モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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残酷描写過剰



赤蛇の逆鱗

 

 

 王宮玉座の間、国王であるランポッサ三世が玉座に座り、傍らにガゼフが跪く。

 

 運の悪いことに、この日は各貴族が自領地の税、農作物、採取物に関する報告会で、多くの貴族が領主自ら顔を出そうと集まっていた。

 

「陛下! そのような者が英雄として名を馳せている事をどうお考えなのですか!?」

 

 国王に噛みつかんとしているのは、第一王子のバルブロだ。

 

「かの英雄はスレイン法国の特殊部隊を消したのだろう? 死体を見なかったという事実は、法国とグルだったのではないか?」

「王国始まって以来のアンデッドを倒したと持てはやされているが、彼らの出来レースだったのだろう」

「法国と繋がっているのであれば、アンデッド召喚も可能でしょうなぁ」

 

 バルブロに続き、他の貴族達も罵倒を始めた。王の傍らでガゼフは音が出るほど歯を食いしばった。噛みつく息子に、穏やかな声で国王は問う。

 

「バルブロ、それで何が言いたいのだ?」

「彼らに使者を差し向け、ここへ招集します。そして事情を詳しく聞くのです。」

 

 第二王子のザナックは、バルブロ王子の隣で懐疑的な目線を向けている。ラナーから彼らの事を聞いていたザナックは、脳みその足りない兄に任せるのが不安だった。

 

「兄上、では私が使者の手配を致しましょう。」

「いらん!」

 

 敵意剥き出しで答えるバルブロを見て、ザナックは彼の意図を理解する。

 

(喧嘩でも吹っかけて配下に……いや、戦争をするのか。ボウロロープ侯にでも吹き込まれたな。頭の悪いことだ……)

 

 ザナックは呆れてものが言えず、深いため息をこれ見よがしに吐いた。

 

「既に使者を手配しております。今頃は奴らの拠点に――」

 

 バルブロ王子の声は壁を破壊する音で遮られた。

 

 舞い上げられた埃は風穴から外へ流れ、何か大きなものが入ってくる。

 

 

 

 

 ヤトは赤黒く染まった体をうねらせ、アイテムで使用可能になった《飛行(フライ)》で飛び上がり、最も高く大きい塔の外壁に着いた。

 

「ここらへんか……?」

 

 王宮の壁に全力で蹴りを放った。脚が無い彼に蹴る行為は出来ない。尾が強く壁に当たっただけなのだが、右足で蹴飛ばした感覚があった。壁には大穴が空き、大蛇が通過するには充分だ。

 

「ああ、やはり玉座だ」

 

 中に入ると玉座に座る老人、傍らで待機するガゼフ、そして貴族たちが並んでいた。

 

「こんにちは、リ・エスティーゼ王国の王族・貴族諸君。」

 

 瓦礫を避けながら玉座の前に這っていく。

 

 貴族たちは慌てて何かを叫んでいる。

 

「ユリとシズはドアを固めろ。入って来る者は通せ、だが一人も逃がすな。殺しても構わん」

「畏まりました」

 

 美女2人は素早い動きでドアの前に立ちはだかる。

 

 大蛇は玉座へ続く絨毯に立った。

 

「私はナザリック地下大墳墓の支配者、至高の41人が末席、ヤトノカミ! 使者に対する礼に参った!」

 

 彼の合図とともに、メイド達が持っていた三人の使者(生ごみ)は投げ捨てられた。メイドは汚らわしいものでもみるように、放り投げた使者を見下ろした。相手が異形であっても、会話ができる事を理解し、国王は名乗り返す。

 

「初めまして、ヤトノカミ殿。私はリ・エスティーゼ王国、国王ランポッサ三世。まずは――」

「お前がそうか」

 

 ヤトの強靭な尾がうねりを上げ、話し続ける国王の片足を粉砕する。

 

 予期せぬ激痛にしゃがみ込み悶絶するが、無様に転げ回らぬ態度が国王に相応しい格を感じさせた。

 

「なかなかやるな、国王陛下殿。ルプスレギナ、痛みを緩和して差し上げなさい。これから起きる地獄から目を背けさせるな。目を閉じようとしたら瞼でも切り落とせ」

「畏まりました、お任せください」

 

