モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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長っ


激戦の布石

苦労して集めた人材の処遇に関して、アインズはレェブン候と相談をしていた。

 

「当面の問題は食料と住居ですね。」

「うむ、受け入れ準備が整っていないからな。」

「留守にしても宜しければ、私の領地で複数は引き取れます。」

「ふむ、そうしてもらえると助かる。」

「残った家族は王都で待機させては如何でしょう。」

「用途は多いのだが、勿体ないことだな。」

「微々たる問題です。受け入れ態勢はすぐに整うでしょう。」

「これで上手くいけば、後は畑の成果を待つだけとなるのだが。」

「ええ、そうなりたいものですね。私も家族と過ごしたいもので。」

 

永い王都での暮らしで、レェブン候は懐郷病(ホームシック)を起こしていた。

久しぶりに家族が待つ我が家に戻ることとなり、喜んで人材受け入れ準備を始めた。

 

「残る家族には金貨を渡し、王都で待機か。あの阿呆、次々に人を送りやがって。」

 

眠る大蛇に不満を抱き、悩むアインズはブツブツと呟いた。

理想的な人材用途を考えながら、王宮を散歩し始める。

 

窓に叩きつけられる水滴で、にわか雨が降っていると気が付く。

窓に水かきの広い河童を思わせる手形が付着していたが、アインズに気付かれることなく雨で流されていった。

 

 

 

 

降り始めたにわか雨により、中庭の戦闘訓練は中止を余儀なくされる。

水滴を振り払うラキュースへ、コキュートスが手ぬぐいを手渡す。

 

「オ妃様、体ヲ冷ヤスト将来ニ差シ支エマス。ゴ自宅デオ休ミニナラレテハ如何デショウカ。」

「ありがとうございます、コキュートス様。でも彼が不在なので、子供はまだ先の話でございますわ。」

「ム……ソレハソウデスガ。ヤトノカミ様ガオ戻リニナラレタラ、奮闘シテ頂カナケレバナリマセンナ」

 

いつもは恐れ多いなどと直接的な表現を避けるコキュートスが、珍しく直接的な発言をしたのが気になった。

 

「ジイハ御子ヲ抱ク日ヲ心待チニシテオリマス。御二人ノ子供デアレバ、サゾカシ可愛ラシイデショウ。」

「わ、分かりました。頑張ります。」

 

冷たいコキュートスの熱さに、ラキュースは引いていく。

呼気をプシューと吐き出す彼は、機嫌が良さそうだった。

 

「邪魔サレナイヨウニ、ナザリックヘ籠ラレテハ如何デショウカ」

「あ、はい。考えておきま――」

「イケマセン。御二人ダケノ問題デハナク、ナザリックノ将来トイウメンデモ」

「アノ、コキュートスサマ。今日はやけに興奮していますが、何かありましたか?」

 

引いているラキュースは、一部が片言になっていた。

 

「コレハ失礼シマシタ。実ハ、セバスガナザリックノ所有物デアル人間メイドニ、手ヲツケル相談ヲシテオリマシタ。己ノ希望ヲ申シ上ゲル事コソ、至高ノ御方々の理想デアリ、忠義ヲ尽クセバ良イトハ限ラナイ、ト。」

「セバス様が……ツアレなのかしら。アインズ様は何と仰いましたか?」

「ヤハリオ喜ビニナッタト、聞イテオリマス。」

「忠義が全てとは限らない……ですか。帰ったらツアレに話してみます。ありがとうございます、コキュートス様」

「イエ、ソレヨリモ御子ノ誕生ヲ、ナザリックヘ籠ッテ専念スルベキカト進言イタシマス。」

「あ……あの……」

 

稽古中止が決まった後からイビルアイの姿は掻き消えており、逃げ出す口実も無い彼女は、コキュートスの嫡子誕生に対する熱い思いを聞かされ続けた。

 

 二人が長話をしている間に雨雲は帝国の方へ流れていったが、ラキュースは解放して貰えず、騎士の稽古が再開されることも無かった。

 

 

 

 

食堂でずぶ濡れになった騎士たちが、お茶を飲んで暖を取っていたのを見かけ、緊張させて邪魔するのも悪いと思ったアインズは、人気のない方へ散歩の足を向けた。

普段あまり人の来ない辺りに差し掛かったところで、いつの間に忍び寄ったのか、ティファとティアが二人並んで背後に立っていた。

 

「王様、お願いがある。」

「……夜伽は必要ない」

「桜を見たい。」

「ナザリックへ行きたい。」

 

三つ子の二人は同じ顔で続けた。

 

「……我慢して欲しいのだが」

「夜伽は諦める、連れていって欲しい」

「ユリに会いたい。」

 

