モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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漆黒の英雄の調査報告書 初日

 

 モモンはゴブリンを後回しに、蜥蜴人(リザードマン)の集落と魔樹を調べる予定を立てた。アインザックは依頼に期限を設けなかったので、モモンの都合の良いように予定を組んでも問題はない。ナザリック、冒険者、どちらの立場にせよ、蜥蜴人(リザードマン)の集落は調べる必要がある。

 

 村の入り口で、モモンは振り返った。

 

「すまない、個人的に調べたいことがある。ナーベとブリタは村で待機をしてくれないか?」

「わかりまし――」

「危険ですよ!モモン様!」

 

 ナーベは今日も変わらず、誰かに返事を遮られ続ける。ブリタの背後から、今にも斬りかかりそうな目つきで赤髪の後頭部を睨んでいた。ブリタは、昨日に遭遇した蟲王(ヴァーミンロード)を警戒していた。

 

「大丈夫だ。ちょっとゴブリンで気になる事もある。一人の方が逃げやすいからな」

「ですが、森には何がいるかわからないですよ!」

 

 モモンは彼女がなぜ必死に止めるのか不審だった。

 

「魔樹を警戒しているのなら、目覚めるのはまだ少し先なのだろう。他にも何かあるのか?」

「いえ、何もありませんが……」

「私は強い、安心して帰りを待つといい」

「……わかりました。気を付けてください」

 

 彼なら負けないと信じていても、傷を負うと考えると不安には変わりなかった。

 

「二人とも時間があるなら村人を手伝ってやってくれ。新たな住人であるゴブリン達も心配だからな。」

 

 モモンはアイテムで《飛行(フライ)》を使い、森林を上空から観察した。

 

 ナザリックの階層守護者が急ピッチで建設を進めている、リザードマン侵略のための臨時拠点は、巧妙に周囲の樹木で隠されていた。幻術だったら見破られた可能性があるが、実際の樹木を操作されては発見が難しい。

 

 ひょうたん湖と呼ばれる湖の畔で、リザードマン達が大量に集まっていた。近くの集落へ降り、手近なリザードマンに声を掛けた。

 

「すまない、どうかしたのかな?」

「お、お前は何者だ!」

「奴らの仲間か!」

「どこから来たんだ!?」

「そ、空から来た! こいつは奴らの仲間だ!」

 

 何やら殺気立っていた。

 

「私は冒険者だ。ゴブリンの調査にきたのだが」

「本当か?」

「おい、そこ! 騒がしいぞ!」

 

 群れの先頭から一際大きな声がかかる。どうやら群れのリーダーらしく、モモンを上から下まで眺めてから、敵意のない落ち着いた声で言った。

 

「何者だ? 奴らの仲間では無いとありがたいのだが」

「私は冒険者モモン。森林に住むゴブリン部族の調査にきた者だ」

 

 戦う意志はないと両手を肩の高さまで上げた。

 

「強いのか?」

「王国最高位の冒険者だ。」

「そうか……申し訳ないが、冒険者とものに詳しくない。少し話をしてもいいだろうか?」

「どうかしたのか?」

「私は族長の一人、シャースーリュー・シャシャ。これから族長会議を開くので、そこで話をしよう。一緒に来てくれ」

「わかった、付き合おう。」

 

 ユグドラシルとは違う落ち着いたリザードマンに興味が湧き、モモンは二つ返事で付いていった。

 

 

 

 

 5匹の鱗、体色、特徴の違うリザードマンが、大きな藁葺き屋根の家に集まっていた。

 

「おい、緑の爪族長、なんだそいつは」

「兄者、部外者を巻き込むのは歓迎できんな」

「我々だけでは気付かないこともあるだろう。話だけでも聞いて貰おう」

 

 皆の注目が集まった。漆黒の全身鎧は腰を下ろし、軽く頭を下げた。

 

「はじめまして、私は冒険者モモンだ」

 

 蜥蜴人(リザードマン)の話だと、5つの集落、全てが襲撃を受ける予定のようだ。相手は存在も所属も、武力や数まで不明な敵で、支配下に下るなら無駄な血を流さずに済ませると伝えて帰っていった。その知らせを受けて他の族長を全て集め、“緑の爪”族長の弟でのザリュースが、周辺の族長を集めて会議を開いていたようだ。

