モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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或るろくでなし

帝都アーウィンタール中心部にある宮廷。

赤い屋根で彩られた宮廷の執務室で、若き皇帝と主席魔法詠唱者が相談をしていた。

 

「レイナースが?」

「はい、闘技場で怪しいフルプレートと共に。損害額は以前より増しています」

「冗談……ではないのだな。損害はいくらだ?」

 

皇帝は穏やかな笑顔を崩さなかったが、冷や汗が滲んでいた。

主席魔法詠唱者は、構わずに言葉を続ける。

 

「……白金貨6,150枚ですな」

馬鹿げた金額に目まいを起こし、頭に手を当てた。

 

「じい、損害を補填するのにどれほどかかる?」

「必要経費を考慮すると……三年掛けても補填できるかどうか」

「レイナースを呼べ。他の四騎士も全員集めろ、大至急だ」

「はい、すぐに集めましょう」

 

年配の主席魔法詠唱者は、執務室を足早に退出した。

 

 

 

 

とある小さな邸宅では、テーブルに白金貨が積み上げられていた。

皿屋敷よろしく積み上がる白金貨の枚数を、数えるヤトにジエットとその母は、異様な光景を呆然と眺めている。

 

「げー……一万枚と208枚ある。これはちょっと、やり過ぎ…まぁいいか、暗殺とたらい回しの代償だな」

 

鼻歌交じりに、ジエットの母に白金貨を8枚手渡した。

金貨80枚分に相当する、手にしたことのない大金に、ジエットの母は喜ぶどころか顔面蒼白になる。

 

「あの……こんなに頂かなくても、一生懸命働きますので」

「先立つものは必要でしょう?魔導国に行ってすぐに住居と仕事が与えられるかわかりません」

「なぜ……ここまで、して頂けるのですか?」

「この金貨は帝国の賭け事でせしめた物ですから。魔導国のために一生懸命働いてください」

 

栄養の足りない髪を、後ろで一まとめにしたジエットの母は、泣きながらヤトの手を握りしめた。

 

「ありがとうございます……この御恩は一生忘れません」

「……重いんで勘弁して下さい」

 

母親の再婚を懸念するジエットは、複雑な心境で二人を見ていた。

朝食を省略し、二人を魔導国に送る準備を進める。

 

「母親を大事にしろよ、ジエット。魔導国で会おう」

「はい、この御恩は決して忘れません」

「頑張れよ、ジエット。投げられた賽の目を生かすも殺すもお前次第だ」

 

 王宮へ向かうように指示を出し、二人を見送ってから一息ついた。

空腹を訴える、胃の収縮音が鳴った。

朝食はガゼフ達が泊まる宿で取ると決め、住人がいなくなった邸宅を飛び去った。

 

 

 

 

「陛下、レイナースです」

「入れ」

レイナースが呼び出された皇帝の執務室には、他の四騎士も揃っていた。

 

「余計な駆け引きはしたくない。昨日、闘技場で大損害が出たのだが、身に覚えがあるだろう。一緒に居た者は何者だ」

「はい、魔導国の中枢人物だそうです」

 

髪型を変えていない彼女は、下ろした前髪をかきあげて顔を見せた。

他の騎士から、感嘆の声が漏れていたのが誇らしかった。

魔導国の名を聞いて、皇帝の顔から表情が消える。

 

「レイナース、帝国を売り渡したか。盗まれた図書を返したのも、貴様だろう。呪いの解除と引き換えに、何を売った」

「売るなどと人聞きが悪いですわ、陛下。私は呪いを解くために、少し協力しただけです。帝国の機密事項は存じ上げませんもの」

「では、魔導国の者について教えてくれるかな?」

「はい、特に口止めもされておりませんので、全てお話しいたしますわ」

 

彼女はこの四日間、自宅で起きた騒乱を全て話した。

個人的な感情と、舌で舐められた事は黙っていた。

包み隠さず話すレイナースに対し、皇帝は懐疑的な眼差しで見ていた。

洗脳されて誤情報を渡されているのかと疑っていた。

 

「それで、目的の暗殺者は見つかったのか?」

「その件について何も聞いておりません」

「馬鹿っぽいという点を考慮すると、イジャニーヤには接触していないのだろう」

「彼らは本日、こちらに外交の挨拶にいらっしゃるそうですわ。くれぐれもご注意ください、彼は人ではありません」

「わかった、情報提供感謝する。レイナースは下がって良い。何か聞きたければ、また呼び出そう」

「はい、失礼します」

 

