宝石に多少なりとも恩義を感じるレイナースは、前日と同様に彼らへ朝食を準備した。
毛布を掛けてくれた事に気付かない、黒髪の男が腹立たしい。
「朝からよく食べますわね。」
「昨日の晩飯、食いはぐれたんだよ。今夜、ウチの神官を寄越すから、呪いを見せてやれ。」
「本当ですか!?」
「朝からうるさい。」
口の中でごにょごにょと文句をいう彼女に構わず、寝ぼけた顔をして食事を続けた。
「ヤトノカミ様、ガゼフ様に会いに行かなくては。」
「食べたら宿屋に行こう。レイナースは待っててくれ。」
「夜に神官の方がいらっしゃるのですね。」
「ああ、それまでには帰ってくる」
「…いえ、別に帰ってこなくても」
「話が拗れると思う。見た目も中身も人間じゃないからな。」
「……御帰り、お待ちしています」
軽く頭を下げていたが、目は抗議していた。
「あーそれから明日は空けておけよ。帝都の野暮用に付き合って貰うぞ。」
「約束を守って下さるのであれば、いかようにも」
「わかったから、静かに食事をさせてくれ。」
「……覚えていなさい」
朝食のパンと手作りスープが美味しかった事は黙っていた。
食事を終えた二人は、彼女を置いて宿へ向かった。
「ふふっ、呪いが解ける……お越しになる神官様のために料理でも作っておこうか」
犬の頭部を持つメイドだとは、想像も出来なかった。
◆
「昨日は何をしていたのだ!」
「えぇー……」
宿に着くなり怒り心頭のガゼフが怒鳴り、周囲の視線を独占する。
怒る理由は隣の女性戦士なのだが、本人の前でそれを言う性格でもなく、理由は今一つ伝わらない。
「よくわからないが俺が悪かった。二人もレイナース邸宅に泊まりに来るか?」
「俺は宿で構わねえよ、なぁガゼフ。」
「私が行きたいくらいだ」
肩を組むガガーランの手を、さりげなく解いていた。
「みんなで押しかけるか?宿代の節約にもなって、賑やかでいいだろ。酒飲んで雑魚寝だな。」
「ヤトノカミ様……あれだけ怒らせておいて、それはまずいのではありませんか?」
茹でダコの如く怒る彼女を、自分が宥めるだろうと想像して、胃の辺りを押さえた。
まだ何か言いたげなガゼフを制し、エイトエッジアサシンを呼び出して転移した。
◆
バハルス帝国東北、鬱蒼とした森の奥にある瓦屋根の邸宅、そこが暗殺集団のアジトだった。
転移ゲートから彼らが現れ、門番が身を強張らせる。
エイトエッジ・アサシンが5名、背後で跪いていた。
「門番さんがお待ちのようだぜ。」
「ウチの隠密さんに任せよう。エイトエッジ、彼らを捕まえろ。」
言い終わる前に彼らは飛びかかっていた。
抵抗も虚しく簡単に気絶させられた彼らは、次々にゲートに放り込まれていた。
「二体は付き従え。残りは周囲の警戒を頼む。」
一行は屋敷の門を堂々と潜っていった。
騒ぎを聞きつけ、玄関で黒装束の忍者が待ち構えていた。
「何者だ。」
「君らに襲われた魔導国の蛇だ。頭領に会わせてほしい」
「断る。」
襲ってきた忍者は、エイトエッジ・アサシンの手により空中で撃ち落とされる。
撃ち落とされた衝撃で、玄関の扉が破壊された。
屋敷内で奥へ走り去っていく気配を感じる。
「ここから気を抜くなよ。俺も《
旧日本家屋をイメージした屋敷を奥へ進んでいった。
廊下から見える日本庭園が美しく、思わず見とれてしまった。
「うわぁ…ここで昼寝してもいいかな。」
「おいおい、旦那。終わってからにしてくれよ。」
「ヤトノカミ様……ご自分で気を抜くなと」
忍者の首を掴んでいるガガーランと、武器を構えて警戒しているザリュースが呆れていた。
そのまま流れ作業で敵を転移ゲートに放り込み、奥の間に到着する。
白髪の老人が一人、正座して待っていた。
