシックロリータファッション、セバスは身なりの良い執事であり、目立つために歩いているようなものだ。黒髪黒目のヤトも異邦人であると隠しきれていないが、自分が目立っているとは想像もしていない。
彼の装備している鎧は、鎖帷子を基調に作られた安物だが、腰に差した黒い大太刀には金の蛇が描かれており、名刀だと一目でわかる。それに加え、適度に伸びている艶のある黒髪と黒い目は異国人だと一目でわかる。住民のほとんどが金髪、茶髪、赤髪の中、目立って当然である。
ヤトは
額に大きな目が一つ描かれ、口は不自然に横に広がり、赤い隈取を思わせる線が伸びていた。
わけではなかった。
DMMOTRPG、《ユグドラシル》は自由度の高いゲームである。その延長線で、遊んでいる感覚の彼は、悪目立ちすると考えもせず、面白そうという理由だけで奇妙な仮面を装着した。触れた者の表層にある感情を読む能力など、これ以後、思い出すことさえなかった。
(目の部分に穴が空いてないから視界はゼロだけど、探知スキル《ピット器官》は使えるし。まさかアンデッドなんか街にいないだろ。やっぱり、謎の流浪人に必要なのは仮面だね)
仮面を付けていては視力が役に立たず、相手の体温だけを感知して歩を進める彼は、落ち着いて見えても内心は浮ついていた。すれ違う通行人の関心を集めて引き摺り、一行は王都中心にある噴水の広場に辿り着いた。
仮面の男は執事に指示を出した。
「セバス、武器屋を探してくれ。クズアイテムを売り、今日の宿代を稼ごう」
「それでは、聞き込みをしてまいります」
「ヤトノカミ様の護衛はわたしに任せるでありんす、セバス」
「よろしくお願い致します、シャルティア。それでは行ってまいります」
シャルティアは黒い日傘を差し、ニコニコ笑ってセバスに手を振った。さんさんと照らす太陽の光を涼し気に受ける吸血鬼真祖は、服装に合わせたコーディネートなのか、由緒正しき貴族の令嬢に見えた。背景が透けて見えそうな白い肌に、銀髪が周囲の注目をよりいっそう集めていた。
最寄り武器屋の場所はすぐにわかり、一行はスレイン法国の装備品を売り払うべく、武器屋へ足を向けた。
「金にならなかったら、ガゼフを探して一晩くらい泊めてもらうか。転移ゲートをガゼフの家に開くのは気が引けるが、最悪は仕方がない」
後になってヤトは後悔する。
この世界の価値基準が、自分たちと比較して想像を絶するほど低かったと、想定もしていなかった。
◆
何でもない一日を迎え、退屈そうに店を構えていた武器屋の店主は、南方出身であろう異国人の驚いた声に、上乗せして驚いた。知らぬうちに無礼な発言をしたのだろうかと慌てたが、異国人は違うことに反応していた。
「マジでこんなにくれんの? だって、金貨って慎ましく暮らせば、1枚で15日くらい過ごせるんでしょ?」
スレイン法国の装備品、
銀貨1枚~2枚かなと見積もっていたヤトの想定は大きく外れ、実際には武器二つが金貨5枚で買い取られていき、牧場の家畜を売る気分で奥へ運ばれる武器を見送った。武器屋の店主は、急に入ってきた物の価値が分からぬ旅人を呆れた顔でまじまじと見つめた。
(これでも高いの? こいつ何もわかってないけど、どこの
店主からすると十分に買い叩いたつもりだったが、相手はとんでもなく喜んでいる。奇怪な仮面で表情は見えないが、声色から想像するに笑っているとわかった。持ち込んだものに反し、身なりはみすぼらしい。しかし、背後に佇む執事と少女の衣服は最高級品だ。何から疑問を浮かべていいかわからない。
(スレイン法国の
「あのー、もしよろしければ纏めて引き取らせていただきますが、いかがですか?」
流石に探りを入れられていると気付くが、アインズとは違い思慮深い行動が苦手な彼は、追加で10本を引き取ってもらった。まだ持っていたが、別の武器屋でも価格を調べるために残しておいた。店を出る頃には、合計で金貨30枚を手にしていた。
お互いにぼろ儲けの良い取引だった。
