モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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第一次幕間劇

 

 リ・エスティーゼ王国、王都の北に位置する王宮に帰還したガゼフ・ストロノーフは、玉座の間にてカルネ村の一件を報告した。王の御前(ごぜん)に跪いて報告をする一行を、両側に立ち並ぶ傲慢な貴族は冷笑を以て相槌とした。

 

 現国王、ランポッサ三世を玉座から引きずり下ろし、政権交代を狙う腐敗貴族の前でカルネ村の一件をありのまま報告はできない。彼らは両手放しに喜んだだろう。権力を交代する一つの手段を得たと。

 

 ガゼフが気を回し、分厚いオブラートに包んだ報告内容は、領内の農村へ攻撃を仕掛けたスレイン法国の特殊部隊を、異国の魔法詠唱者一行が善意で撃退したという内容であった。

 

 それさえも何らかの材料に使えないかと、ひそひそと囁き合う貴族を無視し、国王のランポッサ三世は威厳を失わない穏やかな声で尋ねた。

 

「彼らは何者だ」

「転移魔法の実験の最中、実験失敗という不慮の事故によって、この大陸に住居まとめて転移をしてきたそうです」

 

 国王並びにガゼフに対して害意がある貴族は、無難な報告内容にも拘らず、聞こえる陰口を叩いた。

 

「スレイン法国の茶番だったのではないのか?」

「本当にそのような魔法詠唱者がいるのか?」

「許可なく王国領に転移してくるとはなんたる無礼な。出頭を命じるべきだ」

 

 それでも、騒いでいる貴族はまだよかった。騒いでいない貴族は、国王のランポッサ三世を王位から引きずりおろそうと、件の魔法詠唱者が利用できないかと皮算用を始めている。

 

(情けない……彼らには見せたくない光景だな)

 

 アインズに忠誠を尽くしていた部下を思い出し、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい貴族の態度に、歯を食いしばって堪えた。

 

 ひとしきり報告を終えたガゼフは、不穏な玉座の間を後にした。

 

 後日、王であるランポッサ三世と二人だけで密な相談を行い、改めて密命を受けた。詳細こそ話していないものの、自国領内の村を救ってくれた彼らに対し、国王は感謝の証明として私財を投じ、王都を訪問の際は手厚くもてなすようにガゼフへ命令を下した。

 

「酒が好きなのだな。王都で手に入る限りの良い酒を渡してくれ。決して私からだと言うでないぞ?」

「畏まりました、国王陛下」

「しかし……帝国が羨ましいものだ」

「陛下、彼らの人徳を鑑みれば、必ずや我らの力になってくれるでしょう」

「本来であれば、彼らと一席設けたいのだが、この情勢でそうはいかん。いつか、領内の村、そして私の最も忠実なる側近を救ってくれて、感謝していると伝えたいものだ」

 

 ガゼフが忠義を尽くす主君は予想した通りの人物であったと、安心して王の私室を後にした。

 

 

 

 

 翌日、ガゼフはクライムと呼ばれた少年と、王宮の中庭で剣の稽古を行っていた。幾度となく打たれ、攻撃を躱されながら、若き騎士は諦めずに必死で斬りかかった。重たい忠誠を主君に捧げている若き剣士に苦手意識があったが、自らが超えられない壁を目の当たりにしたガゼフは、同じ平民出身である彼の気持ちに共感(シンパシー)を覚えていた。

 

 ガゼフはヤトと立ち合った自分とクライムを重ねた。クライム相手にガゼフは息も乱さない。それが互いの力量の差だが、それでも汗くらいはかく。ヤトとガゼフの力の差は、それを遥かに超えていた。事実、ヤトはガゼフの全力に汗一滴でさえ流してくれなかったのだ。

 

 第三王女の専属護衛であるクライムは、稽古が終わる頃には虫の息だ。呼吸が落ち着くのを待って立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございました。ガゼフ・ストロノーフ様」

