モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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蛇の重婚否決声明

ナザリック自慢が終わったアインズ(チョロイ)魔導王は、やる事のないアルシェ一行にカルネAOG()へ出向して薬草採取の手伝いを依頼し、執務室での内政を始める。

机に腰かけるアインズの両脇にアルベドとパンドラが佇み、八本指所有の鉱山から大量の資源を持ち帰ったデミウルゴスの報告を共に受けていた。

ナザリックの忠臣は跪いて顔を上げ、鉱山に関する報告を続けた。

 

「そうか。七色鉱などのアダマンタイトより上位鉱石は、存在しない可能性が高いようだな。」

「金やオパール、アメジスト、ルビーなどの原石は採掘できました。アイテムとしてではなく装飾品としての価値しかございませんが、こちらは如何いたしましょう。」

「そうだな……三割程度を市場に流通させ、残りはパンドラと共にエクスチェンジボックスで両替を行ってくれ。加工前と加工後で価値が変化するかも確認せよ」

「アインズ様に捧げる宝石箱が、この程度のちっぽけなものになってしまい、不甲斐ない私をお許しください。」

 

デミウルゴスは口角を下げ、申し訳なさそうに首を垂れた。

 

「よいのだ、デミウルゴス。お前の働きには満足している。これからもナザリックのために忠義を尽くすがいい。」

「勿体なきお言葉、光栄に存じます。」

「パンドラよ、一度ナザリックへ帰還し、デミウルゴスと宝石の両替を行なえ。」

 

呼ばれたパンドラが一歩前に出た。

 

「畏まりました、アインズ様。その間の法国対策は如何なさいますか。」

「ヤトが戻り次第、私は帝国へ行き同盟を取り付ける。それまで動くことは許さん。」

 

黒歴史は懐から羊皮紙を取り出し、机に広げた。

 

「こちらの書類をお受け取り下さい。新たにヴァルキューレ作戦(オペラツィオーン・ヴァルキューレ)を加筆した法国攻略戦の草案が」

「ほう、ついにスレイン法国を攻略する段階となりましたか。パンドラ、私にも教えてくれないかな。法国産の羊皮紙を大量に得られれば嬉しいのだがね。」

「デミウルゴス、私達は彼らの持つアイテムを献上する事が目的よ。彼らの戦力などたかが知れているでしょうけど、激戦で貴重なアイテムに傷をつけるのは避けましょう。」

「大きく波風を立てない、ヴァルキューレ作戦(オペラツィオーン・ヴァルキューレ)を」

「この黒猫作戦は良さそうな策じゃないか。」

「この世界の人間を利用する事も必要よ。策の立案及び陣頭指揮は、守護者統括の私が」

 

参謀として地位を与えられた三名は、各々がそれぞれの思惑を持って策を考え始める。

法国を滅ぼす算段が、王都の執務室でがやがやと楽しそうに始まっていた。

 

「三人とも、法国の話はその辺にせよ。この世界に転移して消費したユグドラシル金貨の補填が最優先だ。」

「お任せください、アインズ様。スレイン法国攻略、ナザリックの維持、全てはアインズ様とヤトノカミ様の意のままに。」

 

その後もパンドラは何かを言っていたが、デミウルゴスに連行されて騒がしく退出していった。

執務室に残ったアルベドは別方向の提案を始める。

 

「アインズ様、一つ提案がございます。」

「何だ。」

「イビルアイをナザリックへ送り、彼女に英才教育を施すべきかと存じます。彼女は吸血姫としての強さも、一人の女としても、あまりに未熟ではないでしょうか。」

「……女としてはさておき、イビルアイのレベルを考えるとスケルトンでのレベルアップでは意味が無いとは考えている。デスナイトを使ったレベルアップへと移行させるか」

「アインズ様の“妾”として、相応しい淑女の嗜みを身に付けさせましょう」

 

目を輝かせて両手を合わせ、口角を耳の辺りまで引き延ばした、愛が暴走を始めたいつものアルベドだった。

 

「アルベド、私はそんなものを求めてはおらん。」

「まぁ、アインズ様。ありのままの姿を受け入れようというのですね!素晴らしいですわ!」

「いや、そうではなく――」

 

既にアインズの意向は介入を許さず、アルベドは最愛の主君に構わず言葉を続けた。

 

「私とは体型が正反対の彼女を、箸休めになさるというのは誠でございましたのですね! 畏まりました、全てはアインズ様の満ち足りた“性”のために」

「もうよい!」

 

勘弁してくれと叫ばなかった自分を褒めてあげたかった。

怒られたと勘違いしたアルベドは、頭を軽く下げた。

 

「……私としたことが、取り乱してしまい、申し訳ございません」

「イビルアイをナザリックへ連れて行き、作成したデスナイトでレベルアップの検証を行うのだ。ちょうどいい、エ・ランテルで昼寝しているハムスケも連れていくといい。日がな一日、寝てばかりいるペットを働かせよう」

「はい、アインズ様。全てお任せくださいませ!」

 

 アルベドが満面の笑みで出ていったあと、もうどうにでもしてくれと深いため息を吐いた。

守護者統括としては優秀な彼女も、(アインズ)絡みだと仕事の精度が危ぶまれ、彼女の愛へ早急な対応が必要かと検討する。

 

