「ここはこう……」
「あ、なるほど~」
俺が弾いたフレーズを唯が繰り返す。やっぱりこの子はすごい。飲み込みのはやさは、中野さん以上だ。
夕食後、礼を言ってお暇しようとしたのだが、唯に頼まれ、ギターの練習に付き合っていた。部室より真面目に見えるのは、琴吹さんの紅茶とお菓子が無いからか……。
「江崎さんも教えるの上手だねぇ~」
「そりゃどうも。いつもは誰に習ってるの?」
「え~と、さわちゃんと、あずにゃんと、憂かな……」
あれ?
「憂?」
憂の方に目をやる。
「あはは、お姉ちゃん…譜面読むの苦手なんで……で、でも教えたらすぐ覚えるんですよ!」
できた妹だ。本当に。
「いやぁ、それほどでも~」
何故、そこまで照れることができるのか……ある意味すごい。
「じゃあ、私お風呂入ってきます」
「じゃあ、俺は帰るかな」
「あ、待ってください!せめてここまで~」
唯が足にしがみついてくる。
「わ、わかった。わかったから」
「もうー、お姉ちゃんったら…」
「えへへ~」
何故だろう、女の子がしがみついているのに、このシチュエーションではあまり嬉しくない。
「このフレーズはこうした方が弾きやすいよ」
「ほっ」
この子は絶対音感があるから、曲に合うフレーズを作るのは上手いが、構成がたまに雑になる。まあ、感覚って大事だけど。
「江崎さん」
「?」
真面目な声のトーンに顔を上げる。
「楽しい?」
屈託のない笑顔を向けてくる。この子は本当に音楽が好きなんだろう。無防備すぎるその表情に胸が高鳴る。
「ま、まあまあ……かな」
「む~」
しどろもどろの俺の返事に、不満そうに唇を尖らせる。今はこれで勘弁してほしい。
「ト、トイレどこ?」
「一番奥だよ~」
「お借りします」
ここは逃げておく。早歩きで一番奥のドアまで行き、ガラッと開ける。
「え?」
「あれ?」
そこには一糸まとわぬ姿の憂がいた。今、浴室のドアを開けたばかりのようだ。下ろしている濡れた髪が色っぽい。そして、姉より少し大きめの胸が少し震え、雫が下の方へ……。
「きゃあああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
想像を絶する悲鳴が平沢家を揺らした。
*******
「「ごめんなさい」」
俺と唯は憂に土下座しているところだ。そう、元はといえば唯が一番奥といったのだ。確かにドアがスライド式の時点で気づくべきなのかもしれないが。
「…………」
憂はこちらに背を向け、俺のギターを弾いている。何故だろう。
考えながらも、先程の光景が脳裏をよぎる。生まれて初めて見た女の子の裸。肌が白かっ…
「めっ!!」
憂がこちらを振り向いて怒鳴る。読心術か。
「む~」
唯に睨まれる。いや、半分はお前のせいだ。
考えながらもまた、憂の形のいい胸が…
「めっ!!」
「むむ~」
……やばい。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
ひたすら謝りたおす。
「憂~、ごめんなさい……」
唯も再び謝る。
「……許してあげます」
俺と唯は顔をあげると、憂はこっちを向いて、笑顔見せる。
「ただし、条件があります」
「何でもどうぞ」
背に腹はかえられぬ。
「明日の夕御飯の食材を買ってきてください。それと……」
憂はこっちに近づいてきて言った。
「私にもギターを教えてください」