モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

38 / 135
41日目 午後  王都リ・エスティーゼ

 ラキュースがヤトに怒りをぶつけた少し後、モモンとナーベは王都の冒険者組合に向けて歩いていた。王都リ・エスティーゼはエ・ランテルと違い、人口の多さに活気はあるが、治安の悪さがそれを抑えていた。道を歩く人々もどこか諦めたような辛気臭い雰囲気が漂っている。

 

「人口の割に暗い街だな……」

 

 ナーベは答えが分からずに黙っていた。

 

「いよいよ作戦会議だ。ナーベ、ヤトとセバスに会うがボロを出すな。これは死守すべき大前提だ」

「はい、モモンさ……ん」

 

 その返事だけで、余力を持って余りある不安に駆られた。

 

「ナーベ。今回の作戦が事前に露見すれば、これまでの苦労は水泡に帰す。私が許しても、他の者が許さなかった場合、庇う事が難しくなる。今までの無為な日数消化は、今日この日を迎えるためだったのだからな。特にヤトは簡単に許さないだろう」

「はっ。気を引き締めて臨みます」

「もうすぐセバスとも会う。初対面の振りを忘れるな。目も合わせてはならん。普段は他者を虫けら扱いする美姫ナーベが、セバスにだけ真摯な態度を取っては不自然だ」

「そ、そうでした。必ずやご期待に応えてみせます」

 

(心配だな……)

 

 どれほど説明し、どれほど復唱させ、どれほど理解させても、モモンの不安が消えることはなかった。

 

 

 

 

 冒険者組はすぐに着いた。入り口付近で、見覚えのある金髪の女性に、セバスが頭を下げているのが見えた。

 

(あれは……ヤトとデートしていた蒼の薔薇か?)

 

 改めて挨拶し、彼女のことを知るにはいい機会だ。ヤトの恋人となるのであれば、事前に性格を掴んでおけば今後に生かせる。

 

「こんにちは。失礼ですが、蒼の薔薇の方で間違いありませんか?」

 

 ナーベはなぜセバスに話しかけないのかがわからず、不思議そうな顔をしている。初対面の執事より、名が売れている女性に話しかける方が理に適っていた。

 

「あなたがたは……漆黒の英雄、モモン様ですか? 私は蒼の薔薇リーダーのラキュース・アルべイン・デイル・アインドラです。お初にお目にかかります」

「おお、高名な漆黒の方でしたか。初めましてモモン様。私はオリハルコン級冒険者、ナザリックのセバスと申します」

 

 二人は揃って頭を下げた。

 

 セバスの演技は完璧だった。

 

「初めまして、ラキュース殿、セバス殿。私は漆黒のモモン、こちらが相棒のナーベです」

「あの、失礼ですが南方の出身なのですか?」

「ええ、その通りですが、どうかなさいましたか?」

 

 ヤトで見慣れている筈の南方人について、なぜ聞いてくるのかが不思議だった。横目でナーベを見ると、失言をしないように必死で口を閉ざしている。モモンの失敗は、ラキュースをいきなり下の名前で呼んだことこそ失態だが、それには気付かなかった。

 

「いえ、その……ヤトノカミという方に心当たりはございますか?」

「……残念ですが、聞いたことがありません。その方がどうかなさったのですか?」

「モモン様、ヤトノカミ様は私の主人でございます。私の手違いが原因で双方に行き違いがありまして、ヤトノカミ様に誤ったお怒りを向けていらっしゃいましたので、私が謝罪を述べていたところでございます」

「セバス様は何も悪くありません。悪いのはあの男です。本当に、なぜ貴方ほどの御方があんないい加減な者に尽くしているのですか?」

「ヤトノカミ様はいい加減な方などでは――」

「蒼の薔薇に入りませんか? セバス様なら歓迎しますわ」

 

 微笑んではいるが、冗談ではない声色だった。セバスは深く長くお辞儀をした。

 

