モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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休職届

パンドラがエ・ランテルでやらかしてから数日が経過していた。

農業用アンデッドの準備は、パンドラをナザリックに閉じ込めるために、彼に一任されて行われている。

ナザリックの仲間に優しいアインズは彼を謹慎にせず、仕事を大量に与えてナザリックから外出させまいと対策を講じた。

 

 

アンデッドの準備が終わるまで取り急ぎ行う仕事も無く、ヤトはガゼフを初めとした騎士のレベルアップに興じる。

付き合うとはいえ、彼にはザナックの講義を受ける必要がある。

眷属の大蛇を大量に召喚し、ガゼフ、ブレインの両名に一任して放置しただけだ。

 

今は休憩時間であり、ラナー、ザナックの兄妹と談笑をしていた。

 

「ラナー……首輪をつけるのは早すぎじゃないか?」

目を輝かせて首輪の説明をするクライムが不憫だったが、幸せな二人に水もさせなかった。

「あら、そうでしょうか。私はちょうどいいと思いますわ。」

「ザナックはどう思う?」

「何も言えませんな。妹は化け物ですから。」

ザナックの緊張は多少解れていた。

表情も少しだけ明るく、舌をしまい忘れた気さくな蛇に、気さくに返事をした。

自らの命が取られる暗雲はやっと晴れたらしい。

 

「お兄様ったら、うら若き乙女にそのような物言いはなさらないで下さい」

「……まぁ、二人が幸せならそれに越したことはないが、隠居したランポッサ三世さんは何と言っているんだ?」

「身分から解放されたのだから、愛する人と結ばれるようにと。」

「……ラナーが魔女だと、あの人が知る日は来るのだろうか」

「……来ないでしょうね。かなり鈍感ですから」

ザナックがヤトに面倒な仕事を頼まれた時以上に、深い深いため息を吐いた。

ラナーだけが、嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 ドアが叩かれ、ショートカットのメイドが入ってくる。

「御話し中失礼します。ヤトノカミ様……そのー……来客というか……なんでしょう」

「どうした?魔導王の話していたリザードマンでも到着したか?」

「いえ、そのー……巨大なモノがー……えー……どうしましょう……?」

「……?」

 困惑したメイドの間延びした話だと埒が明かず、中庭に出ていった。

 ザナックとラナーは部屋に残って休憩をするようだ。

 

 

 

 

 

稽古する騎士達は隅で剣を構えている。

騎士が壁際で取り囲む開けた場所に、竜王のツアーが一人の老婆を連れて立っていた。

 

「ツアー!来てくれたのか!」

嬉しそうな声を上げて、友人に駆け寄る。

「邪魔だったかな?」

畏怖する騎士達を見て、申し訳なさそうに言った。

「いや、歓迎する。酒でも飲むか?」

「それも楽しそうだが、まずは友人を紹介したい。私の旧友、リグリットだよ。」

怯える騎士たちをニヤニヤしながら見ていた老婆が、こちらに近づいてくる。

 

「初めまして、蛇神殿。リグリット・ベルスー・カウラウじゃ、リグリットで構わんぞ。」

「ツアーの友人だな。こちらもヤトでいいぞ。」

老婆の細い腕を優しくとる。

手の力を見ると、まだまだ現役に感じられた。

騒ぎを聞きつけ、ガゼフ、ブレイン、強制修行中のティアとイビルアイが駆けつけた。

 

「ヤト、これは何事だ……?」

「おいおい、ドラゴンなんて倒せないぞ。」

「違うよ。彼は白金の竜王で、評議国の永久議員だ。そして俺とアインズさんの大切な友人だ。」

「そうだったか。初めまして、竜王殿。私は元王国戦士長だ。」

「よろしくね。」

最強の竜王とは思えない優しい声だった。

 

「人間を超えた奴は、交友関係も派手だねぇ。」

ブレインは顎に指を当て、まじまじとツアーを見つめる。

ヤトに見慣れている二人は、今更ドラゴン一体で動揺する事も無かった。

「まあな。」

ヤトはとても嬉しそうだった。

 

 

「懐かしい気配。」

「なぜあんたがここにいるのだ。」

イビルアイは不満な声だ。

 

