モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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時間の流れは少し早い




抜き忘れた薔薇の棘

 

 王宮の玉座の間に突如として訪れた惨劇は、やはり突如として終わった。静かになっても、誰も声を発する事ができない。子供のように泣きじゃくるラキュースに、かける言葉は誰も持たなかった。

 

「皆さま、大丈夫ですか?」

 

 ラナー王女が衛兵を引き連れ入ってくる。

 

 兵達は“掃除”を始めたが、酷い惨状を目にして吐く者が続出した。王国始まって以来の惨劇は、事後現場を見た彼らにも深い爪跡を残すだろう。

 

 ラナーは死体と血のりでドレスが汚れるのを構わず、ラキュースに声をかけた。

 

「ラキュース、落ち着きなさい。彼はまだナザリックで生きているのよ」

「うぅ……でも……」

「しっかりしなさい! それでもアダマンタイトのリーダーなの!」

 

 ラナー王女の叱咤により、ラキュースは涙を拭いて動き出した。彼女の仲間は、ヤトの尾で弾き飛ばされ、充分な負傷をしている。

 

「モモン様はこちらへ。クライム、何かあれば呼びに来て下さいね」

「はい、ラナー王女殿下。お任せください!」

 

 微笑むラナー王女は、モモンを自室へ呼び出した。

 

 

 

 

「何か御用ですか、ラナー王女殿」

 

 モモンはナザリックへ帰ったヤトが心配だった。彼が元通りになっているかは利率の悪い賭けであり、最後の様子を見ると怪しかった。一刻も早く帰りたいが、彼女の相手を無下にするわけにいかない。

 

 葛藤で頭部のスリットに赤い光が浮かんでいた。

 

「初めまして。アインズ・ウール・ゴウン様。私は王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフと申します」

 

 腕を組んで立っているモモンに、ラナーが跪いた。

 

「……何の事でしょうか」

「これは、失礼いたしました。私の独り言を聞いてくださいませ」

 

 彼女の“独り言”は、モモンを完全にアインズだと断定した内容だった。

 

 護衛の少年との暮らしを保証してくれるのなら、この国を明け渡す協力をする。差し出せるものは全て渡し、希望は二人の静かな暮らしだ。近日に全て仕上げるので、五日後にこの部屋に来てほしい。

 

 一通り話を聞いても信じられず、アルベドに相談しようと思っていた。

 

「……アインズに伝えておこう」

「はい、宜しくお願いしますわ。モモン様。」

 

 彼女は屈託なく微笑んだ。

 

 惨劇の後とは思えない、美しい微笑みだった。

 

 

 

 

 ランポッサ三世はガゼフとブレインに肩を支えられ、ゆっくりと避難していく。玉座の後ろから、生き残った好色貴族が出てきた。

 

「ラキュースさん。貴方のおかげで助かりました。ありがとうございます。」

 

 仲間に治癒魔法をかけている彼女は答えない。

 

「しかし酷いですね。やはり英雄とはいえ、化け物は化け物です。ちょっと挑発したくらいでこの暴れ様とは」

「はぁ?」

 

 不快を露わにしたラキュースは、治療の手を止めた。それを興味と思った間抜けな若い貴族は、自信に満ちた顔で畳みかける。

 

「ソレが終わったら二人で逃げませんか? この国には、もう未来が無いでしょう」

「ふざ――」

「ナザリックの場所を知っていますか? 私は入口を知っていますよ。貴方の力になりたいのです、ご案内しますので二人で行きませんか?」

「お……」

「私はオリーです、覚えて頂いて光栄です」

 

 自覚の無い彼は、生え揃っている薔薇の棘に、素手を突っ込んでいた。

 

「お前のせいかぁ! 殺してやる! お前がいなければヤトは! 今ここで殺してやる!」

 

 剣で斬りかかろうとしたラキュースは仲間に止められた。

 

「……ラキュース、少し落ち着け。大丈夫だ」

「離してよ! なぜ……なぜ邪魔するの! こんな奴のせいであの人が!」

「私がやる」

「手伝う」

「よぉ、あんちゃん。時と場合は選ぶべきだったな」

 