「ナザリック観光は構わないが、今日は忙しい。これからヤトが買い取った家族が来るからな。」

「私は明日でも構わない。」

「明日まで我慢する。」

「……明日行く前提か。あまり長居は出来んぞ。魔導国の内情はまだ落ち着いていないのだ」

 

瓜二つの膨れっ面をする二人を捨て置き、アインズは歩き出した。

 

 二人を撒こうと足早に通路を曲がると、機会を窺っていたイビルアイが見つかったことにより慌てていた。

 

「……何をしているのだ」

「あ、アインズさま。私もナザリックに行きたいです。」

「ヤトの結婚式で来ただろう。」

「いえ、アインズさまの自室が見たいです。」

「……内政の確認をする間なら構わんが、あまり長居はできん。そしてあまり騒ぐな。その条件を守るのなら考えよう」

「はい!ありがとうございます!」

 

小さな彼女はこれまた小さく頭を下げ、小さな足でその場を立ち去った。

 

「アルベドとイビルアイに元人間なのだと話してしまおう。駄目なら駄目でも構わないし、誰を選べばいいのか分かる。」

 

コレクター欲は刺激されていたが、愛でるまでの興味は無かった。

ラキュースが好きで好きでしょうがない蛇が、行きずりの若い女性宅へ転がり込んでいると知らず、考える内容が誰を妻にするかへ移っていった。

 

 新たに加わったティラという選択肢が、あばら骨中心部へ痛みをもたらす。

 

「ティラとブリタはどうするか……。政治が全然進まないじゃないか……俺は一体、何をやっているんだ」

 

 

 

 

 執務室に戻り何の得にもならない事を難しく考えていると、セバスが昨日に連れ帰った娼婦を連れて謁見を求めてくる。

娼館一軒分に該当する女性の、顔と名前を覚えるのは困難を極めた。

 

何度となく途中で放り投げようかと思ったが、国の頂点である自分が、会社で言えば社長・会長に該当する自分が、紹介されたメイドの顔と名前を覚えていないのは情けなかった。

セバスへの返事もそこそこに必死で顔と名前を記憶していると、ガゼフ・ガガーランが送った人材が中庭に着いたとメイドが呼びに来る。

 

十三組の家族が到着したと聞き、アインズはここで全てを放り投げた。

想定以上の人材量に、これ以上の情報を覚えられるとも思えなかった。

 

「セバス、私は私用により王宮を留守にする。レェブン候が引き取る人材の吟味に協力し、残りは空き家に案内せよ。」

「畏まりました。」

「当面の生活費を渡し、教育したメイドを一人付けてくれ。後は一任する。」

「アインズ様の護衛はどうなさいますか?」

「ふむ…ナザリックからプレアデスを呼ぶ。私の国で過剰な警戒は必要なかろう。」

「畏まりました、早急に連絡をしておきましょう。アインズ様はご準備が整い次第、王宮正門でお待ちください。」

「ああ、よろしく頼む。」

 

 体よく逃げ出したアインズは内心で喜びながらも、悠然とした動作で騎士やメイドの注目を浴びながら王宮を出ていった。

この日は女性問題に悩まされずに済み、体も心も軽かった。

 

「嫉妬マスクを……いや、アンデッドと公言しているのだ。今更何の意味もあるまい」

 

 

 

 

王宮正門前で空を見上げていると、プレアデスの内二名が転移してくる。

ユリとソリュシャンは、アインズの姿を見るなり即座に跪く。

エ・ランテルでモモンの伝言用に待機しているナーベラル、組合にいるシズ、カルネ村の支援に回されたルプスレギナ・エントマを、私用でわざわざ呼びつけるのは気が引けた。

 

二人の背後に魂食い(ソウルイーター)とデスナイトが二体いるのが気になった。

 

「ユリ・アルファ、御身の前に。」

「ソリュシャン・イプシロン、御身の前に。」

 

「ナザリックの業務で多忙の中、呼び出してすまなかったな。両名、今日は息抜きとして、気楽に付き従うがいい。」

「アインズ様……その慈悲深き御心に、必ずや報いてみせます」

「うむ。ところで、なぜアンデッドを連れてきたのだ」

「護衛でございます。」

「ユリとソリュシャンがいるであろう。」

「護衛が二名というのは不安かと。」

「……そうか」

 

それ以上は水掛け論になると思い、黙って受け入れた。

創造者と同様に頑固で堅物、はっきり言うと脳筋なユリを、女性問題で疲れているアインズは説得する気にもならなかった。

 

魂食い(ソウルイーター)とデスナイトたちは、生者への憎悪満々と言いたげに武者震いをしていた。

気付かれずにため息を吐き、美女二名と伝説級のアンデッドに付き従われ、王都の神殿に向かった。

 

