モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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異世界カルネ村殺戮記

 

 眠ることなきアインズ一行に、エイトエッジ・アサシンから敵影発見の報告が入ったのは翌朝だ。南西の方角より騎馬一個小隊、騎士であることは間違いないが、強さや所属までは測れず、依然として敵の実力は不明だ。

 

 一晩中、待ち続けた来客にヤトの心は躍り、アインズは密かに身構えた。

 

「ワクワクするね。楽しいッス!」

「命掛かっているんだから死ぬなよ。頑張れ、切り込み隊長」

「お任せを、アインズ・ウール・ゴウン様」

 

 ヤトは背中に収納されている大鎌・小太刀を構えた。

 

「じゃあ、ちょっと行ってきます。アルベド、何かあったらアインズ様だけは守れよ」

「御武運を、ヤトノカミ様」

 

 買い物に出かけるのとなんら変わらない、軽快な口調だった。

 

 強化スキルをいくつも唱え、黒い波動を全身から立ち上らせる。スキルの使用が重なる度に、自分が強くなっていくのを感じ、同時に攻撃性と加虐嗜好が膨張していく。敵対者への殺意は、それまでふざけきっていた彼の雰囲気を一変させた。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

 どす黒い色でも帯びているかのような、吐息を漏らした。

 

「さあぁ、はじめようかぁ!」

 

 大蛇は駆け出した。

 

 スピードは元より速かったが、スキルにより強化されている彼の速度は人知を超越し、一瞬で姿が見えなくなった。

 

 「流石に速いな」と、残像も残さずに姿を消した友人を見て、アインズは呟いた。

 

(ちょっ、ちょっと! 早すぎる!)

 

 当の本人は自分でも驚く速さで敵に向かっており、遥か遠方に見えていたはずの敵はいつしか目前に迫っていた。

 

「わあああ! 超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)!」

 

 敵と遭遇(エンカウント)時に不意打ちを食らったような驚きの声を上げたことで、敵の騎士達は異形の怪物に気が付いた。迎撃準備ができていないヤトは、慌てて衝撃波を放つ。鎌と小太刀の間から発生した衝撃波は、横に大きく広がって騎士たちに進んでいった。

 

(まずい、体勢崩したから二発目が)

 

 ヤトが焦ってもたついている間に、敵へと到達した衝撃波は馬もろとも切断した。スパッと気持ちいい音が聞こえそうな切れ味に、こちらに走っていたはずの騎乗騎士は、一人も残さず地面に倒れていった。大量の血で草原を赤く汚し、馬と騎士は鎧をまとった肉塊になった。

 

 付近から生者の姿が消えた。

 

「え?」

 

 どこかで何かが倒れる音が聞こえ、そちらへ顔を向けると遠くの大木が倒れていた。

 

「……そんなに遠くまで伸びないはずだったんだけど。《現断(リアリティ・スラッシュ)》相当だからなぁ。たっちさんの次元断層とか次元断切とかどうなんの? 範囲強化スキルは持ってないんだけど、運強化(中)の影響か?」

 

 探知スキル、ピット器官《生命探知・アンデッド探知不可》で周辺を確認し、何も生き物がいないと確認できた。早々に仕事を終えたヤトは、哀愁を漂わせながらトボトボと帰っていった。

 

「期待外れだ……鎧ってあんなにスパッっと切れるの? 頭の刀も抜いてないし。つーか、あれだったらアインズさんの絶望のオーラⅤとかでも殺せたんじゃない? そっちのがMP消費少ないし……ツマンネー」

 

 ブツブツと文句を言いながら、緩やかに村に歩いていった。

 

 

 

 

 村の入り口で二人が出迎えてくれた。

 

「お疲れ。デスナイトを出すまでもなかったね」

「弱かったッス。ゴミでした」

 

 文句を垂れ流していた先ほどとは打って変わり、明るい口調でアインズに声を掛けた。

 