 ガゼフは聞き覚えのある声に、一歩前に進む。国王にした行為を見過ごせず、剣を抜いて構えた。大蛇と戦士長が対峙し、見ていた貴族が安堵するのが見えた。

 

「ヤト! 貴殿は……私の知るヤトなのか?」

「だったらどうする。ガゼフ・ストロノーフ戦士長」

 

 赤い宝石(ルビー)を思わせる蛇の目が、笑った気がした。

 

「何を……お前は何をしているんだ!」

「はぁ?」

 

 たとえ友人であっても、自らが忠義を尽くす王に対する無礼に、ガゼフは怒りを露わにする。相手が人外の化け物であっても、大事な友人の愚行は止めなければならない。

 

「そこのクズ共が美女を渡せとやって来たぞ。他にも王国から退去命令、我らの仲間に対する侮辱、税金を払え、断れば戦争だと……ふざけるな! 俺たちを、仲間を侮辱したのは誰の指示だ!」

 

 蛇の怒号が玉座に響き、居合わせた者達の体が震えた。

 

「なに……?」

「ガゼフ、お前は可愛い部下が欲しがっていたからな、殺す気はない。だが、邪魔するなら……殺すぞ」

 

 最後の一言に異様な殺気が籠められていた。

 

 ヤトはガゼフを一笑し、震えるオリーの首を掴み、高く持ち上げた。強引に上げられた首がぎりぎりと音を鳴らした。

 

「おい、首を刎ねられたくなければ質問に答えろ」

「ひっはひ」

「今回の関係者を全て話せ。長い人生を地獄で過ごしたくはあるまい」

「あ、わ、私は! ボウロロープ侯とバルブロ王子に言われただけなんです! 本当です!ナザリックのメイドと財宝をこちらのものにしろと!」

「エントマ、ソリュシャン。こいつに聞いて、関係者全員ここへ連れてこい。俺は無礼者の粛清を行う」

「お任せを、偉大なるヤトノカミ様」

「照れるだろ、偉大を付けるな」

 

 虐殺を行う者の声とは思えない優しい声だった。

 

「さて、どうするかな」

「お願いだ! 許してくれ! 全て反国王派閥の者達に言われただけなんだ!」

「すまない、先ほどの無礼を詫びよう」

 

 アルチェルは長い人生で培った、上から目線が崩れていなかった。

 

 クロードは偉そうな態度のアルチェルを殴りつけ、力で土下座を強要する。

 

「き、貴様、クロード――」

「黙れ! 元を正せば貴様の無礼な態度のせいだ! た、頼む、大蛇殿、この通りだ! なんでもする! 命だけは助けてくれ!」

「クローズ……だったか?」

「はい!」

 

 名前を間違っているが、訂正するつもりもなく、言われた通りなんでもするつもりだった。

 

「そのジジイを食い殺せ」

「え?」

 

 二人は呆けた声を出した。

 

「聞こえなかったか? 次が最後だ、そのジジイを食い殺せ。(はらわた)を食い破れ、目玉を歯ですり潰せ、鼻をもぎ取れ、皮を食い千切れ、骨までしゃぶり尽くせ、肉片一片たりとも残すな。できないならお前が赤い肉塊になるまで殴り続けてみようと思うのだがいかがだろうか、クローズ殿」

 

 蛇は顔を歪め、その顔が悍ましい邪神を思わせた。

 

 恐ろしい顔を見たクロードは、躊躇いなくアルチェルに襲い掛かった。

 

 叫びながら這って逃げる老人の衣服を剥ぎ取り、全身に噛みつき続けた。だが、肉片を少量食い千切ったものの、アルチェルの腸は出せなかった。人体を力いっぱい噛んだことのないクロードの歯は、前歯が全て抜けてしまっていた。

 

「はぁ……もういい。努力は認めてやる」

「ふぁふぃふぁ」

 

 口から大量に吐血して土下座する彼は、ヤトに素手で心臓を抉られた。

 

「ふぁ」

「よかったな。これ以上拷問されなくて済んだだろう?」

 

 心の底からそう思っていたが、見ている者は恐怖に震えていた。クロードは大量に吐血して、力なく倒れていった。ヤトは心臓を壁に放り投げ、臓物のスタンプを押した。

 

「さぁ、続きを始めようか、ご老人。」

 

 アルチェル儀典官の拷問は、反国王派たちが集められる短い間だったが、熾烈を極めた。

 

