「はー、鮮血帝ね。大層な二つ名だ。」
「すご腕の若き皇帝と、諸外国では評判です。」
「たんなる勘違い皇帝ではないのか。」
「あなたこそ単なる化け物でしょう。」
「はぁ……ザリュース。いちいち突っかかるなと言ってくれ」
「すぐに呪いを解いてください、と伝えて下さい。」
「ただで解く訳ないだろう、ザリュース。」
「あとになって逃げられても困ります、ザリュースさん。」
「……私を通す必要はないのではありませんか?」
「名のある皇帝も物わかりの悪い女性騎士に苦労してるだろうな。」
「状況が状況でなければ、すぐに牢屋へ拘留を」
「しても呪いは解けないぞ。」
「我慢にも限度があります。死ねばいいのに。」
「たいどが悪いな。聞こえてるぞ、呪わレイナ。」
「気安く呼ばないで下さい、無礼者。」
「もう勘弁してくれませんか。」
のぞまぬ精神疲労により、ザリュースが先に音を上げた。
黒き甲冑の女性騎士、レイナースの家に上がり込んだ両名は、迷惑そうな彼女に簡単な朝食を用意してもらう。
騎士としてそれなりに良い生活を送っているだけあり、出されたパンは美味しかった。
「レイナース殿、朝食感謝する。美味しかった。」
「大した物ではありませんが、褒められると嬉しいですね。」
ここまででザリュースに多少打ち解けた彼女は、素直に微笑んだ。
「笑えばそれなりに可愛いんだから、ヘラヘラしてりゃいいのにな。」
「下衆……そうやって人心に付け込んでいるのですね。いつか死で償いなさい」
呪いを受けて以降、褒められ慣れしていない彼女は、過剰反応で突っかかる。
「いちいち突っかかるなよ。本当に姦っちまうぞ。」
「やれるものならやってみなさい。その前に舌を噛んで死んでみせます」
「いい加減にしてくれ!朝から喧嘩するな!ヤト様も朝食を食べたのだから素直に礼を言って下さい!レイナース殿もすぐに喧嘩腰にならないでくれ!」
ただでさえ音を上げていたザリュースが切れた。
静かに淡々と喧嘩していた二人が、
「……朝食、ありがとう。御馳走様」
「……どういたしまして。粗末なもので申し訳ありません」
会話は和やかだったが、目つきは険悪だった。
突っかかるレイナースは、それでも呪いを解くまで離れるつもりが無かった。
会話内容にそぐわない、平和な朝の風景だった。
食べ終えて席を立とうとするヤトは、懐から白金貨を二枚取り出し机に置く。
「これ、一宿一飯の恩だ。」
「いえ、それよりも呪いの解除をして下さい。」
「昨日の呪いはもう解いた。」
顔の右側に手を当てて、痣から膿が滲んでいるのを確認していた。
「全ての呪いを解除してください。」
「うーん……」
彼女の呪いが
後者であれば解除して終わりなのだが、前者であれば解いても付きまとわれるだろう。
結婚して一月も経たずに、妾を作る気にはならなかった。
「ん?帝国四騎士ということは、それなりにあちこちに顔が利くのか?」
「ええ、皇帝の護衛もこなしますので、公共機関にはそれなりに。」
「ふーん……今日は休みなのか?」
「あと二日間休暇中です。本来であればこんな化け物と行動を共にはしないのですが。」
「……こちらも呪われた女は願い下げだ」
彼女は急にどこかに走り去った。
少し言い過ぎたかなと反省していると、槍を持って走って来たので杞憂だと知る。
傷ついて別室でしくしく泣くタイプではないようだ。
「許さない!何回、私を侮辱すれば気が済む!」
どうやら気の強い女性らしい。
今後の行動と金策が決まり、機嫌の良い彼は暴れる彼女を見ていた。
怒る彼女を宥めるザリュースは、胃が痛くなる。
お腹の大きな色白の妻と共に、集落の魚が食べたくなった。
◆
アインズに暗殺者アジトの場所を聞こうと連絡をするも、「それどころじゃない!」と一方的に
複数の疑問符を浮かべつつ、呪われし者の邸宅でのんびり過ごすわけにもいかず、はぐれた戦士二人を探しに出かけた。
非番なのに武装して槍を持ったレイナースに付き従われ、昨日の中央広場に向かった。
ヤトはイナゴの鎧で全身を覆い、身元を隠す。