「いえ、ヤトノカミ様に両断して頂けるなど、下等生物に相応しい最期かと思いますわ」

「そ、そうかな、ありがとう。ところで、アルベドは人間をどう思う?」

「虫けらでございます。あの様な下等生物、踏み潰したら、さぞや気持ちがいいでしょう」

 

 声のトーンを落として答えた。アルベドは心からそう思っているのだとわかった。アインズはカルマ値の影響を考慮しようと、人知れず心のノートに疑問を書き加えた。

 

 書き終えたアインズは、アルベドを優しく諭す。

 

「アルベド。考え方を変えろとは言わんが、その物言いは避けよ。何か役に立つ事もあるかもしれない」

「はっ、失礼いたしました」

「エイトエッジ・アサシン。奴らの死体を村の広場に運べ」

「アインズ様、村の反対側より一個分隊相当が接近しています。どうやら隊長格はそちらに」

 

 エイトエッジ・アサシンが急いで報告に来た。

 

「隊長は生かして捕らえよ。武器や防具を調べたいので、他は綺麗な死体で殺せ。殺害後は同様に死体を集めよ」

「仰せのままに」

 

 指示されたエイトエッジ・アサシンは、素早く走り去った。

 

「村長を呼びに行きますか。気を張って外で寝たから疲れてるでしょ」

「その姿で行かないように」

「あ、そうでした。《人化の術》」

 

 三人は村人達が待機している村の北側を目指した。途中でヤトの足は極端に鈍くなり、アインズとアルベドが立ち止まって振り返ると、彼の目は半分も開いていなかった。

 

 黒髪黒目の男は、弱弱しい声で新たな危機を知らせる。

 

「アインズさん、大変です……眠いです……」

「……村長の家で寝かせてもらえ」

 

 彼は途中で力尽き、アインズとアルベドに肩を担がれて広場へと向かった。

 

 

 

 

 肩を担がれるヤトの姿を見て、村人たちは戦いで負傷したのかと顔面蒼白だ。アインズの説明と寝息を立てるヤトで落ち着きを取り戻し、寝不足の彼らは各々の自宅へと帰っていった。

 

 村長の肉体疲労をアインズが魔法で癒し、眠ったヤトの代わりに村長を加えた三人で、捕らえた隊長の尋問を行った。

 

 吐き出された痰のような男はベリュースと名乗り、品性も知性も誇りさえない命乞いと話し方でアインズを不快にさせ、アルベドの殺意を買い、村長を怒りで真っ赤にした。会話の途中でいちいち命乞いを挿入し、遅々として進まない話に不快になるも、他に生かして捕らえた者はおらず、情報を引き出すに余計な時間を労した。

 

 彼らはスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典の先遣隊にあたり、当該任務はリ・エスティーゼ王国最強の戦士と名高い、ガゼフ・ストロノーフ戦士長の暗殺任務だ。村にいる人間を無作為に選んで生き残らせ、他は全員殺すように言われたと話した。

 

「帝国の鎧を着用して両国の仲違いを仕向けろと。もうすぐガゼフ・ストロノーフも、この村に来ます。スパイがいますので、装備のランクを落とした戦士長を、陽光聖典が包囲してから暗殺する手はずになっています。ですから! 私の命だけは助けてください!」

 

 部下を殺戮したエイトエッジ・アサシンが、よほど恐ろしかったのか、聞いてもいないことまで教えてくれた。ベリュースという男は尋問に友好的かつ協力的だ。

 

 それが余計に不愉快だった。

 

「ちょうどよい。そのガゼフとやらがここに向かっているのであれば、もう一度その話をせよ」

「はっはい! ありがとうございますぅ!」

 

 アインズはこの男を助ける気が無く、また助けるという言葉も口にしていない。助かったと勘違いしているベリュースは騒がしく叫んだ。

 

「なんということを……この村には幼い子供たちも、働き盛りの若者もたくさんいるのに……適当に残して殺すなどと……我々は間引きされる家畜ではない、そんなことが許されるはずがない」

 

