それからの数日は、ヤトにとって悲惨な日数消化となった。
アインズは自分で決めた買い物内容を、ヤトへ細かく指示を出した。
たとえば――
《早速だが、今日は鉱石を一通り買い集めて。金貨一枚で買えるだけでいいから。価格の差も検証したい、王都中回ってくれ》
ヤトには反論も許されず、内容も細かかった。それだけで小一時間を浪費し、希望を叶えたと思えば――
《次は質のいい果物と安い果物買ってきて。やはり金貨一枚分。種類は多く、できれば全種類》
いくらアイテムボックスがあるとはいえ、全種類は収納、支払いに時間がかかる。ヤトが四苦八苦してアイテムボックスに仕舞え終えたころ、監視してるとしか思えぬタイミングで連絡が入る。
《天然の塩と魔法で生成した塩、買って。他にも調味料全種類、金貨一枚分だ》
ヤトが嫌味のように大量の塩と、抱えきれない調味料を運んで店を出ると、大きな夕陽の中をカラスが飛んでいた。
この日はそれだけで終わったが、一日で終わらせてくれるような相手ではない。
翌日、気持ちよく寝ているとアインズからの《
《みんなと魔樹退治しに行ってくる。今日は衣服を集めてくれ。同じような物を質の悪い物から最高品質まで一式だ》
それだけで午前中は潰れてしまいそうな内容に、寝惚けたヤトは反論ができなかった。
《今、みんなで魔樹を狩っている。守護者たちも戦いにおいて連携が取れてきたようだ。これなら、漆黒聖典など無力化は容易だろう。衣服は買ったか? 買い終えたら、次は肉屋だ。理想は魔物の肉、売っていたらどうやって捌いているのかを調べてくれ》
昼飯を食う間もなく、また内容を考えると悠長に食事をしている場合ではない。
呑気に守護者達と遠足気分で魔物討伐をしているアインズが羨ましかった。
魔物の肉なのか、現実でも存在した家畜の肉なのか、名前が違うので判断がつかない。
肉屋の前でしばらく指をくわえて物色したが、考えても分からないので諦め、全種類を購入した。よく肥えた肉屋の店主は嬉しそうに破顔した。
《肉は買ったようだな。こちらは
《なんて無茶苦茶なこ――》
《お互い様だ》
反論さえ許されなかった。
大量の衣服、原材料の分からぬ肉、大小さまざまな魚の山をシャルティアに渡すと、翌日の分とばかりに白金貨のきんちゃく袋が手渡された。金貨の枚数を考えると、同じように時間的余裕のない使い走りにされそうだ。
考えるのを辞めてベッドへ飛び込んだ。
眠った気がせず、感覚的にはすぐに目覚ましの《
《今日はゴブリン将軍の角笛と無限の水差しがいくらで売れるか聞いてきてくれ。神殿と魔術師組合、両方でだ。本当に売るなよ?》
今度は簡単だろうと思ったが、神殿も魔術師組合も、アイテムの効果を聞いてヤトに縋りついた。
仮面の男が持つ角笛を売ってくれと懇願する神殿の神官と、魔術師組合の責任者は、ヤトに縋りつき、周囲の注目を独占し、いっそ殺して逃げ出したかった。
冒険者、貴族、流れ者が集まる神殿と魔術師組合で、仮面の男は強烈に印象付けられた。
《くそ! マジで何なんだよ! みんな死ね!》
《ヤト、白金貨一枚でスクロール何枚、買えるだろうか。魔術師組合に行って買えるだけ買ってきてくれ》
《冗談じゃない! またゴブリンの角笛を売れと言われますよ! だいたい、昼飯食べてから行きま――》
《走りながら食べて》
《ぎゃー!》
叫び終わると、アインズの《
仕方なく魔術師組合にとんぼ返りすると、先ほどと同じように縋りつく責任者を追い払うので苦労した。面倒なので、金貨は数えず、ひったくるように羊皮紙を奪い、白金貨数枚を放り投げて逃げ出した。
方々で下らない時間潰しが過ぎ、夕刻を通り過ぎて夜になっていた。
路地裏で座り込み、肩で息をするヤトに、無情にもアインズの連絡が入る。
《夜だから酒を集めろ。ナザリックにも置いてある酒がいい。最高級品限定だ。金に糸目はつけない》
