モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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蛹殲滅戦

 朝早くからアインズが牧場の家畜の種類について、ラナー、レェブン候、ザナックと話をしていると、メイドがアルベドとモモンの到来を告げに来る。

 

黒歴史(パンドラ)は放っておくと危ないので、ラナー達を連れて足早に中庭に行くと、モモンに扮したパンドラが大量のスケルトンを整列させていた。

 

「アインズ様、支配したスケルトンをお持ちしました。」

「アインズ様ぁぁ!」

「なぜアルベドがいるのだ……」

 

 アルベドは話を続けようとしたパンドラを遮り、アインズの肋骨に飛び込んでくる。

 

「アインズ様!お会いしとうございました!」

 

 一日しかナザリックを離れていないと思えない、感動の再会を演じるアルベドは、腕力差で引きはがせなかった。

 

「アインズ様、スケルトンは如何なさいますか。」

 

アルベドを冷ややかな視線で見ていたパンドラは、モモンに扮している影響なのか、派手な動きが一切なかった。

まだ騎士やイビルアイ達は出勤しておらず、中庭には美しく整列しているスケルトンが並ぶ。

 

アインズは農場の準備に取り掛かろうと、アルベドに貼りつかれたまま、ゆっくりとラナー王女たちへ歩み寄る。

 

「かなりの数ですね。これが不眠不休の労働力ですか。」

「……襲われないでしょうか」

「仲睦まじくて羨ましいですわ、魔導王陛下!」

 

「レェブン候の領地へも振り分けたいのだが。」

 

不安そうなザナックと、違う事に反応するラナーは無視された。

アインズに抱き着いたまま、アルベドがラナーに気付く。

 

「あら、こんにちは。ラナー、わんちゃんの飼育は順調?」

「アルベド様。ご機嫌麗しゅうございます。順調に調教は進んでおります。」

 

「二人とも……その話は後にせよ。アルベドも私から離れるのだ」

「……はい、アインズ様」

 

露骨に残念そうだったが、ザナックに続いてそちらも無視された。

 

「レェブン候、早急に農場を始めよう。何体あればよいだろうか。」

「農場は既に開墾してありますので、三十も頂ければ十分でございます。それ以上だと監督する側が不足いたします。」

「パンドラ、想定より数が少ないのはなぜだ?」

「王宮の庭に入らないと考慮したためでございます!」

 

かかとを衝突させて敬礼する彼は、水を得た魚のように生き生きとしていた。

 

「……そうか。開墾する畑を増やすために、多めに送ろう。カルネ村にも送って、残りは村の復興に使用する。三十体をレェブン候、五十体をカルネ村……後は壊滅させられた村の復興で……レベルアップにも五十体は欲しい。村の復興を監督する者も必要か」

「本当に我々に攻撃をせず、指示に従うのですか?」

「人間に絶対服従を誓うようにしてある。使い方を教える、こちらに来てくれ」

 

アインズとレェブン候、気の進まないザナックは、パンドラを伴って整列するスケルトンの支配状況を確認するため、隊列に沿って歩き始めた。

パンドラの報告を聞きながら、レェブン候にスケルトンの操作方法の指導を始める。

レェブン候の命令でも、スケルトンは問題なく跪いていた。

 

手持無沙汰なアルベドは、ラナーと楽しそうにクライムの調教内容について話していた。

 

この二人が、魔導国を最も楽しんでいた。

 

 

 

 

 平和な中庭に本日の修業メニューをこなすために、仮面を外したイビルアイと、双子の忍者が現れる。

 

「アンデッドの侵略?」

「お祭り騒ぎ?」

「あの……どうしたのでしょうか」

 

楽しそうに見ている双子を残し、アルベドの美しさに敗北感を味わうイビルアイが問いかける。

ここまでアルベドの予定通りだった。

 

「イビルアイだったわね。モモンに会いたがっていると聞いたから、連れてきたわよ」

「ほ、本当ですか!」

 

イビルアイが感電したように体を跳ね上げ、双子は面白いものを見る顔になる。

 

