「だーーーー!!!いつまでやってんだーーーーー!!!!」
田井中さんが怒鳴り込んでくる。続いて中野さんと秋山さんが入ってきた。どうやらしっかりと覗かれていたようだ。
「な、何だかドキドキしたわよねぇ……」
いつの間にか、琴吹さんが俺と平沢さんの近くにいて、顔を赤らめていた。え、何?実はずっと教室内にいたの?
「………」
「………」
秋山さんと中野さんは、あちこちに視線をさまよわせながら、こちらの様子を窺っている。何かまた気まずい空気になってるような……
「あー、あずにゃーん♪」
平沢さんが中野さんに抱きつく。いい感じにシリアスな空気が壊れた。他のメンバーもリラックスした笑顔になる。
「や、やめてください……!」
中野さんは嫌がっているが。
「待たせてごめん。じゃ、はじめよう」
ここは何事もなかったようにするに限る。
「江崎さん」
秋山さんから声をかけられる。
「私たちにも演奏を聴かせてくださいね」
真っ直ぐに見つめられながらいわれると、改めて恥ずかしさがこみ上げる。しかも、イタズラっぽく笑うのが、すごく可愛い……。
「あ、ああ……」
かろうじて返事する。ヘタレですまん。
「おぉ、澪が攻めた!」
「うるさい、バカ律!」
「江崎さんも顔赤いですねぇ」
「……」
「……フンス!」
皆それぞれのリアクションを見せる中、平沢さんは、頬を膨らませ、ギターを弾き始めた。どうした、もっと楽しそうに弾こうよ。
「……それじゃあ、始めようか」
少し締まらないけど、まあ、いいか。
*******
「江崎さん、今日ウチでご飯食べない?」
帰り仕度の途中、平沢さんが唐突な提案をしてきた。
「はい?」
「「「「え?」」」」
俺も他のメンバーもキョトンとしている。
「……何故に?」
「えっとね、昨日、憂に怒られちゃって」
「憂?」
「うん、私の妹だよ。それでね、江崎さんにお詫びしなくちゃって」
「別に気にしなくていいよ。ギターも戻ってきたし」
「だ、だめだよ!私の気がすまないよ!」
「何で……食事なんだ?」
秋山さんが割り込む。
「だって……一人暮らしの男の人は、カップラーメンしか食べないから」
「………」
そんなわけあるか!
どこから得た知識だよ!
「それで、江崎さんにごちそうしようと思いまして!」
平沢さんは両手を広げて、ドヤ顔で宣言する。
「ちなみに誰が作るんですか?」
「憂だよ!」
丸投げである。質問した中野さんは呆れていた。他のメンバーも苦笑いだ。
「も、もちろん、私も手伝うよ!お皿並べたり、味見したり!」
「…………」
*******
幸いバイトは休みだったので、平沢さんと歩いて、彼女の家へ向かう。他の部員が少し騒がしくなっていたが、まあ、あれが女子高生ってやつだろう。
「もうすぐだよ♪」
平沢さんはスキップをしながらいってくる。さっきから子供みたいに歌ってばかりで、会話らしい会話はない。
「あら、唯ちゃん」
「あ、おばあちゃん。ただいま!」
『一文字』という表札のついた家から出てきたお年寄りが、平沢さんに声をかける。仲が良さそうだ。
「あらあら」
おばあさんがこちらを見たので、挨拶とともに会釈する。
「唯ちゃんも恋人ができたんだねぇ」
「ち、違うよ!おばあちゃん!こ、この人は師匠だよ!」
ずいぶん仰々しい言い方だ。
「じゃ、じゃあね!おばあちゃん」
平沢さんは逃げるように駆けだした。
俺もおばあちゃんに頭を下げ、平沢さんについていく。
平沢さんの家はおばあちゃんの家のすぐ隣だった。彼女はこっちに手招きしている。
「ただいま~」
「おかえりなさい」
彼女に続き、家の中に入ると、奥から女の子が出てきた。
「江崎さんを連れてきたよ~」
「あ、初めまして。妹の憂です。お姉ちゃんがお世話になってます」
そう挨拶して、慣れた手つきでスリッパを出してくれる。見た目は姉と似ているが、何というか……よく出来た子だ。
この時の俺には知る由もなかった。
この子に残酷なまでの才能を。
その才能がいかに周りの人間を飲み込むかを。