 素手で開腹され、内臓を一つ一つ丁寧に取り出していき、口に突っ込み続けた。最初こそ、脾臓、肝臓、腎臓などを、丁寧に口に詰め込まれて食わせていた。だが、性器を捥ぎ取った際の、彼の絶叫が気に入り、口に詰め込む手間を惜しんで、何度も何度も回復させては()がれ、酸鼻をきわめた。

 

 玉座の間は彼の絶叫が何度も響き渡った。

 

「ぎゃあああああ!」

「安心してくれまだポーションはある。使い道のない老人のブツでも、こんな時は役に立つものだな」

 

 この世の者とは思えぬ絶叫をあげたところで、鎌首をもたげる憎悪の塊は嬉しそうに答えるだけだ。

 

「ヤトノカミ様、全員揃えました。」

「ああ、ありがとう。エントマ、このジジイ食べていいぞ。長く生き永らえる食べ方で頼む。後は生かしたまま穴から外へ捨ててくれ」

「ありがとうございますぅ! お任せくださいぃ」

 

 嬉しそうにエントマは、精神薄弱になっている老人に覆いかぶさった。

 

 この場で無ければ、メイドに寵愛を授ける老年貴族に見えただろう。誰も戻ってこない墓守と言った彼に対し、優しすぎたかもしれないと悩んだ。ガリッ、ゴリッという音と苦痛の絶叫を背景音楽(バックミュージック)にしながら、正座させられている貴族に向き直った。

 

「ソリュシャン、そのゴミは一度放っていいぞ。そいつだけは誰よりも時間をかけて殺す。今はその辺にでも放り投げておけ」

「はい、畏まりました」

 

 ソリュシャンに首根っこを掴まれていた若い貴族は、適当に放り投げられて壁に当たった。玉座の後ろまで這い、隠れて震えている。

 

「やめろ! ヤト! お前は――」

「さっきからでけえ声でうるせえんだよ、虫けら」

 

 瞬時に移動した彼の尾が、長い鞭の如くガゼフの右足に叩きつけられ、利き足がへし折れた音が聞こえた。王国最強の戦士長は、痛みを堪えて(うずくま)る。

 

「見損なったぞ! 貴様は……貴様を信じていた! 心優しく、弱きを救う者だと!」

「虫の鳴き声を聞く趣味はない。シズ、こちらにきてガゼフを監視しろ。余計なことを喋らせるな」

「………はい」

 

 素早く移動したシズは、長い銃口をガゼフの顔に向けた。

 

「殺すなよ? エクレアが欲しがってたからな」

「……平気」

「そうか、なら任せた」

 

 ヤトは第一王子バルブロの首を掴み、軽々と持ち上げた。

 

「邪魔が入ったな。こんにちは、第一王子様。私は君たちが奪おうとしたナザリックの切込み部隊の先駆けだ」

「ひっば、化け物が! 離せ! 私はリ・エスティーゼ王国、第一王子であるぞ!」

 

ヤトは素直に離し、王子は床に落ちた。

 

「君が馬鹿王子で、その男がボロロープ侯か? どちらが先に死にたい?」

「助けてくれ! 私は王子に言われるままにやったんだ! 何も悪くない! なぜ私が死ななければならんのだ!」

「なっ! 裏切ったな!」

「そうか……では第一王子からいただこうか」

 

 助けるとは一言も言っていないのにも拘らず、ボウロロープ侯は安堵のため息を吐いた。

 

「第一王子殿。お前が死ぬことに変わりがあると思うか? 良い言い訳があるなら申せ」

「私ではない! ボウロロープが全てやったんだ! 私は騙されたのだ! 私は悪くない! 奴を殺せ!」

 

 何の感情も困らない冷血動物の赤い瞳は、何を言っても変わらなかった。

 

「やめてくれ! 私を代わりに殺せ!」

 

 出来の悪い息子を案じる、国王の悲鳴には答えなかった。憎悪と殺意の塊が、当事者の彼らを生かしておく筈がない。王子の顔にかかる大蛇の吐息は、黒く染まって見えた。

 

「時に国王陛下、息子は可愛いか?」

 

 現国王、ランポッサ三世は、頭をルプスレギナに掴まれ、こちらを向かされた。

 

