モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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カルネ村事変

 

 夜の帳は陽光を重たく遮り、周囲に静寂と休息をもたらした。

 

 殺戮を終えた三名がカルネ村に到着すると、平和になったはずの夜の村から喧騒が聞こえてくる。他に村人も見当たらず、声に導かれて村長の自宅方面に向かった。

 

 村長の自宅付近にて、村人達を背後に村長が、騎士達を背後にガゼフが、双方ともに険悪な雰囲気で何かを口論していた。子供たちは眠ってしまい、避難所で雑魚寝しながらお腹いっぱいの御馳走を食べる夢を見ていた。

 

 アインズは皆に聞こえるように声を掛けた。

 

「皆さん、どうかされたのですか?」

 

 口論は即座に止み、その場に居た全ての人間は一斉にアインズへ視線を向ける。双方のリーダー、村長とガゼフが真っ先に駆け寄ってくる。

 

「ゴウン様! よくぞ御無事で!」

「ゴウン殿、無事であったか!」

「えぇ、使役していた天使の数が多くて時間が掛かかりました。指揮官も纏めて消滅させてしまいましたが、問題ありませんか?」

「もちろんだ。この村を救っていただき、更には我々の代わりに彼らを撃退してくれた君達に、感謝の言葉もない」

「アインズ・ウール・ゴウン様、よろしいでしょうか?」

「そ、村長殿……」

「戦士長様は口を出さないでいただきたい」

 

 ガゼフとの話に村長が割り込んだ。穏やかだった彼の顔も、今ではすっかり厳しくなり、その気迫でガゼフが怯んでいた。

 

「どうなさったのですか? 村長殿」

「カルネ村を、ゴウン様の支配下にお収めください」

「え?」

「はぁ?」

「くふん!」

 

 突拍子もなく打ち出された提案に沈黙が流れた。

 

 口火を切ったのはガゼフだ。

 

「村長殿、王国から謀反と取られてしまう。どうか、ここは穏便に頼む」

 

「謀反でも我々は構わないのです。アインズ様は十分な食料を、我々が何年働いても手に入らないような食料を、なんの見返りも求めずに与えてくださいました。それだけではありません。戦士長暗殺の阻止に尽力し、この村を滅ぼそうとする法国の謀略を阻止なさった。村を切り捨てた王国と違い、アインズ様は2度もこの村を理不尽な侵略から救ってくださった。私達の大半は、今朝には死に絶えていた命、この命を差し出すことがあっても、アインズ様のお役に立ちたいのでございます! どうか、このカルネ村を支配下にお収めください!」

 

 村長は悲鳴のような言葉をまくしたてた。

 

「ううむ」

 

 弱ったアインズは悩むふりをして額に指をつけ、《伝言(メッセージ)》を隣のヤトに飛ばした。

 

「ううむ」

 

 アインズの真似をして悩む振りをしつつ、ヤトも《伝言(メッセージ)》に応えた。

 

《どうしよう、っていうかなに、コレ?》

《アインズさん、メッセージを送っても俺にもわからないッスよ。アルベドならわかるかも》

 

 アインズはこめかみに指をあてながらアルベドに聞いた。

 

「アルベドよ、お前はどう思う?」

「はい、私はアインズ様の御心のままに進めるのがよろしいかと」

 

《それがわからないんだよっ!》

 

 メッセージを繋げたまま叫んでしまったので、ヤトに筒抜けだった。

 

「ぶっ」

 

 あまりの面白さにヤトは吹き出した。《伝言(メッセージ)》を切断したところで名案は浮かばず、自棄になったアインズは話しながら探ろうと、支配者としての役割演技(ロールプレイ)を続けた。村長はアインズから視線を外さず、強い目力で凝視していた。

 