《うへあ……。ちょっと飲んでもいいッスか?》
《飲んだら
つまみ食いする猶予もないらしい。
のんびり帰ってもいいが、荷物運びのシャルティアに非はない。
彼女に八つ当たりはできず、長時間待たせるのは可哀想だ。
ヤトは酒を購入し、一口も口にせず、空気を切り裂きながら目にも止まらぬ速さで宿へ戻った。
人間化しているヤトは、夜は必ず眠る。相反し、アインズはアンデッドなので睡眠の必要がない。この日の連絡は太陽が寝惚けた朝陽を差し込ませている早朝だった。
半分、怒りながらヤトは連絡に応じた。
《うぁい、うっさいなぁ、朝から》
《安い家具、買ってくれ。金貨一枚で買える種類、全部だ。金貨一枚に限定する》
《はぁ? そんなに持てな――》
《アイテムボックスがあるだろう》
《ですよねぇー!》
《うるさい》
《疲れてんだからメッセージの連絡くらい時間を選んで、空気を読んでもらいたいもんで……切れてる》
気が付くと、一方的に《
家具だろうと何だろうとアイテムボックスには収納が可能だ。しかし、あまり大きい者は持ち上げてしまうのも手間がかかる。ヤトが家具を買い漁り、アイテムボックスに収納し終えたが、すっかり日が高くなっていた。
それっきりアインズからの連絡もなく、浮かれて飲食店に入り、昼間から酒を飲んで命の洗濯を行なった。そんなときに限って、アインズからの連絡が入る。
《豪華な屋敷に住む貴族の壁を切り取ってこい。なるべく多めに。大理石が理想だが、なければなんでもいい。何軒か回ればいいだろう》
《ちょ、そんなことしたら夜でもう眠――》
《問答無用。早く行け》
日頃の恨みとばかりに、アインズの指示は情け容赦なく出された。
ヤトが手に入れた金貨を直接、
その都度ナザリックが解決していては意味がない。
魔法で食料・資源を制作すると、ユグドラシル金貨を消費してしまい、本末転倒だ。
アインズはヤトの物資を積み上げ、並べ、パンドラと協力して効率のいい換金方法を協議し、模索しつつ、ヤトは使い走りで王都全域を動かされた。
アイテムボックスはプレイヤーしか使えない上、スキルにより強化された速度で、王都全域を手早く回れる者はヤトしかいなかった。敵対勢力のこともあり、作業を分散して警戒が緩むのも許されない。
1回の使い走りで同種の店を王都中走り回るため、MP消費と稼働時間数による疲労で、夜になると眠くて仕方がなかった。
精根尽き果て、白くなって宿に帰ると、ご丁寧にシャルティアとセバスが荷物を受け取るための待機をしている。シャルティアはヤトが戻ると、こちらを見上げて嬉しそうに笑った。口から覗く小さな牙と円らな両眼で見つめられると、文句や愚痴の一つも言えない。
彼女は同じナザリックに属する大切な仲間だ。
高級な衣服を纏い、黒髪で刀を装備し、大金を惜しげもなく使い、多種多様な物を買い漁り、不気味な異次元の穴へ商品を放り込み、買い物が終わると消え、神殿と魔術師組合で騒ぎを起こした仮面の男、奇妙な彼が人々の印象に残らないわけがない。
オリハルコンのプレートをぶら下げた”速い仮面の金持ち”は、強烈に印象付けられた。
《雑貨屋の珍しいアイテムを買い漁ってきて。白金貨二枚分は欲しい》
《休みたいー助けてーラキュースさーん!」
思わず声に出ているが気付いていない。
「はい!」
「はあ……幻聴か。末期だな……疲れた」
幻聴と分かっていても期待をしてしまう。使い走りの無限連鎖地獄から解放させてくれるのは、彼女たちとの会談しかない。この数日間、宿で”蒼の薔薇”の姿を見ない上に、ラキュースの家も知らないので逃げ道もなかった。
「あ……あの、ちょっと、私を呼びませんでしたか?」
「ん? ……あ」
振り向くと黒い大剣を引きずり、白い剣を周囲に浮かべたラキュースが、微笑んでこちらを見ていた。思わずヤトの口が開いた。