ザリュースは二人に挟まれ、胃の辺りを押さえながら歩いている。
広場で周囲を見渡していると、聞き覚えのある声に呼ばれた。
「おい、旦那!」
「あ、ガガーラン、ガゼフ。」
「……ヤト、勝手にいなくなるのは勘弁して欲しい」
「すまない、ふざけて遊びに行ったわけじゃないんだ。ちょっと不測の事態が。」
隈のできたガゼフの目は今までで一番責めており、理由は不明だが申し訳なく思った。
レイナースが見知った顔を見つけて入ってくる。
「失礼ですが、王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ様ですか?」
「ん?」
「旦那…あんたまさか、浮気か?妾に手え出すなとは言わねえが、早すぎねえか?」
「妾ではありません!」
「妾じゃない。」
“妾”の部分をハモらせる二人は、ガガーランから見ると正妻より仲良しに見える。
ザリュースはガゼフに助けを求めていたが、助けてほしいのはガゼフも同様だった。
どちらにせよ苦労しそうな選択肢に、二人はため息を漏らしていた。
「確かに私はガゼフ・ストロノーフだが、今は魔導国の一戦士に過ぎない。」
「いつか、戦場でお会いしましたが、覚えていらっしゃいますか?」
「……すまないが、覚えていない。よろしければ名を聞いても?」
「帝国四騎士、レイナース・ロックブルズですわ。」
「皇帝の後ろにいた騎士か、こんな美人を覚えておらずに申し訳ない。無礼を許してくれ。」
「ありがとうございます、高名なストロノーフ卿のお褒めに与り光栄です」
「ガゼフのおっさん。妾に手え出すと殺されるぜ。」
「……ヤト、本当に妾なのか? あまりに早すぎではないか?」
「……ガゼフまで勘弁してくれよ」
ニヤニヤするガガーランと眉をひそめるガゼフの誤解は解けなそうだった。
頭に手を当てて困る昆虫の全身鎧を、レイナースが冷ややかな片目で見ていた。
「それで、おめえさんはなんでヤトにくっついてんだ?」
「……呪いを解いてもらうためです」
「ガガーラン、彼女はラキュースと同じく闇の呪いを抑えているんだ。」
「そうかい……そいつぁ不憫だな」
手を顎に当てまじまじとレイナースを見る。
半分だけ覗く端正な顔立ちが余計に不憫に感じた。
自分より実力・容姿共に屈強な戦士の目線に耐え切れず、レイナースが口火を切る。
「あの、皆様はなぜこの化け物に従ってるのですか?」
「怒ると何をするかわかんねえが、普段はいい奴だぜ。」
「ああ、彼はこれでもいい奴なのだ。」
「集落の食料問題を解決してくれたアインズ様のご友人です。」
「……いい奴ですか。この化け物が?」
「ガッハッハ、悪い奴かも知れねえなあ。王国の貴族を大量虐殺したんだからよ。」
「ガガーラン、やめてくれ。話が拗れる。」
「……やはり心まで化け物なのではありませんか?」
「ちゃんと呪いは解いてやるよ、約束したからな。」
「……本当に約束ですよ?」
未だに猜疑心に凝り固まった視線を向けてくる彼女に、やれやれと内心でため息をついた。
アインズは何やら取り込み中であり暗殺者たちの居場所がわからず、ガガーランとガゼフに帝国の冒険者組合の偵察を依頼する。
難色を示すガゼフとザリュースを説得し、二手に分かれる事で了承を得た。
「遠慮すんなって。優しくすっからよ。」
「ヤト、宿は最高級の物にしておいた。終わったらそちらに来てくれ。一刻も早くだ。寄り道したら許さんぞ。」
「あ、ああ。わかった。」
ガゼフの気迫に押された。
身分を偽るためにヤトの冒険者プレートを受け取ったガゼフは、ガガーランと共に冒険者組合に向かっていく。
妙に開いている二人の距離が気になった。
ため息を吐くザリュースを促し、まずは服を買いに向かった。
◆
鎧を解除した彼は以前に入った事のある服屋に入る。
ボられているとも気付かず、白金貨3枚を消費して黒いジャケットを購入した。
金策を閃いた彼が、価格交渉をして買い物を楽しむことは無かった。
ホストのような服装に着替えたヤトは、不快な目で睨んでいるレイナースに声を掛ける。