「クライム、私は明日も空いている。機会が合えば付き合おう」

 

 気を利かせたメイドが汗を拭く布巾を持ってくる。滝のような汗を拭き、クライムは耳にした噂へと話題を移す。

 

「本当なのですか? ストロノーフ様が敗れたというのは」

「ああ、部下の手前、私が勝ったことで終わらせてくれたが、彼が本気で戦っていたら何分持ちこたえられるか分からない」

 

 彼らが人間でない事実は伏せた。

 

「想像ができません。何者なのでしょうか」

「転移魔法の失敗で、こちらに飛ばされた魔法詠唱者の一行だと聞いている。その魔法詠唱者の召喚した生物も、下手をすると私より強いかもしれん」

「そんな……彼らが王国に牙を剥いたら、この国は」

「心配はいらない。彼らの仁徳を考えれば、こちらが余計な刺激をしない限り、彼らから襲ってくることはない。なんの見返りもなく、襲われている村を通りすがりで助けるのだからな」

 

 クライムからすれば、ガゼフこそが手が届かない相手だというのに、そのガゼフを子ども扱いするような猛者が、世界のどこかに存在している。その事実は、火照った少年の顔色を変えた。血流の良い顔に当たる風が、どことなく冷気を帯びたようだった。

 

「人間……なのでしょうか」

「どうだろうな。少なくとも、見た目は私と同じく南方の血が入っているようだ。頭髪の黒さや顔の白さをみると、私より血が濃いだろうな」

「南方……あちら出身の方は強いのでしょうか」

 

 リ・エスティーゼ王国では魔法詠唱者の地位が低い。スレイン法国の特殊部隊、六色聖典の一つを消滅させた魔法詠唱者とは言え、王国内の貴族は余りあるほどに侮っていた。

 

 所詮は貴族の地位がない魔法詠唱者など、王国の貴族らからすれば野良犬と変わりない。

 

 一撃で国を滅亡させてしまう魔法など、誰も見聞きしたことはないのだ。

 

 

 

 

 翌日もクライムとガゼフは中庭で汗水を流し、足元の芝生は人間臭い水滴で濡らされ、実に迷惑そうだ。同時刻、王宮上層のとある貴賓室では、見目麗しい二人の乙女が互いの懇親を深めていた。

 

 鈴の転がるような美しい声が貴賓室へ流れていた。

 

「でね、その方々は戦士長様より強いんですって」

「信じられない……王国最強の戦士長を破るなんて」

 

 第三王女のラナーと、冒険者チーム“蒼の薔薇”リーダーであるラキュースは、前日にクライムから聞いた噂話を茶菓子代わりに、湯気の立ち上る紅茶を飲んでいた。

 

「あなたはどうなの? 戦士長様に勝てる?」

「勘弁してよ、ラナー。お互いに無事では済まないわ」

 

 話題を振られたラキュースはティーカップを口に当てた。王国の秘法を装備したガゼフに勝てる見込みは薄かったが、素直に認めるほど殊勝ではない。

 

「勝てないとは言わないのね。相変わらず素直じゃないんだから」

 

 ラナーは口に手を当て、クスクスとおしとやかに笑った。ラキュースから見ても彼女はこのような仕草がよく似合い、二つ名の“黄金”を思い起こさせた。

 

 自分のくるくると巻かれるくせ毛とは違い、彼女の金髪は流れるようなサラサラの長髪だ。髪型に関しての懸想が消え、次にそこから浮かび上がったのは犯罪組織に対する対応だ。ラナー王女も同じことを考えたのか、真面目な表情でラキュースに問う。

 

「彼らに協力を乞えないかしら?」

「お礼はどうするの? そんな方々が金貨や宝石、名声で協力するかしら」

「それもそうね。ではこうしましょう。彼らの欲しい物を調べてちょうだい」

「接触できそうにないけど……今頃どこにいるのかしら」

「貴族たちはあまり本腰を入れていないけれど。戦士長様が王都に招いたようだから、案外と近くにいるかもしれないわよ」

「それこそ考えにくいと思うけど。わざわざ王都に来る理由が思いつかないわよ」

 