《なんだ、どうした、おーいヤトー?》
《あーアインズさん、ちょっとお客さん来たんで、今日は雑貨屋だけにして下さい》
《え、ちょっとま――》
ブチッとメッセージを切った。
少しだけ鬱憤が晴れた。
聞こえた返事は幻聴では無かった。彼女の姿は聖女の様に輝いて見えた。
「よかった。これでやっと解放された……」
「何が良かったのでしょうか」
「え?」
様子がおかしかった。
太陽に照らされる向日葵の笑顔ではなく、建物の影に咲く曼珠沙華の笑顔に見えた。迂闊に触ると毒がありそうだ。
「あ、何かお怒りですか?」
「帰ってきていたなら……どうして連絡をいただけなかったのでしょうか」
「家の場所が分からなくて」
「宿に伝言を頼みましたが、二日続けて無視されました」
「……?」
仮面の男はへし折れそうなほど首を傾げた。
ラキュースは家の場所を書いた伝言を宿に頼んでいた。子供達の一件から見下していた宿の主人に、疲れている彼が取り合うことは無かった。
宿屋とのやり取りが思い出される。
「ヤト様、伝言が」
「後で見る」
「しかし、これは――」
「うるせえんだよ!」
二日とも疲れて話を聞いていない。あまりしつこくしても、彼に怒鳴られてへそを曲げられては困る。ヤトとセバスは長期滞在の上客だ。宿の主人は彼が来るのを待ち続け、伝言は放置された。いつまでも来ないヤトの報告に、彼女が心配し、苛立つのも仕方なかった。
生きて帰るかを心底、心配していたのに、ヤトらしき人物の噂は王都のあちこちできこえてくる。待っていても連絡は来ない。ついに自ら宿を訪ねようと王都を歩いているとき、名前が呼ばれたので振り返ると件の男が叫んでいた。
ヤトの仮面の下で冷や汗がでた。
「あ、それは、すんません」
「許しません」
「えー……どうすれば許してもらえますか?」
じーっとラキュースに見つめられ、冷や汗は追加で流れた。
彼女にへそを曲げられ、逃げられでもしたら、使い走りが復活するのだ。如何なる手段を使おうと、それだけは断固として避けたかった。彼女は目を閉じ、首を振ってため息を吐いた。
「はぁー……仕方ないですね。それでは、私の言うことをなんでも無償で聞いてください」
武装しているラキュースの話し方は、お嬢様というより貴族の戦士だ。生まれながらに身に着けた品の良さは失われることはない。
「そりゃ構わないッスけど、体なら後日にしてほしいです。今は気が乗らな――」
「違います。なんて下品な……」
「あ、すんません」
「何を頼むかはわかりませんが、あとでゆっくり考えます」
「そんなことでよければ喜んで」
「……」
ラキュースは目を細め、ヤトの仮面の下を窺った。以前に会った時と態度が変わっている彼に違和感を抱いた。
「ヤトノカミ様の本物ですよね? 帝都で何かありましたか?」
「いえ、特にはありませんけど。どうかしましたか?」
「……なんでもありません、失礼しました」
余計な発言で彼を突っつき、こんな街中で以前と同様に大声で求婚されては藪から蛇だ。
「まったく……変な仮面の金持ちが王都を飛び回っているという噂で、あなたが帰っていると知ったのですよ?」
「あー……本当に申し訳ないです、すみません」
自分の責任と分かっていたので、ここは反省していた。
「そのお召し物は素敵ですわ」
「本当に? よかった。気に入られなかったら買い直すところでしたよ」
ラキュースの
「ラキュースさん、時間はありますか? 買い物にいきません?」
「何を買うのですか?」
「雑貨屋で面白いもの買い占めろって指示が」
「指示ですか。貴方の仕える王からですね。時間はありますが、私はこの通り武装していますので」
「ちょっと剣を貸してください。」
「? はい、どうぞ」
不思議だったが、彼なら盗むことはないだろうと、黒い剣を手渡した。ヤトがアイテムボックスの黒い小窓を開き、黒い大剣を突っ込むと、自動で武器を立て掛ける所に収まった。
