モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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魔導国編
開戦の火蓋


ヤト一行が帝都に向かう準備のため、ナザリックを後にする時まで時間が遡る。

 

円卓の間では残された面々が話を続けていた。

 

ブレインとゼンベルは飲酒を咎める者がいなくなったことで遠慮が無くなり、酔って意気投合した二人は楽しげに何かを話していた。

 

ティアはユリにおぶさって降りようとせず、頬が紅潮し目も虚ろで、王都へ帰還できるのか怪しい。

 

まともに話が出来そうなのは、ツアー・リグリット・イビルアイ・ティナくらいだった。

アルベドはアインズの後ろで、静々と待機をしている。

 

アインズがリグリットに問いかける。

 

「リグリット、しばらく王都でレベルアップを手伝わないか?」

「わしは拘束されるのは嫌いじゃ。」

「リグリット……」

「何じゃトカゲ。お主までわしを拘束しようというのか。」

 

窮屈に座っているツアーは爬虫類の目で咎めたが、意地悪な老婆には通じなかった。

 

「実はレベルアップに関して、アンデッドの支配と作成が必要なのだ。ここで湧き出るアンデッドの支配は部下が進めているが、人手が足りない。短い間でも、手を貸してくれないか。」

「老婆は自由人。」

「アインズさま、このクソババアは人の話を聞きません。」

 

 同じ冒険者チームを組んだ経験のあるティナとイビルアイは、諦めるように進言する。

 

「……そうか、残念だ。ではアンデッドが多く生息する場所を知らないか?」

「カッツェ平野と沈黙都市じゃな。」

 

リグリットから聞いた沈黙都市の情報は、ビーストマンの国家があった都市で、ソウルイーターに滅ぼされたと聞く。

ソウルイーター三体で十万人以上のビーストマンを殺害、都市は廃都と化し打ち捨てられた。

 

「沈黙都市か……リグリットは魔導国に滞在してくれると助かるのだが」

「手伝いはせんが、ええのか?」

「私も白銀で来ればよかったよ。魔導国を散策してみたい。」

「出直せばいいだろう、ツアー。歓迎するぞ。」

「じゃ、わしももう少し王都にいるとするかのう。」

「王宮に泊まるといい。部屋は余ってるから、使わないと勿体ないからな。」

 

 イビルアイが申し訳なさそうに、会話に入ってくる。

 

「モモンさまに会いたいです……」

「……仕方のない奴だな、出禁は解除してやるが、モモンはエ・ランテルにはいないぞ」

「ありがとうございます!モモンさまはどこに?」

「王宮で頑張ればその内に連れてきてやろう。今は頑張って強くなるのだ」

「はい!頑張ります!」

 

 

イビルアイは両腕を曲げて顔の近くまで上げ、ガッツポーズを決めていた。

嬉しそうな彼女をみて、ツアーが囁く声でアインズに礼を言っていた。

背後で聡明なアルベドが、不穏な気配を感じ何かの策を練っていたが、沈黙都市の事を考えているアインズは気付かなかった。

 

この日はこれ以上の進展も無く、翌日からの魔導国内政に向け、アインズはアルベドにナザリックを任せ、魔導国へ転移した。

 

「沈黙都市……か。スケルトンで溢れているのなら、まるで我々の為にあるような街だ。落ち着いたら行ってみるか」

 

酔いつぶれたブレインとゼンベルは、支配したスケルトン数体に運ばれて、王宮の来賓用宿泊室に放り込まれた。

翌日、この世のものとは思えない美酒に酔った二人は、二日酔いで使い物にならなかった。

二人の仲だけは進展したようで、ゼンベルはブレインの邸宅に世話になると決まる。

 

 

 

 

翌朝、王都入り口でガガーラン、ガゼフ、ザリュースとアインズ、セバスは、寝坊したヤトを待っていた。

 

「あの馬鹿蛇が……帝国へ行くのに朝からケチをつけやがって」

 

絶望のオーラを立ち上らせるアインズに、誰も声を掛けられなかった。

背後に待機するセバスは、大人しく主を見守っている。

全員が一刻も早くヤトが来ることを願った。

 

