「どうしようどうしようどうしよう………」
「澪、落ち着け」
スポーツ飲料の入ったペットボトルを渡しながら、澪に声をかける。ライブ前に緊張しやすいらしいが、まさかここまでとは…。
「いつもこうなの?」
「ライブハウスに慣れてないので、いつもより酷いかも………」
俺の疑問に答える律もいつもより落ち着きがなかった。よく見ると、紬も梓もキョロキョロして忙しない。まあ、2回目だしこんなもんかと思っていたら、後ろから声がかかる。
「江崎さん、あのガイコツの置物可愛いよ~」
「そ、そうか?」
1人相変わらずなのがいた。今はこれが救いなんだけど。
「ええ~、可愛いよ~」
「いや、趣味悪いだろ」
何だよ、このリアルにもゆるキャラにもなりきれてない哀れなガイコツは。
考えていると、後ろから今度は頭をはたかれた。
「痛っ!」
「アンタ、久しぶりに会ったと思えば、中々失礼なこなてを言ってくれるじゃない」
「嘘です嘘です。音無さん」
今、俺の首を絞めているこのひとは、音無薫さん。俺が高校生だった頃から、この店で働いている。おそらく今はアラサーか。
「何だよ。言いたいことあるのかい?」
「いいえ、何も」
この人には頭が上がらない。当時、ステージ経験の少なかった俺やバンドのメンバーにちょくちょくイベントを紹介してくれたり、今回のようにチケットノルマなしでステージに上げてくれたりした。
「大体、帰ってきてるなら、真っ先にアタシのところに来いよ。こき使ってやるのに」
すいません。それを恐れていました。
「しっかし、さわ子ちゃんの教え子のコーチか、役得だねぇ。誰とデキてんの?」
「デキてませんよ。てか、そんなことしたら、さわ子さんに殺されます」
未成年の前でもとばしてんなぁー。だがそろそろ首を解放してほしい。無駄にでかい右胸と無駄にでかい左胸が押しつけられて落ち着かない。長い金髪もあの頃と同じ香りで、初恋を……………いや、何でもない。
「フンス!」
左腕を唯に引っ張られる。
「江崎さん、ミーティング!」
「あ、ああ」
気合入ってるな。
「平沢さん!」
音無さんが呼びかける。
「は、はい!」
唯が慌てて振り向く。
「今日はよろしくね」
「はい!」
よし、俺も気合い入れるか。演奏しないけど。
*******
セットリストの確認をし、イベントの参加者に挨拶をして、リハーサルを終えると、開場の時刻になり、客が入ってくる。自分が知っている普段のこの店のメインの客層より、割と上の年代の客が多い。そこそこ耳が肥えてそうだ。
今日の客に彼女たちの知り合いはいない。その中で、どれだけ客に聴かせられるか。それを試したかった。
間もなく開演だ。
「皆、集まって」
「「「「「はい!」」」」」
「いつもとかなり勝手が違うけど、やることはいつも通りだ。楽しもう」
「「「「「はい!」」」」」
皆、いい笑顔で返事して、ステージへ上がっていく。
俺はその背中を祈るように見送った。