プレイヤーの二人は、現実世界で同じ職種の経験がある。営業マンとは、話ができれば務まる仕事だが、実績を出さなければならない。職業柄、話しが長くなる。
その理論通り、話が長くなった夜更かしが祟り、ヤトは昼を過ぎても起きる気配がなかった。朝帰りをしたセバスは、眠ったままの主を置いてはいけず、昼間は依頼に出なかった。
生真面目な彼らしい判断だった。
夕刻になってもヤトは起きなかったが、部屋にノックの音が響く。
「はい、どちらさまでしょうか」
ドアを開くとラキュースとガガーランが立っていた。
「これは皆さま。ご機嫌麗しゅうございます」
八本指の各拠点調査に協力をした一件で、セバスは彼女達と面識があった。ガガーランは軽く手を上げ、ラキュースはお辞儀をした。
「よっ、セバスさん」
「セバスさん、先日はありがとうございました。無事にオリハルコンまで昇格したと聞いています」
推薦をしたラキュースは、自分の見る目が間違っていなかったと喜んでいた。
「皆さまに推薦を頂いた御蔭でございます。ところで、今日は如何なさいましたか?」
「今日はヤトノカミさんと会う約束なのですが、彼は何を?」
ラキュースは前日の件により、”様” ”殿”付けで呼ぶ気を失っていた。それが正しい判断だったとこの場で知る。
「それは困りましたね。まだ主は眠っております」
「おいおい、もう夜だぜ。何時から寝てるんだよ」
「私にもわかりかねます。朝、戻った時には既に床についておりました。少々お待ちください、様子を見て参ります」
セバスは部屋の中に戻っていった。
「ヤトノカミ様。お休みのところ申し訳ありません。蒼の薔薇の方々がお越しになっております」
「ん……あー……もう、そんな時間か……」
前日の夜更かしの影響で、頭の動きがとても鈍かった。緩慢な動作で起き上がってベッドに腰かけ、寝ぼけた顔・髪で薄いシャツのままで出て行こうとする。セバスは慌て、必死で止めた。彼の意中の相手が扉で待っているというのに、あまりに酷い顔だ。
「行かないとー……眠い……」
「お待ちください。彼女達は下でお待ち頂きますので、寝癖を直すところから開始いたしましょう」
「……寝癖、直すの好きだね。別にそれはいいんじゃない?」
「いけません。麗しい御婦人方との会談です。ヤト様はナザリックの一柱なのです。支配者に相応しき御姿でなければなりません」
「じゃあ声だけかけて来ようか」
「あ、お待ちください!」
せめて顔くらいは洗ってほしかった。
仮面を付けず、寝ぼけた表情以外の形容が出来ない緩んだ顔で、二人の前に立ち、自然とラキュースが失望する。
「……今、何時だと思っているのですか?」
「すみません。昨日は朝まで話し合いがあったので」
謝罪をしているが、どこまで心が籠っているのかわからなかった。
「……貴方という人は本当に……はぁ」
ラキュースは彼と会ってからため息が増えたことに悩んでいた。
「おいおい、頼むぜ。今日の主役なんだからよっ」
ガガーランは彼の肩を叩いた。《上位物理無効化Ⅲ》により何の感触もなかった。不思議そうに、彼を叩いた手を眺めていた。彼は意に介してない。
「申し訳ないです」
後ろから櫛を持ってセバスが迫る。
「ヤトノカミ様、こちらへお越しください」
「お酒飲んで待っててくださいよ、この部屋につけてくらはい」
「今日は洗いざらい、吐いていただきますからそのつもりで」
「はーい………ふぁーあ」
最後の欠伸で全部、台無しだ。せめて立ち去るまで堪えてほしかったので、ラキュースは眉をひそめた。
「ラキュース様、ガガーラン様、下で少々お待ちください」
ドアが閉められた。
ラキュースが動こうとしたが、ガガーランは掌を見て悩んでいた。
「ガガーラン、どうしたの?」
