モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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ここを起点として仮修正を一周させる予定


22日目 王都リ・エスティーゼ

 

 心機一転しても、それで眠気が晴れることはない。ヤトは人になって倍増した欲求を満たすことなく、王都の宿へ帰還した。セバスが机に向かい、何やら書き物をしていた。

 

「おはよー、セバス」

「お帰りなさいませ」

「ごめん、話は起きてかるあするう……眠い……」

 

 呂律が回らない彼は、そのままベッドに倒れ込んでいった。

 

 セバスは主の上着が皺にならぬよう、慎重に脱がせていった。

 

 

 

 

 起きたら夕日が差し込む直前だ。

 

 体を起こして、ヤトは食堂に降りていく。ナザリックと比べると味が安いが、大衆食堂でも十分だ。そこまで舌は肥えていない。セバスはいつも通り、コーヒーを飲みながらよく食べるヤトを満足げに見ていた。

 

「セバス、今日は依頼に行かなかったの?」

「名指しの依頼があったようですが、事情を話してお断りを致しました。主人を置き去りにして出かけられません」

「そう、悪かったな。今度、埋め合わせをしないとだめだね」

「いえ、お気になさらず。後日に回せましたので、大した依頼でもなかったのでしょう」

 

 ヤトは果物とシチューとパンを順調に平らげた。

 

「俺がいない間に何か変わったことはあった?」

「冒険者として昇格致しました。今はオリハルコンだそうです。」

「……え?」

「蒼の薔薇の方々と協力し、八本指の勢力調査を行いました。あまり収穫はありませんでしたが、そこで組合に推薦を頂いたのです」

 

 ヤトが王都を留守にした五日の間に、”蒼の薔薇”が彼に協力を要請した。内容は六腕不在を受け、彼らの拠点の調査及び情報収集だった。それを読んでいた八本指のボスは、営業を抑え、幹部も矢面に立たなかった。大半が空振りとなったが、それでも敵を倒す必要があり、セバスの強さは周知の事実となった。彼の性格も手伝い、”蒼の薔薇”はセバスに信頼を寄せている。

 

 現状、ヤトへは寄せていない。

 

「そうなんだ。じゃあ俺もオリハルコンって事?。」

「はい、私達はチームとして昇格しました。」

 

 組合の受付嬢達の強烈な後方支援(バックアップ)があったのだが、セバスはその事を知らない。

 

「流石はセバス。一流の執事(バトラー)だな。アインズ様にもよく伝えておこう。」

「ありがとうございます。」

「あとこれ、宿代とか何かの経費に回して。使ったら教えてね。金貨の十倍の貨幣だそうだ」

 

 ヤトは白金貨を20枚手渡す。

 

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます。今夜は八本指に顔を出されるのでしょうか」

「んー、面倒だなー、六腕は腕が二本減って、完全にナザリックの奴隷だし。……面倒だな、本当に」

「ですが、何度か彼らの使者がこちらに。帰ったら顔を出すように伝えてくれと」

「デミウルゴスに相談してみるか」

 

 食事を終えて、部屋へとんぼ返りした。

 

 

 

 

 《伝言(メッセージ)》を使うと、デミウルゴスに繋がった。

 

《これはヤトノカミ様。如何なさいましたか》

《六腕を連れて八本指の所に行きたい。彼らを任せてもいいか?》

《お任せください。ナザリックに送り、恐怖公に任せるのがよろしいでしょう。とても”素直”になります》

 

 最悪に調教されて以来、彼らは性格が変わり過ぎてしまった。

 

 サキュロントは魚介を見ると失禁するほど怯える。

 マルムヴィストは尖端・刃物・人間不信、数多の恐怖症で、膝を抱えて震えている。

 ペシュリアンは餓食狐蟲王にまるごと渡してしまった。

 エドストレームは媚びた目を向け、近寄ると体を密着させる。

 

 ゼロが最も忠実で、蟲に怯える以外は無言で待機を続けていた。

 

