ナザリックの第六階層、木漏れ日が差し込むテーブルで、男子会がしめやかに催されていた。
「なぜ我々を呼び出したのですか、マーレ。」
デミウルゴスが眼鏡を正して問う。
「マーレ様、できることであれば、協力を惜しみませんよ。」
セバスは全員分の紅茶を煎れながら微笑む。
「深刻ナ顔ヲシテイルガ、非常事態ナノカ?」
コキュートスは紅茶を吐息で冷やした。
冷却された紅茶からは、冷気が上る。
「然り!重大な事態が起きているのであれば、守護者総出であたるべきです。我々のお力であれば喜んでお貸しいたしましょう。」
パンドラは軍帽を正した。
「あ、あの、ヤトノカミ様がラキュースさんにご寵愛を授けたって聞いて……その……僕も勉強したくて」
「マタソノ話カ……」
マーレの顔は真っ赤になっている。
間違えた情熱の炎は消えていなかった。
「マ、マーレ、その、ご寵愛と言うのは至高の御方々から、なのかな?」
デミウルゴスが珍しく冷や汗をかいていた。
「マーレ様、アインズ様とヤトノカミ様は男性です。アインズ様は未婚ですが、それでも――」
「で、でも!図書館に男の娘の薄い本が!」
マーレが珍しく大きな声を出す。
「ソノ本ハ読ンデイナイガ、ドンナ本ナノダ?」
「男の人が可愛い男の子に女の子の格好をさせて、その……ご寵愛を……」
アインズが気付いていたら、即座に焼却しただろう。
思い出してドキドキしているマーレの性教育は、姉よりも二歩三歩どころではなく進んでしまった。
「むぅ……聡明なアインズ様がその薄い本とやらの存在に、気付いていない訳がありません。しかし、性的嗜好の話は少々不敬ではありませんか?」
パンドラの声は落ち着いていた。
一般常識とはかけ離れた彼であっても、あまりよろしくない話と判断した。
彼からすれば創造主であり父親に等しいアインズの、生々しい話の詮索はしたくなかった。
「で……でも、あの……僕もラキュースさんと同じ指輪を賜って」
「ほう、同じ指輪なのですか。」
「は、はい。アインズ様は
「……」
「……」
「我が創造主、アインズ様の器量は途方もなく広いのですね。全ての者を受け入れ、全てのものに等しく愛情を注ぐとは。そうなると遅かれ早かれ全ての僕へ指輪を授けるのでしょうか。もしや、私にも……」
ブツブツと一人の世界に入ってしまったパンドラの横で、セバスとコキュートスは顔を見合わせる。
衆道という言葉が頭に浮かんでいた。
「マーレ、非常に言いにくいのだが、あの時アルベドはマーレが男の子だから、一人の女としてご寵愛を賜る事ができないと言わなかったかい?」
デミウルゴスが冷静にマーレを止めようとする。
「だけど……あの、ヤトノカミ様が……モモンガ様は女性経験が豊富な方ではないと。つまり、男の娘でも可能性が、女の人としてじゃなくて、男の娘としてなら僕だって」
とてもぶっ飛んだ内容で、数段階すっ飛ばした結論だった。
「あの時、アルベドと……ん? マーレ、君はアインズ様とどうなりたいんだい?」
止めようとしたが、彼の気持ちに疑問を感じ、明確な問いを投げかけた。
「え……ええと……アインズ様が望むなら」
微笑む彼は、恋する少女に見えた。
デミウルゴスはここで悩みはじめる。
アルベドに発覚してしまえば、真の姿になって激昂するだろう。
最悪は妹のルベドを起動するかもしれない。
「マーレ、ではこうしよう。アインズ様は男性だ。アルベドが正妻になってから、そちらの話を考えるという事にしては如何かな?」
「おお、素晴らしい考えです、デミウルゴス殿!」
思考の海に溺れていたパンドラが帰還していた。
「この栄光あるナザリックに在るもの全ては、絶対の支配者であるアインズ様の意のまま。しかし!対外的には正妻を娶らなければ信用を得られません。ここは正妻としての立場を確立して頂き、その後でご寵愛を申し出てはいかがでしょう。」