「やれやれ……ヤトが戻ったら帝都へ逃げ出そう。エルフの奴隷を買い占めたい、闘技場も覗いてみたい、皇帝に支配者の先輩として話も聞きたいな。あいつはガゼフとガガーランとザリュースを連れていったから、そうだな……私はゼンベルとブレインでも連れていくか」

 

 一息ついたところでコキュートスが入室してくる。

 

「どうした、コキュートス。何か問題が起きたか?」

「アインズ様、パンドラヨリオ聞キシマシタガ、スレイン法国ト戦争ヲナサルト。」

「ああ、遅かれ早かれ、彼らとの対峙は避けられそうにない。だが、まだ草案段階で戦争が決まったわけではない。取り急ぎ騎士団の強化を」

「私ヲ騎士隊長トシテオ連レ下サイ。必ズヤオ役ニ立ッテミセマス」

「話し合いで済む可能性がある。血は流れないに越したことはない。」

「ココハナザリックノ威ヲ示ス必要ガアルカトオモワレマス。」

 

忠誠だけが全てでないと悟った彼は、その後も呼気により執務室を永久凍土にしようと尽力していた。

アインズが帝国へ同行するパーティ結成に手を付けられたのは、夜になってからだった。

 

アインズが戻ったので残務処理から解放されると思っていたラキュースは、ヤトが戻ったら休みを与えることを条件に引き続き残務処理をさせられ、睡眠・飲食不要の彼女は夜通し人間視点での政治に回され、不満は帰還した夫へ全てぶつけられる事となる。

 

 

 

 

ナザリックへ帰還する前のアルベドに、一人だけ別の鍛錬を行うためにナザリックで寝泊まりするよう言い渡されたイビルアイは、ラキュース邸宅の自室にて身支度を行っていた。

イビルアイと正反対の体を持つアルベドの敵意は、優越感の影響なのか大人しくなっていたが、内心までは誰にも分らなかった。

 

 ドアが開いて、物置に保管してあったアイテムを抱えたツアレが入ってくる。

 

「イビルアイ様、アイテムを持ってきました。」

「ありがとう、ツアレ。ラキュースはまだ残務処理か?」

「ラナー王女殿下とザナック第二王子殿下がご不在のため、今日は戻れないそうです」

「書類が多くて大変なのだな。」

 

体格に似つかわしくない大きめの鞄に、受け取ったアイテムを雑に押し込んだ。

アンデッドなので汗は掻いていないが、それらしく額の汗を拭った真似をして一息つくと、ツアレが控えめに話しかけてくる。

 

「あの、イビルアイ様。アインズ様と……頑張ってください」

「……知っていたのか?」

「セバス様からお聞きしました。」

「ツアレはセバス殿とどうなったのだ?」

「はい、まだお話しできていません。セバス様と二人きりになれなくて」

「そうか……わたしは上手く行くだろうか」

 

ツアレは何も答えなかったが、顔に難しいと書いてあった。

人間の恋敵は問題ではないが、アルベド相手となると自分が彼女より秀でている箇所が一つも見つからず、難しいのは自身が一番よくわかっていた。

 

「私は待っていてもセバス様に大事にされるとわかっています。それでも、わかっていても……私から求婚をするつもりです」

「余計なことをしないで、待っていればいいだろう。」

「それじゃダメなんです。大切に保護されたいからここにいるわけじゃありません。私は……私はあの方から一人の女として愛されたいです」

「……」

 

静かに強い意志で話しているツアレに、イビルアイは気圧され始める。

 

「ラキュースさんに、正しければいいとは限らないと教えて頂きました。」

「どういう意味だ?」

「時にはセバス様の部下の立ち位置を飛び越えて、自分の気持ちを伝える必要があるんです。」

「全てを失う可能性もあるだろう。」

「覚悟は出来ています。あの方を……信じていますから」

「正しければ良いわけではない……か。アインズさまは、何を求めるだろうか」

 

ツアレが退出した後、イビルアイは窓際に立って物思いに耽る。

身を寄せるよすがもない彼女が偲ぶのは、過去に旅をした仲間たちだった。

十三英雄として旅をしたかつての仲間、決して出会う事のない仲間へ。

 

 

 

蟲の魔人を討伐し、次なる目的地を目指す一行は森の奥で夜を迎えてしまい、そのまま祝杯を兼ねた野営の準備を始める。

集団から一人だけ離れて空を見上げるイビルアイに、優しく声を掛ける者があった。

 

「キーノ、何してんだよ。こっちきて一緒に飲めって。」

「リーダー……私は酒を飲んでも酔わないぞ」

「いいんだよ、気分だけで。今回の功労者がいなくてどうすんだ。」

「ふん、私がいなくても充分騒いでいるじゃないか。」

 

仲間が酒盛りをしている方へ視線を向ける。

焚火の周りでリグリットとエルフの王族が、グラスがかち割れるほど派手な乾杯をしており、便乗して騒ぐ他の仲間を見て白銀がため息を吐いていた。

 

「何か暗いな。どうかしたのか?」

「いや…この中で私だけアンデッドだから、いつかみんなと別れなければならない。」

「ぶふっ」

「なんで笑うんだ……」

 