微笑んで部屋を後にする彼女を見送った。

“雷光”だけが彼女を目で追った。

 

「呪いが解けると、思ったより美人ですね」

 

「激風、不動、雷光。重爆を信用するな、彼女は魔導国に洗脳された可能性がある」

「それは、真ですか?」

「ガゼフ・ストロノーフ、最上位冒険者を従えるなど、洗脳でもしなければできん。そうやって順当に王国の中枢人物を洗脳していき、国を興したのだろう。重爆が言っていた人では無いという点も、幻を見せられた以外に考えられん。マジックアイテムの発掘が盛んな南方の者であれば、そちらが自然だ。帝国もマジックアイテムに尽力すべきだったぞ」

 

「勘弁してくださいよ、陛下。洗脳されて部下にされちゃ堪ったもんじゃありません」

「しかし、信じられませんね。いくら自らの身を優先し、忠誠を尽くさないって言っても、そこまでするでしょうか。彼女は四騎士で最も攻撃力が高いのですよ」

「呪いを解く事を条件に売り渡した可能性が高い。彼女が機密事項に通じていなかったのは、不幸中の幸いだ。これから彼らが来るのであれば、三名は私の護衛に当たれ。重爆が裏切って攻撃してくると想定に入れよ」

「畏まりました、皇帝陛下」

 

腕を腹部に当てて腰を折る“激風”は、やや緊張して顔を強張らせた。

理知的な彼が、他の二人を引き締める。

 

「私にはネックレスがあるが、君らにはない。彼らと謁見の際、玉座の後ろに身を隠せ。有事の際はフールーダと共に飛び込め。歓迎の支度を始めよう、舌戦といこうじゃないか」

 

 レイナースの言葉を欠片ほども信用していない若き皇帝は、その後も二重三重の策を練っていた。

 

 魔導国との謁見は、数時間後に迫っていた。

 

 

 

 

 レイナースが意気揚々と執務室を後にしたところ、部下の若き衛兵が声を掛けてきた。

 

「重爆様、よろしければ技をお見せ頂けないでしょうか」

「わかった、すぐに行く」

 

顔をまともに見ない部下に対しても、解呪を終えた今なら寛容に接することが出来る。

騎士たちは中庭に集まり、技を掛ける時に使う傀儡を設置していた。

 四騎士最強の攻撃を拝見しようと稽古を中断している者も多く、いつもなら淡々と傀儡を壊して去るところだが、呪いの解けた顔を見せて反応でも見てやろうかと思う。

 

 

静寂の中、二つ並んだ案山子のような人形を、まとめて破壊しようと槍を構えた。

皆が固唾を飲んで見守る中、彼女の一撃が放たれる。

 

本人の予想に反し、片方しか破壊できなかった。

 

いつも軽く持っている槍が、酷く重かった。

手が痺れて震えていたが、部下の手前、取り乱す事も出来ない。

 

「きょ……今日は少し調子が悪い。申し訳ない」

「いえ、片方でも破壊できるのであれば、今後の参考にさせて頂きます。ロックブルズ様、ありがとうございました」

「では、失礼」

 

拍手する部下達を見ず、足早に立ち去った。

呪いが解けて弱体化したなど、信じたくなかった。

 

レイナースは体調を崩したとメイドに言伝を頼み、整った顔を蒼白に変えて王宮を後にした。

 

 

 

 

「朝飯……時間制なんだね」

 

宿に到着した時点で、朝食の受付は締め切られていた。

最高級宿と聞いていたので、食事の質に期待を寄せていたが、過剰な期待は到着早々打ち砕かれた。

 

「そこまで落ち込む事か?」

 

久しぶりに柔らかいベッドで眠った彼らは、顔がすっきりしていた。

ガゼフの隈は取れていた。

 

「うー……そこら辺の軽食出してくれる店に入ろう。アインズさんに連絡しないと」

 

 宮廷に向かう道すがら、何か食い物が売っていればと思ったが、土地鑑のない彼らは該当店舗を見つけられなかった。

先に目的地が見えてきてしまい、アインズに連絡をするために、付近の路地裏に入った。

数日振りに聞いたアインズの声は、何やら明るかった。

 

 