やがて、スキルを使って速度を上げたヤトが、申し訳なさそうに到着する。

 

「すみません、寝坊しました」

「このアホが!朝からケチを付けんな!」

「す、すみません。ちょっと夫婦喧嘩が…」

「さっさと行け!」

 

ヤトは首根っこを掴んで馬車に放り込まれ、他の三名も安心して乗り込んだ。

馬車を見送ったアインズは、セバスとともに歩きはじめる。

 

「セバス、街を散策したい。案内を頼めるか?」

「お任せください。ご要望とあらば、どのような場所へも。」

 

微笑む執事に付き従われて、アインズは街の散策へ向かった。

 

 

 

 

二人は冒険者組合に行くために王都を堂々と歩いていた。

 噴水のある王都中央広場に差し掛かると、女性が声を掛けてくる。

 

「あの!もしや、英雄の執事様ではありませんか?」

「ん?」

「ひっま……魔導王様……失礼しました!」

「待て、気にするな。セバスに用があったのだろう、好きにしてよい。」

 

アインズの髑髏を見て逃げ出そうとした茶髪の女性は、アインズの声で足を止める。

 

「アインズ様、今は冒険者組合に向かう途中ですが、よろしいのですか?」

「セバス、人々の声に耳を傾けるのは重要な事だ。お前の皿も雑貨屋で売られているのだろう?握手くらいはよかろう。」

「……畏まりました」

「あ……魔導王陛下、お優しいのは本当なのですね」

 

女性は嬉しそうに頬を赤らめ、気恥ずかしくなり片手を上げて話の続きを促した。

セバスのファンが握手を求めに来たのだろうと、軽く考えていたアインズの思考は、声高らかに叫ぶ女性に引き裂かれた。

 

「セバス様、私を愛人にしてください!」

 

緩い雰囲気だったアインズの顎が落ち、沈黙が噴水の広場を支配した。

セバスだけが、やはりと言わんばかりの顔をしていた。

魔導王と英雄の執事を目で追っていた通行人たちも、彼女の大声が届いて硬直する。

噴水の水までが止まったかのようだった。

 

「申し訳ありませんが、私は愛人など作るつもりは――」

「で……でも、蛇の姫様の自宅には、セバス様の愛人がいらっしゃると聞いています」

「セバス、どういうことだ。」

「……アインズ様、ツアレの事でございます。私は愛人などと――」

「ツアレは愛人ではなく、恋人といいたいのか?」

 

 問い詰めるアインズの声は、威圧的では無く気さくで話しやすいものだった。

その声が女性を助長する。

 

「魔導王様からもお伝えください!メイドでも何でもやりますから、私を側に置いてください!」

「ふむ……セバス、その女性の処遇はお前に任せる。メイドにするなら好きにして構わん。ペスを呼んで教育せよ。後は任せたぞ」

「アインズ様!お待ちください!」

 

 セバスの返事を待たずに、アインズは《飛行(フライ)》で飛び去っていった。

ハーレムへの興味とコレクター欲を刺激された彼は、散策を諦めて王宮での執務につく事となる。

 

「女性に告白されるなんて羨ましい限りだな……」

 

自分の事を棚に上げて、空中で呟いた。

 

 

 

 

 

少し後、冒険者組合では妙な火種が燻っていた。

 

「ちょっと!聞いた!?」

「聞いた!私、もう辞めるわ。」

「あ、待ってよ!私も行くから!」

 

王都の冒険者組合では、受付嬢が大きな声で騒いでおり、組合長が渋い顔で咎めた。

 

「君達、何を騒いでいる。仕事はどうした。」

 

「組合長、私たちは今日限りで辞めさせて頂きます。」

「御世話になりました!お疲れ様です!」

「ありがとうございました!」

 

即座に組合を出て行こうとする三人を、組合長は声を掛けて必死に止める。

 

「まだ朝だぞ!辞めて何をするんだ!」

 

「セバス様について行きます。」

「それでは失礼します。」

「早くしないと取られちゃいます。」

 

 止まることなく、組合を出ていってしまった。

三人しかいない受付嬢が、三人とも辞めてしまい、残された組合長は途方に暮れた。

依頼を吟味していた冒険者に聞いた話によると、冒険者チーム“ナザリック”のセバスが、メイドの教育をするために女性を集めていると誤情報が伝わっていた。

 