「ラキュース様、あの御方は本当にお優しい方なのです。お怒りが静まった時に、また交流をして頂けないでしょうか。執事からのお願いでございます」

「……優しいのは認めます」

 

 子供達を助けた一件、仲間の無礼を軽く許した事、不思議な力を持っていることも、求婚により何か抱く感情があると思わせた事も、楽しそうに仲間の自慢をする顔も、全てが彼女の中でまだ引っかかっていた。

 

(何やら面白いことになっているな)

 

 組合の中にいるヤトの顔がどうなっているか確認しようと中に入ろうとしたが、別の者の出現で実現できなかった。

 

 後方から”蒼の薔薇”のメンバーが現れ、対応を迫られた。

 

「よっ、ラキュース。意中の殿方と密会は終わったのか?」

「知らない人がいる」

「漆黒の英雄?」

 

 ティアとティナはモモンを下から見上げた。近くで見ると双子の顔は造形が整っている。唯一、ガガーランだけはあまり直視したくないタイプだったが、先方はこちらを凝視していた。

 

「ええ、彼が王国三番目のアダマンタイト級よ」

「蒼の薔薇の皆様方、ご機嫌麗しゅうございます。実はラキュース様が私の手違いでヤト様の事を誤解してらっしゃるのです」

「誤解ではありません。私は彼のことが本当に嫌いです」

 

 今度は微笑んでおらず、憤然とした表情を浮かべていた。

 

(あいつ、フラれたのか……? それにしてもここまで怒るか、普通?)

 

 以前にデートしていた時と比べると、あまりの嫌われようだ。あのまま恋人として成立してもおかしくなかったが、ここまで嫌われると進行へ影響がでるのではないかと不安になった。

 

「落ち着けラキュース。作戦前にそんな事をいっても仕方ないだろう。ぷれいやーの疑いのある方だぞ」

「そこまで言うならイビルアイが相手をなさって。私は彼に近寄らないからね」

「む……」

 

 小さな仮面の赤ずきんがため息を吐いた。モモンは彼女を見下ろし、ツアーの言っていた吸血姫を値踏みした。

 

(これがインベルンのお嬢さんか。確かに……仮面のせいで男女の判別は難しいな)

 

 ガガーランの手が肩に置かれ、思考は止められた。

 

「なあ、あんた。漆黒の英雄さんかい?」

「ええ、その通りです。英雄かどうかはわかりませんが」

「匂いがするぞ。あんた童貞だな?」

「は?」

「筋肉さんの守備範囲の人?」

「とても可哀想。英雄に同情する」

「これが終わったら二人きりにならねえかい?」

「ちょっ」

 

 旧友のように馴れ馴れしく肩に手が回った。

 

 女性という事情を知らなければ、同性愛者に思えた。ガガーランは童貞好きという情報を貰っていないモモンは、精神の沈静化が起きた。事前情報がないがヤトはその情報を知らず、それを見たナーベは、例の如く大声を上げたが盛大に噛んだ。

 

「無礼者! ももんさもにょ……さんに気安く手を!」

 

 剣を抜き出し、飛びかかろうとしているが、セバスは素早い動きでナーベの前に立った。

 

「落ち着いてください。ナーベ様」

「あ、し、し、失礼いたしました!」

 

 明らかに上司に頭を下げているナーベをみて、モモンは危機感を覚えた。ヤトが性格面で襤褸を出したのと同様に、ナーベから襤褸が出るのは時間の問題だ。

 

 ガガーランの手を素早く外した。

 

「私は組合の中に入っています」

「あ、すみません、気が利きませんでした。私は王女を迎えますので、みんなで案内をお願い。応接間は取っていますから」

「じゃあ、やはり俺と行こうぜ、英雄様」

 

 再び肩に手を回された。二度目は簡単に振りほどけず、仲良く肩を組み続けた。

 

「いえ、私は――」

「英雄は童貞?」

「英雄は遅咲き。ボスと一緒」

「お前ら下らないこと言っていないで早く入るぞ」

 

 体躯の割に態度が偉そうなイビルアイに促され、全員が組合に入った。

 