「お前なあ……次から次へと人を送り込みやがって、受け入れ体制とか、心の準備ってものが。お前の説明不足のせいで、ワーカーを危なく殺すところだったぞ」

「穏やかじゃないッスね。何があったんスか」

「いや、なんでもない。魔法学院の生徒はよくやったと褒めておく」

「そいつあどうも、兄貴」

「あに……まあいい、連絡してきたという事は、皇帝と謁見かな?」

「そうッスね。何か言っておくことありますか?」

「ティラの話を聞く限りだと、暗殺依頼者が皇帝という線が濃厚だな」

 

「……生殺与奪の権でも握ってやりましょうか」

「待て待て、物騒な事は止めろ。ヤトが暴走しても、俺はここを離れられん。お前は勢い余って惨殺しかねないからな」

「離れられないって……やっぱり何かありましたね? 面白い事ですか?」

「……帰ったら話す。それより、ラキュースが寂しがってる」

「分かってます。俺も寂しいとでも伝えて下さい」

「……知るか、ボケ。伝言板代わりに使うな」

「おやびん!冷たいッス!」

「うるせえ!」

 

ついつい雑談が多くなってしまい、しばらく内容の浅い会話を続けた。

帝国への対応に関する指示を出され、ヤトは空腹のまま宮廷へ向かう。

 

「さて、ガゼフ達に指示を出そう。今回のロールプレイは彼らがいないと駄目だからな」

 

出来損ないの雷のような音が、腹部から聞こえてくる。

 

「……腹減ったな。朝飯、食わせてくれないかな」

 

 

 

 

 レイナース(わたし)は宮廷を後にして、昨晩帰ってこなかった彼の為に料理を作ろうと、材料の調達に市場へ出かけた。

 あの時、“行ってくる”と言っていたので、今夜は帰ってくるだろう。

 

他に何も考えたくなかった。

 

呪いの御蔭で強くなったと、暗い方向へ考えそうになる頭を振り、市場で食材を物色し始めた。

 

 

両手に食材の入った紙袋を抱え、自宅に帰りついた。

わかっていたが、部屋には誰もいなかった。

これまで騒がしかった分、無音の家が余計に寂しく感じる。

 

私は、寂しさを誤魔化すように、自室に入った。

ベッド脇に投げ出されている、読みかけの絵本は直ぐに読み終わったが、寂しくなっただけだった。

 

 《星になったスピアニードル》の絵本を投げ出し、ベッドに入った。

 

 日の高い時間から眠ったのは、生まれてはじめてだった。

 

 

 

 

 帝都アーウィンタールの中心にある宮廷は、赤い屋根の綺麗な城だった。

 鎧を装備したヤトを先頭に、ガゼフ・ガガーラン・ザリュースと続く。

 門番は王都の衛兵より、装備品が充実していた。

 

「魔導国のヤトノカミだ。皇帝陛下にお会いしたい」

「伺っております、こちらへ」

 

 恭しく頭を下げた門番は、素直に宮廷に通してくれた。

 ヤトが探知スキルを発動させると、物陰に大量の生命反応があった。

 

「やれやれ……大した歓迎だな」

 

 呟いたつもりが、案内をする門番の耳に届き、振り向いて脂汗を掻いていた。

 

 

「じい、あれに勝てるか?」

「大した魔力も感じません。強いとは思えませんが、ここで戦闘するほど愚者ではありますまい。ジル、ここからが正念場です」

「ああ、わかっているとも。ここからは舌戦といこう。洗脳などに頼る愚か者の、(はらわた)を引き摺り出してやるさ」

 

 宮廷の窓から、一行を覗き見ていた皇帝と主席魔法詠唱者は、穏やかに笑った。

 

 

 

 

 彼らが玉座の前に着くと、若く顔立ちの美しい皇帝が、玉座に座って笑顔で迎えてくれた。

 年齢はヤトと変わらないように見える、好印象な皇帝を見て、ヤトは腐敗貴族に嵌められたのではと勘繰り始める。

 愚かにも暗殺を仕掛けてくるタイプには、とても見えなかった。

 

「ようこそ、帝都へ。魔導国の方々、歓迎しよう。私はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

 

「ガゼフ、彼が皇帝で間違いない?」

「ああ、間違いない。以前に戦場でお会いしたままだ」

 

 ひそひそと小声で本人確認を行った。

 ガゼフの真面目さを信用しているヤトは、皇帝と断定しアインズの指示通りに動き始める。

 