 誰一人として目が笑っていなかった。そこで自らの危機に気付く。

 

「ひっ、何をする!私は貴族だぞ!」

「そう、腐敗貴族」

「お前のせいで、ヤトが怒った。許さない」

 

 怒りの度合いはラキュースに次いで、ティアが大きかった。

 

 先ほど見たプレアデス達は、絶世の美女だ。友好的な関係としてヤトを訪れていれば、天にも昇る体験ができたに違いない。ティアの記憶内のヤトは、部下の美女と楽しく遊ばせてくれそうな奴で、憎悪と殺意の塊ではない。

 

「私はラキュースを来賓の部屋に運ぶ。あとは任せたぞ」

「ああ、頼むぜ。おチビちゃん。貴族の坊ちゃんはちょっとそこまで付き合って貰おうか」

 

 傷を負っている彼女達は、怒りを堪えながら彼をどこかに運んでいった。再び泣き始めたラキュースは、イビルアイに優しく手を引かれて退出した。

 

 

 

 

 ナザリックでは、ヤトの自室前でセバスが待機をしている。

 

 あの惨劇の日から既に三日が経過していた。

 

「様子はどうだ?」

 

 室外で待機しているセバスは首を振った。何かが扉にかまされており、ドアは外から開かなかった。止む無く室内へ直接転移し、息をひそめて様子を窺う。

 

 酷い惨状だった。

 

 嵌め殺しの窓やカーテンはズタズタに引き裂かれ、破壊されている。大きな姿見は、小さな欠片も残さず、粉々に砕けていた。

 

 他にも箪笥、武器棚、室内にある家具は一通り破壊され、壁は四方八方に武器で斬った形跡、衝撃波を放った深い爪跡が残されていた。蛇の姿に戻り、ぐしゃぐしゃにされたベッドの脇で、今は静かに眠っている。大鎌と小太刀は没収されているため、頭用の刀で放ったのだろう。

 

 刀は投げ捨てられているが、長い体のところどころに自傷行為が見て取れた。

 

「ヤト……」

 

 自殺する可能性が残されていたので、刀を回収してから部屋を出た。セバスの報告によると、時折暴れる音が聞こえ始め、その都度声を掛けるが返事はない。精神作用、生理現象に関するアイテムは全て外され、部屋に置いた食料にも手を付けていなかった。

 

「アインズ様、どうすればよいのでしょうか。体の傷は治っておりますが、心の傷は……」

「よい。今は何も言うな」

「……畏まりました」

 

 友人を殺そうとした後悔、自らの手で壊した悔恨、大事な人との別れ、自己との対話。

 

 変質した喜怒哀楽に振り回されている彼は、このままにすると自らを傷つけるのを止めず、いずれは消耗して息絶える。

 

「……荒療治しかないか」

 

 何かを呟き、一歩間違えば全てがご破算になる策を練り、宝物殿へと向かった。

 

 

 

 

 三日もあれば、人は十分に消耗する。まともに食事も喉を通らないラキュースはやつれ、イビルアイの進めたスープを両手で持っていた。手を付けず、観賞用となったスープは既に冷めていた。

 

「ラキュース、もう少し食べろ」

「ううん……」

「スプーン二杯しか食べてないじゃないか!」

「……ごめんなさい」

 

 体の傷は回復させたが、こちらも心の傷は治ってなかった。

 食事の度に、このやりとりを繰り返し続けている。試しに”眠れる英雄皿”で食事を出してみたが、泣き崩れてそれどころではなかった。

 

 自殺しないように常に仲間がついていたが、このままでは衰弱死してしまう。実際、頬がこけて顔色は悪く、生きる気力を失いつつあった。

 

 惨劇の日以来、セバスとメイドの姿は王都から消えてしまい、宿も引き払っている。ティアは若い貴族相手に今回の顛末を詳しく聞き出し、ついでに彼女が行える範囲の拷問を試している。ガガーランは街で聞き込み調査に出ている。

 

 ティナがナザリックを探しに出かけたが、幻術で隠されているのか、何の収穫も無く帰還した。話に聞いていたカルネ村は、門を叩いても誰も出てこず、侵入しようとしても何かの防壁が作動していた。モモンの姿も、相棒のナーベ嬢の姿もエ・ランテルから消えており、解決策は全て断たれた。