「村長殿。それは村人たちの総意なのか? 妄信的に誤った感謝を捧げているのではないか?」

「他の者たちも、自分が生贄となって村を発展に貢献できるのならば、自分の全てを捧げる所存です」

「王国と敵対した場合、我々はカルネ村を切り捨てるかもしれんぞ」

「王国に従っていても、遅かれ早かれ滅びるでしょう。ならば、滅び方くらいは我々で選びます」

「私達は、人間ではないかもしれん。支配下に入った途端に拷問され、惨たらしく殺されるかもしれないが」

「構いません。相手が人間か魔物かという事は重要ではないのです。誰に忠誠を尽くしたいかでございます」

「……その命もらい受けると言ったら、この場で死ぬ覚悟まで出来ているというのか?」

「はい、老い先短い私の命などお安いものです。幼子や若者へ安らかな死を、あわよくば少しでも長く生かして頂けるのであれば、拷問でも死でも受け入れましょう」

 

(そこまでの覚悟か……)

 

 アインズはついに言葉に詰まった。ガゼフ並びに騎士たちは、鬼気迫る村長の申し出に入り込めなくなっていた。

 

 最初こそ慌てていたが、村長の背後から強い眼差しをこちらに向けて来る村人達に当てられ、アインズは改めて真剣に考えた。命まで差し出そうとしている彼らは引かない。ガゼフに啖呵を切ってしまった現状、今さら引くことはできないだろう。拷問などするつもりも、さしたる興味さえもないが、戦士長の手前、素直に受け入れるのも抵抗があった。

 

「ふっ、ふふっ……ふはははは! 面白いな、人間」

 

 そこでヤトが急に笑い出した。何らかのヒントになるかと、彼の話に耳を傾けた。

 

「よく聞け、私は人間ではない。お前たちの目に、確かな輝きを見た。だが、我々の支配下に弱者は必要ない」

 

 言葉を区切り、村人たちを見渡した。誰一人として、人間ではないという事実に怯む者はいなかった。尚も彼なりの役割演技(ロールプレイ)は続けられる。

 

「そこで、人の子よ。諸君らの中から1人以上選別し、この場で死ね。我らの王は死を超越した存在、神に等しい御方。苦痛を伴う死を越え、未来永劫この村を守るアンデッドへと生まれ変わらせてくれるだろう。そして自分たちの手で、この村を発展させるがいい!」

 

 ヤトは刀を抜き、村人達に突きつける。

 

「我々ナザリック地下大墳墓が、お前たちを支配したいと思わせるような村にするのであれば、神に等しき王の御手により、いずれこの地は慈愛により統治され、繁栄を続けるだろう。そのような支配を受け入れるか、人の子よ」

「なっ!」

 

 ガゼフが声を上げ、部下の騎士たちはどよめいている。それでも彼らは村人を止められなかった。また、止める間もなく村長は即答した。

 

「おぉ、ありがたき幸せ。では、喜んでこの老体の命を差し出しましょう」

 

 村長が前に出て、躊躇わず刀の前に鎮座する。しかし、村人たちも黙って見ていなかった。我先に犠牲になろうと、こぞって手が挙げられた。

 

「村長はこの村に必要な方だ! 俺が代わりに死ぬ!」

「待ってくれ! 私は怪我をしていて農作業も満足に手伝えない。私が死ぬ! 村の役に立ちたいんだ!」

「お願い! 私にさせて! このまま王国の食い物にされる人生なんて耐えられない!」

「同じアンデッドになるにしても、元気な男の方がいいだろう! 俺がなってやる!」

 

 さながら邪教の狂信者だ。傍から見れば我先に殺してくれと手を伸ばす、この世の物とは思えないおぞましい光景だが、そんな彼らの声にアインズは胸を打たれた。

 

 リアルでただ生きていただけの自分が、何の巡り合わせかアンデッドとなってこの世界に、それも仲間たちと作り上げたナザリック地下大墳墓の支配者として君臨している。強者として異世界に転移したのであれば、それは楽しいのだろう。

 

 しかし、目の前にいる村人たちは、RPGの初めの村に出てくるような弱者だ。たった一つの命を犠牲に、仲間、子、伴侶を守ろうとしている。それは強者のアインズには存在しない、強く魅力的な意志だった。

 

 今一つなロールプレイを終えたヤトは、無表情で彼らを眺めていた。ヤトが何を考えているのかはわからなかったが、恐らく感銘を受けているのだろうと推測できた。やがて自らも心の揺れが大きくなり、アインズの感情は抑制された。

 

 皆がアインズの一挙手一投足に注視している中、アインズの右手が村長へ差し出された。

 