と、そう上手くはいかなかった。

 

「ジルクニフ皇帝、私が魔導国の蛇、ヤトノカミだ。早速で悪いが、私の頼みを聞いて頂きたい」

「ジルと気さくに呼んでくれて構わないよ。これから国家間で友好関係を構築するのだ、出来る限りの要望を聞こう」

 

顔も口調も穏やかなジルは、心中で身構えた。

未だに彼を八本指のボスだと思い込んでいる彼は、目の前にいる妙な鎧を装備したヤトを、欠片ほども信用していなかった。

 

「朝食……食べさせてほしい」

「……は?」

「朝食を食べ損なってしまい、とても空腹だ。なんでもいいから食べさせてくれ」

 

 先ほど指示された打ち合わせ通りに進むと考えていた三名は、顔に手を当てて呆れていた。

 

 三名が漏らしたため息により、緊張の糸は断絶された。

 場の張りつめた空気は緩んだが、洗脳されたと思しき三名の気が緩んだのを確認しても、ジルの警戒は解けなかった。

 

「そのくらいの事であれば構わないよ。すぐに支度をさせよう」

「恩に着る、ジル。俺の事はヤトと呼んで構わない」

「ありがとう、ヤト。では君らを」

「その前に後ろにいるのは四騎士か?レイナもいるのか?」

 

 ヤトの探知スキルによると、玉座後方に四体の生命反応があった。

 策を看破されたと思い、ジルの額に汗が滲む。

 笑顔は凍り付いていた。

 

 やや沈黙の後、ヤトが言葉を続ける。

 

「……何か変なこと言ったかな」

「い、いや。すまない、疑っていた訳ではないんだ、君らが何者かわから――」

「早く出してあげたらどうかな……」

 

汗をかいているジルと、放置されている四騎士らしき者を案じ、途中で話を切った。

ぞろぞろと玉座背後のカーテンから、三名の騎士と一人の老人が出て来る。

 

「あれ?レイナはどうした?」

「レイナとは、レイナース・ロックブルズの事か?彼女は体調不良で帰宅したが」

「体調不良?呪いが上手く解けなかったのかな」

「彼女の呪いは、君が解いたのか?」

「部下の神官が解いた。それより、朝食を……」

「これは失礼、彼らを案内してくれ」

 

 ヤト達はメイドに案内されて、部屋を出ていった。

 部屋を間違いなく出ていったと確認し、四名に彼らの印象を尋ねる。

 

「期待外れですね。本当に八本指のボスなのでしょうか」

「珍しい鎧ですが、強いんですかね」

「私が防ぎきってみせよう。不動にお任せを」

「陛下、秘書官を同席させては如何でしょうか」

 

「同席するのはフールーダ1名とする。レイナースの二の舞を踏まれても困るからな。フールーダ、所持している対精神操作のマジックアイテムを装備して、会食に同席せよ」

 

 ジルは壮絶な舌戦を想定し、気を引き締めた。

 相手は人を洗脳する事を厭わない、下卑た犯罪組織なのだ。

 

 何がきっかけで足元をすくわれるか、わかったものではない。

 

 

 

 

 ジルクニフ(わたし)が来賓用の応接間に着くと、黒髪黒目の犯罪者は嬉しそうに朝食を摂っていた。

 宮廷の食べ物を当たり前のように食している、南方出身の犯罪者が腹立たしかった。

 

 心中で悪態をつきながら、穏やかな笑顔を貼りつけるのを忘れなかった。

 全身鎧をいつの間に脱いだのか不明だが、周囲に脱いだ鎧は確認できなかった。

 

「ジル、王都とは違って“ある程度”食べ物は美味しいな」

 

 大きな態度を、ガゼフに咎められていた。

 洗脳された彼が咎める点に違和感を覚える。

 演技なのだろうと判断したが、何が狙いか余計にわからなくなった。

 

「気に入って貰えて光栄だよ、ヤト」

 

 彼の顔を知っているフールーダが、反射的に話し出す。

 

「む……やはりこの小僧、図書館で蔵書を奪った者。」

「どうも、お久しぶり。“借りた”本は返しておいた。後で確認してくれ」

 

 「勝手に盗んだんだろっ!」と、危なく叫ぶところだった。

 

 “借りた”を強調する彼に、不快な表情を必死で押し殺して舌戦を挑む。

 

