「じゃあ江崎さんが、山中先生の言ってた軽音部のコーチなんですね」
「まあ、そんなところ」
唯の幼なじみの真鍋和さんと軽い自己紹介を済ませる。その知的な顔立ちと立ち振る舞いを見る限り、優秀な学生のようだ。
「和ちゃんは生徒会長をやってるんだよ~」
唯が真鍋さんに抱きつく。
「あの、唯達練習しっかりやってますか?」
「何故か最初の30分はティータイムになるけど、演奏始めたら凄い集中してるよ」
俺の言葉に真鍋さんはホッとした顔を見せる。
「今回のように、先生以外の、しかも男性のコーチは初めてなので、気になってたんです」
「江崎さんはいい人だよ~」
「真鍋さんは唯のお姉さんみたいだね」
「あはは、よく言われます。それと私のことは和でいいですよ」
「じゃあ、和」
「はい」
「フンス!」
唯にほふっと肩を殴られる。
「和ちゃんを変な目で見ちゃだめ!」
完全な言いがかりだ。
それもスーパーの中でけっこうな大声で言わないで欲しい。
「こら、唯。江崎さん困ってるでしょ」
うんうん。憂といい、和といい、唯の周りはしっかりしていらっしゃる。
「じゃあ私は行くから、唯、大会まであと約4ヶ月だから、しっかり江崎さんの言うことを聞くのよ」
「え?」
何それ。初耳。
「唯……」
俺の表情で何かを察した和は、唯にジト目をむける。
「え、え!?私!?てっきりさわちゃんから聞いてると思ったよ!」
「はあ…。まあ、こんなノリですけど、軽音部の事をよろしくお願いします」
「……善処する」
*******
買い物帰りに、唯から大会の事を説明してもらう(あの年増教師め)。
どうやら今年の8月から、ガールズバンド限定コンテストが開催されるらしい。全国優勝すれば、プロデビューできるというそのイベントに放課後ティータイムとして出場するそうだ。
「皆でプロ目指してるんだ?」
「う~ん、あまり考えてないや」
唯はあっけらかんとしている。
「ただ……皆とこの先ず~っとバンドやれたら幸せだなぁ~って」
「何か唯らしいなと思う」
「えへへ~」
「俺も皆の演奏が聴きたい」
「…………!」
突然唯が駆け出す。
訳がわからず呆気にとられていると、数メートル先で、立ち止まった。
「江崎さん!」
「?」
「特等席で見せてあげる!」
振り返らずに大声で言ってくる。
結局、平沢家に着くまで、数メートルの差は埋まらなかった。
*******
「ただいま~」「お邪魔します」
「おかえりなさい。お姉ちゃん、江崎さん」
憂が出てきて、手際良くスリッパを出してくれる。
リビングまで行くと、意外なものがある。
「これ…」
「憂~!ギター買ったんだ」
「えへへ、貯金おろして買っちゃった」
しっかり者すぎる。このギター、どう考えても…。
「あ、実は今日1曲覚えたんですよ」
そう言いながら、ギターを抱え、弾きだす。
……まじか。
その曲はビートルズの「BLACK BIRD」だった。