 村長は怒りで顔を真っ赤にし、握った拳が震えていた。ベリュースの小物臭い話し方も、その怒りを助長する原因だ。こんな奴らに殺される所だったのかと、心中では暴風雨が吹き荒れている。

 

「村長殿、もうすぐここに王国戦士長がやってきます。改めて村人をどこかに集めてください」

 

 アインズは村長に呼びかけたが、顔を赤くして怒りを堪える彼に聞こえてはいない。

 

「落ち着いてください、村長殿。もうすぐお昼なので、皆さまと昼食を」

「っ……はい。申し訳ありません、ゴウン様」

 

 とぼとぼと立ち去る村長は背中に哀愁を漂わせ、前日と比較すると一回り老け込んで見えた。

 

「ヤトを起こしてこよう。戦士長殿を迎える準備をしなければ。アルベド、ここからが本番だ」

「畏まりました。お任せください」

 

 エイトエッジ・アサシンが無傷で殺戮を終えたことにより、アインズは敵のレベルに安心と油断をしていた。広場に積み上げられた死体の山は全員がレベル1から5までの騎士であり、最悪の選択肢はどこにも存在しなかった。

 

 

 

 

 村長、アインズ、アルベド、そして眠そうなヤトの4名は、村の西側で待機をして王国騎士団の到着を待った。アルベドは絞められた家畜のようなベリュースの首根っこを掴み、アインズの後ろで待機した。ベリュースがうめき声をあげる度に、アルベドの手に力が込められた。

 

「……アルベド、殺すなよ?」

「ご安心ください、アインズ様。限界は見極めております」

「……そうか」

 

 生命活動が放棄(ボイコット)される限界寸前まで首を締め上げられ、畜生扱いの彼は鼻水と涙を流していた。

 

 程なくして、馬を駆る武装集団が見えてくる。

 

 現れた騎士たちは装備に統一性がなく、武器の種類もバラバラだった。盗賊団や傭兵団と言われても信じられた。恐らくは隊長なのだろうと思われる、先頭を走る屈強な男性は、部下たちへ停止の合図を行い、精悍な声で叫んだ。

 

「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ! 近隣を荒らしまわっている騎士を討伐するため、王のご命令を受け、村々を回っているものである!」

 

 アルベドに首根っこを掴まれた男を見つけ、ギョッと目を見開いて言葉を止めた。

 

「……この村の村長殿か。この方々はどなたか教えて貰おう」

 

 「偉そうだな」とヤトは表情を曇らせ、「生意気な下等生物が」とアルベドは鎧の中で顔を歪めた。二人の不穏な空気を察したアインズは自身へ注意を向けようと、村長を手で制して堂々とした振る舞いで説明をはじめた。

 

「初めまして、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリックという場所の主人である魔法詠唱者です。転移魔法の失敗で、仲間達と共に近くに転移してきてしまったのです。周辺の情報を集めるために村へ滞在していたのですが、騎士の襲撃に遭い、これを撃退した者です。彼が護衛で友人のヤト、部下のアルベドです」

 

 紹介された二人は、仕方なく頭を下げた。双方、若干の意味合いは違うものの、あまり快く思ってはいない。

 

 ガゼフは馬を降り、アインズに歩み寄った。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない。ゴウン殿。すまないが、仮面を外してくれないだろうか」

「お断りします。私の見た目は少し変わっていますので。彼を見て察して頂きたい」

 

 促されたヤトは、軽く頭を下げた。南方の異国人である事を貫き通すつもりだったが、ガゼフが高慢な貴族であれば何の理由にもならない。この場で別の殺戮を招いただけだ。しかし、武人に類する彼は、それ以上の追及をしなかった。

 

「そうか……それは失礼した。非礼を詫びよう」

「感謝します、戦士長殿。さあ、お前の知っていることを説明しろ」

 

 身元を掘り下げられても困るので、アルベドの捕らえているベリュースを促した。

 

 

 

 

 小物臭が漂うベリュースの話を、ガゼフは眉をひそめながらも静かに聞いていた。ひとしきり話が終わったのを確認し、アインズが尋ねた。

 