「私は何人でも構わん。私の生み出すアンデッドは、そこのガゼフ・ストロノーフ殿に匹敵する実力だ。生き残った者は誠実な者の方が良いと思うが?」

 

 彼らの強い意志に充てられ、沈黙していたガゼフは息をのむ。底の見えない彼らの実力に、いつか彼らと敵対者として戦場で会わないよう、せめて王国に敵対しないように心より願った。

 

「では、村長である私、足の動かない彼の2名を、どうか殺して下さい。たとえ人間を辞めたとしても、この村を守れるのなら本望でございます。みな、それでよいな?」

「村長……ありがとう。本当にありがとう。これで俺も役に立てる」

 

 幼少期の怪我により片足が動かなくなった青年は、村人の手を借りて村長の隣に座った。

 

「試したことはない。失敗する可能性もあるが、本当に良いのか」

「いえ、それであれば私を実験台にお使いください。身に余る光栄でございます」

「……そうか。それでは両名、私を見ろ」

 

 その場に居合わせた人間すべてが、一斉に唾を飲み込む。薄い恐怖と、強い好奇心、期待、希望に満ちた目で、歴史に名を残す事変を見逃すまいと目を見開いた。

 

「先に言っておくが心臓を握り潰すのだ。とても苦しいぞ? 覚悟はいいのか?」

「思い残すことなどありません」

「よろしくお願い致します」

「本当にいいのだな?」

「後悔はありません」

 

 真っすぐにアインズを見つめる二人は、死の覚悟を決めていた。

 

「まったく、愚かな人間達だ」

 

 嘆くように、それ以上に優しい感情を籠めて言った。

 

「行くぞ、《心臓掌握(グラスプ・ハート)》」

 

 色の良くない痩せた心臓が、アインズのガントレットに握られた。グチャっと音を立てて握り潰された。

 

「ぐはっ!」

 

 村長は胸を強く掴み、頭から後ろへ倒れた。吐血が空中を舞い、村長の体に赤い雨となって落ちた。

 

「次はお前だ」

「よ、よよ、よろしくお願いします!」

「《心臓掌握(グラスプ・ハート)》」

 

 震えている青年に構わず、心臓を握り潰した。二つの命は一瞬で奪われ、静寂の中で二つの死体が急速に温度を失っていった。

 

「《中位アンデッド創造》。デスナイト」

 

 どこからともなく黒い闇が現れ、二つの死体を覆っていく。二つの死はアンデッドとして具現化され、巨大な黒く雄々しい兵士が二体、アインズの前に跪いた。

 

「聞け、デスナイトたちよ。お前たちはこの村を発展させ、守護し、人々の暮らしを見守る存在である。村人の指示に従い、彼らを助けよ」

 

 先ほどまで人間であった二体は、聞けば体の芯が震えるほどの雄叫びを上げた。ガゼフの部下は恐怖で身を震わせる。先ほどまで何の変哲もなかった村人(弱者)は、自分たちを造作もなく皆殺しにできる不死者(強者)に変わったのだ。

 

「あ、あぁぁ……村長ぉ!」

 

 村人達は歓喜の声を上げている。

 

(しかし、これではまるで邪教の信者たちのようじゃないか?)

 

 アインズが頭を抱えていると、ガゼフが近寄ってきた。「怒られるかも」と思い、アインズはビクっと体を震わせた。

 

「アインズ殿、なんという底のない魔力。そして慈悲のある対応、感服致した。多大な感謝をしている」

「村長含む2名を殺害し、生者を憎むアンデッドに変えた者に、そんなことを言ってもいいのですか?」

「いや、言わせてくれ。この村を含め多くの命が救われた。どれほど感謝を捧げれば良いのか。王の勅命も実行し、カルネ村を犠牲者も出さずに防衛、スレイン法国工作部隊の殲滅など、我々には到底できなかった」

「ガゼフ殿。後日遊びに行くからよろしく。俺はお酒が好きだ」

 

 先ほどの演技と打って変わり、あっけらかんとしたヤトが会話に混ざった。

 

「茶々を入れるな、ヤト」

「はっはっは、構わないとも。うまい酒を用意して待っている。またお会いするのを楽しみにしている。ゴウン殿、ヤト殿」

「ばいばーい」

 

