もう帰る時間になったが、まだ顔が火照っていた。
……ああ、もう、今は考えるな。
深呼吸して気持ちを落ち着けると、唯が奥から出てきた。
「あれ~、もう帰るんだ?」
「ああ、明日も朝早いから……」
「……寂しいな。帰り気をつけてくださいね」
最初のほうは小声過ぎて聞こえなかったが、優しい眼差しに自然と頷いていた。
「ありがと。また明日」
「うん、また明日!」
「あ、江崎さん!今日はありがとうございました~!」
奥から慌てて顔を出した憂も声をかけてきた。
何故かそのことにホッとしながら、俺は平沢家を後にした。
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「じぃ~……」
「な、なぁに?」
「お姉ちゃん……江崎さんと何かあった?」
「ふぇっ!?な、何よ!何にもないよ!あ、あ~、お腹空いた~」
「お姉ちゃん、さっきごはんは食べたでしょ?」
「あ、もう寝なくちゃ」
「あ、もう!」
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今日もはりきって練習しようと部室に足を踏み入れると、さわ子さんが机に突っ伏していた。
どうやら皆はまだ来ていないようだ。
「ちょっとちょっと。それはないんじゃないの?」
「は、はい?」
「美女が物憂げに佇んでるのよ?大丈夫ですか?とか聞くところでしょ。気が利かないわねえ」
「二日酔いですか?」
「ぶん殴っていい?」
「…………」
元気あるじゃねえか。だが、怒られるので決して口には出さない。
「どうかしたんですか?」
「特に何かあるわけじゃないんだけどねえ」
「…………」
何だ、こいつ。まあいいだろう。
世話になった先輩だから、たまにはウザ絡みも付き合おう。
「ぶっちゃけどっちが好みなの?」
「……は?」
「唯ちゃんと憂ちゃん、どっちが好み?」
「いや、いきなりどんな質問ですか」
「だって気になるじゃない。仲良いみたいだし」
「……普通ですよ」
「本当にそう思う?」
「えっ?」
思ったより真面目な声音に、つい戸惑ってしまう。
だが、さわ子さんはすぐに穏やかな表情に戻り、笑みを浮かべる。
「なんてね、冗談よ。あなたモテないし。でも、万が一そんな夢みたいな展開になったら、ちゃんと向き合って上げてね」
「……はい。今さらっと失礼なこと言いませんでした?」
「あ、ちなみに私は今フリーだけど……」
「じゃあ今日も練習頑張ります」
「あ、スルーした!」
いつもの空気に戻ったところで、勢いよく扉が開き、慌てたように澪が入ってきた。いつもと様子が違う。
「どうした?何かあった?」
「江崎さん、付き合ってください!」
「……………………は?」