「久しぶりじゃな、泣き虫のお嬢さんと同性愛のお嬢さん。」

「インベルンのお嬢さん、本当に久しぶりだね。」

「……白銀と老婆か」

「ヤトから恋に悩んでいると聞いてね。モモンが好きなのかい?」

「ふぇふぇふぇ、吸血姫が恋をするとはのぅ。」

怪しく笑う老婆は心底楽しそうに、そして意地悪そうに言った。

性格の捻くれ具合に、とても親近感がわく。

彼女とは仲良くなれそうだった。

 

「うるさい!黙れ!」

 

ヤトはティアを連れて、彼らから距離を取る。

「ティア、面白いからしばらく様子を見ていようか。」

「同意。」

「ドラゴンは白金の竜王なんだが、リグリットは知っているのか?」

「知っている。昔、ちょっとだけ仲間だった。」

「へぇ、後で詳しく教えてくれ。」

「メイドと遊ばせろと要求する。」

「それはまだ駄目。頑張って強くなれば遊ばせてやるから。」

「……わかった」

相変わらずかなり不満そうだった。

 

 

 

「私が恋などするものかっ!」

「お嬢、人を好きになるのは良い事だよ。」

「うるさい蜥蜴!私の仲間は白銀だ!」

旅を終えた時に正体を明かし、騙されたと憤慨した恨みは未だ晴れていない。

 

「そろそろ勘弁して欲しいのだが、困ったものだね。」

「仕方なかろう、こやつはまだガキじゃ。」

「お前も大して年齢が変わらないだろう!」

「ぐちぐち言う性格は変わらんのぅ。」

「よくも私を蒼の薔薇に押し付けたな!」

「でも楽しかったじゃろう?」

「う……うん」

大切な仲間となった蒼の薔薇を否定はできなかった。勢いを殺されたイビルアイが萎れる。

 

「泣き虫、冒険者をやらなければ、恋もしなかったのじゃぞ。」

「人と出会ったことを後悔してはいけないよ。」

「うん。」

優しく諭すツアーの声に、イビルアイの声は段々と小さくなっていく。

傍から見ると、体も小さくなったのではないかと思われた。

流石はかつての仲間だなと、遠目で感心しながら見ていた。

 

「仮面を外してはどうだい?ここには君に石を投げる者などいないのだろう?」

「……うん」

「素直じゃないのぅ。まだまだガキじゃな。」

「老婆め、私とそんなに離れてないくせに。」

「中身の成熟は見た目に出るのじゃ。」

楽しそうに笑っていた。

まだブツブツと文句を言いながら、仮面を外した。

 

「久しぶりだね、お嬢さん。」

ツアーは首を伸ばし、彼女の顔を間近で見た。

「うん……」

泣きそうな声だったが、吸血姫の彼女の目から涙が流れることは無い。

 

 

「あれは仮面が無い方がモモンを落とせるよな?」

「同意、そちらの方がいい匂い。」

「匂いフェチも大概にしておけ……」

 

王宮から先ほどのメイドが、同じ程度に困惑した顔で現れる。

「あのー……すみません、またお客様がーそのー」

「忙しいな、今度はなんだ……って後ろにいるのはリザードマンだな?」

昔を懐かしむ三人をもっと見ていたかったが、諦めてメイドに向き直った。

メイドの後ろで二体のリザードマンがいた。

竜王と蛇神をみてすっかり畏まっていた。

 

「なんだ、話に聞いていたよりも、大人しいんだな。そちらのリザードマンは好戦的な奴と聞いてるぞ。」

「初めまして、ヤトノカミ様。私はザリュースです。こちらがその好戦的なゼンベル。」

「どうも……」

見た目で自分より強そうなヤトに、ゼンベルはいつもの勢いを殺された。

彼が暴走しない様にお目付け役として寄越されたザリュースが、滞りなく挨拶を済ませる。

 

「早速だが、騎士達と共に稽古に……って今日は無理そうだな。二人とも王宮の部屋で」

「ヤト、ティナと筋肉さん帰ってきた」

「このタイミングでか……」

来客が重なり、誰の相手をするか少々混乱する。

ガゼフ達はレベルアップどころではなく、騎士たちを隅に集め休んでいた。

「よお!リグリットの婆さん!久しぶりだな!」

「老婆、まだ生きてた。」

「蒼の薔薇、久しぶりじゃな。」

 