アインズが聞いたら拳骨をくれただろう。
止めようとしたデミウルゴスの策は、パンドラの手により悪い方向へ軌道修正された。
セバスとコキュートスは何も言えなくなり、無言で紅茶を飲んでいる。
全てはデミウルゴスの手にかかっていた。
「そういう事で、正妻はアルベドに譲ってくれないかな、マーレ。その後でゆっくり考えるとしよう。アインズ様がマーレにそれを望むのか。」
「デミウルゴス殿、我らの王は慈悲深く寛容な御方。マーレ殿にも、悪い様にはしないと、言うのですね。」
「その通りだよ。だが…ヤトノカミ様は人間と婚姻をなさった。もしかすると、アインズ様も我々にはわからないお考えにより、妾を人間から選ぶ可能性もある。」
そんな事は露ほども考えていなかったが、いまは暴走するマーレを止めてアルベドとの戦闘を避ける策を取る。
自分で説得しながら不快だった。
敬愛するアインズの妾が、愚かな
アインズが望むなら考えあっての事と納得できるが、自分のような僕がアインズの好みを人間とするなどと、心中穏やかでなかった。
「人間……アインズ様も、ヤトノカミ様と同じく気まぐれに人間にご寵愛を……」
「御安心ください、マーレ殿。アインズ様は僕である我々を苦しめる方ではございません。マーレ様の想いにも応えてくださるでしょう。」
「ほ、本当ですか!?」
下向きの尖った両耳が、パンドラの返事と共に上を向く。
「ところで話は変わるのだけど、セバスはあの人間達と好い仲なのかな?」
燃料を投下し続けるパンドラに疲れて話題を切り替えた。
「仲良しって事ですか?」
「いや、違うよ。好い仲ということさ。」
「?」
マーレだけが質問の意図を汲めなかった。
「私は何もしてませんよ、デミウルゴス。」
「そうなのかい?だがあの人間メイド達の君を見る目、愛に従う者の眼差しではないのかな?」
「……ふぅ、デミウルゴス。仮にも執事である私が、アインズ様、ヤトノカミ様の所有物であるナザリックのメイドに、手を付けるなどありえません」
「一人くらいお願いすれば授けて下さりそうだがね。羊皮紙の研究に使えるから、君がいらないなら私が貰ってもいいかな?」
空気に亀裂が入った音がする。
セバスは眼光強く見据えた。
デミウルゴスは口をニヒルに歪ませ、眼鏡を正す。
「シカシ、ナゼ至高ノ御方々ハ人間ニ優シイノダ。」
「そ、そうですよ。人間なんてすぐ死んじゃうのに。」
「ふむ、弱くてすぐ死んでしまうからではないでしょうか。」
性格が中立のパンドラが、再び話を始める。
「超越者である御方々からすれば、弱者にこそ慈悲を与えたくなるのではありませんか?」
「そうですね。ヤトノカミ様に言及させて頂くならば、あの方は人間が好きでございます。」
「あれだけお妃殿と仲睦まじければ、納得せざるを得ないだろうね。」
互いの創造主と同様に反発し合う二人が、珍しく意見を一致させた。
「御子ノ誕生ガ……」
「僕も弱くなろうかな……」
コキュートスとマーレは別方向に考え始める。
「マーレ殿、冷静に考えるのです。アインズ様が仮に、人間にご寵愛を授けたとしても、人間とは泡沫人。我々からすれば一夜の夢。人間の妾が消えた時こそ、攻め時ではありませんか!」
胸に手を当て、片手を上に伸ばした。
「は、はい!頑張ります!」
何を頑張るのかは誰も指摘しない。
心中穏やかでないマーレは、パンドラにより事なきを得る。
誤った説得を行った場合、人間を殺しかねなかった。
紅茶を口に付け、皆が仕切り直しを図った。
「トコロデ、例ノ漆黒聖典ハドウナッタノダ?」
「そちらは保留となっているよ。今は魔導国を豊かな国に変える必要があるからね。」
「私ニ手伝エル事ハナイノカ?」
デミウルゴスは彼を煽って漆黒聖典にぶつけるかと考えたが、大事な友人を危険な目に遭わせる気にはならない。