彼らは街中で、すれ違う群衆の視線を磁石のように引き寄せた。

死の支配者(オーバーロード)に付き従う複数の伝説級アンデッドなど、スレイン法国の神官が見れば悍ましさに目を背ける光景だろう。

しかし、すれ違う国民は自国の国王に対して、足を止めて頭を下げた。

魔導国の国民に、アインズを悪く思う者は現時点ではいない。

 

行軍する恥ずかしさを感じながら、アインズは片手を上げてすべての国民に応えた。

子どもたちは楽しそうにアンデッドの後を追いかけている。

魂食い(ソウルイーター)とソリュシャンが、無垢な子供達を見て舌で唇を舐めていた。

 

恥ずかしさに耐えながら進軍した結果、ようやく王都の神殿に到着する。

神殿の正門を掃き掃除していた若い神官に、気軽に声を掛けた。

 

「邪魔するぞ。」

「ひぃぃ!た、助けて!命だけは!」

「……私を何だと思っているのだ」

「え?」

「神官長を呼べ。魔導王が会いに来たと伝えよ。」

「は、はい!即座に!」

 

怯えた若き神官は、転んでしまいそうな全力で神殿の中に走っていった。

 

「アインズ様に対して無礼な。」

「粛清いたしますか?」

 

「……よい。簡単に粛清してしまうと、恐怖政治の噂が広まってしまうからな。ここはスレイン法国と繋がりのある組織だ。余計な火種は極力控えなくてはならん」

 

「畏まりました。」

「流石はアインズ様、愚かな私をお許しください。」

「ソリュシャン、過ちは挽回できる。気にしている訳ではないが、名誉挽回には期待している。その時は何か褒美を取らそう。」

「はい、プレアデスはソリュシャン・イプシロン。ご期待に沿い、ご褒美を頂きます。」

 

上下関係をしっかりした上でこちらの意を汲んでくれるソリュシャンは、日ごろの重たい忠誠にのしかかられているアインズからすれば嫌いではなかった。

視界の端でユリが目で咎めていた。

彼女がアルベドとアインズの仲を取り持とうと密かに決意したが、アインズが察することは不可能だった。

 

「ソリュシャン、何か欲しい物があるのか?」

「はい、私はさんき――」

 

「魔導王陛下、こちらへどうぞ!」

 

ソリュシャンの何らかのおねだりは、年配の神官長に遮られた。

彼は眉間に皺をよせ、露骨に不快な表情を浮かべていた。

 

「うむ、ソリュシャン。その話はまた今度しよう。」

「はい、アインズ様。」

「ユリ、デスナイトは入口に置いて」

「神殿前に忌々しいアンデッドなどを待機させてほしくありませんな。護衛の方々も纏めてこちらへどうぞ。」

「……そうか。ユリ、ソリュシャン、アンデッドが人間に手出ししないように連れてくるのだ」

 

魂食い(ソウルイーター)とデスナイト二体は、態度の悪い神官長に不満を呈す二人の美女に誘導され、神殿に入っていくアインズの後に続いた。

 

 

 

 

 現実世界(リアル)でいうところの病院、教会、孤児院の役割を担う神殿内では、治療を待つ人々と忙しく走り回る神官とで慌ただしかった。

最も、治療を待つ人々の半数は井戸端会議に精を出しており、平和な魔導国で治療が必要な人間は病気で体調を壊した者だけだ。

 

魔導王を見つけた国民の中にはスレイン法国から下った者もおり、スルシャーナ神の降臨と勘違いした彼らは、アインズの前に平伏し、涙を流して祈りを唱えた。

 

ユリとソリュシャンが当然と言いたげな中、密かに精神の沈静化を図ったアインズは、敬虔な信者に気圧される。

誤解を解ける雰囲気ではなく、それらしく振る舞うので精一杯だった。

 

「止しなさい! ここはスレイン法国に属する神聖なる神殿、アンデッドに祈りを捧げるのなら出ていきなさい」

 

神官長の一喝によって神聖な雰囲気は打ち壊され、ユリとソリュシャンは生意気な人間を睨んでいる。

 

「魔導王陛下、ここは騒がしいので応接間へ。皆は通常業務に戻れ。」

 

険しい表情に元サラリーマンのアインズは何も言い返せず、営業マン時代にトラブル処理で客先へ謝りに行った記憶が蘇った。

明確な拒絶が含まれる声色に、アインズは首を傾げそうになる。

 

ヤトからの報告だと王都の神殿は、秘密裏に配下に下ったはずではなかったのか、と。

魂食い(ソウルイーター)を体よく処分しようと思っていた当てが外れ、この後ずっとアンデッドと行軍しなければならない現実に、気楽な散策が億劫に思えてくる。

 