「ここの頭領か?」
「魔導国の者が何用じゃ。」
「本当に頭領か?後ろに隠れている奴らは何なんだ?」
屏風の後ろで大量の敵が蠢くのを探知する。
「……何の事じゃ」
「まぁいい、魔導国の支配下に入れ。俺を暗殺しようとした罪は重い。」
絶望のオーラを発動し、老人相手に威圧する。
「ひいっ!御屋形様!お助け下され!」
「……役立たず」
腰を抜かした老人の後ろにある屏風から、露出の多い服を着た背の低い女性が現れる。
金髪を後ろで纏めた、釣り目の仏頂面には見覚えがあった。
赤と青の妹に対し、緑色のリボンをしていた。
「ティア? ティナ? お前裏切っ……ってそんなわけないよな。三つ子だったのか?」
「妹が魔導国にいるのか。」
「珍しいな、三つ子で同じ組織に属するとは。名前は?」
「ティファ。」
「そうか、よろしくなティファ。早速だが魔導国の支配下に入れ。」
「断る。」
ティファと名乗った少女は両手にクナイを構える。
「俺も忍者を取っている。技術がどこまで共通してるのか興味があるのだが。」
「興味ない。帰って欲しい」
「力ずくでも構わないが?」
ティファは暗殺者特有の黒く濁った瞳で睨み、ヤトは鎧の目を赤く光らせ迎え撃っている。
黒づくめの部下も一触即発の雰囲気となり、場が凍り付く。
「ヤト、もう少し穏便にできないものか。」
ガゼフに目を向けた隙を見て、《闇渡り》で影から現れクナイを突き立てたが、無効化されてしまい鎧まで届かない。
「なぜ届かない。」
「弱い忍者の攻撃は効かない。」
「よお、ティファ。妹達と同じチームを組んでるんだけどよ。お前さんも妙な性癖持ってんのか?」
険悪な空気を解こうと、ガガーランがお道化て混ざった。
「ガガーラン、何を言って」
「私はどちらもいける口。」
「教えるのかよ。ふーん……バイセクシャルね」
「ばいって何?」
「お前の事だ。ガゼフは好みか?」
「別に」
「ザリュースは?」
「無理。」
「ガガーランは好みか?」
「悪くない。」
「俺は?」
「鎧着てたらわからない。」
「はいはい、解除っと。」
バックルのボタンを押して、特殊鎧を解除した。
「別に。」
「ガゼフ、どうやら俺達は同じくらいの顔立ちらしいぞ。」
「私に言われても困るのだが……」
「おいおい、俺が悪くないってなんだよ。そっちの趣味はねえぞ。」
「いいだろ、減るもんじゃないし。」
楽しそうに話す彼らが、ティファの毒気を抜く。
クナイを仕舞ったのを横目で確認した。
「私をどうする。」
「魔導国に来い。時間の空いた時は忍術を教えてくれ。」
「何の得がある。」
「妹と暮らせるぞ。」
「別にいい。」
「それなりの金貨を出す。」
「今でも出る。」
「ガガーランを抱かせてやる。」
「おい!」
「そこまで興味ない。」
「おいコラァ!」
怒るガガーランはガゼフとザリュースに宥められていた。
そちらを見てしまい会話が中断し、ティファは腕を組んでつま先を上げ下げしていた。
「あの綺麗な庭、日本庭園は作ったのか?」
「イジャニーヤが作った。維持してるだけ。」
「折角だからそこで話をしようぜ。綺麗な庭があんのに、ここで立ち話も勿体ないだろ。」
「お前が言うな。」
決して友好的ではない両者は、何の揉め事も無く日本庭園の前に着く。
ティファは正座し、ヤトは胡坐をかいた。
敵対する互いの頭が日本庭園の前で座る構図は、茶会の前に歓談しているように見える。
「……どうぞ」
「ありがとう。」
「ん。」
黒装束が出してくれたお茶は、紅茶と緑茶を足して二で割った味だった。
少しだけ渋かった。
「よく手入れされているな……イジャニーヤは俺と同郷らしい」
「……なぜ知っている」
