「おめでとう、ラキュース。」
開口一番、ラナーはそう言った。
「何のこと?」
「英雄様とお結ばれになったのでしょう?」
「ええ……いえ、お
「南方の料理でおむすびという料理が」
「ラナー」
おどけた親友を目で咎めた。彼女は反省のしていない顔で、嬉しそうに笑った。これで彼女の謀も進展と、裏表の両方で喜んでいた。
「ふふっ、冗談よ。薔薇のお姫様」
「……はぁ。ラナーもあの人みたいにすぐ茶化すのね。ナザリックへ行くのだけど、聞いておきたい事はある?」
「そうね、手紙を
「手紙……?」
心に訪れた不安は嫉妬だった。
想いを途中で遮られ、彼の口からも聞いていない彼女は、不安が残っている。相手は黄金と称される王族だ。本気で来られては太刀打ちが出来な可能性もある。
「この度はありがとうございましたと、お礼の手紙よ」
「本当に……?」
「純潔は疑い深いって本当かしら。心配しなくても親友の大事な人は取らないわよ」
「そうね、ごめんなさい、ラナー」
二人の時間を思い出し、穏やかに笑った。
彼女の胸を甘い痺れが襲い、逢瀬に思い馳せる。
(早く会いたい。彼は何をしているだろう……私は王都に戻らなくても構わないのに)
何もない中空を見上げる彼女に、この反応なら上手く進んでいると確信した。後は彼を内々に招くだけだ。
(あぁ……クライムを飼う生活が待ち遠しい。“子犬のようにあなたを飼う”生活が)
同様に微笑む二人の心中は、まるで違う物だ。
最高位冒険者はお姫様、王国第三王女は魔女と、相反する両者は親友だ。
「ラナー、明日出発するから、その前にここへ寄るわね」
「それまでに手紙の準備をしておくわ」
「ラキュース、途中でエ・ランテルに寄りたいのだが」
後ろで静かに立っていたイビルアイが、自らの希望を申し出る。
「帰りに寄りましょう、カルネ村の様子も見たいから」
子供達を連れ去ったという村を見たかった。
大恋愛の真っ最中である彼女は、懸想するヤトに関する事柄であれば、どんな事でも興味を示す。
「ナザリックへ行くのはラキュースだけで構わないだろう」
イビルアイも本名を呼ばれた件以来、モモンとまともに話していなかった。ナザリックに行くよりも、彼女の取ってはそちらの方が重要だ。
「ダメよ。私達全員が来賓なのだから」
「……わかった、鬼ボス」
「何か仰いまして?」
二人は刺々しい気迫をぶつけあっている。
ラナーから見ると穏やかなままだ。
(本当に純潔のお嬢様に困ったものだ)
二人はいつの間にか口論になっていた。
「なんだ、そのだらしない顔は。恋に
「恋も知らないうちのおチビちゃんは引っ込んでなさいな」
喧嘩する二人を余所に、ラナーは今後の算段を始める。
全ては遅すぎた。
◆
時間は前後し、ラナーとラキュースが王宮で歓談するより以前。
王都全域は雨による濃い霧で覆われていた。黒いフードを被った者が、人目を忍んで屋敷へ入っていく。
「お待ちしておりました、バルブロ王子」
「ああ、待たせたな」
リ・エスティーゼ王国第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。
立派な体格と値が張りそうな鎧は、屈強な戦士を思わせた。卑屈そうな顔をしたリットン伯は、彼のローブを預かった。
「こちらです、皆様は既に集まりです」
「バルブロ王子、今日はお越し頂きありがとうございます」
「親父殿、気にしないでくれ。私もこのような場を設けたいと思っていたところだ」
反国王派閥の中心人物ボウロロープ侯と、バルブロ第一王子は義理の親子である。政略結婚の末に娘を第一王子に嫁がせ、反王派閥を形成し虎視眈々と玉座を狙う。知能が大層に低く、言いなりに操作できる彼は、政略結婚に最適だ。後は彼が王位を継承してくれれば、国の全てはボウロロープ侯のものになる。
「レェブン候の姿が見えないが」
「彼は信用に欠けますので、今は領地へ私用で出向中です」
室内には王国六大貴族の内、反国王派閥に属するブルムラシュー侯・ボウロロープ侯・リットン伯、他の貴族も全て同派閥だ。全員が円卓を囲み、談合の準備は整っている。
「早速だが、余計な真似をしてくれた蒼の薔薇と、ナザリックとかいうどこの馬の骨ともわからぬ者達だな」
集まった貴族十余名は、大なり小なり八本指から賄賂を受け取り、彼らの提供する紳士の”社交場”で遊んでいるものも多い。中には、見合いでラキュースにお茶を掛けられた者もいる。
