ガタンっと大きな音が鳴る。
そして、その後すぐに静寂が訪れる。
その静寂は、ライブハウスの爆音よりも耳を疼かせた。
「…………」
「…………」
絡まる視線。重なる吐息。潤んだ瞳。
状況を正しく理解するのに、俺は数秒を要した。
だが、理解してからはとにかくはやかった。
「ご、ごめん!」
「だ、だいじょうぶ!だいじょうぶだよ!うん!」
慌てて飛び退き、ひたすらに謝り倒す俺。
唯は仰向けの態勢のまま、手をわたわたさせて、足をじたばたさせていた。
とりあえず許してはもらえたが、まだ心臓がばくばくしている。
さらに、唯のさっきの表情を思い出し、顔が赤くなっていくのがわかった。
……落ち着け。落ち着け、俺。
「……ごめん」
「……こ、こちらこそ」
お互いに何とか言葉をしぼりだすが、まだ会話らしい会話はできそうもなかった。
だが、二人しかいないこの部屋では、そんな沈黙すらも長く続くはずもなく……
「……コーヒー飲んだら唯の家行ってギター弾くか」
「……うん」
*******
平沢家までの道のり、俺も唯もようやく言葉を交わせるくらいには落ち着きを取り戻していた。
「それでね、昨日りっちゃんが……」
「あの子、狙ってんのかってくらいやらかすな……」
さっきのあの言い様のない空気を体感したからか、こうやって普通に会話できることが、とても貴重なものに思えた。
「ん?どーかしましたか?」
「……いや、何でもない。そういえば、この前貸した機材どう?」
「あ、あれ、すっごく使いやすいよ!江崎さん、さすがだよ!」
「そっか。ん?あれ……」
「あ」
前方からこちらに向かって、ずんずん歩いてくる1人の少女。
見間違うはずもない。あれは……憂だ。
慌てて着替えたようなラフな私服姿で近づいてくる彼女の表情は、はっきりと怒気を孕んでいた。
そして、既に怯えている唯の前に立ち止まり、悪さをした子供を叱りつける母親のような目つきになった。
「お姉ちゃんっ!」
「は、はいっ!」
「せめて出る前に一言くらい言ってくれないと、何かあったらどうするの!あとこんな時間に訪ねたら、江崎さんに迷惑でしょ!」
「ご、ごめぇ~ん……」
親子か。
しょんぼりしている唯を見つめる憂の視線が、今度はこっちに向いた。
その事に対し、自然と背筋が伸びる。
「江崎さん、ごめんなさい。こんな朝早くから……」
「いや、いいよ。せっかくだから憂も一緒にギター弾こうか」
「え、いいんですか!?じゃあ、今日の朝ごはん気合い入れちゃいますね!あ、それと……お姉ちゃん、他に何か迷惑かけたりは……」
「な、何もしてないよ!」
さっきのアレがはっきりと頭の中に甦り、何故か一人慌てふためいてしまう。何もやましいことなどないのに。
「何かあったんですか?」
「いや、本当に何も……」
「だ、大丈夫だよ~」
「そっか。じゃあ、行こっか」
「「…………」」
残りの道のりは、必死に別の話題を作っていたので、あっという間だった。