何よりも懸念すべきは、過剰な犠牲者が出てはいけないことだ。
特に、ヤトの意中の相手、”蒼の薔薇”にもしものことがあっては、責任追及されるのはアインズであり、ヤトは本気で怒るだろう。
アウラが持ち帰った一部の
「トードマンで作れるアンデッドか……やはりレベルを考慮すると……しかし……うーむ……いくらなんでも大丈夫か?」
円形闘技場で考え事をしているアインズに、ナーベからの一報が入った。
《アインズ様。白銀という者が宿に来ていますが、どういたしますか?》
《そうか、すぐに行くから待っていてくれと伝えてくれ》
ナーベから連絡を受けて急いで宿に行くと、白銀の全身鎧を着たツアーが待っていた。漆黒のモモンの姿を発見し、彼は片手を上げて気さくに挨拶した。
「やあ、モモンガ。久しぶりだね」
「ああ、わざわざ来てくれてすまないな。早速だがここでは話が漏れるとまずい。密談できる場所へ移動しよう」
二人はナザリックの応接間に通じる通路へ転移していった。
◆
大理石のような鉱石でできたテーブル、巨大なシャンデリア、作り込まれた室内はどこか大国の国宝を思わせる品で溢れていた。ツアーは赤いソファーに腰かけ、周囲を物珍しそうに見渡していた。
「凄いな、ここが君たちの拠点かい?」
「ああ、凄いだろう。私達が仲間と作り上げた大切な場所だ。壊すなよ?」
「壊さないよ、本当にすごいな。スルシャーナの拠点も綺麗だったけど、廊下からここまでのわずかな距離だけで、こんなに作り込まれているなんて。」
素直な称賛だからこそ、アインズの気分を頂点まで引き上げた。
「そうか、そうだろう。ここは仲間と作った大事なナザリックだからな。褒められると嬉しいものだ。今度、時間があるときに別の場所を案内しよう」
さりげなくナザリックという固有名詞を出してしまっていたが、
「スルシャーナとは、六大神で合っているか?」
「その通りだよ。種族に詳しくないから、彼が何のアンデッドだったのかは知らないけどね」
アインズは気分が良くなり過ぎていた。
自分自身の軽率な行動に後悔し、ヤトにも馬鹿にされる羽目になる選択肢を取った。
「私の姿を見せよう。少しはヒントになるかもしれない。」
モモンの姿だったアインズは、オーバーロードの姿に戻った。
ツアーは身動きを止め、アインズを凝視した。
「どうした?」
「あ……スルシャーナじゃないか!」
「え?」
「いつ復活したんだい? どうして連絡くれなかったんだ。」
「は?」
いきなり興奮し出した白銀に驚き、骸骨の下顎が落ちる。
「もう二度と復活しないのかと思っていたんだよ。もしかして記憶があまりないのかい?」
「待て待て。私はモモンガだ。スルシャーナではない。」
「……違うのかい? 着ているものまで同じに見えるけど」
「はっきり言って違う。似たような装備は沢山あるだろう。ユグドラシルから来たのであれば」
「そうだね……。すまない、取り乱してしまったよ」
声の響きだけで判断すると、かなり落胆していた。
「スルシャーナは私と同じ種族の魔法詠唱者だったわけか」
「そうだろうね。やはり彼は復活しないと思うかい?」
「繰り返し殺されたとすると、消滅した可能性が高い。ユグドラシルでは苛烈な制裁や報復で使われていた手段だ。もう復活はしないだろう」
”燃え上がる三眼”を思い出した。複数のギルドが一丸となって苛烈な報復をした彼らは、2度とユグドラシルで見ることはなかった。
「そうか、そうだよね……」
寂しそうにつぶやいた。
「ああ、そうだった。ツアー、お前は白金の竜王で間違いないか?」
「うん? どうしてそう思うんだい?」
「スレイン法国の情報に、
「確かに……私は
「……用心深い事だ。何を心配しているのやら」
「私を除き、今を生きる竜王は八欲王とは交戦していないんだ。当時を生きていた竜王の大多数が犠牲になったのは事実だよ。今を生きる竜王達を遥かに超える力を持っていたのに、みんな殺されてしまった」
鎧を付けているので表情はまるで分らないが、何か思う所がありそうだ。彼を懐柔するのであれば、スレイン法国が鍵となるだろうと、アインズは顎に指をあてて考えた。
「当時を生きた竜王の生き残りはツアーだけなのか?」