「昔、見た映画で《沈黙の丘》というものがあって。息子の晴れ舞台を見ていてくれるだろうか?」

 

 初めから同意など求めておらず、言っただけで一瞥もしなかった。

 

 空中で暴れるバルブロ王子の鎧と衣服を丁寧に剥ぎ取っていき、全裸になった王子の胸の皮膚を掴み全力で捻った。王子の皮膚は強い力で胸に集められ、体から全ての皮膚がまとめて剥がされた。

 

「あぎゃああああああ!」

「案外できるものだな」

 

 絶叫を上げる赤い肉塊となった王子を、壁に向けて投げ捨てた。

 

 バルブロ王子は全身の皮膚が一括して剥され、血を滴らせる筋肉人体図に変わる。皮膚呼吸ができなくなったバルブロは、この世の者とは思えぬ絶叫で悶え苦しみながら、壁に赤い人の形を描き続けた。力尽きて倒れるまで、玉座の壁は赤く染め上げられていった。

 

「うっわ……ヤトノカミ様、マジっすか」

 

 ランポッサ三世の頭を掴む女性の、感嘆した声を聞いた。

 

「可愛い王子の皮膚だ、ありがたく受け取って欲しい」

 

 びちゃっと音がして、ルプスレギナに頭を押さえつけられている国王の目前に、薄手のパーカーに似た成人男性一人分の皮膚が投げ捨てられた。瑞々しい生皮からは、血が流れ出ている。

 

「善意だから礼は必要ない、友好の印だ。お前の息子も仲直りできて満足だろう」

 

 誰も言葉を発せられず、大蛇が這う音だけが聞こえる。

 

「さて、次は主犯のお前だ。猛毒の人体実験に付き合って貰えると嬉しいな。」

「わわ、私は助けるのではないのか!」

「主犯の(けい)を生かす理由は我らに無い。どちらにせよ、反国王派閥に属する者は全員死ぬ。属していない者も貴族であれば死ぬ。一人も逃がさない、皆殺しだ」

「頼む! なんでもやる! 金銀財宝、領内の女でもいいぞ! そうだ! 領地を渡してや――」

「欲しいのはお前の苦痛だ」

 

 ボウロロープ侯は感情の籠らぬ蛇の目を見て、自らの命がここで終わりだと感じた。だが、主犯の彼が簡単に殺してもらえると思った事が間違いだった。

 

 猛毒を手加減して付与された大鎌の尖端で、全身を軽く(つつ)きまわされ、体が紫に変わっていった。発症部分の肉が溶け、血と体液が噴き出す。

 

「ぎゃあああごぼっぼはっぎゃあああああ!」

 

 絶叫の間に体液と血液を吐く音が混じっていた。

 

「おお、流石は猛毒だな。体中から血を噴き出して死ぬとは、こういうことか」

 

 最悪な事に、毒を大幅に手加減された彼は死ねなかった。

 

 体が溶ける苦痛に叫び声をあげ、痛みを緩和しようと転がり回る彼を、蛇は興味深そうに赤い目を輝かせながら腕を組んで追いかけた。

 

 玉座の間は徐々に赤く染まっていく。

 

 苦痛に気をよくした大蛇は、彼が動きを止めると半分溶けた顔面を殴りつけ、動けと催促した。毒の痛みか、殴打の痛みなのか判別が出来ず、また判別することに意味はなかった。紫色に染まった体で、絶叫をあげ床を赤く染め続けた。

 

「ソリュシャン、一匹食べていいよ」

 

 元気なウミウシのようになったボウロロープ侯を追い回しながら、ソリュシャンに優しく指示を出す。

 

「よろしいのですか?」

「一人くらい食ってもいい。弱い酸でゆっくり溶かしてくれ。貴族に生まれたことを後悔させろ」

「あぁ……ありがとうございます」

 

 恍惚の顔を浮かべて、青くなっている貴族たちを物色し始めた。

 

 老人を食べ終えてからごみを外に捨てて一仕事終えたエントマは、物足りなかったらしく羨ましそうに見ていた。

 

「エントマ……口に食べ残しがついているぞ。ダメじゃないか、女の子は身だしなみに気を使わないと」

「あうぅ……申し訳ございませんですぅ……」

 

 目を閉じたエントマの口元を、優しく指で拭く大蛇は父親のようだった。

 