 子供が手を振るかのような気楽さで、王国最強の戦士に手を振った。ガゼフ達はすぐに出発し、夜の草原を王都に向けて馬を走らせた。

 

「まったく、人間ではないと思えない。王都の腐敗した貴族どもに爪の垢でも飲ませてやりたい人徳だ。願わくば、敵にならない事を祈るばかり……か」

「ガゼフ様?」

「何でもない、急ぐぞ」

 

 月が見下ろす草原を、王国騎士団の彼らは王都リ・エスティーゼへ向けて馬を駆った。

 

「さて、アインズさん。ここにいると危険だから帰りましょうか」

「ああ、そうだな。アルベド、帰還するぞ」

「はい、アインズ様」

 

 デスナイトの周辺で盛り上がっている村人達に気付かれないよう、赤黒いゲートを開き、ナザリックに帰還した。

 

 数日後、村人たちの会合にて、アインズとヤトの銅像を作るべきかの議論が行われたが、発展途上の村に銅像を作る余裕もなく、またヤトが発展すれば支配すると言い切った手前、現状で作るべきではないとの結論に落ち着いた。

 

 外見上は今まで通りのカルネ村として振る舞っていたが、内面は全く別の村になっていると誰も思いつかなかった。

 

 

 

 

 カルネ村で殺戮を終えた二柱の支配者は、円卓の間にて緩んだ雰囲気で会話をはじめた。自室へ戻って休憩をしようとしたアインズは、ヤトの提案で円卓の間へ引きずり込まれた。

 

「それで? なんで円卓の間に」

「これからのことを考えようかと」

「これからって?」

「冒険者、興味ありません?」

「……興味ある。街で暮らす必要もあるからな」

「エ・ランテルで冒険者になるってのは賛成です」

「冒険者が夢のある仕事だといいんだけど」

「俺はセバスと王都へ情報収集に行きます」

「ガゼフが図書館は小さいのが王都にあるって言ってたな。セバスにヤトが好き勝手に動かないように注意しておかないと。たっちさんが創った彼なら、しっかりと監視してくれるだろうから」

「心配し過ぎッス、大丈夫ですよ」

「……本当に?」

 

 アインズは目を細め、骸骨の眼窩に妖しい赤い光が宿った。ヤトの拙い演技で名案に至ったが、そこまで見越してやったとも思えない。彼の考えはよくわからない。

 

「アインズさん。ナザリックの内務についてなんですけど、俺たち二人とも留守にするじゃないスか?」

「そうだね」

「んで、留守中の内務について相談なんですけど。参謀を立てる事をお勧めします」

「アルベドとデミウルゴス?」

「もう一人いるじゃないスか」

「そうだっけ? 知性を高く作られたのは二人だけだと思ったが」

「あなたの息子さんが」

「……」

 

 ヤトは返事を待ったが、彼は無言(ノーコメント)を貫こうとしていた。いつまで待っても言葉は出てこなかった。

 

「無視ですか?」

「気が乗らない」

 

 拒絶的な響きがあった。精魂込めて作り上げたNPCは、実際に生きているとなれば黒歴史になる。他のNPCは可愛いが、自身で作り上げたパンドラズ・アクターだけは立派な黒歴史となっていた。

 

「彼の設定は頭が良かったですよね?」

「ん……うぅーん……どうだったかなぁ」

「誤魔化さなくてもいいですよ、もう知ってますから。乗るか、乗らないかではなく、ナザリックの維持では必要じゃないですかね?」

「……そういわれると弱いんだけど」

「ついででアレですが、一つ提案があるんで聞いてもらえます?」

 

 ヤトの提案は受け入れがたく、アインズは即時却下しようとしていた。説得するのに時間がかかり、二人が円卓の間を出たのはカルネ村から帰還して随分と経ってからだった。

 

 僕一同、玉座の間に集合と、アインズからすぐに招集がかかった。

 

 

 

 

 数時間後、玉座の間には可能な限り全ての僕たちが集まった。アインズは水晶で作られた玉座に腰かけ、大蛇は玉座の隣で腕を組んでいる。

 

「カルネ村訪問に付き合った者、まずは礼を言おう。此度の働き、ご苦労であった」

 