「それで、今日の用件はただの挨拶なのかな」

「ああ、そうだったな。本題に入ろう」

 

 飲み物を飲み干してから、コホンと咳払いをして、無表情になった。

 

「まずは暗殺者を差し向けてくれて感謝する」

「……意味が分からないな。身に覚えが――」

「あー、そういうのはいいから、ちょっと黙って聞け」

 

 手を振って私を遮った。

 顔には何の感情も現れていなかった。

 

「おかげで闘技場で儲ける口実もできて、レイナの御蔭で充分に稼げた。水に流してやろうじゃないか」

 

明らかな挑発と、上から目線だった。

 

「損害額の情報は行ってるだろ。今後、魔導国に何か仕掛けたら、経済報復を仕掛ける。更に配下に収めたイジャニーヤを使って、カウンターを仕掛ける」

「配下? 彼らを配下に収めたのか?」

「ああ、勿論。弱い忍者なんて珍しいからな。大して強くも無いが、アインズさんの良いコレクションになるだろう」

 

 洗脳して直属の部下、頭領が美人なら手籠めにする意味だろう。

 どこまでも腐りきった、唾棄すべき奴らだ。

 イジャニーヤを奪われた事で、私の心中に暗雲が生じる。

 

「どうやら情報の行き違いがあったようだ。部下が申し訳ない事をした、代わりに私が謝ろう」

「気にするなよ、ジル。あんたらの金で、仕立ての良い服も、掘り出し物の宝石も買えた」

 

 口元を歪めて、両手で上着の襟を摘む。

 露骨な挑発が鬱陶しかった。

 

「……その件だけなのかな?」

「いや、今日は同盟の要請に来た」

「同盟?」

「そうだ、魔導国と同盟を結んで欲しい。こちらに学校を作りたいのだが、一から作るのが大変だ。フールーダさんをお借りして、学校建設に協力して欲しい」

「その条件は飲めないな。彼は主席魔法詠唱者だ。彼がいないと国が回らない」

「ではここからは、直接フールーダさんに話そう」

 

「お断りする。帝都を離れるつもりはない」

 

聞かれる前にフールーダは即答してくれた。

犯罪組織風情が提示する条件を、彼が飲むとは思っていなかった。

 

「アルシェから聞いたのだが、魔法の深淵を覗きたいらしいな?」

「……む、アルシェを知っているのか。彼女は元気かね?」

「ああ、妹達や仲間と共に魔導国に引っ越した。今は家を用意されて、仕事を頑張るつもりのようだ」

「そうか、よろしく伝えてくれ」

「それで、魔法の深淵を覗きたいのに、第六位階までしか使えないんだって?」

 

馬鹿にした酷薄な表情が張り付く。

明らかにこちらを下に見ていた。

英雄の領域にいるフールーダは、馬鹿にされて苛立っていた。

 

「貴殿は第何位階まで使えるのだ」

「俺は前衛だから使えない。アインズ・ウール・ゴウン魔導王は第十位階と、その先にある超位魔法を使える。ここじゃ第十一位階って言うんだって?」

「ふざけるのも、いい加減にしろ!寝言は寝ていえ!」

 

フールーダは激昂して立ち上がり、テーブルに両手を叩きつけた。

強い衝撃で食器類が床に落ち、ドアで待機しているメイドが、目を見開く程に大きな音を立てた。

 

「帝国の連中は、人の話を信じない傾向にあるな」

「私は貴様が想像できぬほど、悠久の時を生きておるのだ!その私が辿りつけぬ領域に、貴様ら犯罪者風情が」

「異議あり、訂正しろ。俺は八本指のボスではない。ヤトノカミと魔導王は、ナザリック地下大墳墓の支配者、神の領域に足を踏み入れた存在。程度の低い犯罪者と、一緒くたにするな」

 

片手を軽く上げて、声のトーンを落としていた。

 情報を垂れ流しているように感じるが、言っている言葉の大半が理解できなかった。

馬鹿にされ蔑まれたフールーダは、顔を真っ赤にして震えていた。

 

「人をおちょくるのも大概に――」

「ならば証拠を見せてやる。このクズ共が」

 

黒髪黒目の男は、立ち上がって大蛇の姿に変わった。

頭部から刃が突き出ており、背中に大きな鎌と小さな武器を背負っていた。

呼気は瘴気でも帯びているかのようだ。

 