「どうした?」
「よい御身分ですわね。」
「南方の服、スーツっぽくまとめたのだが。」
「悪魔は仕立ての良い、黒い服を着ると言いますわよ。」
「モテない呪い女はお黙りなさい。」
「……ふっ……ふふっ……いつか殺してやる」
怒りのあまり楽しそうに笑う彼女は、陰のある笑顔がよく似合っていた。
「次はあそこの店に行こう。」
「あ………私も行きます。」
「なぜ?」
「欲しい物があります。」
「買ってやろうか?」
「……悪魔に施しは受けません。ザリュースさん、外でお待ちいただけますか?」
「分かりました、目立たないように路地でお待ちしています」
ヤトが入った店は服屋に隣接する宝石店だった。
一人でゆっくりと物色したかったが、背後からレイナースの視線が突き刺さり集中できない。
何か欲しい物があるようで、協力者である彼女に恩を売るため買ってやってもよかったが、視線が合うと顔を背けるので放っておいた。
そちらに背を向けても仕立ての良い服を着た彼に、上客かもと期待する店長の視線が刺さる。
「その大きな赤と青の宝石を見せて下さい。」
「お客様、御目が高いですわ。少々お待ちくださいませ。」
宝石で着飾った貴族の夫人が、奥から二色の宝石を運んでくる。
「こちらは加工する前提で無装飾となっております。片方で金貨50枚はしますが、純度が高く美しい掘り出し物ですわ。」
「へぇ。」
なぜか恨みがましい目を向けるレイナースの視線が突き刺さる中、王都で待つ妻への土産に二色の宝石を吟味していると、彼の背筋を悪寒が走る。
背中から始まった怖気はやがて全身に回り、早く店を出ないといけない焦燥にかられた。
「二つ買います。」
「あ、お客様!」
白金貨10枚を渡して宝石を受け取り、慌てて店を飛び出る。
路地にいるであろうザリュースに向かって声を掛けた。
「ザリュース!」
「ヤトノカミ様、こちらです。」
店前にある路地の暗がりから、ザリュースが出てきた。
「今、こちらの方が……あれ? 黄色いローブを着て白い仮面を被った方にお酒を勧めて頂いて…」
「うー…ん?」
周囲を見渡すザリュースの背後にある路地裏の暗闇には、何者かの影も形も無かった。
強い風が吹き、路地から黄色い布切れが飛んでいくのが見えた。
悩む私服ヤトの背後から、慌てて後をついて来たレイナースが声を掛ける。
「あの……その……先ほどの宝石を……あの」
「どうしたんだ?」
急に両手を前で組みモジモジし始めた彼女は、今まで見た中で最も女性らしかった。
「いえ、その……先ほどの赤い宝石……見せて頂けますか?」
「ああ…そうか、二つ買っちゃったからな。赤い方が欲しいならやるよ。」
赤い宝石の入った小箱を無造作に放り投げる。
「わ! え? うわぁ……」
受け取るなり早々に小箱を開けて、赤い宝石に見惚れている彼女の頬が紅潮したのは、光の反射だったのだろう。
自分でも購入する事は可能だっただろうが、男性から欲しかった宝石を送られ気分が高揚していた。
呪われてからそんな経験は一切なく、期待や考える事でさえ放棄していた。
「俺は青い方があればいい。ただ、浪費した分の金策に協力してもらうぞ。」
「あ……」
「さて、ザリュース、昼飯は何がいい?」
「あ、あ。」
「そろそろ魚が食べたいのですが。」
「あの……」
「魚かー、生魚を出してくれる店があるといいが。」
「ちょっと…待っ……」
「集落の魚が恋しいです。」
「待って!……………ください。」
「……なんだ、好みじゃなかったか?」
「ありがとう……………ございます。」
「高い宿代だが気にするな。行くぞ。」
設定に苦労しているモブキャラに、アイテムを渡して好感度を上げた程度の感覚だった。
片手をひらひらさせて構わず歩き出したが、見えている半分の顔を赤く染める彼女の心は、激しく揺さ振られている。
両手で宝石の小箱を大切に抱き、二人の後を追った。
◆
久しぶりに魚を食べて満足そうなザリュースと、食べ物が喉を通っていないレイナースを連れ、飲食店を出ようとしたが入口でいかつい男と肩がぶつかる。