「実に不愉快だ。八本指幹部が消えてしまってからどうしたものかと思っていたが」
「蒼の薔薇が彼らを呼んだという話だぞ」
「英雄級の恋人と祭り上げられていい気になっているとか?」
「彼らを新たな八本指として動かしてみてはどうでしょうか」
「メイドが全員美人という噂もありますな」
プレアデス達の美貌とその強さは王国の貴族まで回っていた。しかし、目を見張る美女が王国戦士長より強いという噂を一笑に付し、美女が多い部分だけを信じた。
「娼館も潰されてしまった。お気に入りの娘もいたのだが」
若い貴族は自らの拳を見て、血反吐を吐く金髪の女性を思い出した。
「賭場も娼館も賄賂もしばらく断絶になるのか。私腹を肥やす手段はまだいくらもあるが、彼らはどこへ消えた」
「あの日以来、誰も姿を見ていませんな。幹部はどこかへ潜伏しているのでしょうな」
「ナザリックを潰す事はできないのか?」
露骨に不快な表情をしているバルブロ王子。
新たな八本指に据えようかとも考えたが、善行の噂を考慮すると説得するより潰した方が早く感じられた。何よりも、見下している正体不明な冒険者風情に、賄賂や”社交場”、懐を潤す手段を潰された不快感が大きい。
「武力で考えると難しいでしょうな。王国始まって以来のアンデッドを討伐したとか」
「全軍を挙げて狩ればよい。美女のメイドも大量に手に入るのだろう」
「彼らの主は魔法詠唱者で魔力の底がしれないと」
「噂が噂を呼んで大きくなっただけだ。帝国じゃあるまいし、馬鹿馬鹿しい」
「その通りですな。どんなに強くとも所詮は人間なのですから」
王国で魔法詠唱者の地位は低い。
帝国の主席魔法詠唱者の名でも出さない限り、彼の動きは止まらないだろう。誰も件の魔法詠唱者が世界最強の力を一人で有する異形種だとは想像もしていない。
案の定、根拠のない王子に反論する者はいなかった。
「バルブロ王子、我が軍の精鋭部隊は五千であれば動かせますぞ」
真っ先に名乗りを上げたボウロロープ侯に続き、次々に他の貴族が挙って兵の出向を願い出る。やがては国王になる可能性の高い、
「まずは使者を送って、税金を納めさせては如何でしょうか」
「次に額面に難癖をつけ、人材を徴収しましょう」
「もっと手っ取り早く女と財宝を手に入れる方法はないのか?」
「慌ててはいけませんぞ。王派閥に属する者の耳に入ると、面倒になります」
ボウロロープ侯は先走りそうになる義理の息子を宥めた。
「そうか?」
「はい、最初の一手は彼らを王国の敵に仕立て上げることです」
幸運にも、帝国との戦争が無期延期となっている現状、兵力は有り余っていた。ならばここで全ての兵力を投入し、王を引きずりおろす手段に使う方が有益だ。そうなれば自治領の兵力もまし、帝国との戦争の功労者として末代まで歴史に名を残せる。
「蒼の薔薇はどうなさるのですか? 彼らも王国貴族に属していますが。」
「王国と奴らが敵対すれば、謀反扇動の反逆罪とでも理由を付けて捕らえよ」
「前々から冒険者は邪魔でしたからな」
「しかし、リーダーのアインドラ嬢は曲がりなりにも王国貴族ですぞ」
「この国は貴族の数が多すぎると思わんか?」
第一王子は口角を歪めて笑った。
貴族たちはその意を汲み、同様に笑った。
「その後は煮るなり焼くなりどうにでも、という事ですね」
若い貴族の目に鮮やかな色が宿った。
「お前も好きだな。ああいうのが好みなのか?」
「強く美しい女性を屈服させるのが楽しくて仕方がないのです」
「あれも英雄級に強いのだろう?」
「問題ありません。マジックアイテムをはく奪して抵抗力を奪えばただの女。神官に調書を取ると理由をつけて魔法をかけさせれば、あとは言いなりになりましょう」
口の端を片方だけ上げ、攻撃的な笑みを浮かべた。
「……そうか、上手く行ったら好きにするがよい」
「ありがとうございます、陛下」
露骨なお世辞で、互いに下劣な笑みを浮かべた。
「この機にバルブロ王子殿下が王位を継ぐというのは如何でしょうか?」
「可能なのか?」
「下賤な戦士長と彼は懇意にしていたと。此度の戦争が終結後、彼の地位もはく奪し、全ての責任を国王陛下にお取り頂きましょう」
「しかし、弟と妹が黙っていまい」
「そちらもお任せください。幸い裏切り者のレェブン侯とは懇意な様子、二人とも彼の領地へ追いやりましょう。その後で“偶然”、不幸な事故に巻き込まれても、我々の関知するところではありません」