「おお、案外なんとかなるもんですね。これで出し入れ無限のアイテムボックスに入りましたよ」
「あ……あのそれは」
目を見開いたラキュースが、控えめに問いかける。
「アイテムボックスです」
「マジックアイテムなのでしょうか?」
「もう一度やりましょうか? その周りで浮いてる剣も預りますよ」
「お願いします」
好奇心が刺激され、ラキュースは目を皿のようにしている。
六本の
「なんでも入るのですか?」
「さあ、どうなんでしょう。僕らは元から使えましたので。人を仕舞い込んだ経験もないですし。しまっちゃいますか?」
「いえ、結構です。それは
「さあ、なんなんでしょう」
「さあって……」
「今は考えても仕方ないですよ、行きましょう」
「あ」
本当に深く考えず、ラキュースの手を握り、早足で歩きだした。
心の底から楽しくてしょうがなかった。
アインズの使い走りで心身を消耗し続ける毎日から、雑貨屋で適当な買い物をする程度に収まったのだ。これもラキュース様様である。
開放感で”多少”、調子に乗ってしまうのも致し方なかった。
◆
「これ何ですか?」
「……知りません」
冒険者向けの雑貨屋にはラキュースの顔が描かれた皿が数種類並んでいる。一押しの人気商品はガガーランの皿ですと、店員から説明があった。それからずっと、彼女は俯いて顔を隠したそうにしている。
空いている棚に新商品のご案内のチラシが貼ってあった。
”漆黒の英雄皿準備中”、“美姫ナーベ皿予約完売”
吹き出してしまい、不審な目で見られた。
(アインズさん、ナーベラルに負けてる)
ナザリックに戻ったら誰よりも先に教えてやろうと思った。腕を組んで棚を眺めていると、ラキュースの囁きが聞こえた。
「早く出ましょう。一刻も早く」
「恥ずかしいんですか?」
「当たり前でしょう」
俯いて顔を隠しても、店内にいた客の視線は彼女に釘付だ。
その姿が面白くて仕方がない彼は、とても嬉しそうに彼女の皿を取った。
「ほら、これなんかいい角度だと思いません? 俺、買って帰ろうかな」
「早くしてください」
「スプーンを使わずにスープを飲むと、まずい事になりそうじゃないですか? そういう用途で使うべきなんですかね」
「早く!」
「真剣に欲しいなぁ……。一枚くらい買いましょうよ、ラキュー皿さん」
「うるさいです」
「お金はあるから、この店のラキュー皿買い占めるというのはどうです?」
「黙って下さい」
「おー、これなんか上手いですね。実物より美人さんじゃないですか?」
「本当に怒りますよ!」
囁きは、怒気を孕んだ小声に昇格した。
「じゃあ買い占めて俺だけが独占し――」
「やかましい! 早く来なさい!」
ラキュースが切れた。
周囲の視線を気にせず怒鳴り、ヤトの手を掴んで店から連れ出した。
「アダマンタイト級激怒ですね。今なら頭でお湯がわ――」
「黙って歩きなさい!」
怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、周囲の注目を独占して出て行った。
「あーなんか超楽しい。」
手を強く引っ張られながらも、アズスを怒らせた時に感じた以上の楽しさだった。
一部の冒険者から羨望や嫉妬の眼差しを受けても、彼には関係なかった。
◆
結局、四軒の雑貨屋を回り買い物に明け暮れた。
白金貨三枚の散財だった。
ラキュースの絵皿は最初の店でしか売っていなかったことが、特別に悔やまれた。次に機会があれば、目の前で買ってやろうと誓った。
冒険者絵皿は、アダマンタイト級なら全員が描かれており、一枚あたり金貨1枚だ。強い女性の皿は男性冒険者によく売れ、ヤトはラキュースの皿だけ独占し、両替箱に放り込んでおきたかった。
皿ごときに値段設定は高めだが、店員の話だと売り上げ好調だ。
「みんな、強い美人が好きなんだなぁ……」