存在しない脳みそに電気信号を走らせ思考を最大限に活用したが、特に活路は見いだせなかった。

 

応接間に入室し促されるままに着席する。

神官長はドアに厳重な鍵を閉めた。

 

営業マン時代の経験を活かし、まずは相手の意見を聞こうと沈黙を貫くアインズに、神官長は足早に近寄る。

 

「申し訳ありませんでしたああ!」

「………はあ?」

 

年配の神官長は三つ指をついて平伏し、土下座の格好となった。

頭を強く地面に打ち付けたので、おでこにたん瘤くらいは出来ているだろう。

事態が飲み込めず、魔導国側の者は全員が機能停止した。

 

「魔導王陛下!私の無礼をお許しください!何分、部下の手前では仮にスルシャーナ神様と同種族とはいえ、アンデッドである御身に表立って忠誠を誓ってしまうと、法国を裏切る際に有益な情報がお渡しできません!この罰はスレイン法国に対する裏切り行為をもって禊とさせていただき、必ずや汚辱を削がせて頂きたいと」

「よ、よい、わかっていたことだ。気に病む必要はない。」

「お……おお……アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下……慈悲深き我が神よ……ありがたき幸せでございます」

 

土下座したまま顔も上げずに震える神官長を見て、ユリとソリュシャンが納得した表情になり、アインズは内心で安堵する。

 

「神官長、面を上げよ。」

「はい。」

 

アインズの倍は生きていそうな神官長は、顔を上げて潤んだ瞳でこちらを見ていた。

 

「スレイン法国に関しての情報を教えてもらおう。」

「はい、知りうる全てをお話ししましょう」

 

神官長は真摯な表情で、自国の情報を躊躇いなく差し出し始めた。

 

 

 

「エルフの国と戦争だと?」

「左様でございます。準備段階ですが、近いうちに開戦の火蓋が切られるということで、各都市の神官長クラスはスレイン法国の会議に出席せよと通達が出回っております。焦っているようですが、戦争後に魔導国対策をする予定ではないでしょうか」

「エルフなど人畜無害な亜人種だろう?人間以外を下位と見做す信仰も、そこまで徹底すると清々しいものだな。」

「会議の詳細は、必ずや御報告に伺いましょう。」

「配下に下った事は悟られぬようにせよ。法国の者には刺激が強すぎるだろう。」

「お恥ずかしい限りで、宗教家というのは頭が固く、己が信じる神以外を認めぬ所があります。魔導国に関しましても何か情報を差し出さなければなりません。法国を裏切るためとはいえ、陛下を貶める発言をしなければならず、与り知らぬ所でとはいえ御無礼をお許しください。」

 

 スルシャーナに代わり崇拝する神の御前で、神官長は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「気にする必要はない。器用な立ち回りに期待している。しかし、エルフ国とスレイン法国の戦争か……こちらに火種が飛び火せねばいいが……最悪はスレイン法国と戦争を考慮すべき……か。エルフ国と同盟を組むのも悪くないな」

 

会議前の現段階で他に目新しい情報も無かった。

 

漆黒聖典に張り付いているニグレドの情報も久しく確認しておらず、ナザリックへ帰還し情報精査を行う必要があった。

 

明日にティラ、ティナ、イビルアイをナザリック観光へ連れ出すのに、ちょうどいい機会だった。

 

思考の海に溺れそうになっているアインズに、神官長の声がかかる。

 

「申し訳ありませんが、私の願いを聞いて頂けますでしょうか。」

「何だ、申してみよ。」

「はい……あの……“彼”を頂けないでしょうか」

 

彼の視線は魂食い(ソウルイーター)とアインズの間を行き来していた。

 

「ソウルイーターを欲しがっているとは聞いていたが……そんなにコレが欲しいのか?」

「は、はい。他には何も望みません。」

「よかろう、護衛が多いと思っていたところだ。ソウルイーターよ、彼に忠誠を誓え」

 

骨の馬が存在しない鼻を鳴らした。

生身の体であれば鼻水が飛び散っていただろう。

 

「えぇ!? そんな簡単に……よろしいのですか!?」

「私にとってはそこら辺の馬と同価値の僕だ。足りなければまた作ればよい。スレイン法国には交渉して魔導王から奪い取ったとでも報告するがいい。」

「はっはは……はい! ありがたき幸せでございます! これより一層の忠誠を魔導王陛下へ捧げましょう」

「今後の働きに期待している。次は会議の報告を聞きに、訪れるとしよう。」

「我が神アインズ・ウール・ゴウン様。再び相見える日を心待ちにしております」

 