旅のリーダーは人生について悩んでいる、小生意気な彼女の頭を乱暴に撫でた。

真面目な話を笑われた彼女は、かなり膨れていた。

 

「何をする。」

「誰だっていつかは別れるだろ。夜は明けるし雨も上がる、別れがあれば出会いもあるさ。」

「……他人事だな。私は真剣なのだが」

「人生で悩むには早いんじゃないか?」

「……私の方が年上だろう」

 

リーダーと呼ばれた男性は、面白そうに笑った。

 

「おチビちゃんもいつか恋をして成長するかもしれないな。」

「そんなこと、私には関係ない。」

「いや、そうとも限らないだろ。長生きできるんなら、それだけたくさんの相手と出会って別れるんだから、中にはキーノを好きになる相手もいるだろう。」

「……そんな相手がいても……どうせ時間に引き裂かれる」

「俺と同じプレイヤーだったら可能性はあるな。異形種で構成されたギルドもあったし、スルシャーナの例もあるから。」

 

それは面白そうだと顎に指をあてて、一人で頷いていた。

このやり取りが楽しくても、いつかは自分だけ生き残ってしまうと考え、彼女の元気はますます萎れていく。

 

「……みんなが死んだら……私は一人ぼっちだ」

「ほら元気出せ!ヴァンパイアプリンセス。」

 

にやっと笑った彼は、小さな彼女の背中を叩いた。

 

「長生きしてアンデッドの婿でも探せよ。」

「リーダー……ふざけてるだろう。私は真面目に話しているんだぞ」

「俺も真剣だ。真剣にお嬢さんが幸せになるのを願ってるさ。」

「……ふん、酔っ払いめ」

 

 笑いながら話す彼に不満はあったが、避けては通れない仲間との別れと、その先にある孤独はどこかへ流れていった。

なかなか戻ってこない二人を心配し、白銀が二人を呼びに来る。

 

「リーダー、お嬢さん、何しているんだい?」

「ああ、すぐ行くよ、白銀。」

「早く行ってやれ。」

「そうだな。仲間を連れて戻るとするか。行こうぜ、インベルンのお嬢ちゃん。」

「……わかった。私も行く」

 

イビルアイはリーダーの後に続き、たき火を囲んで談笑する輪に混ざった。

 

 

 

自らの回想から覚めたイビルアイの前には、窓の外に広がる夜の街灯りが広がっている。

 

「わかったよ、リーダー。私はあの人と出会うために、今日まで生きてきたんだ」

 

誰ともなく呟いた言葉は、夜の帳にぶつかって消えた。

 

 

 

 

 翌朝、アインズが王宮の執務室でラキュースが上げてきた羊皮紙の報告書に目を通していると、白銀とリグリットが入室してくる。

報告書に真新しい内容は無く、貴族たちの謁見依頼や、国民の細やかな要望であり、急ぐ必要なしと判断したアインズは、彼らの相手をするために応接間へ移動する。

 

リグリットが面倒くさがっていたのでお茶菓子で釣って付き合わせ、スレイン法国の新たな情報についての説明を始めた。

 

 

「……エルフ国と戦争か。随分と昔から続いているけれど、その話だと激化するのだろうね」

 

白銀はため息を吐き、気にした様子もないリグリットはお茶菓子を口に放り込んでいた。

 

「宝物殿の場所もわかったが、どうやら守護者がいるようだ。髪の色が白黒に分かれて、ハーフエルフらしき特徴を持った者に心当たりはないか?」

「うーん……いや、それは……祖たるエルフの特徴だね……まさか……な」

 

 何か思い当たる節があるようだったが、自信のない彼は聞いても話さないだろうと判断し、話を続ける。

 

「ツアー、私は彼らの戦争に介入するつもりだ。」

「……あまり気が進まないな」

「そう言うと思っていたが、彼らを今のうちに何とかしないと、他の竜王を洗脳されると面倒なことになるだろう。」

「……そう、なのだけどね」

「戦争に協力してほしい。と言っても、戦う必要はない。彼らに評議国と魔導国、つまりプレイヤー二名と竜王を敵に回すとどうなるか見せつけなければならん。アイテムの奪取も上手く行くだろう。」

 

黙り込んだツアーを見て、やはり協力は難しいかと考えだした。

 

「アイテムは……ん? モモンガ、何か変わったアイテムを持っていないかい?」

「ん?」

 

龍の財宝に対する知覚が、出された飲み物と茶菓子の香りに紛れた遺物を、鼻に察知させた。

 

「財宝って……まさかアレか?」

 

机の上に無造作に置いてある猿の手を指さした。

 

「なんだい、それ。」

「猿の手だ。願い事を叶えてくれるが、高い代償が付く。ユグドラシルでも似たようなアイテムはあったが、これがそうかはわからん。」

「へえ、そうなのか。」

「顔は見えないが欲しいと書いてあるぞ。」

「気付かれてしまったか。財宝には興味があるからね。」

「八欲王の武器は預かっているから、ナザリックに私のコレクションでも見に来るか?自分で言うのもなんだが、珍しい物ばかりで面白いぞ。」

「それは面白そうだ、是非お願いしたい。いらないアイテムは私が引き取ろうか。」

「互いのコレクションを見せ合うのも面白そうだ。我々に価値の無いアイテムなら、ただであげてもいいのだがな。」

 