 つまり、普通の部下としては使い物にならない。

 

《わかった。夜に会おう》

《はい、受け賜りました》

 

 デミウルゴスの声は喜色を帯びていた。

 

「セバス、夜にデミウルゴスが六腕を連れてくる。俺はそれまで眠って待つから、何かあれば起こしてくれ」

「……畏まりました」

 

 セバスはデミウルゴスに何か思う所があるのか、主が眠ってから眉をひそめた。

 

 

 

 

 ヤトが眠って3時間が経過したころ、来客があった。セバスは来客を快く受け入れ、目撃した者を眠りの世界へ誘うヤトの寝顔を前に悩んだ。腕を組んで5分ほど葛藤した結果、彼はヤトを起こした。

 

「ヤトノカミ様。お休み中に申し訳ありません」

「ん~……まだ……眠いぃー……もう時間?」

「ガゼフ・ストロノーフ様とクライムがお越しです」

「なにい?」

 

 寝惚けながらも珍客のイベントに体を起こした。寝相の影響で彼の頭はぐしゃぐしゃだ。頭頂部からぴこんと突き立った寝癖(アホ毛)が左右に揺れた。

 

「ヤバイ……これから四腕連れてデミウルゴスが来るのに」

「如何いたしましょうか?」

 

 セバスの声は落ち着いていた。

 

「とと、とりあえず服を着よう。あっ」

 

 ベッドから上手く降りられずに転んでしまった。部屋の中からした物音に、室外で不思議そうに首を傾げる二人がいた。

 

「どうかしたのだろうか、騒がしくなったな。」

「叫び声も聞こえますね。」

 

 寝癖を立てたヤトが仮面もつけずに、ドアを開いた。

 

「ヤトノカミ様、寝癖が立っております。すぐに私が」

「えー? もういいよ、開けちゃったし。久しぶりだな、ガゼフ」

「久しいな、ヤトノカミ殿! 我々は急いでいないから寝癖くらい直してはどうだ」

 

 ガゼフは朗らかな笑みを浮かべ、握手を求めた。

 

 櫛を持ってヤトの後ろから迫るセバスは、以前に稽古をつけた若い騎士に気が付く。

 

「は、初めまして、ヤトノカミ様! セバス様にその節はお世話になりました!」

 

 クライムは嬉しそうにお辞儀をしたが、ヤトの記憶は薄れていた。

 

「セバスの知り合いか?」

「はい、以前にお話ししたクライムでございます」

「あー……君がそうか。話を聞きたいから、下の食堂に行こう」

「ヤトノカミ様……寝癖がまだ」

「だからいいってば」

 

 クライムは事前情報とかけ離れたヤトを見た。

 

(この方が、ストロノーフ様を倒し、セバス様よりも強い剣士……?)

 

 高級な服と合わない寝ぼけた顔、頭頂部から天を突く寝癖、所持している刀は一級品だった。大よそ武力とはかけ離れた、世襲で後を継いでやる気を欠いた貴族に似ていた。

 

「ヤトノカミ殿、クライムが世話になった執事殿を困らせては悪い。先に飲んでいるからゆっくり来てくれて構わないが」

「そうか? じゃあ先に始めててくれ。すぐに行く」

「わかった、先にいって待っていよう」

「ああ、酒はこの部屋につけてくれ。金はあるからな」

「さあ、ヤトノカミ様、こちらへお座りください。寝癖をお直し致します」

「いや、もう寝癖はこのままでもいいじゃんよ……」

 

 言葉の途中でドアが閉まっていった。

 

 彼はまだ文句を続けていそうだった。

 

 ガゼフは嬉しそうに笑い、クライムは顔を引きつらせて酒場食堂へ降りていった。

 

 

 

 

 結局のところ、セバスに逆らえずに寝癖を直してもらった。親に髪を空いてもらう幼女のようで、恥ずかしく居心地が悪かった。髪を整え、仮面を装備し、刀を携えて酒場食堂に降りると、赤ら顔の二人が酒を交わしていた。

 