「ん……いや、変な感触がしたからよ。ま、後で聞けばいいか」
二人は酒場に向かった。
◆
主役を連れずに戻ってきて、お酒を飲み始めたガガーランに、イビルアイは文句を言う。
「なぜあいつは来ないんだ?」
「寝坊したってよ」
「ふん、そんなところだろうな。その程度の奴だ、王国から追放した方がいい」
イビルアイの当たりは強く、恨みも深い。
「まだ恨んでいる」
「いいじゃねえか。酒は奢って貰ってんだからよ」
豪快に笑い、お酒を飲み干す。
「鬼ボスどこいった?」
「応接間を取ってくれと頼みにいったぜ」
「下らん。早く帰りたいものだな」
彼女の怒りはまるで収まっていなかった。
「おお、来たぞ。今夜の主役が」
会談をすっぽかしそうになった優男は、執事を連れてのろのろと階段を下りてきた。
仮面をしていないので、緩んだ顔が剥き出しだ。誰の目から見ても、まだ寝ぼけていそうだった。
「こんにちは。えーと、こちらの二人は初めましてですかね」
「どーも。ティア。セバさん、おひさ」
「どーも、ティナ。よろしく」
「よろしくお願いします」
顔に興味がないと書いてある双子は、形式的に頭を下げた。
セバスも礼儀正しくお辞儀をしている。
「この前の時にいたんだけどよ、テーブルに座ったままだったんでな」
「あーそうスか。よろしくお願いします。あとイビルアイさんも久しぶり」
「……」
彼の仮面を見て、少年だと思われていたあの時が思い出され、怒りを新たにした。
「今日は顔合わせみてえなもんだ。八本指の件も聞きてえからな」
「みんな、準備ができたそうよ。こちらへ」
「あ、お酒が……」
「ヤトノカミ様、参りましょう」
「あ、うん……」
喉が渇いていた。
◆
応接間にて、”ナザリック”と向かい合って“蒼の薔薇”という配置で席についた。
「自己紹介は必要ないわね。早速、始めましょう」
ラキュースがまとめた聞きたい報告は以下の通りだ。
八本指とどんな話をしたのか。
帝国で何があったのか。
彼らのボスは誰だったか。
六腕と一緒でなぜ無事だったのか。
どれから答えるにしても、ヤトには説明することが多すぎた。
「……えーとまず八本指の賭場であ……潜入した話からですね」
八本指はナザリックの支配下に入ってますと言えず、虚偽を交え誤魔化しながら説明する。文字に起こすとあちこちで矛盾が起きる話だった。
「で、六腕は四腕となってます。ボスの顔は覚えてないス」
「ちょっと待って、なぜ二人も殺害して無事なんですか?」
「あいつらってアダマンタイト級に強いんじゃねえのか?」
ラキュースとガガーランはツッコミの様に早く反応する。
「簡単ですよ。俺がそれを超えるくらいに強いんで」
「……」
不審気な彼女達の視線により、沈黙が流れた。
ヤトは強さに関して嘘は言っていない。セバスの無言の肯定が、彼女たちを安心させた。いい加減でやる気のないヤトはともかく、セバスは信用に足る。
「えーと……まとめると彼らの白金貨1,100枚を6,000枚に増やしてから、帝国に目を付けられ帰ってきて……」
「六腕と戦って二人殺して逃げ帰り、ボスの顔を覚えずに金は全て奪ったぁ?」
「ふざけるな! そんな事ができるものか!」
苛立ちながら黙って聞いていたイビルアイは、声を荒げてテーブルを叩きながら立ち上がる。
「本当なんだから仕方ないですよ」
「イビルアイ、落ち着く」
「宿で暴れたらこっちも困る」
ガガーランが出鼻をくじこうと言葉を発した。
「ちょっと教えてもらいてえんだけど、いいかい?」
「はい」
「さっき軽く肩を叩いただろ。霧に手を突っ込んだみてえな感触だったんだが、変わったマジックアイテムでも持ってんのか?」
ガガーランは彼の特殊な行動が、マジックアイテムによるものと推測していた。