「そうだね……パンドラ、今後の役割分担は、どうなる予定だったかな?」
「マーレ殿はアインズ様が現在進めている農作物の生産へ、セバス殿はメイド達の訓練成果を図るために王都へ、私はアンデッドの製作・支配、デミウルゴス殿は内務補佐・支配地域の資源調査といったところでしたか」
「私ニハ何モ、オ任セ頂ケナイノダロウカ……?」
顎をガチガチと鳴らす。
彼だけがリザードマンへの侵攻以来、何もしていなかった。
日夜鍛錬は欠かさなかったが、それでも敬愛する主君の役に立ちたかった。
「パンドラ、コキュートス、こういうのはどうだろう。」
◆
この日、アインズはエ・ランテルにて冒険者組合長・魔術師組合長・都市長と会談の予定が入っていた。
対外的な対応のために護衛も兼ねたパンドラは、英雄モモンに扮して同行をしている。
英雄がいると彼らの対応も変わるだろうと踏んでの考えだった。
冒険者組合を魔術師組合と共に手中に収め、都市長パナソレイには食料問題の解決を提案する。
エ・ランテルにはアインズを見たことない者も多く、神に等しき異形の魔導王を一目見ようと、会談場所である冒険者組合を取り巻くように人だかりができていた。
場面は変わり、冒険者組合から離れた“黄金の輝き亭”にて、ナーベが顔を埴輪顔に変化させ寛いでいた。
本来であればアインズの下へ同行したかったが、モモンに扮したパンドラがいる以上、付き従う必要もない。
他にする事も無く、無言の静寂を三つの穴が開いた顔で楽しんでいた。
室内にゲートが開き、コキュートスが現れる。
「ナーベラル、久シイナ。」
意外な来客に、瞬時に顔が元に戻る。
「あ、コーくん。」
「……」
「コキュートス、ナザリックじゃないと恥ずかしいの?」
「……ウム」
「語尾を武士に変えないの?」
「……ドコデ聞カレテイルカモワカラヌ」
「コキュートス様、今日は何の御用ですか?」
冷たい他人行儀な声だった。
赤の他人に話されているようで、コキュートスは軽いショックを受ける。
「ソノ他人行儀ナノモ、ゴ遠慮シタイ。」
「我儘ね、コーくん。今日はどうしたの?」
「アインズ様ガコチラニイラッシャルト聞キ、治メル領地ノ見学ニキタ。案内ヲシテクレナイカ?」
「いやよ。」
「……ナゼダ?」
「ござる口調でお願いします。」
「ソッソウカ……案内シテ欲シイデゴザル」
「声が小さいのではござらぬか?」
普段の彼女からは乖離した口調だった。
「案内シテ欲シイデゴザル!」
コキュートスの大きな忍者語は、宿の階下まで響いた。
それを察した彼は恥ずかしくなる。
「肩に乗せてくれるなら行くでござる。」
「詮ナイナ……」
そのまま武人言葉になっていた。
階下まで聞こえた大声により、宿に泊まる人間がフロントへ集まっていた。
非常事態と勘違いしたのだ。
ナーベと共に出てきたコキュートスを見て、阿鼻叫喚の大騒ぎとなったが、彼らに構うことは無かった。
ナーベ一人だったはずの部屋から、青銅の
そのままうっかりして事態を収拾するのを忘れてしまい、後日アインズから注意を受ける。
美しい彼女のポニーテールは、それから数日間萎れていた。
コキュートスに驚いて逃げようとする冒険者は、楽しそうに微笑むナーベを見て立ち止まる。
彼女はモモンと二人の時であっても、楽しそうに笑ってなどいない。
ナーベからすれば仕える君主に付き従うのだ、笑うなど不敬極まりない。
冷たくあしらわれ続ける冒険者が、彼女の美しい微笑みは見惚れるに充分だった。
微笑む彼女に惚れる男性は、更に増えそうだった。
◆
「ここがスラム街でござるよ。」
「……汚イナ」
「ござるは?」
「汚イ……デゴザル」
エ・ランテル内周部には王都と同様に、小さい区画だがスラム街がある。