(スレイン法国の
出ていく彼らに声を掛ける店主は、両手放しで喜んだ。
「ありがとうございましたあ!」
礼は本心からの大声だった。
◆
武器屋を出た三人は噴水の広場へと戻り、成果を調べた。ヤトは仮面の下に満面の笑みを浮かべた。これだけあれば、一通りの遊びができるはずだ。
「儲かったな」
金貨30枚を数え終えた青年は、部下の執事と少女へ指示を出す。
「セバスはシャルティアと一緒に今日の宿をとってくれ。金貨1枚で2泊くらいできる中流宿が理想、時間がかかるなら見つけた宿でいいや。二人部屋を確保したら、シャルティアは部屋でゲートを開きナザリックへ帰還、パンドラに金貨10枚を渡して」
子供にお小遣いを渡す感覚で、シャルティアに金貨を10枚手渡した。それだけでも一般市民の感覚からすれば、慎ましい半年を過ごせる金額である。アインズとの打ち合わせにて、
一人で冒険者組合に行くことに二人は反対したが、シャドウ・デーモンが影に潜んでいるから大丈夫だと納得をしてもらった。
「……畏まりました。宿が取れ次第、私も向かいます」
「よろしく」
二人は一礼をして反対方向へ歩き出した。
(あの二人が一緒に行動するなんて珍しくない? つーか、ゴスロリ美少女とナイスミドルの執事なんて、どこのお嬢様だと思われるかもな)
「面白そうなんでこっちで冒険者になります」などとアインズに言えば、説教を交えて止められる。面白そうなイベントを逃すなどできず、勝手になろうと決めていた。
結果を出してから報告すれば、そこまで怒られないだろうと踏み、冒険者組合に向かった。
◆
「チーム名?」
「はい、今後の活躍で有名になった際、名指しの依頼が入りやすくなります。皆様、お好きな名前を付けていらっしゃいますよ」
泣き黒子のある若い受付嬢は、微笑みながら説明した。
「うーん、そうなのか。どうしようかな。有名なチームの名前はどんなものがあるんですか?」
「朱の雫とか蒼の薔薇は、アダマンタイト級の最高ランクに該当する冒険者です。次点だと純白悪魔とか、雷撃招来とか獄炎乱舞とか、皆様お好みのものを選び、お付けになっていらっしゃいます」
純白悪魔という言葉に、アインズを押し倒している淫魔が脳裏をよぎる。
「ナザリック地下大墳墓で」
「……少し長すぎるかと思われますが」
受付嬢は眉をひそめる。通常、長すぎる名前は格好が悪い。短くて覚えやすいのが鉄則だ。何よりも言葉の意味がわからない。
「ん? そうですかね? ではナザリックでお願いします」
「ナザリック、でございますね。畏まりました。チーム人数はお一人でよろしいのですか?」
「いや、後でもう一人くる予定なんで二人です」
「お二人ですね。では明日、もう一度いらして下さい。銅のプレートをお渡しいたします」
「ありがとうございます。ところで、チームを二つに分け、別々の依頼をこなすことは可能でしょうか?」
「は、はぁ。不可能ではありませんが、失敗した場合に違約金や慰謝料が発生する可能性があります。最初の内はお勧めできません」
「なに言ってんのコイツ?」とでも言いたげな目を向ける受付嬢に、ヤトの背筋がゾクゾクして鳥肌が立った。現実世界から加虐嗜好があった彼は相手の怒りを助長させたくなったが、初日から揉め事を起こせず、辛うじて踏み止まった。
「実力は問題ありません。可能なんですね、ありがとうございます」
「は、はぁ……」
馬鹿の相手でもしたように受付嬢はため息を漏らしたが、既にヤトは興味を失っていた。
(さて、依頼一覧でも読みながらセバスを待つかな……)
水晶フレームの翻訳眼鏡をかけるのは気が重い。ごつい眼鏡を掛けて、容姿がオタク臭を出すのが嫌だった。
(まぁ、眼鏡かけても、リアルよりはちょっとだけいい男だけどさ)
掲示板に貼られている依頼内容を細かく読んでいく。一足先にエ・ランテルで登録を済ませたアインズの話の通り、モンスター専門の傭兵というのが相応しく、護衛に関する依頼が大多数を占めていた。