やがて、モモンに扮したパンドラが、こちらに歩いてくるのを見つけた。

小さい体のイビルアイは、全力で駆け出していき、パンドラに頭から突進した。

 抱き着かれたパンドラは、なぜアインズに飛び込まないのか疑問を感じつつ、頭から飛び込んでくる彼女を優しく受け止めた。

 

「モモンさまぁ、会いたかったですぅ……」

 

パンドラは彼女の言葉で、思考の迷走を始める。

 

モモンとしてお忍び用の現地妻なのだと、彼らしくない非合理的な結論を出し、寂しがっている様子の彼女に過剰な恋仲を演出するため、劇薬の過剰投与をはじめた。

 

「イビルアイ、私も会いたかった。お前の事を考えない日は無かった。」

「もっももんさま!?」

「言わなくてもわかっている。寂しい思いをさせてすまない。」

「あ……あぅ……私も申し訳ありません……ですぅ」

 

 ここで止めておけば事態の混迷を防げただろうが、気分が乗ってきたパンドラが、途中で自制するのは不可能だった。

隣でアインズが精神の沈静化を図る中、名優(アクター)の演劇は続く。

 

「王都にいる間は、共に過ごそう。片時も離れはしない。」

「え……はえぇ!?」

「私は救国の英雄、漆黒のモモン!今こそ、ここに宣言しよう!蒼き薔薇の(あか)吸血姫(ドラキュリーナ)は、私のものだ!」

 

一人で盛り上がるパンドラは、イビルアイを左脇に抱え直し、右手拳を天高く掲げた。

アインズはパンドラにイビルアイを任せるのも悪くないかなと、顎に指をあてて考え始めた。

アルベドの想定通りに事は運ばれているかと思われたが、計算外の事態を考慮しなかった彼女の策はここで破綻する。

 

 

「パンドラズ・アクター殿?」

 

その瞬間、世界は停止した。

 

 

 

 

夕方にラキュースとヤトの自宅へ、仮面を外したイビルアイが帰宅した。

 簡易ドレスの部屋着に、黒いカーディガンを羽織ったラキュースが、仲間の帰宅を察して、寝室から出てくる。

イビルアイは応接間のソファーに飛び乗ってため息を吐いた。

 

「おかえり、イビルアイ。思いつめた顔をしてどうしたの?」

「モモンさまは、アインズさまなのか?」

「……」

 

恐らく反応で気付かれてしまっただろうと、思った時には遅かった。

 必死で取り繕う方法を探したが、かえって場の沈黙を呼び、イビルアイには肯定しているようにしか見えない。

 

「……やはり。あれはパンドラズ・アクター殿だ。モモンさまが最初から彼だったとは考えにくい。過剰な動きが多いが、落ち着いた英雄然とした態度は難しいだろう。アインズさまが最も可能性が高いのだが」

「イ、イビルアイ、気のせいよ。」

「その反応、何か知っているな!?」

 

ソファーを飛び降りて、小さい体でラキュースに詰め寄った。

 

「イビルアイ!今日は遅いから明日にしましょう!」

「駄目だ、夕食まで時間がある。知っている事を聞かせて貰おうか。」

「私は何も知らないわよ。」

「隠し事が下手なのは知っているぞ。」

 

ラキュースは寝室へ逃げ込む手段を断たれ、イビルアイに事情聴取をされた。

以前にアインズ・ウール・ゴウン攻略方法を、夫と共に親身になって相談した経験があり、今更イビルアイを正妻に推そうものなら、アルベドに殺されるほどに恨まれるだろう。

ヤトが不在の現状で、自分がアルベドをどうにかできるわけが無かった。

 

結局、執拗に詰め寄る彼女を振り払えず、モモンがアインズという件は話してしまった。

 

「……私はどうすればいいんだ」

「……どうすればいいのかしら」

 

同じ事を違った意味で呟いた。

 

夕食を作り終えたツアレが呼びに来るまで、応接間には沈黙が居座った。

 

 

 

 

夜の王宮執務室で、アインズは読んでいた本を置き、窓の外を見上げた。

 