 先にでき上がっていた。

 

「はっはっは。すまんな、先にはじめているぞ」

「いいよ、別に。マスター、俺にも同じ奴持ってきてー。あと何か肉」

「改めて、お会いできて光栄です、クライムと申します。セバス様……はどちらへ?」

 

 クライムは礼儀正しく挨拶をした。

 

 セバスはデミウルゴスが来たら困るので、部屋で待機をしてもらっている。

 

「セバスは書類があるそうだ。それより君がクライムか」

「あ、あの、はい。その件ではセバス様に助けていただきありがとうございました」

 

 先ほどとはまるで違う剣士の姿に緊張していた。気の抜けた雰囲気が一切感じられなかった。

 

 ――と、彼にはそう見えた。

 

 実際のところ、ヤトが本気で気迫を出すのは殺戮や暴行のときだけだ。

 

「その仮面は何だ?」

「ん、南方の血が目立つから顔を隠しているのだ」

「なるほど、私よりも血が濃いからな。仮面が無いと目立つ気持ちはわかる」

 

 本当はただの趣味だが、堅物のガゼフ相手にそうは言えない。

 

「ガゼフにも南方の血が入っているのか?」

「ああ、私はそこまで血が濃くないがな。黒髪黒目は南方の関係者だ。色が黒に近いほど血が濃い」

 

(これは覚えていても損が無いかもな……)

 

 着脱式の仮面の下部は外され、ニヤッと笑った口が見えた。

 

「ところで、クライム。セバスは強かっただろ?」

「はい、殺されるかと思いました。」

「彼はナザリックで肉弾戦最強クラスだからな。無事で何よりだ。あんまり弱いと、気迫を受けただけで死んでたかもしれないぞ」

 

 楽しそうに話していたが、クライムに戦慄が走った。自分が普段の鍛錬を怠っていれば、あの場で死んでいたと言われているのだ。

 

「セバス殿もそんなに強いのか……でたらめな場所だな、ナザリックというのは」

「六腕よりも強いのでしょうか」

「そうだなぁ……セバスの話だと、彼らじゃ5秒と持たないって言ってたな。素手で彼とやったら俺も負けるだろうし」

「凄いですね……」

 

 クライムはそれだけ言うのがやっとだった。

 

「ところでガゼフ、今日はどうしてここに?」

 

 ヤトは久しぶりに会ったガゼフを、どのように呼んでいたかを忘れていた。適当にガゼフと呼んで様子を見たが、彼に不快感を覚えた様子はない。むしろ嬉しそうに答えてくれたので、判断は間違っていなかったと思った。

 

 ガゼフは友人になったと思わせる距離の近さが嬉しかった。

 

「なかなか訪ねて来ないのでな、こちらから参ったのだ」

「あ、わす……そうだな。色々とあそ……忙しくて申し訳ない」

 

 忘れていた、重ねて遊び呆けていました、そんなことを言えず、ボロを出しながら取り繕った。クライムはヤトの人格が把握できたような気がした。

 

「あのー……ヤトノカミ様。アインドラ様に求婚なさったとお聞きしているのですが」

「なんだと!? そうだったのか……水臭いじゃないか!」

 

 突然の朗報に、ガゼフは単純に喜んでいる。現実世界の日本の感覚では、苗字はラキュースだが、こちらの世界の苗字はアインドラだ。ヤトにラキュース以下の名前は残っていなかった。

 

「アインドラ……? 誰だ? そんな奴、俺は知らんぞ」

「違うのですか?蒼の薔薇のリーダーで」

「ああ、ラキュースさんか。そうだった……そうだそうだ。蒼の薔薇と会談してそのあとに二人でデートだったな」

「お忘れだったのですか?」

「それは困るな。アダマンタイト冒険者は王国の財産だ、気安く傷物にしてもらっては」

 

 二人の目に非難の色が宿る。

 

 普段から稽古しているだけあって、彼らはとても真面目だ。

 

 酒のツマミに話す女性問題にしても、融通が利かない。

 