危険モンスターの討伐、移動する商人の護衛、用心棒などの依頼が掲示板にびっしり貼られている。そうして彼は依頼の内容を見ることに没頭する。近寄ってくる新人潰しの冒険者に関心は向かなかった。
「おい、異国人! ここじゃおめぇみたいのは歓迎されねぇんだ。首洗ってとっとと消えな!」
育ちの悪そうな冒険者がヤトに声を掛けるが、ヤトの耳には届かない。
「耳聞こえねぇのかテメェ!」
男がヤトの肩に手を掛けようとしたとき、横から手が伸びて凄まじい力で腕を掴まれた。
「私の主人に対する無礼は許しませんよ」
身なりのいい執事が、殺意を感じる目で男を睨んでいた。息巻いていた彼は、尻尾を巻いた野良犬と自身を重ね、その場を動けなくなった。
「あ、セバス。早かったな」
「はい、それなりの宿が取れました。一日、銀貨3枚だそうです」
「ん? なんだ、そいつ」
野良犬でも見る目で、青くなっている冒険者を見た。見られた彼は体の芯が縮こまるのを感じた。
「はっ、危害を加えようとしていました。粛清してもよろしいでしょうか?」
「面倒だから放っておけ。街中では掃除は目立し、可哀想だろ、掃除する人が。それより宿に行きたいな」
「畏まりました。こちらです」
唐突に離された男の腕には、手の形に青痣がついていた。
この日の出来事は、酒場で低ランクから中ランクの冒険者たちに共有されたが、ヤトの情報ではなく強い執事の噂話だった。
◆
案内された宿の名前は“銀の靴”といった。
中級の宿だったので食事はでないが、ベッドはふかふかと柔らかかった。アインズからの連絡も入らず、退屈を誤魔化すようにベッドでゴロゴロと転がった。ナザリックでどうしても離れない御付きメイドの影響なのか、同室に誰かがいることにも慣れた。入口で待機しているセバスは特に気にしない。正確には、気にしていない素振りをする。
ヤトの腹部から、胃の収縮音が鳴る。やがて彼は、何かを決めたように立ち上がった。
「セバス、酒を飲みに行きたい。小腹も減った」
「はい、御伴致します」
「俺はもう至高の41人ではないから、付き従う必要はないよ」
「いえ、それでもヤトノカミ様は、偉大な御方のままでございます」
セバスは有無を言わさず即答した。
「だから、そういうのはもう必要ないって。自由に行動させてくれ」
「……それでは、このように致しましょう。敬意を払う必要はない、しかし敬意を払ってはいけないわけではない、と。それも私の自由行動ではないでしょうか」
セバスの意外な提案に、ヤトは目を見開く。口から小さな笑いが発せられる。
「ふっ……セバス。私はそのような提案が大好きだ。よかろう、付き従え」
「はっ、勿体なきお言葉」
(知らない街に一人じゃ心細いしな、ちょうどいいといえばちょうどいいか)
子供みたいな事を考えるヤトの心中を知らず、自らの大それた提案を褒められたことで、密かに安堵した。仮面を付け忘れていたが、今は食欲を満たすことが先決だった。
二人は宿からそう遠くないバーを見つけ、“魔の巣-第2店舗”という名が書かれたドアを開く。カウンターの内側では、半分しか開いていない目で、ひげ面のマスターがコップを磨いていた。
ヤトとセバスはカウンターに腰を掛けた。セバスはドア付近で待機するつもりだったようだが、ヤトはそれを許さない。暗めの照明で照らされた店内の客はまばらで、空席の方が多かった。
「マスター、金貨1枚で飲める範囲で高いお酒を二つ。あと、何かツマミを」
「はい、わかりました」
出てきた茶色の酒は、ウィスキーに似ていたが後味は柑橘系のような香りだった。ナザリックの高貴な酒より、ヤトはこっちの安酒が合っている気がした。
「セバスも飲まないと、出してくれたのに失礼だよ」
手を付けようとしないセバスを促す。
「マスター、俺たちは今日冒険者になったばかりなんですけど、強い冒険者の情報とか知りません?」