 

「くそ! どうすればいいんだ!」

 

 目覚めてから、放っておくと常に窓の外を虚ろな目で見上げている。過去を思い出しているのだと、イビルアイにも容易に見て取れた。ラキュースの幸せそうな顔を、彼女も見ているのだ。

 

 向かい合って話していても、彼女の瞳に誰も映らない。

 

 瞳に映したい相手は一人しかいない。

 

 玄関で呼び鈴が鳴り、来訪者を知らせた。

 

「誰だ!」

 

 イビルアイは苛立ち、乱暴に扉を開いた。軍服を着た埴輪顔が、折り目正しい敬礼をしていた。

 

「御機嫌よう、可憐なお嬢様!」

「……え?」

「私はナザリック地下大墳墓の参謀、パンドラズ・アクターと申します。以後お見知りおきを」

「あ……はぁ……」

「此度は我が創造主にて絶対の支配者であらせられる、アインズ・ウール・ゴウン様の使者として参りました! 蛇の花嫁はご健在ですか?」

「はぁ……」

 

 大事なことを話している気がするのに、彼女の対応は素っ気なかった。現状が理解できず、固まっているのだ。

 

「む? もしや、家を間違えましたか? こちらはラキュース嬢のご自宅では?」

「いえ……合っています……その……なんでしょう」

「おお、それは何よりでございます。では早速、蛇の花嫁にお目通しを願いたいのですが」

「……??」

「むぅ、やはり家が違うのでしょうか。失礼ですがお名前を」

「イン……イビルアイです」

「蒼の薔薇の魔法詠唱者と名高い、イビルアイ様でしょうか? 初めまして、私はパンド――」

「さっきも聞きました……」

 

 パンドラの目的ははっきりしているため、何も困る必要が無かった。イビルアイがドッペルゲンガーなど見た事が無く、加えて彼の芝居がかった大袈裟な態度が理解の範疇を超えた。彼女はこの日の事を、様々な意味で忘れなかった。

 

「その仮面は、何かのアイテムなのですかな?」

「え? えぇ……その」

「おぉ……そうでした。イビルアイ様は可憐な吸血鬼(ドラキュリーナ)! 真紅に染まる、美しい瞳を隠さなければなりませんね」

「ええ?」

「御安心ください、このパンドラズ・アクター! 真祖であらせられるシャルティア嬢で見慣れております。よろしければ、薔薇のように可憐なお姿を拝見しても?」

「えぇー……それは」

「何を仰います!吸血鬼(ドラキュリーナ)であっても、何も気にする必要はありません!もしやこのナザリック地下大墳墓、聖域なる宝物殿の領域守護者、パンドラズ・アクターがその程度の小物に!………見えると、いうのですか?」

 

 どこかで見たような動きと、聞いたような台詞だった。彼は片腕を後ろへ突き出し、帽子の鍔を押さえていた。

 

「あのぅ……お見舞いにきたのでは?」

「その通りでございます。これは失礼、脱線を致しました。それでは、蛇の花嫁はご健在ですか?」

「……?」

「おや?おかしいですね。こちらは薔薇の姫君であらせられる、ラキュース姫様のご自宅ではないのでしょうか」

「いえ……合っています……その……え? 姫?」

「なるほど! そういうことですか! これは失礼、流石は至高の御方であるヤトノカミ様でございます」

 

 顎に指をあてて頷いているが、彼が口を開く度にイビルアイの疑問符は追加されていった。

 

「ヤトノカミ様……あの方は私がドレスを編んでいる事も御見通しなのですね。なるほど……それで宝物殿の私にお話を……。始めからドレスを複数編ませ、求婚の時に姫君を驚かせ、二人で選ぶ段取りだったとは……至高の御方の考えは、私の叡智では遠く及ばないのですね」

 

 小声でブツブツと独り言を呟くパンドラを、不審人物と断定したイビルアイは、戦闘の準備をするか悩んでいた。

 