 彼女達が帰ってこないとわかり、顔を青くした組合長は、事務方の者へ一時的に組合を任せ、王宮へ向かった。

 

 

 

 

「魔導国の内政は私が引き継ぐ、よろしく頼む。」

 

執務室でラナー、ザナック、レエブン候が跪いていた。

 落ち着いているラナーとレエブン候に比べ、ザナックは上司が気さくな蛇から恐ろしいアンデッドに代わり、心中穏やかではなかった。

 

アインズは意気込んで業務の引き継ぎをしていたが、やる事と言えばスケルトン農場の準備とレベルアップ以外には無かった。

当面の目的は食料不足の解決であり、他に手を付けてそちらが疎かになる訳にはいかない。

 

「リグリットはどうした?」

「あのご老人であれば、中庭でアンデッドを使った騎士の強化をお手伝い頂いております。白銀という方をお待ちになるとか。」

「……なんだかんだと、付き合い良いじゃないか。私も見に行こう。三人は通常通り雑務をこなしてくれ」

「はい、お気を付けて。」

 

頭を下げるラナーの声を背後に聞き、アインズは執務室を後にした。

 

 

中庭に着くと、ブレインとゼンベルが隅の方で倒れていた。

当のリグリットは、死の恐怖に怯える一般騎士達へ、低位アンデッドをけしかけて意地悪そうに笑っていた。

 

「ブレイン、ゼンベル、何をしている。」

「げ……アインズ様。もう……俺は無理ですぜ」

 

ブレインは息も絶え絶えと、必死に言葉を捻りだした。

ゼンベルは舌を出して、仰向けに伸びており、起きる気配はなかった。

 

「二日酔いだろう?」

「ナザリックで飲んだ酒が、この世の物とは思えなかったんで、つい……あんな美味い酒がこの世にあったとは……素晴らしい場所でした……」

「そ、そうか。今日は仕方ないが、明日から頑張れよ。」

 

ナザリックを褒められて悪い気分のしないアインズは、なぜ許されたのか理解できないブレインを置いて、中庭を後にした。

意地悪そうに笑っている老婆は、邪魔するのも悪いと思い声を掛けなかった。

 

「さて、次は冒険者組合にでも行ってみるか。エ・ランテルは傘下に収めたが、王都の方も早々に――」

「魔導王様、冒険者組合の組合長様が、謁見を賜りたいと申しております。」

「……応接間へ通してくれ。すぐに行こう」

 

廊下を歩きながら楽しそうに悩んでいると、傀儡のように固い動きのメイドが呼びに来る。

 彼女は神に等しい魔導王に声を掛けた緊張で、強張った顔と動きのままにそそくさと去っていった。

 

 

 

 

タイミング良く組合長が来た理由に悩みながら、王宮の応接間に着くと、悲壮感溢れる年配の組合長が待っていた。

 

「魔導王陛下、何の連絡も無しに来た私に、謁見の機会を」

「よい、私も後ほど伺おうと思っていたところだ」

「……恐ろしい御方だ。何もかも御見通しなのですね。神に等しいと評判ですが……よもやここまでとは」

「う、うむ。私に知らぬ事など無い。」

 

アインズ側にだけ暗雲が立ち込め、必死で頭を働かせた。

何の話ですかと今さら聞くことが出来ず、ヤトが何かしでかしたのではとの結果に行きつく。

 

「では、対応をお願いしてもよろしいのですか?」

「そ、そうだな。こちらで何とかしよう。念のためきくが、ヤト……冒険者チーム、ナザリックの件だな?」

「その通りでございます。」

「すまないな、彼らは私の部下だ。事後処理は全て私に任せてくれ。悪い奴ではないのだが、少々やり過ぎてしまう傾向にあってな。」

 

「いえ、あの方がいたからこそ、王都の冒険者組合には順調に人が戻ってきております。大変な感謝をしておりますが……その、肝心の受付が難しくなってしまいまして。エ・ランテルの冒険者組合長、アインザックから魔導王陛下は信用に足り、崇拝するに足る御方と聞き及んでおります。代わりの人材を何とかして頂けないかと、無礼を承知でご相談に」