場はしばらく混沌としており、収拾は不可能に思えた。

幸いな事に、リグリットと蒼の薔薇の面々は知り合いだったので、そちらの対応は彼女達に任せ、ゼンベルとザリュースをガゼフに引き合わせる。

 

 

「と、いう訳で彼らも稽古に混ぜてくれ。」

「よろしく頼む、ザリュース殿、ゼンベル殿。」

「ガゼフ殿、宜しくお願いします。」

「よろしく頼むぜ。あんた強いだろ、良ければ俺達の族長に――」

「ゼンベル!いらん事を言うな!」

二体のリザードマンと挨拶したのを確認し、一安心する。

ガゼフがこの分なら、ブレインや他の騎士達ともすぐに馴染むだろう。

「ガゼフ、この二人のレベルは20前後だ。40弱のガゼフよりは弱いから、サボってたら力ずくで頼む。あと、間違っても族長にはならないように」

「はは、そうはならないさ。」

「残念だぜ。」

「アインズ様より賜った貴重な機会、ゼンベルの監視まで私が行います。」

ザリュースは真面目な声で頭を軽く下げた。

人間に生まれていたらさぞかしいい男だっただろう。

「わかった、よろしく頼む、ザリュース。ここで頑張れば二人はエ・ランテルへの出入りが許される、期待してるぞ。」

「お任せください。」

 

 

「そういえばティアはどこに行ったんだ?」

隣にいたティアは消えていた。

周囲を見渡しても彼女は発見できなかった。

ツアー達の方を見ると、ティナもどこかに消えていた。

 

「ガガーラン、お疲れさん。」

「旦那、久しぶりだな。ラキュースは元気か?」

「体調を崩している。」

「頑張り過ぎたんじゃねぇのかぁ?」

ガッハッハと豪快に笑う彼女は、やはり男性にしか見えない。

ふざけてガゼフとの結婚を進めてみようかと考える。

 

 

「やはりあのお嬢様と結婚したのはお主か。」

「あー……ツアーが蒼の薔薇と知っていたのは、リグリットから聞いたのか」

「その通りだよ。遅かれ早かれ彼女と会わせたかったから、何も言わなかったんだ。」

「いや、特に問題はない。それよりイビルアイが暗いぞ。」

「うん……」

彼女の肩は小さく狭かった。

 

「泣き虫じゃからのぅ。」

「うるさい……」

「ヤト、彼女をモモンに会わせてくれないかな。」

白銀に輝く翼で、イビルアイの頭を撫でた。

察したツアーはアインズに会せてやれとは言わなかった。

 

「心配しなくても時期がきたら出禁は解除する。もう少し強くならないと駄目かな。」

「本当に会わせてくれる?」

イビルアイはすっかり少女の口調になっていた。

かつての仲間に会った影響で、ただの泣き虫少女に戻った。

妙にしおらしい彼女の頭をフードの上から撫でた。

 

「ああ、本当だ。俺は鬼じゃないからな、ラキュースに聞いてみろ」

「……怪しいが今は信じる。あと手を離してくれ」

膨れた少女の声だった。

 シャルティアがいたら寝室に連れていっただろう。

 その創造主であるバードマンがいたら、やはり寝室に連れていっただろう。

 

「ティアとティナはどこ行ったんだ?」

「なんか懐かしい気配とか言って二人でどっかいったぜ。」

「何の事だ?」

「私にもわからん。懐かしい気配なら、目の前の老婆がいると思う。」

「老婆老婆とうるさいぞ、この泣き虫めが。」

「黙れ!このくそババア!」

自分だってロリババアじゃんと思ったが、可哀想なのでそれは指摘しなかった。

元気を取り戻して楽しそうに喧嘩するイビルアイに、二人の仲は誰よりも良いように思えた。

 

「ヤト、漆黒聖典の方はどうだい?」

「あー、そっちはまだ進んでいない。何より国内情勢を落ち着けないと……あ、そういえば王都の神殿は秘密裏にこちらの支配下に入ったから、新しい情報は回ってくると思うぞ」

「そうか、何かあったら教えて欲しいな。」

「わかった、アインズさんに伝えておく。」

 

 

 

 

楽しく談笑する彼らから遠く離れた茂みに、ティアとティナがいた。

「イジャニーヤの追手?」

「遅すぎる。」

「何人?」

「三人、斥候。」

「捕まえる。」

「右は私。」

「左は私。」

 二人の瞳に、屋根に貼りついてこちらを窺う暗殺者が見えていた。

「行動開始。」

 