「話の続きをお願いできんかのう。あとお茶菓子をお代わりじゃ。」

 

 盛り上がってきた二人は手持無沙汰な老婆に止められた。

 

「……すまない、脱線したね」

「……お代わりを用意しよう」

 

メイドに新たなお茶請けを纏めて用意させ、改めて法国の話へと戻っていった。

 

「それで、戦争に協力してほしいのだが、他の竜王の力も借りられないか?これを機に彼らを無力化し、二度と無為な戦争が起きぬ世界に変えたい。」

「それは難しいね。今の世を生きているのは八欲王との戦いに参加しなかった者達だ。“常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”のように巨大地下洞窟に引き籠って何をしているかわからないような者達が、力を貸してくれるとは到底思えないね」

「そうかのぉ、“七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”のように人間などとの間に子を作る竜王もおるんじゃ。話してみると意外に良い方へ転ぶかもしれんぞ。同族を殺されて彼らを憎んでいる者もいるのじゃろう」

「個人的には海上都市の最下層で」

 

アインズとヤトが聞いたら食らいついて離さなそうな話は、彼自身の手で途中で遮られた。

 

「いや、無理に協力を要請する必要はない。彼らは情報探索魔法に対する対処が薄い。情報を十二分に得た現状であれば、我々だけでも無力化できる。竜王がこちらにいれば、交渉が円滑に進められた可能性があった話なのだ。」

「モモンガ、あまり手荒な真似は。」

「重要なのは洗脳するアイテムの奪取だ。この戦争が無事に終われば、後に残るのはただの平和だろう。」

「それもそうだね。」

「ツアー、協力してくれたら、あのアイテムを差し上げるぞ。」

「む……そうか。顔だけ出そうかな」

 

アイテム一つで簡単に(なび)きそうになっている爬虫類の化身は、友人の老婆に咎められた。

 

「この蜥蜴め。」

「冗談だよ、リグリット。でもアインズの興したこの国は平和だね。」

 

犯罪組織を狩られ、治安の非常に良くなった平和な魔導国を思い出す。

メイド服を着た女性が多かった。

 

「法国に行くのかい?」

「戦争するにせよ、しないにせよ、一度は出向く必要があるだろうな。帝国へ同盟と観光に行き、戦争の協力を要請後になるか。」

「大丈夫かい?」

「ん? ああ、アイテムで洗脳される心配はない。部下もそれ用の対策をしたものを連れていこう」

「気を付けてくれよ。その、友達を殺すのは二度と御免だよ。」

「……そうじゃな。」

 

白銀とリグリットは過去を思いだし、沈痛な面持ちに変わる。

 

「心配も気遣いも無用だ。アインズ・ウール・ゴウンに敗北はない。」

 

 かつての仲間を自慢しているようでとても誇らしかった。

 

「ユグドラシルのアイテムや、他の財宝を探すにしても、法国対策を済ませば自由に行動できる。それは私も同じだ。」

「仲間を探すのかい?」

「ああ……この世界にいる可能性は低いだろうが、それでも……私は諦めることはできん」

 

アインズの悲しい色を帯びた声により、場には束の間の静寂が顕現する。

 ツアーが暗くなりかけた気分を払しょくするように、明るい声で口を開いた。

 

「それなら私は、ユグドラシルの特別なアイテムを集める旅にでようかな。」

「英雄白銀の復活か?」

「それも面白そうじゃな。インベルンのお嬢ちゃんも連れて、昔のようにまた旅に出るとするか。」

「リグリット、彼女はアインズの恋人だろう。連れ出しては彼に悪いよ。」

 

冒険の打ち合わせになるかと思われた会話は、女性問題の話へ移ってしまい、アインズの肋骨付近に幻の胃痛が生じる。

 

「……まだ恋人ではない。妻を娶るとは限らない」

「好きではないのかい?」

「いや、好きとか嫌いとかは私には――」

「何じゃ、意気地がないのぅ。それでも魔導王か。」

「いや、だからアンデッドで――」

「彼女を不幸にしないでくれよ。」

「……俺にどうしろという」

「お嬢もアンデッドじゃ。」

「……放っておけ」

 

アインズの恋路に話題が移った三名は、緩やかな雰囲気のままに昼下がりの午後を、何気ない茶会として過ごした。

後で聞こうと思っていた十三英雄が仲間を殺したという話は、ブラックホールの如き記憶の穴に流れ去った。

 

 

 

 

夜になって王宮付近の酒場では、日ごろの鬱憤が溜まった者と息抜きをしたい者が集まり、喧騒の中で楽しく酒を飲んでいた。

その中でも際立って目を引く者達の姿があった。

 

「だからぁあの時、ポーション程度でモモン様に食って掛かったからぁ、今のアインズ様が冷たいんですぅ。」

「関係ないと思うけど……それを聞いて私はどうすればいいのかしら」

「いいですよねーラキュース様はぁ……金髪クルクル美人で強くて、愛する旦那さんがいて」

「ブリタも最近、可愛くなったわね。女には押しの強さも必要よ。」

「結婚したいよぅ……」

 