「イビルアイ嬢、私をラキュース殿の所へご案内願えますか?」

「いえ……ちょっとそれは……」

「御安心下さい、このパンドラズ・アクター! 必ずや麗しい姫様と可憐な吸血鬼(ドラキュリーナ)の期待に応えてみせましょう!」

「……」

 

 跪き小さな彼女に手を差し出した。

 

 何一つとして理解しないまま、パンドラに押し切られたイビルアイは、寝室へ案内する羽目になった。

 

「おお、ラキュース嬢! なんと痛ましいお姿でしょうか。初めまして、私はパンドラズ・アクターです!」

 

 握手のため差し出された手は、彼女の目に映らなかった。しばらくの静寂の後、パンドラは手を引っ込め、脱線した話を始める。

 

「そのような痛ましいお姿では、ヤトノカミ様も悲しまれてしまいます。食事は召し上がっていますか?」

「いえ、今の彼女は」

「我らの栄光あるナザリック地下大墳墓へ、ご寵愛を授けた女性が招かれると知り、楽しそうに準備をしていたアインズ様とヤトノカミ様の顔は、不敬ながら大変微笑ましいものでございました」

 

ヤトの名前が頭に染み込んで、目に光が戻り始めているが、二人とも会話に夢中だった。主にパンドラの話が長く、イビルアイは相槌を打つだけだったが。

 

「御寵愛……?」

「おや? 周知の事実かと思っていましたが違うのでしょうか。ナザリックへお招きし、ヤトノカミ様と薔薇の姫君は蜜月を過ごされると想定していましたが」

 

 なぜパンドラが使者として選ばれたのかは誰にもわからない。

 

 彼が婚礼用のドレスを編んでいると知ったら、まず選ばれなかった。宝物殿で何かのアイテムを漁っているアインズがこの様子を見れば、精神の沈静化が起きる程に動揺していた。カルマ値を考慮したこのような人選ミスは、いかにもアインズらしい失敗だった。

 

「不肖、私、パンドラズ・アクターが花と蛇のデザインを考えていたところ、王国の使者が邪魔をしに来たのです。愛する二人を引き裂こうとする貴族の、なんと無粋なことでしょうか!」

「あ……はぁ……そうですね」

 

 盛り上がるパンドラにそれしか言えなかった。

 

「ヤト……」

 

 虚ろな目に光が戻り始めた事に、やっと気が付いた。

 

「会いたい……彼に会いたい……ヤトに会いたいです……」

「おお、素晴らしい! これも愛のなせる業なのでしょうか! 我らが偉大なる主君、至高の41人が一柱であらせられるヤトノカミ様が、ご寵愛を授けた女性、ラキュース姫! 彼の御方をお助けするため、御助力を願い出てもよろしいですか?」

「何かあったのですか?」

「ヤトノカミ様は苦しみ続けております。飲食も睡眠も不要になるアイテムを全て外し、食事も摂らずに眠り続けております。時折、目覚めては心の傷に苦しみ、暴れる音が聞こえると……なんという痛ましい! アインズ様も心を痛めております! 叶う事なら私が――」

「待った!」

 

 ぐるぐると動き回って長くなりそうなパンドラの話は、イビルアイに中断された。

 

「ヤト……あなたも……苦しいのですね」

「左様でございます。過酷な運命に引き裂かれた愛し合う二人、なんと悲恋なのでございましょう!」

 

 パンドラとラキュースの相性は、こんな状況で無ければさぞかしよかっただろう。そのままパンドラは、片手を高く上げ、軍帽の鍔を掴んで固まった。

 

「それで、どうすれば」

「アインズ様の勅命は、ラキュース殿をナザリックへ連れていく事でございます。ヤトノカミ様の復活へ貢献願いたいと」

「しかし彼女は――」

「行きます」

「え?」

「すぐに支度をします。今すぐ行きましょう」

「ラキュース……」

「畏まりました。では、ラキュース嬢お一人でお越し頂けますか?」

「はい」

 

 しばらくぶりに、彼女は微笑んだ。

 

「ラキュース! 食事も摂ってないだろ! 大体、彼が本当にナザリックの使者か確認とってないぞ!」

「確かに仰る通りでございます。では証拠をお見せいたしましょう。」

 

 パンドラは蛇神の姿に変わった。

 