レェブン侯は作戦でエ・ランテルから戻って以来、子煩悩さが前面に出ており、以前のコウモリの如く器用な立ち回りに
デミウルゴスがそれに勘づき、陰で噂を広めなければ、此度の談合は実現しなかった。
「悪い事を考えるな」
「いやいや、皆の総意でございます」
「はい、我々は選ばれた貴族による統一を望んでおります」
「国王派でありながら、帝国と繋がる不届きものに比べれば」
「平民など消耗しても、取り換えれば済みますが、我々の替えは利かないのです」
「親父殿、首尾は任せたぞ」
「お任せください」
義理の親子は固く握手を交わした。
「王都に執事が滞在していますが、使者はそちらへ?」
「いや、現地へ向かわせよう。突然、訪れればより一層のボロを出す」
「所詮、蛮族は蛮族ということか」
皆で楽しそうに嘲笑した。
「形式は王国の使者なのだから儀典官を手配しなければ」
「アルチェル儀典官などは如何ですか? 彼はプライドが非常に高い。相手は下賤な平民出身冒険者だと伝えておけば、何の指示が無くても、問題を起こして帰還するでしょう」
「護衛はクロードか。彼の女性を見る目は確かだからな」
「私も貴族として同行を。アインドラ嬢を落とした男に興味があります」
若い貴族は頭を下げた。
「怒りに任せて皆殺しにはしないだろうが、念のため護衛は多めに連れていけ」
「はい、私兵を多めに引き連れる準備をしています」
「次の一手で略奪を開始する手筈となるわけです」
「再訪は貴族ではなく、死んでも構わない平民から選ぶとしよう」
バルブロ王子は平民に対してなんの感傷も無い。
アインズが人間を虫けらと思うと同様、替えの利く平民など消耗品の一種でしかない。
「バルブロ王子、王位に就いた暁には我らの処遇改善を」
「王派閥など追放し、我らが新たな王国を作りましょう」
「うむ、私が王になった暁にはそれも考慮しよう」
「後は、お任せください。必ずやご期待に沿ってみせましょう」
会合は滞りなく終わり、屋敷を出ていく貴族たちは自らの欲望を満たす算段を開始していた。
細部でそれとなく軌道修正を試みていた名も無き貴族が、路地裏の闇に消える。
以後、彼を見た者はいない。
◆
お揃いの黒い
「アルベド、王都に我々の敵はいないだろうが、気を抜くなよ」
「畏まりました、お任せください」
予想と違い、はしゃいでいないアルベドに拍子抜けしていた。
(朝はあんなに楽しそうだったのになぁ……何かしたんだろうか……部下の管理とメンタルケアは難しいな)
本当は飛び上がりたいくらいに浮かれていることまでは気付かない。女性経験のないアインズは、秋の空を把握できても女心が理解できない。
「セバスの教育状況を見に行くか」
到着早々にアインズは固まった。
「セバス、何をやっているんだ……?」
メガネをかけた女性と談笑をしていると思ったが、どうやらセバスが詰め寄られている。どこかの冒険者組合で見た覚えのある顔だったが、思い出せずに指摘もしない。
「モモン様ではありませんか! 英雄様からも仰ってください! 私もセバス様のメイドになりたいです」
「やはり……組合の受付嬢ではないのか……?」
「彼女達は私のメイドではなく、アインズ様とヤト様のメイドなのですが。」
「でも、彼女達はセバス様と四六時中一緒にいると!」
「セバス……あとは適当に任せる。メイドにするならそれはそれで構わん」
「お待ちくだ――」
セバスの返事を待たずにさっさと扉を閉めた。
たまには世間話でもしながら、気楽に王都を案内して貰おうかと思っていたアインズの宛は外れた。今後の内政業務に影響がありそうな場所を見て回るため、二人で宿を出た。
アルベドにしてみれば、二人きりになれる理想的な展開だった。
「人間のメイドが増えるのはいいが、セバスの人徳なのか?」
「彼女達は盲目の愛で従っているのではないでしょうか」
「モテる男は大変だな……」
「アインズ様! ご要望とあれば、私もよ……と……」
押しの強い女は引かれると、チョコレートを食べていた男の忠告を思い出した。
「失礼しました。セバスにお任せしては如何でしょう」
そのまま自分も詰め寄られると覚悟したが、急に冷静になったためアインズの頭には疑問符が出現する。
「そうだな……次は市場を見に行こう」
◆