酒場のテーブルに突っ伏してラキュースに絡むブリタは、彼女の返事が耳に入った様子はなく愚痴を続ける。

残務の合間を見て強引に連れ出されたラキュースは、成り立たない会話に疲れ、ため息交じりに肉の燻製を摘んだ。

 

「可愛い男の子がいない。大変な不満。」

「諦めなさい。マーレ様には絶対に手を出しちゃだめよ。」

 

仲間の少年愛好者の愚痴には、親身に応対をした。

姉二人が十分に楽しんでいるのに引き換え、彼女は少しも満たされていないのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「私は王宮に帰ってもいい?まだアインズ様に頼まれた書類の整理が残っているの。」

「今日はもういいんじゃないか、薔薇の花嫁さんよ。中庭に空いた底の見えない大穴で、騎士たちの稽古は出来ねえんだからよ。」

「……残務処理は出来るのよ」

 

王宮の中庭をダンジョン化するために、マーレが中庭に巨大な大穴を空けてしまい、騎士たちは王都の警備へと回され、自然とアンデッドを使ったレベルアップは延期になった。

 

「王都の高い酒はうめえな!人間の姉ちゃん、お代わりくれや!」

「ゼンベル……それ、経費で飲むつもり? 接待交際費はそんなに多くないわよ」

 

アインズから必要経費として渡された金貨は少なくなかったが、無駄遣いをするなという彼の言葉を思い出す。

 

「聞いてるんですかぁ、ラキュースさまぁ。」

「はいはい、聞いているわよ。頑張ってねブリタ。」

「鬼ボス、給金を現物(少年)で払って欲しい。」

「はいはい、頑張ってね、ティナ。」

 

何も聞いていなかったが、それらしい返事だけをして吞んだくれてる蜥蜴人(リザードマン)を咎める。

 

「ゼンベル、飲みすぎよ。」

「乾杯しようぜ、乾杯!」

「ゼンベル、お前の馬鹿力で木樽を破壊して怒られただろ。」

「壊した樽は報酬から引いておきます。使い込みが過ぎると食事が水だけになるわよ。」

「うげっ、勘弁してくれよ、蛇の嫁さん。」

 

ちっとも反省していないゼンベルは、旨そうに残った酒を飲み干していた。

 

「まったく、みんな仕方がないわね。ついでに話すけど、王宮で修業中のあなたたちは、蒼の薔薇・ナザリック・漆黒を統合した冒険者として活動することが決まったわよ」

 

「へー。」

「お代わり!」

「マーレのようなエルフもいいかも。」

「あの綺麗なナーベさんだって、アインズ様とは何もしてないみたいだし、美人でも強くも無い私なんかがアインズ様に相手して頂くなんて」

 

酒の席で行われた真面目な話に、応対したのはブレインだけだった。

 

「……誰も聞いてないわね。私、帰っていい?」

「俺は聞いてたぜ。」

「生魚が食いてえな。」

「孤児院で働くのも悪くない。」

「うー……アインズさまぁ……妾になりたいですぅ」

 

これ以降、会話にならない三名は無視され、ブレインとラキュースで会話が進んでいく。

 

「はぁー……戦士長、ブレイン、セバス様、私は統合冒険者のリーダーになるそうよ。魔導国の一員として各地の調査及び外交の挨拶に出るとか。何かまずい事態が起きれば、アイ……モモン様と同行して調査に乗り出すようにと」

「ほー、冒険者チームを統合するなんざ、前代未聞の話じゃないか。よく組合が納得したな。」

「法国との戦争が起きる可能性を盾に、冒険者の活躍の場を増やすって言ったかしら。詳細までは覚えていないのだけど。」

「……法国と戦争か。魔法詠唱者が相手だと厄介だな」

 

真剣な表情で話をする二人は酒の席という事を忘れていた。

 酔っぱらった蜥蜴人(リザードマン)が茶々を入れてくる。

 

「ブレインよう、俺と冒険にでようぜ。ドワーフの国なら前に行ったことがあるからよ。」

「王様と同行するより、そっちのが気楽でいいな。」

 

 木樽のジョッキをぶつけて賛同の意を示した。

 

「ブレインは戦士長と二人で騎士団を指揮するのが適任だと思ったけどね。」

「勘弁してくれよ。人の上に立つなんて柄じゃないぜ。俺は気楽に旅するのが性に合ってる。ガゼフより強くなったら、国を出るだろうよ。」

「それは嘘ね。戦士長がいなければ、貴方はここにいないでしょう。」

 

ラキュースの想像は当たっており、ばつの悪さを飲み干すようにブレインは酒を口にした。

 

「強くなるのであれば、今の修業が最も相応しいでしょうね」

「それは認める。以前に比べて技の切れが良くなったと実感はあるからな。」

「一定の強さから先に進むには、才能が必要みたいね。私達にあればいいのだけど。」

「あんたの旦那も、大量殺戮の果てに強さを手に入れたって言ってたな。蛇はいつ帰ってくるんだ?」

「そろそろじゃないかしら。明日には帰ってくるでしょうね……ふふ」

 

ブレインを見ていた視線は、動かさずに彼方へ移っていた。

舌を仕舞い忘れた蛇が戻り次第、彼女は休みと決まっており、思わずにやけた笑いが漏れる。

 