「お客様、この街で最も有名な冒険者は、蒼の薔薇と朱の雫でございます。なんでも、蒼の薔薇のラキュース様と、朱の雫のアズス様は親類だとか」
「そうなんだ? アダマンタイト級親戚だな。彼らに会うには普段はどこに行けばいいのかな?」
グラスの氷をカランと鳴らし、酒をあおった。
「上位の冒険者達が使っている、黄金の林檎亭に行けば、宿の中に酒場食堂があると聞いていますが、宿泊料はそれなりに高額とか。そこで会えなければ、どこかに拠点となる屋敷を構えているのかもしれません」
「ありがとうマスター、これ情報料のチップね。御馳走様」
懐が温かいと金遣いが荒くなるもので、店主の話に満足したヤトは金貨を一枚多くをカウンターに積んで店を出た。感じのいい客に、表情には出さないが、彼らを真摯な目で見送った。
(毒無効の影響か酔わないな……ま、いっか。最高峰冒険者の実力を調べに行きますか。運が良ければいい女に出会えて、実機並みの性活ができるな。恩を売っておけば昇格できるかもしれない)
うきうきしながら宿へと向かう。
アインズとどちらが先にアダマンタイトになれるか勝手に始めた
◆
宿へ戻ろうと裏路地を近道したが、なぜか男が腕を組んで仁王立ちしてゆく手を阻んでいた。
不敵に笑う彼は偉そうに問いかける。
「おい、そこのお前。ちょっと聞きたいことがある」
「なにか?」
仁王立ちする男の後ろから男が3名、後ろから3名が探知スキルに引っかかり、どうやら挟み撃ちをされるようだ。
「昼間に連れていた女を出せ」
「昼間? あぁ、シャルティアの事か」
「身ぐるみと持っている装備品、全部置いて消えろ。命だけは助けてやる。護衛と執事は大したもん、持ってねえだろうからな」
どうやらシャルティアが貴族の令嬢、ヤトは護衛の戦士、セバスは執事と見えているようだ。
「機嫌がいいので有り金おいて消えるなら、命は助けてあげましょうか?」
「ひゃははは、このガキ! 面白いじょうだ――」
ヤトは男の首を切断した。
「んだなー……あれ? 俺の……から……だ――」
切断された男の首は言葉を発しながら飛んでいった。ヤトに躊躇いはない。初めての人殺しだが、お行儀の悪い人間に優しく接するつもりはない。何よりも、彼らの目的を考えれば同情の余地はない。飲酒時に発動するオートスキル《うわばみ》で攻撃力を強化されており、首を刎ねたにも拘らず何の手ごたえもなかった。
地面に転がるはねられた頭部は、ヤトの足で踏み潰される。下手に出ていたヤトは、光を吸い込む黒目で睨んでいたが、賊には殺気を放つ怪しい仮面が見えていた。先ほどまで見下していた仮面の男は、数秒で得体の知れない化け物に変わっていた。
「……セバス、こいつらの身ぐるみを剥げ。念のため依頼主がいるかを吐かせろ。つまらん嘘をつくならナザリックに送って拷問。死んだら死んだで構わん」
「はっ、仰せのままに」
セバスは小さな竜巻のように障害物をなぎ倒していく。
刀に滴る血を払うと血がびしゃっと音を立て、石畳をどす黒い血で汚した。
刀を納刀するわずかな時間で、敵をなぎ倒したセバスが戻った。
「彼らは武器屋の用心棒だそうです。我々が取引をした武器屋ではなく、違う武器屋だそうです。スレイン法国の装備品を大量に持っていることと、ヤトノカミ様の名刀、シャルティア様の容姿が、武器屋同士の繋がりで伝わったそうです」
「あっそう、それじゃあその武器屋をエイトエッジ・アサシン3体で襲撃。シャドウ・デーモンを監視につけよう。武器と貨幣を根こそぎ奪え。店主は殺してナザリックに。こいつらはそのまま送れ、処遇は参謀たちに一任する。どんな目に遭おうと知ったことか」
「畏まりました。すぐに手配いたしましょう」
気持ちよく飲んでいた気分を害されてはいたが、現実世界で秀でて喧嘩っ早いタイプではない。本来の、つまり人間の彼であれば無駄な殺しはしなかった。異形種になってから怒りという名の感情が消失し、本来の憤激は憎悪に自動変換されていた。