「傷物って大袈裟だなぁ。まだ手も足も出していないぞ」

「では、手を出す予定なのか。それは真面目な交際なのか?」

「交際……固いなぁ、ガゼフ。色んな人と出会えば好みの女性を口説くことだってあるだろう。一夜の火遊びだって」

「む……そうか。真面目な交際なのだな?」

「まあ……それなりに……その……」

 

 以前に比べて落ち着いているから、そこまでがっついてない、などと言おうものなら、前日に受けたアインズの説教並みに、話が長くなりそうだ。

 

「あ、少なくとも俺は彼女が好みだ。」

 

 誤魔化すように仮面の口元を外し、酒を口に含んだ。

 

「やはり本当なのですね。英雄同士の交際なんてすばらしいと思います!」

 

 目をキラキラと輝かせているクライムは、セバスに聞いていた話よりもずっと幼く見えた。

 

(口説いたのは事実だし、このままにしておくか……)

 

 夢見る少年に水を差すのは悪い。

 

「ところでなぜ知っているんだ? あの場には二人しかいなかったぞ」

「はい、王女様からお聞きしました。」

「クライムは王女の専属護衛をしているのだ」

「ほー……王女様の。回り回ってここに来たのか。専属護衛ねえ、だから強くなりたかったんだな」

「あの、私はどうすれば強くなれるのでしょうか。」

「ふむ……そうだな」

 

 この世界で強くなる過程は未検証だ。単純に考えると、レベルアップに必要なのは経験値だ。何かを大量に殺せば経験値が溜まるのだろうかと疑問に思う。

 

「明日から、セバスは依頼をこなしてもらうんで昼間いない。俺も昼間は出掛けている場合が多くなる。夜は宿にいるから、時間があれば来るといい。まるで相手にならないだろうが、壁にぶつかるのはいい経験だ」

 

(眷属召喚の蛇と戦ってもらうかな)

 

 何か意味ありげにガゼフが話しかけてきた。

 

 

「壁……か。壁を壊すにはどうすればいいと思う?」

「そうだなぁ……負けて剣を捨てるならそれまでだろう。剣を手放さないなら、そのうちなんとかなるんじゃないの?」

 

 何も考えていない受け答えだったが、ガゼフには思う所があった。

 

 ゲームで強くなったヤトからすれば、剣術の真面目な向上は難しい。

 

「ヤト、今度は私の知り合いと共に立ち合いを願いたい」

 

 心を許したガゼフは、“殿”を付けていなかった。ヤト自身もあまり気にはしなかった。

 

「別に構わんが、どうかしたのか」

「壁にぶつかって立ち止まっている者を更生させたいのだ」

「あの、ヤトノカミ様。私もお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 クライムはこちらを真っすぐ見つめていた。

 

「わかった。協力できる事ならしよう。」

「よろしく頼む」

 

 人の教え子を奪うようで気が引けたが、夜なら二人で相手をすればいい。眠くなったらそのまま寝てしまっても構わない。召喚した眷属は倒せば世界から消える。ヤトが寝ていても問題はない。

 

「帝国に出掛けたそうだな。何をしに行ったのだ」

「んー……闘技場の賭博(ギャンブル)に勝ち続けて、白金貨6000枚以上、稼いだは良いけど、勝ちすぎて出入り禁止になって追い出されたから、とりあえず服買って帰ってきた」

 

 事も無げに常識を外れた事を説明した。

 

「白金貨……。6,000枚……」

 

 王女付きのクライムは同年代の兵士から比べると、それなりに高給だった。そうかといって白金貨で数える給金ではなく、羨む以前に天文学的数字に思えた。遠い世界のおとぎ話を羨ましいと思わないのと同様、クライムは話に現実味を感じなかった。

 

 ガゼフは酒を飲みながら楽しそうに笑った。僅かに脳裏をよぎったアインズとヤトの反目、心配が杞憂で心から喜んだ。

 

