モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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漆黒の英雄の調査報告書 2日目

 

 

 夜のアインズには膨大な時間が与えられている。本来の生物が睡眠に使用する時間が、そっくりそのまま余剰時間として課せられる。蜥蜴人(リザードマン)の作戦を立てるのに飽きれば、他にすることがないのでヤトの忠告を聞き、気分転換にベッドでゴロゴロして一晩を過ごした。

 

 作戦立案は意外と面白く、情報を集めて必勝の戦略を立てる事が好きな彼は、心から楽しみながら一晩を過ごすことができた。

 

 ナザリックに帰還することなく、(しもべ)に気も使うことなく策に没頭できた彼は、心身ともにリフレッシュをした気分だった。

 

「……あぁ、朝か」

 

 窓から差し込む陽光で、いつの間にか朝になったと気付く。

 

 モモンが泊まっている部屋のドアがノックされ、アインズは急いでモモンに戻った。

 

「おはようございます、モモンさ、ん。そろそろ出発のお時間です。」

「モモン様。今日はよろしくお願いします。」

 

 ナーベがブリタを連れ立って顔を出す。一晩中かけて作戦を立てる傍ら、一晩かけてブリタの存在を忘れていた。

 

(あ、忘れてた。コレと一緒だったっけ)

 

 モモンはマントを翻して、間借りしている家を出た。

 

「おはよう、二人とも。今日はよろしく頼む」

 

 ブリタはモモンの背中を目で追っている。

 

「はあー。モモン様のチームに入りたいなー」

「芋虫。遅れたらおいていきますよ。」

「はっはい!よろしくお願いします、ナーベさん。」

 

 こちらはこちらで、一晩中、ブリタにモモンの話を聞かされたナーベだが、あまり悪い気分ではなかった。モモンを尊敬し崇めているその心中は同じだ。虫けらという評価に変わりないが、ブリタは害虫から益虫へ昇格した。

 

 一晩かけた甲斐もあって、アブラムシからテントウムシに昇格することができたのだ。

 

 それでも、殺せと命じられれば躊躇わず、喜んで殺した。

 

 

 

 

 うるさいハムスケはカルネ村での農業に従事させられた。森の案内をするのに彼はうってつけだったが、ゴブリンの調査をするにしては目立ち過ぎる。

 

 ハムスケの代わりにゴブリンの族長、カイワレを連れて、一行は大森林の入り口に到着した。

 

「カイワレ、森の様子を見てきてくれないか。ゴブリンがいたら連れてきてくれ」

「ヘイ!合点でい!」

 

 カイワレは森へ飛び込んでいった。

 

(なぜ江戸っ子みたいな口調なんだろう……)

 

「そういえばモモン様。この前、モモン様が解決した事件の首謀者2名の死体が盗まれたそうです」

「ほう……誰が盗んだのだろうか」

「噂ですけど、所属していた組織の人間が盗み出したとかって、酒場のごろつきが話していました」

「ふむ……」

 

(あの二人、何らかの組織に所属していたのか……そこまで情報を吐かせても良かったか)

 

 ニニャの溜飲を下げるため、安易に殺したのは早計だった。生かしておけば、ヤトにも文句を言われずに済んだ上、漆黒聖典の情報まで手に入ったのだが、既に後の祭りだ。

 

 程なくして戻って来たカイワレの話によると、森林の西部は蛇たちの生息域(テリトリー)となって、ゴブリンの姿は見えなかったようだ。彼らは森林の西部の状況を確認するため、魔物が蠢く森へ入った。

 

 カイワレの情報通り、森林西部は蛇達の支配下に置かれており、そこら辺を大小様々な蛇達がうろついていた。友人の姿を思い出し、襲い掛かる彼らを殺す気になれなかった。

 

 ――と、最初こそ思ったが、連絡もなく好き勝手に暴れる友人に段々と腹立たしくなり、襲い掛かる蛇達は滅多切りにされた。

 

 飛びかかる大蛇は口から剣を突っ込まれ、二つに分割された。

 

「はああっ!」

「なんかモモン様、怖いです……」

「芋虫、モモンさ、さんに無礼は許しませんよ。」

 

 ブリタに釣られて様付けで呼ぶところだった。

 

 仲間を大量虐殺された蛇達は、仲間が放つ血の匂いに辟易し、少し開けた場所で遠巻きにこちらをみていた。ブリタ、ナーベ、ゴブリンはどこからでも来いとばかりに剣を抜いて構えていたが、モモンだけが違う方角を見ていた。

 

「で?」

「え?」

「そこのお前が西を支配する蛇の親玉だと嬉しいのだが」

 

 虚空に話しかけるモモンに、ブリタは怪訝な顔をした。すぐに蛇の胴体に老人の上半身をくっ付けた魔物が姿を現し、ブリタは危なく腰を抜かすところだった。

 

