モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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i lov u like u r

 

 

 

 まだ幼い時分の彼女は、母親の死を静かに見つめていた。

 

 悲しみのあまり暴れ出さないか心配した当時の最高神官長は、欠片も動揺が見られない彼女の肩へ優しく手を置いた。

 

 それでも彼女の心は揺るがない。

 

「……ごめんね」

 

 謝られた理由はわからない。

 

 今にも消え入りそうなか細い声で吐き出される彼女の遺志は、誰にも汲み取られない。

 当時の最高神官長は、苦悩に満ちたであろう彼女の人生を想像し、復讐を固く決意した。

 

 骨と皮だけになった手が少女へ伸ばされたが、震えるその手は取られない。

 母親の死という催し物を、感情の籠らぬ瞳にただ映していた。

 

「さようなら、お母さん」

 

 悲しみはなかった。

 

 

 夢はそこで途切れる。

 

 

 気怠い目覚めに体を起こすと、見慣れた自室を朝日が照らしていた。

 宙を漂う埃は、朝の輝きに照らされて自らの存在を主張する。

 

 既に夢の内容は彼方へ忘却され、壁に立て掛けられた戦鎌(ウォーサイズ)に目を向けた。

 

 「ふふっ……楽しみだなあ……本気で戦える相手か」

 

 久しく血を吸っていない得物が、極度の飢餓に喘いでいるように見えた。

 

 彼がそれを願っているのか、真意は定かでない。

 

 

 

 

 アインズが支配者として相応しき風格を取り戻し、スレイン法国攻略の指示を出した翌朝、そんな殺伐とした状況とは打って変わり、とある邸宅にて一人の女性が幼児返りして駄々をこねていた。

 

「やだああ! 私も行くう!」

 

 地団駄を踏んで暴れる彼女は、普段の凛々しい立ち振る舞いを知る者からすれば、目を疑う光景だ。

 現に、洗い終えた食器を両手で抱えるレイナースは、我が目を疑ってその場で一時停止する。

 自分を優しく受け入れてくれた彼女は失踪し、子供のように地団駄を踏む女性しかいなかった。

 

「おいおい……」

「ずるい! 私だって蛇の嫁なのに! どうして連れて行ってくれないのよ!」

「ずるいって言われても……」

 

 中二病を患う彼女からすれば、これ以上ない理想的な状況だったに違いない。

 スレイン法国を脅して属国化しようと、手の空いている僕が、自身が会ったことない僕まで勢ぞろいすると聞き、胸を高鳴らせた。

 

 仮に連れて行っても、恐怖公を見て肌を粟立たせただろう。

 

 アインズの連絡を受けたヤトの話を聞き、さも当然とばかりに支度していた彼女に、「留守番よろしく」と言ってしまったことが騒動の発端だった。

 伴侶が頭をかいて難しい顔をするも、猪の如く盛り上がっている彼女は、なかなか止まりそうにない。

 

「ラキュース、遊びに行くんじゃないんだから。戦闘になるかもしれないだろ?」

「私だって強いもん!」

「もんって……誰だお前は」

「あなたの妻よ! ナザリックに所属すると見てもいいじゃない!」

「いや、だから、危ないかもしれないだろ」

 

 ラキュースはここで仕掛け(アプローチ)を変更し、べたべたとヤトへまとわりつく。

 

「お願いよぅ、連れて行って。ねえ」

「甘えても駄目」

 

 飛び退いて離れ、パンドラズ・アクターよろしく拳を突き出した。

 

「連れて行きなさい! 私は冒険者チーム、蒼の薔薇のリーダーにして魔導国の蛇、第一夫人! ラキュース・アルベイン・アインドラ!」

「決めても駄目」

 

 体をくねくねと揺らし、寝間着姿の男性へ体を密着させる。

 

「ねえん、おねがぁい。何でもするからぁ」

「誘惑も駄目だ」

 

 彼女は両手で覆った。

 

「うわあああん! ヤトのばかぁぁぁ!」

「嘘泣きー」

「チッ……」

 

 にべもなく断られる。

 全ての手段を絶たれた彼女は、せめて涙くらいは流せればと、忌々しそうに舌打ちをした。

 見かねたレイナースが、食器を仕舞って駆け寄った。

 

「ラキュース、どうしてそこまで行きたがるのだ。戦争ではないのだろう?」

「ああ、今回は脅すだけだそうだ、多分。法国が相手だから戦闘になる可能性は高いけどな」

 

 早朝に入った伝言(メッセージ)を思い出す。

 ナザリック全軍を率いると言っていたアインズの声色が、アンデッド時と同じだったのが気になった。

 

 頬を膨らませて睨んでいる彼女を前に、回想に耽る時間は無かった。

 