「あ……あぁ……ヤト……うあああ!」

 

 異形の姿にも拘らず、彼女は泣き崩れた。

 

「おっと失礼、やり過ぎましたか」

 

 軍服姿に戻ったが、彼女はまだ泣いていた。

 

「私は至高の41人の御方々であれば、容易に模倣できるのです。ナザリックの者と、ご理解いただけましたか?」

「……はい、ごめんなさい。ラキュースをよろしくお願いします」

 

 疑った反省よりも、ラキュースを泣き崩してしまった反省の方が大きいイビルアイは、小さくお辞儀をした。

 

「では準備が整うまで、部屋の外で待機を致しましょう。ご安心ください、何時間でもお待ちいたします。最愛の二人を引き合わせるのです、お時間が掛かる事は想定済みでございます」

 

 パンドラは切れのある敬礼を短めに行い、軍靴をカツカツと鳴らし颯爽と部屋を出ていった。

 

 イビルアイは泣いている彼女を宥めはじめた。

 

 

 

 

「アインズ様! ラキュース姫をお連れ致しましたっ!」

 

いつも以上に切れのある敬礼をするパンドラは、ラキュースを連れて執務室のドアを開いた。アインズは“姫”という言葉に疑問を抱いたが、周囲の目がある中で聞き返せなかった。

 

 執務室内には死の支配者(オーバーロード)淫魔(サキュバス)がいる。

 

「ようこそ、ナザリックへ。私がここの主、アインズ・ウール・ゴウンだ。本来であれば歓迎したのだが」

「お招き頂き、感謝致します」

 

 一応の武装をしたラキュースは、礼儀正しく頭を下げた。微笑むアルベドに見惚れる事も無く、アインズの姿に動揺する事も無く、彼女はただヤトの事だけを考えていた。

 

「早速だが、君にはヤトのために命懸けで臨んでもらいたい。構わないな?」

「どのような事でも致します。彼のいない日を過ごすくらいなら死んだ方がマシです」

 

 アルベドが探る眼差しで見ていたが、誰も気づかなかった。

 

「よろしい、では説明しよう」

 

 

 

 

 ヤトをラキュースに任せた翌日、ラナー王女の部屋にて予定通り、アインズとラナー王女が会談を行っていた。鎧を装備していないアルベドが、護衛として同席した。

 

「さて、ラナー王女。私を私室へ招いた理由をお聞かせ願いたい」

「ヤトノカミ様並びに、ナザリックの御方々への無礼、王国を代表してお詫び申し上げます」

 

 ラナー王女は跪いて頭を下げた。

 

「水に流すつもりはないが……王女が謝る事でもないのだろう?」

「いいえ、私の目が行き届かず申し訳ありません。尽きましてはお詫びの印として、この国を差し上げます」

「貴方間違っているわ。王国など滅ぼしてしまえば済む話でしょう?」

 

 アルベドの見下した笑みは、ラナー王女の微笑みにそよ風すら起こさなかった。

 

「そうでございましょうか。王国の民を無傷で手に入れる事ができれば、それに越したことはないのではありませんか?」

「ふむ、それには一理ある」

 

 いつもの顎に指をあてて悩む仕草をする。

 

「ヤトノカミ様の絶大なお力を目の当たりにした貴族たちは、怯えて反論もできません。彼らは喜んで支配下になるでしょう。既に何名かは我が命可愛さに、支配を望んでおります」

「国王、並びに王族はそうもいくまい」

「暗殺の準備は整っております」

「……なに?」

「アインズ・ウール・ゴウン様に忠誠を誓わない者は、この国に必要ない反乱分子でございます。それが王族・貴族としても、暗殺に躊躇いが必要でしょうか。お望みとあらば、生きたまま差し出す所存です」

 

 アルベドは短時間で彼女を見直し、嬉しそうに微笑んでいた。その微笑みを受け、ラナーも見込んでいた相手と出会い、嬉しそうに微笑んだ。

 

「いきなり王になれと言われても、この世界の道理に詳しくない我々にできるのか」

「お任せください。私がご助力致しますわ。クライムとの生活を保証さえ頂ければ忠誠を尽くし、御心のままに尽力いたします」

 