「気にするな、これから気を付ければいい。さて……筋肉質の男はいなそうだな。王族でも食べてみるか?」

「はいぃ、それは試してないですぅ」

「確か第二王子が――」

「待った! 待ってくれ! そちらの美しい女性は筋肉質の男が好みなのだな? 今、連れてくる!」

 

 ザナック第二王子の命乞いが聞こえた。

 

「エントマ、逃げられないようについて行きなさい。逃げようとしたら四肢を食って連れてこい。王族は簡単に殺さない」

「畏まりましたぁ、ですわぁ」

 

 嬉しそうに声を弾ませながら、逃げ出すザナック第二王子に続いた。

 

 筋肉人体図とウミウシの絶叫が反響する中、誰かの声が届く。

 

「……なのだ」

「はぁ? 誰か許可なく喋ったか?」

「何なのだ貴様は! 一体、何の得がある!」

 

 ランポッサ三世の怒号が届いたため、目前まで這い寄って鎌首をもたげた。蛇の威圧にも負けず、国王は強く目でヤトを睨んだ。

 

「馬鹿で愚かな国王陛下。殺人罪より侮辱罪の判例を吟味せよという言葉を、お前の顔をみて思い出した。そちらはどう思う?」

「なんの関係が」

「やめろ! ヤト! やめてくれ! 陛下はおまえのことを――」

「シズ! うるさいガゼフの口を塞げ!」

 

 ガゼフは凄まじい力の美少女に羽交い絞めにされ、口を押さえ込まれた。身の丈に合わない力で拘束され、首を動かすことさえままならない。

 

「邪魔しちゃ……だめ。」

 

 ヤトは国王の首を掴み高く持ち上げた。

 

「俺は化け物だからな。人間を殺すなど大した事じゃない。下等な人間風情が俺たちを侮辱して許すわけないだろ。お前も噛みついた虫は払わないか?」

「私は化け物になど屈しない! この国を怪物なんぞに――」

「まだわからねえのか! この愚か者が! 貴様のような小物が! 国王に居座るからこうなったのだ! カルネ村の一件も知らないだろ? 彼らは自分達を見捨てた王国を憎み、殺されてもいいから配下に入れろと言っていたぞ」

「な……なんだと?!」

 

 国王はガゼフを見たが、彼は静かに目を閉じた。それだけで二人の意思の疎通は取れていた。

 

「我々は発展したら配下に入れてやると約束し、陰で彼らを助けている。貴族を束ねられない無能なお前の顔を見たら、喜んで恨みを晴らしに来るだろう」

「馬鹿な……」

「そうだ、俺とカルネ村に行かないか? 王族や貴族以外には、平和でいい所だ。幸せそうに暮らす村人達は、アインズ・ウール・ゴウンに忠誠を誓い、そして全ての人間が王国を恨んでいる」

「……」

 

 国王は言葉を失い、自らの行いを悔いた。しかし、蛇神はそれっぽっちのことで許しはしない。

 

「逆に聞きたいのだが、私はこの国を救ってやっただろう。いや、先の戦いに関してだけではない、普段から困っている住民を助け続けた。犯罪組織壊滅に貢献した。大した見返りを求めずに。その英雄に貴様ら王国は何をした! 侮辱し、軽蔑し、ナザリックを奪おうとしたのだ! 許されると思うのか!」

「……すまない」

「そうか、謝って済むのか。 では先に謝っておこう。これから王国の貴族共を皆殺しにする。申し訳ないから先に謝っておく、すまない」

 

 悲痛な顔をする国王に加虐心が刺激され、顔が歪んでいく。

 

「静かに暮らしていた我々を足蹴にし、誇りを踏みにじった貴族と、その一族郎党皆殺しにしてやる! ここで終わりと思うなよ! 王国の大地を血で染め上げてやる!」

「頼む……許してくれ……私が責任を取ってどんな拷問でも受ける」

「黙れ! もう遅い! 貴様らが何の尻尾を踏んだのか、絶望と恐怖の中で思い知れ!」

 

 ランポッサ三世は放り投げられ、豪勢な椅子にぶつかって玉座へ収まった。

 

「お前は皆殺しにした後で、愚息と貴族の尻拭いでもして死ぬといい。それが国王として唯一無二の、お前にできることだ。殺し方は……そうだな。腸で首を括って王宮の塔から吊るすなんてどうだ? 王都滅亡に相応しいシンボルだと思うが」