「ヤト、やめろ! 殺すな!」

「旦那! ここは抑えてくれや!」

「あなたが本気で暴れたら廃墟と化してしまいます!」

 

蛇の部下は彼に対して武器を構え、本気で止めようとしていた。

私は彼らの認識を改めた。

この怪物は洗脳などしなくても、力ずくで従わせるだろう。

見たことない怪物に私の体は固まり、指先一つ動かせなかった。

 

「私はナザリック地下大墳墓、支配者の一柱ヤトノカミ。暗殺者を差し向けた礼をここでしても構わないが」

「おのれぇえ! 化け物めが! 《火球(ファイヤーボール)》!」

 

 フールーダの放った魔法は、途中で掻き消えた。

 蛇は何事も無く、腕を組んでこちらを見ている。

 逃げようにも、体が動かなかった。

 

 こんな化け物が、人の世にいて良い筈がない。

 

「ジル、しっかりしなさい! 四騎士の三人を呼ぶのです!」

「四騎士! 入ってこい!」

 

 フールーダに促されて体の硬直が解けた私は、部下を呼ぶために叫ぶ。

 ドアの外で様子を窺っていた彼らが雪崩れ込んで来たが、蛇を見て私と同様に固まっていた。

 

 

「これが四騎士か。帝国四騎士の実力を見せてもらうぞ。」

「ヤト! もう止めろ!」

 

 四騎士に向き直った大蛇の前に、ガゼフを初め連れの二人が立ちはだかる。

 

「ガゼフ、邪魔をするな」

「ラキュースを悲しませる気か、旦那!」

 

 逞しい最高位冒険者の女性が放った言葉で、怪物はしばらく動きを止めた。

 

「……チッ、仕方ないな。だが、人の姿には戻らないぞ」

 

 連れの三名は安堵の息を吐いたが、帝国側の人間はそう簡単に納得できない。

 私と四騎士は、動きを完全に止めていた。

 

「では、同盟に関しての条件を……いつまで固まっている」

「あ、ああ。済まない。聞かせてくれ」

 

 それだけ言うのがやっとだった。

 

「アンデッドを差し出す。デスナイト……いやデスナイトじゃ安っぽいかな。魂食い(ソウルイーター)でいいか?」

「な……なぁにぃ? 今、何と言った」

「デスナイト数体か、魂食い(ソウルイーター)を僕として差し出そう。フールーダに忠誠を誓ってくれる、不眠不休で働く優秀な部下だ」

「詳しく教えて欲しい」

 

フールーダの目に妖しい光が宿り、私は彼を失う覚悟をする必要があった。

魔導王は魔法詠唱者として神の領域にいる者、その盟友ヤトノカミは人間を止めた者、その現実を一目瞭然と突きつけられた。

異形の姿を目にした我々は、彼の話を信じるしかなかった。

 

 彼らの提示した条件は、学校建設への協力要請、大規模農場への土地提供、戦争の終結であり、それ以上こちらへ金銭を要求する事は無かった。

 

「しかし、そんな事が現実に……」

「やはり疑い深い。帝国も偶然に上手く政治ができただけの、馬鹿の集まりだな。王都のラナー王女は、こちらが説明しなくとも感づいたぞ」

 

 ラナー王女に劣るとまで言われて、固まっている訳に行かない。

 

「ヤト、私が同盟を断ったら、君らはどうするのかな」

「闘技場で大赤字するだろうな。出入り禁止にされた場合、我々は帝都で性質の悪い金貸しを始める。どうなるか想像できるな?」

 

 想像の域を出ないが、彼は何かの方法で試合結果が見れるのだろう。

 今後も白金貨を大量に赤字されては、帝都の滅亡が近づく。

 どの程度の損害が出るかは、既に実証されている。

 そちらを禁じても、化け物が営業する性質の悪い金貸しが帝都に出来た場合、恐ろしい事になるのは想像に難くない。

 

 洗脳ではなく武力行使するタイプと判明し、付け入る隙を探した。

 

「返事はまだしなくていい。明日、出直すから一晩ゆっくり考えろ。魔導王を敵に回すと帝国は一日で壊滅する、それをよく覚えておくんだな」

 

 口元を歪めた蛇は、連れと共に部屋を後にした。

 去り際に隣のガゼフへ「ろーるぷれい」「流石はアインズさん」と言葉を掛けていたが、パズルのピースは繋がらなかった。

 