「甘ったるいことで……妾の一人や二人は連れ帰ってくるかもしれないぜ。蛇の姿にならなけりゃ、南方出身の恐ろしく強い剣士だからな。俺もあの日までそう思ってた」

「まさか。あの人に限って大丈夫よ。頭はよくないし、顔も美形ではないから。」

「関係ないだろう。外見やおつむの出来はさておき、あれだけ強いんだ。数えきれないほどに女が寄ってきてもおかしくない」

「この世界では滅多に見られない病気でも発病してない限り、あの人を慕うなんてあり得ないわ。」

「……すげえ自信だな」

 

旦那の悪口を笑顔で誇らしげに話す彼女は、他の面々と同様に長話に興じ始める。

惚気話を交えて他の酔っぱらい同様に話に花を咲かせたラキュースが、残務処理に戻れたのは深夜になってからだった。

 

 

 

「セバス様、お時間よろしいですか?」

 

メイド教育所として使用されている空き家の、執務室を訪れた彼女に正対しようと、セバスは眼鏡を外して立ち上がる。

 

「どうなさったのですか、こんな夜遅くに。」

「はい、わ、私は、その」

「椅子を用意しましょう、座りなさい。」

「セバス様!私は、セバス様が大好きです!」

「知っています。」

 

事も無げに即答して椅子を用意するセバスは反応が薄く、せき止めていた彼女の想いは決壊する。

 

「愛しています!結婚して下さい!死ぬまで一緒に居てください!セバス様がいないと生きていけません!私を愛してください!私だけを見てください!」

 

水を張っていた堰が決壊したように、愛の叫びは止まりそうになかった。

余りの大声に、冷静沈着で紳士然としたセバスも、流石に動揺を始める。

 

「ツ、ツアレ、少し落ち着きなさ――」

「嫌です!私だって、一人の女です。一人の男性を愛する、ただの女です!」

 

屋敷中に響き渡る彼女の発声練習に似た告白は、抱きしめるセバスの体で塞がれた。

肌触りのいい燕尾服に抱きしめられ、ツアレは愛する男性の腕にしがみ付いた。

 

「ふぅ……どうやら、先に言われてしまいましたね。ツアレ、アインズ様から許可は頂いています。あなたを私の正妻としたいのですが、人間ではない私の求婚を、受けて頂けますか?」

「……私の気持ちは、先ほど言った通りです。セバス様が何者でも変わりません」

「そうでしたね。しかし、今のツアレを迎えると他のメイドの嫉妬もあるでしょう。ユリとペストーニャを呼び、個別の教育指導を受けて下さい。」

 

腕の中の彼女は不安な瞳でセバスを見上げる。

 

「メイドを纏めるに相応しい嗜みを身に付け、執拗に求婚する他のメイドを抑えられるようにならなければなりません。あなたがメイド主任として、更には私の妻としての振る舞いを怠れば、足元を掬われるかもしれませんが、それでよろしいですか?」

「負けません。セバス様の隣は渡しません。」

 

 翡翠の両目に闘志を燃やす彼女は、腕の中でしがみつく手を緩めないままに目に力を入れ、子犬が飼い主に抱かれて粋がっているように見えたセバスに、一抹の不安が過る。

 

「早速ですが、明日にユリとペストーニャを呼び寄せ、ツアレの教育に取り掛かりましょう。」

「あ、あの……一つだけお願いが」

「何です?」

「今日は一緒に寝ていいですか?」

「仕方ありませんね。明日にはラキュース様の邸宅へ戻りなさい。そろそろヤトノカミ様が帝都より帰還されますので、その後でこちらに移ればよいでしょう。」

「はい!ありがとうございます!旦那様!」

「ツアレ、無理に妙な呼び方をする必要はありません。今まで通りに呼んで構いませんよ。」

 

真面目な彼に砕けた調子は一切なく、どこまでも紳士な対応にツアレは少しだけ不満を感じた。

その夜、眠りの必要が無いセバスはツアレが眠るまで優しく抱いた。

微睡の中、田舎に残してきた妹と永遠の別れをする夢を見て、穏やかな寝顔の目尻から一筋の線が落ちた。

 

 こうして、翌日にヤトが帰還するまでの、後の火種が燻る平和な魔導国は終わりを告げ、ツアレのメイド修業を兼ねたハーレム制圧の戦が密かに幕を開ける。

 

 アルベド(自称正妻)英才教育(妾いびり)は厳しくも順調に進行していたが、イビルアイからすれば湿っぽい視線を向けてくるシャルティアの方が、貞操と生命の危機により気がかりだった。

 

 

 

 

翌日の夜、平和な魔導国の執務室では、女性問題で頭を悩ますアインズと対照的に、いけしゃあしゃあと妾を連れ帰ったヤトがとぐろを巻いて甘ったるい飲み物に舌を突っ込んでいた。

 

「酷い甘さッスね。」

「お前たち二人のイメージ通りだよ。甘ったるい馬鹿夫婦(キャラメル・ラキヤト)さん。」

「虫歯になっちゃいそうス。」

「蛇に永久歯はないだろ。丸呑みにするんだから。」

「あ、そっか。」

「……そろそろ法国の話に戻ってもいいか?」

 

ヤトは飲み終えたカップを握り潰し、面倒くさそうに秘密主義な宗教国家の情報を聞いていた。

 