都市内の食い詰め者は、まとめてそちらに溜まっていた。
その中を堂々と闊歩する彼らは、スラムの住人たちに強烈に印象付けられた。
ナーベ一人であれば、道端に座り込んで酒を飲んでいる者達が集まってきただろう。
戦斧を持った青銅の蟲人に、何の難癖がつけられようか。
副産物の結果として、恐ろしい異形が歩く街になると勘違いした者が続出する。
農業へ従事する人材獲得は、逃げ出そうとする彼らを利用し上手くいった。
だが、担当するヤトがこれを知ることは無い。
こぞって街から逃げようとする彼らは、人材募集の寄り合い所へ列をなして並ぶ。
就職を求め職安に通うリストラサラリーマンに見えた。
「なんだ、スラム街の奴らノリノリじゃないか。案外うまくいくんだな。やっぱり頑張って働きたかったんだな……村の数を増やしてもいいかもしれない。人口増加へ繋がるかもな」
後日、書類を見たヤトは、満足そうにつぶやいた。
◆
「ここが共同墓地でござる。拙者とアインズ様、二人で虫けらを殺した場所でござる。」
「ナルホド、ソノ犯罪組織ニハ興味ガアッタノダガ、モウイナイノカ?」
「全員殺したのでござる。」
「……ソウデアッタカ」
「フム、中心部ハ整備ガ整ッテイルナ。」
「ござる口調、忘れてる。」
「人目ガ気ニナル……」
こちらに気付いていない通行人が気になった。
「それでは強い武人になれないよ。」
「……口調ハ関係ナイダロウ」
「散策ニ時間ガカカルナ。ヤハリ我ガ盟友モ連レテクレバヨカッタヤモシレヌ。」
「恐怖公をここに?」
「ウヌ、情報収集ハ捗ルダロウ。」
「……連れてきたら絶交する」
「……ワカッタ」
大事な友達に絶交されるのは御免だった。
「ココハ遊郭カ?」
「娼館と呼ぶのが一般的ね。」
出っ歯の客引きがこちらを見て固まっていた。
「でも特に用は無いでしょう。」
「ソウダナ。」
彼らが去った後も、客引きはしばらく固まっていた。
「軍事設備ガ整ッテイルナ。ナザリックニモ配備ガ必要カ。」
「アインズ様に聞いてみましょ。」
「軍人ノ強化ハドコデヤッテイルノダ?」
「そこでやっているじゃない。」
指さした先では戦士らしき者が剣を振っていた。
「アレデハ強クナレナイデアロウ。」
ただ剣を振っているだけの彼が不憫に思えた。
「周りに人がいないからござる口調で。」
「アレデハ強クナレナイデゴザルヨ。」
「拙者には関係ないでござる。」
「……」
取り付く島もない、何の興味も無い返事だった。
軍事力強化に興味が湧いた。
「随分ト大袈裟ナ建物ダナ。」
「ここは食料の備蓄所ね。」
「フム…兵糧トイウ事カ?」
「帝国との戦争拠点にするんだって…………ござる。」
人が横を通過していたため、間を挟んで口調を続けた。
「ソコマデゴザル口調ヲ続ケタイノカ……?」
「弐式炎雷様もそうする事を望むでしょ。」
「……ソレモソウダナ。武人建御雷様モ望ムダロウ……デ、ゴザル」
「ここは神殿よ、コキュートス。」
「ホウ、孤児院モ併設シテイルノカ。」
庭では子供が二人、追いかけ合って遊んでいた。
「……あの……何か?」
神殿前を掃除していた若い神官が、こちらを見て怯えていた。
魔導王勢力が神殿、法国勢力を潰しに来たと思ったのだろう。
アンデッドと相容れない神殿ならではの考え方だ。
「孤児院ニハ何人ノ子供ガイルノダ?」
「あ、はい……王都の孤児院へ移動したので、今はそこの二人しかいません」
「ム、ドウイウコトダ?」
「王都の神殿孤児院では将来有望な者を集めているとかで、こちらの孤児は王都に引き取られていきました。なんでも働かせる教育を受けさせるとかで。」
魔導国に忠誠を誓った王都の神殿では、将来神官として目を出しそうな子供を集めていた。
裏にアインズが生贄を所望した場合の、補充要員という意図もあったのだが、そちらが実行されることは無い。