 再び剣に手を当てたナーベは、セバスに目で牽制され、肩を組んで組合に入っていくモモンとガガーランに着いて行った。

 

 

 

 

 応接間では、仮面の男が腕を組んで悩み続けていた。彼の思考は堂々巡りし、ラキュースを諦めるべきか、それとも負うべきかで迷っていた。自分の心がどうなのかというより、この先がどうなるのかを考えていた。

 

「うーん、逃がした魚は大きかったか。あんな美人は早々いないよな。もう一度、あの表情が見たいんだけど。……作戦実行中はタイミングが必要、と言っても死にかねないし。眠気との兼ね合いがあるからのんびりしていると大事な場面で昏倒する可能性も……敵の強さを見ておけばよかったな」

 

 フォローを効率よく行うために、今後の展開を考慮しながらブツブツと作戦を練っていた。未だ、ヤトは命を懸けた戦いの訓練、ゲーム感覚の卒業ができていない。

 

 やがてドアが開き、”漆黒”、ラキュースを除く“蒼の薔薇”が、他の冒険者より一足先に入ってくる。

 

「あ、こんちはッス」

「おひさしぶ――」

「初めまして! 私は漆黒のモモンと申します!」

 

 ナーベが極めて自然に”お久しぶりです”と言いかけ、モモンは肩を組んでいたガガーランを振り払い、大声を出して強引に遮った。そのままヤトに近寄り、自然と握手を求めた。ヤトは自己紹介の前に握手を求めたモモンに応じ、目を細めてモモンの中の髑髏を見た。

 

(アインズさん、苦労してるなぁ)

(……まぁな)

 

 そんな声が聞こえてきそうだった。

 

 セバスもこちらに急いで戻り、不自然でないようにモモンを紹介してくれた。

 

「ヤトノカミ様。こちらはエ・ランテルのアダマンタイト、漆黒の英雄、モモン様と、あちらが美姫、ナーベ嬢でございます」

「初めましてモモンさん、お噂は聞いていますよ。俺は王都のオリハルコン級冒険者、ナザリックのヤトです」

 

 交わした手を放し、隣にいたイビルアイに向き直った。今はラキュースの好感度の確認をしなければならない。

 

「イビルアイ、ラキュースさんはまだ怒ってました?」

「あれはしばらく怒っているだろうな。一体、何をしたのだ?」

「宿に届けられた伝言に気付かなくて。謝ったんですが、許してくれませんでしたよ」

 

 ここでセバスが組合入り口で勧誘された報告をした。

 

「ヤトノカミ様、お怒りのラキュース様が私に蒼の薔薇に入らないかと勧めておりました」

「……マジカヨ」

「私の力では誤解を解く事ができずに、申し訳ありません」

「……俺のせいだからセバスは気にしないで。実績を立ててから改めて謝ろう」

「あいつがあんなに怒っているのは見たことない。余程、頑張らないと難しいと思うのだが」

「困ったなぁ」

 

 いつもの軽い演技ではなく、頭をぽりぽりとかきながら素で困っているヤトが面白く、事情を知ったモモンの鎧の下は緩んだ。骸骨で表情が無く、ニヤけていても見た目は変わらないが、精神の沈静化が起きない程度に楽しめた。

 

 蒼の薔薇も口々に慰めるが、さほど心配している様子はない。

 

「結果を出して薔薇でも送るんだな」

「ま、気を落とすなよ。放っておいても、そのうち機嫌が直るだろ」

「純潔は疑り深い」

「ボスは用心深い」

「私も詳しく知りたいのですが、教えて頂けませんか?」

「ちょっと、モモンさんまでなんてこと言うんですか」

 

 ヤトとモモンが言葉で小競り合いをはじめ、その横でセバスはナーベを促して壁際に立った。セバスの燕尾服の袖が引かれ、何事かと思い視線を下に落とすと、イビルアイが畏まって立っていた。小さいのにやたら姿勢が良い。

 

