「♪~」
憂が鼻唄を響かせながら、食事の準備をしている。その動きには無駄がなく、作業の一つ一つが体に染みついている事が窺える。
その後ろ姿を見ながら、先程の演奏を思い出す。
正直に言えば、嫉妬している。
俺はこれまでに、沢山のステージを経験してきた。さらに、沢山の他人のステージを観てきた。だが、こんな感覚は生まれて初めてだ。
格が違う。
もちろん、まだプロの技術ではないし、ステージでの魅せ方は唯の方が上だろう。しかし俺が言いたいのはそんなことではなくて……
彼女が演奏を始めた瞬間、場の空気が変わった。
これができるのは、ほんの一握りだ。これができる奴が上に行ける。輝ける。夢を掴める。
「どうしました?」
憂が振り向く。
「いや、唯が手伝ってるから、大丈夫かなって……」
「し、失礼だよっ!!ちゃんとできるもん!」
「いや、唯って普通に塩と砂糖間違えそうだから」
「そんなの学校の調理実習でしかやったことないよ!」
あるんかい!!
「むしろすごいよ……」
和の苦労が想像できる。
「あはは、大丈夫ですよ。味付けは私がやってますから」
俺はほっと胸をなでおろす。二重の意味で。
「そ、それにお姉ちゃんは野菜の皮剥くの美味いんですよ!」
姉のフォローを忘れない。本当によくできた妹である。
そういうやり取りをしながらも、憂を見ていると、昨日の光景が……
「めっ!」
また怒られた。あぁもったいない。
「じぃ~」
唯もジト目を向けてくる。さ、ギター弾こう。
「そういえば、憂はビートルズ聴くんだ?」
「いえ、CDで聴くのは初めてです。お父さんはすきみたいですけなど」
「BLACK BIRDは初めて聴いたの?」
「はい、今日ギター買って、家に帰って何曲か聴いたら、これが1番やりやすそうだったので」
やりやすい、ね…。
「あの、江崎さん。後で女の人が歌ってる曲で、何かおすすめを教えていただけませんか?」
「了解」
話をしながらも、憂の両手は忙しなく働いていた。……キャロル・キングでも教えておくか。
*******
食後に、洗い物を強引にやらせてもらう。さすがに2日間も何もしないのは申し訳ない。
唯は、憂のアコースティックギターを抱えながら、ギー太に「浮気じゃないよ~」と言っている。
「江崎さんもこういうの持ってるの?」
「そこまでイイヤツじゃないけど」
いいなぁ、俺も早くマーチン弾かせてもらおう。
憂は逆に唯のギターを持っている。
「憂~、このギター弾きにくい~」
「そうかなぁ、私は弾きやすいけど」
「「……江崎さーん」」
よし、終わった。
食器ふきを直して、俺を呼ぶ姉妹の方へ向かう。