「そうだよ。スレイン法国の連中は復活すると信じているし、危機感を抱いているけどね。だからこそ、彼らにユグドラシルのアイテムが渡るのは何としても避けたいんだ。彼らが八欲王のようにドラゴンや亜人種、魔獣、詰まる所、人間以外を殺し尽くす存在になりかねない」
「ふむ、それは我々にとっても危険だ。彼らのアイテムについて説明をしよう」
漆黒聖典の中で最も危険なアイテムは”傾城傾国”であり、相手の抵抗力を無視して洗脳する効果がある。
竜王・ヤトを含めて大多数の者に効果が及ぶ事になる。
アインズは所持した経験がないので詳しいルールまでは不明だが、何かの制限は必ずあるとだけ説明をした。
「洗脳か……それはまずい。やはり彼らの無効化が先だね。私が操られてしまうと、平和に暮らしている大半の国に影響が出てしまう。ギルド武器では対抗できないのか?」
「無理だ。世界を変えるためのアイテムに対抗できるのは、同じように世界を変えられるワールドアイテムしかできない。使用したら壊滅的な被害をこの世界に与えるアイテムには心当たりがあるが、それが存在するかは不明だ」
自分が持っているワールドアイテムは黙っていた。こちらの戦力を隠す上で、スレイン法国は体のいい隠れ蓑として機能していた。共通の敵とは、考えようによっては親交を深めるに都合よく働く。
「そうなのか……想像以上にまずい状況かもしれない」
「これを機に彼らの持っている危険なアイテムを全て没収してはどうだ?」
「考えてはいたのだけど……単身では難しい。モモンガ、私と手を組まないか?」
「初めからその提案をするつもりだったが」
「そうか、ありがとう。彼らの動向を窺った上で、協力をしよう。でも、過度の殺戮は避けてくれよ」
「……どうやらまだ私を疑っているな?」
「違うよ。やり過ぎないでほしいんだ」
「そうか? 敵対者などうどうなっても構わないと思うが……彼らには部下の監視を付けてある。どこにいるのかはすぐにわかるが、今はもっと情報が欲しいな」
アインズは言葉を一旦区切った。
「知っているか分からないが、教えて欲しいことがある」
「なんだい?」
「王国の冒険者、蒼の薔薇にいるアンデッドがプレイヤーを知っているのだが、心当たりはないか? イビルアイというヴァンパイアの少女らしいのだが。」
「イビルアイ……少女……プレイヤーを知るアンデッド…ヴァンパイアねぇ。思い当たる節はあるけど、彼女が何かしたのかな?」
背の小さい生意気な少女が白銀の頭に浮かんだ。彼女以外に考えられるものはいない。
「阿呆な友人が大そう怒らせて蹴りを食らったらしい。彼女が敵か味方か知りたい」
「そうなのかい? 大方、背丈の小さいとか、少年とでも馬鹿にでもしたんじゃないか?」
「……故意ではないのだが、その通りだ。」
友人のしでかした愚行に、自分も恥ずかしくなるアインズ。あっさりとツアーに看破されたことも余計に恥ずかしかった。
「彼女にならプレイヤーと話しても問題ないと思うよ。彼女とは私よりも仲の良かった友人がいるから、その内に会わせよう」
怪しく笑う老婆を連れて行けば、再会を喜べるかもしれないと浮かんだ。
「わかった。ではそのように伝えておく」
「泣き虫インベルンのお嬢ちゃんと言えばわかるよ。私達の知り合いだとわかる」
「イビルアイ……インベルン……出会ったら伝えておこう」
「あまり苛めないであげてくれないか。友人には、昔から泣き虫と言われ続けているんだ。意地っ張りで頑固だけど、根は優しい子なんだよ」
「白銀と同じ英雄だったりするのか?」
「そこまで気付いたのかい? 竜王と分かっているようだから話すけど、私は十三英雄の一人だったんだ」
「やはり、か。白銀という名前が文献に載っていたぞ。本当に隠す気あるのか……」
「私にはこの鎧しかないからね」
「イビルアイはその周辺の人物といったところか。他のプレイヤーの情報も知りたいのだが」
「それはまた今度にしよう。話すと長くなる。彼らは良いプレイヤーだったよ。君と同じようにね」
影で暗躍していると知ったら、さぞかし怒り出すに違いないと踏んだ。ツアーと敵対する可能性は捨てきれないが、当面の問題はスレイン法国だ。そちらを無力化する過程で、彼と親交を深めておけば敵対の目は無くなる。
「それは光栄だ。またゆっくり話に来てくれ、歓迎する」
「今度は私の下に来てくれるかい? モモンガと一緒にこの世界に来た友人と一緒に。こちらの戦力はなるべく把握しておきたいし、単純に会ってみたいんだ」