「あー、レベルの弱い攻撃は無効化されるんです。」
「無効化? れべるを知っているのか?」
イビルアイが食いついた。
「レベルって……一般的には知らないんですか?」
「ほう…詳しく知っているなら興味深いな。ところでヤトノカミ殿、私を少年と間違っていたのはなぜだ?」
イビルアイが態度を反転させ、大人しい口調に正した。
「その声が性別不明の歪んだ声だったから」
「……なるほど。次は無効化というものに興味がある。ちょっと試してもよいか?」
「どーぞ、じゃあこっちへ」
「おいおい」
「気にしないでいいですよ」
二人は何も置いていない部屋の端に移動した。
イビルアイはヤトに軽く拳をぶつける。
ぽすっぽすっと自転車のタイヤに空気を入れるような音がした。
「本当に無効化されているな。まるで手ごたえを感じない。霧に手を突っ込んでいるみたいだ」
「この前のアイテムボックスといい、不思議な物を使えるのですね。黒粉畑を焼いたときも、何かのアイテムですか?」
「……まぁ、それなりに」
「?」
実は大蛇ですと、言えたら楽だった。
「無効化は解除すんのもできます」
「解除してみてくれないか?」
「ああ、はいはい。どうぞ」
「感謝する」
イビルアイは助走をつけようと後ずさった。
「ん? なぜ後退していく」
彼女はゆっくりとこちらに走ってくる。速度は徐々に上がっていき、途中で飛び上がって蹴りの体勢を取る。左足を折り畳みながら右足を突き出して、ヤトへ向かって空中を進んでいく。
渾身のライダーキックだが、そんな言葉を彼女が知る由もない。
特撮好きなヤトは、小柄でありながら綺麗な
「綺麗なライダーキ……ぐう」
《上位物理無効化Ⅲ》を解除したことは、もう忘れていた。無防備な彼の鳩尾、人体の中心部に怒りを込めた蹴りが入れられ、ヤトは後ろへ倒れた。小柄な彼女の小さな足は、まるで一本の槍だった。
「いってー……うーん……」
痛みはなかなか治まってくれず、床を転がり回った。
セバスは目の前の光景が理解できず、反応もできなかった。
依頼に協力した際に打ち合わせた時の彼女は、こんな暴挙にでるタイプではなかった。慎重で冷静、レベルは50前後で魔法詠唱者、仲間を大事に思っている。二人ともまさか攻撃されるとは考えておらず、加えて無防備に急所への一撃を受けたヤトの衝撃は大きかった。
「覚えておけ! 私は女だ! この無礼者!」
仁王立ちになってヤトを指さし叫ぶ彼女の声は、転がり回るヤトの耳に入らなかった。
「イビルアイ!何てことをするの!」
ラキュースが慌てて駆け寄り、《
手の中に柔らかい光が宿り、転がる黒マグロを優しく照らした。
「やりすぎ。逃げた方がいい」
「治ったら殺される」
「理屈じゃないんだろうぜ。でも確かに逃げたほうがいいかもな」
「誰が逃げるかっ」
緩んだ空気の彼女達は想像していなかった。
穏やかで優しい人格者の執事が、自らの主と敵対した場合、全員の命を一瞬で奪う力と残酷さを持っているのだと。
「イビルアイ様、私の主に敵意を持って接する行為がどのような意味を持つか、お分かりですか」
セバスの体から強烈な殺気が溢れる。
復讐が成功させて落ち着いたイビルアイは、身の危険を感じて後ろに下がった。
強烈な殺気を放ちながら、セバスは迷っていた。
至高の41人の一柱であり、身を粉にして忠義を尽くす主の一人に攻撃など、考えるまでもなく言語道断だ。たとえ、自ら至高の41人を降りたと話していても、ヤトノカミは支配者だ。カルマ値が悪に寄っている者であれば、即座に殺戮に興じた。
しかし、セバスは創造主に似て、甘いほどの善人だ。
彼女の性格を知っており、反撃に迷いはあるが、ナザリックの執事として見過ごす訳にもいかなかった。彼は戦闘態勢を取り、少し腰を落として中段に構えた。