重たい神官長の忠誠を、反射的に受け取ってしまったが、足に口づけをされずに済んで安心していた。

彼は再び地面に平伏し、頭を地面にぶつけた。

 

アインズ一行が退出した後、彼は魂食い(ソウルイーター)のあばら骨を磨き始めた。

骨の馬から顎で指示されて甲斐甲斐しく骨を磨く神官長は、傍から見るとどちらが従者かわからなくなっていた。

 

彼は夕方まで応接間に籠っていた。

 

 

 

 

神殿を出た彼らは、次の目的地へ向かう。

 

「邪魔するぞ。」

 

 冒険者向け雑貨屋に入ってきた魔導王と美女二名により、静かだった店内はざわめく。

デスナイトは狭い店内に入れなかったので、外で待機していた。

 

 店番の女性が怯えた表情で悲鳴を上げて奥に走り去り、入れ替わりにスキンヘッドで揉み手の店主が入ってきた。

 

「魔導王陛下!?ほ、本日は何用でございましょうか。」

「冒険者に必要なアイテムの調査に来たのだが、マジックアイテムなどを見せてもらえるか?」

「い、いえ、ここはそんな御大層なアイテムではなく、旅の日用品や身なりを飾る装飾品が主だった商品で」

「構わん。今後の参考になろう。適当に見て立ち去るから気にせずともよい。」

「そうですか……商品のご説明は気軽にお申し付けください」

 

そういったものの、店主はアインズの近くを離れなかった。

 

ユリとソリュシャンのような美女を見る機会など、そうそうある訳ではなく、今後の新商品の取っ掛かりになればと、ユリとソリュシャンを盗み見ていた。

 

アインズの望んだマジックアイテムの類は少なく、女性冒険者向けの剝げにくい化粧品・髪飾り、キャンプ用の携帯食料、野外の調理器具・イラスト入り食器皿など、日常品が多かった。

 

例の如く冒険者が描かれた皿が並べられていた。

 

「店主、ラキュース単体の在庫が多いようだな。」

「人妻になったからではないでしょうか。」

「……現金なものだ。時に店主、皿を販売するモデルの基準は何だ?」

「強く、人気のある方でございます。もっとも、この商品自体、私のただの趣味で儲けはあまり取れてません。今はガガーラン様とセバス様が人気商品でございます。漆黒のモモン様は売り切れて」

「……見ればわかる」

 

アインズは“漆黒”関連の皿が陳列されるべき棚に目をやったが、“絵師多忙により発売再開の目途立たず”の札が左右に揺れているだけだった。

さりげなく隣を見ると、“ヤトノカミの真の姿準備中”と書いてあった。

 

「魔導王陛下、四番街付近に喫茶点を開こうと企画しているのですが、この国の飲食店の課税は如何ほどでしょう。」

「税収についてはまだ検討段階なのだが、あまり高税率にするつもりはない。何を販売する予定なのだ?」

「はい、ただいま試供品をお持ちします。」

 

店主は店の奥に引っ込み、茶色い飲み物に白いクリームを乗せて、そこに蛇の絵を描いた試作品を持ってくる。

 

「……なんだコレは」

「はい。キャラメル・ラキヤト(甘ったるいバカ夫婦)と命名しようかと思っています。」

「ぶっ」

 

店主はそのつもりで言ってはいなかったが、商品名はアインズの中で言い換えられ、思わず吹き出してしまい、慌てて精神の沈静化が行われる。

護衛のプレアデスも、店主も、様子を伺っている冒険者達も、不思議そうな目でアインズを見ていた。

 

「ゴホン!コレはどんな味がするのだ?」

「非常に甘いです。」

「……売れるのか?」

「まだ試供品段階ですが、前評判は高評価です。やはり魔導国の英雄夫婦、今は神に近い王族でございますので、昇進のゲン担ぎに欲しがる冒険者も、純粋に甘いものが好きな子供にも評判がよいようでございます。」

「試供品は貰ってもよいか?蛇公に渡して意見を聞きたい。」

「おお、それは是非お願いします。より良いご意見を期待しております。」

 

商品の題材が自分ではなかったことと、先ほど吹き出した苦境を乗り越えたことを安堵し、店内を物色し始めた。

会計窓口の最上部に飾られている、黒化したミイラの腕らしきものが目に入る。

 

「あれは……猿の手か?」

 

店主がアインズの視線に気づき、声の調子を下げて説明した。

 

「あれは非売品でございます。持ち込まれた商品ですが、鑑定ができなかったもので、とりあえず飾っております。陛下、これが何かを御存じで?」

「これは願いを三つ叶える代わりに、運命を捻じ曲げるアイテムだ。大抵は碌な結果にならん。」

「……店に持ち込んだ人も、家族が全員死んだと言っておりました」

 

