「幸せ~♪」
口一杯に含んだケーキを飲み込んで、幸せそうに頬を緩め、昇天してしまいそうな唯。まるで、子供のようだ。
「唯、ここ」
自分の唇の左下辺りを指さし、クリームが付いている事を唯に教える。唯は紙ナプキンを使わず、ペロリと舌でクリームを拭った。
「江崎さん、ケーキ取らないの?」
「いや、唯が早すぎるだけだから」
「いえいえ~♪」
え、何で照れてるの、この子。たまに思考回路がぶっ飛びすぎて、お兄さん心配になっちゃう。
幸せそうな唯を見ながら、俺もチョコレートケーキを頬張る。程よい甘さが口の中に広がる。
今、俺と唯はケーキバイキングにいる。先日の停電事件のお詫びだ。原因は俺じゃないんだけど。本当に原因は俺じゃないんだけど。大事な事なので2回言っておく。
ちなみにあの時は皆の分を奢る約束だったが、前日になって唯から、
「え、江崎さんも大変になるから私1人だけでいいよ!」
という御慈悲を頂いた。
皆には内緒というのが条件だが、こうして角が立たない配慮ができる辺りは、さすがお姉さんといったところだ。
いつの間にかケーキを取りに行った唯が戻ってきている。あんなに食べると太りそうなものだが。しかし、その腰も脚もほっそりとしている。そしていつも通り先日の裸を思い出す。
「フンス!」
席に着いた唯に膝を蹴られた。やはりエスパーか。
「何もしてないよ」
「め、目がいやらしかったよ!」
……もしかして今までばれてたのは俺のせいか。
「あ、このケーキおいしい」
「ご、ごまかしてもだめだよ!」
こうしてゆる~い時間が過ぎた。
「だ、だからごまかしてもだめだからね!」
*******
「あ~、お腹いっぱい♪」
「俺もだ」
「江崎さん、ごちそうさまでした!」
唯がビシッと敬礼する。
「どういたしまして」
「次は皆で行きたいね」
「その時はさわ子さんにおごらせよう」
「あぁ、それいいねぇ♪」
話しながら歩いていると、何処かから歌が聞こえてきた。
「公園のほうだよ」
唯も気づいたみたいだ。
「行ってみようか」
「うん!」
唯はスキップして公園の中へ入っていった。
俺も唯を追いかけ、音のする方へ向かった。
*******
「おぉ……」
唯が目をキラキラさせている。視線の先を見てみると、公園の中央に特別ステージが組まれて、その上で20代半ばに見える男性がアコースティックギターで弾き語りをしていた。曲は去年流行ったポップソングだ。キャッチーなメロディーと優しい歌声に皆耳を傾けていた。どうやら、アコースティックギター限定の弾き語りイベントが行われているようだ。
唯は既に集中して聴いていたので、俺も同じように聴いていた。
しばらくして、演奏が終わり、男性がステージからはけて、司会者が次の参加者の名を呼ぶ。
「続いてはエントリーナンバー7番、平沢憂さん!」
「「え!?」」
驚いて唯と顔を見合わせる。だがステージにいるのは、間違いなく憂だ。少し緊張している。
「……唯、知ってた?」
「……し、知らなかったよ」
俺達が呆然としているうちに、セッティングを終えた憂が歌い出す。
曲はノラ・ジョーンズのサンライズだ。