 

「ティア様、お久しぶりです。」

 暗殺者の顔はすっぽりと布で覆っており窺う事は出来ないが、隙間から覗く瞳はいやに輝きが無い。

暴力に慣れていると言うよりも人を殺すことを職業としている雰囲気だ。

「標的は誰?」

 

「申し訳ありません、部外者には言えません。」

「なら捕まえて吐かせる。」

「我ら二人を相手になさるおつもりで?」

背後からもう一体、黒装束の暗殺者が現れる。

 

「問題ない。」

離れた場所でティナが戦闘を開始したのを察した。

 

ティアは両手にクナイを構え、戦闘に入った。

 

 

 

 

「……何をやっているんだ?」

気絶した暗殺者の首根っこを引っ掴み、ずるずると引き摺ってこちらにやってくるティアとティナを見つける。

 

「暗殺者見つけた。」

「昔のお仲間さんか?」

ガガーランが面白そうに尋ねる。

「そう、斥候が偵察に来てた。」

「狙いは多分、ヤト。」

 

「俺かよ……」

 

大変な心外だった。

 

「依頼者は吐かない。」

「それが暗殺者。」

「なんか忍者みたいな格好だな。」

「そう、忍者。」

「……はぁ?」

ユグドラシルにおいて忍者とは、60レベル以上の者が取れる職業だ。

「……ちょっとまて、ティナとティアは忍者だったのか?」

「元暗殺者兼忍者。」

「昔に鬼ボス殺そうとして返り討ちにあった。」

「どういうことだ……弱い忍者などあり得るのか? ちょっとまて……いやいや……ええ?」

常識の改変に少し混乱する。

 

 

「ヤト、組織の名前はイジャニーヤ。」

「その名前、懐かしいね。」

ツアーの口元が歪む。

 

「ほっほ、十三英雄の名じゃ。その弟子が技術を継承し形成した集団なのじゃよ。」

「十三英雄……それもプレイヤーか? 技術を継承し弱い忍者が作れるのか? そうなるとこの世界で職業の在り方が、俺達の認識と違う。混乱してきた、鬼ボスに連絡しよう」

アイテムボックスからスクロールを取り出し、アインズ(鬼上司)に連絡した。

 

伝言(メッセージ)》では埒が明かず、アインズは王都へ転移してくる。

 

 

「ふむ、イジャニーヤが十三英雄の一人だと?」

「よく知らないんデスケドー、十三英雄ってナンデショウ。」

早々に建国してしまったため、この世界の知識や常識に二人はとても疎かった。

「わしも十三英雄じゃぞ。」

「リグリット、会話の邪魔するもんじゃないよ。」

「なんだってー。」

考える事を放棄したヤトは、酷い棒読みで答える。

また舌をしまい忘れていた。

 

「ちょっとまて、なんだ、なんなんだこれは。というか、混沌としているぞ、円卓の間に全員連行しろ。情報交換が必要だ。」

「じゃあその暗殺者は真実の部屋(Pain is not to tell)送りで。速攻で脳みそを食べて貰いましょうか。」

「今、ゲートを開く。ツアーは通れるかな……」

 

 

 

 

円卓の間に、ラキュースを除く蒼の薔薇、竜王、リグリット、ガゼフ、ブレイン、リザードマンの二人、そこにアルベドを加え、情報交換を始めた。

「飲み物は酒が良い人、挙手して下さい。」

ヤトが居酒屋で点呼をとるかの気軽さで叫んだ。

 ガガーラン、ブレイン、ゼンベルは躊躇わずに手を挙げる。

ガゼフとザリュースは隣の友人を咎めていた。

 

「じゃあ彼らに何かお酒と飲み物をお出しししてくれ。」

「畏まりました。」

眼鏡をかけた金髪の一般メイドは、直接頼まれた仕事をこなすため、嬉しそうに部屋を後にした。

 

「ツアーと、リグリットといったか?プレイヤー情報を教えて欲しい。」

 

 

長い長い情報交換の場で、ツアーは初めて包み隠さずにプレイヤーの情報を伝えた。

 

ユグドラシルの職業に詳しくない彼らの情報は断片的なものだったが、イジャニーヤという英雄が忍者・暗殺者で、技術を継承した弟子が暗殺集団を形成している情報は把握できた。