髪のない店主の顔が、僅かに青白くなった気がした。

 

「……私が保管しよう。迂闊な者が使えば、危険な結果になりかねない。他に何か怪しいアイテムはあるか? 危ない物はこちらで引き取ろう」

「いえ、今はそれだけでございます。」

 

アインズは猿の手をアイテムボックスに仕舞いこみ、片手を上げて店外に向かう。

珍しいコレクションが増えて満足した表情だったが、誰一人として骸骨の表情は分からなかった。

 

「邪魔したな、また時間があるときに訪ねよう。」

「ありがとうございましたー!」

 

魔導王一行が去った後、店内にいる人間すべてが、様々な意図でため息を吐いた。

 

閃きを形にするべく、アインズは雑貨屋を足早に立ち去り、冒険者組合へ向かった。

 

 

 

 

 店を出るとデスナイトが跪き、遠巻きに囲うように人だかりができていた。

 

人だかりはアインズ達と共に動き、尾行されているようで落ち着かなかった。

群衆を撒くために転移魔法を使い、一行は冒険者組合に移動する。

 

午前中の大雨により閑散としている組合を想像していたが、依頼者と請負者で賑わっており、アインズの予想は大きく外れた。

何より気になったのが、シズとエクレアが組合の受付をしている点だった。

賑わっている組合内は魔導王と美女二人の来訪により静まり返る。

 

受付の二人が理解できずどこで間違ったのか不明なアインズは、静寂の最中に無音で精神沈静化を図っていた。

 

「おい……魔導王陛下だぞ」

「後ろの美女はメイドか?」

「シズちゃんとはまた違う美女だな。」

※読み飛ばし可

「それでナザリックは男性を募集しておりまして、よろしければ労働条件のご相談は如何でしょう。いえいえ、勿論お時間は取らせません。冒険者をやるよりも割が良く、遣り甲斐があるお仕事でございます。いつかはガゼフ・ストロノーフ様も勧誘をする予定でございまして、王国最強の戦士と肩を並べて職務に精を出してみるのも悪くないでしょう。この機会に是非、我らが栄光あるナザリックにて神に尽くすお仕事へ、転職をお考えになっては如何でございましょうか。」

 

勧誘に精を出すエクレアは熱を入れ上げ過ぎて、アインズの来訪に気付いていなかった。

 急激に静かになった空気を不思議に思い覗きに来た組合長が、嬉しそうにこちらに走ってきた。

 

「魔導王陛下、ようこそ冒険者組合へ。」

「う、うむ。シズは……」

 

「おお!アインズ様ではありませんか!この方がナザリックにて勤務をしたいと」

「ええっ!?エクレアさん、ちょっと待ってよ!」

 

エクレアがアインズに気が付き、なし崩し的に加入が決定した冒険者は顔面蒼白となる。

 

「……却下だ」

「何故でございますか! ナザリックの将来の為に、男性部下を増やしても何ら問題は――」

「シズ、エクレアを黙らせろ。」

「……………邪魔しちゃ駄目。」

「シズ! 勧誘のじゃモゴモゴ……」

 

エクレアはシズに抱きかかえられ、口を両手で塞がれた。

勧誘された若い冒険者は、災いから解放されて胸を撫で下ろした。

 

「組合長、シズは……その、大丈夫か?」

「はい、お陰様で。ご紹介頂いた受付嬢のシズ殿は美しく聡明な御方で、組合には順調に人が戻ってきております。貴重なエクレア様まで手配して頂き、感謝に尽きません。バードマンという種族があそこまで優秀だとは想像もしておりませんでした。流石は魔導王陛下でございます。」

 

受付嬢が必要だとは知らずに無口なシズを派遣しましたと、今さら骸骨の口で言えるわけもなかった。

なぜエクレアがここにいるのかという点は、疑問のままに隅の方へ投げ捨てた。

 

組合長は都合よく何かを誤解していたが、間違いを指摘すると時間が掛かるため指摘しなかった。

 

「ウフフ……シズはそ・う・め・いでございますわね」

「ソリュシャン、アインズ様の御前ですよ。砕けた口調は控えなさい。」

 

 口元を押さえて不敵に笑うソリュシャンは、ユリに咎められる。

 

「ユリ、気にせずともよい。ソリュシャン、楽にして構わん。私は組合長と話があるので席を外すが、シズを手伝ってやるといいだろう。」

 

「はい、アインズ様。お任せくださいませ。」

「いってらっしゃいませ、アインズ様。」

 

アインズは組合長と密談をするため、応接間のある二階へ上がっていった。

主君を見送ったソリュシャンは、シズに絡み始める。

 

「シズ、気分はどう?アインズ様の勅命を受けて、気分いいんじゃないかしら?」

「………退屈。」

 