今の彼は真っすぐな殺意を含んだ憎悪しか持たず、前段階の怒りという感情はどこにも存在しない。
「ったく、酒も気持ち良く飲めねぇのかよ、この街は。本当に腐ってんな」
石畳の地面に唾を吐き、憎々しげに呟いた。
憎悪の黒炎はまだ頭の中を焦がしている。
手ごたえのなさに不快な感情は晴れておらず、拷問して鬱憤を晴らしたかったが、死体はナザリックへ送ってしまった。
「……簡単に殺すんじゃなかったか」
呟いても憎悪の炎は静まらない。
せめて、大墳墓に送られた彼らが惨たらしい目に遭うよう、何かに祈った。
◆
主人が不在となったナザリック地下大墳墓では、今後の計画と内務がアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの3人に一任されている。
宝物殿を希望したパンドラを除き、参謀達には私室が与えられている。デミウルゴスはヤトから送られた人間を見て、歓喜に身を震わせた。
懸念するスクロール問題に人間を使えないかと検討していた時分、間髪入れずに死体が7体も送られてきたのだ。陽光聖典の死体だけでは足りず、カルネ村から何人か引っ張ってこようかと考えていたところ、渡りに船だった。
「素晴らしい! 流石は至高の41人です。カルネ村を僅か3日で、喜々として命を差し出す信者に変え、更には私のスクロール供給の懸案事項にまで手を伸ばして頂けるとは。やはり至高の御方々には、私達の考えなど御見通しなのかもしれません。早速、この死体で色々と試しましょう。まだまだこれからも死体は送られてくるでしょうからね。ああ、忙しいです、本当に忙しいですよ」
言葉に込められた意味は不満ではなく、歓喜だった。喜ぶデミウルゴスは、たくさんのおもちゃを贈られた子供と何ら変わりない。
デミウルゴスは地域平定をアインズに捧げようと、考えていた幾つかの策を全て後回しに、人体実験に取り掛かった。
◆
統計によると、いつの時代、どこの世界、文化のレベルに関係なく、女性は男性の三倍も話すという。本日の業務を終えた冒険者組合の受付嬢たちは、別室で着替えながら世間話に興じている。主な話題は、新米冒険者でありながら強そうな執事の件だった。
「あの執事さん格好よかった」
「そうなの? どんな人?」
「一目でわかると思うよ。若くはないけど、すごく紳士的で強くて優しそうなの」
「えー。あたしも見たかったなー」
「冒険者に登録しているから、すぐに会えるわよ。みたら一発でわかるからね」
「誰の執事だったの?」
「んー? なんか変な南方の人。あの人は偉そうに執事さんに守られてただけだったし、気にしなくてもいいんじゃないの? そんなに美形じゃなかったわよ。頭も悪そうだったし」
酷い言われようだが的を射ていた。チーム名を長くしようとしたことと、いきなりチームを二つに分けようとしたことが、彼女の中で尾を引いていた。
「そうなの? でもお金持ちなんじゃない?」
「でも、執事さんの方が格好いいし、着ている服も高そうだったから」
「じゃあ執事さんと結婚できたら問題ないね」
「そうそう、あんな強い人に優しく守られたいぃ」
「お姫様を守る
「あー! わかるー! 白馬の王子様が年を取ったらあんな感じよ、きっと。チーム名はナザリックだからね。危険で安い仕事を回しちゃだめよ? 一回でも多くここに出入りして貰うんだから」
女が三人集まると
セバスの評価は依頼を回す受付嬢の間で、鯉と恋の滝上りとなり、年配の執事には楽で割の良い仕事が回る。黒髪黒目の男の評価は芳しくないため、セバス一人だけが特別に優遇された。
ヤトがそれを知ることはない。
アルベド好感度ロール→-6 好感度42
面倒事→1d%→失敗
受付嬢好感度→1d20→+17
ゲヘナ実行前に相談→相談しない。
ゲヘナ実行日延期→1d10→+8日
人間牧場の実行計画の進展→1d10 -3日
賊が所持していた貨幣→金貨3枚、銀貨14枚
疑似カルマ値変動1d%→0%