 透明化で様子を窺いに来たようだが、モモンには通用しない。

 

「おぬし、何者だ?」

「ナーガか? 先に言っておくが私はお前より強い。素直に話を聞いた方が身のためだと思うが」

「私はリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンじゃ。侵入者よ、早々に立ち去れ。この森は我が眷属の支配下にある」

「ナーベ、カイワレとブリタを守れ」

「はい」

 

 眷属の頂点が登場し、周囲の蛇たちは一気に殺気立った。いつ襲い掛かってくるかわからなかった。モモンの邪魔にならない程度に、ナーベたちは距離を取った。

 

「芋虫、小さいのくらいは倒しなさい」

「私だって冒険者です!」

「オイラもやったるぜ!」

 

(あちらは任せても大丈夫そうだな)

 

 モモンは魔蛇へ対峙する。

 

「名前が長いのだな。私がここに来たのはお前と交渉をするためなのだが」

「ふえふえふえ。舐めるなよ、小僧」

 

 魔蛇と御大層な二つ名がついているが、どうやら敵の実力を見抜く程、強くはないらしい。リュラリュースは地を這い近づいてくるが、モモンは落ち着いていた。素早い友人の事を考慮し、スピードに注意を払っていたが、目でとらえられる時点で大した相手ではない。ブレインの武技はもっと早かった。

 

 モモンはナーガを地面に組伏す。

 

「ふえ!? な、なぜわしがこんなやつに捕まるのじゃ」

「お前が遅いからだ。」

 

 長い胴体で締め上げようと悪あがきしていたが、モモンは事も無げに話をはじめた。

 

「さて、ゴブリンの部族について教えてもらおうか。」

「ぐぐ、なぜ締め付けが効かないのじゃ」

「お前が弱いからだ」

 

 頭を何度か地面にぶつけてやると、魔蛇は目を回して大人しくなった。二つの両目は鳴門のように渦を巻いた。

 

「うー……ゴブリン共は纏まって東の森に逃げていったわい」

「なるほどな、お前が追い出したのか」

「頭の悪い東のトロール共と、南の森の賢王が消えたからのう。なぜ消えたかは知らんが、ゴブリンを追い出して大森林の全てを蛇の楽園にするつもりだったんじゃよ」

 

 トブの大森林は三竦みの、調和のとれた拮抗状態を長らく維持していた。その二体が突如として消え去り、拮抗していた勢力図は積み木崩しに崩壊した。自然と勢力に属していなかったゴブリン達が、勢力を拡大する西の蛇から侵略の標的となった。

 

「数は確実に減らしたのじゃが、まだたくさんおるからのう。じゃが、問題はたまに森に来る黒くて大きいアンデッドじゃよ……奴ら森を少しずつ狭めとる。森林が消えてしまうわい……嘆かわしい」

 

 どうやらデスナイトに手を焼いているらしい。

 

「安心しろ。そのアンデッド、デスナイトは私の支配下だ。」

「ゼェ……ゼェ……あ、あんたがあの化け物を?」

 

 モモンに乗られて苦しくなってきたのか、息が荒くなっていた。

 

「ゴブリンは私達が付近の村に連れていく。この森はお前たちの支配下だ。」

「何じゃと!? 本当によいのか?」

 

 森林を統べられる喜びで大声を上げる魔蛇。

 

「本当だとも。だが、アンデッドはこれからも森の面積を減らし続ける。お前たちは森の環境を維持するんだ」

「え? 森が減る?」

「何か問題があるのか? 減った森は植林を行い自分たちで増やせばいいだろう。違うか?」

 

 モモンは赤い光で睨み、有無を言わせぬ雰囲気で詰め寄る。リュラリュースは言葉に迷うが、上に乗られた状態で詰め寄られている。結論は初めから決まっていた。

 

「で、ですが、最近森の中央に謎の集団が」

「そちらは私がリザードマンと共に戦う。お前たちは森を維持することだけ考えれば幸せに暮らせるぞ。私が負けたら逃げた方が賢明かもしれないがな」

「……森の中央はよろしくお願いします」

 

 魔蛇リュラリュースは完全に抵抗を止めた。

 

 蛇が殺気を放つのをやめ、一様に首を垂れたので事態が収束した。

 

 ナーベ達が近寄ってきた。

 

「モモンさ……ん、お疲れ様でした」

「この魔蛇は森林を蛇達の支配下に置く事と引き換えに、森林内の環境を維持してくれるそうだ」

「……よろしくお願いするのじゃ」

 

 トブの大森林の新たな支配者、魔蛇リュラリュースは、心細げに頭を下げた。

 