 

セバスが何か問題を起こすとも思えず、日ごろの行いが悪い蛇が何かしたのだろうと決めつけていた。

 

「わかった。近いうちに相応な人材を向かわせよう。」

「ありがとうございます。本日はお会いできて光栄でございます。何かあれば気軽にお立ち寄りください。」

 

 組合長は深々と頭を下げて出ていった。

彼の目には、早い段階でアインズへの忠誠が見て取れた。

 

冒険者組合の受付嬢が、今朝の騒動で即座に辞めてしまい、待ちわびたセバスのハーレムに下ったとは気づかなかった。

受付に誰もいない状態では組合が成り立たず、その相談に来ていたとは思い至らず、強い冒険者として誰を向かわせるか悩みはじめた。

 

「パーティ結成で悩んだ昔を思い出すな。二人くらいナザリックから送るか。」

 

 

 

 

 翌日、プレアデスの一人シズ・デルタは勅命を受けて、意気揚々と出掛けていった。

 

腕の中にイワトビペンギンを抱いて。

 

「シズ……なぜ私を連れていくのですか?」

「…………暇人仲間。」

「私は忙しいのですよ。ガゼフ殿にお会いしたら帰りますからね。」

「…………仕事。」

「私はアインズ様に何も言われておりません。さあ、ガゼフ邸に連れていってください」

「…………場所……知らない」

 

シズが組合の扉を開けると、臨時で受付をやっていた組合長が、特別に拵えた不思議な眼差しで見ていた。

ぬいぐるみを抱いた少女が迷い込んだとでも思ったのだろう。

 

「…………アインズ様に言われた。」

「おお!受付の方ですね、こちらへどうぞ!ぬいぐるみはこちらでお預かりいたしましょう。」

 

「失敬な。私はぬいぐるみではありません。」

「うわあああ!」

 

ぷんすか怒りながら、手をばたつかせるエクレアに、組合長は驚いて絶叫していた。

 

混乱の後、自分を強引に納得させた組合長から、受付の仕事を教わった。

最初は渋っていたエクレアも、ナザリックの革命に利用できると判断し、仕事に取り掛かった。

身長の低いペンギンであっても彼は執事助手であり、怪しい男性の部下を持つ彼は、教えられた以上に冒険者と積極的に交流を深めた。

 

無口なシズはその美貌で男性冒険者の目を引き、良い看板娘となった。

紳士的なエクレアは女性受けが良かったが、男性の勧誘を所望する彼は、勧誘を邪魔する女性冒険者に不満そうだった。

 

幸か不幸か、ナザリック転覆計画は進まないまま、冒険者組合の評判だけが上がっていき、組合長の機嫌はそれからずっと良かった。

 

隻眼の美女メイドと、受付ペンギンの噂は瞬く間に広まっていき、冒険者組合は依頼者と請負者で賑わう。

エ・ランテルでの一件により、魔導王が冒険者を鍛えてくれる件への期待も重なり、平和になった魔導国では冒険者の立場が上がっていった。

 

 依頼者に紛れて法国のスパイらしき者もいたが、彼らは平和な魔導国の噂を持ち帰り、王都の神殿が流した誤情報と合わせると情報の整合性が取れず、法国上層部は更なる混乱を来たす。

 

 

 

 

 アインズがメイドの教育所として利用した空き家は、メイドの教育のついでに整備され、今は貴族の豪邸と見まがう綺麗な屋敷だった。

入口ではセバスが、この日に来た新米メイドに詰め寄られている。

 

「セバスさまぁ……夜伽の練習をさせてくださぁい」

「こらあ!また私の案を盗んだな!」

「セバス様、こんな二人は放っておいて私から。」

 

甘ったるく鼻にかかった声を出す元受付嬢に、セバスはため息を吐いた。

 夜伽の実技講習を頼んでくる新米メイド達に辟易した彼は、止む無くペストーニャを呼び彼女達の相手を任せた。

 