 

アインズのコレクター欲が激しく刺激され、中位までの忍者を取得したヤトの好奇心が刺激された。

ティアとティナの話によると、帝国や都市国家群などで活動している彼らが、ここまで来た理由は暗殺の下見との事だった。

暗殺の標的だったヤトは、その話を聞いて特別に怒りもせず落ち着いていた。

弱い忍者に殺される可能性は無いのだ。

 

 

「イビルアイも十三英雄なのか?」

「あ、はい。そうですぅ。一緒に旅をしただけで、英雄とは違います。」

出禁を食らった手前、アインズの前で多少委縮していた。

少女に戻ったイビルアイは、妙に可愛らしかった。

 

 素顔はペロロンチーノさん好みの長寿少女(ロリババア)だったか? シャルティアと……いや、同性愛に目覚められても困るか。しかし、こんなに可愛らしい感じだったか……? 

 

タイプがシャルティアと被っている彼女に、かつての仲間を思い出す。

同時に彼女への関心も少しだけ湧く。

 

「アインズさん、ニューロニストの審問が終わったら、帝国に行ってもいいですか?」

思考が妙な方向へ進み始めたアインズは、ヤトの声で我に返る。

「あ、ああ。そうだな……だが内政はどうする?」

「アインズさんにお任せします。どちらにしても今はレベルアップ以外する事ありませんよ。」

「ふむ、レベルアップならスケルトンやデスナイトでも可能だな。」

「困ったら内政はアルベドが何とかしてくれるでしょう。」

 

「はい!お任せ下さい!愛するアインズ様!」

アルベドは両手を組んで振り回している。

喜んでいるのだろう。

 

 あの人、アインズ様のお妃なのかな、美人だなー……私もあんな体していれば、モモン様に振り向いてもらえたのかも……成長しない体が恨めしい。

 

イビルアイは的外れな事を考えていた。

目の前にいる魔導王が、実はモモンなのだと知らないのだから無理もない。

知ったらこの場でアルベドと険悪になっただろう。

 

 

「一人で行かせるのは認めないぞ。護衛に誰か連れて行ってくれ。」

「そうですね……パンドラは……あれ? パンドラの姿が見えませんね」

「……アンデッドの作成がある。パンドラはナザリックから出られない」

実質外出禁止とは言わなかった。

 

「そっか……パンドラいないのかぁ……。あーそこのティア、一般メイドを追い掛け回すんじゃない」

飲み物を配膳していた一般メイドのリュミエールは、鼻息の荒いティアに至近距離で尾行されている。

平静を保っているが、頬を汗が流れていた。

 

「我慢できない。」

「仕方ないな。ユリ、ちょっと匂い嗅がせてやれ。」

ドア付近で待機していたユリを呼ぶ。

 

「畏まりました。」

面倒見が良く子供に優しいユリは、ティアをおんぶしてくれた。

「いいにおひ……」

ユリの匂いに感動していた。

よく見ると目が潤み、頬が紅潮している。

潤っているのが目だけなのか、とても怪しかった。

 

 

「ついでに外交として、帝国に挨拶してきましょう。帝国は皇帝でしたっけ?」

「ヤト、私は皇帝と面識がある。有事に備え、連れていっても損はないと思うが」

「ガゼフか、面識あるなら悪くないな。なんで皇帝と面識があるんだ?」

「先の戦争時に、部下になれと直々に勧誘されたのだ。」

「忠義に厚いガゼフにそれは難しいだろうな。」

 

ここ数日間、レベルアップを行っていた彼の成果も見たかった。

「わかった、ガガーランを……間違えた、ガゼフを連れて」

「おぉ、旦那。俺も連れていってくれ。前々から帝国に行ってみてぇと思ってたんだよ」

ガゼフとガガーランを間違えたのだが、誤って呼ばれた彼女がその気になってしまった。

 

様々な事由が目立つため、ご遠慮願いたかったが、アインズが了承する。

「ガガーラン、ついでに帝国の冒険者組合を見てきて欲しい」

「おう!任せろ、魔導王さんよ。」

どうやらヤトが何も言わずに、ガゼフとガガーランで決まりそうだ。

「屈強な似た者同士だ、問題ないだろう。」

ガゼフはガガーランと似た者同士にされて、苦笑いを浮かべた。

 