「日本庭園は俺のいた国で失われた文化だ。俺も写真でしか見たことは無いが……綺麗だな」
「維持しているだけの庭。」
「これからも遊びに来ていいか?」
「二度と来るな。」
「俺達の住むナザリックには桜という花がある。イジャニーヤの故郷の花だ。木の下で酒飲んで宴会したりするのだが、今度見せてやろうか。」
「……興味はある」
のどかな空気を纏った二人は、間を空けて茶を啜る。
既に敵意は無かった。
「イジャニーヤについてどこまで知っているんだ?」
「始祖。強い忍者。」
「お前は?」
「……弱い忍者」
「よくできました。ほうき頭の可愛いお嬢ちゃん。」
「殺していい?」
素早く頭を撫でられて不快な表情になる。
躊躇わずにクナイを突き立て始めたが、手ごたえの無さに諦めた。
素っ気ない彼女に対して交渉は続き、ユグドラシルの説明、忍者の職業説明を行う。
二人の後ろで座る忍者や、ヤトに同行した三名にも初耳の話が多く、話が進むたびに目を見開いていた。
「エイトエッジ、前へ出ろ。」
「御前に。」
異形の彼は弱い忍者と格が違い、皆が押し黙った。
「見ろよ、これが我々の隠密部隊だ。一人いれば俺以外を全滅できる。イジャニーヤの名を持つ君らがこんなに弱くていいのか。」
「ムカつく。」
「ティファ、後は力ずくか、自らの意志かの違いだ。この庭を荒らすのは気が引ける、素直に従ってくれないかな。」
膝に腕を立てて頬杖を突く彼は、嘘を吐いているように見えなかった。
小賢しく配下に加えようとする皇帝よりも、少しだけ好感が持てた。
「イジャニーヤのかつての仲間に会える。」
「……興味ある」
「希望があるなら何でも叶える、言ってくれ。」
「いい男といい女を紹介。」
「どんなのが好みだ。」
「強くて雄々しい英雄、絶世の美女。」
「よし、乗った。交渉成立だな。」
「御屋形様!何を仰るのか!」
「ご乱心召されたか!」
古風に騒ぐ部下は黙殺された。
ここで交渉決裂しても力ずくで攫われると悟り、彼らに目で合図をする。
忠誠を誓うかは別だが、桜の木には興味があった。
ぽつぽつと僅かな情報交換後、彼らは魔導国へ送られる。
開いた転移ゲートの前でティファとヤトは握手を交わす。
ティファの背後にいる忍者たちは、半分を情報伝達と屋敷の維持に残し、王都へ移動する。
部下の数名は不満だったが、文句を言ったところで一番弱そうなリザードマンに勝てるかも怪しかった。
「現地に着いたら王宮へ行ってくれ。ヤトノカミから言われてきたイジャニーヤだと言えばわかる」
「わかった。」
「妹と仲良くしろよ。」
「保証しない。あいつら裏切り者。」
「仲良くしないと魔導王に怒られるぞ。」
「……わかった」
膨れっ面が、赤い妹に似ていた。
彼らを魔導国へ送って転移ゲートは開き直され、ヤトは鎧を装備し直した。
「さーて、次はフェメール伯爵とやらを襲いに行きますか。」
◆
暗殺の依頼主であるフェメール伯爵の情報を得て、調べた住所へ到着する。
ガゼフとガガーランにワーカーの宿を調べて貰おうかと考えたが、必死の抵抗をしてキャラが崩壊するガゼフに押し切られ、そのまま皆で行動をする。
当の伯爵邸宅は帝国の貴族とは思えぬ落ちぶれた屋敷だった。
庭の雑草は伸びており、手入れのされていない屋敷には蔦が絡まる。
没落貴族を連想させる屋敷のドアを叩くと、無精ひげを生やした使用人が出てきた。
「誰だ!」
「フェメール伯爵ですか?」
「ああ!?何だ貴様!」
「イジャニーヤの件で――」
「私は留守番だ!用件を言って帰れ!」
赤い顔をした彼は深酒をしているらしく、まともな話になることは無かった。
「はぁ……」
ため息をついて使用人を殴る。