 悠然たる支配者の声に、該当人物は深く頭を下げた。

 

「そして今後の話だが、パンドラズ・アクターよ、前へ」

「仰せのままに! 我が創造主にして我が神よ!」

 

 軍服を着たパンドラズ・アクターが、赤い絨毯の中心に進み出て跪く。

 

「彼は私が創造した宝物殿の守護者、パンドラズ・アクターだ。知らない者もいるだろうが、周知徹底せよ。アルベド、デミウルゴス、前へ出ろ」

 

 二人はパンドラズ・アクターの両脇に跪いた。

 

「お前たち三名は他の者より高い知能を持つように創造された。ナザリックを不在にする私とヤトノカミに代わり、このナザリックの参謀として内務・外務・その他の(まつりごと)に従事し、他の者へ指示を出せ。何かあれば私に知らせるように」

「仰せのままに」

 

 そっけなく返事をしたように聞こえるが、彼らは勅命を名指しで受けて歓喜に震えた。

 

「良い、下がれ」

 

 三人が列に戻ったのを確認し、アインズの業務連絡は続けられた。

 

「皆の者、私は名を変えた」

 

 アインズは髑髏を模したモモンガの紋章旗を、人差し指を振って焼き払った。

 

「我が名はアインズ・ウール・ゴウン! 以後私の名を呼ぶ時はアインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼べ! 次はヤトノカミ、前へ出ろ」

 

 大蛇のヤトに顎で促す。

 玉座の隣から下へ降りたヤトは、アインズに背を向けて(しもべ)に向き直る。

 

「皆の者聞け! 私は本日を以て、至高の41人を降りる!」

 

 予想外の内容に、並ぶ僕たちからどよめきが起きる。

 

「ナザリック地下大墳墓の完全復活のために、ここにいない至高の41人を全て見つけ出す! 私はナザリックの支配者であるアインズ様に、諸君らと同様、絶対の忠誠を誓い、ナザリックの先陣、切り込み隊長として行動を行う!」

 

 背中の大鎌を高く掲げた。

 

「我らの悲願は、残る至高の39人を見つけ出すことと知れ! 現時点をもって、命令の優先順位はアインズ様、次いで私とせよ」

 

 ひとしきり大きな声で叫んだ。

 

「死の支配者、オーバーロードに栄光を! ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!」

 

 大蛇の声は荘厳なナザリックの玉座の間を反響し、跪く従者たちの心に浸透していった。

 

「御苦労であった、下がれ、ヤトノカミ。我々の話は以上だ、異論がある者は立ってそれを示せ」

 

 守護者統括であるアルベドが、代表してその命に応えた。

 

「御下命、賜りました。いと貴き御方、アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!」

 

《アインズ・ウール・ゴウン様万歳!》

 

「ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!」

 

《ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!》

 

 僕たちの声は音の塊となって、支配者二人の体を震わせた。

 

 それは神話の一部のように荘厳な景色だった。

 

 

(この世界に居るかもしれない、他の仲間たちにその名が届くように)

 

(この世界に誰も居なくとも、仲間に誇れる冒険ができるように)

 

 

 アインズとヤトは心の中で、それぞれの少し違う思いを固く誓った。

 

 

 

 

 アインズとヤトは一仕事終えてから円卓の間へ移動し、玉座の間に残った守護者たちは雑談をはじめた。

 

「でも、ヤトノカミ様が至高の41人を降りるというのは、つまりどうすればいいのでありんす?」

 

 シャルティアは首を傾げた。

 

「何も心配はいりませんよ、シャルティア。蛇神ヤトノカミ様は、アインズ様をナザリックの王とするため、我らの忠誠がブレないようにそう命じたのです。私達が偏った忠誠を尽くさなければ構わないと、つまり忠誠を尽くすことを否定してはいないのだよ」

 

 デミウルゴスが中指で、メガネのフレームを正した。

 

「そうね。私達の忠誠がアインズ様に集まりさえすれば、後は各自の好きな判断で良いというのが、御方の方針と考えればいいのよ」

 

 アルベドが同意を述べ、シャルティアは「ふーん」と答えた。

 