「あ、あのぅ……セバス殿」

「イビルアイ様、どうなさいましたか?」

「この前は済まなかった、許してくれ……ごめんなさい」

 

 小柄なイビルアイはペコッっと腰から折り曲げお辞儀をした。

 

「頭をお上げください。あのときは、私もいささか冷静さを欠いておりました。今回の作戦は共同作業ですので、改めてよろしくお願いします」

「あ、うん……はい!」

 

 仮面の下は満面の笑みなのではないかと思わせる元気な声だった。過去のわだかまりを解いた彼女は、談笑する”蒼の薔薇”へ戻った。

 

 その後、最上級クラスの冒険者たちが談話している応接間に、下位、中位の冒険者たちが集まりだした。自分たちの遥か上に座す彼らが談笑しているのをみて、再び応接間の外へ出ていった。王女とラキュースに促されるまで、部屋の外で大人しくしていた。

 

 特にガガーランの話は物騒だ。

 

「英雄さんよぉ、マジな話だが、終わったら二人でどうだい?」

「謹んで、ご遠慮させていただきます」

「そう言わずに、なあ。天井の染みを数えている間に終わるからよ」

「いえ、本当に、辞退させていただきます」

「筋肉さんはしつこい、気を付けて」

「噛みついたら離さない」

「噛むのは趣味じゃねえよ。なあに、何事も経験よ。な、英雄」

「心の底からお断りします」

「ぶっ……」

「ヤトノカミ殿、何か……?」

 

 声を低くして注意するモモンをよそに、ヤトはそっぽを向いた。

 

 

 

 

 王女、ガゼフ、クライム、俯いたブレインが集まり、王国の未来を左右する作戦会議が始まった。性別・職業、武装に統一性の無い冒険者は全員が席に着き、冠を被った王女が一礼の後に話を始めた。

 

「お集りの皆様、今日はお越し頂きありがとうございます。この国の王族として深く感謝を捧げます」

 

 ”黄金”の通り名を持つ美しいラナー王女に時間は限られている。表向きは、個人的な息抜き、名目は買い物としてガゼフ、ブレイン、クライムを護衛につけているのだ。短い時間で理解してもらおうと、簡潔に淡々と内容を述べていった。

 

 冒険者に紛れた二柱の支配者は、彼女が賢い女性だと理解できた。

 

 現在、八本指の拠点は内紛によって八角形状に散らばっている。それら八か所へ同時襲撃を仕掛け、六腕最強のゼロ、及び幹部の捕縛、財産の没収、娼婦を助けることが目的だ。

 

 唯一、隣接している北の二点を”蒼の薔薇”、南をガゼフ隊、ブレイン、クライム、東西は”漆黒”、“ナザリック”主導の下に冒険者達が分担して行う。どこかに潜んでいる六腕のゼロはアダマンタイト級の実力で、予断を許さない。

 

 担当する拠点を制圧後、各制圧部隊のリーダーとして任命された者は東回りに隣の拠点の援軍に向かう。各地域のリーダーは、東がモモン、西はヤト、南はガゼフ、北はイビルアイかラキュースと決まった。残りの者は敵援軍を警戒し、制圧箇所の防衛に当たる。総力戦となれば、敵も何をしてくるか分かったものではない。

 

「どこかに六腕の警備部門長、ゼロが潜伏しているでしょう。危険と判断したら即撤退、味方援軍到着まで隠れてください。一箇所でも失敗したら水の泡になる可能性があり、二度とこのような好機は訪れないでしょう」

 

 ラキュースが一歩前に出た。

 

「力を削ぐのであれば失敗しても問題はありません。ですがこれを機に王国を一気に浄化し、二度と立ち上がれない程に打撃を与えることが目的です」

 

 握り拳を前に出し、冒険者たちを鼓舞する。ラナーはラキュースに目配せを行い、お辞儀をした。

 

「私達はお時間となります。後はラキュースに引き継ぎます。よろしくね、ラキュース」

「ええ、気を付けてね。ラナー王女」

 