「なあ、ラキュース、頼むよ。俺は誰かを守りながら戦うのは苦手なんだよ」

「……うぅぅ、私も行きたい」

「頼むよ、聞き分けてくれ。それでも支配者の妻か」

「お願い、もう二度と我儘言わないし、ヤトにも優しくするから。始まりの少しだけでいいから連れて行ってよぅ。じゃないと夜、一緒に寝てあげないんだから」

「うるせえ! この中二病がっ!」

「何よ! あんただって馬鹿蛇でしょう!」

 

 夫婦漫才と夫婦喧嘩のどちらなのか判断が難しかった。

 

「はぁ……」

 

 朝から喧嘩する仲睦まじい夫婦を羨ましく思いつつ、レイナースは家事を終えて出掛ける準備を始めた。

 彼女が準備を終えても二人は言い争いを続投しており、彼らの王宮到着は誰よりも遅かった。

 

「だいたい、昔からお前は――」

「ヤホらっへふふぁふぃふぁふぁ――」

「ぶっ……なに言ってんのか、わかんねえよ」

 

 ラキュースの頬は両手で摘まれている。

 

「はぁーぁ……」

 

 平和な朝の風景に、レイナースのため息が幾度となく流れていた。

 

 二人の喧嘩に混ざろうかと計略を巡らせるも、機を逃したレイナースはため息以外に何もできなかった。

 

 

 

 

 私は埃っぽい部屋で目を覚ました。

 

 眩しい陽光がやせ細った体を照らす。

 

 衰えた手を陽にかざして何度か握った。

 

 戦士として最強である自負があった体は、枯れ枝のように変わっていた。

 

 そうだ、私は……私は助けられた。

 

 怪物に人間の尊厳を打ち砕かれ、死を待つだけだった私は、愛する彼に助けられた。

 

 怪物……?

 どんな?

 

 姿を思い出そうとしても、鍵のかかった重厚な記憶の扉は開かれなかった。

 

 不意にドアが開き、あくびをする彼が入ってくる。

 無精ひげでぼさぼさの髪の彼は相変わらずだったが、今の私には眩しい。

 記憶の中で彼は、殺そうとした私を勇敢に守ってくれた。

 

 久しぶりに会った彼に、どんな顔をすればいいのかわからなかった。

 

 久しぶりに会った? 何の話だ?

 

「よう、本当に目が覚めたな。俺のことわかるか?」

 

 少し見上げた顔を覗き込まれ、羞恥に心臓が跳ねた。

 考え途中の違和感は、そのままどこかに溶けた。

 

「あ……おはよー、ブレイン」

「ん? ああ、おはよう、クレマンティーヌ。よかったなぁ、目が覚めて。アインズ様様だな」

「あ、お……お腹空いた」

「ちょっと待ってろ。クリアーナ! 朝飯の支度を頼む!」

 

 彼は部屋を出ていった。

 上手く取り繕えたので、赤くなりかけた私の顔には気付かなかっただろう。

 

「ふぅ……」

 

 私は自分の頬に両手を当てた。

 

 少し熱を帯びていた。

 

 

 朝食は直ぐに来なかったが、火照った顔を治めるにはちょうど良く、親しい友人(・・・・・)のクリアーナがボリュームのある朝食を持ってくるまでに、私の顔はひしゃげた笑みを取り戻した。

 朝食を食べ終える頃に体は生気を取り戻し、精神も元気を取り戻した。

 

 ベッドから飛び降りて首をコキコキと鳴らし、改めて着ている服を眺める。

 ブレインの寝間着らしき衣服の下に、肌着は着ていなかった。

 体を見られても構わないし、いっそのこと見て欲しかった。

 部屋を出ると愛しい(・・・・)ブレインと、居候(・・)のゼンベルが談笑している。

 

「誰だい、この姉ちゃん」

「クレマンティーヌだよ。帝国で見ただろ」

「おお、そうだったぜ。久しぶりだな、クレマンティーヌ」

 

「なんで彼女は名前を呼ぶのよ……このワニ公」

 

 こちらに背を向けて二人にお茶を出しているクリアーナは、聞こえるようにぼやいた。

 柔らかそうな体をした、今日も可愛らしい彼女に、ついつい意地悪をしたくなる。

 

 私は背後に迫り、肩に両手を回す。

 

「ありがとー、クリアーナ。お盆、部屋にあるからねー」

「あ、え? は、はい」

「なによー、なんかよそよそしくない? 友達でしょー?」

「あ……はい」

 

 彼女は近寄る私に身構えた。

 小動物のような行動を見て、反射的に殺そうと腰にあるべき武器を探す。

 寝間着の状態で武器など装備していなかった。

 

 殺す? 友達を? まだ寝ぼけているのかもしれない。

 

 クリアーナの肩に手を回し、胸を挨拶程度に揉む。

 今日も柔らかく、調子は良さそうだった。

 

「きゃあ!」

「ぶっ」

 

 驚いたクリアーナは私を振り払って走り去り、ブレインが口から水を吐き出し、限界まで目を見開いていた。

 ゼンベルは気にしておらず、二匹目の魚に食らいついていた。

 