「モモン様! 凄いです! 西の魔蛇と森の賢王を屈服させるなんて」

「透明化を阻止するアイテムを付けていただけだ。運が良かったのだろう」

「……」

 

 「そういう問題ではない」と、リュラリュースは心の中で文句を言った。何度戦っても、彼に勝てる可能性を感じなかった。

 

「ブリタ、あとはカイワレと私でゴブリン達の部族と交渉をする。ナーベ、彼女をエ・ランテルへ頼む」

「はい、この七星天道虫(ナナホシテントウムシ)をエ・ランテルへ送り届けてきます」

「えっいや、あたしはまだここにのこ――」

「頼んだぞ、ナーベ。ブリタ、アインザック殿によろしく伝えてくれ。ゴブリン達の脅威は去ったと。」

「はい! 必ず伝えます!」

 

 ブリタは往生際が悪く、最後まで食い下がろうとしたが、モモンに頼まれては返事するしかない。彼女の表情は木漏れ日が当たり、晴れやかだった。ゴブリン部族の確認など、本当はしなくてもどうなるかは察していた。

 

 モモンはその後、カイワレを連れて森林の東部まで移動していた。

 

「カイワレ、この近辺に住むゴブリン達を集めてくれ」

「合点承知の助!」

 

 モモンが理解できないくらいの古臭い返事で、ゴブリンは草むらに突っ込んでいった。

 

「これは……かなりの数だな」

 

 森林内に住む全てのゴブリンが集まったとはいえ、千匹は優に超えていた。がやがやと騒ぐゴブリン達を落ち着けるため、モモンは新たな《ゴブリン将軍の角笛》を吹き、彼らと話をした。

 

「へい! 旦那! あっしはジュゲムです!」

 

 やはり笛の音がよく聞こえたゴブリンに知性が宿り、話ができるようになった。

 

「お前たちは部族全員でカルネ村に行け。そこで村人たちと協力し、村を発展させるのだ。敵対者や魔物が出れば、それを討伐しろ」

「任せてくだせい!」

「あっしらでゴブリンをまとめてみせますぜ!」

 

 カイワレとジュゲムは元気に同意した。どちらがどちらなのか、モモンには見分けがついていなかった。

 

「ジュゲムとカイワレ、くれぐれも村人に迷惑をかけるな。共存共栄し、好きなように繁栄をするといい」

 

(全部で千匹くらいいるけど、大丈夫だよな……?)

 

 突如として数が増えた弊害で、思い当たるのは一つだけだ。

 

「私の方で食料の援助くらいはしてやろう。カルネ村にナーベが戻ったら、明日からリザードマン達と共闘の準備を始めなければな」

 

 そうしてトブの大森林の勢力図とゴブリンの部族連合を解決し、モモンとナーベは蜥蜴人(リザードマン)の生き残りをかけた決戦に臨む。

 

 戦う相手が何者か、まだ知らずにいた。

 

 

 

 

 西を支配する蛇達は、彼らも知らぬうちにナザリックの支配下に置かれた。

 

 南の森の賢王、西の魔蛇を屈服させ平和のまま森を制定したモモンは名声を高める。その情報はブリタの布教活動により、エ・ランテルを中心に各地に回っていく。

 

 彼は“漆黒の英雄”に加えて、“救国の英雄”の二つ名でも呼ばれ、噂は瞬く間に王国中を巡ることになる。

 

 後日、話をきいたヤトが、面白半分でナーガ達に会いに行った。同じ蛇種族として何か感じるものがあるかの検証だったそうだ。自分たちの上位種を初めて見た蛇達は、その強さと美しさに見惚れ、自ら望んでナザリックを崇拝する。

 

 トブの大森林は蛇が支配する森となり、毒対策が必須という情報が周知の事実となった。

 

 

 

 一方で、モモンの心配通り、急激に人口が増えたカルネ村では、とんでもない食糧難がしばらく続いた。密かなナザリックからの食料援助に加え、元々森に棲んでいたゴブリン達の協力により、森の木の実・果物・蛇の血、肉、蒲焼きなどで細々と飢えを凌ぎ、奇跡的に餓死者は出なかった。

 

 時間が経つにつれて農作物の循環が上手くいったカルネ村は、周辺からの手助けもあり、かつての姿を思い出せない程の発展をする。

 

 質の良いポーションを求めて村を訪れる者も多く、森で採れる良質な蛇皮、農作物・果物・魚の販売などで順調に生計をたて、飛躍的な発展を遂げる。

 

 異形種と共存する平和な要塞都市カルネ・AOG(アインズ・ウール・ゴウン)と改名し、彼らが待ち望んでいたナザリックによる本格的な統治が始まるが、今しばらく先の話だ。

 

 

 






カルネ村の発展速度向上率→30%


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