「おい、どこに目を付けてんだ。」
「ああ、悪い。」
「待て、それで済むと思うのか。」
「……あ?」
鋭い目線でドスの利いた声を出す男は、数分後には路地裏で赤レンガの地べたを這っていた。
「弱いじゃないか。」
「ヤトノカミ……さん、やりすぎではありませんか?」
「命に別状はない。」
「やはり心は悪魔ですわね。期待した私が愚かでした。」
「何を期待したんだ?」
「べ……別になんでもいいでしょう!」
恋愛系のイベントが発生したのかと興味が湧くが、アルベドからの緊急
そちらの相手をしている内にレイナースはのびている男にポーションを掛けていた。
「羽振りがいいな。」
「ポーションは金貨1,000枚分を支給されていますので。」
「二人とも席を外してくれ、彼と話がある。」
「あちらでお待ちしています。」
「……非番の私は何も見ていません」
武装しているのだから非番も何もないだろうと思ったが、何も言わなかった。
「さて、君の仕事は何かな?」
うっかり手加減せずに殴ってしまい、すっかりこちらに怯えている男は、帝国で営業している少し性質の悪い金貸しだった。
相手が犯罪組織であれば、王国と同様に壊滅をして所持する財を奪おうと考えた。
ラキュースへのお土産や自分の衣服まで経費で精算しているのだ。
金貨を増やして帰らなければ、ナザリック支配者の一柱として、あまりに情けない。
「ザリュースさん、私の膿、臭くないですか?」
「?」
彼女の呪われた顔を見ていないザリュースは、何を言っているのか理解が出来ずに首を傾げる。
嗅覚の鋭い蛇神が気にしない程度の匂いなのだが、宝石を貰って喜ぶ彼女からすると、真正面からこちらを見る彼らの目が気になった。
誰も彼女の呪われた顔を真正面から見なかったのだから。
ザリュースが彼女の言葉の意味に悩んでいると、路地から鎧を装備したヤトが現れる。
「二人とも、俺はここから別行動を取る。」
「……はい」
「素直だな。」
「ええ、では帰りましょう、ザリュースさん。」
「え、ええ。そうですね。」
「……?」
素直に従う彼女に爬虫類の二人は首を傾げた。
◆
案内された金貸しの事務所は二階建ての小奇麗な建物で、八本指とはまるで別ものだった。
ここは程度の低い犯罪組織と違い、しっかりした企業として成り立っており、系列に娼館があり、少しだけ性質の悪い程度の金融企業なのだ。
予想に反し意外と真面目な彼らを残念に思ったが、考えていた別の策へ移る。
「すみません、そちらの従業員が絡んできたので、責任者を呼んでください」
奥から出てきたスキンヘッドのいかつい責任者は、六椀のゼロの劣化版程度の男で、迫力も腕力も物足りなかったが、ビジネスの場数は踏んでいそうだった。
事務所奥に設置してある黒革のソファーは固くて座り心地が悪かったが、お茶は出してくれた。
鎧を着て身分を隠している彼には飲めなかったのだが。
「御宅の従業員が絡んできたので鎧に傷が入ったのですが、この責任を取って頂きたい」
「お断りします。そいつがやったのであれば、そいつの責任です。我々には関係ない。」
「俺は全員を皆殺しにできる武力があるが、それでも断りますか?」
「我々はまっとうな組織です。当たり屋に屈するつもりはありません。」
武力で訴えてくれれば作戦成功だったが、相手はそこまで愚か者では無かった。
当てが外れてしまい、どうしたものかと悩む。
いっその事、皆殺しにして財と情報を奪ってしまおうかと思ったが、白銀の騎士が頭を横切り、諦めて別の交渉に入る。
「非合法な金貸しと聞きましたが、合ってますか?」
「だったら、どうする。」
「魔導国と取引をして欲しい。」
「……えー?」
身構えていた彼は理解が間に合わず、張りつめた顔も緩んでいた。
一般市民が知っている魔導国の知識は非常に少なく、怪しい新興国家という認識だった。
魔導国に関わる人間の出入りが禁じられているのだから、生の声や噂話も新たに出回る事も無かった。