「行っちゃった」

「おい、おま――」

 

 ごく自然に、ブレインの隣に座る。

 

「あお、おい。なんで隣に座るんだよ……」

 

 ブレインの隣に座る理由はあっても、隣に座らない理由はない。

 そこではたと気付く。私は彼に愛の告白をしていない。

 ありのままのあなたが大好きなのだと、伝えていない。

 

「うふふ……今日もいい男だねー」

「……は?」

「ありがとねー、ブレイン。助けてくれて。アインズさんとあんたに助けてもらえなかったら、あたしは今頃どうなってたのやら」

「……あんにゃろう……あにしやがったんだ」

「どしたのー?」

「何でもない……二人とも支度しろ。俺たちは魔導国の使者として外交に行くぞ。武装はしておけよ」

 

 言い終わった彼は、逃げるように部屋へ戻っていった。

 

 もう少し密着していたかったが、逃げられては仕方がない。

 

 私も着替えるために自室へ戻った。

 

 見慣れた黒い鎧に着替え……見慣れた?

 露出の多い冒険者タグの鎧、が……わ、たし、は……昔から黒い鎧を着ていた……?

 

 見慣れたはずの黒い鎧は、初めて見たように新鮮だった。

 

 ふと、同じアンデッド使役組織にいた知人の顔が浮かんで消え、次にブレインとアインズ・ウール・ゴウンの顔が浮かぶ。

 

『なぁ、平和なこの国で、血を見ない生活を送ったらどうだ?』

 

 求婚ともとれるブレインの呼びかけが、記憶の奥底から違和感と共に上がった。

 

 私の返事は決まっているが、愛の告白は省略されてしまった。

 

「んふふ……ブレインー……大好きだよー」

 

 誰にも聞えないように呟いた。

 

 

 

 

 守護者統括のアルベドをナザリックに帰還させ、進軍の準備を一任した。

 王宮に残ったアインズは、今回限りの特別冒険者チームの到着を待つ。

 

 訪れた不満たらたらのブレインと、彼に寄り添うクレマンティーヌ、好奇の目で二人を眺めるティラ、首を傾げるガゼフと蜥蜴人一行を前に指示を出そうと声を掛けた。

 指示の前に、クレマンティーヌを片腕にしがみ付かせたブレインの苦情が入る。

 

「アインズさんよう。よくもやってくれたな」

「うん?」

「クレマンティーヌに悪戯しただろ。誰だこの女。帝国であったこいつはもっと危なそうだったぜ」

 

 彼の想像通り、どうせ惚れたから持ち帰ったのだろうといらぬ勘繰りをしたアインズは、彼に殺された記憶を消去し、ブレインを愛していると書き換えていた。

 記憶改変の微調整は設定変更よりも難しく、大雑把に書き換えた記憶はしっかりと適用されていたものの、根源から歪んだ人格と愛情の微調整はできなかった。

 

 眉をひそめるブレインに、アルベドに求愛されて頭を抱えるかつての自分が重なる。

 

 記憶操作結果は一目瞭然で、クレマンティーヌは嬉しそうにブレインへ寄り添っていたが、肝心の彼は不満を頭蓋一杯に満たしていた。

 

「どうせ嫁にするつもりだったのだろう? 何の問題があるのだ」

「そうだったのー? ブレイーン、あたしの準備はいつでも」

「勘弁してくれよ……」

 

 記憶操作という名の設定改変をされた彼女に今さらどうしようもなく、怒られて引くような性格でもない彼女は、ブレインの腕にしがみ付いている手に力を込めた。

 

「アインズさまぁー、ブレインとの結婚を認めて下さぁい」

「好きにしろ。ガゼフ、準備はできたか」

 

 突然に話を振られたガゼフは、友人を放っておくべきか悩む。

 

「おい! 俺の話はまだ――」

「ねえん、ブレイーン。法国の追手が来たらちゃんと守ってねー?」

「俺が知るか!」

 

 奇妙な光景に、ガゼフは今日何度目かの冷や汗を流していた。

 

「ガゼフ、どうした?」

「ブレインはいいのか……?」

「仲睦まじくイチャイチャしているだけだろう。彼らの幸せでも願ってやれ。こちらに特に害はない。それより、それが本来の装備か?」

「う、うむ」

 

 王国時代から受け継いだ秘法に身を包むガゼフの武器を借り、物色するように眺めた。

 

「ユグドラシルに無かった武器だな……」

 

 ザリュースの凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)然り、珍しい一品に食指を刺激され、それ相応の装備品と交換できないかと考慮する。

 

「どうしたのだ?」

「いや、何でもない。ガゼフよ、今回の外交で上手くいけば、他の周辺国家にも魔導国として顔を出せる。我々が動かずとも何とかなる国家を作る第一歩だ。よろしく頼んだぞ」

「うむ、よくわからんが、重大な任務なのだな。王宮でくすぶっているよりはいい」

「何か目新しい発見が、特に財宝や武器、防具に関して何か得る情報があるかもしれん。なるべく多くの情報を集めて欲しい」

 