怯える彼から聞き出した情報によると、ここはフェメール伯爵の分宅で、彼は留守番の使用人と判明する。
他の使用人もおらず、聞きだした本宅へ向かった。
本宅は手入れのされている屋敷であり、今度は本人が出てくるだろうと一安心する。
出てきた男は、身なりを良い貴族然とした中年の男だ。
「どなたかな?」
「そちらが暗殺を依頼した魔導国の者ですが。」
「……私を殺しに来たのか?」
何か痛ましい顔で覚悟を決めている彼は、奥歯に物が挟まっていた。
白金貨と引き換えに聞きだした情報は、使者に間接的に唆されたと聞く。
「誰が依頼者ですか?」
「済まないが、使者を教えるからそちらで聞いて欲しい。」
「……」
ガゼフとザリュースが心配して見ていた。
一行は次の邸宅へ向かった。
この時点でかなり苛立っていた。
唆した使者と教えられた儀典官は高圧的な人物で、いつかの嫌な思い出もあり尋問に慈悲は無かった。
鎧の特殊効果で天高く舞い上がり、儀典官の首を掴んで空へ運んでいく。
「誰に頼まれた?」
「た、助け――」
「落ちて潰れろ。」
「話す!話すから助けてくれ!」
首を掴む手を緩めると、必死に腕にしがみ付いてきた。
「早く言え。」
「騎士隊長に言われたんだ!私の意志じゃない!」
「案内しろ。」
首を掴んだまま急降下し、教えられた騎士隊長の邸宅へ向かった。
ガゼフ一行は取り残されてしまい、慌てて彼が飛んでいった方向へ走る。
儀典官は高度差の酸欠により気絶していたが、知った事ではなかった。
◆
教えられた邸宅では武装した騎士が出てくる。
「何者だ!」
議論する気にもならず、気絶した儀典官を投げつけて本題に入った。
「ぎっ儀典官殿!」
「イジャニーヤに暗殺依頼した、魔導国のヤトノカミだ。」
「えいへ――」
「黙れ。」
衛兵を呼ぼうとした彼の口は、鎧を纏った右手で塞がれた。
「騒げば殺す。嘘をつけば殺す。暴れても殺す。分かったら右手を叩け。」
口を塞ぐ右手がタップされたのを確認し、手を離して本題に入る。
「誰に依頼された。」
「言えない。」
「もういい、家族もろとも死ね。」
「まっ待ってくれ、話す。」
「誰に依頼された。」
「帝国の使者に……」
「どいつもこいつも舐めやがって。よくも俺様をたらいまわしにしてくれたなぁ!全員ぶっ殺してやる!」
「ひっ……皇帝だ! こうして依頼がくる時は、皇帝の意志を実行するためだ!」
鎧の赤い目を光らせて激昂する彼に怯え、黙秘すべき機密事項を話してくれた。
怯える彼で溜飲を下げ、静かな声でこちらの意向を伝える。
「皇帝は余程馬鹿と見える。」
「いえ、あの方は――」
「これから二日間。何があっても我々の事を話すな。話したらお前の一族を殺しに来る。」
「分かりました!申し訳ありませんでしたあ!」
地に伏して土下座する彼を一瞥もせず、苛立つヤトは早々にその場を飛び去った。
「覚えてろよ、皇帝。魔導国に喧嘩を売って
呟く声は風に乗って消えた。
◆
たらい回しにされた結果、時刻は既に夕方だった。
「……なぜ、皆で押しかけるのですか?」
取り急ぎ情報交換が必要だったため、四人はレイナースの邸宅へ場所を移す。
室内は夕食のいい匂いがした。
「ザリュース、レイナと酒を買ってきてくれ。」
「ふざけるのも大概に」
「もうすぐ神官が着く。俺がいないと困るだろ。」
「……お前がいなくとも」
「レイナース殿!私も付き添いますので、案内をお願いします!」
「……覚えていなさい。この恨みは必ず」
恨みがましい目を送る彼女は、ザリュースに諭されて買い物に出掛けた。
帝国四騎士の前で、皇帝への報復の相談をする訳にいかない。
「皇帝は身分ではなく実力主義の切れ者と聞いている。」
「大規模な貴族の粛清をしたって聞いてるぜ。」