 王女はガゼフ、クライム、ブレインを連れて出ていった。ガゼフはヤトに目を向け、ヤトも頷いて返した。特に意味はなかった。

 

 ガゼフなどより、問題はラキュースで、会議が始まってから一貫し、ラキュースは目も合わせてくれていない。露骨に避けられている現状に、気分がへこみ始めていた。

 

「みなさん。これより先は蒼の薔薇の私が引き継ぎ、具体的な行動の話をさせて頂きます」

 

 彼女の話によると、作戦決行は今夜0時。各拠点、営業所では撤収作業をしている時間だ。襲撃地点の付近で待機を行い、時間きっかりに総員で襲撃を行う。落ち目の犯罪組織の討伐にしては念が行っていると、ミスリル級の冒険者が挙手にて疑問を呈した。

 

「アインドラ殿。なぜここまでするのですか? 彼らの脅威は六腕だけだとお聞きしています。わざわざ英雄殿まで招集した総力戦でなくてもよかったのでは?」

 

 この中にはアダマンタイトチームが2つ、オリハルコンが一つ、それに加え名の売れているガゼフ戦士長、ブレイン・アングラウスまで参加するのだから、彼の疑問も止むを得なかった。

 

「此度の作戦には複数の娼館で強制労働させられている人材の救出、そこに滞在中の可能性がある貴族の確保も含まれています。人脈まで断ち、国の復興へ繋げてもらいます。人出は多い方が間違いないでしょう。付け加えると六腕のボスである”闘鬼”ゼロがどこに潜んでいるか不明のため、これを機に全てを浄化するのが間違いないと、ラナー王女の判断です」

「そのゼロというのはどの程度の強さなのですか?」

「調査内容によると、ガゼフ・ストロノーフ戦士長に匹敵、あるいはそれ以上の実力を持つとお聞きしています」

 

 冒険者たちがざわつき始めた。

 

「安心しろ。先ほどの通りに各地のリーダーが東回りに移動をする。リーダーは実力が保証された者達ばかりだ」

 

 イビルアイが静かな声で皆を宥めた。

 

「各地にて行動を開始する前に、リーダーを紹介するわね。イビルアイ、お願い」

 

 ラキュースはここでイビルアイに交代し、壁際まで下がった。

 

「え? ああ……うん? ま、まずは、仮面を被った御仁がオリハルコン級冒険者、ナザリックのヤト殿だ。執事のセバス殿は私達より強いぞ」

 

 全員の視線が二人に集まった。

 

「ヤトノカミです。よろしくお願いします」

 

 椅子に座ったまま、簡単に頭を下げた。

 

 彼の頭は、紹介すら自分でしてくれない彼女に動揺している。

 

 隣に座るモモンは、ナザリックの名をちゃんと名乗れと口にするところだった。彼の気持ちに答えるように、セバスが改めてチーム名から名乗った。

 

「ナザリックのヤトノカミ様と、その執事セバスでございます。皆さま、よろしくお願いします。」

「次にエ・ランテルで誕生した王国三番目のアダマンタイト級冒険者、漆黒の英雄モモン殿と相棒のナーベ嬢だ。」

 

 王国三番目のアダマンタイトと聞き、場がざわめく。落ち着かない喧騒の中、モモンは立ち上がって頭を下げた。こちらもこちらで、ナーベが何の反応も起こさなかったので、モモンは彼女の分まで深々とお辞儀をした。

 

「みなさん初めまして。漆黒のモモンと相棒のナーベです」

 

 冒険者達から声があがる。

 

 英雄級が多いこの依頼を、下位、中位冒険者達は簡単な依頼と判断したらしく、先ほどまで張りつめた空気は緩んでいた。

 

「戦士長とブレイン・アングラウスは知っているな。先ほどの小僧は王女の護衛だ。南を補佐するために参加する」

「ありがとう、イビルアイ」

「あ、ああ……もういいのか?」

「ええ、ありがとう。さて、そこで振り分けですが、蒼の薔薇は北の二か所を襲撃します。ここは隣接しているので、チームとして襲撃した方が確実です。残りの割り振りですが、東西の二人に一任します。王都中心部の噴水広場にて回復魔法を行う神官たちが待機をする手筈となっています。助けた女性や冒険者で怪我をした方はそちらにお願いします」