 闘争と聞いてやる気十分のゼンベルが、ザリュースに諫められながら近寄る。

 

「アインズ様よぅ、俺たちは戦争に行くのか?」

「ゼンベル、陛下に失礼だ。アインズ魔導王陛下と呼べ」

「構わんよ、ザリュース。それよりティラはどこだ?」

「ここに」

 

 アインズの影に潜んでいたティラが、黒い表層を揺らしながら出てくる。

 背後に忍び寄るのが癖になっているようだ。

 

「では、魔導国直轄の冒険者依頼に入ろう」

 

 少し離れた場所にいるブレインとクレマンティーヌは取り残され、他の面々に外交員としての指示を出した。

 

「組合には既に話を通してある。報酬は後で組合から受け取るといいだろう」

「つまり、我々はエルフ国に従属化を迫るのか? 気が進まんのだが……」

「ガゼフ、交渉内容は重要ではない。魔導国に対し、友好か敵対かの意思を確認したい。彼らの返答によっては、スレイン法国を滅ぼす必要がある。あるいは彼らを滅ぼし、法国とのカードに使用する可能性もある」

「弱え奴らを殺すのは気が乗らねえですぜ」

「ゼンベル、勘違いをするな。戦いはなるべく避けろ。彼らの意思を確認後、国を出て私に連絡を寄越せ。それが今回の依頼だ」

「畏まりました」

「ザリュース、これが終わったら休暇をやる。子供の顔も見ていないのだろう?」

「ありがとうございます」

「エルフは何人か攫ってもいい?」

「……あまり派手にやるなよ。同意の上なら勝手にしろ。現地で手に入れたお宝も、冒険者の醍醐味だろうからな」

「承知」

 

 離れた所でハートマークを立ち上らせる二人を見た。

 

「ヤトが来たら転移ゲートを……そうだ、クレマンティーヌ。以前に預かっていた武器を返そう」

 

 アイテムボックスに手を突っ込んだアインズは、取り出したスティレット二本を放り投げた。

 邪魔されて軽く睨むクレマンティーヌも、使い慣れた武器を見て歪んだ笑顔を浮かべた。

 

「あたしの武器……ありがとう。お礼に殺すときは優しくしてあげるからねー」

「う、うむ? ありがとう」

「うふふ、これでまた殺しが……殺し? 誰を?」

 

(どうも発言が妙だな……突貫工事で無理があったか)

 

「おい、お前いい加減に」

 

 ブレインの顔を見て、条件反射で愛情が浮かんだ。

 

「ねぇん、ブレイン、あたし可愛いでしょ?」

「……何がだ」

「洋梨で下の口は使い物にならないけどー、上の口ならご・ほ・う・し・できるよー? ねぇ……いいでしょう?」

 

 しなを作ってブレインの腕に胸を押し付け、恍惚とした表情で舌を出した。

 同じ剣士として立ち会ったブレインからすれば、見る影もない現在の姿こそ惨たらしい。

 

「クレマンティーヌ、このアイテムを持っていけ」

「あん?」

 

 彼女の足元に、獣の耳を模したアイテムが投げられる。

 

「周囲の情報を探るアイテムだ。周囲の気配を拾える。有効に使え」

 

 クレマンティーヌの頭部に大きな猫の耳に似たアイテムが装着され、彼女の歪んだ笑顔と共にぱたぱたと前後した。

 

「ねえ、ブレイン。似合うー?」

「ああ、そうだな、もう勝手にしてくれ」

「嬉しいなー。じゃあこのまま契りでも交わす? 奴隷でもいいよ? あ、そうだ! すっきりしてから出掛けよっか!?」

 

 「あーん」と口を開き、物欲しそうに出された舌から、涎が白い糸を引いて地に落ちた。

 

「それなりに汚されてるけどさ、経験は一通りあるよ? 子供できないだろうから妻ってのはちょっと違うけど、奴隷ならいいでしょう?」

 

 欲情している彼女に辟易したブレインが、アインズに詰め寄る。

 

「はぁ……なんなんだ、こいつは。アインズさんよ、元に戻してくれよ」

「悪いが難しい。これ以上に記憶を弄ると、自我が崩壊する可能性もあった。人格を呼び戻すには代わりに縋るものが必要だったのだ」

「……ようよう、アインズさんよぅ。人格を呼び戻すって、いくらなんでもこれは酷いんじゃねえかい」

 

 不敵に笑ういつものブレインはおらず、不機嫌に眉をひそめ、頬を赤らめる彼女を指さした。

 

「……知らん」

 

 性の奴隷を志願する彼女に、支配者の顔はそっぽを向く。

 どうしたものかとブレインが頭を悩ませる中庭に、新たな勢力の明るい声が届けられる。

 