あの後、事情を知る者も、知らない者も、誰も言葉を発しない静寂がしばらく続いた。

 

アルベドはモモンという存在に恋敵を押し付けて、王都でアインズと甘い時間を過ごす当てが外れてしまい、ハンカチを噛んでいた。

モモンの姿で敬礼をするパンドラと共に、彼女はナザリックへ追い返される。

 

パンドラにモモンの姿と、アルベドの同行を禁じるのを忘れなかった。

 

ティアとティナは高速の手話で何かを会話しており、降ろされたイビルアイはへし折れそうな程に首を傾げていた。

 沈静化を繰り返して落ち着いたアインズは、ラナー、ザナック、レェブン候にスケルトンの割り振りを任せ、逃げるように執務室へ引き籠った。

相談相手として有効なヤトが不在である以上、立場を考えると他に相談できる相手がいない。

 

「病んでるラキュースへの使者でパンドラを使ったことが、ここで裏目に出るとは……」

 

パンドラに体よくイビルアイを任せようかと思ったが、思った直後に彼の案は瓦解してしまった。

どちらにせよ、パンドラは翌日もスケルトンを連れてやってくる。

 

彼の危機は終わっていなかった。

 

 

 

悩んだ結果、魔導国の内政のため、支配者としての力量を上げるため、あわよくばこの状況を打開する資料を漁ろうと、図書館に移動した。

 

夜に睡眠の必要がないアインズは、読書に没頭できた。

主に(まつりごと)に関する書物を中心に読み、箸休め(チェイサー)に恋愛系の書物を探したが、妾の作り方に関する書籍が多すぎて、時間の無駄と判断し諦めた。

 

全てを忘れて本を読みふけっていると、パンドラから伝言(メッセージ)で連絡が入る。

 

いつの間に一晩経ったのか、窓から朝陽が差し込んでいた。

 

「はぁ……窮地を脱する本は見つからなかったな。面倒だが、王宮へ戻るか。スケルトンの振り分けをしないと……」

 

誰もいない図書館で朝日を恨みながら、アインズは王宮へ転移していった。

 

 

 

 

アインズが王宮の中庭に転移すると、軍服を着たパンドラと武装したコキュートスが、スケルトンに号令をかけて整列させていた。

庭の片隅ではゼンベルが過去を思い出して震えており、ブレインが彼をどこかに連れ出していた。

 

「コキュートス、パンドラ、ご苦労だった。」

 

アインズの声で二人は跪く。

コキュートスの体は普段に比べて輝いており、彼のやる気が見て取れた。

 

「おはようございます、魔導王閣下!」

「魔導国ノ軍事力強化ヘ、尽力サセテ頂キマス。」

 

「うむ、早速だが騎士達へ、スケルトンを使って――」

「魔導王陛下、お客様がお越しです。」

 

続く指示はメイドに遮られた。

メイドの後ろに白銀がおり、その更に後ろではブリタが畏まって頭を下げた。

 

「……なぜこうも訪問は重なるのだろうか」

「どうかしたかい、モ……アインズ」

「いや、独り言だ。」

「魔導国の散策をするから、リグリットを迎えに来たよ。」

「今日はまだ見ていないな。部屋にいるかもしれない。」

「魔導王陛下!今日からよろしくお願いします!」

「彼女が道に迷っていたから連れてきたのだけど、大丈夫だったかい?」

「ああ、助かるよ。ブリタ、彼は十三英雄の一人、白銀だ。会えてよかったな。」

「……」

 

軽く揶揄ったつもりだったが、ブリタの損傷は深く、口を開けて固まった。

 

「さて、当面はそこにいるスケルトンを倒すだけの――」

「アインズさまぁぁ!」

 

先ほどと同様に、アインズの言葉はアルベドの声で遮られた。

 

「なぜアルベドがここに……今日は来るなと言っただろう」

「アインズ様!お会いしとうございました!」

 

飛びつくアルベドに、数名が既視感(デジャヴ)を味わう最中、ツアーは困惑して声を掛ける。

 