「油断させて殺そうとしているかもしれないぞ? 白金の竜王なのだろう?」
「そんな奴だったらわざわざ会いに来ないよ。モモンガの望みはこの世界の支配ではなく、大事な仲間を探すことだろう?」
「その通りだ……この先もそれは変わらない。落ち着いたら会いに行かせてもらう。どこに住んでいるのだ」
舞い上がって姿を見せたことを、今更に後悔しているとは言い出せなかった。傍から見ると、二人は古くからの友人のように楽しく親しげだった。
「アーグランド評議国領内にある北の山の神殿だよ。私はずっとそこにいる」
「わかった、では友人と共に行こう。日程が決まったら連絡をする。魔法で行けばすぐだからな」
「待っているよ、モモンガ」
「……あまり私の友人に期待するな。相当な阿呆だぞ」
「それはそれで楽しみだよ」
白銀との話はアインズの予想以上に上手くいった。
お互いに和やかな雰囲気のまま、話は無事に終わった。
エ・ランテルまで白銀を送り届け、白銀と別れた。
「インベルンのお嬢ちゃんか。あいつに教える必要はないな。さて、続きを始めるとするか」
眼窩に赤い光を宿したアインズは、円形闘技場へ戻っていった。
◆
王宮の一室にて、美女二人と護衛の忍者が一人、会話をしていた。
「ラキュース、思い人のヤト様はどうしたの?」
「思い人じゃない。この数日は、宿に戻っていないのよ。伝言を置いてもらったのに相変わらず反応がないし……本当に腹立たしいわね。思い出すだけでイライラする」
過度の期待が失望に変わったため、苛立ち始めていた。そうなって困るのは、目の前にいる黄金の魔女だ。
「落ち着いて、ラキュース。こういうことは焦ると損するわよ」
「はぁ……わかっているわ。最近ため息が増えたのよね」
「恋の病なの? 駄目じゃない、愛しの殿方は既成事実を作って鎖で繋ぎ止めておかないと。一緒に住んじゃえば?」
「ん……うん……いえ、ん? そんな事、出来るわけがないでしょう。恋の病とは違うもの」
ラキュースの歯切れは悪い。ラナーは彼女の心の機微を探った。誰かに恋煩いをしているとしか見えない。
「貴方もそう思うでしょ、ティア」
「そう思う。鬼ボスのせいで美女が遠のいた。とても不満」
眉毛を逆ハの字にして不満を表し、明確に責めていた。
「ティアまで何を言っているの」
「私もお会いしてみたいわね。ラキュースがもう少し積極的だったらよかったのに」
「充分積極的だと思うけど……」
「冒険者として積極的でも仕方がないでしょう? 既成事実を作ってからにしなさいな。純潔のお嬢様」
「う……なんか当たりが強いのはなぜなの?」
決まっている。クライムペット化計画が進んでいないから、内心は腹立たしい。実績を立てさせて彼をこの部屋に招き、協力を仰ぐ計画はまるで進んでいない。肝心要のラキュースがこれでは、計画の進行に差し支える。
「鬼ボス、早く手を付けないと他の女に取られる。手は早そう」
「そうよねえ。私もそう思うわ」
「二人して何言っているの。なぜ私が彼を好きになっていると信じているの? よく考えたら私は何もしないわよ?」
澄ました顔でティーカップを口につけた。それが嘘だと二人とも分かっていた。
「素直じゃないのね、大事な魚を逃がしちゃうわよ。おバカさん」
「純潔鬼ボスは思い込みが激しい。最初が踏み出せない」
ラキュースの笑顔に影が差し込みだす。
「ねえ、ラナー。私、あなたに何かしたのかしら」
「何もしていないわ。ちょっとからかっただけよ」
何もしていないからこそ腹立たしいとは言えない。歯がゆい内心は天才が持つ独特の冷徹さで心の奥底へ押し込められた。
「そう、このお姫様は仕方ないわね」
「私はまだ不満。早くナザリックに行きたい」
「お黙りなさい」
ニコニコと笑う笑顔には、既に暗い影が差していた。心の中でため息を吐き、表層は微笑みで取り繕い、ラナーは一枚の羊皮紙テーブルに広げた。
「ラキュース、これをみてくれるかしら」
「暗号文?」
「そうなのよ。これは八本指の拠点移動の指令書みたいね」
「よく解読できたわね。出どころは確かなの?」
「盗賊が酒場で酔いつぶれた構成員から盗んだみたいなの。道端で眠っていた盗賊を、運良く通りかかった衛兵が捕まえたようね」
「そんな……都合が良すぎるわね」