 彼らがプレイヤーで、しかもその片割れが遊び半分に王都に滞在しているなど知る由もない。二人が話しているこの日、ヤトとセバスは王都を訪れていた。接点のない現状でその事実を嗅ぎ取る手段はない。

 

(仁徳の御仁という事だったけど、事情を話せば協力してくれるかしら。八本指もそろそろ本腰を入れないと……叔父さんに聞いてみようかな)

 

 ラキュースは南方から来たという、彼らのことを考えた。

 

 未知の存在に少しだけ胸が高鳴った。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の執務室から、室外にまで響き渡る大きな声が聞こえた。

 

「なぁりません!」

 

 入口付近で待機していた一般メイドが、ビクッと体を震わせる。ヤトは自室で出かける準備をしており、室内にはアルベドとアインズ、待機するメイドしかいない。

 

「だめです! そのような真似、お許しするわけにはいきません!」

 

 耳をつんざく大声に、机に腰かけて手を組むアインズは頭を抱えたくなった。

 

「アインズ様は至高の御方々の頂点であり、我らの上に君臨する貴き御方。そして私の愛しき方です。護衛がナーベラル・ガンマ一人など、見過ごせません! もしも……もしも御身に何かあった場合、私達はどうすればいいのでしょう。ナザリックに存在する者たちは、絶望のあまり全て自害してしまいます」

 

 言われなくてもそれは理解していた。しかし、それ以上に世界全体のレベルも理解していた。王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフのレベルが30そこそこで、異世界の強さもたかが知れている。身分を隠して行動するのに、何らかの失態を打つとも思えなかった。

 

「アルベド。私が人間相手に不覚を取るとでも思うのか?」

「いいえ! アインズ様は下等な人間相手になど傷1つ負うことは無いでしょう。ですが、万が一という事もございます。防衛に特化した私をお連れ下さいませ!」

 

(あぁ、そうかこれが言いたかったのか……)

 

 アインズはやっとアルベドの真意に気が付いた。早い話、自分がついて行きたかっただけである。

 

「失礼します、アインズ様。法国の装備品と彼らから搾取した情報を……」

 

 荷物と書類を持ち込んだデミウルゴスが、騒々しいアルベドを見てため息を零す。ニヒルな笑みでメガネを正し、アルベドに何か耳打ちをする。

 

 良妻に相応しき振る舞いについて、悪の策士(デミウルゴス)から耳打ちで意見を貰った彼女は、金色に輝く瞳を限界まで見開き、何かを思案していた。間もなく瞳は閉じ、咳払いで仕切り直した。

 

「えへん……取り乱してしまい申し訳ありません。ナザリックには頻繁にご帰還頂きますよう、御進言致します」

「う、うむ? 心配するな。ヤトノカミとセバスが王都で集めてきた情報精査もある。不在時に内務も溜まるだろう。小まめに戻るように心がけよう」

 

 支配者として受け答えをする骸骨は、デミウルゴスの耳打ち内容を気にしていた。

 

 

 

 

 前日、小耳に挟んだメイドの噂が切っ掛けで、ヤトはアインズの説教を受ける。几帳面で真面目なA型気質のアインズと、マイペースで思慮浅いB型気質のヤトの相性は、仕事面において良くなかった。これから長い異形種としての生を全うするにあたり、付き合い方を考えるべきかと愚痴交じりのため息を零した。

 

 長い説教から解放されたが、ヤトに精神疲労が溜まっていた。

 

 気分転換に王都へ滞在する準備をするもすぐに飽きてしまい、現在は御付きメイドのエントマと世間話に興じていた。

 

「エントマ、おまえは普段、何を食べているんだ?」

「はいぃ、私はグリーンビスケットとぉ、おやつに恐怖公の眷属を食べているのですぅ」

「恐怖公の眷属……」

 

