「凄かったな……」
「う、うん……」
俺も唯も、その場から動けないでいた。
もう既に、他の観客はいなくなり、特設ステージの撤去が始まっている。
「…………」
先程のステージを思い出す。
憂の歌い出し、観客の様子、渇いたギターの音、感情豊かに青空の下を揺らす歌声。
彼女の演奏に皆が引き込まれていた。楽に聴き入るとも、自然にリズムに乗るとも違う。彼女の放つ音楽が持つ謎の引力に観客は抗えなかった。
「……行こうか」
「……うん」
やっと体を動かす事ができたので、とぼとぼと歩き出す。唯はまだどこか呆けている。
そりゃそうだ。実の妹が人生初ステージであんなとんでもないものを見せたのだ。楽器を高校に入って、ずっと弾いている姉からしたら複雑だろう。姉として褒めてやりたい気持ちとプレーヤーとしての嫉妬心が渦巻いているはずだ。
「あの、江崎さん……」
「何?」
唯が深刻さを含む表情と声をしている。こちらも真剣に耳をかたむけた。
「優勝者の副賞の高級焼肉店食べ放題3人分、私置いていかれちゃうのかな~」
ずっこけてしまった。
え、何?この子冒頭部分からそんなこと考えてたの?
「どうしよ~、お父さん、お母さん、憂、お父さん、お母さん、憂、お父さん、お母さん、憂……」
「落ち着け。何度数えても何も変わらん。てか、今日ケーキバイキングに行ったからいいじゃんか」
「江崎さん!ケーキと焼肉は違う食べ物なんだよ!!!」
知っとるわ。
心の中でつっこむと、唯は突然、何か閃いた顔をして、俺と向かい合った。
「江崎さん!今度「焼肉なんて奢らんぞ」何で!!?」
貧乏フリーター舐めんな。
「むぅ~」
唯が頬を膨らましていると、突然声をかけられた。
「お姉ちゃん、と江崎さん?」
「「憂!?」」
憂が疑わしいものを見る目をこちらに向けていた。
*******
「あはは、まさか優勝するなんて思いませんでした……」
「いや、本当に凄かったよ」
先日、河原で練習している時に、偶然見た主催者から声をかけられたのが、今回の出場理由らしい。こんなところまで、ドラマチックに仕上がるとは………。
「お姉ちゃん、私どうだった?」
憂が不安げに尋ねる。
「え!?えーと……」
悩んだ末に、唯はドヤ顔をした。
「ま、まだまだだね!」
おい。
「そっかー、じゃあ次はもっと練習しなきゃ!」
おい。いや、憂はいいんだけどね。
「うん、その意気だよ!」
唯……。
「江崎さん、今回の優勝は江崎さんのおかげです」
「大したことはしてないよ。憂が凄いだけ」
本当に。
「そういえば、2人は何でここにいるの?」
「「あ…」」
さて、どんな言い訳を……
「デ、デートだよ!」
唯がしどろもどろになって言う。ケーキバイキングの事を隠す為とはいえ、なり振りかまわなすぎだ。
「ふふふ、江崎さん♪詳しく聞かせてくださいね♪」
憂が俺に聞いてくる。
やばい。また笑顔が恐い。
この後、唯が焼肉の話に無理矢理変えたので、事なきを得た。