「おっまたっせしっましったー。遅くなってすんません」

 

 底抜けに明るいヤトと、気分が海底に沈んだラキュース、構って欲しいレイナースが現れ、ようやく行動開始となるはずだったが、まだ納得していないラキュースによって時間が延長されていく。

 

 予定の時刻は既に回っていた。

 

 カイレの死体を担いだエイトエッジ・アサシンが、所在なさげに背後を徘徊していた。

 

 アインズの姿を見つけたラキュースは薔薇のような明るさを取り戻し、国王へ直談判する計略を講じる。

 

「アインズ様! 私も蛇の妻として、ナザリックの皆様と同行を――」

「必要ない。直属の部下だけで間に合っている。ラキュースは我々が不在にする魔導国の――」

「どうしてですかっ! 最初の名乗りだけでもお願いします!」

 

 翡翠を思わせる大きめの両眼に、輝く銀河を宿していた。

 眩い彼女の視線を避けて友人を眺めると、困った彼は黒い頭髪を掻き乱していた。

 

「……ヤト。これはどうしたことだ」

「いやちょっと、中二病が」

「あぁ、そうだったな……ふむ。ラキュース、この遠視ができる鏡を使え。冒険者の監視用に一つ、もう一つは我らの進軍を観賞するといい」

「あ、でも、妻としては同行しないと」

「私の言う事が、聞けないのか。ラキュース・アルべイン・アインドラ」

「あ、あうぅ……」

 

 悠然としたアインズの威厳に刺され、ラキュースはそれ以上の進言を止めた。

 しょげる妻を慰めるどころか、当該伴侶は舌を出している。

 

 片眉をピクッと反応させて夫を睨んだ。

 

「ヤト……帰ってきたら覚えてなさい」

「ふん、どうせベッド上じゃ受け身だろ。胸のでかさでレイナに負けてるぞ」

「食い千切ってやる……」

「レイナ、フォローは任せた」

「いつも二人だけで遊んでずるい……」

「ありゃぁ……」

 

 いつものように素直な怒りを露わにせず、影のある微笑みを向けた。

 影の差すラキュースの笑みと、愛情不足を嘆くレイナースに、帰宅後の逃げ場はなさそうだった。

 

「ラキュース、留守は任せたぞ。帝国の件もある。不測の事態は連絡を寄越せ。エイトエッジ・アサシンを一体、執務室へ潜ませてある。彼を呼べば私に連絡をしてくれるだろう」

「……わかりました」

「そんなに怒るなよ、ラキ。ごめんって、胸がレイナより小さくても好きだよ」

「……ありがとう、でも噛みつくからね」

「うへぁ」

 

 馬鹿が増えた中庭に、戦地へ赴く緊張の糸は切断された。

 アインズはどうにも締まらない状況にため息を吐き、出ていった吐息と共に紛失したアイテムを思い出す。

 

「思い出した。お前、執務室にあった猿の手、あれどうした? まさか使用していないだろうな?」

「えぇ? い、いやぁ……知りませんよ。ナザリックに持ち帰ったんじゃありませんか?」

「そうだったかな……念のため忠告しておくが、あれを使うと運命が捻じ曲がる。”決して幸せな未来は訪れない”からな?」

「は、はあい……いや、だから知りませんって」

 

 蛇の癖に蝦蟇の脂を浮き上がらせる友人を、疑惑を込めた眼差しで見つめた。

 

「……まぁいい、後で探そう。みな、悪いが時間がない。転移ゲートを開くから、出発してくれ」

 

 背後に浮いていた金色の杖はアインズの手中に収まり、ステータスを上昇させた。

 そのままエルフ国近郊へ直通する転移ゲートが開かれる。

 久しぶりに見たギルド武器に、ヤトが興味を示した。

 

「それより、それは」

「ああ、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだ。私も少々本気になったということだ」

 

 発せられる魔力に見た者を怖気が走った。

 

「さあ、出発だ。みな、気を付けて行くがいい」

 

 冒険者兼外交特派員として旅に出る彼らを見送る。

 

「ではゴウン殿、行ってくる」

「久しぶりに血が騒ぐぜ!」

「ゼンベル……戦いに行くわけではない」

「ようよう、アインズさんよう、覚えてろよ」

「ブレイーン、行ってきますのちゅーしようよー。この耳の効果なのか、ブレインの気持ちが伝わって――」

 

 まるで統率の取れていないパーティ構成に、このところ活躍の薄いティラは、出発せずにアインズを見ていた。

 

「……馬鹿ばっかり」

 

 心底つまらなそうな顔だった。

 

「ティラ、何かあれば私に連絡を頼む。お前の影にはシャドウ・デーモンを潜ませた。火急の要件は彼を使えば容易いだろう。ラキュースも執務室で監視をしている」

「報酬は一夜の火遊びでいい」

「前向きに検討する」

 

