「こ、こんにちは」
「………こんにちは」
俺と平沢さんはぎこちない挨拶を交わす。彼女の表情は申し訳なさそうな、それでいて少し拗ねているようだ。そして、目を合わせようとはしない。
「………」
「………」
夕方の音楽室に気まずい沈黙が流れる。まさか2人っきりにされるとは思わなかった。昨日、さわ子さんから、絶対に遅刻しないように、とメールで連絡がきたので、バイト終わりに全速力で駆けつけたのだが。
「………」
「………」
さすがに気まずい。ここは俺から何か言った方がいいか。一応年上だし。ギター奪われているし。
「ご、ごめんなさいっ!」
いきなり、大声の謝罪とともに、ギターを差し出される。いや、近い近い。ギターで視界が覆われている。
「えーと、理由聞いてもいい?」
そっとギターを受け取りながら、平沢さんにたずねる。
「だって……」
平沢さんは俯いて、首を振った。
「だって江崎さん、あんなに上手いのに、全然楽しそうじゃないんだもん!!」
「え……?」
「全然つまらなさそうに弾いて、ギー子がかわいそうだよっ!」
彼女の目にうっすらと涙が浮かんだ。
確かに、今の俺はギターを楽しく弾くのは、ちょっと無理だ。だが、昨日の2、3分程度の演奏で、それに気づかれるとは、だがその前に……
「ギー子って誰?」
素直な疑問だ。いや、何となく予想はできてるんだよ。できてるんだけど……
「江崎さんのギターの名前に決まってるじゃん…決まってますです!」
あー、やっぱりか。まあ、名前付ける奴結構いるよね。
「とりあえず、俺に慣れない敬語使わなくてもいいよ。つーか、何故ギー子?」
「江崎さんのギター、私と同じ形だし、私のギターの名前がギー太だから!」
「……ぷっ、あははっ!」
「あっ、もーっ、何で笑うのー!?」
間違いない。こいつは、凄まじい音楽バカだ。
ギターに名前つけたり、楽しくなさそうに演奏する奴を怒ったり、そして何より、あんなに幸せそうに演奏してる奴を見るのは久しぶりだ。
その時、何故か確信めいたものがあった。この子とならもう一度……。
そうと決まればやることは一つ。
「平沢さん、ごめん」
俺は頭を下げた。
「えっ?えっ?何で江崎さんがあやまるの?」
平沢さんがあたふたしている。
「演奏で人を不快にさせるなんて、ミュージシャン失格だ」
「えっ?そんなこと……」
「もう一度チャンスが欲しい」
「えっ?」
「次は平沢さんに最高の演奏を聴かせる」
「………!!」
平沢さんは顔をこちらに向けた。その時、今日初めて目があった。形のいいクリクリした目が涙で少し濡れている。昨日は気づかなかったが、平沢さんの顔は、幼い言動の割にしっかりと女らしさがある。長い睫毛、形のいい艶やかな唇、小ぶりながらスラッとした鼻、夕焼けに映える赤みがかった頬。
これ以上見ていたら変に意識しそうなので、目を逸らしながら言う。
「もう少し待ってて欲しいけど……」
「はいっ!!」
それでも、彼女は満面の笑みを見せてくれた。