「あなたたちはナザリックに所属するメイドなのですよ。そのようにふしだらな真似をして、アインズ様やヤトノカミ様の目に留まれば、我々の教育が疑われてしまいます。それで済めばいいのですが、最悪は殺されてアンデッドに変えられることも」

 

「申し訳ありません……」

 

メイドになって早々に、犬の頭を持った上司に説教をされ、彼女達はしばらく大人しかった。

 

 

 

 セバスが自室でメガネをかけて書類を呼んでいると、説教を終えたペスが戻ってくる。

 

 

「お疲れ様です、ペストーニャ。次からはツアレにやってもらいます。」

「セバス様、ツアレは指導役としては、性格面で難しいと思われます。」

「そうでしょうか。」

「彼女に必要なのは自信です。セバス様が愛していると一言いえば、それで片がつきます。」

「なっ」

「違うのですか?」

 

ペストーニャは、動揺するセバスを伺う。

 

「い、いや、私は人間とはいえナザリックのメイドである彼女に手を付けませんよ。至高の御方々が、彼女達を夜に呼び出すかもわかりません。」

「ヤトノカミ様は愛するお妃様がいらっしゃいます。アインズ様はご結婚なさっていませんが、アルベド様がいらっしゃるのに、メイドに声をお掛けにならないでしょう。セバス様、ここが攻め時かと思われます」

「ペストーニャ……」

 

「人間が好きな御方々であれば可能性がありますが、それこそご自分でお探しになるのではないでしょうか。薔薇のお妃様もそうして出会ったと聞き及んでおります。」

「犬の語尾を忘れて熱弁を振るっていますが、なぜそこまで詳しいのですか?」

「犬の勘です………わん。」

 

哺乳類の視線は、さっさと手を付けろと控えめに言っていた。

 

「アインズ様に聞いてみましょう……」

「これもナザリック、人間メイドの品質向上のためです………わん。」

 

彼の創造主の影響なのか、人受けの良い物腰も柔らかい彼は、異性という点において誰の追従も許さなかった。

彼女が去った後、セバスは頭を悩ませる。

 

「忠義が常に正しいとは限らない……ですか」

 

ヤトの護衛で王都に来た初日、自らの意志で大それた提案をして、それを彼が嬉しそうにしていた事を思い出す。

 

人知れず戦闘前のように気を引き締めた。

 

 

 

 

 ナザリックの闘技場では、支配したスケルトンを整列させるパンドラの下に、アルベドが訪ねてくる。

 

「パンドラ、アインズ様がアンデッドを運ぶように仰ったわ。」

「畏まりました!必ずお連れしましょう。王都の現地妻への御挨拶も兼ねて!」

「なぁにぃぃ?現地妻ぁぁ?」

 

アルベドは黒髪を舞い上げ、金色の目を光らせ、口を歪めた。

アインズが見たら百年の恋も冷める程に、恐ろしい異形の表情だった。

 

「何をお怒りになられるのですか?ナザリックの支配者であらせられるアインズ・ウール・ゴウン様が、一人の女性で満足なさるはずがありません!アルベド殿も愛する方は数多の浮名を流せる御方であれば、正妻に収まった時に誇らしいのではありませんか?」

「う……まだプロポーズもされていないわよ。現地妻って誰のこと?」

「王都の現地妻は、可憐な吸血姫、イビルアイ嬢でございます!」

 

帽子の唾を掴み、片手を横に上げるパンドラの声は、オペラのように喉を広げた声だった。

 

「イビルアイ……やはりあの小さなヴァンパイアが泥棒猫。シャルティアが大人しくなったと思ったら……つくづく吸血鬼と相性が悪いわね」

「先ほど申し上げましたが、アインズ様は絶対の支配者で――」

「もうわかったわよ。明日の為に支度をしておきなさい。」

「畏まりました、アルベド殿!」

 

蛇神を思わせる瘴気を吐き出しながら、アルベドは自室へ戻っていった。

女性には女性の戦闘準備というものがある。

 

「渡さない……絶対に、モモンガ様は私のもの……」

 

修羅の如く鬼気迫る彼女が、自室で女性の戦闘準備をしているなど露知らず、アインズは王宮の一室で沈黙都市について調べていた。

 

 

 

 