「私の主に無礼を働いたものを、このままにする訳には参りません」
攻撃するつもりはなかったが、全力の殺気は絶やさなかった。それが極めて善なる執事としての、セバスの選択だった。本物の殺気で、彼女達も事態の深刻さを把握する。
「待ったあ! 待ってくれセバスさん! 謝らせるから許してくれ!」
ガガーランが両手を前に出し、間に立ち塞がる。
「セバスさん! 私も謝ります、許してください! 傷は私が治します!」
治癒魔法をかけながらラキュースもフォローする。
「あ……あ……その……」
当事者のイビルアイは大量の殺気を直に浴びて、子猫のように震えていた。手こそ出してこないが、セバスの殺気に手加減はない。クライムが震えあがり、心臓の鼓動が自発的に止まろうとするよりも強い殺気を、イビルアイはその身に受けた。
「イビルアイ様、私は貴方が軽率に敵対する方ではないと信じております。ですが、ナザリック地下大墳墓に君臨する至高の41人が一柱、ヤトノカミ様。神に等しき御方に無礼を働く狼藉者を、見過ごすことはできません」
セバスはうっかり大事な情報を簡単に漏らした。
件のヤトは床に仰向けで静かに横たわっている。
「あ……ご、ごめんなさい」
イビルアイの仮面から弱弱しい謝罪が漏れる。穏やかで優しい執事が竜王に変わり、伝説のヴァンパイア”国堕とし”が子猫になった心境だ。
「イビルアイ、早く逃げて。時間稼ぐ」
「多分、すぐにやられる。少しでも遠くへ」
いつの間にかティアとティナも、ガガーランの両脇でクナイを構えていた。冷静な双子の忍者も冷や汗を掻いている。動かない執事の強い眼光は、必ず殺す意思が宿っていた。
「くそっ! あんたとはヤりたくねえんだよ!」
ガガーランも戦鎚を構えた。
「お願いだからみんな止めてぇ! あなたからも何か言って!」
応接間にラキュースの絶叫が響く。
気絶していたわけではないので、声は聞こえていた。仮面の隙間から見える、黒いタイツを履いたラキュースの太ももが眩しかった。
「セバス、そこまで」
その一言で場が沈黙する。
彼は痛みが落ち着いてから、ラキュースのそれしか見えていなかった。
セバスは殺気を止め、構えを解いたので、三人は安心して気を抜く。
一触即発に見えた空気は緩んだものの、誰も何と言えばいいのか分からなかった。強烈な殺意を浴び続けたイビルアイは、立つ力を失って床にへたり込む。
「ああ、よかった」
「俺なら心配は――」
「あなたじゃありません」
「ちょっとは心配して下さいよ」
「黙りなさい! イビルアイ、大丈夫?」
ラキュースは躊躇いなく離れ、へたり込んでいる仲間に駆け寄っていった。
「ちぇ……はあーあ、残念っと」
のそのそと立ち上がった。攻撃は予想以上に痛く感じたが、彼の心は痛みを受けた喜びに満ちていた。アインズがカルネ村防衛戦にて、天使の一撃を受けて笑っていたときと同様、初めてのダメージを堪能した。
「ここに来て一番、痛かったかも。これが痛みか」
「ヤトノカミ様、よろしいのですか」
「別にいいよ。ちょっと大げさに脅かし過ぎじゃない?」
「その通りでございます。流石はヤトノカミ様。蒼の薔薇の皆様、大変に失礼を致しました」
深いお辞儀で詫びを述べた。
(……さっきまで殺すつもりだったじゃないかぁ)
イビルアイはラキュースに肩を借りながら心中で呟く。
「……はぁ、よかった。ではとりあえず、みんな座りましょう」
「ところでなぜ俺はライダーキック食らったんだ?」
先ほどのイビルアイの言葉は、悶絶していた彼の脳に届いていなかった。彼だけが最初から、気の抜けた雰囲気のままだった。