市場は活気に溢れており、漆黒の英雄として名高い彼は全ての店から声を掛けられる。
細かく挨拶するのが億劫なので、片手をあげ軽く挨拶を続けた。
「漆黒の英雄様! 活きのいい魚が入ってやすぜ! お土産にどうだい?」
蛙の脚が生えた中型の魚が並べられている。ヤトに魚屋へお使いに行かせたとき、この魚は無かった。夕方だったため、売り切れていたのだと思い、アインズは物珍しそうに手に取った。
「これは珍しいですね、買いましょう。足の生えた魚は人気なのですか?」
「沖へ行かないと取れねえって言ってたかな。海龍がでるから滅多に出れねえって漁師が言ってやしたぜ」
「怪龍?」
「穢れを撒く不浄な海の龍……だったかな」
「ふむ……わかりました、ありがとうございます」
魚をアイテムボックスに仕舞い、次の場所へ移動した。
◆
「雑貨屋のようです」
「
「アインズ様、ここにはお皿が売っていますわ」
冒険者向けの雑貨屋には最高位冒険者が描かれた皿が並んでいる。
アルベドの声は少しだけ浮かれた。
「これはなんですか?」
《蜜月の英雄皿予約完売、英雄の執事皿予約完売》
早速、ヤトとセバスの絵が描かれていた。この世界に著作権と肖像権は無いようだ。淡く描かれた膝枕のヤトとラキュース、力強く描かれた視線の鋭いセバスの絵が飾られている。
「どちらも女性客が殺到してしまい予約完売でございます、英雄様」
「……色々考えているんだな」
店に入ってから店員は”漆黒の英雄”の傍を離れなかった。周囲から向けられる尊敬の視線も気になる。
《”眠れる英雄皿準備中”》
不機嫌そうなヤトが描かれた皿は売り切れていなかった。英雄らしくないが、吹き出してしまった。
店員がアルベドの後ろから説明した
「漆黒の英雄様は、全て完売しております」
「アルベド、皿は買えそうにない。」
「いえ、仕方ありませんわ」
怒るか嘆くかを予想していたアインズは、またも拍子抜けする。元々、そこは大して重要ではなかったのだが、アインズは落ち込んでいるのかと深読みした。
「アルベド、髪飾りでも買って帰るか?」
「はい! ありがとうございます!」
「好きなものを選ぶといい」
「いえ、選んで下さい。お望みのものを付けとうございます」
ここで店員がアルベドを女性だと知り、目を見開いていた。
「あのぅ……お二人は恋人なのでしょうか?」
「いや、我々は――」
「他に何に見えるのかしら?」
アルベドの有無を言わせぬ口調に、二人は黙った。
「し、失礼いたしました。」
店員は頭を下げて、慌てて奥に引っ込んでいく。
花の髪飾りは種類が多いが、花言葉の知識は疎い。アインズは分かりやすい向日葵の髪飾りを選んだ。
「ありがとうございます……後生、大切にいたします」
感極まった声を出すアルベドは、そのままにすると泣いてしまいそうだ。今は周囲の目が痛かったため、足早に店を出た。
しばらくしてこの店に“漆黒の恋人”という、鎧を着たアルベドとアインズの皿が並ぶ。
発売当初は売れ行きが悪かったが、気が付くと売り切れていた。
メイド服を着た美しい女性が、在庫を全て購入していき、不人気商品は一転して幻の商品となり再発売を望まれるが、二度と目撃されることはなかった。
雑貨屋を出た二人は噴水の広場で一息をついた。
広場で一息つくと周りの人間が少しずつ集まり始める。何か演説でもするのかと期待しているのだ。国王が選挙制であれば、少し歩いただけで当選確定できるような気分だ。それほど英雄の名は広まっていた。
「……帰るか、アルベド」
「はい、アインズ様」
精神的に疲れたアインズは、早めにナザリックへ帰還した。
ヤトはアルベドから報告を聞き、髪飾りを付けて貰いなさいと指示を出した。
付けて貰った嬉しさのあまり半泣きになるアルベドを、アインズは見えない冷や汗をかきながら宥め、扉の影からヤトと御付きのメイドが面白そうに見ていた。
それから短い間だけ、黄色く健やかな花が、彼女を引き立てるいいアクセントとなる。
補足
貴族の屑共は少し性格を捏造されています、ご容赦ください。
蒼の薔薇と遭遇率→外れ
セバスを訪ねる→当たり
リ・エスティーゼ王国情報収集度→3 累計28% 早めに撤収
花の髪飾りシナリオ選択
→8 向日葵 詳細は活動報告参照
ラキュースにお茶をぶっ掛けられて、まだ執着している馬鹿貴族のフルネーム(独自)
オリー(好色貴族の演劇)・ローズソーン・トーデス(薔薇の棘で死ぬ)