「アインズ、これは……?」

「……私が望んだ事ではないのは確かだ」

 

 中庭が騒がしいのを聞きつけ、新たな装備を纏ったラキュースを引き摺り、後方からリグリットに追いかけられ、赤ずきんのイビルアイが駆けてくる。

アインズは胃の辺りがキリキリと痛くなるのを感じた。

 

大量の人材が一気に集まった事で、平和だった中庭は混沌の渦へ飲まれる。

皆が一様に秩序を破壊して話し始めた。

 

 

「アインズ様ぁ!一日も離れるなど、私にはできません!」

「アインズさま!モモン様はアインズ様なのですか!?」

「ええ!?モモン様が!?」

「あ、アインズ様! イビルアイはちょっと混乱をしておりまし――」

「ラキュース、うるさい!アインズ様、どうしてモモンさまに扮していらっしゃるのですか!もっと早く言ってくれれば」

「アインズ、これは何事だろうか。」

「なんじゃ、来ておったのか、白銀。」

「アインズ様! ヤトノカミ様とラキュースは私をアインズ様の正妻にと――」

「ラキュース!まだ何か隠しているな!」

「あ、ご、ごめんね、イビルアイ。」

「正妻は私ではないのですか!」

「アインズ様!なぜモモン様に扮しているのですか!?」

「魔導王陛下、モモン様がどうしたのですか!?」

 

混沌の最中にヤトから伝言が入ったが、アインズは「それどころじゃない!」と切断した。

 

「騒々しい!静かにしろ!」

 

 鳥の巣の中で餌を待つ雛のような一同を、アインズは一喝して黙らせる。

アインズの制止を受け、全員が口を閉ざす。

 

「アルベド、私は妻を娶るとは言っていない。アンデッドの私が妻を娶る方が不自然であろう。今はその話をする時ではない。ナザリックへ戻り政務に従事せよ。」

「……はい」

 

ここで完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)を唱え、モモンに変わる。

余りの騒がしさに、誤魔化して先延ばしにするつもりは無くなっていた。

 

「イビルアイ、見ての通りモモンは私だ。私はアンデッドであり、恋や愛とは無縁だ。悪いが諦めろ。」

「……」

「ブリタ、話を聞いたと思うが、私がモモンだ。チーム人員を増やすつもりはなく、そして恋をするつもりもない」

「……はい」

 

「話は以上だ。全員、持ち場に戻れ。」

 

黒い甲冑に包まれた手で促すアインズは、乙女の恋心を軽く見ていた。

収まると見ていた騒動は、想い人のモモンが現れた事で過熱を見せる。

 

「アインズ様、魔導国の……いえ、ナザリック地下大墳墓の支配者である御身が、妻を娶らないというのは対外効果が悪いのではありませんか?」

「アインズさま! 私はモモンさまが人間だから……あの……一緒にいたかったわけではありません!」

「魔導王様!私を身辺警護に使って下さい!」

 

「……」

 

顎を落としたアインズは、この辺りから放っておかれる。

 

「あら、イビルアイ。あなたは英雄モモンが好きだったのでしょう?アインズ様はどう思っているの?」

「私もアンデッドだ。共に過ごすことができる。」

「私だって悪魔よ。その小さな体で、どうやってアインズ様を満足させるのかしら?」

「う…」

 

人外の女性二人が口論する様で、ブリタはすっかり縮こまっていたが、異形種に慣れた彼女は、さりげなくアインズとの距離を詰めていた。

 

「お嬢さん、大切なのは見た目ではないだろう。」

「頑張るのじゃ。盲目の恋なら最後まで突っ走らんか。」

 

いつの間にかリグリットと白銀が、イビルアイの背後ではやし立てた。

俯きそうになったイビルアイは、強い眼差しで顔を上げる。

 

「私だって負けない! 下品な女の手口は知らないが、モ……アインズさまが大好きだ!」

 

イビルアイの咆哮は、木霊のように王宮の中庭に轟き、残響の中で皆が黙り込んだ。

アルベドは瞬時に沸騰し、黒髪を舞い上げて長柄斧(バルディッシュ)を取り出す。

 