「王国との小競り合いを収穫時期にしたところを見ると、それも頷ける」
「で、どうすんだよ、旦那。」
「……ハゲ皇帝への恨みは明日晴らそうと思う。昨日の冒険者組合はどうだった?」
ガガーランの話によると帝国の冒険者組合は、魔導国より閑散としていた。
冒険者はスパイ活動として有益な機能であり、手を入れていないのは元王国の冒険者組合だけなのだ。
バハルス帝国では、ワーカーの方が活発に活動していた。
秘密主義の宗教国家であるスレイン法国では、冒険者が存在しないと情報も得る。
「依頼者は金さえ払えば依頼が可能だからな。」
「皇帝へ謁見はどうするのだ?」
「明日、野暮用を片付けて、ついでに帝国に経済報復を行う。その後、何食わぬ顔をして皇帝に会いに行こう。」
「旦那、殺戮はご法度だぜ。」
「大丈夫、ラキュースが悲しむからな。今日は酒飲んで寝る。」
「明日は同行すればいいのか?」
「いや、借金取りから買い取った家族を、魔導国へ送って欲しい。」
羊皮紙を差し出す。
ワーカーがいるフルト家はヤトが担当し、他の情報を均等に分けた。
「この家に転移魔法を開くから、彼らを魔導国へ送る。アインズさんの許可は得たから、法国に潰された村の復興に使う人材だ。」
「物騒だな……」
「抵抗するなら力ずくでもいいし、金策の目途がついたから準備が必要なら白金貨を渡しても構わない。」
「わかった、明日はガガーラン殿と別行動だな。」
ガゼフの声は浮かれていた。
指摘しようと思ったが、呼び鈴に邪魔をされる。
話に夢中になって気付かなかったが、既に夜になっていた。
ドアを開けると縫合した犬の顔のメイドが立っていた。
「ヤトノカミ様、お久しぶりです………わん。」
「ペス、お疲れ様。元気だったか?」
「はい、御変わりなく。返却予定の帝国蔵書をお持ちしました……わん。」
「おぉ、ありがとう。悪かったな、急に呼び出して。」
「光栄にございますわ。」
「犬語、忘れてるぞ。」
「わん。」
程なくしてレイナースとザリュースが帰宅した。
ペスを見て固まっているレイナースは、作った料理を出してくれた。
異形のメイドを見てガチガチに固まる彼女を寝室へ追いやる。
「あ……あの」
「ヤトノカミ様の部下であるペストーニャ・ショートケーキ・ワンコと申します。早速ですが、呪いをお見せください。」
「あ……はい。よろしくお願いします」
レイナースは真摯に頭を下げた。
他にすべき事のない四人は、応接間で酒盛りを始める。
ペスへ用意してくれたレイナースの料理は、そのままつまみに消えた。
ガゼフは宿へ帰るつもりがなさそうだ。
「ガガーラン、俺の酒をラッパ飲みするな。グラスに取り分けろっつーの。」
「ガッハッハ!こまけえ事気にすんな、蛇の旦那!」
「……なぜ、私と肩を組む」
「帝国の酒は美味しいですね。ゼンベルが悔しがるでしょう。」
「それより嫁さんについて教えてくれ、ザリュース。」
◆
ペストーニャに体を見て貰ったレイナースは、部屋着に着替えた。
「神官様……ありがとうございます」
「明日の夜に解きます。
「これで、やっと呪いが……ありがとうございました」
「何か困った事があれば、あの方に相談して下さい。人間が好きなあの方であれば、きっと力になってくれます。」
「……そうでしょうか」
「お優しい方です、騙されたと思って信じて下さい………わん」
「……検討します」
室外の喧騒が聞こえてくる。
悪人には思えないが、舌で舐められた嫌な記憶から善人とも思えなかった。
該当人物がノックもせずに入ってくる。
「終わったか、二人とも。こちらに来て酒でも飲め。」
「いえお断りし――」
「いいから来いって。」
「あ」