「ソウカ、邪魔シタナ。」
「次は中央広場を見てみましょう……………………デゴザルヨ。」
ぼそっと呟いた声は、神官に届かなかった。
「恐ろしい……あんな化け物は見たことがない。魔導王とは何者なのだ」
「どうやら魔導王陛下は、ただのアンデッドではないようだな」
奥から年配の神官が現れる。
「神官長様……やはり魔導王は異端の神、スルシャーナ様では」
「神は沈黙を尊ばれるという。我らもいらぬ陰口を叩き、神の逆鱗に触れるのは避けよう。」
「……はい、失礼しました」
神官達は神殿に戻っていった。
王都の神殿が秘密裏に魔導国の支配下に入ったと知れば、発狂しかねなかった。
「ム?」
「?」
街角から出てきたブリタと鉢合わせをした。
どこかでみた人間に、コキュートスは声を上げる。
リザードマン集落侵攻作戦の際、遭遇した人間だが、彼の記憶は朧げなものだった。
「ヒッ!」
息を吸い込み、過去の恐怖を思い出すブリタは、しばらくそのまま固まっていた。
「ドコカデ見タ顔ダナ?」
「ああ、芋虫。そこで何をしているのですか?」
ナーベは相変わらず人間の名前を覚えていない。
「あ、あのぅー……その……その人は、なんでナーベさん、肩に乗って」
「大切な友達です。」
ござる口調は部外者により中断されてしまい、邪魔されて腹立たしい内心など知る由もない。
ナーベの口調は早く消えろと言いたげだった。
「ナーベ、顔見知リダッタノカ?」
「下っ端冒険者です。」
「あの…え?友達?あのー初めまして、あなたは」
落ち着いたナーベの様子に、命の危険はないと判断した。
「知る必要はありません。行きましょう、コキュートス。」
「あ、待ってください!モモン様は最近姿が見えないのですが、ナーベさんは居場所を知っていますか?」
「なぜ知りたがるのですか?」
コキュートスは彼女がなぜ冷たい口調なのか、不思議そうに首を傾げた。
カルマ値中立の彼はそこまで人間に対して厳しくない。
「……いえ……特に用事があるわけじゃ……」
「そうですか、コキュートス、冒険者組合はあちらですよ。」
「モモンハ魔導王様ト冒険者組合ニイルゾ。」
「……ええっ!? 本当ですか!? ありがとうございます!」
ナーベはかなりきつい目で睨み、舌打ちをしていた。
美しい彼女はそれでも絵になる。
「あの、どうすれば強くなれますか!?」
モモンに会えると有頂天になった彼女は、コキュートスに気さくに話しかけた。
ナーベの目つきは更に鋭くなり、今にも殺意が込められそうだ。
「軍事力強化ハアインズ様モオ考エノ事ダロウ。聞イテミタラドウダ?」
「コキュートス、優しいのね。はぁ……仕方がない。
「はい!ありがとうございます!」
噂に聞く神に等しい魔導王に、喜んで会いに行く。
青銅の蟲人には、もう怯えていなかった。
鉄級の冒険者ブリタはモモンに会える喜びで、スキップせんばかりに彼らの後に続いた。
どこかの吸血姫が知れば、地団駄を踏んで悔しがっただろう。
◆
エ・ランテルの冒険者組合の応接間で、都市長パナソレイ・グルーゼ・ヴァウナー・レッテンマイア、冒険者組合長のプルトン・アインザック、魔術師組合長のテオ・ラシケルが呼び出されていた。
だらしない体に反して有能なパナソレイは、魔導国の指導者を待っている。
やがて石のように硬化した体の受付嬢が、アインズとモモンに扮したパンドラを案内してくる。
「プヒー、魔導王陛下、お会いできて光栄です、プヒー。」
鼻が詰まっているのか、呼吸音が豚の鳴き声のようにも聞こえる。
都市長は故意にこんな真似をして、相手の出方を窺う癖があった。
だが、相手に欠片ほどの動揺も生じた形跡がない。
隣のアインザックとテオは、初めて見る魔導王に固まっていた。
モモンがいるから平静を保っているように繕っているのだ。