「この私の前でいい度胸ね。生なき生に終止符を打ってあげるわ。」

 

「すまないが、彼女を守らせてもらうよ。」

「こんな怪物を相手にするとは、かつての旅を思い出すのう。」

 

「十三英雄など、まとめて殺してあげる。」

 

白銀とリグリットがイビルアイの前に立ち、双方は一触即発となる。

誰にも気づかれずに、ブリタがアインズとの距離を更に詰めた。

より一層の混迷を極めようとした中庭に、アインズの怒号が鳴り響く。

 

「いい加減にしろ! アルベド、お前には失望したぞ。イビルアイ、お前は勢いで進んでいるだけだ。ブリタはコキュートスの下へ行け」

「……はい」

 

名前を呼ばれたブリタだけが、素直に移動していった。

 

「私の王宮を血で汚そうとする、お前たちが不愉快だ!これ以上、下らぬ争いをするのなら、魔導国から追放するぞ!コキュートス、パンドラ、私は図書館に行く。レベルアップは任せたぞ。」

 

誰とも目を合わせず、アインズは図書館に転移していった。

 

タイプの違う女性が怒られて項垂れており、中庭に気まずい沈黙が残される。

コキュートスとパンドラは、落ち込んでいる女性を見てため息を吐く。

 

「マッタク、喧嘩スル程ノ事ナノカ?」

「愛とは心の衝突、慕い合う異性間の執着です。アインズ様となれば言い寄る女性も、その過程も、我々に想定できるものではありません。これもその一計と考えるのが自然なのではありませんか。 Mein Gott(我が神)の邪魔をせぬよう、私達は仕事に戻りましょう。」

「ソウカ。ソレモソウダナ。」

「父上、私は御身の意のままに。」

 

「ブリタ……ダッタカ? 剣ノ腕ヲ見ル事カラ始メルゾ。次ハスケルトンヲ大量ニ倒スノダ」

「はい!宜しくお願いします!」

 

パンドラはコキュートスに一任してナザリックへ帰還し、託されたコキュートスは騎士とブリタの強化に入った。

自然に発せられた父上という言葉に、コキュートスが疑問を呈したのは、随分後だった。

 

 

 

 

アルベドはアインズに怒られてから、呆然と立ち尽くす。

愛せよと命じられ、実際に愛していると言われた自分が、なぜ失望されなければならないのかと、心中は決して穏やかではない。

人の恋路を邪魔する赤いフードの吸血姫と、赤髪の冒険者が憎かった。

 

赤にうんざりした白いアルベドは、唯一の相談相手である蛇神に連絡を取る。

 

《アルベドか、どうした?》

《アインズ様がぁ……私に失望したと……》

《はぁ?》

 

《……なるほど。それはアルベドが悪い。押せば引いていくと教えただろ》

《ですが、敵がいるのに悠長に構えてなどはいられません。》

《このままだとそのブリタっていう女に取られるぞ。》

《また泥棒猫が一匹……早速、抹殺計画を》

《ライバルを殺して言い寄る、危ない女は好きじゃないだろ。イビルアイと共闘してみたらどうだ。》

《……なぜ私が、あんな吸血姫と》

《どちらにしても、アルベドのやり方じゃ無理だ。後は頑張れ。》

 

メッセージは短時間で切断された。

 

「あの小さい吸血姫と……協力? ナザリックの同胞シャルティアならまだしも、どこの馬の骨とも分からぬ吸血姫に……むっ……ぐぐぐ……はぁ、アインズ様のためなら仕方ないわね」

 

決死の覚悟で殺意を抑え込み、十三英雄の三人に歩み寄った。

怪しく笑うアルベドを見て三人は身構えていた。

 

蛇から貰った提案を試さなければならない。

 

「イビルアイ、先ほどはごめんなさい。ちょっといいかしら?」

 

白い淫魔の笑顔は引き攣っており、それを見て余計に増量した警戒を解くのに、随分と時間が掛かりそうだった。

 

 

 

 