元イジャニーヤのティナは不満だった。

 同じくティアは、退屈な王宮での修業から逃げ出したかったはずだが、今はユリの匂いを嗅ぐのに忙しい。

 

 

「帝国では亜人の奴隷が売られていたな……ザリュース、彼らについていけ」

アインズが更に暴論を続ける。

今や彼の興味は弱い忍者に大部分を占められていた。

 

「それは構いませんが、私は足手まといではありませんか?」

明らかに自分より強い二人の戦士を見る。

 

「異形と共存する国のPRにちょうどいいだろう、この中で異形はゼンベルとザリュースしかいないからな。」

「畏まりました。」

「暗殺者共の依頼主を突き止めるまで、身元をリザードマンの奴隷商人と偽れ。カモフラージュにはちょうど良い。念のため全員に、護衛のシャドウ・デーモンを付ける」

 

 

 呼ばれたシャドウ・デーモンが、陰から召喚される。

「よろしく頼む、シャドウ・デーモン殿」

 律儀なガゼフは呼ばれたシャドウ・デーモンに握手を求めていた。

名前すら無い彼は、困惑しながら握手に応じていた。

「真面目だなぁ……」

「仕方ないさ、ヤト。あいつは昔からああいう奴だ。」

ブレインが戦友のフォローをした。

 

 

「明朝に王都正門へ馬車を用意する。今日は先に帰って休め。他の者はまだここに残り、話を聞かせてほしい。」

「では明日の朝、王宮で落ち合うという事で、魔導国の仕事はしばらく休みますね。休業届みたいなやつありませんでしたっけ?」

「休職願ね、はいはい。くれぐれも気をつけてな、三人とも。」

「一人足りませんよ。四人で行くのに。」

「お前の子守に気を付けてって意味だ。」

「なるほど……大変心外ですね。あと、白金貨を全部持っていきますね」

「無駄遣いするなよ?」

「大丈夫ですよ。」

 

ブレインが羨ましそうに見ていた。

「俺も行きたかったんだがな。」

「落ち込むなブレイン。ガゼフはしばらく借りるぞ。」

「ついでに女を知らないガゼフを、娼館にでも連れてってくれ。」

ブレインは楽しそうに笑った。

「……ブレイン、ランポッサ三世陛下の護衛は任せるぞ。あと失礼な事を言うな」

ガゼフは苦そうに笑っている。

 

「予想外じゃねぇか。ガゼフのおっさんという手もあったのか。年代物の初物は何物だ?」

小耳に挟んだガガーランが、腕を組んで悩み始める。

 

ラキュース宅をティナとイビルアイに託す。

取り込み中のティアを一瞥し、ガゼフ、ガガーラン、ザリュースと部屋を後にした。

 

出がけにアインズが声を掛けた。

 

「舌をしまい忘れているぞ。」

「あ、失礼。」

シュッと音がして舌を戻す。

 

「ラキュースに話しておけよ、新婚さん。」

「そうですね。まぁ短期出張みたいなもんだし」

「新婚なのに、本当に大丈夫か……?」

「大丈夫ですよ、大人ですから。」

 

それが全然大丈夫ではなかった。

 

 

 

 

「駄目よ。」

 

二人の自宅では、ラキュースに軽く睨まれていた。

 微笑んでいないところを見ると、本気なのだろう。

彼女はここ数日、体調不良が続いており、家で待機を続けていた。

 

「仕事だよ。」

「それでもだめよ。」

「遊びにいくわけじゃないって。俺が何度も命を狙われるのは嫌だろ?」

「でも駄目。」

 駄々をこねる少女のようだ。

 

「駄目ってそんな……帝国に迷惑をかける奴がいたら、お前まで狙われるかもしれないだろ」

「なぜ聞いてくれないの?」

「仕事で今後の暗殺防止を――」

「私より仕事が大事なの?」

ラキュースの声は苛立ち始める。

よくある夫婦喧嘩の定型文に、不穏な気配を感じる。

 

「いや、大事なのはラキ」

「じゃあ行かないで。」

「うぅーん……困った……」

「結婚してまだ半月も経っていないのよ。」

「これも仕事で――」

「先ほど私の方が大切だと言いましたわね。」

恐ろしい微笑みを浮かべた。

影の具合が義母に比べるとまだまだだなと、呑気に考えているヤトが更に彼女を苛立たせた。

 