「王国貴族はスレイン法国と繋がっているのですか?」

「いや、そんなはずはない。スレイン法国は王国貴族の腐敗を嘆いていると聞く。恐らく、先遣隊の彼には作戦の詳細を明らかにしていないのだろう」

 

 アインズは仮面の下からベリュースを睨んだ。不穏な空気を察した彼は俄かに騒ぎ始め、アルベドに首根っこを再び拘束された。

 

「ひぃっ! お許しください! 私は部下の話を聞いただけなんです! 命だけは!」

 

 情けない姿に殺す気にもならず、ガゼフとの話し合いに戻る。彼の話によると、貴族から難癖をつけられ装備品をはく奪、投げやりに放り出されたようだった。

 

「戦士長殿、王国は私達を見捨てたのですか! 今まで必死に税を納めてきたというのに、ゴウン様があの時いらっしゃらなければ、村は壊滅していたのです!」

「村長殿、すまない。責めるなら腐敗貴族の反発に抗えなかった私を責めて欲しい。どうか王を、弱られている王を責めないでくれ」

「そんな……私達は冬を越すために、毎日を必死で生きているのに……」

「すまない」

「私たちの生は……何だったんだ」

 

 否定もせず、村長へ謝罪の言葉を紡いだが、彼の心中は平穏を失っている。安い慰めは何の効果もない。憤怒・絶望・悲哀・落胆・様々な感情が入り混じった表情を浮かべ、膨らんだ風船のように針で刺せば破裂をし兼ねない。50代中頃だったはずの村長は、背中を押せば倒れそうだ。

 

 そんな村長をしり目に、ヤトはガゼフ・ストロノーフを真っすぐ見据えた。王への忠誠、自らの武への誇り、他者へ心遣いが見て取れる彼は、決して嫌いではなかった。

 

 しかし、噴き上がった村長の感情は、その程度では収まらない。

 

「もう手遅れだな」

 

 聞えないように呟いた。

 

 場を仕切り直そうと、アインズが努めて穏やかに彼を宥める

 

「村長殿、気持ちはわかるが落ち着いてください。あなたがしっかりしないと、他の村人も不安になるでしょう」

「取り乱して申し訳ありません、ゴウン様。私は……私は悔しい。今まで王国の為に、王の為に尽くしてきた私達の、その人生はなんのためだったのか……」

「一度、皆様に説明をしてきてはいかがでしょう。私達はここにいますので」

 

 村長を促し、この場を離れさせた。

 

 あそこまで落ち込んでしまった以上、アンデッドでもない彼の精神が落ち着くまで多大な時間を要する。二度と元に戻らないと考慮しているのは、アルベドとヤトだけだ。

 

「戦士長殿、周辺に隠密に長けた部下を待機させています。今しばらくこちらで待機を」

「しかし、包囲が完了するまで大人しく待機をしている訳には――」

「ご安心下さい。強いのですよ、私達は」

「戦士長殿、私と立ち合いをしてくれないか? 王国最強の腕を見てみたい」

 

 「おまえ、また何言ってんだこの野郎」と、アインズの内心は穏やかでない。

 

「よろしいのではないでしょうか、アインズ様」

 

 アルベドがヤトに加勢し、アインズの勢いは止まった。ガゼフは全身を漆黒の全身鎧で武装し、ベリュースの首根っこを無慈悲に掴む御仁が、実は女性だったことに気づいた。

 

「アルベド、なぜだ」

「安心して我らに任せるには、王国最強と名高い彼と立ち会うのが相応しいでしょう。最強の彼と立ち会えば、我らの強さも測れます」

 

 理性的なアルベドはアインズを納得させた。

 

「……仕方ないな。お手柔らかに、戦士長殿。陽光聖典は我々で撃退しましょう。立ち合いの礼だと思って下さい。勿論、彼が弱くて不安であれば、ご同行いただいて構いませんが」

 