「はっはっは! 滅茶苦茶だな! ゴウン殿と反目し、帝国に所属したのかと思ったぞ!」

「それだけは絶対にない。八本指の金でギャンブルしに行っただけだからな」

 

 アインズを裏切るなど想像もしたくなかった。裏切って得をすることが何もない上に、唯一の友人を失うのだ。もしそんなことになれば、ヤトが望むのは裏切りではなく自らの死だ。

 

「八本指の件にやはり絡んでいるのか?」

「なりゆきで絡んでる。セバスを置いて、代わりに彼らの警備の精鋭部隊、六腕を連れていったな」

「よくぞ御無事で……」

 

 相変わらず、おとぎ話でも聞いているようなクライム。

 

「いや、六腕って恐ろしく弱かったぞ。二人も殺しちゃったから、今じゃ四腕だけどな」

「そんな風に、気軽に言えるのはヤトだけだ。この国では彼らに手を焼いているというのに、本当に相変わらずだ」

 

 力と仁徳を見込んだ男が、カルネ村で別れてから変わっていなかったのが嬉しかった。

 

 寝起きが悪くて一人は気分で殺したと話せば怒っただろう。

 

「おお、忘れていた。これは手土産だ」

「なに、これ?」

「王国最高級の酒だ。ゆっくり味わってくれ」

 

 白く包装されたもの酒瓶を手渡す。仕える王からの餞別だったが、国王からとは言えなかった。貴族たちに知れたら何を言われるかわからない。

 

「少しずつ飲むことにしよう。酒を飲むと攻撃力が上がるから助かるよ。ありがとう、ガゼフ」

「変わった体だな。最近、あちこちで噂になっているのもヤトだろう。冒険者を殺してスラム街の子供達を攫ったとか」

「それはラキュースさんにも怒られた。勝手な行動するなーって」

「攫った!? なぜなのですか?」

 

 孤児だったクライムは不審を抱いた。話が本当だとすれば、ただの誘拐犯だ。

 

「犯罪者たちの気分で暴力を振われるのが可哀想だろ。あの子達は今頃、カルネ村で農作業してるよ」

「やはり、そんなことだろうと思ったぞ。人身売買や殺害目的で子供を攫うのなら、カルネ村にいた時にやっていただろうからな」

「随分と怒られてしまった。美人に怒られると堪えるよな」

「私には経験がないな」

 

 二人は酒の席らしく楽しげに笑い合った。

 

 クライムは安堵の息を漏らす。

 

「ところで、クライム。ラキュースさんの……えーとその……家はどこかな?」

 

 中学生が初恋相手の住所を聞くような恥ずかしさだった。求婚したと思われてる相手の家を聞くなど、夜這いに行くようだ。

 

 クライムは不安そうな顔でこちらを窺っていた。

 

「残念ながら私にはわかりかねます。蒼の薔薇の方々もこの宿なので、お聞きしてみては如何でしょう」

「それもそうだな。急ぐ必要もないし」

「私の家の場所は王宮の東だぞ」

「一応覚えておこうじゃないか、ガゼフ」

「わ、私の家は」

「それは聞いていない」

「そ、そうですか……」

 

 しょげている若き剣士は、どこではなく全体的に犬のような従順さが見えた。

 

(こいつは子犬っぽいなぁ。尻尾ついてんじゃないのか?)

 

 ラナーが聞いたら喜びそうな独白だ。失礼な事を考えていたところで、セバスが呼びに現れた。

 

「ヤトノカミ様、そろそろお時間です」

「もうそんな時間かぁ。ガゼフ、クライム、俺はこれから八本指に金を返しに行くから今日はこれで失礼するよ」

「な、なんだと!? なぜ、先に言ってくれなかった! 危険だ、私も付き合おう!」

「はい! お供します!」

 

 盛り上がっている二人に対し、ヤトは冷静だ。

 

「……すまんがその方が困る。戦うのも逃げるのも数が少ない方が楽だ」

「ガゼフ様、クライム、護衛は私一人で問題ありません。ご安心ください」

 