 断られる前提だったが、意外にも支配者は彼女の求愛を受け取った。

 普段は感情を表に出さない彼女も、少しだけ期待したように、きつくて細い目をいつもより開く。

 

「ふーん……わかった」

「気をつけてな」

 

 全員が吸い込まれたのを確認したアインズは、新たな転移ゲートを開いて蛇の化身を促す。

 

「さて、我々も行くぞ。あちらは待ちくたびれているだろう」

「ラキュース、留守は任せたからな。ところで戦略は?」

「そんなものはない。あちらの出方次第だ」

「あ、そういえば攻勢防壁はどうなんですかね」

「大丈夫だ、こちらの意思で切れる。それより現地に着いたら軽々しい発言は――」

 

 ラキュースの返事を聞く前に、戦地に赴くと思えない気楽な二人は転移ゲートへ吸い込まれた。

 

 先ほどから微動だにしていないラキュースを心配し、レイナースが不安そうに顔を覗き込む。

 

 目尻に水滴が溜まっていた。

 

「……グスッ」

「泣くほどの事なのだろうか……」

 

 中二病という難病への理解は遠かった。

 

 

 その後、執務室に積まれた書類を放置し、二人は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の操作に没頭する。

 エイトエッジ・アサシンの協力もあり、支配者が転移してからそう時間が経たずに映像を入手できた。

 

「音……出ないじゃない……」

「ラキュース、元気出して。ほら、アインズ様の演説が始まる」

「どうせ聞こえないでしょう……」

 

 不満たらたらのラキュースは、ブレイン一行のパーティ監視に手を付けるまで余計な時間を要した。

 

 スレイン法国の政略、その第一歩である示威行為を、悲しみながらも目を開いて眺めた。

 

 

 

 

 スレイン法国神都郊外の平野。

 集められた異形の僕たちは、久々に会った同胞、友人、上官、初対面の相手へ、浮かれ気分で談笑をしていた。

 

 青銅と漆黒の蟲人は、旧知の友人との再会を素直に喜んでいた。

 

「我ガ盟友ヨ、久シイナ」

「コキュートス殿、久しぶりでございますな。何しろ黒棺(ブラックカプセル)から出ることが久しいもので。息災でしたか?」

「ウム、コノ通リダ。今日ハ部下ヲ連レテイナイヨウダガ?」

「はい。広がると収拾がつかないという事で、眷属はナザリックにて待機し、我輩の召還を待っております。眷属食いもあちらにいますので、数を減らさずに済みますな」

 

 四本ある前脚の右上が差し出した方向では、セバスとプレアデスたちが談笑をしていた。

 

「ユリ、どうかしましたか?」

「あ、いえ、おーちゃ……オーレオールも来れれば良かったのに、と」

「ユル姉、それは無理っすよ。おーちゃんはナザリックの通信系統を――」

「ルプー、ユルじゃなくてユリ姉」

「わざとよ、ナーベラル。突っ込んじゃだめよ」

「それにしても、あの二人は相変わらず喧嘩をしているのですね」

 

 セバスが顔を向けた方角にて、闘牛よろしく頭をぶつけ合わせたエントマとシズが、至近距離で火花を散らしていた。

 

「お久しぶりぃ、永遠の妹さぁん」

「………そっちが、果てしない妹」

 

 喧嘩する二人から少し離れた場所で、同様に小さな階層守護者たちが楽しそうに喧嘩をしている。

 

「マーレも大変でありんす。頭の悪い姉を持って」

「あ、あの、お姉ちゃんは馬鹿じゃな――」

「あんたの頭の悪さには負けるよ! 何よ、そのお胸は。いつも以上に盛り上がってんじゃないの? 作り物だってわかる胸じゃ、ペロロンチーノ様に可愛がってもらえないよ?」

「ムキー! 吐いた唾は飲めんぞー!」

「や、やめてよぉ、喧嘩しないでよぅ」

「アンデッドも大変よねー! あたしなんか、まだ子供だけど、大きくなったらアインズ様も見惚れるくらいの、美人でスタイルのいい女になるんだから!」

 

 配下の魔獣は、困惑しつつ互いの鼻を突き合わせて会話をし、意見交換の結果「どうしようもねえ」という結果に落ち着いた。

 アウラ配下である魔獣の体調を観察していたパンドラは、デミウルゴスの隣で大袈裟に叫ぶ。

 

「おぉ、嘆かわしい! アインズ様によって創造された息子である私に、配下の将が一人もいないとは!」

「そうか、パンドラには配下がいないのだね。魔将クラスは難しいが、悪魔を何体か回そうか? 私の配下は沢山いるからね。特に人体構造については著しい成長が――」

 

 階層守護者の配下である雪女郎、蟲人、悪魔は、輪になってニューロニストの化粧をチェックさせられている。

 