 アインズは諦めたようにガゼフに話しかけ、どこからか小さく「やった」という声が聞こえ、アインズを密かに苛立たせた。ここまで、誰もガゼフの意思を確認していない。

 

 意志をないがしろにされ、立ち合いをする流れに巻き込まれたガゼフからすれば、今さら「嫌だ」と言えない空気だ。止む無く戦士長は準備を始めた。おびただしい数の死体が積み上がる広場にて、副長に手伝われながら下級の装備を整えた。

 

「あの恐ろしいほどの死体は……」

「彼らの実力を物語っているな」

「よろしいのですか、ガゼフ様。あのような得体のしれない者と立ち合いなど」

「ふむ……副長はどう思う?」

「……私は不気味です。あの三名、誰一人として勝てる気がしない。まるで猛獣の檻に放り込まれたようです」

 

 ガゼフは笑いながら応えた。

 

「私もそう思う」

 

 

 

 

 

(PVPの開始距離は10mだったかな……?) 

 

 王国側の手に汗握る緊迫感とはほど遠く、呑気なヤトはどの程度の距離を開けるか悩んでいた。仮面で表情が不明のアインズは、どことなく退屈そうである。仮面が無くても表情はわからなかった。

 

 双方、武器を構え対峙し、僅かな間が流れた。

 

 騎士たちは揃って唾を飲み込む。

 

 先に動いたのはガゼフだった。

 

 ヤトは手加減して舐めていた。動きの鈍いヤトの刀を掻い潜り、少しでも手傷を負わそうと斬りかかる。攻撃の全ては弾かれることなく命中したが、自動発動(パッシブスキル)《上位物理無効化Ⅲ》によってレベル60以下の攻撃が無効化されてしまい、重たい空気を斬るような手ごたえしか感じなかった。

 

(60レベル以下か……)

 

 ヤトとアインズは肝心な情報を把握した。王国最強の戦士が60以下であれば、通常の戦力で十分に国を殲滅できる。

 

 ヤトは長い刀でガゼフの剣を防いだ。武術の経験のないヤトでも、面白いように攻撃の軌道が読めた。取得した職業に合わせて体が作られていると考えるのが自然だ。

 

(体は自然に剣術を使えるみたいだな)

 

 幾度となく剣を弾かれ、幾度となく受け流され、ガゼフは徐々に本気になる。

 

「《流水加速》《能力向上》」

 

 武技を使用して身体能力を上げ、再びヤトに斬りかかった。

 

(何だ? スキルとはまた違うな。俺は習得できるのかな)

 

 自動で無効化されるため、ヤトは真剣に相手をしていなかった。

 

 立ち合いは一方的な流れとなり、心配したアインズから《伝言(メッセージ)》が入る。片手でガゼフの剣を弾きながら、こめかみへ指をあてて答えた。ガゼフは本気の一撃を片手で受け止められ、思わず目を見開いた。

 

《なんでしょうか》

 

《あまり圧倒的な立ち合いをするな。目立つ事は避けなさい》

 

 「それもそうだな」と《伝言(メッセージ)》を切断し、声だけでダメージを負ったように振る舞った。

 

「うっ」

 

 特に剣も当たっていないのに痛がる振りをして体勢を崩した。ガゼフは武技を使って闘争の幕を下ろそうとしていた。

 

「《六光連斬》!」

「うわああ!」

 

 彼の動きに合わせて後方に飛び、故意にバランスを崩して芋虫のように転がった。さじ加減が良くわからず、過剰に遠くまで転がった彼は、衣服が上から下まで砂埃で汚れた。アインズは友人の稚拙な演技が恥ずかしくなり、精神の沈静化を行なった。

 

 手を汗で濡らしたガゼフの部下たちは、安心して胸を撫で下ろしていた。勝者のガゼフには何の手ごたえもなく、圧倒的な力の差に苦々しい表情を浮かべていた。どちらが勝者かなど、戦った両名からすれば考えるまでもなかった

 