「今日は政策を伝えに来たので、協力を仰ぎたい。」
急ぎ伝えなければならないことは農作物の件だったが、それ以外にもアインズには考えがあった。
アインズは亜人の冒険者から初め、魔導国を異形種で溢れる評議国のような国にしたかった。
大事な守護者や僕たちが、ナザリックで引き籠っているのを懸念しての事だ。
手始めに冒険者組合と魔術師組合を同一化し、まとめて国の支配下に置きたかった。
そうなれば冒険者のレベルアップの検証、余ったスケルトンの処理、魔導国の軍事力強化のができる。
運が良ければ、忘れていた武技の習得方法も判明するだろう。
しかし、肝心の会談が思うようにいかなかった。
「何を言っておられる!」
「アインザック殿、少し落ち着いて下さい。」
興奮した組合長を、パンドラが静かに宥める。
彼にドイツ語と
落ち着いて話すパンドラは、とても理知的で英雄然とした振る舞いだった。
異形種の冒険者を受け入れろという提案に、三者が同様に拒絶反応を示した。
「ここは魔導国であり、魔導王はアンデッドだ。評議国の竜王とも交流があり、カルネ村ではゴブリンとアンデッドが仲良く暮らしている。なぜ拒否反応を示すのだ。」
「そ、それはむ、無茶苦茶だ。無理な話です。」
「その通り、我らを餌としか思えない種族と、どうやって共存しろと仰いますか。」
「私の友人、白金の竜王が永久議員を務める評議国では、亜人・異形種・人間が共存しているだろう。」
「竜王が……友人……?」
「平和なエ・ランテルが評議国のように殺伐とした国家に」
「それは偏見だ。評議国は人間も交えて暮らす、平和な国だぞ。」
突拍子もない提案に、三人はしばし混乱していた。
「評議国はエ・ランテルとは違いスラム街も存在せず、食料問題で悩む事も無い統率の取れた国家だ。」
「しかし……」
「ところで都市長、鼻は治ったのか?」
他意はなく、心配して聞いたつもりだった。
初めて会うパナソレイが、何かのアレルギーを持っているのだと勘違いしていた。
都市長は試している事を看破されたと思い、何も言えなくなる。
「近いうちにリザードマンの冒険者が王都で修練を行う。上位冒険者がいないこの街では、大いに活躍してくれるだろう。先に教えておくが奴らが食べるのは主に魚だ。ゴブリンは雑食で人間など食わん。ドライアードは日光と水を好み、固形物など食べることは無い。全種族が大人しく気のいい連中だぞ。」
「……既にそこまでの種族を配下にしているのですか?」
「彼らが支配されるのを望んだだけの事だ」
「……」
おとぎ話の一幕に出て来そうな話に、黙り込むしかできない。
「パナソレイ都市長殿。魔導王であるアインズ様は慈悲深き御方です。全ての政策を受け入れた場合に訪れるのは、平和以外にありません。組合長のお二人も昔はチームを組んだ冒険者とお聞きしましたが、未知を既知とする真の冒険者への情熱は鎮火したのですか?」
痛い所を突いたパンドラに、黙り込む二人は更に何も言えなくなる。
「我が魔導国に魔物専門の傭兵など必要ない。危険を厭わず、未知なる調査を行う冒険者こそ必要なのだ。」
そこで屋外の喧騒が聞こえはじめる。
「御話し中、申し訳ありません!魔導王陛下にお客様でございます!」
飛び込んできた泣きぼくろのある受付嬢は、今にも怯えて泣き出しそうだった。
階下で待てば青銅の蟲王の相手をしなければならず、かといって魔導王に失礼をすればそのまま殺されるかもしれない。
そう考える彼女は、二択にて上司であるアインザックと英雄モモンがいる方を取った。
「魔導王様、コキュートスが到着したのかと思われます。」
「ああ、そうか。都市長、組合長、私の部下を紹介しよう。今日一日、この街を見学していたのだ。」
パンドラからコキュートスが何かの役に立ちたいから街を見学しているとは、事前に聞き及んでいた。