「魔導国の御方で?」
「私は魔導国の中枢人物です。我々、魔導国は人材が欲しい。君らが借金の形に奪った人材で有益なもの、債務者の情報、娼館の娼婦などを買い取りたい。それが取引条件だ。」
「こちらが、損をするのですが……」
「それ相応の白金貨を払う。債務者の情報と引き換えに……そうだな、白金貨1,000枚でいいですか?」
「……えー……正気ですか?」
大金を持っている相手に力ずくで奪おうかと考えたが、相手の力量も分からぬ愚か者でもなかった。
ここで返答を間違えば、事務所内を大蛇が暴れ回っていただろう。
「本当によろしいので?」
「ええ、こちらは問題ありません。」
「わかりました、債務者の情報を持ってきましょう。」
蛇が描かれた業物の刀と昆虫を模した鎧の赤い目が光っているのを見て、皆殺しにされる可能性を考慮し、金貨一万枚分で妥協する選択をする。
責任者の男は立ち上がり書類の準備を始めた。
理想は彼らが襲い掛かってきて、それを皆殺しにした上で財、人材、情報を全て頂きたかった。
しかし、どこかの犯罪組織のように短絡的ではない彼らに、強盗まがいの行為に及ぶのも気が引けた。
人材で妥協したのは、帝国の政治や暮らしを知る、生の市民が手に入れば、魔導国の人口増加、今後の政治活動に利用できるからだ。
人口増加のために村を増やす計画は、意外と早く進行しそうだった。
やがて、金貸しの責任者が書類の山を持ってくる。
「これが全ての債務者なんですが……できれば金貨三千枚分で抑えて頂けませんか。その……私達にも今後の生活が」
「では、こちらで引き取った債務者には手出し無用という約束も守って下さい。反故にしたら命の保証はありません。」
「取引で下手打つほど愚かではありません。」
「取引成立、ですね……はぁ」
暴れられずにため息を出しながら握手を求める昆虫の全身鎧の中身が、悍ましい不定形の粘液生物ではないかと想像する。
自分が目の前にいる怪物の所有物にならずに済み、責任者の彼は安堵して握手に応じた。
哀れな債務者には同情したが、まともな金貸しから借りられない方が悪いのだ。
「明日の夜、使いの執事をこちらに寄越します。娼館の人間を用意してお待ちください。全員転移魔法で引き取ります。」
「わかりました。」
「さて……次に債務者ですが」
ヤトが欲しかったのは一家が揃っている者、もしくはワーカーに属する者だ。
帝国の情報も手に入り、強者であれば部下にすればよい。
武力強化や人口増加に使えない無能であれば、アンデッドの種に使えばいい。
「ご希望を全て叶える者は、フルト家ですね。」
「フルト家?」
「一家が揃っており、債権額は金貨300枚です。“将来有望”な長女はワーカーで、そこそこ名の通ったチームに属していると聞いています。小さい双子の娘がおり、主人は金も無いのに散財を続け、執事とメイドを雇っているようですね」
「最高にどうしようもないな。」
「彼らをどうするのですか?」
「うーん……一通りの利用方法を模索しますよ。金貨300枚程度で魔導国の所有物になれるとは幸せなもんだ」
「……不幸だと思いますが」
「何か言いました?」
「……いえ。フルト家から追加の融資依頼が来ていますが、どうしますか?」
「突っぱねて追い返して下さい。対応はこちらでやります。」
「わかりました。他に一家が揃っているのはコレとコレと」
鎧が邪魔でメガネが掛けられず、文字の読めないヤトは書類の精査に夜まで時間を要し、満足した彼は書類の山をアイテムボックスに仕舞って事務所を後にした。
「何者だ……あれは本当に人間か? 赤い鎧の目は鎧の中まで赫い眼をしてるんじゃないだろうか。これで元帝国貴族のフルト家も終わりだな……元々終わっていたが」
ソファーに座った金貸しの責任者は、誰ともなく呟いた。
◆
セバスに連絡をして、金貸しの事務所にて娼婦の引き取り、ペスの派遣を依頼する。
鎧を解除して足取り軽くレイナースの邸宅に戻ると、ザリュースは床に丸くなって眠っており、帰宅した彼の気配を感じて寝室から彼女が出てくる。