 アインズは彼女の後ろ暗い欲望に引いていた。

 

 護衛が可愛い少年で、子犬のように飼いたいと聞いた時は嘘だと思ったが、目の前にいる死んだ魚の目をした“魔女”に、嘘偽りを感じなかった。ここまで病んでいる欲望は、八本指でもいなかった。

 

 話を聞いたアルベドが、どうしても同行させろと言って聞かなかった。だが、彼女の様子でラナーが本気だと分かり、疑う必要なしと分かってほっとしていた。アルベドは一切の敵意を失い、微笑んで見守っているのだ。

 

 黙っているアインズの代わりに、アルベドが先を続けた。

 

「それで、国王はどうやって説得するのかしら?」

「現在、全ての王族・貴族が玉座の間で待機をしております。これから御足労いただいてもよろしいでしょうか?」

「気が進まんな。まだヤトの件も済んでいない、そんな状態では脅すだけではないか? どちらにせよ、彼が治らなければ苛烈な報復を――」

「問題ございません。国王は充分に弱らせてあります、ここで畳みかけましょう」

「……え?」

 

 鈴木悟としての不思議そうな声が出てしまった。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様のお力を知らしめ、抵抗する戦力を削ぐのがよろしいのではないでしょうか」

「しかし……」

 

 絶対の支配者であるアインズとはいえ、所詮は現実世界(リアル)で一介のサラリーマンである。向日葵の髪飾りをつけたアルベドの微笑みが見守る中、心構えができておらず、気が進まないのでできませんとは言えなかった。

 

 国を奪取する予定は、計画に入っている。計画が予定より大幅に早まったのは、喜ばしい事なのだ。問題は、信頼するデミウルゴスが側にいないということだけだ。

 

「素晴らしいわ。人間にしておくのが惜しいわね」

「ありがとうございます、アルベド様。時に、その髪飾りはとてもお似合いですわ」

「あら、そう? ありがとう。今度、あなたの可愛いワンちゃんのお話も聞かせてね」

「はい、喜んで」

 

 女性は女性にしかわからない琴線に触れあい、アルベドは好感を上げていた。楽しそうに微笑む二人がアインズを追い詰め、観念した彼は玉座の間へ向かった。

 

(建国じゃなく、武力を背景にした乗っ取り……まぁいいか。ヤトがこのまま壊れたら、苛烈な報復はさせてもらうぞ)

 

 眼窩に赤い炎を灯し、アインズはお淑やかに歩くラナーに続いた。

 

 

 

 

「国王陛下、アインズ・ウール・ゴウン様、護衛のアルベド様が御着きになりました」

 

 綺麗に掃除をされた玉座は、先の惨劇による痕跡を全て消されていた。数を減らされた貴族、王族が赤い絨毯(レッドカーペット)の脇に佇んでいる。精神の沈静化を図りながら、アインズは玉座の前まで進んでいった。

 

 ガゼフが跪き、強い眼光でこちらを見ていた。宣戦布告されると思っているのだ。

 

「久しいな国王、ランポッサ三世」

「……アインズ・ウール・ゴウン殿。先の無礼を許してくれとは言わない。我々にできる最大限の詫びを」

「陛下、既にそのような次元のお話ではありませんわ」

 

 ラナー王女が事を進め始めた。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様は、一つの魔法を発動しただけで王国を壊滅できる御方でございます。私達にできることは素直に王国を明け渡し、許しを乞うことではありませんか?」

「だが、矛を交えずに領土ではなく、国家そのものを明け渡すなど」

「陛下、重ねて申し上げます。アインズ・ウール・ゴウン様と矛を交える事は、最悪の滅亡を意味します。その上で仰っているのですか?」

「……」

「……」

 

 後半の沈黙はアインズのものだった。

 

「カルネ村に旅人として潜入した者の話によると、村人達はナザリックの方々へ絶大な信頼と感謝を捧げております。ならば、我々がアインズ・ウール・ゴウン様の逆鱗に触れる必要がどこにございましょう。いえ、既に手遅れかもしれません。盟友であらせられるヤトノカミ様にあのような無礼を働いたのです。犠牲があの程度で済んでよかったのではありませんか?」