 

「至宝を見せてくれないか?」

「ああ、構わない。これが凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)だ」

「わたしの、これ、ほわいとどらごん、ぼーん」

「彼は鎧の影響で知性を失っているんだ」

「元はかなり賢いわけだな」

 

 彼らのもっている凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)は、ユグドラシルに無かった装備だ。アインズの蒐集(コレクター)欲が刺激された。

 

 蒐集家とは集める品に利便性を求めず、価値の高い、人の羨む、珍しいものほど欲しがるもの。彼らの身に着けている装備は、アインズが手に入れても装備品としては何の役にも立たないが、それでも欲しかった。

 

「なるほど、纏めると所属不明、相手の戦力も不明。三日後に攻めてくるが、降伏すれば命は取らない。意味不明なことに、大量の食料を渡して帰っていったと」

「そうだ。支配下にはいるなら食料問題に協力すると」

「変わった奴だな。相手に心当たりは?」

「ない。いままで迷い人以外に、集落に近寄って来なかった」

「トードマン共が誰か雇ったんじゃねえのか?」

 

 蛙人(トードマン)とはリザードマンに敵対する存在だ。湖を中心に縄張りを争い、小競り合いが絶えない。しかし、それは同じ種族の違う部族間でも同じことだ。

 

「それはないわ。明らかに強いもの」

 

 発言した白い蜥蜴人(リザードマン)も欲しくなり、うっかり熱い目で見つめてしまった。

 

「な、なに?」

「いや、アルビノは良く生まれるのか」

「……滅多に生まれないわ」

「美しいな」

「なっ……」

「待て待て、その話は後にしてくれ」

「ザリュース……」

「クルシュ……」

 

 見つめ合う二人はただならぬ関係を予見させたが、他の全ての蜥蜴人(リザードマン)は白けた顔をしていた。

 

「ゴホン、話を戻していいか?」

「あ、ああ、済まない、兄者」

 

 伝令として来たのは、巨大な武器に見合った体躯の異形種だ。特徴の一力、使者は同一の異形種だ。

 

「軍勢ではないのかもしれないな」

「敵は単独で戦うのか?」

「ああ、そう言っていた」

「つよい……ひとりで、みなころせる」

 

 単独勢力にしては疑問が残るが、決戦に関してあちらは一人で戦うのは間違いない。白銀の時みたいに未知の存在を考慮すると、彼らに勝算はないかもしれない。モモン、つまりアインズは魔法詠唱者だ。戦士職として高レベル者と戦うのは不安が残る。

 

(もしかするとモモンとしての俺にも、勝ち目がない可能性もある……か)

 

 だからこそ期待できた。

 

 未知の存在への興味とコレクターとしての矜持に加え、最悪は負けそうだったら見捨てて逃げればいい。何より、戦士として剣で火花を交わすイベントなら、進んで行うべきだ。相方のヤトも、職業を生かして好き勝手に王都で活躍している。自分がここで引いてどうする。

 

「話はわかった。このモモンを、用心棒に雇う気はないか?」

「ありがたい申し出なのだが、我々に報酬が払えるとは思えないが……」

「おい! お前、後から出てきてなに言ってやがる! 俺たちより強いってのか!?」

 

 ワニに似たリザードマンが怒鳴った。

 

「ゼンベル、ちょっと落ち着け。」

「俺は反対だ! こんな流れ者が、俺たちより強いわけがねえ!」

「ほう、好戦的だな。試してみるか?」

 

 面白そうだったのでモモンも挑発する。

 

「上等だぁ! 表出ろっ!」

 

 他の族長たちはため息をついて彼らを見送った。

 

「またやっているわね、ザリュース。」

「あいつの趣味だ。邪魔しないでおいてやろう。それより、彼の戦力はどの程度だと――」

 