 砂で体を汚した敵はのろのろと立ち上がり、片手をあげてガゼフへの称賛を述べたが、ガゼフからすれば皮肉を言われているように感じた。

 

「いててて、ありがとうございます。ガゼフ・ストロノーフ殿。お見事です」

「友人の我儘に付き合ってくれて感謝する。戦士長殿」

「いや……ゴウン殿。そなたの友人は強い。ヤトノカミ殿、退屈な試合で申し訳なかった」

「いえ、楽しかったです。またお会いする事があればお願いします」

「一度、王都に来てくれないか。今回の礼を兼ね、歓迎させていただこう」

「礼ならばこの村に届けてくれればかま――」

「王都には美人が多いのですか?」

 

(この野郎……なに勝手に話をしてるんだ)

 

 アインズの言葉を遮り、ヤトは会話に割り込んだ。当然、アインズに睨まれたが、仮面をつけている上、素顔は髑髏なので理解できない。

 

 ガゼフは彼の言葉を拾い上げた。

 

「もちろんだとも。王国一美しいのは第三王女様だ。そのご友人であるアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇は女性だけで構成されている。リーダーは強くて美しいらしいぞ」

 

 村を救った英雄の彼らへ敬意を払い、王都に呼び出して礼をしたいガゼフは、自らの発言に多少の誇張表現があったと自覚していた。アインズが王都へ来る件に否定的なのであれば、ヤトだけでも王都に招きたいと考えていた。

 

「よっしゃー。必ず行くぜ、ガゼフ・ストロノーフ殿」

 

 アインズは止める気にもならず、額を押さえて首を振る。「後で覚えていろよ」と、アインズは先の戦闘以上に決意を新たにする。

 

 アルベドは配下から連絡を受け、アインズへ報告をした。

 

「アインズ様、陽光聖典によるカルネ村の包囲網は完成したそうです」

「わかった。それでは戦士長殿、我々はこれより彼らの迎撃に入ります。村人の避難所を守ってくれるとありがたい」

「ゴウン殿、我々も助太刀を――」

「それには及ばない、巻き添えになると命に関わる。私はそのような魔法詠唱者なのですよ」

「それじゃっ!」

 

 死地に赴くとは思えない軽さで、ヤトは手を挙げた。

 

「後ほど会いましょう、戦士長殿」

 

 強い目で助太刀を申し出たガゼフだったが、差し出した手は取られなかった。

 

「よろしいのですか、ガゼフ様」

「彼らは強い。恐らく、私が何人いても、傷一つ負わせられないだろう。その彼らについていくというのは、彼らの言う通り邪魔になるだろう」

「そんな……」

「我らにできることは、彼らが撤退した場合、速やかに村人を逃がすだけだ。副長、村長殿に協力を仰ぎ、村人を広場に集めろ」

 

 この時に下した選択の正誤が、ガゼフは後になってもわからなかった。

 

 

 

 

 カルネ村の周囲にて、陽光聖典指揮官であるニグン・グリッド・ルーインが、部下の報告を険しい顔で受けた。周囲に控えている黒い法衣を着た部下は、天使種族、炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)の召喚を続けている。召喚された天使たちは宙を漂い、命令があるまで待機をしていた。

 

「そうか、先遣隊がなぜ消えたのかは不明だが、ガゼフと対峙してしまったのであれば、やむを得ない犠牲か。標的はどうした?」

 

 頬に縦に走る傷跡がある彼は、獰猛な獣の目を部下に向けた。

 

「はっ、村の中にいることは確認してあります。じき、こちらに現れるかと」

「そうか、これで神託を成すことができ……ん? なんだあいつらは」

 

 黒いローブを着て怪しげな仮面をつけた魔法詠唱者が、二人の護衛と立っていた。

 

「初めましてスレイン法国 陽光聖典の皆様。突然で申し訳ありませんが、皆さまは我々と共に来ていただきます」

「貴様らは何者だ!」

「ナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンと申します。無駄な抵抗は御止めになった方がよろしいかと思われます」

 