眼鏡をかけたアインズは、図書館で政治に関する資料を読み漁っていた。

文字を読むのが難しくなってきた夕方に、アルベドとイビルアイが訪れる。

 

表情は先ほどと打って変わって、落ち着いていた。

アインズは読みかけの本をアイテムボックスに仕舞い、小さなため息を吐いた。

 

「……今度は何だ?」

 

「アインズ様、私達は仲直りを致しました。もう二度と、喧嘩は致しません。勿論、殺し合いも致しません。」

「アインズさま、ごめんなさい。アルベドさんと仲良くします。」

 

二人の女性は真摯に頭を下げた。

 

「……そうか、下がって良い」

「アインズ様。私達はアインズ様を心より愛しております。」

 

イビルアイは顔を赤く染め上げながら、堂々と愛の告白が出来るアルベドが羨ましかった。

アルベドは自分の方がより強くという言葉を、必死の思いでやっと飲み込んだ。

 

「アルベドは以前に聞いたが……イビルアイ、お前はモモンが好きなのだろう? 英雄ならヤトがいる。ラキュースとも仲良くやれるお前なら、そちらの方が自然ではないか?」

「あ……あう……あの……」

 

自分の気持ちが不明確なままに突っ走っていた彼女は上手く言葉が出ず、代わりにアルベドが真剣な眼差しで続ける。

声の調子を落とし、ふざけた雰囲気も一切無く、守護者統括としてのそれだった。

 

「アインズ様、彼の神話に詠われる主神オーディーンは、数多の浮名を流したといいます。主神であればこそ、数多の浮名を流すべきなのです。ナザリック地下大墳墓の主神、不変の栄光そのものであるアインズ様が、妃を一人しか娶らないというのは、あまりに不自然ではないでしょうか。」

 

人間の残滓がアルベドに傾いているアインズは、彼女の真剣な態度に気圧される。

心の小部屋で(はしゃ)ぎまわって転がっているなど、知る由もない。

 

「……検討する。私は王宮に戻ろう、アルベドはナザリックへ帰還せよ」

「はい、仰せのままに。」

「イビルアイ、私はアンデッドであり、そして魔導王だ。英雄ならばヤトとセバスもいる。私は諦めるがいい。」

「……」

 

アインズは後ほどヤトに相談するために、王宮の居室へ戻っていった。

静かな図書館の中で、アルベドとイビルアイが残された。

 

「イビルアイ、御蔭で助かったわ、ありがとう。」

「あ……はい……」

「どうしたの?」

「私は……モモンさまが……」

「あら、問題ないわよ。英雄が好きなのなら、パンドラがモモンに扮して逢瀬を重ねれば済むわ。彼もこの世界で比肩する者がいない程に強いのよ。名実ともに英雄なら、ヤトノカミ様やセバスも英雄なのよ。」

「……」

 

頭が追い付いていない彼女は、満面の笑みを浮かべる美女に、何も言い返せなかった。

勝ち誇る笑顔でナザリックへ帰還するアルベドを見送り、イビルアイは肩を落としてラキュースの邸宅へ向かった。

 

 

 

 

その日の夜、王宮の執務室ではアインズが頭を悩ませていた。

 

「う……うーん……ヤトに連絡してみよう」

 

件の蛇の化身にはすぐに繋がった。

彼の声は明るかった。

 

「はい、こちらゼノンです。」

「……誰だよ。元気そうだな、馬鹿蛇」

「いつも通りッス。」

「ヤト、妻を複数娶るというのは、どうなのだろうか」

「二人……ラキュースは渡しませんよ?」

「アルベドとイビルアイだ。」

「イビルアイは乙女チックですねぇ。」

「英雄ならヤトを当たれと言ったのだが、どうもまだ怪しい。」

「いや……俺に振られても。子供に興味はないですし」

「ラキュースとも仲良くやれるぞ。」

 

「いらねッス。にしても、可憐な少女の恋心はよくわかりませんね。」

「仮に二人から求婚されたら、俺はどうすればいいと思う?」

「知りません。」

「冷たくないか?」

「魔王の癖に、下らない事で悩まないで下さい。」

「う……うん、下らないかな……」

「そちらは好きにすればいいじゃないスか。それより」

 