ソリュシャンが意地悪そうに口を裂き、シズは無表情で感情なく返事をしていた。

 

「あら、そうなの?」

「…………座っているだけ。」

「冒険者組合の人手不足は深刻ではないのかしら。」

「…………ソリュも手伝えばわかる。」

「ソリュシャン、シズ。雑談はその辺にして、受付業務を手伝いましょう。アインズ様に恥をかかせるわけにはいかないわよ。」

 

 シズが対抗意識を露わにするのは、エントマに対してだけであり、訪ねてきた姉二人に対しては無表情でも嬉しそうだった。

ユリはどこから取り出したのか、女教師が使っていそうなステッキを持ち、二人を促すように風を切って振った。

 

看板娘が三名に増え、組合に出入りする男性の視線は三分割される。

 

見惚れる冒険者により受付時間が増え、ペンギンも動きを封じられた状態のまま、この日の事務作業は普段と比較し進行速度が大幅に遅延した。

 

 

 

 

応接間ではアインズが組合長へ、先ほど閃いた政策を話している。

 

「すまんな、組合長。」

「いえ、滅相もありません。人が戻ってきているのは全て陛下のお陰です。なんなりとお申し付けください。」

「うむ、アダマンタイト級冒険者の事なのだ。現在、王都には蒼の薔薇、朱の雫、ナザリック、漆黒のモモンがいる。漆黒の拠点はエ・ランテルだが。朱の雫を除くアダマンタイト級を統合したい。」

「ふえ?」

 

組合長は年配の落ち着いた男性だが、後頭部に口がもう一つあるのではないかと思う程に、見た目に反する素っ頓狂で間の抜けた声を出した。

 

「この三チームは王宮で修業中だ。しかし、それではここが手薄になり、上位冒険者を求める依頼者に対応できまい。蒼の薔薇リーダーとナザリックのヤトは夫婦であり、特に問題もなく上手く行くだろう。漆黒のモモンは快く承諾したぞ」

「……なるほど。しかし、何のためにでございますか?」

「戦争を見据え、騎士に冒険者として実戦経験を積ませたい。」

「戦争……ですか」

 

悲し気にため息を吐いた。

 

「帝国との小競り合いは無期延期になったと聞き及んでおりますが……再び開戦なさったのですか」

「相手は法国だ。」

 

たっぷりの間を空けてから、組合長は自ら作った沈黙を間抜けな声で突き破る。

 

「ほ!ふぁあ?」

「エルフの国と法国が戦争準備を始めていると小耳に挟んでな。私も部下にダークエルフがおり、エルフの国を助ける可能性もある。騎士たちの強化は部下が王宮で行っているが、いざ戦争となった場合に、実戦経験の少ない強者など何の役にも立たん。」

「……は、はぁ。仰っていることは理解できます。ですが、試験を経て実力が認められた者だけがアダマンタイト級と認定されるのです。他の冒険者が何と言うか」

 

組合長の難色は想定の範囲内であり、アインズは事前に考えておいた方向へと政策提示(プレゼン)を進める。

 

「シズの強さ、君らのいう難度だな。どのくらいだと思う?」

「彼女は強いのですか?」

「推定だが百五十だ。かなり低く見積もっても百は間違いなく超えるだろう。」

「……」

 

この辺りで組合長の理解を超えてしまい、彼は口を開けて黙り込んでいる。

 

「ヤトノカミが蛇の姿になれば難度は三百を超える。私は三百から四百の間といったところか。部下には四百で間に合うか怪しい者もいるのだ。安心せよ、愚か者や弱者を統合冒険者に付けることは無い。ヤトの阿呆さは治らないが、セバスやガゼフを始めとした良識ある者が補佐をすれば問題無かろう。」

 

組合長は甚大な精神衝撃を受け、口を開けて固まっていた。

様々な疑問が頭の中で渦を巻き、何かを問う前に思考は流れの早い渦に飲み込まれた。

 

「前向きな返事を期待している。少なくとも、組合長に損はさせない。全て私に任せるがいい。」

 

口を閉じ忘れた組合長をその場に残し、アインズは応接間を後にした。

今まで築き上げた常識が崩れる音を聞いた彼は、アインズが去った後もしばらく固まっていた。

 特別な美女を受付嬢に回してくれたと呑気に考えていたところに、圧倒的な戦力・財力・豊富な人材を見せつけられ、理解が間に合うはずがなかった。

 

彼は我に返った時にアインズの話を反芻し、素直に従うのがやっとだった。

 

 