ヤトが王都へ出発した日の夜、ラキュース付きのメイドとラキュースが楽しそうに話をしていた。

 女性同士の会話を邪魔しないように、エイトエッジ・アサシンは気を使って物置に隠れた。

 

「好奇心で聞くけど、彼のどんなところに惹かれたの?」

「あ……ええと……その……全部です」

「ぜ、全部ね……。頑張って、応援するわ、ツアレ」

「ありがとうございます、ラキュース様。」

「ラキュースでいいわ。」

 

紅茶を飲みながら楽しそうに談笑していると、ドアが開きイビルアイが帰宅する。

 

「おかえり、イビルアイ。」

「おかえりなさいませ、イビルアイ様。」

「ああ、ただいま。」

 

仮面とフードを外し、一息ついたイビルアイを見て、邪魔せぬようにツアレは退出していった。

 

「ティナはどうしたの?」

「骨抜きになったティアを引き締めるそうだ。」

「……そう。ところでレベルアップは順調?」

「今日は騎士たちの稽古をさせられた。ブレインとリザードマンが二日酔いで使い物にならなかったからな。」

「ナザリックのものは美味しいからね。」

「私はいつ、モモンさまに会えるのだろうか。」

「……出禁は解除されたのでしょう? 明後日には私も王宮へ行くわ。それまで頑張って」

「ナーベ嬢はあの方の妻か妾なのだろうか……」

 

どこまで彼女に話していいものだろうかと、ラキュースは腕を組んで悩む。

 

「イビルアイ、ヤトから聞いた情報だと、あの方は独身よ。ナーベさんは仲間であって、それ以上ではないみたいね。」

「そうか……ガガーランが初物だと興奮していたが、そういう事なのだろうか」

「そこまでは知らないわね。先ほど、ツアレとも似たような話をしていたのだけど、彼のどんなところに惹かれたの?」

「……全てだ」

「……答えまで同じね」

「あんなに格好良かったんだぞ!私が少女らしい思いを抱いたっていいじゃないか。」

 

話に熱が入りだした彼女に、ラキュースは気圧され始める。

 

「い、いえ、悪いとは言ってな――」

「強くて、格好良くて、知識もあり、名実ともに真の英雄なんて、ラキュースが結婚してなければ敵視していたぞ。私はアンデッドだから子を孕めないが、死ぬまで寄り添う事は出来る……その……女として数十年くらい生きたっていいだろう。あぁ……モモンさま……早くお会いしたい」

 

 そのまま自分の世界へ没頭するイビルアイをみて、駄目だこりゃという言葉はラキュースの胃袋へ落ちていった。

 

「本気になったヤト殿、つまりプレイヤーと対等に戦える御方なのだぞ。私でなくても恋に落ちるだろう。ラキュースだってヤト殿と出会ってなければわからなかっただろう?」

「さ……さぁ……どうなのかしら」

「モモンさまのような男には、恐らくこの先も二度とお目にかかれないだろう。ならば、今を全力で生きても」

「イビルアイ、時と場合はわきまえた方が――」

「ラキュースだって、殺し合いの最中に蛇のヤト殿に抱き着いただろう。あまつさえ唇まで重ねるなど、そちらこそ時と場合はわきまえろ。」

「うぅ……ごめんなさい」

 

ラキュースはこの時点で、反論や軌道修正するのを諦めてしまった。

暴走する蛇神を止めようと必死になった過去の自分は、周囲や先の事を何も考えておらず、今のイビルアイと何も変わらないどころか、自制が利かない分、余計に厄介だった。

 

「次に会ったら、抱き着いてもいいかもしれない。お優しいあの方なら、きっと受け止めてくれる。次にいつ会えるかも知れないから、仮面は外してしまおうか。ティアも素顔の方が間違いないと言っていたが、あの方の好みはどうなのだろうか。何か知らないか?」

「……さあ」

「南方出身のナーベが恋人になっていないところを見ると、金髪がいいのだろうか。私にも脈があるかもしれない。光明が見えてきたな!」

「はぁ。」

 

事情を知るラキュースは、鼻息荒く盛り上がる可憐な吸血姫の、想い人に対する気持ちを聞き続ける羽目になった。

 

 

 

 


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