 人間を辞めても黒光りするそれは苦手だった。

 

「グリーンビスケットって美味しいのか?」

「人のような味がしますわ」

「人、か。一番好きなものはやはり人か?」

「本当は二日に1回くらい、筋肉質の男が食べたいのですぅ。ダイエットに最適ですわぁ」

「エントマも女の子なんだな。今度いいのが手に入ったら分けてくれないか? 試しに食べてみたい」

「はいー。喜んで差し上げますぅ」

「全部はいらないよ。口に合わなかったら困るし」

「そうでしたぁ。ではぁ、活きのいいのが手に入りましたらご連絡しますわ。楽しみですぅ」

 

 「うふふっ」と目だけで嬉しそうに笑った。口は動かないが、目は感情を表せるらしかった。

 

「たまには人間も食べたいですわぁ」

「うーん……今のところ予定がないなぁ」

「御二方ともお優しいのですぅ。無益な殺生はなさらないのですかぁ?」

「有益な殺生はするさ。所詮、他人はゲームのモブキャラだからな」

「もぶきゃら?」

「何でもない。はー、王都かぁ……楽しいイベントがあればいいけどな」

「いべんと?」

「……気にするな」

 

 ゲーム用語を知らないエントマとの会話は頻繁に滞った。

 

 

 

 

 アインズ及びナザリックに自発的な忠誠を誓うカルネ村の住民にとって、2体のデスナイトは守護神というべき存在である。自らの命を犠牲にしてアンデッドとなった彼らは、この村に貢献する尊い仲間だ。

 

 時たま訪れる旅人や冒険者は、デスナイトを見て脱兎のごとく逃げていくが、農業に勤しむ村人からは気にされていない。彼らの恐怖も日常ではよくある風景となった。

 

 この日もいつも通りの朝が訪れ、早朝から活動を再開する村民の姿が見受けられた。全ての村人達は、朝起きると彼らに挨拶をするのが習慣となっている。

 

「おはよう!」

「グオオオォォォ」

 

 武器と大盾を持って佇む二体は、村人からの指示が無いと自発的に何もしなかったが、挨拶をすれば雄叫びを返してくれた。

 

「今日も城壁建築に取り掛かかりましょう。資材を運んできて」

「あなたは畑よ。耕すから手伝ってね」

 

 二体は細部に至るまで酷似しており、誰にも見分けがつかなかった。どちらが村長なのか見分けがつかず、そのうち誰も考えなくなった。面白くないのは子供達だ。

 

「ちぇ、大人ばっかり独占してさ。僕だって遊んで欲しいのに」

「大丈夫だよ。手が空いたら遊んでくれるから待ちましょ?」

 

 子供達は体力が振り切っている。無尽蔵に遊んでくれる相手が、大人の野良作業に取られてしまって不満だった。傍から見ると、デスナイトと追いかけっこをしている様子など地獄絵図だが、カルネ村では日常のほのぼのとした風景だ。

 

 平和なカルネ村近郊とは違い、北にあるトブの大森林では、ゴブリン一族が他の種族に怯えながらも慎ましく暮らしている。カルネ村にデスナイトが出現して森の開拓が進んだことにより、森林内の勢力図は少しずつだが確実に乱れていた。

 

 王都では、どのような行為も許容される下劣な娼館でツアレニーニャ・ベイロンという女性が、小金持ちの下劣な欲望を満たすため、血を流しながら職務に従事している。彼女はいまだ地獄の中にいる。

 

 各々は日々の糧を必死に得ながら、表舞台に上がるのを待っている。

 

 渦潮のように周囲を巻き込み、運命は歯車を組み込んでいった。

 

 

 




蒼薔薇遭遇率→1d%→成功
クライムとセバスの遭遇1d%→成功
ラキュースとの遭遇率1d%→失敗

八本指に情報回→1d6で1or2 →6
帝国にカルネ村の情報回る→回らない

漆黒の剣の死期が、刻一刻と近づいています。

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