「体調も完治してない妻を置いて、遠くの異国へ行くその神経を疑います。」

「仕事がーそのー……」

 

「うるさい!仕事仕事って何なのよ!」

 

「そんなに怒らなくてもいいだろ。」

「怒るに決まってるでしょう!」

「こっちだって行きたくねえよ。」

「嘘だっ!」

本当に嘘だった。

 

「信じろよ。」

「何日も家を空ける人をどうやって信じるのよ!」

「ラキュースだって冒険者に復帰したら、依頼で遠くに出て何日も戻らない事もでてくるだろ。それと同じだ。」

 

「全っ然………違う!」

溜めを入れた大声だった。

 

※(読み飛ばし可)

「だいたい、あなたは出会った時から人の心がわかっているようでわかっていないの。そんな事ばかりするから誰かがあなたのフォローをしなければならず、周りに迷惑をかけているのよ。具合の悪い私を放って帝国に行くなんて、許せる筈がないでしょう! この先ずっと二人で過ごすというのに、細かい心の機微までわからないなんて神経を疑います。今回のような行動が続くと、それだけ私に負担や傷がついていくの。少しでも一緒にいたいというのに、結婚して一月も経たずに無期限で家を留守にする人が、私にどれだけ不安や負荷を与えるのか考えたの? それが積み重なって不幸な生活に変わるのよ」

 

 

怒る彼女の長い話を何も言わず大人しく聞く。

下手な事を言っても怒りの炎に油を注ぐだけなのだ。

収まるまで怒らせた方が賢い。

 

何よりも怒りの感情がない彼には、生命力を溢れさせて怒るラキュースが、とても魅力的だった。

改めて自分の心が潤っていくのを感じる。

 

嬉しくて口元が歪みそうになるのを必死で堪えた。

 

※(読み飛ばし可)

「私だって体調崩していなければ、毎日出掛けるあなたについて行ったのに。夕方に無事に帰ってくるまで一人で寂しいのを我慢して。そんな状況なのにあなたに気にした様子もなく、それに加えて無期限で家を空けるなんて信じられない! あなたって本当に馬鹿なのね! すぐ帰れるならまだしも、帝国まで期限未定の外出!? 元気だったらついて行ったのに、私は片時も離れたくないほど寂しいのに! なぜあなたは平然と出掛けられるのよ!」

 

 

彼女の怒りは自分に対する苛立ちも含まれていた。

夢にまで見た神話の中に、それも支配者の妻という立場で舞台に上がれた。

だが、自分がそれに相応しいのかと苦悩していた。

 

ナザリック序列二位の妻という立場は、それほどの重圧だった。

 

 ヤトから見れば取って付けたような立場であったが、彼女側の視点では違った。

 

所詮は低位の僕にも苦戦する実力の、最高位冒険者である。

王国貴族という肩書には何の価値も無い。

今は若くても、年を取れば捨てられる可能性もある。

 

妄想内で手にしていた特別な力など、現実に持っている事はなく、手に入れる予定もない。

 ここ数日、彼女がした事と言えば、帰ってきた彼に対してプラトニックに甘える程度である。

 

不安によりとても辛かった。

一時も離れまいと必死なのは、その影響も大きい。

彼女からすれば初恋の相手であり、妄想するほどに待ち望んだ存在でもあり、そして最愛の人なのだから。

 

感情を吐露する彼女の怒りは、いつしか涙を帯びる。

 

「本当に私の事、好きなの!? 愛しているの!? それなら行動で示してよっ! 私だけ……馬鹿みたいじゃない……こんなに……毎日苦しくなるほど…あなたが大好きなのに……どうして…っ……どうしてよぉ……うぅっ………うあああ」

 

「ごめん、ラキュース。」

 

途中から大声で泣き出してしまい、慌てて抱きしめる。

 

号泣して涙を流す彼女の頭を、しばらく撫でていた。

大粒の涙は鱗を伝い、床に水溜りを作る。

落ち着くまで時間が掛かるだろう。

 

 

「お土産買って来るから待っていてくれ。」

 

「……」

 

「支配者の嫁だろ、しっかりしてくれよ。」

 

「……ごめんなさい。私なんて……夢見るだけの女なのに」

 