酔いつぶれた八本指構成員から鞄ごと盗んだ盗賊、それを衛兵が“偶然”捕まえたのだ。
カバンを盗まれた八本指構成員は始末されずに生きている。
内容は本指令ではなく、拠点移動の案件が記載された連絡書類であること。
具体的な内容と日時の記載はないが、拠点場所は全て記されていた。
以上の内容により、罠である可能性は非常に低いと判断された。
だからこそ罠である可能性が高いと思ったのはラナーだけだが、相手の実力を探るに冒険者をぶつけるのが手っ取り早い。もし、これがヤトの所属する組織の謀略であれば、アインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者が必ず出てくる。それは同時に、高い知性を持つ部下の存在まで教えてくれる。
「どうやら八本指に何かあったみたいなのよ。捕まえた犯罪者たちの話だと、内紛の可能性が非常に高いわね。違う部門で無作為に捕らえた彼らの話は全て一致しているわ」
「凄いじゃない! これならすぐに八本指を潰せるわ!」
ラキュースは興奮して立ち上がる。
「上位冒険者を集めて総力戦にしようかと思うのだけど、あなたたちは空いている?」
「当たり前じゃない!他の依頼は後回しよ!」
「叔父様はいつお戻りになるのかしら?」
「叔父さんはしばらく帰ってこないわよ」
ラキュースは身を乗り出した。彼女の使い道を変えるべきかと、ラナーは算段し始めた。
「そう。愛しのヤト様は捕まらないみたいだから、執事の方に話を通しましょう。叔父様の穴埋めにエ・ランテルにいる英雄様にも話を持っていくわね。六腕は数が減ったとはいえ、まだ敵にいるから」
「愛しのって、それは本当に違うからね。この機を逃さず徹底的にやれば、王都も平和になるから。早速、準備をしましょう」
「この配置だとある程度の策を練らないと……」
(八本指壊滅の功績は彼を招くのに充分な理由だ。次はこちらにも協力して貰おう。ラキュースの情報、あるいは身柄くらい渡してやっても構わないだろう)
聡明なラナーはここで一つの過ちを犯した。
功績を立てる前にヤトと会っていれば、後の歴史に残る惨劇は防ぐことができた。
あるいは、クライムがラナーに内密にしなければ、強引にヤトを呼んでいたら、ラキュースとヤトが恋仲であれば、どれか一つでも達成していれば防げた可能性が高い。
この先の未来にまで影響を及ぼす負の事象、既に動き始めている。
こうして数日の内に、作戦概要は王国中の強者、中位以上の冒険者達に通達された。
◆おまけ
ヤトは
腕を組んで気を見上げると、
「おまえが森の妖精か?」
「ひっ! は、はい! そうです! よろしくお願いします!」
「なぜ怯えてるんだ?」
「だ、だってその。失礼なことを言うと、気まぐれで殺されるって」
「……まあ、それは外れではないな。ところで一つ聞きたいのだが、お前は男なのか? 女なのか? 両性かあるいは性別が無いのか?」
「はい。僕は女です」
「僕っ娘?」
「めしべってことになるのか? それじゃ、おしべがあれば樹木が増えるのか? ドライアードが増えるのか? そもそも森の妖精って交配とかするのか?」
「あー……ごめんなさい。わかりません」
「む、そうか。試しにちょっと抱いてもいいか?」
「ええっ?」
言い切ってからヤトは躊躇う。大蛇と
「うーん、あまり好みでもないな……。いや、異種族交配の検証を急ぐ必要もないのか。気分も乗らないし。そもそもこの姿で気分が乗ったことがないが、やはり人化の術は“人と化する”可能性が高いか……。睡眠と食事が重大なペナルティで辛いんだよな…。となるとやはり人化の術なら人と交配できるのか……?」
赤い角と両腕の生えた大蛇はブツブツと悩んでいる。
「やっぱり忘れてくれ。じゃあ農業、頑張ってな」
「あ、はい」
好き放題に言っておきながら、忘れてくれも何もない。
(何だったんだろう。僕が好きなのかな? マーレ様に相談してみよう)
後日、変な噂がナザリックに蔓延し、小耳に挟んだアインズから長い説教を食らった。
部下の性教育に悩むアインズはかなり怒っていた。
白銀がくる日程→遭遇から15日目
リグリッド確率→30% 外れ
イビルアイ=インベルン発覚率→ 当たり
タイミング→18 後で
スレイン法国 1d20 →8 現在 38%
プレイヤー 1d20 →13 現在 51%