 

 腹の底から愉快そうに話しているのに、笑い声は欠片も聞こえなかった。

 

「わかったら、順番が来るまでそこで黙って見ていろ! 役立たずのお飾りが!」

 

 国王はそれ以上、何も言えなくなった。

 

 反国王派閥であっても、貴族は領地を統べる部下だと思っており、何の解決策も取らなかった。野放しにした結果に支払う、法外な代償(ツケ)に絶望し、無言で後悔を続けた。

 

 これから起きる惨劇を生き延びたとしても、元の威厳ある態度が取れるかは疑問だった。

 

 ヤトの残忍な態度は演技(ロールプレイ)ではなく、根源的な憎悪と殺意によるものだ。

 

 今や彼は本物の蛇神だ。

 

 モモンが来なければ、ラキュースが相手だろうと構わず皆殺しにしていた。

 

 ルプスレギナは主の攻撃的な性格に共感を抱き、興奮で頬を赤く染めていた。

 

「ルプスレギナ。ソリュシャンと一緒に誰か一人選んでいいぞ」

「本当っすか!?」

「ああ、二度とこんな事が起きないように思い知らせろ。殺り方はお前の好きにしていい」

「ありがとうございます! すぐに行ってきます!」

 

 口調が砕けていたが、それがヤトには微笑ましかった。

 

「さて、制裁の続きを始めよう。急いで来たから部下は少ないが、一人ずつ時間をかければいいだろう」

 

 当事者でない壁際に並ぶ貴族たちは、逃げたくても体が震えて逃げ出せなかった。

 

 反国王派閥が全て死ぬ前に、助けが来ることを祈っていた。

 

 

 それからの魔宴は凄惨を極めた。

 

 とある貴族は生きたまま頭蓋を外され、脳に直接指を突っ込まれて妙な声を出し、四肢が痙攣し、息絶えるまで脊髄反射をさせられた。

 

 別の貴族は腸を引きずり出されて、天井のシャンデリアに結び付けられ、回転しながらバラバラにされ、血のシャワーを振り撒いた。

 

 顎を外されて蛇の口から流れ出る大量の水を飲まされ、膨らんだ腹を小太刀で裂かれて、水と一緒に内臓をぶちまけた者もいた。

 

 同様に、顎を外されて蛇の口から流れ出る大量の炎により体内から燃やされ、目・鼻・耳から火を噴き、くぐもった悲鳴をあげた者もいた。

 

 生きたまま開腹され、内臓を丁寧に取り出された後、動いている心臓を目の前で握り潰された者もいた。

 

 大鎌の切れ味を試すためだけに、生きたまま細かく寸断され、ダルマ落としのように切った部位を蹴飛ばされていった者もいた。

 

 

 ブルムラシュー侯が当事者の一人だと知り、最大強化した毒を足先に注入され末端から体が溶けていったが、溶けた体液を喉へ流し込まれ大量の嘔吐物を(こしら)え、えずいている間に全身が溶けた。

 

 遺言を聞かれたが、ごぼごぼと溶けた体液に溺れてしまい、何も残せなかった。蛇はその様子を明るい声で実況した。

 

 眷属創造で大蛇に変えられた貴族は、忠誠を誓った直後に大鎌で丁寧に捌かれ、口から出る炎により蒲焼きにされた。肉の焼ける匂いが玉座に満ちた。

 

 眷属の頭部にはまだ意識があり、彼が見守る中、油の滴る蒲焼きは泣き喚く他の貴族の口に押し込み、無理矢理に喰わせていた。

 

 素早さ向上のスキルを使い、貴族を縦に寸断し、何秒で死んだことに気付くかの実験をされた者は、体が前後に分かれて倒れるまで、自分が死んだことに気付かなかった。

 

 前後に分かれた体をくっ付けて、意識が戻るか楽しそうに試していた。

 

 

 殺戮に加わったのは大蛇だけではない。

 

 金髪で色白のメイドは、体内に男性を一人収納し、胸から頭部を出して、弱酸でゆっくり溶かされる彼の悲鳴を聞きながら、恍惚の笑みを浮かべた。

 

 赤髪で褐色のメイドは、大型の武器で四肢を破壊しては治し続け、繰り返し楽しそうに笑った。

 