「メンドクセ……」

「お前なあ、彼らは俺たち異形種の敵だぞ。」

「わかってますよ。宝物殿に守護者がねぇ……パンドラ並みに強かったらどうします?」

「プレイヤーであれば十分に可能性がある。異形種のプレイヤーは種族の寿命になるだろうから、長生きしていてもおかしくはない。俺も一応は警戒しているのだが。」

「面倒だなぁ……もうロールプレイで、帝国と同様に脅せば降伏するんじゃないスかね」

「そんな適当にはいかんだろう。俺は明日の夜には帝国へ出発する。ラナー、ザナック、レェブン候もいないが、魔導国は任せるぞ。」

「適当にやっておきます。モテモテアインズさん。」

「……お前がいない時に、俺が何人に求婚されたと思ってるんだ」

「イビルアイとアルベド、あとそのブリタって女だから……三人ですかね?」

「……五人」

「ぶふっ。」

 

盛大に吹き出して、珍しく仕舞っていた舌が飛び出た。

面白がる友人により、アインズの眼窩へ不穏な赤い光が宿る。

 

「ほう、いい度胸しているな。心臓を握り潰すぞ。」

「ピヨっちゃいますって。しっかし……面白い事になってまスねぇ。五人って、あと二人で一週間埋まりますよ」

「……ウェディングドレスが一着余ってたな、蛇の妾を歓迎して重婚式でも挙げるか?」

「冗談じゃないッスよ。」

「お前が連れ帰った妾だろ!」

「魔導国の蛇は、ここに重婚を否決する声明を提出します!」

 

黒歴史(パンドラ)によく似た敬礼をする蛇神に、二人の間には沈黙が召喚された。

アインズはため息を吐いて仕切り直す。

 

「……何言ってるんだ、この馬鹿。仕方ない、俺もどちらかと結婚しよう」

「それは駄目ですよ。やっぱり魔導王クラスとなれば、ハーレムの十個や二十個は作らないと。」

「……勘弁してくれよ」

「皇帝もその配下の騎士も、妾を囲ってるって聞きましたよ。どうやって囲うのか聞いてきたらどうッスか?」

「ほう、それは確かに興味あるな。皇帝には支配者の先輩としても、色々と聞いてみたいと思っていたのだ。」

「興味出てきましたか?よかったよかった。アルベドを正妻にしてイビルアイを妾ですね。」

「いや、人間と告白するのが先だ。引いたらそれまでとお前が提案したのだろう。」

「冷たいッスね。流石は骸骨さん。」

「この糞馬鹿蛇。それより帰らなくていいのか?承諾なしに妾を連れ帰って、血みどろの修羅場かもしれないぞ。」

「……」

 

外から差し込む朝日を見たアインズは、無駄な抵抗をする蛇を追い払った。

翌日は休日と言い渡された大蛇は、王宮で寝泊まりするわけにもいかず、渋々と可愛い愛妻と美人の妾が修羅場を催していると思われる自宅へと、哀愁を漂わせて帰っていった。

 

応接間に残ったアインズは、一人呟く。

 

「支配者は妾を作るのが自然なのだろうか。皇帝の行動を参考にすれば、支配者として相応しい振る舞いができるかもしれないな。たまに覗いてみようか。」

 

睡眠の必要のない彼が、夜通し読書に明け暮れて支配者として十分な成長を遂げているなど、誰も指摘しないので気付かなかった。

元より誰もが認める絶対の支配者として扱われていたので、成長による僅かな変化など誰も気が付かず、無理もない話だった。

 

 

 

 

朝日が目に突き刺さる早朝。

王宮でアインズとの情報交換を終えたヤトは、蛇神のままに足取り重く邸宅へ戻った。

 眠っているであろう二人を起こさないように、ラキュースとの共有寝室へ静かに這っていった。

 

寝室からは女性二人の楽しそうな声が聞こえ、起きていると察した彼は慌てて引き返そうとしたが、気配を察知したラキュースが寝室から飛び出してくる。

 

「おかえり、ヤト。」

「あ、た……ただいま」

「ここに座りなさい。」

 

恐ろしい微笑みを浮かべたラキュースは、有無を言わさぬ口調で伴侶に命ずる。

罪悪感に満ち溢れている彼は、寝室へ恐る恐る入室して指さされた空席に座る。

レイナースは満ち足りた表情を隠すように俯いていたので、彼女の心境はわからなかった。

 

「ヤト、私達は出ていかせてもらいます」

「えっ?」

 

蛇神の口が死の支配者よろしく開き、間の抜けた表情でラキュースの怒りを受け止める。

 

「恋多き人は嫌いだと言ったでしょう。」

「あ、あの、その」

「それでは失礼します、ヤトノカミさん。」

 

大きな鞄を軽々と持ち上げ、レイナースの腕を取って退室していく。

振り返りもしなかった彼女に、スキルを使って移動速度を上げ、慌てて玄関を塞ぐ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。」

「……何ですか?」

「た、頼むから行かないでくれ。俺が悪かった。」

「……それで?」

「あー……えーっと……俺にはラキュースが必要だ。頼むから行かないでく……下さい」

 

今にも泣きだしそうな弱弱しい声だったが、蛇の赤い瞳は潤いもしなかった。

 