「遅くなるなら連絡くらいしたらどうですか?」
「口元がにやけているのは何故だ?」
そっぽを向く彼女にワーカーが集まる場所と、宝石分の慈善活動を依頼している時、アインズから連絡が入る。
会話が中断されたレイナースは寝室へ戻っていった。
「知りません。」
「冷たくないか?」
「魔王の癖に下らない事で悩まないで下さい。」
「う……うん、下らないかな……」
「そちらは好きにすればいいじゃないスか。それより明日、セバスに帝都の娼婦を引き取らせますんで、帝国の生活丸得情報でも引き出して下さい。高い買い物でしたよ。」
「娼館でも始めるのか?いや、それよりいくら使った?」
「白金貨千枚程度は。」
「この馬鹿蛇。」
「あー金策はあるんで増やして帰りますから。」
「一億円分も使いやがってこの馬鹿蛇。増やしてこなかったら魔導国出禁な」
「勘弁してくださいよ、新婚なのに国家へ出禁ッスか。それより財政対策で公営娼館と公営賭場を作る検討を。当面は帝国情報を手に入れて参考にしましょう。」
「ふむ、公営なんとかはさておき、そちらは有効活用しよう。」
「それと借金のある人間を一家丸ごと手に入れましたんで、法国に破壊された村の復興に利用してください。」
「借金するような奴が使えるのか?」
「駄目ならアンデッドの種に。デスナイトでレベルアップができますよ。」
「ふーん……まぁ、それならいいかな。暗殺者のアジトが分かったから、殺さずにナザリックへ送って欲しい。特に頭領はな」
「依頼者は誰ですか?」
「下っ端は知らないんだとさ。」
「そうですか……」
しばらく雑談に興じて夕食を食いはぐれたヤトは、この日もレイナースの邸宅で眠りについた。
一向に現れないヤトに苛立ち、ガガーランの誘惑に辟易するガゼフが、恨みを新たにしているなどと知る由もなかった。
◆
「綺麗……」
腕を組んで机に突っ伏し赤い宝石に見惚れるレイナースは、貴族の一般女性に見えた。
この日、時間外労働は行われなかった。
家族に果たした復讐の記憶も、呪いを治してからの空想も、蛇の赫い眼を思わせる宝石の赤い輝きに掻き消された。
宝石一つでここまで喜ぶとは……やはり私も女か。今度、あの蛇野郎の赫い眼を見てみよう。
どちらが綺麗かな……。これで呪いが解ければいう事ないのだけど。
当事者が何をしているか気になり、寝室のドアを少しだけ開けて様子を窺う。
赫い眼に見惚れて随分と時間が経過していたため、ヤトはソファーに横になって眠っていた。
上着ぐらい脱いで眠ればいいものを、せわしない男だ。
……毛布くらいは掛けてあげよう。
寝息を立てる彼に毛布を掛け、明日はもう少しだけ優しくしてやろうと思った。
補足
今更ですが、金貨は全て共用金貨となっております。
交金貨を有効にするとレート問題を考慮しなければならず、ご都合主義ですが納得下さい。
ヤトの言動は一部修正しましたが、結果は同じです。性欲値10なので、多少は冷静です。
性欲値10の彼は、一つ屋根の下の女性に手を出しません。
今後の前提条件:レイナースは非処女。ラキュースより1or2年上。
レイナース2回目→2d20→19(12+7) 合計39
初動《1闘技場 2ワーカー 3買い物 4奴隷》1d4→3
イジャニーヤ襲撃日程→1d4 →3日目
出会う人《1ヘッケラン 2
1はファンブル、12はクリティカル
もっと先まで泳がせて借金が雪だるま式に膨らんだところで、魔導国に有益な
借金に悩む苦労娘は、早々に出番がきます。
脳を横切る→奇数ウルベルト、偶数たっち・みー →8
奇数が出た場合、金貸し達の命はありません。
風に乗る黄衣の切れ端 →50% 外れ 回避率上昇
気付いている方もいるかもしれませんが、指摘・クレームはご勘弁下さい。
行動設定の一部を更新し、微調整8/27
わざわざ読み直す程の修正ではありません。
イジャニーヤ頭領はバイ。
妹1百合 妹2ショタ となると長姉はバイが自然。
いや…実はネクロフェリアという線も…ダイスに決めさせよう。