 “竜牙族”族長のゼンベルは好戦的な性格で、止めても話を聞かない。加えて、僅かな時間を対峙しただけで、モモンの強さは理解できた。当然、LV18のゼンベルが勝てる要素はない。LV35前後の剣士がLV100の筋力を持っているのだ。

 

 

 

 

 巨体は造作もなく片手でぶん投げられ、部落内の大木に激突した。木が激しくしなり、大量の木の葉が宙を舞い、ゼンベルの悲鳴が集落へ響き渡った。

 

「ぎゃああ!」

 

 室内で顔を突き合わせた族長たちは、再び深い溜息を吐いた。

 

「終わったな……」

 

 案の定、ゼンベルはボロボロになって帰ってきた。目立った外傷こそないが、体中が土と泥にまみれていた。

 

「せめて払ってから戻れ……」

「負けたぜ……あんた、俺たちの族長に」

「断る」

「そこをなんとか」

「ゼンベル!」

「シャースーリュー・シャシャ殿、用心棒の話は考えてもらえたかな」

 

 ゼンベルの話はモモンの耳に入っていない。今の彼は蒐集欲の鬼となっていた。

 

「先ほども申し上げた通り、私達に大金の用意は難しい」

「そこにある二つの至宝で構わん。それが私の条件だ」

 

 鎧の目に該当する箇所へ、赤く怪しい光が宿った。

 

「これは他に替えが聞かないものだ、他のもので代用は――」

「わかった。その条件を呑もう。」

「ザリュース!」

 

 シャースーリューは声を荒げた。ザリュースからすれば、ここで全滅しては元も子もないと、冷静な損得勘定で理があった。

 

「どちらにしてもこのままでは全滅する。魚の養殖もまだ成果はない。勝っても食料問題は残るが、総力を上げて戦っても全滅する。ならば少しでも多くの者を生き残らせよう」

 

 白いリザードマンが熱い目で見ていた。

 

「わたしも、かまわん、あげる」

 

 知性の落ちたリザードマンもこの条件を受けた。モモンは両手放しで喜びたい気分だった。

 

「交渉成立だ。欲しいのは栄誉でも金銭でもなく、その至宝だ。早速だが、作戦会議といこう」

 

 少し後に帰ってきた斥候によると、相手は臨時の簡易要塞を近くに建設している。要塞は大量のアンデッドで守られ、全ての敵が攻めてきたら勝ち目は薄い。情報一つで彼らは絶望した表情になった。

 

「心配はいらない。彼らの目的が惨殺でないのであれば、こちらも力を見せてやればいい」

「どういうことでしょうか?」

 

 自信ありげなモモンの態度に、白いリザードマンが首を傾げて聞いた。

 

「手を出すのが面倒な相手と思わせればよい。私の戦力も含めてな」

 

 モモンの目が妖しい赤い光を発する。

 

 これは示威行為の一環であり、彼らは最初から皆殺しにするつもりがない。それならばこちらも力を誇示し、お互いに甚大な被害がでると思わせればいい。モモンの力でどこまで行けるか不明だが、最悪は撤退、彼らの味方をするのなら魔法で撃退すれば至宝は手に入る。

 

「作戦を考える前、こちらの戦力の分析といこうか」

 

 

 

 

 アインズがカルネ村に帰還したのは、夕暮れになってからだった。鼻提灯を膨らませて寝ているハムスケに、げしげしとけりを入れているナーベを見つけた。

 

「ナーベ、何をやっているんだ……」

「はっ、アインズ様。お待ち申し上げておりました」

「うむ、実はな」

「モモン様ー!」

 

 ブリタは一日中、農作業をしていたのが一目でわかる。体中、慣れない作業で泥だらけにし、モモンの姿を見つけて走ってくる。ナーベは武器を構えてモモンの前に飛び出た。

 

既視感(デジャヴ)か?)