この一件によって話は混迷し続け、何一つとして進まなかった。なぜイビルアイに蹴られたのか不明なヤトは、楽しそうに話を混ぜ返した。彼にとっては、痛みを受けた楽しい思い出だが、イビルアイには苦い思い出になった。
ラキュースが仕切り直すまで、皆の口数が減り続ける状況が続いた。
「なるほど、つまり少年扱いをされていることに怒っていたというわけですね、少年」
「ヤト! お願いだからこれ以上蒸し返さないで!」
既に“さん”付けすらされなくなっていた。五回以上も仕切り直しをさせられたラキュースは、前日と同様にとても疲れていた。
「仮面のせいで間違ったんですよ。他の人は彼女の仮面の下を見たことは?」
「ある」
「いいにおひ」
「仲間だからな、それくらいはあるぜ」
「じゃあ、大丈夫か。俺はアンデッドだって知ってんぞ」
「なんと、そうなのですか?」
セバスは気付いていなかった。
アンデッドの気配は、アイテムにより消されていた。
みんなが安心して話を弾ませると思ったが、全員が黙り込んでしまった。今度の沈黙は重苦しかった。
「あれ……? なんでみんな黙るの?」
「誰か話した?」
「あんた、なんで知ってんだ?」
「なんでって……ちょっと特別なスキルを」
「スキルって何? 武技?」
「えぇ……うーん、なんていえばいいんだろう。スキルはスキルだよ」
「武技とは違う、特殊な技や技術でございます」
セバスが丁寧に補足をする。
彼がいなければ更なる混乱を生んだ。
「無効化もアイテムボックスも、何かと特殊なことが多いですね」
「体温を感知するスキルだから、探知できない存在はアンデッドです。原始的なスキルだから気配を消してもわかります。体温があれば全て感知するから面倒なんですけどね」
先陣で雑魚を蹴散らしながら、ボスまで一番乗りに賭けていた彼には相応しいスキルだった。
「まさか……そ、その、ヤト殿。一つ聞きたいのだが、あなたはぷれいやーなのか?」
「……」
(やっべー……なんでこいつがそれを知ってんだ)
無言で悩み始めた黒髪黒目の男から冷や汗が出た。
(やばい……これはアインズさんに怒られる。否定しないと、既に悩んでいるのが肯定だ。いや、まだ誤魔化せる……か? 無理じゃね? それよりこれはどっちが正解だ?ばらすのがいいのか?バラすのがいいのか?最悪は殺すのも想定に……ああ、でもナザリックに招く事もできなくなるし、アインズさんもツアーという奴に話したって。じゃあいっその事、プレイヤーとバラしてしまっても)
長い、本当に長い沈黙の間、ヤトは長考した。恐らく、この世界にきてここまで悩んだことはなかった。しかし、知性が低い彼は、悩んだ時間の割に簡素な答えを出した。
(押し通す……)
ヤトはわざとらしく手を差し出した。
「イビルアイ、プレイヤーを知っていますか?」
「え?」
「プレイヤーというのがどれくらい強いのか興味がありまして、イビルアイはプレイヤーと会ったことは?」
「あ、ああ……ある。かなり昔の話だが」
「そうですか。ところで仮面は取らないのですか? 今は何歳? 本当に女性なのか確認したいが」
別の質問攻めにして誤魔化す、いい加減な策だ。
「あ、仮面はその、種族がバレてしまうから」
「何を言うんだ! その仮面の下が醜いアンデッドであったとしても、そんなことで責めたりする者はここにいません!」
日本語さえ怪しい男は、立ち上がって右手を無造作に突き出し、パンドラのオーバーアクションの真似をした。不安による冷や汗がテーブルクロスに滴らないかを心配した。
「イビルアイ、大切な仲間はその程度の存在ですか? それともこの私が、セバスの主人であるこの私が、その程度の小物に見えると! ……言うのですか?」
帽子を被っていれば完璧だった。
急に動きが大きくなった彼に、皆が注目し、イビルアイは激しく動揺していた。