 

 モモンが腕を組み、ラキュースを見た。

 

「ラキュース殿、感謝します。さて、ヤトノカミ殿と私は割り振りに入ろうと思うのですが」

「俺もそれで問題ありません」

「わかりました。後は二人にお任せします」

 

 相変わらず、ラキュースはヤトの方へは目も向けない。しばらく彼女に目を向けるが、意地でもこちらを見まいとそっぽを向いていた。明らかに意識していたが、厳粛なこの場ではヤトも指摘できない。

 

 ヤトの意識もそちらに大部分を取られ、モモンへの反応が鈍かった。

 

「ヤトノカミ殿、割り振りはどうなさるかな?」

「あーそうですね、ア……あ、モモンガさ……」

 

 そこで突然動きが止まった。

 

 アインズと呼ばなきゃ大丈夫と思っていた彼は別件に気を取られ、勢い余って昔の呼び名で呼んだ。唐突に黙り込んだ二人を不思議そうに見つめる冒険者達と対照的に、二人の内心はパニックだった。

 

 どちらも表情は窺えないが、目を見開いて硬直した。

 

(やっちまった! ……どうしよう)

 

(このバカ蛇! 何やってんだ!)

 

 

 いち早くモモンに精神の沈静化が発動し、冷静さを取り戻した。

 

 ”漆黒”のモモンとして座っている以上、怒るわけにもいかず、かといってこのままにもできず、冷えた頭であれこれ考えた。

 

「ど……どうかしたのかな? ヤト!」

「あ……ああ、すまない! モモン”が”、ミスリルチーム2つか3つに匹敵する戦力を取って、残りをこちらと言うのはどうかな。ナザリックの戦力でトップクラスを誇る我らに、敵う相手などいない」

 

 手探りで会話したが、思いのほかうまく誤魔化せたと思った。

 

(ありがとう、アインズ様! きっとみんな聞き流してくれてるよ……)

 

 その思考は別の者によって中断される。

 

「お二人はいつの間に名前で呼ぶほど交流を深めたのですか?」

 

 ラキュースが面倒なところへ突っ込んできた。彼女の目は細められ、明確にヤトへの不信感を募らせている。あるいは、自分に話してくれなかったことへの女性的な怒りかもしれない。

 

(さっきまで目も合わせなかった癖に不味い時だけ入ってくんな!)

 

 ヤトの不満もごもっともだ。アインズが微動だにしていないところを見ると、再び精神の沈静化を図っているのだろう。今度はヤトが言い訳を並べなくてはならない。よく言い訳をする一日だと思った。

 

「ああー……と、実はナザリックへ帰った時に、立ち寄ったカルネ村で偶然お会いしたのですよ。その時に意気投合していたのですが、説明すると長くなりそうで」

「そ、その通りです! ヤトとは依頼の途中に立ち寄ったカルネ村で会って以来の仲なのです。ナザリックに所属する者達は特別な強さを持っているので、強さに関心を寄せられて交流を深めるうちに、今では名前で呼び合う仲です」

 

 過剰に大きな声で誤魔化す二人。

 

 ヤトの態度に何やら思う所があったのか、ラキュースの疑いの目は晴れない。他の冒険者の驚く声で、彼女の疑惑は言葉にならずに済んだ。

 

「おお、アダマンタイトの英雄が認める方なのか」

「この世界とは違う強さってなんだ?」

「やはりオリハルコンでも格が違うのか……」

 

 それでも奇妙な疑惑は無くならないらしく、ラキュースの怪しむ視線はヤトに向けられていた。今度こそ目が合わせられると顔を向けたが、こちらの視線を意に介した様子はない。

 

「ヤト。ナザリックに行きたい」

 

