「おやすみ~」
唯がソファーの上にだらしなく寝転がる。
「私も~」
続いて律も同じように寝転がった。
「おい、食べた後にすぐ寝たら太るぞ」
澪が二人を叱りながら、チラリとこっちを見てきた。おそらく練習に誘導したいのだろうか。しかし、助け船を出そうにも、唯がこうなってしまったら、俺が何を言っても無駄のように思える。
するとそこへ憂が割り込んできた。
「私に任せてください!」
こちらが何か言うより先に、憂は唯の耳元でボソボソと囁いている。
最初は眠たそうな顔をしていた唯だが、すぐに起き上がり、律の体を激しく揺すり始めた。
「律ちゃん!起きて起きて!練習だよ!私達、軽音部だよ!」
「わ、わかった!わかったから、落ち着け~!」
唯の少し赤くなった顔と、悪戯っぽい憂の顔を見比べ、デリカシーに欠けるかもしれないが、何を言ったのか気になる。だが唯が恥ずかしそうにこちらを見ているので、聞かない方がいいのかもしれない。しかし気になる……。
「憂、何を言ったんだ……」
「内緒です♪」
憂は可愛らしくウインクするだけだった。
「江崎さん、本当にわからないんですか?」
「いや、全然。紬はわかったの?」
「ふふっ。もちろんです」
紬は口元に手を当て、上品に微笑むだけで、何も教えてくれなかった。
*******
夜の練習は、合宿ということもあってか、不思議な感覚がした。修学旅行の夜に似ているのかもしれない。
どういうわけかハイテンションになりすぎた唯と、それに合わせるようにリズムが走り出す律を抑えるのが、かなり大変だった。
練習を2時間ぐらいで終えてから、女子、男子(一人)の順番で風呂に入り、湯船の広さに驚愕し、堪能してから脱衣所を出ると、憂がテラスに一人で座っていた。夜の海と星空を眺めているのか、ぼうっとしているようだ。
それでいて、その優しそうな横顔はいつにも増して大人びて見えた。
テラスに出ると、彼女は俺に気づき、ぱあっと笑顔を向けてくる。
「あ、江崎さん!」
「今日は色々とお疲れ様」
「楽しいから平気ですよ」
「そうか」
「…………」
「…………」
いつもと違う場所だからか、会話のテンポがずれている気がする。
邪魔しても悪いので、そろそろ部屋に戻ろうとしていると、憂の方から口を開いた。
「あの、もしよければ、もう少しだけお話しませんか?」
そう言ってもらえるなら断る理由なんてない。
「別にいいよ。そういえば唯は?」
「……お姉ちゃんが気になりますか?」
憂は少しだけ拗ねた表情になり、こちらの不安を煽る。会話のクッション的に聞いてみただけなので、こちらとしては返す言葉がない。
「い、いや、聞いてみただけだよ」
「ふぅ~ん、本当ですか?」
今度はジト目になり、そのまま目を逸らす気配がないので、もうその空気に耐えられなくなる。
「そういや、話って?」
「あ、逃げた……」
憂の隣の椅子に腰掛けると、夜風がそっと頬を撫で、どこかへと過ぎ去っていった。
同時に、憂の髪もさらさらと揺れて、シャンプーのほのかな香りが鼻腔をくすぐっていった。
「どうしても聞きたいことが……」
「聞きたいこと?」
憂は唇を小さく震わせ、鳥の囀るような小さな声を搾り出した。
「あの……江崎さん、好きな……」