「何か?」
「あ、なんでもないッス。やっぱり、ラキュー皿が欲しかったなー。野営道具って持ってないんですよ」
「本当にしつこいですよ。武器を渡してしまったのが悔やまれます。今なら躊躇いなく斬れます」
あながち冗談を言っているようには見えなかった。
「でもラキュー皿はそれなりに売れてるみたいですね。じゃあ俺が買ってもいいじゃないでスか」
「私の皿は必要ないでしょう。宿で食事するのですから」
「長い目で見たら野営道具は必要でしょ。それに、食堂のおばちゃんに俺の食事はこの皿でって頼めばいいんじゃないスか。やっぱ今から買いにもど――」
「黙りなさい。二度とあなたと雑貨屋は行きません。買っているのを見つけたら叩き壊しますからね」
「間違えて他の男に使われるのも気に入りませんからね。もしかして嫉妬ッスか?」
「……知りません。あの皿、粉々にして口に詰めてやりたいです」
夕日で赤くなった街で、ラキュースは延々と小馬鹿され続けた。振り返ると、影法師は恋人のように寄り添っている。本体より影の方が、仲が良さそうだ。
「そういえば何も報告してませんねぇ、どうします?」
「私も忘れていましたわ……。挑発がお上手ですわね」
下手に手で触ると毒がありそうな曼珠沙華の笑顔だ。
散々、馬鹿にした彼にはもう怖くなかった。
「お褒めの言葉ありがとうございます、お転婆姫様。あんみつ姫とお呼びしても?」
「……はあ。もうなにを言っているのかわかりません。それより会談を致しましょう。今日で一通りの依頼は終わりました。明日は空いていますか?」
ヤトの頭に浮かんだのは、女性冒険者チームと会談をする期待ではなく、アインズの使い走りを翌日も休める希望だ。
「もちろん空いてます。ラキュー皿さん、命令してくれれば従います」
「うるさいです。それはもっと大切な場面で使います。ですから、ずっと覚えていてください」
「……はい」
二人の男女と言うより、貴族とその従者だった。
ヤトが以前の安い身なりであれば、面倒見のいい姉と馬鹿な弟に見えた。
「あなたの宿はそちらでしたね、では、武器をお願いします」
「このまま一緒に泊まっ――」
「お断りします。武器を返して下さい」
「名残惜しいですね。食事でもしません?」
「そんなに元気ではありません……こんなに疲れてるのは、誰のせいですか?」
「はい、ごめんなさい。すぐに出します」
ラキュースは出会ったときと同様に、渡した武器を装備した。
「明日は何時ですか?」
「夕方に全ての仲間が集まりますので、宿に伺います。詳しい報告はその時にまとめてお願いします」
「んじゃ、宿で待ってます。また明日、楽しみですね」
表情はわからないが、ヤトの声は笑っている。
二人は反対方向へ歩き出した。
ラキュースだけ振り返ったが、既にヤトの姿はなかった。
◆
(本当に……なんて人なのかしら)
帰り道、内心で文句を垂れていたが、表情は緩んでいた。
頼られ、崇められ、認められ続けていた彼女を、小馬鹿にして楽しむ人間など今まで存在しなかった。彼女の中で、危険人物という認識は消えていた。厄介で面倒な人物という認識は膨らんでいたが、不思議な力に多少の期待も寄せていた。
明日の会談に思いを馳せる。
この世界の人間じゃない、暗い影のある英雄、自分をどこかへ連れて行ってくれる存在、そのどれかであればいい、と。
密かに
現実のものになるのなら、妄想は必要ないのだ。
◆
「何してるんスか?」
宿に戻るとアインズがベッドに座って待っていた。
「お帰り、ヤト」
「セバスはどこへ?」
「夜に行って欲しい飛び込みの依頼がきたようだ。許可はこちらでしておいたから、今日はナザリックへ帰還だ」
「それは変わった依頼ですね」
セバスは前々から、最近、そんな依頼が増えていると言っていた。
(何をしているんだか。ナニをしてないよな?)