「愛の告白は?」

「愛しています。」

「レイナには?」

「愛しています。」

「名前を言ってやり直しなさい。二人分よ。」

「ラキュースを愛してます。レイナも大好きです。」

「……なんか事務的なのが気になるけど、良かったわねレイナ」

 

「う……うん」

 

 真っ赤になって俯く元帝国四騎士と、表情を一変させて微笑むアダマンタイト級冒険者により、今までの行動が正妻の報復だったと気が付く。

 

「さあ、帝国から戻ったところからやり直すから、玄関に戻ってね」

「……?」

 

意味がよくわからず、玄関で蛇の姿のままにぼけっと待ち惚ける。

 一旦、部屋に入室して、ラキュースだけが部屋を飛び出して駆けてくる。

 

「ヤト!お帰りなさい!」

「あ、うん。」

 

 前回とは違い、彼女の疾走は尻すぼみにならず、大蛇へと全身で飛び込んでくる。

今度は余裕を持って受け止められた。

 

「会いたかったぁ……」

「俺も会いたかった……です」

「本当にぃ?浮気したのにぃ?」

 

正妻は意地悪そうに笑い、どこぞのアンデッド使いの老婆を思い出させた。

 

「ごめん、でもレイナースは抱いていない。」

「ふふ……冗談よ。レイナから聞いたもの。さあ、今度はお説教よ! 長いからね!」

「……はい」

 

寝室に設置された白くて小さめの椅子に、同様の美しい金髪だが髪型の違う二人の女性が腰かけている。

説教をされている蛇は、床にとぐろを巻いてまとまり、申し訳なさそうに頭を下げていた。

舌を仕舞い忘れていたが、指摘することなくラキュースの説教は続く。

 

「はぁ……あなたは、どうしてそう馬鹿なの。私と彼女の呪いが違うってどうして気付かなかったの? 顔を見れば直ぐわかったでしょう。孤独な女性の弱みに付け込むなんて最低よ。それでもナザリック地下大墳墓の支配者なの? 女一人も幸せにできないなんて、支配者として失格ね。だいたい昔からあなたは」

「ラキュース、私はいいから」

「駄目。この馬鹿は一度懲らしめないとわからないから。ほら、レイナに謝りなさい。」

「……ごめんなさい、レイナースさん」

「……レイナと呼んで欲しい」

「……ごめん、レイナ。」

「呪いを解いてくれて、ありがとう。」

「あ、え……うん」

 

ヤトは凛々しい今までのレイナースと打って変わり、妙にしおらしい彼女に調子を狂わせられる。

 

「レイナは何か言いたい事ある?何なら無効化を解除して殴ってもいいわよ。」

「ラキュース、本当にもういいの。私が勝手に付いてきただけだから。それに、二人に喧嘩して欲しくない」

「レイナ、お前はここにいろよ。他に好きな男ができれば、そちらにいってもいい」

「いらない。ラキュースがいるから。」

「重婚なんて俺は冗談じゃ…………んん?」

 

予想しない返事により、蛇の小さな頭蓋に坐す濡れたコンピュータは動きを止める。

 

「だからその、もう眠いから……あの……三人で一緒に寝て欲しい」

「さんにんでいっしょにねてほしーい?」

 

再起動がおぼつかない彼の脳では理解が出来ず、棒読みでオウム返しをするのがやっとだった。

 

「……それは私も予想しなかったわ」

「ラキュース、何を仕込んだんだ。ティアの影響で同性愛に」

「お黙りなさい、馬鹿亭主。」

「いや、だって」

「……だめ、だろうか。」

「誰が真ん中なんだ?」

「………わたし。」

 

顔を赤くして両手を擦り合わせ、もじもじと恥ずかしそうに俯く彼女は、ラキュースの目から見ても可愛かった。

 

「か、かわいい……ゴホン! 愛妻がそう言ってるなら仕方ないわね」

「誰の愛妻?」

「私達の。」

「共有財産かよ……」

「ちょっと嬉しい。」

 

 軽く首を傾げて嬉しそうに微笑む彼女は、帝都で勇ましく斬りかかってきた女性騎士とは別人だと判断された。

鬼神のごとく踊りの指導をした彼女は、やはり何処かへ一人旅に出たらしい。

それで納得するほどに、美人で可愛らしかった。

 

「あー痒い!体が痒い!もう好きにしてくれ。俺は寝る。」

 

体がむず痒くなった彼は、人型になってベッドの端へもぐりこんだ。

一晩経った影響ですぐに眠気は襲ってきたが、昏倒するほどではなかった。

 

「寝ましょうか。」

「うん。」

 

 目を閉じて聞いたレイナースの声は、幼い少女のようだった。

どこまで寝たふりをしようかと考えている内に、いつしか本当の眠りに落ちる。

 

彼は原因不明な息苦しさで、眠った後も長い時間うなされていた。

 

 

 

 




「姉さん、良かったね」
「もう行こうぜ、ニニャ」
「彼女はもう大丈夫ですよ」
「後は彼らに任せるのである」

「うん…そうだね。ありがとう、モモンさん。セバスさん、姉さんをお願いします」

彼らは何一つとして思い残すこと無く、大きな魂と一つになるために天へ溶けた。


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