 ドアを固めているユリは、妹達の悪乗りにため息を零すが、哀れな被害者に同情はしなかった。

 

 主を怒らせた彼らに同情の余地はなく、愚者に相応しい死に方だ。

 

 全身の皮を(はが)されたバルブロ王子はまだ生きており、失った意識を激痛で呼び戻され、叫び声が騒がしかったために執拗に殴られ、頭の形が変わってから屋外へ放り投げられた。

 

 ボウロロープ侯は思い出したように殴って動かされ、最後の力を振り絞り自ら階下へ飛び降りた。早めに死んでよかったなと、蛇は落ちていく彼らを嬉しそうに見送った。

 

 玉座の間に赤一色の巨大な絨毯を敷いても、反国王派閥はまだ残っていた。

 

 拷問を回避した方がいいと逃げ出した者は、素早く足首から切断された。

 

 強靭な尾で足元の方から徐々に締め上げられ、口から内臓を吐き出した。

 

 

 レェブン侯は生き残るために必死で頭を巡らせたが、綺麗な知恵汁(ワイズ・スープ)は一滴も絞れなかった。また、リットン伯の頭と顎を掴み、二人に増やそうと試みている憎悪と殺意の塊に、策が通じるとも思えなかった。

 

 声を出しただけで、順番を早めて殺され兼ねない。

 

 眼鏡のメイドなら押し通れるかとも考えたが、一足先にドアへ向かった貴族が、一撃で壁まで飛ばされたのを見て諦めた。余計な事をした彼は、目玉から口へ指を通されて、頭と胴体が離れるまで振り回され、泡を吹きながら空中で全身痙攣を起こしていた。

 

 頼みの綱は唯一ここを出たザナック第二王子が、アダマンタイト級冒険者を連れてきてくれることだけだった。恋仲だと噂の“蒼の薔薇”に、蜘蛛の糸よりか細い期待を寄せる。

 

 逃げ出せる隙さえあればいいのだ。

 

 この場に居合わせた後悔、生還への薄い希望と、愛する息子への親愛を抑え、毅然と立ち続けた。

 

 少しでも目立つと先に殺されてしまうのだ。

 

 惨殺される反国王派を見ながら、自分の順番が来る前に助けが間に合うことを、全ての貴族が祈っていた。邪悪な宴の凄惨さに、こみ上げる吐き気を必死で堪えながら。

 

 

 

 

 ヤトが体を紅に染め上げている同時刻、”蒼の薔薇”、ブレイン、ラナー、クライムはヤトが風穴を開けた反対方向で、武器を構えて周囲を警戒していた。

 

「さっきの音は何だったのかしら?」

「戦争なら冒険者関係なし、撤退が有効」

「早くナザリック」

「二人とも落ち着けよ」

「戦争だったら出ていく我々も攻撃されるだろう」

 

 蒼の薔薇はラナー王女からの手紙を受け取るために、王宮へ来ていた。

 

 壁を壊す大きな音がしたため、無期延期になった帝国との戦争が始まったと、大きな勘違いをしていた。いつまでたっても敵の姿は見えなかった。

 

「王女様、周囲の安全が確保されたか見て来ましょうか」

「クライム、俺が行くから王女様を守んな」

 

 ブレインはクライム、ガゼフと稽古の予定があり、運悪く居合わせた。

 

 強くなってモモンに再び立ち会って貰うために、少しの鍛錬も欠かさなかった。

 

 走り出そうとしたブレインは、別方向から鼻水と涎を出して走ってくる小太りの男に、出鼻をくじかれる。

 

「助けてくれえ!」

「あら、お兄様。」

 

 第二王子が見覚えのあるメイドに追いかけられて庭へ飛び出てきた。

 

「みなさま御機嫌よぅ」

 

 見覚えのある者を見つけたエントマは、倒れ込む王子の後ろから挨拶をした。

 

「えーと……どこかでお会いしましたか?」

「あらぁ? ヤトノカミ様がご寵愛を授けた人ですよねぇ? わたしぃプレアデスのエントマですわぁ」

 

 表情は動かないが、目だけが笑っていた。彼女を思い出し、ガガーランが嬉しそうに笑った。

 

「おお!そうだったぜ、あん時は世話になったな!」

「美人……」

「なぜナザリックのメイドがここにいるのだ?」

 