当日の朝になり突然聞かされたので、認めるも何もなかったが、ナーベと行動を共にすると聞き、諦めて認めた。
◆
冒険者組合の前にできていた人だかりは、コキュートスのために道を開けている。
大海を割ったモーゼを思わせた。
組合の入り口でパナソレイ、アインザック、テオが見た事も無い異形種に動けずにいた。
アインズとパンドラは前に進み、開けた場所でコキュートスの忠誠の儀を受ける。
「コキュートス、御身ノ前ニ。」
アインズの前に跪く。
「御苦労、コキュートス。」
当然の振る舞いだったが、国一つを造作もなく崩せそうな彼が忠誠を誓う様に、皆が黙り込む。
ナーベは肩から降りて、隅の方へ待機していた。
「私ノ我儘ヲ聞イテ頂キ感謝シマス、アインズ様。」
「街の散策は社会勉強になったか?」
「ハイ、軍事力ノ向上ニ関シテ、私ガオ役ニ立ツカトオモワレマス。」
「軍事力強化か……王都でヤトがやっているからな、お前もそちらに行ってみるか?」
「オ望ミトアラバ即座ニ。」
ここでアインザック達に向き直る。
「組合長、冒険者達の強化も考えている。試験的に王都で運用し、望む成果がでればこちらでも始めたいのだが、協力をしてくれるか?」
「……ご命令頂ければすぐに」
「アインザック殿、そうではありません。組合長の御二人が、冒険者として旅立つことをアインズ様は望んでいます。」
「ええ………ええっ!?」
「あの……どういうことでしょう」
「二人は昔チームを組んでいたのだろう?ならば私が強くしてやろう、勘を取り戻し更なる力をつけ、未知なる冒険に出るがいい。」
「しかし……私もテオも年齢が」
「魔導王様!」
ブリタが突然割り込んできた。
「……何だ、突然」
ブリタはパンドラを熱い目で見ていたが、パンドラは誰かわからず何も言わなかった。
「私は鉄級の冒険者ブリタです。私を実験台にしてください。強くなりたいんです!」
コキュートスの後ろに跪いた。
意外な申し出に困惑していたが、ちょっと予想外なんで無理ですとも言えない。
「ほう、強くなれずに怪我をする可能性もあるぞ。鉄級でありながらその覚悟があるというのか?」
「はい!」
「では問おう、何が望みだ。」
「モモン様のチームに入る事です!」
こいつも英雄モモンのファンか……イビルアイといい、ブリタといい、この国の女はそんなに英雄が好きなのか。
「チームに入るかどうかは私が考える事ではない。」
「強くなれるのであれば、いつか同じ戦場で肩を並べられるかもしれません。」
「そうか、では王都へ行き、リザードマン達と鍛錬に励むがいい。そろそろ彼らも王都へ着く頃だ。」
「ありがとうございます!」
明るく笑ってアインズを見ていた。
こいつ、こんな顔もできるんだな……色気のない冒険者だと思ったが……ヤトが変な事言った影響だな、何言っているんだ俺は
しかし、この時パンドラの内心に想像を巡らせていれば、後々起きる揉め事は避けられたかもしれない。
「約束しよう!」
急にブリタに駆け寄り、彼女の手を取ったパンドラを見て、アインズは精神の沈静化が起きる程に動揺する。
「同じ戦場で戦おう!そして私の背をナーベと共に守ってくれ!」
「うえわわ!もっモモン様、私の手をぉお!」
何の脈絡もなく手を握られ、赤い髪と同じくらいに顔が赤くなった。
パンドラに取られた手は脱力しきっていたが、もう片方の手は握り込み過ぎて血が出ていた。
あたふたする彼女の目が、ナルト状にぐるぐると渦巻いているかの錯覚を受ける。
「強くなってこのエ・ランテルの冒険者を背負い、魔導王陛下のもたらす平和に貢献しよう!」
「はあは、はは、はい!」
取った手に鎧越しだが口づけをする。
「ひっわわわー!私の手に!」
ちょっお前何やってんだこの野郎!俺もたまにモモンになるんだぞ!