「ふぅ……上手くいったか? 次はナザリックで参謀と話さなくては。デミウルゴスは鉱山の発掘に出ているから、アルベドとパンドラに任せよう。法国と戦争となり、彼らの財を入手すれば、ワールドアイテムコレクションも充実する。まずはニグレドの情報確認を」

 

独り言を呟くアインズが受付まで戻ると、ソリュシャンがシズの頬を人差し指で突っついており、美女二人がじゃれ合う姿に列をなす男性は一様に見惚れていた。

受付には長蛇の列ができていたが、文句の声は上がらなかった。

 

「……ソリュシャン、児戯は止めよ」

「アインズ様、申し訳ありません。久しぶりに会った妹を愛でておりました。」

「アインズ様、公務は終えられたのでございますか?」

 

大量の書類を抱えたユリが尋ねる。

 

「うむ、今日はこれで帰還しよう。シズ、引き続き冒険者組合の受付は任せる。エクレアと共により良い働きに期待している。」

 

「………頑張る。」

 

イワトビペンギンがシズの手の中で暴れていたが、勅命を受けて喜ぶシズが強く抱きしめたため、酸欠により気絶していた。

 

アインズは女性問題から一時的に解放され、王都の散策を十分に満喫し、プレアデス・デスナイトを引き連れて王宮へ帰っていった。

プレアデスにナザリック帰還の伝言を伝え、彼女たちを見送ってからアインズは自室に籠る。

 

より犠牲が少なく法国の財を手に入れる方法、ナザリックですべき事など、様々な件に思いめぐらせる。

 

ベッドの上で転がる彼が、翌日に起きる騒動を現時点では知る方法はない。

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓、アルベドの自室では、ソリュシャンがアルベドに一日の報告を行っていた。

翌日にアインズが帰還する旨を受け、愛しい君主に会う準備を始めたアルベドは、化粧に余念がなかった。

今度こそ求婚されるだろうと期待に胸を膨らませ、化粧台の前から朝まで離れなかった。

 

 

同時刻、イビルアイは王宮でティラ、ティアと翌日の打ち合わせを行っていた。

 いちいち話の腰を折る姉妹により談合はまるで進まなかったが、ティラがアルベドを引き付けている間に、イビルアイがアインズと二人で過ごすということだけは決まる。

ティアはいう事を聞かないので放っておかれた。

ここまでの話がまとまった時には、朝日が窓から差し込んでいた。

 

 

更に同時刻、王都の高級宿屋では“フォーサイト”の三名が酒を飲んでいた。

アルシェは双子の妹を寝かしつけるため、先に床に入った。

アルシェを除く“フォーサイト”はアインズの人物像を勝手に想像しながら、楽しそうに酒を嗜んだ。

ヤトは蛇の姿を見せていないだけでなく、魔導王がアンデッドという説明まで省いており、帝都で投げられた賽の影響がアインズに迫っていた。

 

 

同時刻のラキュース邸宅では、ツアレとラキュースが未来の予定に思い悩んでいる。

 

「そう……ですか。セバス様が……私のような汚い女に……」

「止めなさい。自分を卑下しても何も生まれないわよ。」

 

ラキュースの目には咎める色が浮かんでいた。

 

「セバス様はその程度の殿方なの?」

「そんな事ありません! セバス様は……セバス様は過去に拘る方ではありません!」

 

強い意志を感じるツアレの返事を聞き、ラキュースは安心して微笑む。

 

「他の人に取られてもいいの?」

「……いゃ……そ……それが、セバス様のお幸せなら」

「貴方の気持ちを聞いているのよ。」

 

有無を言わせぬラキュースの言葉に、下を向きかけたツアレは慌てて前を向く。

 

「嫌です。ずっと……ずっとお側に居たいです」

「なら、それを伝えなきゃ。何もせずに後悔するくらいなら、覚悟を決めた方がよほどすっきりするわよ。私がそうだったようにね。だけど、セバス様はどう思っているのかしら。」

「恋愛というより、保護している感覚だと思います。」

「ツアレ、はっきりと自分の意志を伝えて、強引に女性として意識して頂きなさい。正しい行いを求めるなら、セバス様から仰って頂くのを待つのが良いのだけど、先手を打ってしまいましょう。褒められた行いではないけれど、結果としてセバス様とツアレは上手く行くでしょうね。」

 

ラキュースは両手を胸の辺りで合わせ、人の幸せを嬉しそうに願った。

 

「正しければいいわけじゃない……ですね。わかりました、私も頑張ります」

 

メイド服でお淑やかに腰かけるツアレは膝に置いた手で拳を握り、既婚者のラキュースは微笑ましく見守った。

 

 こうして各地で激戦の布石が敷き詰められた夜は、それぞれの想いや想像を乗せて、朝に流れていった。

 




随分と時間が空いてしまいました。
本当にすいません。

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