「い、いや、そのぅ……違う、違うんです。これは……」
「ならば素顔を晒し、顔を見せて下さい。誰もあなたを責めたりなどしません。」
差し出した手を強く握る。
「ぁ、はい……わかり、ました」
ヤトは飛び上がりたいくらい嬉しかった。これなら誤魔化せると踏んだからだ。仮面を被ったイビルアイの素顔は美しい金髪の少女だった。
「ヴァンパイアか、思ったより可愛らしいじゃないスか。フードも取ってください」
腐り落ちた顔面が現れる覚悟をしていたので、とんだ拍子抜けだ。
「え……あ、そ、そうか?」
彼女は褒められて嬉しそうだ。金髪のサラサラな髪、紅の瞳、口元から覗く牙、とても可憐な
「それならこ……淑女と分かるから、間違えなかったでしたよ」
「そうか? いや、これでも昔はくにおと……」
「イビルアイ、だめ」
「話し過ぎは良くない」
ティアとティナに話を止められる。
「おう、ヤトさんよ。今度はそちらの事も教えてくれよ。」
二人の意思を察したガガーランが援護射撃を打つ。
「欲しい物はラキューさ――」
「黙りなさい」
「さ? ラキューさってなんだ?」
「いいから、そろそろナザリックのことを教えてください」
強引に話を勧めようとするラキュースに、双子はイビルアイとは違う面白そうな匂いを嗅ぎ取った。
「鬼リーダー、何かあった?」
「そうそう、ラキュースさんの」
「黙りなさい!」
自分たちリーダーが発した突然の大声に、仲間は一歩引く。
「えぇー……すんません。えっと……教えてって言われてもラキュースさんに話した以上の話はないッス。地下10階層からなる広大で美しい神殿。酒を飲むバー、美味しい食堂、地下なのに夜空が見える円形闘技場、溶岩が煮えたぎる火山、吹雪で凍り付く雪山、広いお風呂とか」
セバスは頷いているが、他の全員が意味を理解していない。
「意味がわからない」
「何それ、神話の話?」
「すまねえが、さっぱり理解が出来ねえ」
「言葉通りの物が存在すると思えば大丈夫。全て本当にあります」
詳しく説明する気はなかった。あまりに長くなるうえ、先ほど勢いで覆い隠したプレイヤーの話までしなければならない。運悪く、イビルアイは先ほどうやむやにした質問を思い出していた。
「あ、ヤトノカミ殿。先ほどのぷれいやーか否かの質問に答えてもら――」
「おお! そうだった! 俺の主であり友人、ナザリックの王が君達を来賓として招きたいそうです」
慌てて話題を逸らす。
「よろしいのですか?」
「見てみたい」
「私の質問にこた――」
「な、何人来ても大丈夫ですよ! 仮に100人連れてきても! とりあえず蒼の薔薇の方々は来ればいい。暇な時を教えてくれれば話を通す。案内しますよ、なんなら泊まっていっても大丈夫! 広いお風呂で戦いの疲れを癒して下さい。入浴の作法にはお気を付けて」
「可愛い女の子いる?」
「メイドは全員が美人だ。でも手を出すと王様に怒られるよ」
冗談だと思い、さらりとティアがレズビアンである件を聞き流した。
「残念……美女なら見るだけでいい。匂いは嗅ぎたい」
「なぜ私を無視す――」
「匂いくらい好きなだけ嗅がせるから! 全員が絶世の美女らしいんで! いつでもいいから日程を!」
「……」
イビルアイは度重なる無視に諦めてしまった。
「じゃ、そういうことで、もう遅いからまた今度! セバス、戻って寝る。俺はもう眠い!」
「ちょっと! まだ話が終わっ――」
「大丈夫です!俺はここで泊まってますんで、何かあれば部屋に!」
声の残響を残し、風のように走り去っていった。扉を開いて出ていく姿さえ見えず、忽然と消えたヤトに皆が唖然とした。ヤトはヤトで、アインズに一刻も早く相談したかった。
彼のように精神の沈静化で臨機応変、かつ冷静な対処ができない体を恨んだ。