「あぁ、アインズ様はまだかしらぁ。ねえん、御化粧の乗りはどうかしらん、トーチャー」

「ニューロニスト様……とっ、トクに問題はないかと」

「は、はい。今日もお美しい? ですわ!」

「うっふん、ありがとうねん、雪女郎。あなたも綺麗よん」

「化粧スル意味ガアルノダロウカ」

「私ニ聞クナ……」

「いやはや、あちらとは違い今日もお美しいですね、嫉妬の魔将」

「気安く話しかけるな、裏切り者」

「く、食っちまうか、このペンギン」

「こ、怖いでござるよ! 殿ー! 早く来ないと(それがし)も食べられちゃうでござるよー!」

 

 大よそ敵国への示威行為とは思えぬ緩んだ雰囲気だったが、久しぶりに呼び出されたヴィクティムは生贄の必要が出たのかと心配そうにペストーニャへ問う。

 

「わ た し ま で よ ば れ る と は そ れ ほ ど の じ た い な の で す か? ペ ス ど の」

「わかりません。ヴィクティム様の言葉もよくわかりません……。ところで、アルベド様。以前に増して力が溢れているようですが、何かございましたか……わん」

「そう? たくさん食べたからかしら?」

「?」

「わん?」

「うふふ、気にしないで」

「み な さ ま た の し そ う で す ね」

「久しぶりにお会いした方が多く、お祭り気分になるのも仕方ありません………わん」

「皆、静かにしなさい。浮かれる気持ちもわかるけど、至高の御方々もそろそろお越しになるわ」

 

 ヴィクティムを両手に抱え、皆を諫めるアルベドの声と同時に、転移ゲートからアインズとヤトが現れる。

 待ちわびた支配者の降臨に全員が高熱の視線を吹き出し、噴き上がった紅炎(プロミネンス)に焼かれた両者は固まった。

 

 黒いスーツ風の衣装に身を包んだヤトと、白いタキシードのアインズは、二柱の支配者として相反する色彩で呟く。

 

「……こいつは……すごい」

「うむ、いい眺めだろう? 皆が作ったナザリックの軍隊は」

 

 アインズの動揺は沈静化もないのに消えていた。

 

 アルベドが前に進み出る。

 

「お待ち申し上げておりました、アインズ様、ヤトノカミ様。では皆、至高の御方々へ報告を」

 

 素早く移動して隊列を整え、守護者級の者は先頭に並んだ。

 

 端に立っていたシャルティアが一歩前に出る。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン、並びに配下のヴァンパイア、僕一同、御前に」

「第二階層、黒棺(ブラックカプセル)領域守護者、恐怖公、御前に。配下はいつでも召喚が可能でございます」

 

 同じ階層にも関わらず、両者の距離は広かった。

 

 全長30mを越す巨人、ガルガンチュアは遥か後方で待機しており、代わりにアルベドが名乗りを上げる。

 

「第四階層守護者、ガルガンチュア、後方にて待機を。第八階層守護者、ヴィクティムはこちらに」

「お あ い で き て こ う え い で す」

 

 流れでアルベドに抱えられたヴィクティムが答えた。

 次に一歩前に出たのはコキュートスだ。

 

「第五階層守護者、コキュートス、並ビニ配下ノ蟲人(アラクノイド)、雪女郎、御前ニ」

 

 彼の名乗りが終わるのを待ち、二人のダークエルフが前に出る。

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ、並びに100の魔獣」

「お、同じく第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ」

 

『御前に』

 

 双子は声を揃えて胸に手を当てた。

 デミウルゴスが尻尾を立て左右に揺らし、優雅に踏み出す。

 

「第七階層守護者、デミウルゴス、並びに配下の魔将と悪魔兵団、御前に」

 

 彼の隣にパンドラも続く。

 

「宝物殿領域守護者、パンドラズ・アクター! 至高のぅ御方々の役に立つべく、馳せ参じました!」

 

 騒がしい彼を最後に守護者の名乗りは終わる。

 ヴィクティムを横へ下ろし、アルベドが姿勢正しく進み出た。

 

「守護者統括、アルベド、並びに双角獣(バイコーン)、御前に」

 

 統括長の彼女は、最後に集結終了の報告を行う。

 

「一般メイド、ナザリックにて内務に従事する(しもべ)、外出不可能な配下を除き、プレアデス、各階層及び領域守護者、並びに(しもべ)の総員集結を申し奉る。我ら(しもべ)一同、鋼鉄の意思で命を捧げる所存。ご命令を、我らの主神、アインズ・ウール・ゴウン様」

 

 皆が一斉に跪き、アインズの命令を待った。

 

 隣で腕を組み、顔を歪めているヤトは、上機嫌で壮観たる光景を眺めた。

 精神の沈静化無き栄光ある主神は、熱気を帯びた状況に当てられ、絶望の黒い波動を立ち上らせた。

 

「面を上げよ」

 

 全員が静かに顔をあげ、アインズに視線を集約する。

 

