はぁ………。
心の中でため息をつきながら、校舎への道を歩く。まぁ、実際につかなかっただけマシなんだろう。とはいえ、さっきから視線が突き刺さって痛いし、警備員に散々、変質者扱いされるし……もう帰りたい。
『桜ヶ丘女子高等学校』
今、俺はこの高校の敷地内にいる。勿論生徒じゃない。卒業生じゃない。新任の教師でもない。ただの……。
かぶりを振って、いつもより重く感じるギターを掛け直す。
そう、俺は…ただの負け犬だ。
*******
程なくして、今日俺を呼び出した知り合いと合流して、校舎内に足を踏み入れる。
「ごめんねぇ、どうしても合唱部の練習抜けられなくて♪」
悪びれもせずに俺を呼び出した張本人・山中さわ子は、ペロリと舌を出している。
「いや、アンタの方から呼び出したんでしょうが……」
勘弁してくれ。こちとらフリーター生活がはじまるというのに、初っ端から女子高侵入の前科がつくところだったじゃねえか。
「まぁまぁ、この美貌に免じて許して」
「るっせ、デスメタ…」
言いたいことは最後まで言えなかった。理由はさわ子さんの拳が鳩尾にめり込んでいたから………あ、ありえねぇ。この鬼教師。
「そんなんだと婚期を……」
また一発。
「このアラサ……」
うぐぅ。
「ほ、本日はお呼びいただき、誠に光栄です……」
「さっすが義昭君!私、優しい男の子は大好きよ!」
もうこれ以上は無理だ。俺は十分戦った。
このメガネ美人教師・山中さわ子は、高校時代に音楽を通して知り合った。とはいっても初対面は最悪で、人生初のライブハウスの演奏の後に、さわ子さんから演奏のダメさ加減を指摘されただったが。本人曰く、若気の至りらしい。実際、その後のさわ子さんのバンドの演奏を聴いて、俺は三日間楽器を触る気力がなかった。ちなみに年齢は25歳だ。さっきアラサーなんて言ってしまったけど。
「ふふっ、何はともあれ今日は来てくれてありがとね。そっちだって色々忙しいのに」
そう言って、優しく微笑んでくる。この人もこんな風に笑うようになったのか……。
「……別に構いませんよ。どうせしばらくはダラダラするつもりでしたし。それよか本当に俺でいいんですか?」
「もっちろん!あの子達も、たまには外部の人間の意見を聞かないと。珍しくやる気になってるし」
今日俺が呼ばれた理由は、彼女が顧問を務める軽音部の練習を見てほしいと頼まれたからだ。バイトが決まった頃、いきなり電話がかかってきた。なんでも、高校最後の年に、バンドコンテストに出るらしい。
「まぁ、俺より上手い奴なんて沢山いますけどね」
自嘲気味にいうと、さわ子さんは少し悲しそうな顔をしたが、それには気づかないふりをしておいた。
*******
部室と思われる部屋の前まで来ると、さわ子さんは「ここよ」と言い、ドアをノックして、中に入っていく。
俺も彼女に続き、中に入ると……
「「「「「よろしくお願いします!!!!」」」」」
メイド服を着た女子高生5人がいた。「小学生は最高だぜ!」の某ライトノベルみたいに…。
「「…………」」
もちろん俺とさわ子さんはフリーズした。
だが、さすがは教師。さわ子さんは、すぐに気を取り直して、こっちに笑顔を向けた。
「ちょっと、ごめんねぇ♪」
そう言いながら、一旦俺を外に追い出し、ドアをぴしゃりと閉めた。そして数分後……
「入ってきていいわよぉ♪」
「あ、はい……」
念のため、恐る恐るドアを開けた。
「「「「「よろしくお願いします!!!!」」」」」
今度は制服姿の女子高生が先程と変わらぬ元気さで、一列に並んで挨拶してきた。
「ど、どうも……」
これが長い付き合いになる俺と放課後ティータイムの出会いだ。