「江崎義昭です。よろしくお願いします」
簡潔に自己紹介をすませる。思ったよりずっと緊張するな、これ。
「簡単すぎない?」というさわ子さんの言葉は、スルーしておこう。それより…
「じゃあ、さっそくだけど皆の演奏を見せてもらっていい?」
今日の本題に入る。とにかくこれをしない事には始まらん。
すると、5人はそれぞれの個性がわかる反応を示した。
「そ、そうですね!ほら、律!部長だろ、しっかりしろ!」
「わ、わかったよ!引っぱるなって!」
「ほら、唯先輩も!シャキッとしてください!」
「あ、あずにゃぁん、く、苦しいよ~」
「江崎さんとさわ子先生は、こちらに座ってください」
俺は賑やかな軽音部のやりとりを見ながら、琴吹さんの勧めに従い、用意された椅子に座った。
「あ、ありがとう」
礼を言った頃には、彼女は既にセッティングをしていた。
「アンタ、可愛い女子高生5人に、緊張してんの?」
さわ子さんがジト目で問いかける。
「ち、違いますよ」
「じゃあ、この美人に緊張してんの?」
「あ、それは確実にないです……っ!」
キィィィィーーーーン
突然のハウリング。犯人は……
「ごめぇぇん………」
平沢さんだ。他のメンバーは耳を抑え、顔をしかめている。
まあ、俺も高校の頃よくやったな……
*******
1・2・3・4
景気のいいカウントと共に演奏がはじまる。
5つの楽器の音が絡み、このバンド特有のグルーヴが教室内を揺らす。
そしてそこに、ボーカルが乗っかった。
俺は一人一人音に、必死に耳をすませた。
まず、ドラムの田井中さん。高校生の女の子にしては、かなりパワフルなドラミングだ。リムショットもしっかりできてる。だが少しリズムが走っている。これはクセになっているっぽい。性格的にリズムキープを気にしないとこれがあるのだろう。
次に、キーボードの琴吹さん。技術的には問題ない。音作りもいい。あえて意見をいうなら、フレーズが単調なところ位だ。
ギターの中野さんも技術的には問題ない。だが、先輩の平沢さんに遠慮しているのか、もう少し、実力を見せてくれてもいいような気がする。
そして、ベースの秋山さん。普通に上手い。歌声も綺麗だ。俯きがちなところが気になるけど。
最後に………ボーカル&ギターの平沢さん。何だろう、とにかく不思議だ。歌の方は、独特の甘ったるい声質で、だれも真似できそうにない。ところどころ音程や声量にムラがあるが…。
さらにギターの方は、たまに驚くほど難しいフレーズを弾いたかと思えば、何でもないところでミスをする。初めて見るタイプだ。
俺の内心に気づいたのか、さわ子さんがクスっと笑う。
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演奏が終わり、ひと息ついたところで、5人に対して、演奏中に感じたことをそのまま告げる。
5人は思ったよりずっと真剣な顔をして聞いてくれた。
さわ子さんも納得したように頷いてくれる。
「あちゃー、やっぱり私リズムキープできてないのかー」
田井中さんが悔しそうに呟く。
「面倒かもしれないけど、メトロノーム使った練習は、毎日やっといた方がいいよ。それだけでかなり違ってくるから」
「はい…」
続いて中野さんが話しかけてくる。
「あの、私のパートについて何ですけど…」
こんな感じで、全員の質問に答えていった。
「じゃあ、次は江崎さんの番だね!」
「…………はい?」
当たり前のように言う平沢さんに首をかしげる。
「はい、どうぞ!」
いつの間にか、俺のギターをケースから出して、こちらに渡してくる。ちょっと自由すぎやしませんか?別にいいけど。
「どのくらい成長したか見てあげるわ」
「わ、私も見たいです!」
「お願いします!」
「ヤレヤレー!」
「頑張ってくださーい」
………これはやるしかなさそうだ。
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セッティングを終え、深呼吸して弾き始める。某音楽番組のテーマソングだ。
弾きながら、さりげなく反応を窺ってみる。知名度の高い曲なので、反応はいいようだ。しかし…
「………」
さわ子さんの寂しげな笑顔と、平沢さんのぽかんとした表情が少し気になった。
そして、最後のフレーズを弾き終えると、拍手が聞こえてきた。
「わぁ……やっぱり凄いです!」
中野さんだ。
「ありがとう」
ギターをケースに戻しながら、お礼を言う。
「私、この曲好きなんだよなー。完璧に弾いてましたね」
「今度セッションしましょう!」
様々な感想に応じていると………
「それじゃ、ギー子がかわいそうだよっ!!!」
急な怒鳴り声に、俺も含めた皆がビクッとなる。声のした方へ目を向けると、平沢さんが涙目でこっちを睨んでいた。
「え?あの……」
俺が声をかけると、彼女は俺のギターを抱え、部室を駆けだしていった。
足音が聞こえなくなった頃、全員で顔を見合わせた後、俺は呟いた。
「ギー子って誰?」