「フム、ナザリックノ最終目的ハ、他ノ至高ノ御方々ノ捜索カ」

「あ、あの、それってぶくぶく茶釜様とか、他の方々がこの世界に居られるかもしれないってことですか?」

「えぇ!? じゃぁ早く探しに行かないと!」

「落ち着きなさい、アウラ。私達が成すべきは、ナザリック周辺の捜索と平定よ。地盤が安定していれば、下等な人間どもに煩わされることなく、ナザリックから遠く離れた場所へ捜索に行けるでしょう?」

 

 アルベドが二人を諫め、慌てたアウラは動きを止めた。

 

「アルベド殿から聞いた話だと!」

 

 パンドラズ・アクターは体を半周回し、玉座に背を向けた。

 

「人間は得体のしれない相手や目的に対して、避けるか、消すという行動をとると仰いましたね?」

 

 帽子の下から片目でアルベドを窺った。

 

「我が創造主、偉大なる絶対者、アインズ・ウール・ゴウン様であっても!」

 

 ダンスに誘うかのように、オペラ口調でアルベドに手を差し出したパンドラズ・アクターに対し、アルベドは冷めた目で答えた。

 

「……そうね。そのために私達はこの地域を平定しなければならない。一刻も早く至高の御方々を見つけ出し、ナザリック地下大墳墓が完全復活を遂げるために、ひいてはアインズ様の悲願のため」

 

 内心では至高の41人など殺しても構わないと思っていたが、それを態度に出すほど愚かではなかった。

 

「ふーん、歯向かう人間なんか皆殺しにしちゃえばいいのに」

「マッタクダ。敵対者ナド、我ラニオ任セ頂ケレバ、必ズヤ忠義ニ応エテミセヨウ」

 

 「やれやれ」とアウラは両手を肩の高さに上げ、コキュートスは顎をガチガチと鳴らして冷気を吐き出した。

 

「あぁ、早くペロロンチーノ様にお会いしたいでありんすぇ」

「あ、ぼ、ボクだってぶくぶく茶釜様にお会いしたいです」

「たっち・みー様もこの世界にいらっしゃるのでしょうか」

 

 創造主への敬意は尽きることなく、守護者、あるいは僕たちは自身の創造主との思い出話や未来予想図で、玉座の間は賑わっていた。

 

 

 

 

 業務連絡を兼ねた大事な役割演技(ロールプレイ)を終えた二人は、他に誰もいない円卓の間で一息つく。

 

「疲れたッスー……やっぱり俺にゃ向いてないスわ」

「やっぱり……失敗だったんじゃない?」

「いや、完璧なロールでしたよ、お互いに。納得いってないのは不満ってことですかね?」

「不満が残らないわけがない……仲間を部下にするなんて」

「頭のいいNPC達ですから、きっとこちらの意図を読んでくれますよ。それより今後の方針はやはり冒険者に?」

「他力本願だな……そうだね、俺はエ・ランテルに行こう」

「俺はセバスと情報収集に。腐った町の生情報に触れてきますよ」

「変なもめごとは避けてくれよ? いらん事したらコロ助」

「勘弁して下さいよ」

 

 愛想笑いの声が、天井へと浮かんでいった。

 

「素早さも逃げ足も定評あるから大丈夫です。護衛も肉弾戦最強のセバスなので、不要な殺戮はしないでしょう。たっち・みーさんが作った彼なら」

「俺は誰を連れて行こうかな……」

「それはお好みで、より取り見取りつかみ取りです。みんなキレイどころですよ」

「他人事だなぁ……先に内務の状況を確認しないといけないっていうのに」

「全部任せれば大丈夫でしょ」

「最初はこちらで見ておかないと、引き継ぐ彼らが可哀想だよ。パンドラズ・アクターの紹介は先に済ませたから、多少は気が楽だけど」

 

 大袈裟で無意味に芝居がかった態度を思い出し、精神の沈静化を図った。

 