「おのれ! 死ね! 死んで腐ってしまえ! 化け物め!」

「ジル、落ち着いて下さい」

「じい! なぜ、あんな化け物の話を聞いたのだ! お前なら殺せたのではないのか!」

「魔法を無効化する術など、私は知りません。何よりも提示した条件は、決して損ではありません」

 

魔法の深淵に取りつかれたフールーダが、私をかえって落ち着かせた。

 

「すまない、取り乱したな」

「陛下、やばいんじゃねぇの?」

「くそっ、同盟だと? あんな化け物が支配する国と、同盟など出来るはずないだろう。提示した条件を守る保証もないのだ。レイナースはどこにいる、彼女の話を聞きたい」

「陛下、重爆は体調不良で帰りました」

「体調不良?」

 

 空気の読めない重爆に苛立った。

 

「……明日には同盟の返事を聞きに来るのだ。時間が無い、秘書官、魔法詠唱者・騎士の主だった者を全員集めろ。明日、レイナースが来たら私の部屋へ呼べ」

 

 頭を掻き毟りながら、急いで指示を出した。

 母、兄弟を粛清した骨肉相食む争いの末に、必死で築き上げた帝国だ。

 国が崩れる可能性は、私自身も壊してしまいそうだった。

 

 

 突然訪れた大いなる災いにより、秘書官・魔術師・騎士を集め、夜遅くまで会議を続けた。

 

 だが、魔導国の魔の手から逃れる術は、ようとして知れなかった

 

 

 

 

 悪の演技(ロールプレイ)を無事に終え、魔導国の使者四名は宮廷の外で雑談をしていた。

「三人ともお疲れ様。なかなか迫真の演技だったぞ」

「ヤト程ではない。上手くやれただろうか」

「大丈夫だろ。なんなら明日にまた脅すさ」

「旦那、今日はこれからどうするんだ?」

「……昼寝でもするか。明日、彼らの返事を聞いてから、魔導国に帰る」

「自由行動でいいのかい?」

「ああ、観光でもしてくれ。俺は昼寝する」

「それにしても、本当に演技とは思えませんでした。死も覚悟しましたが」

 

ザリュースは冷や汗を拭った。

爬虫類でも冷や汗は掻くらしい。

 

 

「演技だよ、ラキュースが悲しむだろ」

「本当に奥方が好きなのですね」

「ザリュースよぅ、旦那と嫁の大恋愛、そのうち聞かせてやるよ」

「恥ずかしいから勘弁してくれ」

 

 ヤト以外は、楽しく笑い合った。

 

「妾さんはどうすんだ?」

「妾じゃない。泊めてくれた礼のついでに、きっちり振ってくる。こっぴどく振られれば、諦めて他の男を探すだろ。」

「……ろくでなしだな」

「それが彼女のためさ、ガゼフ。異形の蛇の嫁はラキュースだけで充分だ」

「よろしくお伝えください。あと、あまり酷い事は避けた方が……」

「言い過ぎないように注意するよ、ザリュース」

 

 人型に戻って眠気に襲われたヤトは、ガゼフに背負われて宿へ向かった。

 この時、彼の中で悪のロールプレイは抜けきっていなかった。

 

 

 転がる災いの出目は、レイナースにも迫っていた。

 

 

 

 

 レイナース(わたし)が起きると、陽は赤みを帯びていた。

 眠りながら泣いていたのか、顔が乾いて引きつっていた。

 

 後程、訪れるであろう彼の為に、気怠い体に鞭打って料理を作り始めた。

 何かしていれば、他の事を考えずに済む。

 

 

 一通りの料理を作り終わったところで、ドアが叩かれる。

 出迎えると、やはり彼が立っていた。

 

「よう。世話になったから、別れの挨拶に」

「入って、ください」

 

 さっさと立ち去る雰囲気を出す彼を、家に招き入れた。

 せっかく作った料理が、無駄になると勿体ない。

 

「……すぐに帰ろうと思ったんだが、作り過ぎじゃないか?」

「お酒もあります」

「いや、挨拶して帰ろうと」

「作り過ぎたので、食べるのを手伝って欲しい」

「明らかに二人分じゃないだろ……」

 

 他に誰かが来てもいいように多めに作っていたのだが、気付かれてしまった。

 呪いのお礼と素直に言えなかった。

 