 

 疑問を抱きつつ、モモン達はンフィーレアが用意してくれたアインズの部屋で打ち合わせに入った。

 

 ナーベと簡単に話して作戦を立てようと思ったが、当たり前のような顔をしてブリタが居座った。せめて泥くらいは落としてほしかった。

 

「明日、トブの大森林を大捜索する。ナーベ、カルネ村のゴブリン達はどうだ?」

「彼らは村人たちと仲良くやっていると思われます」

「そうか、ではゴブリン達の数が“多少”増えても問題が無いな」

「あのーモモン様。どうするんですか?」

「森に棲むゴブリンを全てカルネ村に移住させる」

「そんなっ」

 

 ブリタがいるとアインズ口調が出来ず、モモンとして話すのは中途半端だ。正直なところ、邪魔だった。

 

「心配ない。冒険者組合にはゴブリンの部族連合の危機は去ったと伝えよう」

「ですが、ゴブリンですよっ!? いつ襲ってくるかもわからないのに……」

「ブリタ、君は彼らと一緒に過ごしてどう思った。」

 

 ブリタを真っすぐ見つめた。狙ったわけではないが、モモンに見つめられてブリタは照れていた。

 

「あーえっと、はぁい。普通の人と同じでしたぁ」

 

 ブリタは今日一日、ゴブリン達に気さくに話しかけられ続け、本来の印象が崩壊していた。ゴブリンとは人間に敵対する悪の種族だと思っていたが、知性のある彼らは気さくで話しやすい。下手をすると、性格の悪い人間よりもよほど好感が持てた。

 

「すまないが、アインザック組合長殿に報告をお願いしてもいいか? 明日の朝、出発してもらいたい」

「えーっ?」

 

 ナーベは同じ冒険者としてではなく、女としてモモンを見ている悪い虫(ブリタ)を睨んだ。

 

「いえ、明日は私も同行させて下さい。やはり、事が済んでからの方がよろしいと」

 

 あわよくば帰り道も一緒に、と考えていた。それも一理あるなとモモンは思う。最後まで見届けて報告をして貰わないと、信用と報酬に関わる可能性があった。

 

「それは……うーん、まあ仕方ない、か。私は二日後からリザードマンの集落の援軍に向かうため、帰りが数日遅れる。ブリタは明日、ゴブリン達がカルネ村に集まったのを見届けてから、エ・ランテルに帰還をしてくれ」

「リザードマン?」

 

 異形種はゴブリンとオーガ程度しか知らなかった。

 

「二足歩行する、知能の高い爬虫類の亜人種だ。見たことは無いか」

「はい、初めて聞きました。では、その援軍は私も――」

「モモンさん。この大蚊(ガガンボ)は私が責任を持って送り飛ばします。お任せください」

 

 ナーベに言葉をぶった切られてしまい大人しくなる。

 

 ブリタはナーベに弱かった。

 

 自分より美しく、そして強い魔法詠唱者の彼女。モモンの相棒として強烈に名を馳せる彼女に、田舎の平民出身である彼女が勝てる要素は何一つとして無かった。どこかの国の王女様なのではないかと思う気品のある美貌は、長時間見ていると朝日を浴びた吸血鬼のように溶けてしまいそうだ。

 

「わかった。ナーベに任せる。ブリタを送り届けたらカルネ村へ戻り待機だ。私はリザードマンと共に、彼らの誇りと命を懸けた戦いに臨もう」

 

 モモンの目が怪しく光った。

 

 ブリタは彼の細かい動作に見惚れている。目が妖しく光るなどおおよそ人間的ではないが、恋する乙女は何者も受け入れるほど強い。

 

「わかりました。では明日に備えて休みましょう」

「モモン様……」

「では、明日の朝会おう」

 

 鎧越しに伝わる真剣なモモンの表情に、飽きることなく見惚れていた。ナーベはブリタを引き摺るように出て行った。これ以上、主の邪魔はできず、ブリタは強制退室され、ナーベ監視の下にベッドへ押し込まれた。

 

「では、明日の朝会おう」

 

 一人になったモモンは、装備を解きアインズに戻った。

 

「ふう」

 

 椅子に座って腕を組み、考え事に耽る。

 

(……魔樹の存在は気になるが後回しだな。さて、この不利を覆す作戦を立てよう)

 

 魔法で作り出した机に向かい、蜥蜴の命を懸けた戦いのシナリオを構築し始めた。

 

 

 







モモンが侵略者に気付く→失敗

作戦成功率→90% 成功

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