 

 生き残った反国王派、国王派、王族が本来であれば口を挟んだ。だが、ヤトの残忍、冷酷、人知を超越した力を内臓にまでに焼き付けた彼らに、反対意見を物申せる者は残っていない。長柄斧(バルディッシュ)を携えた絶世の美女は、隙あらば挽潰そうと金色の目を光らせているのだ。

 

「カルネ村はどのような状態なのだろうか……」

「ふむ、順調に発展しているな。ゴブリン、森林の大蛇、森林奥の蜥蜴人(リザードマン)、アンデッドまで共存し、お互いに友好的な交易がある。種族を超えて助け合う平和な街に発展するだろう」

 

 大蛇と聞いて全ての者が冷や汗を流していた。

 

 残虐に暴れまわる蛇神の記憶は、眠れない夜を与えるには充分だ。中には、長縄を見ただけで失禁する者もいる。

 

「私は……私は間違っていたのだろうか」

「ガゼフ・ストロノーフ戦士長が忠義を尽くすに足る人物だと把握している。だが、国を統べる王としては三流であり、器ではない」

「……やはりそうか」

「国王の重荷から解放されてはどうだ?」

 

 アインズは仮面とガントレットを外し、オーバーロードの姿を見せた。

 

 蛇の姿に怯える者達は、今さら驚かなかった。護衛の美女にも、頭部から立派な角が生えている。人間でない事は、驚くに値しなかった。

 

 ガゼフの表情にも、何の変化も無かった。

 

「私はアンデッドの最上種、死の支配者オーバーロードだが、人間を憎んではいない。しかし、配下に入ったところで貴殿らがヤトノカミを怒らせ、心を踏みにじった一件を許しはせん。彼はナザリックの自室に引きこもり、自らを傷つけ続けている。ラキュースが彼を治せなかった場合、私はこの国を廃墟にし、領内にいる人間を皆殺しにするだろう」

「すまない……全て私のせいだ。私の命で償えればよかったのだが」

 

 国王には惨劇の恐怖より、彼に対する罪悪感が色濃く残っていた。平穏に過ごしたかったのは自身も同様であり、その心を知らずに踏みにじり、戦士長から聞いていた人物像が壊れる程、怒らせ傷つけてしまった。

 

 彼も魂をぶつけ合った熾烈な闘争の場に居合わせたのだ。

 

「謝る必要はない。繰り返すが、ラキュースがヤトノカミを治せなかった場合、苛烈な報復に移る。そこに一切の慈悲は無い」

 

 ローブを翻し、立ち去ろうとしたところへ国王が震える足で前に出た。

 

「……待ってくれ」

「まだ何か話があるのか?」

「……支配下に入る。頼む、罪もない国民に手を出さないでくれないだろうか」

「神に祈るがいい。彼が復帰したら、慈愛に満ちた統治となるだろう。本来は、私よりも彼の方が優しいのだからな」

 

 生き残った数名の反国王派閥には思う所があったが、口を出せる状況でもなかった。惨劇の後、複数名の同派閥貴族が行方不明なのだ。余計な口を出して、この世から消えるのは避けたかった。

 

 行方不明者はナザリックだけでなく、ティアも噛んでいるのだが、そのことは誰も知らない。

 

「ラナー王女、私はナザリックへ帰還し、二人の様子をみる。この交渉は後日へ持ち越しだ。ヤトが復帰すれば彼と二人で来よう。彼が壊れれば、その時は私一人で来る」

「アインズ・ウール・ゴウン様、またのお越しをお待ち申し上げております」

 

 ラナーだけが、去りゆくアインズとアルベドに跪いていた。

 

「では諸君、これで失礼する」

 

 アインズが去った後、大多数の者は天にも祈る気持ちで、ヤトの復帰を願った。

 

 事態を軽く見ていた者は、何事かを相談していた。

 

 ラナー王女は今後の皮算用を始める彼らの、名前と領地の場所を事細かに書き留めていた。

 

 

 






次回、逆鱗剥がれて甘くなる


イビルアイ好感度→1 ファンブル(惨劇の日)
王女の部屋に招かれる→5日(惨劇の五日後)

ナザリックの使者→1


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