「捨てるのは勿体ありません。今まで私に、散々な無礼を働いたのだ、これくらいはいいでしょう」

「う……あぁ、そうだな」

 

俯いて何か言っていたが、残念ながら聞き取れなかった。

私は彼に酒を注ぎ、食事を始めた。

どちらも何も言わずに、ただ食べる音だけがしていた。

 

「……私は……呪いが解けて弱くなりました」

「あぁ、ジルが体調不良って言ってたな」

「重爆である私の特徴は攻撃だったのに、攻撃力が弱体化してしまって」

「へー。呪われた騎士(カースドナイト)でも取ってたのか」

「……はい」

 

 そこで彼の手が止まる。

 皇帝を気安く呼んでいた点は、気づいたが言わなかった。

 

 その後、彼から聞いた話によると、私の取っていた呪われた騎士(カースドナイト)は、呪いに依存した職業だったようだ。

 外見を変更する呪いが消えたから職業が消失してしまい、強さの基準である“れべる”というものが下がった。

 彼はレベル測定ができないので、今の強さはわからなかった。

 

「呪いが解けたら騎士を辞めて、剣を取らない暮らしをするから、ちょうどいいな」

「あなたへの恨みは、まだ晴れてない」

「呪いが解けたんだから、忘れてしまえ。明日、魔導国へ帰る」

「……そう」

 

 表情無くよかったなと言っていた。

 自分がどうしたいのかが分からず、何と言えばいいのかも分からなかった。

 

 静かな部屋で、私と彼は酒を飲んだ。

 今日、彼は私の顔を正面から見なかった。

 

 

「じゃあ、俺は帰る。食事ありがとう」

「あ……ま、待って」

「……なんだ? 一発くらいなら殴られてやってもいいが」

「呪いのお礼に……その……私を抱いても構わない」

 

女性からこんな事を懇願する恥ずかしさで、顔が熱くなった。

 

「……いらん。帰る」

 

 無情に断って手早く上着を羽織る彼を、俯いて両手を握りしめながら見ていた。

 

 思わず言葉が漏れ出た。

 

「そんなに魅力、無いだろうか……」

 

 彼は顔を半分だけ向けて、こちらを見ていた。

 こちらを真っすぐ見てくれない事が、こんなに寂しく感じるとは思わなかった。

 

「妻がいる」

「私は誰にも話さない。一夜限りの事」

「そこまで興味が無い」

「……一緒に、いて欲しい」

 

 最後は私の懇願だった。

 寂しさを埋めるには、誰かの温もりしかないと思った。

 出会ってから何回か見た、顎に指をあてて悩む仕草をしている。

 

 考え終わったのか、頭を掻いてため息を吐いた。

 

「あのな、はっきり言うが。お前、誰でもいいんだろ」

「……違う」

「呪いを解いてくれるなら、誰かれ構わず同じことを言っただろうな」

 

 何も言えないでいる私に、彼は言葉を続ける。

 静かで暗い水面に似た声は、私の心に刃の如く刺さった。

 

「誰でもいい女に興味はない。男娼でも買い付けろ」

「人を娼婦みたいに言うな、蛇野郎」

「呪われた姿が本来の自分だというのに、気付かず解呪に固執するから、何も残らなかったわけだ。前に言っただろ、呪いを解いて何か残るのかと」

「消え失せろ! 私の前から消えろ!」

 

「哀れな女だ」

 

 私の返事を待たずに、彼は静かにドアを閉めた。

 悔しさで涙が流れていたが、彼には見えなかっただろう。

 

 私が少し素直になれば、彼はここにいたかもしれない。

 彼が妻帯者でなければ結果は変わったかもしれない。

 

 

 見えていなかった事実が、解呪により澄んだ瞳に見えていた。

 目を曇らせる呪いが晴れて、見えてきたのは輝く世界などではなかった。

 

 私には、家族、友人、仲間、恋人、何一つとしてない。

 

 孤独な女だけが残された。

 

 私が持っていないもの、全て持っている彼が羨ましかった。

 

 生きる目的を失ったと気付いた私は、全てがどうでも良くなった。

 

 

 叫びたい衝動は抑えたが、流れる涙は止められなかった。

 テーブルに突っ伏し、声を上げて泣いた。

 

 誰でもいい、抱きしめて欲しかった。

 

 スピアニードルと自分が重なる。

 

 絵本と違い、私の泣き声は誰にも届かなかった。

 

 

 

 


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