友人と雑談を兼ねた業務連絡を終えた後も、好きにしろと言われた事を悩み、読みかけの本は机に投げ出された。

 

結論は出なかったが、イビルアイを諦めさせてからアルベドの愛に応えるという、まるで気の進まない選択肢が出現する。

 

王宮の自室ベッドで違う選択肢を模索したが、性的欲求の薄い身で名案など出るはずもなく転がり続けた。

 

いい匂いがしなかったのを残念に感じた。

 

 

 

 

アインズがベッドで転がっている同時刻、ラキュース邸宅では例によって恋の悩み相談室が催されていた。

 

「イビルアイ。あなたは誰が好きなの?英雄モモンさん?ただの英雄?アインズ様?」

「……わからない」

「ヤトは駄目よ。」

「それはない。」

 

あれほどモモンに対して恋の炎を燃え滾らせていた彼女は、精神が沈静化されたかの如く大人しくなっていた。

先日は生意気だった小さい彼女も、今はそのまま消えてしまいそうだ。

 

「ヤト殿が蛇だと知った時、どう思ったのだ?」

「えーと、あの時は頭が一杯だったから。でも、異形であっても同じあの人に変わりはないわ。」

 

「イギョウデアッテモオナジアノヒトニカワリハナイ……」

 

イビルアイの中で言葉が飴玉のようにさらりと溶けていくのを、ラキュースは黙って見守った。

 

急に前を見据えたイビルアイは、溶けきった言葉により再び炎を燃え上がらせる。

 

「そうか!そうだよな!アインズ様がモモン様で、アンデッドであっても、私だってアンデッドだ!共に過ごせる時間が増えるだけなのだ!」

「イ、イビルアイ?」

「相手がアルベドさんでも、成熟した大人の色気とは違う、青い果実だってたまには食べたくなるに違いない!」

「あのー」

「中身がアインズ様でも、英雄として魅力がある事に変わりはないんだ!明日から積極的にいこう!同じアンデッドの私が、アルベドさんに負けてたまるか!」

 

一人で拳を握って叫んでいる彼女に、声を掛けられる雰囲気ではなかった。

腕を組み、眉間に皺を寄せてどうしたものかと考えていると、一通り叫び終わって満足したイビルアイが質問を投げてくる。

 

「ラキュースは、妾や側室を作るのに賛成か?」

「アインズ様はいいんじゃないの?」

 

多少投げやりな返答だった。

彼女はこの発言を、身をもって後悔する。

 

「やはりそう思うか?魔導王ともあろう御方が、アルベドさんとだけ婚姻するなど、不自然だからな。ヤト殿もその内に妾を作るかもしれないぞ。」

「あの人は無理よ。」

「随分だな。」

「顔は美形じゃないし、頭もちょっとアレだし、女性を口説くより馬鹿にして楽しむでしょうね。普通の女性は、怒って逃げてしまうわよ。」

「酷い言い様だが……あれだけ強い力があるのにか?」

 

舌を仕舞い忘れた蛇神を、少しだけ不憫に感じた。

 

「彼を慕う人は、特殊な病や呪いを抱えた人よ。」

「そんな相手に出会うかもしれないぞ。ラキュースと出会ったくらいだからな。」

「……私も帝国へ行こうかな」

「ガガーランが嬉しそうに冷やかすだろう。生真面目な戦士長までいるのだ、やめておけ。」

「早く帰ってこないかしら。甘える準備をしておかないと」

「その……甘え方を聞きたいのだが」

「それは妾か正妻になってから言いなさい、おチビちゃん。」

「フン、上位に立ったと思うなよ。すぐに追い越してやる。」

 

ナザリックの支配者二人の雑談と同じく、二人の話は深夜まで盛り上がり続けた。

 

時の流れに引き裂かれることなく、共に寄り添える相手を見つけた彼女の恋心は、蛹から蝶に孵化した。

 

 

 




裏番組(バックチャンネル)『赫眼』

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