「やる事が多いのは、始めたばかりのゲームっぽいじゃないですか」

「そう考えると少しは気が楽になるね。ところでいつ王都に出発するの?」

「予定ではアインズさんがエ・ランテルに向かった後ですかね。冒険者組合の情報が欲しいので。俺は転移魔法が使えないので、シャルティアに手伝ってもらおうと思ってます」

「じゃあ、お互いにメッセージでやり取りになるね」

「当面の目標は情報収集、武技の確保、魔法調査、王都の勢力分布ですね?」

「金貨の安定供給方法とかね。維持費でユグドラシル金貨は日々少しずつ減っていってるから」

「一日当たりいくら消費するのかは、怖くて確認したくないッスね……冒険者やらずに農業でもやっちゃいますか?」

「はいはい。まぁ飲食・睡眠不要に関するアイテムはある程度の数があるから、大幅に抑えられる箇所もあるけど。長い目で見るとね」

「アンデッドって寿命とかあるんですかね? 俺も見た目は大蛇ですけど、一応クラスは神様ですし」

「その答えは誰も知らない。神のみぞ知るってやつじゃない?」

「俺、神様だけど知らねッス」

「……そうだったね」

 

 寿命に関してはあまり考えたくなかった。

 

 ゲームの種族通りになったと仮定すれば、アインズは不死者(アンデッド)だが、ヤトは神族とはいえ生体だ。蛇神という種族を抜きにして安易に想像すれば、アインズは永遠の命を、ヤトは大蛇の寿命を手にしたことになる。アインズが生きている間にヤトが寿命で死ぬ可能性は高いだろうと想像し、孤独な未来が心を曇らせた。

 

 既にゲーム内で孤独を味わった経験があるアインズは、誰も知らない世界で改めて一人きりになる不安を感じた。死別とは、再会の希望がない永遠の別れだ。

 

「可愛いNPC達のために頑張って稼がないと。やっぱり意志を持っているところを見てしまうとね。結婚もしてないのに子持ちになった気分だよ」

「すればいいじゃないですか、結婚。アルベドと」

「うーん……流石にそれは。美人なのは認めるけど」

「アルベドと結婚したら、後で仲間が合流したとき、超笑われますね。あ、アインズさんが稼いだ金で娼館いってもいいですか?」

「ふざけるな」

 

 取り付く島もない口調で却下された。ついでに絶望のオーラまで発動し、迫力は十分だ。

 

「ヒィィ! 仕方ない、自分で稼いだ金で、色々と溜まったら考えます。性欲とかお金とか」

「程ほどにね、ところで人化の術って便利だよね。ちょっとうらやましいよ」

「アインズさんのクリエイト・グレーター・アイテムの劣化版みたいなもんですよ? 状態異常耐性落ちますし、所詮は装備品のためのスキルですよ。おまけにこれ、欲求が今の倍化するんで、人化した途端に空腹と眠気に襲われちゃうんですよ。人化が継続していると、若干の緩和はできるみたいなんですけどね」

「それは色々と酷いね。下手をしたら人化した途端、昏倒してしまう事もあるのか……行動には細心の注意を払ってね」

「蛇に戻れば冷めるんで、何か起きたら蛇に戻って逃げます」

「絶対に死ぬなよ。俺達は二人きりなんだから」

「こちらもアインズさんを残して死ねないッスから。しかし、イベントアイテムの装備のためとはいえ、今思えばもっと強いスキル取っておけばよかったです。異世界に来ることなんて予想できませんけどね」

「ライダー装備は人型じゃないと装備できない、だっけ?」

「そうです。たっちさんと特撮で盛り上がったりしましたよ。ライダーイベントの時は楽しかったですねえ」

「よく知らないから話に入れなかったんだよね、あの時。そういえばたっちさんは――」

 

 二人はそのまま昔話に突入し、終わるまで冒険の準備は進まなかった。円卓の間には、長きにわたって支配者たちの談笑する声が流れていた。途中、アルベドが円卓の間を訪れようとしたが、中から談笑する声を聞いて動きが止まった。ノックしようとした手は力を失って戻り、アルベドは唇を噛みしめてその場を立ち去った。

 

 

 パンドラ・アルベド・デミウルゴスをナザリックの内政・参謀に加え、アインズとヤトはリ・エスティーゼ王国のそれぞれ違う場所で暗躍する。

 

 投げられる予定の賽は、しばらくの余暇を楽しんでいた。

 

 

 




村長ロール→2d20 ×4回 97→95以上で統治
生贄ロール→3障害を持った青年

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