 なぜか介入してきたティアが、今は百合の花に見えた。ラキュースの視線は、仲間の“百合”に移った。

 

「ああ、私は今回の作戦が終わったら、しばらくナザリックに帰るので、いつでもいいです。なんなら一人で来る?」

「そうする。鬼ボスは忙しい」

「雑談はその辺になさい、ティア」

 

 いつもなら細める目が見開いている笑顔だったので、苛立っているのかもしれない。ヤトとティアは口を閉ざした。モモンが聞こえない程度のため息を吐き、話を戻す。

 

「話が逸れて申し訳ない。ヤト、ミスリル級3チーム相当の戦力をこちらに裂いても構わないか?」

「ああ、それで構わない。ナザリック序列2位の私と、肉弾戦最強のセバスがいれば、西の2ヵ所は攻防共に完璧だ」

「細かい割り振りは後程、皆で協議をするとしよう。これでよろしいですか、ラキュース殿」

「わかりました。この後は各地域別に分かれて、打ち合わせを行います。西は彼の所へ、東はモモン殿、私達はこちらにいますので、何かあれば教えてください」

 

 ラキュースの合図に冒険者たちは立ち上がり、モモンとヤトの前に列をなして並び始めた。なぜ並ぶのだろうと思っていたが、強者である二人に顔を売りたいようだ。社交場で遭遇した取引先の社長へ、挨拶の為に並ぶ営業マンよろしく、皆一列になって顔を売っていた。

 

 この世界には名刺などという者があるはずもなく、顔と話内容で覚えなければならない。ただでさえ人間に興味が薄い現状、必死に記憶しようとするアインズとは対照的に、ヤトは四人目辺りから覚える行為を放棄した。

 

(どうせ覚えらんねーって。生き残れるかもわかんねーし、必要があればその都度、聞き直せばいい)

 

 彼の考えている通り、この作戦が死闘なのだと彼らはまだ知らない。どことなく緩んだ顔が絶望的な力で締め上げられるのは作戦開始後だ。

 

 八角形は一つの方角に角が二つある。”漆黒”と”ナザリック”は全員を一箇所に配置し、中位冒険者はヤト・モモン・ナーベに均等に割り振り、余りはセバスに託された。彼らの挨拶も終わり、室内には”漆黒”、”ナザリック”、”蒼の薔薇”が残された。

 

「それじゃ、東はモモンが、頼む」

「ああ、しくじるなよ、ヤト」

 

 演技(ロールプレイ)ではなく、素で注意をされた。

 

「モモンさん、よろしくお願いします。」

 

 ヤトには目も合わせず、声もかけてくれないラキュース。気付かれないように、今日何度目かのため息を吐いた。

 

「あ……? ああ、よろしくお願いします。では、私は彼と話があるので、先に退室して頂けますか?」

 

 ヤトもそれに応じ、頭を軽く下げた。

 

「作戦内容に関してであれば私も――」

「いえいえ、至極個人的なことなものですから。御心配には及びませんよ」

 

 早く帰れと言わんばかりに声を低く落とし、ラキュースの反論を許さなかった。彼女も往生際が悪く、この場に残る手段を考えたが、モモンのスリットから赤く光る目に押し切られた。ヤトはこんな時に限ってそっぽを向いていた。

 

「……そうですか? それでは、制圧後は打ち合わせ通りに被害者や捕縛した貴族を連れ、噴水広場までお願いします」

「ええ、わかりました。蒼の薔薇の皆様も、また後程お会いしましょう」

 

 意味ありげにヤトを一瞥だけして、他の仲間と出ていった。

 

 

 

 

「モモン様。全員出ていきました」

「ありがとう、ナーベ」

 

 兎の耳を装備したナーベが、会話が聞こえる範囲に人がいないのを確認した。

 

「それで? なぜあそこまで怒っているんだ?」

「いやー困りましたね」

「本気で困っているようには見えないな。ナザリックへ招く件は大丈夫なのか? 私はどちらでも構わないが、お前はそれでいいのか?」

「幸い、彼女達が当たる敵はマジで強いんですよね? 俺も今回は本気でロールプレイします。なんかそんな状況に弱そうだし」

「ヤトノカミ様、ご命令とあれば即座に首を刎ねてみせますが」

 