 セバスは微笑んだ。

 

「それもそうだな……死ぬなよ、ヤト」

「ストロノーフ様、大丈夫でしょうか」

「彼は私より強いのだ。下手について行くと足手まといになるだろう」

「安心してくれ。八本指もそのうち大人しくなる」

「人手が必要だったら声を掛けてくれ。喜んで駆けつけよう」

「わ、私も」

「その時はよろしく頼む、二人とも。じゃ、今日はこれで」

「お二人とも、失礼します」

 

 セバスが頭を下げたのを確認し、自室へと戻っていった。

 

 滅茶苦茶な話だったが、ガゼフはそれを信じた。クライムは全てを信じたと言い難いが、遅かれ早かれ、信じざるを得ない機会が訪れる。

 

「凄い方でしたね……」

「あれがナザリックのヤトだ。一度、出会ったら忘れられまい」

「ええ、そう思います」

「それにしても、出掛けるのになぜ自室へ戻るのだろうか」

「……?」

 

 ヤトは転移を使って部屋から出ていた。ガゼフとクライムはしばらく酒を飲んだが、ヤトの姿は見なかった。

 

 

 

 

 自室ではデミウルゴスと、彼が処置を施した六腕が案山子のように立っていた。

 

「デミウルゴス、呼び出してすまなかったな」

「そのような気遣いは無用でございます。お役に立てることが無上の喜び、歓喜こそすれ誰が不満など漏らすでしょうか」

「ところで……彼らはだいぶ大人しくなったけど、何かあったのか?」

「調教の粗を私の方で削っておきました。希望と絶望を感じる事象を交互に与え、命令に忠実な部下へ変わったのです」

 

 エドストレームは女性だからなのか、まだ瞳に媚びた色がある気がした。彼女の調教具合を想像してしまう。

 

「女性は強いな……」

 

 頭を振っていらぬ記憶を掻き消した。

 

「セバス。デミウルゴスと出掛けてくるわ」

「デミウルゴス、よろしくお願いします。」

 

 深々と頭を下げる。

 

「すまないね、セバス。さほど時間はかからないから心配は無用だよ。」

「行くぞ、デミウルゴス。」

 

 二人は八本指の会議が行われる拠点へ転移ゲートを開き、闇に入った。

 

 

 

 

ご丁寧に八本指は幹部が揃っていた。

白金貨の帰りを全員が心配していたのだ。

 

「……久しいな、ヤトノカミ殿。首尾は如何だったか?」

 

 八本指のボスは彼が無事に帰ってきた事が不満だった。服装が変わっているので、賭けには勝って凱旋したのだ。彼が生きて帰ることより、死んで金を持って帰る事が理想的な結末だ。

 

「ああ、白金貨6000枚程度になった。半分はもらったよ」

 

 どすん、と大きく膨れ上がった小袋を机に置いた。重たい袋を持ってくるのが面倒だったので、屋敷外の生ごみと石ころを詰めた偽物だ。

 

「おお!」

「これだけあれば一生遊んで暮らせるわ!」

「待て、各部門に均等に割り振るんだろうな」

 

 他の部門長たちは欲で目が眩み、にわかに騒ぎ出す。ボスだけがそれに苦言を呈した。

 

「それは酷いのではないか? 私達は資金を貸し出したのだから、その白金貨を補填していただきたい。貸し付けたのだから利子も必要だ」

 

 ボスだけが冷静に交渉を開始したが、相手に交渉する気は一切ない。一緒に付き従ったのがデミウルゴスという点は、彼らにとって不運以外の何物でもない。ヤトの対応も素っ気なく、ナザリックの駒にされる存在に興味はなかった。

 

「そうか」

「ゼロ。こいつらを捕らえろ。」

 

 警備部門長の彼はボスの声に何も反応を示さず、代わりにスーツを着た長身の男がクックックと嗤った。

 

「聞こえているのか、ゼロ。他の二人はどうした。四人しかいないのはなぜだ」

 

 ボスの問いかけに、ゼロは何も答えない。

 