とても困っていた。
「なんなの……八本指の今後の話はできなかったじゃない」
「まったくわからん。何かを隠しているのか?」
「セバさん。しこうの41人って何?」
ティナが不思議そうに尋ねる。
「あと彼の名前はヤト? ヤトノカミ? どっちなのですか?」
「順にお答えします。ナザリック地下大墳墓は41人の神に等しい力を持った、尊き御方々によって創造されました。神に等しい至高の41人の一柱こ――」
「危ないな! 余計な事言わずに早く来い!」
風のように出ていったヤトが、風の如く戻り、再び風になって出ていった。誇らしげに話していたセバスの口が止まった。
「申し訳ありません、今日はここまでに致しましょう。蒼の薔薇の皆様、御方の名はヤトノカミ様です。それでは、これにて失礼いたします」
既に姿の見えない主人の後に続いた。
◆
「なんなの……?」
「最後の方は私を無視し続けたぞ。やはり彼はぷれいやーと考えるべきだ」
「ぷれいやー?」
「十三英雄や六大神、八欲王などの神に等しき力をもった存在だ。”ゆぐどらしる”という場所からこちらへ来る者がそうだ」
「でもよ、南方の血が入ってるぜ。そっちの出身なんじゃねえの?」
「可能性の話だ。もし、ぷれいやーだとすると非常にまずい……彼は少し変わっているが」
「あんな変な人が神様なのかしら?」
執拗にお皿の一件で馬鹿にし続ける、変な仮面を思い浮かべる。
「イビルアイ、神様蹴飛ばした。ライダーキックって何?」
「うっ……い、いや、ライダーキックは私も知らん。今度会ったら本気で謝っておく」
「セバス様にもね」
「う……うん」
ヤトよりも、セバスの殺気の方が強烈に残っていた。イビルアイは頭を垂れた。
「今日は疑問が増えただけ。何者か余計に分からなくなった」
「本当だな。結局はなんだっつうんだ? あいつは神様か?」
「美女……早く行きたい……。鬼リーダー、すぐ行こう。まだ起きているはず」
「落ち着け。でまかせかもしれないからな」
「そうよ。まだ安心はできないわ。隠し事があるのは殿方には……ん、怪しいものね」
「鬼リーダー、どうした? 装備品変える?」
中途半端に聞くことで、却ってわからなくなる場合がある。聞きたいことは山のようだったが、半端に聞いたことで天まで伸びるバベルの塔になっていた。ティア以外の四人は得た情報を精査し、次に何を聞くべきかを深夜までまとめ続けていた。
「美女が一杯……」
彼女達は何もわかっていないが、それはヤトも同様だ。
5人の職業すら理解しておらず、イビルアイのちょっとした情報だけを得た。蒼の薔薇がヤトの言葉を信じ、本当に部屋に来ても困るので、アインズの言葉通りナザリックへ逃げ帰った。
アインズとデミウルゴスを交えながら、今後の戦略を練ったが、朝まで続く長い会議となってしまった。
帰ってきたヤトは、前日と同様に夕方まで眠り続けた。
寝起き→寝過ごしました。
地雷踏む→60% 外れ クリティカル確率Down
→ファンブルなし クリティカル率40%
→当たり
ラキュース好感度 1d20→6→ 現在41
最後のダイス9以上で悲恋回避。
ラキュースでも性欲値が上がる+10 現在30 上限50
イビルアイの好感度ゲージ出現 ただし条件は下記の通り
ヤト 2d8 まだダイス不可
アインズ 1d10 まだダイス不可
モモン 1d20 出会って機会があれば可能
好感度
女性50で恋愛関係イベント。
50→相手の短所を知らずに、長所だけみて関心を寄せている状態。
100→相手の清濁・表裏、全てを受け入れた状態。
女性側の好感度が50を超えた段階で男側の好感度ゲージが出現
ナザリック勢は初期値100(アインズ・モモン・鈴木悟のみ)