 空気というより、人間的事情を全く把握しないナーベラルが兎の耳を揺らして剣を掴んだ。

 

「ナーベラル……そのような行動は慎みなさい」

「はい……申し訳ありません、セバス様」

 

 ナーベは意気込んでいたが、上司に叱られて縮こまった。

 

「ナーベは殺したがるタイプなのか。ダメだよ、利用できる所は利用した方が得だろ」

「はい、以後気を付けます」

「ナザリックとして打って出る貴重な戦線だ。全ての状況を無為にせず有益に使わないとね」

「そうだな。こんな機会は滅多にないだろう」

 

 二人の声は遊びに出掛ける前の高揚感があった。

 

「ええ、本当に楽しみです。あと8時間弱といったところかな。北には俺が先に行っていいですか?」

「どちらにしてもスピードではヤトには勝てまい。」

「万が一、先に着いたら、俺が美味しい場面を取るまで待っててください」

「北はマジで強いから油断するなよ? 蛇の姿なら負けないんだが……MP消費の眠気と行動制限がある。もういっそ、蛇だと話してしまったらどうだ?」

「それだけは遠慮します」

 

 ヤトの眠気は自分の意思でどうにもならない。MP消費と連続稼働時間に影響を受け、一度でも眠ったら回復するまで起きられない。最悪の場合、無効化できない攻撃を眠った状態で延々と受け続け、そのまま死に至る可能性もある。蛇であれば眠気とは関係がないので、モモンとしてはそちらで戦ってほしかったが、ヤトは意地でも首を縦に振らない。

 

「相手を見ておけばよかったですよ。死にはしないでしょうけど」

「万が一という事もある。聖属性の小太刀は持っていった方がいい」

「そんなに強いんですか? わかりました、必ず持っていきます」

「後は、充分な睡眠を忘れるな。戦闘が始まってMP消費し続けたら、また眠くなるんだろう?」

「そうですね、宿に帰って眠ります。眠気0で挑まないと何が起きるかわかりませんね」

「俺はナーベを連れて現地の下見に行く。では、”八咫鏡(やたのかがみ)”開始だ」

「なんか厨二病っぽいッスね、それ」

「おまえが決めたんだろっ!」

「あ、そっか。忘れてたッス!」

 

 緊張感のない彼らは、祭りの待ち合わせ場所を決める子供に近かった。

 

 

 

 

 組合を出た”蒼の薔薇”は、予定通りに北を目指す。道すがら、退屈を凌ぐ話題はラキュースの痴話喧嘩だ。

 

「ラキュース、ちょっと怒り過ぎじゃねえの?」

「ああ、本当だな。ぷれいやーの可能性がある人物が他国へ行くとまずい。特にスレイン法国に情報が回ると戦争になりかねん」

「……つい、感情的に」

「これは純潔が散る兆候」

「鬼リーダー、終わったらナザリック」

「はいはい。でも……モモンさんがあそこまで言うほど、あの人は強いのかしら」

 

 彼女達は周囲の噂でしか彼の強さを知らない。その噂の発生源も、ガゼフ・ストロノーフだけだ。ブレインは彼女たちと接点がなく、クライムはラナーに内緒で稽古をしている。

 

 これまでヤトと戦った者たちは、殺害・洗脳・ナザリック送りの三択だ。

 

 強さに関して知りうる情報は、ガゼフ・ストロノーフより強いということだけだが、普段の態度があまりにかけ離れている。やる気を感じない彼は、ガゼフに幻術を仕掛けたという方が真実味がある。

 

 ヤトの真の強さを知る機会はなかった。

 

 

 

 




ガゼフとブレインのやりとりは都合によりカット。
モモンガと呼んでしまう。→1d% 60% 当たり

作戦選択1d4 → 2八咫鏡




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。