 何の表情もない彼は話が聞こえたかもわからない。

 

「あーいいから黙って。だいたいさあ、想像力が足りないぞ。俺が彼を調教する可能性は考慮に入れなかったのか?」

「ヤトノカミ様、程度の低い裏組織の皆様ではこれが関の山かと」

 

 口角を上げて見下しながら笑うデミウルゴスは、いかにも悪魔らしい表情だ。

 

「それもそうだな。俺達が人間だと思ってんだから、お気楽なものだ。デミウルゴス、後は頼む」

「初めまして、程度の低い犯罪組織である八本指幹部の皆さん。我らの王は下等生物である諸君らに慈悲を与えよと申し付け下さいました。これより八本指は、我々の支配下になります」

「なっ、何を言っているんだ!?」

「ゼロ以外の者、この館にいる幹部以外の者を殺してきなさい。死体は全て持ち帰りますよ。貴重な実験道具なのですから。皮を剥いで羊皮紙の原料に致しましょう」

 

 即座に四腕は屋敷の中に散っていった。裏切りとは最も縁遠かったゼロの謀反は、ボスに過度の動揺を与えた。

 

「貴様、何をした!」

「ゼロ、彼を黙らせなさい」

 

 命じられたゼロは、無言でボスを殴りつける。その表情にはなんの感情も、感傷も無かった。鼻の骨が折れた彼は、顔を押さえてうずくまった。 他の幹部は事態の深刻さをようやく把握し、逃げ出すタイミングを窺っていた。

 

 今さら遅すぎる。

 

 この場に居合わせた時点で、彼らの運命は決まっている。

 

「安心してください。栄光あるナザリックの奴隷となれるのです。その洗礼を受けたら解放して差し上げましょう」

 

 心の底から嬉しそうなデミウルゴスは水を得た魚だった。

 

「ふざけるなっ! 誰がお前たちに従うか。」

「そうよ、裏切るかもしれないわよ」

「もっと反発しなさい。今しかできないのですから。ですが至高の御方の御前です、少々頭が高い。『平伏しなさい』」

 

 全員が椅子から転げ落ち、床に頭を擦りつけた。デミウルゴスの言葉による縛りを解除するアイテムなど、彼らが持っているはずもなかった。

 

「安心してください。君たちの命は保証します。それ以外は何一つ保証しませんが。ナザリックにて我らの部下に相応しい洗礼を受けさせましょう。」

 

 ヤトは趣味を悟り、邪魔しないようにお暇することにした。

 

「じゃあデミウルゴス、後は任せたよ。なるべく早く済ませてあげてね。過度な拷問はアインズさんの望むところではないだろう」

 

 この後しばらく続くであろう、デミウルゴスによる彼らへの調教を想像し、助けることはなく早々に退散する事にした。

 

「畏まりました。ヤトノカミ様。後はお任せください。ただいま、ゲートを開かせます」

「いや、必要ない。俺は夜風に当たりながら散歩して帰るから。こいつらだけ任せる」

「そうですか、それは残念です。帰り道、お気を付けください」

「また何かあれば連絡する。アインズさんによろしく」

 

 八本指はナザリックの支配下に置かれ、財は全てナザリックの所有物となった。

 

(今後、八本指関連の依頼はデミウルゴスの作戦だと考えた方がいいか)

 

 迂闊に動いて迷惑をかけることは避けたかった。

 

 行動に気を付けようと、少しだけ慎重になった。

 

 

 本当に、少しだけだが。

 

 

 

 

 




寝る時間→8 時間
昇格数→3 金→白金→ミスリル→オリハルコン
行く→9デミウルゴスと

性欲 +10 現在 10 
性欲 +10 現在 20 

デミウルゴスがすぐ来る可能性→20% 外れ。
蒼の薔薇とバッティング率→20% 外れ
ブレインと遭遇率→90% 成功
ブレインが来る日程→8

次の作戦内容→暗殺部門系

クライムの子犬度 →1d20 →16


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