 スレイン法国の特殊部隊隊長であるニグンは、馬鹿にされた気になり怒りを露わにする。

 

「殺せ」

 

 光り輝く剣を握った二体の天使が、アインズ目がけて急降下し、一切の抵抗なしに両胸を貫かれた。ニグンの目には無言で佇む彼が、剣で貫かれ絶命したかに見えた。

 

 傍らの剣士が気の抜けた声を発するまで。

 

「どうッスか?」

「やはり、ユグドラシルと同じだ。炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)で間違いない」

「斬ってもいいスか?」

「いや、私がやろう」

 

 突き刺した剣が抜けず、足をじたばたと暴れさせる天使の頭を掴み、全力で地面に叩きつけた。叩きつけられた天使たちは光の粒子となり、砂埃に混じって消滅した。

 

(綺麗だなー)

 

 緊張感の欠片も見受けられないヤトは、夕刻を彩る光の砂に見惚れていた。

 

 アインズは動揺する陽光聖典に語り掛ける。

 

「さて、君たちの信仰する神はなんだ? 名前や力などを詳しく教えてくれるとありがたいのだが」

「天使の召喚を続けろ! 天使たちよ、かかれっ」

 

 ニグンは答える様子もなく、指示を出している。

 

「やれやれ、聞く気もなしか。アルベド、ヤト、後ろに下がれ。私がまとめて片づける」

 

 命じられた二人は、アインズの後方に下がっていく。

 

「さぁ、始めようか、鏖殺だ。《負の爆裂(ネガティブバースト)》!」

 

 アインズを中心に黒い球体が大きく広がり、空を漂っていた大量の天使たちは負属性の爆裂を受けて消滅した。日没が迫る夜空に、光の粒子が装飾(イルミネーション)となった。

 

 ヤトはまたもや見惚れてしまい、口が開いていた。

 

「そんな馬鹿な! あれだけの天使たちを一撃で!」

「ニグン隊長! どうすればいいのでしょう、いっそ撤退を!」

「静まれい! 神託を帯びた我々が負けるはずがない! 上位天使を召喚するまで時間を稼げ! 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)、我を守護せよ!」

 

 ニグンの激励で部下たちは我に返り、乱れかけた隊列は再び整う。時間を稼ごうとするか弱い部下たちは多種多様な魔法を放ったが、アインズは涼しい顔をして全ての魔法を受け止めた。

 

 見知った低位の魔法では防御をする気にもならず、《上位魔法無効化Ⅲ》の効果により体にも届かなかった。指揮官は懐から水晶を取り出し、呪文の詠唱に入っていた。ベリュースの惨めな姿に比べれば、ニグンの姿は優秀な指揮官に見えた。先ほどとは違い、有益な情報に期待できる。

 

「アインズさん」

「アインズ様」

「ふむ……アルベド、スキルを使用して私を守れ。念のため、ヤトは強化スキルをフルで掛けておけ」

「はっ」

「はい」

 

 同時に聞こえた二人の返事を受け、アインズは今後の戦略を練り始めた。

 

織天使級(セラフィムクラス)だったら、即座にヤトを突っ込ませたほうがいいかもしれない。蛇に戻らせたほうがいいかもな) 

 

 アインズが悩んでいるうちに、ニグンにより上位天使の召喚が完了した。

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)……」

 

 アインズは戦略を立てるのを放棄し、違う案件に頭を悩ませた。

 

(ユグドラシルと同じ程度の強さなのか? 最高位天使って織天使(セラフィム)じゃないのか?)