アインズは激しく動揺し、ブリタは気絶しそうだった。
彼女の赤い顔はいつしか蒼白になっている。
「魔導王陛下!」
ブリタの手を離し、アインズに向き直る。
右手を伸ばしている彼は、パンドラそのままだった。
激しく動揺したアインズの意識は、パンドラによって呼び戻された。
「……なんだ、ももん」
ぶん殴って止めようか思案し始めた彼の言葉は、酷い棒読みだった。
「レベルアップの経過観察は私にお任せを! 必ずやお望みの成果を上げてみせましょう! 冒険者が冒険者として活躍する世を作るためにっ!」
止めたにも拘らずオーバーアクションは復活し、鎧のままで敬礼をしていた。
謹慎……本当は殴りたいが……謹慎にしてやる……覚えてろよ、パンドラ。
「如何なさいました?」
動きが止まっている魔導王を促した。
「うむ、頼んだぞ。アインズ・ウール・ゴウンの庇護の下、真の冒険者、探求の風となって未知なる世界を旅せよ」
彼の不穏な心中に反して、周りの者達は感動していた。
英雄が忠義を尽くす魔道王、見た事も無い恐ろしい異形が平伏す国王、冒険者を強くするために尽力するアンデッド。
都市長は食料問題の解決のために、アインズに忠誠を誓った。
アインザックとテオは、ブリタの成長をみて決めると言っていた。
だが、自分たちが第一線に復帰できる期待が、ありありと表情に見て取れた。
二人の希望に輝く目は指摘せず、握手だけしてその場を後にした。
この出来事が、周りで見ていたやじ馬、当事者たちに与えた影響は大きかった。
自らの王が圧倒的なカリスマ性、人知を超越した力、計り知れない武力を持つ事が知れ渡る。
こうしてコキュートスはブリタと共に、王都にてレベルアップを行う事となる。
魔導王の評判は順調に上がっていった。
並行して、アインズの恋愛への関心も、僅かだが確実に植え付けられていった。
設定情報・解説と補足
ぶくぶく茶釜・マーレの性格考察
アウラとマーレには会いに行かなそうなタイプ(10巻)
アウラもマーレもアインズに抱っこしてほしい(10巻)
アウラ・ユリ・ペスの三名は六階層でお茶会をしている。(二次創作者向けSSより)
ユリは設定上の上司アウラを、アーちゃんと呼ぶ仲でとても親しい。(上と同様)
弟いらね(ペッ→弟は姉に従うべし→じゃあ従う弟も作ろう。との観点で作られた存在(拡大解釈)
以上の事柄より、茶釜はアインズに多少の好感を持っていると仮定(恋愛感情皆無)
アインズが余計な事をしたから、マーレの中で特別に敬愛する相手が二人(茶釜、モモ)になる。
やさぐれていたマーレは、指輪をくれたアインズに依存気味で、ご寵愛を授かろうとしている。
服装を男女入れ替えた意味は不明。茶釜女史の
弐式炎雷+武人建御雷
ナーベとコキュートスは親しい。二人だけだとノリがよく、乖離した行動を取る(10巻より)
武人建御雷は10巻の巻末絵で長太刀を持っている事から武人、口調は武士か侍と判断(独自)
二人は武士と忍者でロールプレイしていた可能性を考慮(独自)
上記内容により、行動はこの様になりました。
都市長の話し方は書籍ではひらがなですが、読みづらいので却下。
本来ならブリタは追い払われていますが、好感度50の運でしょう。
深い愛は時として、己を巡る事象まで変えてしまいます。
以下、ダイス結果
シナリオ選択 1d6→6
1
2
3
4男子会(会話だけで終わり)
5マーレ暴走する(法国イベント)
6こきこきこきゅーとす(平和)
逆鱗剥がし時に、室外待機は男性or女性のダイスにて決定した伏線回収話
6だけは絶対にないだろうと思っていたので、作るのに時間が掛かかりました。
恐怖公の同行→1d% →70% 外れ
ハムスケを連れていく→1d20で奇数が同行→18 置き去り
孤児院の子供達の数→1d6×d10→1d10→2人 意味不明…
神殿勢力の支配確率→1d% 90%→ 外れ…
エ・ランテルの神殿勢力は様子を見ています(原作通り)
《1商人と喧嘩 2子どもを助けている 3モモンを探している 4酔っている》
ブリタ何してんのダイス→1d4→3モモンを探している。
そして次回予告、脇道へズレる新章突入!
パーティ結成ダイスがここから出現し、賽の目は誰を選ぶのか、誰にも分らない。
確実なのは、使用する賽が1d4×d12だけである。
次回
休職届