「素晴らしい! 素晴らしいぞ、我が同胞が作り上げた可愛い僕たちよ! 諸君らがいれば我が栄光は揺るがぬものとなるであろう。アルベド、スレイン法国の大神殿へ使者を飛ばせ。数刻以内に国家会談の準備をさせろ。刃向えば全軍進撃、侵略を開始する」

「畏まりました、アインズ様」

 

 異形の軍勢後方より、宙を泳ぐ骨の魚に騎乗した黒騎士が、法国へ向かって飛び去った。

 

「マーレ、天候操作の魔法を発動させろ。示威行為の魔法だとわかるように、法国全体に冷たい風を浴びせてやれ」

「はいっ!」

「アウラ、大神殿の監視を頼む。使者が法国を無事に出るか知らせろ」

「はい!」

「恐怖公、使者へ危害を加えるようであれば、眷属を可能な限り全て召喚させろ。彼の国を食らい尽くせ」

「仰せのままに、アインズ様」

「誰か、ガルガンチュアに投石用の巨岩を持たせろ。進軍の際、露払いは彼に一任する」

「はっ、すぐに準備を致します」

 

 セバスがプレアデスを引き連れ、巨人へと向かった。

 

「ペストーニャ、エイトエッジ・アサシンが担いでいる老人を蘇生させろ」

「畏まりました…………わん」

 

 仕事を命じられたもの以外はそのまま跪き、場には沈黙が支配した。

 微動だにしないアインズとは違い、ヤトが居心地の悪さに体をもぞもぞと動かし始めた頃、アウラの報告が入る。

 

「アインズ様、使者は無事に法国を出たようです」

「ありがとう、アウラ。改めて全員整列しろ」

 

(アインズさん、どうしたんだろう。アンデッドじゃないのに魔王に戻ったのか)

 

 アインズの姿は一人の人間であったが、威風堂々とした振る舞いを目の当たりにしたヤトは、彼が人間に見えなくなる。

 

 紛れもなくそこには神がいた。

 ナザリック地下大墳墓を支配する死の支配者(オーバーロード)、全てを支配するに相応しき大君主(overlord)が立っていた。

 

 ヤトは友人の姿に柄にもなく見惚れる。

 

「皆、聞け。ユグドラシルから転移した六大神の子孫がいる国家、スレイン法国を攻略する時がきた。財宝を全て奪い、彼らは魔導国に吸収し、人間としてナザリック地下大墳墓の維持に貢献させる」

 

 一呼吸空け、声量を上げて続けた。

 

「彼らが敵対を選ぶのなら進軍し、蹂躙を開始する。神の血を引く人間とやらに、我らの武を見せつけよ! 己が縋る武力が消えかけた蝋燭だと、死を持って伝達しろ!」

 

 アインズは片手を突き出し、熱を帯び始めた彼らを一段と煽る。

 

「立ち上がれ、栄光あるナザリック地下大墳墓の戦士たちよ! 神はここにいる! 私こそがナザリック地下大墳墓を支配する唯一神だ! 彼奴等の崇める神など恐れるに足りぬ。これは奴らの信仰を砕く聖戦である」

 

 金色に光るスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを地へ突き立て、周囲を軽い衝撃波が襲った。

 

 黒い(オーラ)と黄金の風は皆の士気を高め、敵への殺意を呼び、鮮やかな色彩を持つ各々の波動が天へと上り、天地(あめつち)の間に虹が立つ。

 

「謳え! 我が栄光を! 称えよ! 我が名を! アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説にせよ!」

 

『うおおおおおおおおおお!』

 

 不死者(アンデッド)、魔獣、悪魔、妖精、蟲人、妖怪、種族の如何を問わず、全員が敬愛する神に答え、力の解放と共に咆哮をあげた。

 

 信じる神の鼓舞により場の熱は最高潮を迎え、力を解放した一部の僕は真の姿を取り戻す。

 姿の変わらぬ者は武装して力を高めた。

 どちらも必要ない者は強化スキルを最大限に発動する。

 それも必要ない者は、君主の仇敵への殺意で身を引き締める。

 

 可能な限りに力を高め、心酔する主君へ答えた。

 

 黙示録に記された最終決戦(ラグナロク)の如く、異形の軍勢が上げた咆哮はスレイン法国全体に轟く。

 

 

 

 大神殿の最上階、頭髪が白と黒に割れた乙女は、耳に届いた怪物たちの叫びに、口を左右一杯に裂いた。

 

「はぁぁぁ………」

 

 期待に胸が高鳴り、欲情を思わせる熱い吐息が漏れた。

 

「来い」

 

 

 

 

 彼らはまだ知らない。

 

 肝であると思われたスレイン法国攻略が、取るに足らない余興であったと。

 

 喇叭(ラッパ)を与えられた神の御遣いは、別国家の天空を飛び回っていた。

 

 

 

 


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