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)! 《善なる極撃(ホーリースマイト)》を放て!」

 

 天使のメイスが砕けて風に舞い、聖属性を帯びた光の柱がアインズに降り注いだ。

 

「あ」

 

 ヤトは無抵抗に魔法を食らったアインズに焦り、アルベドは瞬時に激昂した。

 

「ふはははは! これが痛みか、ダメージかぁ! 痛い、痛いぞ!」

 

 アインズは愉快でたまらないとばかりに笑っている。笑い声で不要な心配だったと知ってヤトは落ち着いたが、アルベドの怒りは際限なく上昇した。

 

「か、か、下等生物がぁぁ!」

 

 アルベドから瘴気が放たれ、敵の心に浸透して恐怖を生み出した。

 

「私の偉大なる、愛している御方に痛みを与えるなど! 殺してやる! 殺して殺して、蘇生して殺して殺しつくしてやる!」

 

 胸を掻き毟り激昂し、呪詛の言葉を吐き、肺に甚大な影響を及ぼしそうな瘴気が周囲に満ちている。アルベドの激昂を見たヤトは、役割演技(ロールプレイ)にて付き合った。

 

「貴様らぁ! 我らの偉大なる支配者に痛みを与えるなど、神に弓引く背教者共がぁ! 神罰だ、生まれたことを必ず後悔させてやる! 今すぐ死ねぇえ!」

「二人とも静まれ。ここまでは全て予定通りに進んでいる」

 

 なぜヤトが怒っているのか不明なアインズは疑問符を頭上に浮かべ、不可解なままに両者を宥めた。

 

「絶望を知れ。《暗黒孔(ブラックホール)》!」

 

 二体の天使が、虚空へ吸い込まれていった。魔法は一体につき一つというルールが、この世界でずれており、アインズは新たな収穫を喜んだ。

 

(至近距離で浮かぶ二つの天使の間に放った場合は、二体とも吸い込まれるというのはかなりの収穫だな)

 

 誰も言葉を発せずに辺りは静寂が支配する。静寂を破ったのはニグンだった。

 

「ひぃぃ、そんな馬鹿な! こんなことがあるはずがない! 助けてくれ、命だけは!」

 

 命乞いをするニグンを、アルベドは甲冑の内側から汚いものを見る目で眺めた。

 

「下等生物が……そんな願いなど、我らの神に聞き入れて頂けると思うのかしら? あなたたち、楽に死ねると思わないことね」

 

(嬉しそうだな)

 

 無慈悲に死刑宣告を告げるアルベドを眺めた。水を得た魚は楽しそうに跳ねている。

 

 絶望的な文言を陽光聖典に告げて間もなく、天空に亀裂が走った。皆の視線はそちらに注がれた。

 

「どうやらお前たちは身内から監視をされていたようだな。情報系魔法に対する攻性防壁が発動したようだ」

「本国が私を監視? そんな、なぜ――」

「私はこう見えて慈悲深い。ナザリックで1秒でも早く死に絶えるように祈るといい。攫え!」

 

 アインズ達と反対側から攻めていたエイトエッジ・アサシンが、透明化を解除して八本の腕で彼らを捕える。

 

 陽光聖典は絶叫の命乞いを続けていたが、三人は既に興味を失っていた。どういう形であれ、彼らは平和な村を襲った侵略者であり、同情の余地はない。ナザリックで酷い目に合わされるだろうが、自業自得だ。転移ゲートに宅急便の荷物よろしく放り込まれていく陽光聖典の隊員を一瞥さえもせず、村へ向かって歩き出した。

 

「アルベド、愛するアインズ様は格好良かったか?」

「くふー! 勿論でございますぅ!」

「アインズさん、天使の攻撃でダメージは?」

「そうですわ! アインズ様、どうか治療は私めにお任せ下さい。つきっきりで看病をさせていただきます! 昼も夜も!」

「そうだ、アルベドが人肌で温めればいい。愛で傷も治るだろう」

「それはいい考えでございますぅ! 必ずや、愛で傷を治してみせますわ!」

 

 ヤトは悪戯にアルベドを刺激し、際限なく興奮させ続けた。

 

 そんな二人に気付かれることなく、無言で村へと歩を進めるアインズは、幾度となく精神の沈静化を図っていた。

 

 

 平和を取り戻したカルネ村では別の騒動が発生し、三名の帰りを切望していると知らずに。

 

 

 




森林イベント→ハズレ
アルベド好感度54→1d6→4 現在48
クリティカル抽選→当たり

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