 見惚れるティアを無視して、イビルアイが尋ねる。無言で首を傾げるラキュースは、当時消耗で弱っていたため、メイドの顔など覚えていなかった。

 

「た、助けてくれぇ! 兄上のせいで、化け物が玉座に!」

「あらぁ、だめなのですぅ。ヤトノカミ様への無礼は許しませんよぉ?」

 

 今度は目が笑っていなかった。

 

「ひっ、すみませんすみません! 許して下さい!」

「あの……ヤトがどうかしたのでしょうか?」

「ヤトノカミ様はぁ、ナザリックを奪おうとした貴族に怒ってぇ、王宮を破壊しに来たのですわぁ」

「……え?」

 

 何かの冗談だと思った。

 

 誰一人として、言葉通りの意味に取った者はいない。

 

 英雄として評判高い、リーダーが懸想するだらけた気さくな男性が、少数で王宮へ進軍し、貴族を惨たらしく殺害し続けているなど、信じられない。それを信じる理由と根拠は持ち合わせがない。

 

「ブレイン様、何を仰っているのでしょうか」

「俺に聞かないでくれよ……」

 

 クライムの問いかけに、ブレインは頭をくしゃくしゃと掻いた。

 

「それで……その、ヤトはこちらにいるんですか?」

「今はみんなと一緒に玉座でぇ、虐殺の最中なのですぅ」

 

 変わったデザインのメイド服で口元を隠し、目だけで微笑むメイドの可愛らしい仕草と、会話の内容がまるで合致しなかった。

 

「本当なんだ! どうして信じてくれないんだ!」

「あなたはぁ、早く私のご飯を手配してくださいぃ。食べちゃいますよぉ?」

「ひっわかった! わかったから!」

 

 第二王子は小柄なメイドに追いかけられて、騎士たちの詰め所へ走り去っていった。”ご飯”がシチューやパンなどではなく、人間だとはわからなかった。

 

「何なんだ、一体……」

 

 ラナー王女だけが最悪の真相へ行きついた。

 

(まさか……第一王子(あのおとこ)はそこまで馬鹿だったのか。虐殺は真実だ。全てが水の泡ではないか)

 

「イビルアイさん、漆黒の英雄様を呼べませんか?」

「え? いや、エ・ランテルには転移ゲートの紐を付けていないんだ」

「ならば、皆で逃げましょう。ここはもうじき戦場になるわ」

「ラナー、どういうこと?」

「落ち着いて聞いてね。あなたのヤトノカミ様は――」

 

 ラナーは行きついた真実を皆に話した。

 

 唯一、誤っている箇所はヤトの姿が大蛇だと知らない点のみで、王都で最も聡明で美しい魔女は、正しい真実へ行きついていた。クライムと逃亡の準備をする時間稼ぎに、ラキュース達はちょうどよい。特に、恋に盲目となっている、猪突猛進のラキュースはうってつけだ。

 

 案の定、ラキュースは走り出そうとしている。

 

「……まさか……そんな筈ない! もしそうなら急いで止めないと!」

「待てぇ! 落ち着け!」

「止めないで! ヤトが! ヤトが!」

 

 件のヤトは殺戮の真っ最中だ。

 

「ふーん、全力で壁に打ち付けると破裂する程度の力はあるのか」

 

 逃げようと動き出したため、両足を持って壁に全力で叩きつけられた貴族は、赤と肌色と黒が混じる汚い絵となり、壁に広がった。

 

 ヤトの姿は返り血を大量に浴び、長い全身は余すことなく紅に染まる。

 

 血の海は、空けた穴から外へ流れ出し、城壁の一部を赤く染めた。ドアの外へも血が染み出し、衛兵たちが集まっていたが、得体のしれない玉座の間に誰も入れずにいた。リ・エスティーゼ王国、王宮玉座の間は、今や地獄と同義なのだ。

 

「煮えた油持ってくればよかったな、不首尾だ」

 

 事も無げに呟いた。

 

 

 

 

「やめろ! 無計画に突っ込むな!」

「離して! すぐに止めないと大変なことになる!」

「行くな、ボス」

「ヤトォォ!」

 

 受け入れがたい事実に彼女はパニックを起こし、ラキュースは仲間に抑えられた。

 

 漆黒の救世主(BLACK SAVIOR)は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 


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