ペスは腕を引いて連れ出されるレイナースを、微笑ましく見守る。
彼女は皆に挨拶をしてナザリックへ帰還した。
金貸しの事務所へ向かっているセバスを手伝って、娼婦たちの教育をする仕事が残っているのだ。
「わたしだって……呪いさえなければ」
「私も女を知らないわけではない……」
普段のストレスが重なり、飲酒のペースが早い二人は充分に酔っていた。
ガゼフが誰よりも早くテーブルに突っ伏していたので、彼のストレスが一番大きかったのだろう。
「ガガーランは物置部屋にガゼフを運んでくれ。はい、毛布。」
「やれやれ、仕方がないな。俺も先に寝るぜ。」
「あぁ、おやすみ。ガゼフの寝込みを襲うなよ?」
「おう、任せろ。」
何が任せろなのかと考えていると、管を巻いたレイナースが絡んでくる。
「この恨み、晴らさでおくべきか。」
「うるっさいな。わかったよ、もう。」
「わかってない!」
「ザリュース、まだ長そうだから先に寝ていい。ガゼフの寝ている物置なら静かだろう。」
「わかりました、ではお先に失礼します。」
ザリュースを目で見送った。
恨み言を続ける彼女を無視して、残った酒と料理の処理をする。
「よく食べますわね。」
「手作りを無駄にしたら勿体ないだろ。中々美味しいぞ。」
「……あ、そう。別に感謝しませんわよ?」
「何言ってんだ?」
他意の無い発言で拍子抜けしてしまい、落ち着いたレイナースは話を続けた。
「結婚しているの?」
「ああ、してる。」
「名前は?出身は?」
「事情聴取は勘弁願いたい……嫁の名前はラキュースだ」
「私とどちらが可愛い?」
「知るか。」
絡む彼女のグラスに琥珀色の液体を注ぐ。
半分だけ覗く顔は赤く染まっていた。
「最近、子供の時に母上が読んでくれた絵本を思い出す。」
「どんな本だ?」
「内容までは覚えていない。ただ、悲しい本だった。」
「両親はどうした?」
「両親は呪いを受けた私を追放した。怒った父はその場で私を追放し、母は私と目も合わさなかった。婚約者は私を見限り、すぐに若い貴族の娘と婚礼した。私が問い詰めると、にやけた顔で悪いなと言った………殺してやりたかった。」
グラスを持つ手に力が入る。
「今は何をしている?」
「皇帝の協力を得て、報復を行なった。」
「……殺したのか?」
「全てを奪って放逐した。」
覗く藍色の片目は、執念深い蛇を思わせた。
口元は嗤っていたが、明るい笑みではなかった。
彼女の闇を覗いた気分になり、感情移入を誤魔化すように酒を口にする。
「呪いを解いた後、どうするつもりだ?」
「私は騎士を辞める。剣を取らない暮らしを求めて、この国を出る。」
「魔導国に来たらどうだ?冒険者でもやって気楽に暮らすのも悪くないだろ。」
「……貴様はいつもそうだ。人の心に付け込む」
「買い被り過ぎだな。」
「憎らしい。」
しなやかな動作でヤトの目の前に立つ。
「……舌づけの恨み」
不意にレイナースの唇がヤトのそれと重なる。
胸元から柔らかく色白の乳房が見えた。
半分だけ濡れた柔らかい唇は、すぐに離れていく。
「他に何の意味も無い。化け物のお前はすぐ忘れられるだろう。」
「あ、ああ。」
足早に寝室へ向かった彼女を見送り、忘れようと全ての酒を一気飲みする。
彼女なりに恨みを晴らしたのだと気持ちを切り替えたかった。
横になり目を閉じると、自分の妻より柔らかい唇の感触が蘇る。
柔らかそうな胸が脳裏に浮かんだ。
突然、頭に放り込まれた溶岩は、煩悩を焦がし続けた。
斬新な方法で恨みを晴らした彼女の思惑通りに、苦悶する彼はしばらく眠れなかった。
イジャニーヤの頭領→性癖は修正しません。
ティラ
暗殺者女頭領、長姉。妹たちより手が早い(二重の意味で)。見た目は同じです。