セバスに限って、それは考えられなかった。
「ヤト、デートお疲れさま」
「心外だなー。アインズさんのおつかいですよ」
「……楽しそうに手を繋ぎやがって」
ちょっと僻みも混じっていた。
「あ、やっぱり見てたんですね。固くて生暖かったッス」
こちらから勝手に連絡を切断したので、見られていても仕方がないとは思っていた。
「その生々しい表現もいらん。雑貨はどうだ?」
「本当に下らないアイテムばかりで。生活の面白雑貨って店が多かったッスー」
「そうか、予想した通り、アイテムの価値は酷いな。購入品を金貨に換算するのは期待できそうにないが、雑貨も一応、試しておくか。食料関係の品が無難か……アンデッドによる農場や牧場、養殖場とか……魔法で作り出せる食料を大量に生産させても……」
手を顎に当てブツブツと悩みはじめた。
「明日は蒼薔薇と会談になりました。モモンとして来ませんか? 王国中で評判らしいッスよ。救国の英雄様と」
「行かない。まだまだ検証しなければいけない事は山積みだ」
「漆黒の英雄皿準備中だそうですよー?」
「……見た。なんだ、あれは。売れるのか?」
「冒険者には人気があるとか。ナーベに人気では負けてましたね。あっちは予約完売ですから」
ナザリックの者が知れば、漆黒の英雄も予約完売になるに違いない。互いに言わなかったが、疑いようのない事実だとわかっていた。
「そんなのはどうでもいい。それより蒼の薔薇には気を付けろ」
これ以上突っ込むと使い走りが再開しかねなかった。
「何かありましたっけ?」
「アンデッドが混じっているんだろう。敵かもしれないからな」
「あー……大丈夫ッス。多少、強くてもどうにでもなりますから」
「相手の強さじゃなく、噂の方が心配だ。漆黒聖典にこちらの情報が回ることだけは避けたい」
「繋がってないと思いますけど」
「細心の注意を払え。まずい展開になりそうだったら逃げろ……頼む、他はさておき、それだけは守ってくれ」
アインズは懇願するような声で言った。
「わかりましたよ……。それより彼女達をナザリックに招くという手はどうでしょう」
「なんで?」
「ただの自慢ですよ。俺達が全員で作ったナザリックは凄いだろうって」
「面白そうだな……ナザリックがこの世界の人間にどう思われるかは気になる。自慢は俺もしたいからな。検討だけしておこう」
「じゃあ、本決まりじゃなくても、ちらっとだけ匂わせときますね」
「あ、買い物はまだあるからな。会談終わったら次の日から再開だ」
「ぎゃああ!」
「騒々しいぞ」
アインズに付いてナザリックに戻った。
そこから雑談に興じてしまい、宿に戻ったのは朝になっていた。
明日はゆっくり眠れると安心しきっていた彼は、そのまま眠りにつく。
セバスが帰ってきたのは、ヤトが眠りに落ちてすぐだった。
ラキ伝言確率→6無視
ラキュー好感度→15 現在35
アインズに鏡で覗かれる→覗く
受付嬢のセバスだけに対する好感度 →1d20×3 回数無制限
17+9+13+10 合計49 色んな意味でレッドゾーン
受付嬢のヤトに対する恨み→ 1d20 ×2 回数無制限
→合計15
セバスはモテる、男女関係なく