「そこにいるだけでいいんだよ。これでも凄く幸せなんだぞ。」

 

「……支配者の妻として失格ね」

 

「人間が嫌いな奴まで、ラキュースは俺の妃だと認めてるんだから、もっと自信持て。そんなんじゃ益々不安になるだろう。」

 

「……ごめんなさい……おかしくなるくらい、あなたが大好きなの……」

 

「俺もだよ。」

 

落ち着いた彼女は、ヤトの腕に身を委ねている。

 

「気を付けてね、嫌な予感がするの。すごく嫌な事が起きる予感が。」

 

「冒険者の勘か?」

 

「……女の勘」

 

「何かあれば逃げ帰ってくるから、今度は俺の頭でも撫でてくれ。」

 

「……馬鹿」

 

「すまん。」

 

「抱っこして。」

両腕を伸ばして催促する。

 

「はいはい。」

 

「私をどう思ってるの?」

 

「好きです。」

 

「……お姫様に口づけをして下さい」

 

「ん。」

 

「次は愛していると言――」

光と闇、二人のラキュースを満足させるために、かなりの時間を費やした。

 

翌朝の出発に向け眠気を解消させようと、人間に化けて眠る。

夜更かしが祟った彼は、寝坊によりアインズから大目玉を食らった。

 

彼女が言っていた女の勘は当たるのだが、現時点で誰も予想できなかった。

 

 

こうしてアインズとヤトは帝都と王都に別れ、それぞれの業務に当たる。

しばらくの出張により王都の業務はアインズに引き継がれ、ヤトは浮かれ気味の内心を見破られる事無く帝都に向かった。

 

アインズは王都での内政に加え、ヒロイン候補達への対応に頭を悩ませる。

 

 




リグリットはプレイヤーではないと仮定しています。
NPCの可能性は否定できませんが、言及しません。
アンデッド使いという部分は採用します。


《夫婦喧嘩》は51話目に、パンドラが選択された事によるルート分岐です。
条件→夫婦の好感度ダイス三回以内で10以下を1回引く
ラキュースとヤトの喧嘩。何回目で起きるかにより、影響がでる相手が変わります。
1回 ナザリックで大喧嘩 2回 公衆で痴話げんか 3回 自室で大人しく喧嘩
何らかの影響が出る相手に、アインズさん固定です。
裏設定:実は怒りっぽい女の子の日です。だからヤトもずっと蛇のままです。

夫婦の絆3回目→1d20→7 三回目で発生により〇〇がアレでソウなります。 合計54
怒る嫁への対応→1d4→1避ける
ガガーラン、ティナが戻る率→80% 当たり 帰還、パーティ選択肢追加
ツアー、リザードマンの来る日程ダイス失念、すいません…。同日に来る目が出ました。
リザードマンの数→1d4 →2

パンドラは謹慎中(偶数)or外出禁止(奇数)→1d20 →7
ナザリックにて仕事。アンデッド作成・支配のため、頑張っています。

番外席次の情報欠片→1d% →10% 外れ という訳で、この話をもって帝国編突入。
ルートが分岐され、パーティ結成ダイス出現。
ゲーム感覚ヤト→バハルス帝国(確定)、悩むアインズ→AOG魔導国
ヤト性欲値→人間に化けたため+10 現在10

プレイヤー情報更新→1d20 →3% 現在54%
帝国情報→1d20 → 4%  現在50%
双子の姉がイジャニーヤ頭領の情報は強引に隠匿されました。
アルベド友好度 1d20→14 現在21 あと二回、上限50
50未満か50以上かによりルート分岐があります。
正妻レースは1cm程度ですがイビルアイが有利です。
ブリタ正妻の可能性アリ(個人的に正直避けたい)。
帝国編でのダイス目次第で、正妻レースにキャラが増えます。

パーティ結成※パンドラ、アルベド、イビルアイはイベント中につき選択不可。
人数選択 1d4→3 選択は3d12 ゾロ目がでたらやり直し。

内訳《1デミウルゴス 2ゼンベル 3ティア 4ツアー 5ブレイン 6ガガーラン 7ティナ 8ガゼフ 9エントマ 10ソリュシャン 11ザリュース 12ハムスケ》
3d12→6・8・11 ガガーラン、ガゼフ、ザリュースです…はぁ。

(つД`)・゜・

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